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Journey's End(たびのおわり)

ミス・ドーナツ本社(1)

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「数十年前から律儀に保たれてるってのはマジらしいな、どこも手つかずだ」
「手の付けようがなかったってことでもあるっすよねえ、あひひひっ」

 下ろした銃口に代わってロアベアもふらふら探りを入れたらしい。
 オイルフィルターつきの自動拳銃と共に好奇心を向かせた先は受付だ。
 受付のパソコンがほんのり稼働音を鳴らして、壁際でドーナツの広告やコーヒーメーカーが埃をかぶっていた。

「だが照明がついているな。確か『でんき』とやらで動いてるようだが、その源がどこかにあるのか?」

 俺たちが入口周りを探る中、ノルベルトは頭上に目を付けてた。
 ここにはこうして探れるだけの明るさがあるのだ。積年の汚れで灰色になった内装を白さが照らしてる。
 まだ電源がどこかにあるってことだ。それも150年モノの。

『電力の供給源は見当がつくよ、屋上に『ブラックプレート』があったからね』

 安全確認ついでに何か物色しようとするとヌイスの説明が入った
 『ブラックプレート』とはどこかで聞いた覚えのある単語だ。それが電力とどう結びつくかまでは不明だが。

「ブラックプレートってなんだ?」

 静かにあたりを見渡すと自動販売機を発見、まだ動いてた。
 ジンジャーエールにドクターソーダもあるぞ。ノルベルトに見ろよと促してると。

『ブラックプレートっていうのは要するに高度な太陽電池さ。すさまじい変換効率と長寿命、戦車の装甲に匹敵する堅牢さがある戦前のとんでも技術の一つだね』

 こうまで明るさにあやかれる理由が分かった。太陽光発電らしい。
 150年以上も末永く発電なんてできるんだろうか? ハイスクールで『ソーラーパネルは劣化するもの』とか習った気がするが。

「そんな大層なものがこの世界にあるなんて初めて聞いたな」
『君も何度か目にしてきたはずだよ』
「いつどこでお目にかかったか見当がつかないな」
『キッド・タウンは覚えてるかい? あそこの空港に並べられて電力を賄ってるのは有名な話だよ』

 しかし言われて思い出した、けっこう前にハヴォックが話してくれたことだ。
 あの町には暴走した無人兵器と戦った歴史があって、その時はぎとった部品で電力を生み出していた……という話。
 おかげで「あのことか」と思い出せた。

「そういえばそんな話を誰かに教えてもらったな。確か無人兵器の部品だとか言ってた気がする」
『うん、元はと言えば無人兵器の電力を賄う手段の一つだからね』
「あれが日光浴してるってか?」
『厳密にいえばあくまで補助だよ。大部分は水素電池で動いてるけど、長期的な稼働を視野に入れて背面やらに装備されてるんだ』
「戦うロボットにソーラーパネルなんてすばらしいな、人口も減らせて自然にも優しいんだから地球が喜びそうだ。考えた奴は環境活動家か?」
『というか、資料によれば本来は無人兵器の装甲として開発されてたらしいよ。偶然が折り重なって、太陽光を極めて効率的に変換するえらく頑丈で劣化にも強いチート技術が出来上がったそうだ』
「そんな大層なものを殺人マシンに搭載するなんてよっぽど人殺しがしたかったんだろうな」
『戦前の混乱期、それも負の絶頂期に偶然生まれた技術らしいからね。『焼け石に水』で世界の抱える資源問題を解決する手段には至らなかったようだよ』
「その結果がエコな殺戮か、皮肉が付きまとって嫌なテクノロジーだ」

 皮肉な話だ、戦前の人々が苦しんだ末期に人殺しの道具から生まれた『すごい太陽光発電システム』だとさ
 それが無人兵器の人減らしにまっすぐ手を貸す結果になったのは救われない話だ。

『もっと皮肉なことに、150年後のわたしたちが元気にやってるのもそのおかげなんだよね。ブルヘッドでも末永く使われてるし、なんなら『ツチグモ』にも搭載されてるし、破壊した無人兵器からはぎとって生計も立てられるからね』
「ずいぶん遅いリターンだな」
『私たちは過去の愚かさから学んだだけさ、せいぜい戦前の人達にやらかしにあずかって賢く生きようじゃないか』

 しばらくあたりを探って、頂けるものは下品にならない程度に頂いた。
 ヌイスの言うように昔の人類にあやかって目につくゴミを『分解』。快適になるし資源は増えるわでいいことづくめだ。

