魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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Journey's End(たびのおわり)

ドーナツといえばサムズ・タウン(4)

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 『テクス・メクスメキシコ風料理はチリズ・グリルで食おう!』

 ヌイスの考えとやらで向かった先は、トウガラシのイラスト付きのメッセージが謳う辛そうな店舗だった。
 辛い料理は確かに物欲しい気分だがそういうわけじゃない。
 単純な話で、戦前の飲食店が見張りたちの詰所として使われてるだけだ。

「やあ、こうしてぞろぞろやってきたってことは期待していいんだよな?」

 そして中も素材の味が生かされて、カウンター席越しにさっきの男がいた。
 150年も鎮座するタバスコ瓶たちのせいで今にもタコスが出てきそうな雰囲気だが。

「あら、ここではお料理でも提供されてるのかしら?」
「残念だけど嬢ちゃん、ここはテキサスでもメキシコでもないんだ。確かに甘いものばかりでスパイシーなものが恋しくなる気持ちは分かるが」
「あのジャージ男、俺たちの活動の場によりにもよってこんな店くれやがってな。まあご覧の通り保存状態はいいんだ、くつろいでくれ」
「タコスもチリも出ないからな、そこだけは忘れるなよ」

 付き添うリム様のせいでなおさらで、見張りの男たちは困ったような顔だ。
 冗談として受け止められてるようだが、とんがり帽子の中では本気で飯のことが浮かんでるに違いない。

「テュマーにお困りの奴らを助けに来たんだ、タコス目当てじゃないぞ」

 俺は戦前から末永く構えるブース席に腰かけた。
 見渡せば町の治安維持のための工夫と努力がそこら中にあった。
 客席の一部は仕切りをつけられてオフィスに魔改造、カウンター席は『お客様』に対応するための場にされて、おそらくキッチンや倉庫は備品だらけだ。

「あのクソドーナツ会社をどうにかしてくれて、しかも俺たちの居場所をタコスの店扱いしてくれないとか最高だなあんたは」
「まあ俺たちにとっても都合がいいって話になってな」
「あんたらにとって?」
「うちの賢いやつが言うには極めて合理的な案件らしい」

 ゲートで知って以来の付き合いになる男も向こうに座った。
 そんなところにあの白衣の姿もすたすたやってきて。

「やあ見張りの人、早速だが質問したいんだ。あのドーナツの宣伝をしてるはどこで拾ったんだい?」

 どこで買ったのかコーヒー片手にさっそく尋ねる。
 ここに来たときクリューサの健康を気遣ってくれたあいつのことか。

「あれかい? あれはここに元々あったのさ。ここの廃墟に転がってたのを町長命令でドーナツ宣伝プログラムで動かしてるんだ」
「ふむ。テュマーに汚染とかはされてないのかい?」
「大昔に企業が使ってたプロテクトつきのやつだよ、トチ狂ってドーナツで窒息させてくるような真似はしないぞ?」
「そうか、なら結構。ご丁重な返答どうもありがとう」
「仕事に取り掛かる前にそこまで心配してくれるとは嬉しいもんだね」
「言っておくけど君、勘違いされちゃ困るけどこれは私たちのためだからね」
「あんたらのためだって?」
「律儀な男に付き合ってあげてるだけさ」

 話は順調に進んだらしく、クールな顔は最後にこっちを見てきた。
 「あとはどうぞ」って雰囲気だ。ヌイスを信じて続きをすることにした。

「あんたらの抱えてる問題はこうだったな? そろそろ無視できなくなってきたミス・ドーナツ本社のテュマーをどうにかしたいってやつだ」
「ああ、願わくばきれいさっぱりぶちのめしてもらいたい感じだ」

 白衣に変わって黒いジャンプスーツで尋ねれば、本当に悩ましい表情をされた。

「あんたらの知っての通り、あそこはテュマーがずっと閉じ込められててな。俺たちがいつかひどい目に会う前に対処してほしいんだ」
「そうしたいんだけどな、まずここの連中がどうにかしようと思わなかったのか?」
「ごもっともだが、いざここに根付いてあそこに近づいたら先駆者様が丁重に書き置きしてやがってな。バリケードと一緒に「中にお客様がいっぱいです」だぞ?」
「それをどうにかするのもお前らの仕事じゃないのか?」
「ところがそうもいかなくてな。ありゃすごい数がいやがるぞ」
「中を確かめた奴がいるらしいな」
「ずっと前から居ついてる古株が何人かいてな、そいつらの証言がある。ついでに夜な夜な中から電子音声がささやいてるぞ」
「なるほど、拝む手間が省けたみたいだな。嫌でも分かるわけだ」

 状況はなんとなく伝わった、手に負えないほどのテュマーが封印されてるらしい。
 俺たちの経験上、もしもそんなものをうっかり解き放てば――

「下手にこじ開けて刺激したらだろうな」

 考えが浮かんだところに、カウンター席からクリューサが口を挟んできた。
 お医者様と共にした監禁と寵愛を食らってたテュマーを思い出した。

「そう、そうなんだ。そこのお医者さんの格好した兄さんの言う通り、触らぬテュマーから祟りでもきたら周りから同族が観光にいらっしゃるからな」
「だがこの町に人が住めるほどの安全があるということは、中のやつらは救援信号を一度も送っていない証拠でもあるだろうな」
「だからさ、俺たちが下手に突っ込んでご機嫌を損ねたら右も左もテュマーだらけだ。南の傭兵でも雇おうかと思ったんだが最近ごたごたしてるみたいでな」

 二人の会話で思い出したが、この『サムズ・タウン』の立地条件は絶妙だった。
 西のリゾート地にテュマー、東の未完成の都市にもテュマー、つまり悪い意味だ。
 そんな場所でありながらも存続してるということは一度も信号が出てない証拠か。

「確かにこんなところがスピリット・タウンみたいになるのはごめんだけどな、でもこんなやつらに町の命運を託していいのか?」

 まあ、その諸々の問題をどうしてこっちに任せようとする点が気になるが。
 ストレンジャーズはただのやべーやつらであってテュマー狩りのプロじゃない。
 実際こうしてる間にある光景といえば、戦前の広告にじゅるりするわん娘とダークエルフ、店内のパンフレットを読み漁る魔女に調味料のラベルを調べるメイドだ。

「その理由はあんたらのすごさを理解した上だってことと、俺たちも一蓮托生ってことだ」
「あんたらも?」
「これを機にここの見張り連中も総動員して手伝うつもりだ。何もストレンジャー様を使い走りにするつもりはないさ」

 その理由はこいつらも共に戦う、からだそうだ。
 正直頼りないが、こうしてる間にも見張りの連中はやる気のある様子で集ってる。

「そりゃ嬉しいけどどこまでサポートがつくんだ?」
「できることは何でもするさ。情報の提供から弾薬の補給、交戦時の援護から監視まで何でもだ。それと報酬もな」
「支払いはドーナツ抜きだよな?」
「クソドーナツは抜きだから心配するな。俺たちのポケットマネーから10000ほど出す、だめか?」

 見張りたちが自腹で出す、とまでは耳にしたがけっこうな額だ。
 思わずヌイスやクリューサと「それだけ本気なのか」と視線が合ったが。

「君たちがそこまで払うなんてよっぽどみたいだね?」

 白衣の金髪が少し探りを入れたみたいだ。
 対して見張りのやつは少し嫌そうに笑って。

「金払いの良さについても情報共有しようか、俺たちがここに根付き始めた頃、まわりの廃墟からいろいろ回収しててな。もちろんあのジャージ野郎に黙ってだが」
「その言い方だと本来は町長とやらに報告しないといけない形式だったんだろうね」
「あの野郎ケチなやつだからな、町の連中も黙認してくれてるよ。んでそんな品々を売りさばいて俺たちの活動資金やらに充ててるのさ」
「そして一部を私たちにくれる、と。ため込むよりよほど経済を理解してると思うよ」
「あんたみたいな理解のある姉ちゃんは大好きだよ。まあ健全な金のやり取りと思ってくれないか?」

 ヌイスを伝ってこの町の実情を漏らしてくれた――ひどい町だったわけだ。
 確かにあんな悪趣味なファッションスタイルがここの第一印象になるのは俺もどうかと思ったが、やっぱり身なりは人を表すのか。

「クリューサ、お前の言う通り北ってやっぱ変なやつばっかなんだな」
「だから言ったはずだ。精神的に何かしらの疾患を抱えてるやつがこれほどいるのだから、その手の医者は食うに困らないだろうな」
『うん、なんか変な人だなってわたしも思ってました……』

 うちのお医者様とこの有様について少し話したが、町長の人柄は専門外らしい。

「でもでも~、そんな未知数の場所に行かせて10000って見合うんすかねえ?」

 そこにロアベアが生首を抱っこしてきた。
 けっこうな額だがによによした物言いの通り、リスクと見合うかはまだ謎だ。
 実際赴いたら想定外のやつがいました、なんて確かに嫌な話だ。

「その不安に対する返答はあるぞ、こいつだ」

 目の前の男は答えを用意してたらしい。喋る首に少し気が散りながらだが。
 そうして出されたのは戦前の企業案内で。

「この通り、とまではいわんだろうがこいつに従業員の数やら社内のちょっとした見取り図がある。ここから判断はできないか?」

 こいつで決めてくれ、とばかりにパンフレットが開かれた。
 内容はこうだ。本社は二階建ての質素な建物、従業員数も相応の数らしい。
 大音量の目覚まし時計を鳴らさない限りは『ホード』は起きないはずだ。

「……本社のくせしてえらく謙虚だな」
『意外とこじんまりしてるんですね……?』
「ド田舎のローカルチェーン店なんてそんなもんだ。これでどうだ?」

 俺たちは見取り図やらを回した。総合的な判断は「いけそう」だった。
 突入して静かにぶっ殺せば、誰一人眠りを妨げることなくことが進みそうだ。

「いけるんじゃないかって思ってるところだ、みんなどうだ?」

 少し悩んでから、最後にパンフレットちらちらさせた。
 みんなやる気がでたみたいだ。つまり俺たちの出番だな。

「なんだ、この程度であればフォート・モハヴィにも及ばんな。装備が充実している我々なら余裕だろうな」

 特にノルベルトがそういったのもあって、もう意志は一つになってる。

「あいつらの戦い方は良く覚えたからな、旅の終わりの前に振舞ってやろうか」

 クラウディアもだ。この様子なら夕食の時間が来る前に終わりそうだ。

「決まりだ、やるぞ」

 全員の顔色をうかがって「OK」を把握した。この条件でやろう。
 すると見張り連中は安心したように笑った。よっぽど気がかりだったんだろうか。

「お礼の言葉はあんたらが無事に戻ってからでいいよな?」
「後のために大事に取っとけ」
「オーケー、そういってくれて助かるよ。何か必要なものがあったら教えてくれ」
「とりあえず弾が欲しい、5.56㎜とかな。あとオイルフィルターもあるか?」
「備品にあったはずだ、すