魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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Journey's End(たびのおわり)

ファクトリー(2)

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 ――双眼鏡の測距機能と共に向こうの状態を確かめる。

 今までさんざん耳にしたそこは、確かにその名に恥じない光景だった。
 荒野のど真ん中、150年分の年月を経た工場の設備が真っ向からその存在感を主張していた。
 そこを中心にお手製の家屋が東西南北めがけて並び、コンクリートの壁と見張り塔ででぐるりと囲われた場所――それが『ファクトリー』だ。

 現在地は道路から外れた荒野の上、建物から北西方向に向かった場所だ。
 対象からの距離は1.3kmほど。さっきより見分けのつくようになった視界の中に攻撃の様子が浮かぶ。

『どうだい、向こうの状況は?』

 足元からの声が求める『現状』はとにかくタイミングの悪さを感じた。
 攻め入ろうとする車両が周りを囲い、威圧的に走り回ってるのが見て取れる。
 四方八方を塞がれたファクトリーは好き放題に撃たれてた。
 反撃の様子が荒野の土煙で分かるが、その何倍もの爆発に外壁の塔がとうとう崩れたようだ。

「悪い意味で賑やかだ。装備のいい連中が大勢で攻め入ってる」
「向こうで「くるま」がファクトリーを囲っているな。すごい数だ、まるで攻城戦だぞ。それに迫撃砲も打ち込まれてるみたいだ」

 敵の数を10、20と数えてると、隣でクラウディアの声がした。
 銃座の横でぴんと背を伸ばすダークエルフが、双眼鏡をもって向こうの景色を念入りに見てた。
 ぼっ、と81㎜砲弾の着弾音が鳴った。防壁に立ち上がる濃い灰色がそれだ。

「ってことはどこかで砲撃用の拠点を構えてるな」
「そうだろうな。どこから食らったか分かるか、イチ」

 クラウディアの言葉をヒントに荒野をレンズでなめ回した。
 町を覆うバリケードの端、南東あたりに爆発が上がった――となれば。
 身体ごと視界を左に向けた。広くて平坦な荒野が続いてるが、南へしばらく向かった先で白煙がぼやけている。
 吹き出る白色に砲声も重なって、おかげで砂袋を積んだ陣地の色が浮かんだ。

「いやがったな。ここから南に600m下がったところだ、たぶん直接照準でぶち込んでる」
「やっぱりか。それと狙撃手もいるな、戦いの音に混じって遠くから銃声が聞こえてるぞ」
「どのへんだ」
「ダークエルフ感覚で言えば迫撃砲拠点の近くだ、砲撃に合わせてる気がする」
「となると、最初の仕事はそろそろそいつらを休憩させてやることだな」
「まずは外側からだな。攻め具合からして急いだほうがいいぞ」

 状況は大体把握した。お利口な襲撃が運悪く目の前で行われてるだけだ。
 天井を叩いてヌイスに「南だ」と伝えると。

【……こちら『ファクトリー』だ、誰か俺たちを助けてくれる親切な奴らに向けて放送中。現在我々は敵の組織的な攻撃を受けている、相手は傭兵崩れだ。繰り返す、我々は敵の組織的な攻撃を受けている】

 足元から無線が強く唸った。背後の銃声や爆発、悲鳴といった環境音込みだ。
 今のところ助け舟は俺たちぐらいか。銃座から助手席へ向かう。

「こちらストレンジャーだ、親切にしたほうがいいか?」

 ツチグモが荒野を走り出すのを目にしながら、無線機のマイクに尋ねた。
 どうにか落ち着いた調子の声がぴたっと止まった。しばらく沈黙と周囲の騒がしさだけが流れた後。

【今のはなんかの悪い冗談か? 敵の工作じゃないか疑ってるところだ】

 緊張した声が返ってきた。南の光景にまた迫撃砲の発射が立ち上がる。

「だったらベーカー将軍のお母さんに伝えといてくれ、自慢の息子さんにお世話になりましたってな」
【そんな口の利き方ができるのはこの世に一人ぐらいしかいなさそうだ】
「ちょうどその一人だ、お邪魔していいか?」
【大歓迎だよ畜生。おい! 噂をすればなんとやらの最もたるものが来やがった! ストレンジャーだ!】

 ガーデンの指導者の名前を出せば爆音に負けない歓声でいっぱいだ。
 心なしか横に見えるファクトリーの反撃が強まったようだ。荒野を駆けまわる武装車両が遠くで火だるまになった。

「今でっかいので駆けつけたところだ。分かるか?」
【見えたぞ、あのウォーカー・トレーラーか?】
「そうだ、新品だから間違えても傷つけないでくれ」
【間違いようがないさ。いいか、今俺たちは傭兵崩れどもに襲われてる。どうにか目の前の奴らからはしのげてるが、どっかで81㎜で砲撃してる馬鹿がいやがる。対処できるか?】
「ちょうど話題の連中を見かけたところだ。あんたらの住まいから南東方角で直接射撃してる、やっちまっていいな?」
【はっ、もうやる気かよ。ストレンジャーらしくお仕置きしてやってくれ】

 向こうとの意思疎通は完璧だ、「了解」と通信を終えた。
 前を見ればやや離れた場所に陣地を発見。ファクトリーに向けた『コの字』の中で二問の砲がぶっ放すところだ。

「まさしくあれだね。さてどうしようか、このままツチグモで踏みならしてあげてもいいけど……」
「いや、もっとスマートに行くぞ。もう少し近づいて降ろしてくれ」

 このまま『走る住まい』の全質量をぶちかましても十分な嫌がらせはできるだろうが、ここはもっと極めてやろう。
 ヌイスにそいつらの後ろ側に近づけさせて、俺は狭い通路を渡った。

「たった今向こうと連絡が取れた。まず砲撃してるやつらからこらしめるぞ」
「フハハッ、お前の名を聞いた途端にやつらは息を吹き返したようだな?」
「どう扱われてるんだか。降りて陣地にご挨拶だ」

 ノルベルトはもう戦槌を広げていたようだ。バックパックを投げ渡してきた。
 そこで装備を整えるとツチグモが停まる。郊外の敵の後ろを取ったみたいだ。

「了解っす~、そちらにいらっしゃる皆さまを片付ければいいんすかね?」

 ロアベアも仕込み杖を手にやってきた。車体側面のドアが開く瞬間だ。

「ついでに迫撃砲をお借りするぞ。クリューサ、銃座についててくれ」
「こいつにそんなものを奪わせるなんて不幸極まりない話だな、驚かせてこい」
「皆様お気をつけていってらっしゃいませ! お夕飯までには帰ってくるのですよ!」

 お医者様と小さな魔女に留守番を任せて降車した。
 ニクと一緒に荒野に降り立てば、風で運ばれた硝煙の香りで戦場を感じた。
 敵との距離は百メートル未満。目標は道路脇で作られた土嚢住まい、その更に奥で単発の銃声も混じる。

「クラウディア、陣地から更に南にいやがるぞ。ちょっとおどかしてこい」
「任せろ。驚きすぎてショックで死ぬかも知れないが構わないな?」
「棺桶と墓はあいつらに準備させとけ。行くぞ」

 散開した。クラウディアの色がウェイストランドに溶け込むのと同時に、迫撃砲の佇まいに一直線だ。

「ではもっと効率的にするのはいかがでしょうか? 【ウィンディ・ラン!】」

 そんな時だ、ついてきた眼鏡エルフが構えだしたのは。
 長耳らしい軽やかな走りのついでに一言詠唱すると、マナが散るエフェクトと一緒に周囲が沸き立つ。
 びゅおっと強い風を感じる。たぶん魔法だろうが、その効果はすぐ見えた。

「おおっ? 風の魔法か! こういう時は確かに便利だな……!」

 クラウディアのスピードが増していた。いや、押されてるというべきか。
 土埃が踊り狂うほどの風が褐色の姿を一押ししたようだ。
 勢いを得たあいつは飛ぶように荒野を走った。見える背中はあっという間に指先程の大きさだ。

「おー……!」
「フーッハッハッハ! お先に失礼だ!」
「うおおおおおなんかトブっす~!」

 ……ニクとノルベルトとロアベアもすっ飛んでった。
 加速性能を途端に得た三人は砲撃拠点の目と鼻の先まで速達だった。
 置いてけぼりを食らったストレンジャーは一人寂しく百メートル走である。

「……俺だけ置いてけぼりかよ」
「はっはっは、魔法が効かないとやはり不便でしょうなあ」

 そんな誰かさんに趣味悪そうに付き合ってくれる緑髪と一緒に走った。
 駆けつけた頃には土嚢の内側は大混乱だ。いきなりの襲撃者にぱぱぱぱっと銃声が響く。

『みゅ、ミュータント……!? まさかストレンジャーズのやつらか!?』
『く、くそっ早く連絡しろ! あいつらがぎゃっ』
『来るな、来るなあぁぁぁぁぁッ!』

 もっと近づけば血祭が繰り広げられてる。脳天をすりつぶされた男がぐちゃっと赤白をぶちまけた。
 無線機に手をかけようとした誰かが後頭部を串刺しにされ、オーガの巨体に突撃銃を向けた男が首を落とす。
 十数名もいた連中は散り散りだ。両手でクナイを抜きながら砂袋を乗り越え。

「全員始末しろ! 向こうに感づかせるなよ!」

 奇襲に面食らう連中に紛れた。
 灰色の迷彩の効いた戦闘服姿の群れだ。乱戦に銃口がもたついてる。
 左右に数名、ファクトリー方向に逃げるやつもいた――こっちに散弾銃を持ち上げるやつを発見。

「で、出やがった! ストレンジャッ」

 その顔面にクナイを放つ。眉間にぐっさり、12ゲージの祝砲が上がった。
 迫撃砲をあきらめて土嚢を越える背中を発見、ど真ん中にスナップを効かせて投擲。突然の刃物にショックで倒れた。

「アヒヒー♡ どこいくんすか皆さま、逃がさないっすよ~」
「み、南の首狩りメイドだ!? やべえ逃げろッ――」

 血しぶきを上げる仲間とその犯人のメイドを見て逃げ出す奴がいた。横顔にクナイを足しておいた、死んだ。

「あ、あいつら……ま、まさか最初からこのつもりだったのか!?」
「小賢しいファクトリーの奴らのことだ! あのババァ、はなからストレンジャーと挟み撃ちにするつもりで……!」

 何を勘違いしてるのか追い詰められた二人がビビり散らかしてた、油断した顔面に二本同時の投げナイフだ。
 土嚢裏から銃を向ける人の形も見つけた、最後の一本をびゅっと放って喉元にヒット――【ラピッドスロウ】だ。

「ほ、報告っ! 早くみんなに伝えないと……!?」

 そこへ脳機能を著しく損なった二人分の後ろからぱぱぱぱっ、と短機関銃のリズムが届くも。

「この様子だとあちらは完全に不意を突かれたようだな、完璧ではないか!」

 立ちふさがるオーガの皮膚が全弾吸収、お返しの戦槌の突きが持ち主を小突いた。
 巨体がどけば顔に大穴が空いた誰か立ち尽くしたままだ。
 口が動けば「前が見えねえ」と述べるに違いない。

「うーむ、完璧ですなあ。あなた方の連携は実に素晴らしいものです、私の若いころを思い出しますよ」

 向こうにとっては不幸極まりない話だろうが、そこに眼鏡エルフも参戦だ。
 拠点の外側をぐるっと駆けて逃げ遅れの一団に立ちふさがったようだ。

「なっ、なんだてめえ……!? ど、どけぇ!」

 スラックス姿にいきなり通せんぼを食らった敵は、得物をあきらめてナイフに切り替えていた。
 ところがアキはもっと早い。蛇みたいに地面をするっと滑り進めば、落とすように構えた手のひらを引き。

「――せぇい!」

 突き出される刃先より早く掌底をぶち込んだのだ。
 胸を一突きされた男が「んぼっ!?」と変な声を上げていた。口から不健康な血と一緒に、だが。
 不可解な死に方をした友達に敵は唖然としてる。もちろん攻撃の手は緩まず。

「う、嘘だろ……す、素手で人ころ」

 手近な一人に回し蹴りが炸裂。砕けた口の構造がピンク色を散らした。
 あれは絶対に受けたくない。アキは尻込みを見せた別の敵にふらっと近づき。

「――はぁぁッ!」

 目で追うのがやっとの速度でそいつを蹴り上げた――宙にだが。
 重量感のある浮き方で持ち上がる男からはぐじゃっと嫌な音が響いていた。即死でもおかしくないだろう。
 追撃は着地するよりも早い裏拳だ。撃ち落とした人体から破壊音が上がる。

「……ずいぶんお強いようで」
『あ、アキさんお強いんですね……?』
「と、まあこんな感じですなぁ。昔であればもっと身体が動いたのですが、いやはやエルフいえども年は取りたくないものです」

 眼鏡エルフは涼しい顔で物語ってる。転がった敵さんは濃い赤色を吐きながら死んだみたいだ。

「これで制圧っす! で、どうするんすかイチ様」

 最後の一人が「こ――降参」といったところでばぁんっ、と仕込み杖の散弾が言葉ごと言語機能を失った。
 残ったのは死体の山と台に置かれた無線機に迫撃砲だ。
 南側に気を配ると褐色肌が手を振りながら戻ってきた。ということは片づけたらしいな。

「戻ったぞみんな! 三人編成で狙撃してた連中がいたぞ!」
「お帰りクラウディア、そいつらはどうした?」
「ゆっくり休んでるところだぞ」

 片づけた証拠も地面に放り出された。割れた照準器つきの小銃だ。

『一分足らずで一分隊ほどが壊滅するなんて、向こうからしたら悪夢としか思えない話だね』
『ファクトリーの攻勢が弱まったみたいな。それでこれからどうするかという話なんだが』

 俺たちが片づけたことを悟ったツチグモも遅れてやってきた。
 銃座のお医者様が「どうする?」とその手で包囲中のファクトリーを示すが。

「決まってるだろ、使えるもんは奪えの精神だ」

 応えはシド・レンジャーズからの受け売りだ。迫撃砲を確かめた。
 81㎜の砲弾が今まさにコンクリート壁の内側に届けられる寸前だ。
 現場の様子は支援が途切れたせいで、勢いを削がれた連中が手を焼いてるように見える。

「ご主人、これ」

 するとニクがくいくいジャンプスーツを引っ張ってきた。
 『これ』がそこにあった。誰かが身に着けてたであろう手ごろな無線機だ。
 見て察するに、仲間に砲撃を合わせるぐらいの連携力があったか――よし。

「このシチュエーション懐かしいな、サーチタウン以来か」
『……前にもあったよね、こういうの』

 俺はロアベアとノルベルトに『狙え』と迫撃砲に向かわせた。
 砲身にいつぞや拾った照準器が取りつくのを見ながら。

【こちら南の迫撃砲部隊だ、応答してくれ】

 無線を立ち上げて当たり障りのない言葉を届けた。
 ついでに双眼鏡で向こうの様子を確かめると、何両かの敵車両がこっちを向いてるのが分かった。

【支援砲撃はどうした! あいつら勢いづいてるぞ!?】

 返答は怒鳴り声だ。拡大した景色の中で誰かの不機嫌そうな身振りがある。

で不発だ。応急処置が完了したのでこれより砲撃を再開する】
【撃針不良だ!? くそ、最後に点検したやつはどいつだ!?】
【犯人捜しは後だ。発射可能だ、繰り返す、発射可能。砲撃位置を指定しろ】
【照準を30m手前に設定し直せ! 正面ゲートをそろそろぶち破るぞ、あるもん撃ちまくって一斉攻撃に合わせろ】
【了解、照準を再設定する。速やかに戦力を集中させてくれ】

 【重火器】スキルを活かしてそれっぽく伝えると、レンズ越しの姿が訝しみながら動くのが見えた。
 外壁周りで嫌がらせをしてた車がゆるやかに集まっていく。
 いかにも突破してやる、とばかりにファクトリーの正面に物々しい車両がミーティングを始めた頃合いだ。

「距離602mで敵が集まってる、撃ち放題だぞ」

 測距機能で遠くの姿を捉えながらそばに伝えた。
 ノルベルトが迫撃砲を傾けてしかるべき場所にセットしてくれたらしい、後はロアベアが砲弾を落とすだけだ。

「こんなものだな。いつでもよいぞ」
「撃ってみたかったんすよねえ、これ……あひひひっ♡」

 許可した。「やれ」と短く伝える。
 どんっ、と砲弾が発射。すかさず一発、二発、四発とおかわりが続いて。

【……おい、待て! そのでかい車両はなんだ!? 俺たちにウォーカー・キャリアなんてあったか!?】

 とても間抜けなことに、迫撃砲の連射が始まったころにそんな声が届いた。
 見ればさっきの車の持ち主が双眼鏡片手に「あれだ」と指を差している。
 着弾までの猶予的にもう手遅れだ。せめてできることはといえば。

「ニシズミ社からの贈り物だ。そして俺はストレンジャーだ、何が言いたいかもう分かったよな?」
【――ち、畜生が! あの疫病神めっ!? 総員退避! 退避ィィィ!】

 同じ条件で中指をおったてた。向こうがひどく後悔した様子があった。
 大慌てで物騒な車両の集まりが散り始めるが。

 ――ぼんっ。

 最初の一発が向こうの景色で遅れて咲いた。
 続くようにその周囲にぼふぼふ着弾が広がる。散らばった砲弾が撃った分だけ荒野を爆炎で彩った。
 いつぞや放火魔に吹っ飛ばされた人食いカルトもあんな感じだろう。
 叩き壊された車が動きを止めるか吹っ飛び、滅茶苦茶な地獄絵図を描いてる。

「うーむ、芸術的ですな。一網打尽とはまさにこのことかと」
「見ろイチ、車が天に上ったぞ! すさまじい威力だな迫撃砲は!」

 黒白エルフは大満足だ。収束した爆発が運んだ濃い土煙にかき消されたが。
 しかし壊滅までとはいかなかったらしい。逃げ延びた数両が荒野を彷徨い始めてる。

「イチ! 南から増援が来てるぞ!」

 更に『終わり』とはいかないようだ。クリューサの銃座が南側を見てた。
 どこから駆け付けたのか砂をまき散らしながら進む車列を発見、並び方が攻め込む形だ。

「なら俺たちもそうするぞ。全員乗車、お片付けだ」

 そいつらの正体はともかく勢いをそぐなら今だ。向こうにとってのアクシデントを無駄なく使ってやる。
 ツチグモのスロープを上って押し掛けると、何輪ものタイヤが駆け足を刻む。
 窓からはファクトリーの側面に押し掛ける連中が見えた――やけくそな勢いだ。

「ファクトリー前で下ろせ! クリューサ、大雑把でいいから機銃ぶっこめ!」

 クリューサに注文して接近を待つ。どどどどっと二連の五十口径が頭上を揺らす。
 そのうち敵の意識がこっちに向いたのか、車体から小突くような音が響き始めた。

「攻撃来てるよ! 気づかれたみたいだね!」

 操縦席に向かうとその証拠があった。こっちに頭を向ける数両を発見。
 五十口径の閃光がうっすら見えた。負けじとぶっ放される機銃が一両転ばせた。

【よくやったあんたら! だが増援が来てるやがるぞ!】

 無線の調子からしてファクトリーはいい感じか。
 しかしごつっと嫌な音が響いた。50㎜ロケットの炸裂音もだ、どこか食らったか。

「ロケットランチャーだ! 一発食らったが大丈夫なのか!?」
「大丈夫、正面装甲なら無事さ! それよりこっちに突っ込んできてるよ!」
「まあご覧の通り今その増援を迎撃してるところだ。持ちこたえられそうか?」
【おかげさまでな! そっちに向かってるぞ、気を付け――なんだありゃ!?】

 五十口径がまた一両削ぎ落した、ピックアップトラックが転んだ。
 だがツチグモめがけてまっすぐ突っ込む生き残りがいた。装輪装甲車だ。
 今まさに俺たちの顔面にぶつかってやるといわんばかりの振る舞いだが。

『――はいよー、テル!』

 ……横からものすごく聞き覚えのある声が届く。
 無線が最後に残した驚きの理由もなんとなく察した。白い何かが並走してた。
 あれは、そうだな、背中に棒と『スティレット』をぶら下げた金髪の美女だ。

「……ちょっと待ちたまえ、なんだあの馬は!?」

 ヌイスも見てしまったらしい。その通りの生き物が元気に走ってた。
 真っ白な馬だ。そしてそれを乗りこなすどこぞの女王様がこっちに手を振ってる。

「女王様かよ!?」
『女王サマだ!?』
「ヴィクトリアちゃん! きとったんかいワレ!」
『私もブルヘッドの戦いに加わりたかったわ! どうして呼んでくれなかったの!?』
「今それどころじゃないだろ!? 前! 前どうにかしろ!」

 不機嫌な顔が何か訴えてたが気にしてる場合じゃない、指で前を示す。
 女王様は流石の理解力で馬を蹴るとツチグモより早く疾走したようだ。
 突然の馬を目の当たりにしたのは向こうも同じか。機銃付きの砲塔が一国の主を追いかけるも。 

『騎馬試合ってこんな感じだったわね! 先いってるわよ!』

 馬は余裕で避けた。掠めもしない銃弾に対して対物発射器がばしゅっと煙を立てる。
 すれ違いざまに擲弾を受けた車はひどく不安定な進路変更を遂げたのち、荒野のどこかにスリップして横転だ。

「イチ君、まさかあれも知り合いだとか言わないよね?」
「知り合いでリアル女王様だぞ。今日も元気だなあの紅茶の化身」
「ああ……ヴィクトリア様がいらっしゃいますな、あのような方に導かれる国の民はさぞ苦労しておられそうだと思いませんか?」
「ヴィクトリア殿め、前より一段と強くなっておられるではないか」
「女王様~、お久しぶりっす~」
「女王様すら呼んでしまったのかい君は、国際問題って知ってる?」
「打ち首予約済みだと思う」

 ヘッドオンを避けたツチグモは何の心配もなく進んだ。
 一足お先にした女王様が車の群れに突っ込んだらしい。
 ファクトリーの一歩手前、敵の塊が歪に足止めを食らってる。

「……うーわ、あの人何やってんだ……」
「いやなんだいあの猛獣は、世界観とかぶち壊しまくりじゃないか」

 その足止めというのはずいぶん現物的だった。
 下馬した金髪の美女が背中の棒を手に暴れてるだけだ。
 車線を抜けた馬がご機嫌な足取りで離れて行く一方で、車から降りざるを得なくなった連中が一人の女性を取り囲んでる。

「くそっ、あの女王め相変わらず化け物じみてるな。どうしてお前はあんなのと縁を持ったのやら」

 クリューサも認める化け物具合だ。クォータースタッフの一撃が頭蓋骨を砕いてる。
 そんな恐ろしい光景が段々と迫ってきた。ストレンジャーズの白兵戦の距離まで間もなくか。

「よーし、女王様に遅れるなよ。このままじゃ馬と棒に全部もってかれるぞ」
『久々に会えたと思ったら物騒だよ……。イグレス王国ってああいう人ばっかりなのかな』

 引きずり降ろされた増援の連中が見えてきた。ツチグモがぎゅりっと鋭いカーブで側面を晒す。
 出撃だ。R19突撃銃を抱えて開いたドアに駆け込んだ。
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