「争いの種から生まれた豊かさがまた争いに巡り巡るとは醜い話だな、戦前の連中はどれだけ業が深かったのか気になるぞ」

 自販機に面と向かっていたクラウディアも聞いてたか、お買い物中だ。
 ジンジャーエール入りのペットボトルだ。良く冷えたそれが飛んでくる。

「それがまた巡って後のこの世に恩恵をもたらすのだ、これほどの皮肉な話なのだからよほどなのだろうな」

 ドクターソーダもだ。ノルベルトに渡って一口で飲み干された。

「人間の欲って怖いっすね~、あひひひひっ♡」

 メイドにもエナジードリンクが向かった。ぐいっと飲んでカフェインハイ。

『……ねえ、中で一体何をしてるんだい? 今なんか炭酸の抜ける音と何か飲み干す豪快なASMRが聞こえたんだけど』

 ヘルメットを外して辛くて甘いやつを飲み干してると、音バレしたのかヌイスが訝しんできた。
 ゴミを回収して『分解』、さっさと次の部屋に移ることにしよう。

「文句はクラウディアに言え、一仕事前の乾杯だ」
「心配はいらないぞ、酒じゃないからな」
「フハハ、景気づけの一杯というやつだ。ノンアルコールだがな」
「昼間に飲むエナドリは効くっすね! アヒヒー♡」
『あのねえ君たち』

 通路の前ではニクがじっとダウナー顔で待ってた。
 自販機の袋入りビーフジャーキーをもそもそしてたようで、目が合うとごくっと飲み込んだ。

「ん、通路はクリア」

 わん娘の偵察力に感謝して先へ進むと、広いとは言えない道が奥へと続く。
 ご存命の姿はない。あるのは白骨化した誰かさんが転がってるぐらいだ。

『……ってしまえ……ってしまえ……』
『ご一緒に……熱い……』

 そして電子音声のかすかな声も。間違いなくテュマーが近くにいるな。
 用心しつつPDAで軽く見取り図を確認。
 トイレやら休憩室が近くにあって、少し進んだ先にオフィスと階段がある。

「……しっ、中から気配がするぞ」
「……ん、二人いる?」

 音を立てずにみんな仲良くそろそろ進めば、ダークエルフが反応した。
 ニクも伸ばした槍を手にじとっと構えていた。視線の行く先は女子トイレだ。

「ふむ、あちらにもいるようだぞ?」

 更にノルベルトからの小声も届く。強い顔は休憩室あたりを見てる。
 先行してそっと顔を出せば――家具のあるゆったりした空間に青い光が五つ。
 壁際のソファでうずくまる姿、冷蔵庫にぶつぶつしてる奴、残りは塞がれた窓をじっと見つめてるようだ。
 ボロボロの服と四肢に浮かぶ黒模様はテュマー以外の何物でもない、敵だ。

「干からびちゃいないようだな、五名ほど退社時間も忘れて勤務中だ」
「うちにはサボっておられるように見えるっすよ。共感できるっす」
「そうか、じゃああいつらと今から仲良くしてくるか?」
「ナノマシン入ってないんでちょっと無理っすねえ」

 メイドの生首もひょいと突き出されたが、向こうは侵入者こっちに気づいてない。

「そっち片づけてきてくれ、俺たちはこっちだ」

 俺たちはすぐ動いた。クラウディアに「行ってこい」とトイレに向かわせる。

「分かったぞ、終わったらすぐ戻る」
「気を付けてね、ご主人」

 ダークエルフとわん娘がナイフと槍を見せてきたのを信じて――動く。
 45口径のカービンを構えてそっと休憩室に近づいた。
 開けた道の先で薄明るい部屋がテュマーを匿ってる。まだだ、確実にやれるまで歩く。

「ソファのやつを仕留める。窓際と冷蔵庫あたりはお前らに任せるぞ」

 そこで言葉は最後にした。立ち止まってオーガとメイドを先行させる。
 展開した戦槌と消音器つきの拳銃が向かうのが見えて、ふっと息を整え。
 3……2……1……今だ。ソファの上で晒された頭にトリガをゆっくり絞る。

*Pht!*

 ばすっと圧された銃声、その先でソファに赤黒い染みがぶちまけられた。
 一名ダウン。次の獲物を銃口で探ろうとすれば向こうも動いた。
 後ろからもかすかなドアの音に続いて物音がした。二人はやってくれたはずだ。
 
「……異音を検知、今のは?」
「警戒? いや、警戒」
「識別中、識別中」

 テュマーの身体が反応した。窓からソファに至るまでこっちに振り向き始めるが。

 ――どぢゅっ。

 冷蔵庫で振り向く姿に斧が刺さった。ノルベルトの投げ斧だ。
 一撃で機能を損ねた矢先、既にあいつは戦槌を構えていて。

「……ふんっ!」

 短い息遣いと共に、窓から離れ出すテュマーにあの質量を振るった。
 ひゅっと素早い"払い"が頭部を仕留めた。
 さんざん敵を殴ったせいかその精度は良くなってる。無駄もなければ外れもない。

「警戒! けいか――」「異常を感知! 有機生命体が」

 残りが気づいた。青いセンサーでこっちを見ながら部屋の隅へと退くが。

*Pht! Pht!*

 消音された5.7㎜の細かい銃声が急所をぶち抜いたようだ、一体ダウン。
 更に緑髪のメイドが邪魔を避けてするりと接近、拳銃片手に仕込み杖を抜き。

「これでクリアっすね、楽勝っす」

 しぱっと首を刈った。慌てふためく機械ゾンビの無機質な顔が転がる。
 目につく場所は制圧だ。背後からも二人分の足音が帰ってきた。

「そっちは大丈夫みたいだな、入り口方面には敵なしだぞ」
「二匹やっつけたよ」
「休暇七人分だな。次は奥行くぞ」

 死体だらけの休憩室を後にした。ノルベルトも投げ斧を抜いて続いた。
 それにしてもオーガはすさまじい。斧は頭を裂いて戦槌が脳しょうを半分損ねる威力があるのだから。

「いつもこういうの見て思うんだけど、お前っていうかフランメリア人と仲良くできて心の底から安心してる。敵に回さなくてよかったってな」
「フハハ、今のお前ならば俺様の攻撃を受けたぐらいでは死なんだろうさ」
「たぶんお前と打ち合ったらボルダーシティまで吹っ飛ぶ、んで世界がおかしくなる。困るだろ?」

 堂々と通路を歩けるようになって押しかければ、次は広さのある部屋だ。
 建物の大部分を占めるデスクワークのための空間がこれまた安っぽく作られてた。
 職務に必要な机やら機材やらが塞がれた窓に向けられ、頼りない照明の下で質実剛健さを表現して。

「裸足でレゴを踏んでしまえ、裸足でレゴを踏んでしまえ……」
「人肉、人肉、ドーナツ、ドーナツ、お菓子……?」
「企業のルールを厳守、繰り返す、企業のルールを厳守」

 そんな場所に、一体どれだけの勤務者がいるんだろうか。
 仕切りのついた机に座ったままの者、床上の人骨を見つめる者、室内を徘徊する者、さっきとは違う濃いテュマーの気配が音と姿で訴えていて。

「生前は勤勉なやつばかりだったようだな、人間だった頃の名残が垣間見えるぞ」

 クラウディアがハンドクロスボウを手にかけた。口からは軽い言葉が出てる。

「何十年もこのままで過ごしていたのやら。なんというか俺様も驚きだな」

 ノルベルトも投げ斧と戦槌を確かめた。この有様に素直に驚いてるらしい。

「何食って生きてたかについては是非知りたいところだな。やるか?」
『い、いっぱいいるよ……! みんな気を付けて……!』

 だが、それがなんだっていうんだ。
 45カービンの薬室を確認して踏み込めば、全員が何も言わぬまま把握したらしく。

「ドーナツでも食べてたんすかねえ……じゃあお先に失礼っす」
「ん、動いてるやつからやる」

 散らばった。ロアベアとニクがテュマーはびこるオフィスへ突入。
 二人は机に沿うように徘徊する個体に目を付けたようだ。
 音もたてずに接近、左右で動く死にぞこないを斬って突き殺す。

「……何か、何か、何か?」

 その瞬間に遠くの席から誰かが立った、見回す青いセンサーに照準を重ねて発砲。
 ばすっと45口径が横をぶち抜く。倒れたそれの反対側、別のテュマーが振り向くも。

「異音が発生? 直ちにけいかっ」

 クラウディアが突っ込んでいた。間合いを詰めてからのナイフが首を斜めに突く。
 ひっかきまわされ脳機能を滅茶苦茶になってダウン、更に近くの仲間に手ごろなクロスボウを発射、頭をぶち抜いた。

「俺たちも慣れたもんだな」

 小声でつい漏らした。異変に気付き始めたテュマーを探る。
 仕切りの陰から一人出てきた、腹に一発、ゆらいだところに顔面に一発。
 標的が倒れると音を聞きつけた奴が現れる――素早くセンサーに二発発射、念のため弾倉を交換。

「警戒! 警戒! 我々は襲撃されている! 我々は――」
「フハハ、逃さんぞ?」

 45口径で沈黙した敵を踏みつぶすと、ノルベルトが斧を放り投げてた。
 見つけたぞ、とばかりに構える敵の頭が砕けると同時に戦槌を掲げて突進。
 その先でわん娘の脅威から逃げてきた一体にぶつかった。脳天がすっきりした。

「敵襲! 敵襲!」
「再集合! 再集合! 接敵している!」

 そこにとうとう電子音声が大きく響いた。
 職場いっぱいに目覚めたテュマーが騒ぎ出すも、そんな姿をメイドは追いかけ。

「職場ではお静かにしたほうがいいっすよ、メイドさんからのアドバイスっす」

 仕切りを飛び越えたロアベアに回り込まれた。目と目が合う瞬間に一閃。
 少し斜めの切り口で二名同時に首狩り。転がる首に救援を呼ぶ資格はなし。

「地球の滅亡原因は人類です、地球のために死んでください!」

 すると向こうで早口の機械語が怒鳴る。手には金属製のバットがある。
 テュマーの拳を払って槍を突き立てたニクが手ごろだったらしい、駆けだした。
 慌てず照準を落として足元めがけて数連射、当たった弾でグラっとよろけて。

「ありがと、ご主人」

 跪くところに犬足の回し蹴りが決まった、いいところを蹴られて地面を転がる。
 オチは串刺しだ。守ろうと掲げられたそいつの手ごと頭に槍が刺さった。

「救援要請! 救援――!」

 全員で好き放題に暴れてると、部屋奥に後ずさりするテュマーを発見。
 前進しながらポイント、トリガを引いてばすばすばすっとありったけを浴びせた。
 左でノルベルトが大ぶりのナイフで獲物の頭をぶち抜き、右でロアベアが押し付けた銃口で何発も打ち込み、そこで静けさが満ちた。

「クリアだ、一階は制圧だな」
「近くの部屋には誰もいないようだぞ」
「こっちもいないっすね、後は二階だけっすよイチ様」

 他に敵はいないかと武器と共に回ったがゼロだ、死体だけが残ってる。
 そうなると後は階段を上った先か。この調子ならすぐに終わりそうだ。

「こちらストレンジャー、一階は制圧したぞ」
『早いね、ついでに備品置き場とかドローン制御用の端末とかがないか調べておいてくれないかい?』

 現状をヌイスに伝えた。ここから移動する前に配達ドローンの場所も確認だ。
 周囲にはまだ稼働するパソコンがあれば、詰みっぱなしの段ボール箱やらがある。
 一見しても小汚いオフィスだ。『伝説のレシピ』なんてあるように見えないが。

「イチ、これを見ろ。お菓子がいっぱいだ……!」

 クラウディアが何か見つけたらしい。部屋の隅に置かれた箱いりの何かだ。
 茶色の紙箱いっぱいに――『トヴィンキー』がいっぱいだった。どっかの伍長の大好物である。

「トヴィンキーだな」
『トヴィンキーだね……カーペンター伍長さんが喜びそう……』
「む、何か紙が添えてあるぞ?」

 そんなものはどうでもいいのだが、ダークエルフは目ざとく他にも見つけたらしい。
 そんな甘味の上にプリントされた紙が一枚。内容はこうだ。

【新商品、トヴィンキー・ドーナツ。生地でトヴィンキーを包んで揚げました】

 ……みたいなことが書いていた。業の深い料理だ。
 幻のレシピじゃないのは確かだろう。なんたってくしゃくしゃに丸められてるのだから。

「トヴィンキー・ドーナツ……? もしやこれが伝説のレシピか?」
「なあ、伝説のドーナツってのはこんな雑に扱われるほどのもんなのか?」
『絶対違うと思います……』

 トヴィンキーは後回しだ、クラウディアを離れさせた。
 みんなも安全確認ついでにいろいろ探ってくれてるが、少なくともここには当てはまるものはなさそうだ。

『イチ様ぁ、配達用ドローンってこれじゃないっすかねえ? 部屋の左側にある倉庫っす』

 そんなときにニヨニヨ顔の似合う言葉が伝わる。良い知らせだ。
 まさかと思いながら言われた場所を辿れば。

「あ、きたきた。これっすこれ、いかにもって感じっすよ」

 あった。備品でいっぱいの狭苦しい倉庫の中だ。
 外へと続くシャッターが硬く閉ざす場所、埃をかぶった台の上にそれは鎮座していた。
 それも二機ある。動くかどうかまではともかく、配達のアテがあるのは確かだ。

「……まさしくこれだな。マジであったぞヌイス、二機置いてある」
『君たち、まさか見つけたのかい? なんて幸運だ』
『ど、ドローンだ……! これでブラックガンズの人達に送れるよ!』

 ドローンだ。複数のプロペラを掲げた大きく黒いフレームが『いかにも』を振りまいている。
 ご丁重に『ミス・ドーナツ』の丸いシンボルと文字が刻まれてるのだから、こいつは間違いなく配達用のものだと思う。

「それにみてくださいっすこれ、こんなとこにパソコン置いてあるっすよ」

 更にだ、少し焼けてはいるがデスクトップ画面がしぶとく操作者を待っていた。
 埃や経年劣化に負けないパソコン本体がぶーんという音を立ててた。コーヒー豆の問題はこれで解決だ。

「でかしたロアベア、ブラックガンズのみんなが死ぬほど喜ぶぞ」
「よっしゃ~」
『よし、端末も無事か。これで配達の問題は解決だ、そうなると後は本社の制圧だね』
「ああ、さっさと片づけてあいつらにコーヒーをお届けしてやらないとな」

 俺は雑多なゴミを『分解』して道を広げながらその場を後にした。
 ドーナツのレシピは最悪見つからなくてもいい。片づけて探索を町長どもに押し付けてしまえばいいのだから。

「フハハ、見つかったようだな?」
「どろーんとやらがあったのか、よかったなイチ」
「ああ、これでブラックガンズの奴らとの約束が果たせそうだ」

 ノルベルトとクラウディアに「行くぞ」と二階を示した、これならもう大した敵はいないだろう。
 数えきれないほどのテュマーの死体をよけて戻れば、あとは二階へ通じる階段だ。

「次は二階だ。部屋が幾つか、第二オフィスと社長室があるぐらいか」
「一階より入り組んでいるようだな、慎重に進まなければ不意の接敵があるだろうが」

 もう一度見取り図を確かめた。ノルベルトと一緒に見れば二階の構造がそこにある。
 階段を登れば左に小さな部屋が幾つか、右に二つ目のオフィスルームと社長室がある感じだ。
 まずは左の制圧からだな。カービンに弾を込めて登った。

「登ったら俺が右を見る、左側頼んだ」

 また静かになった。一歩、一歩と新調したブーツで静かに上がる。
 終わりが見えた途端に駆け込んだ。素早く銃と共に通路に乗り出した。
 その反対側でクラウディアたちが動くのを感じてると、そこには――

『ドーナツを、あがめよ、ドーナツを、あがめよ、人間より、ドーナツ』

 遠くに開けたオフィスが見えた。一階よりも立派なのが遠くでも分かる。
 照明が照らすそこは見通し抜群だ。
 見取り図に従うなら、かき分けられた海のごとく左右に置かれた机が社長室までの道を作ってるはずなのだが。

『……人間、気配、人間、気配、人間』

 あれはなんなんだろう?
 下で見たものよりずっといい部屋の中、その広さに大きな黒い塊が丸みを見せていた。
 しかしその言葉は電子音声だ。単調な繰り返し、意味も持たぬそれが何度も繰り返されて。

「……なんだと思う、あれ」
『……わ、分からないけど……いやな予感がするよ』
「俺もだよ、だってあれ喋って――」

 ただそこにあるだけならいい、だが喋ってるのなら話は別だ。
 そしてその周りにうっすら青いセンサーが無数に漂い、倒れたテュマーの形が幾つにも折り重なってるとなれば。

『……警告! 有機生命体を検知! 捕食しろ! 捕食しろ!』

 その大きな丸みが立ち上がるのは、ある意味当然かもしれない。
 黒い丸じゃなかった。うずくまる人の形だったのだ。
 それも手足は常人の何倍も太く、背丈はノルベルトを軽く追い越し、この建物をぎりぎりまで活用するような質量の人間失格の代表例だ。

「警戒モードを解除、殲滅モードに移行します」「人間のお肉! 人間のお肉!」「死ぬ気で逃げろ! 死ぬ気で逃げろ!」「きるぜむおー、きるぜむおー」

 それがめきめき音を立てて起きて、周囲のテュマーが真っ赤なセンサーを向けたとなれば?
 答えは想定外+最悪だ。逃げろ!

「…………いいか手短に言う、やべえぞみんな! 逃げろ!」

 やばいがもうこそこそする必要はなくなったのは確かだ。
 カービンを下ろしてR19突撃銃を構えた。足元には階段、逃げ道も不足なしだ。
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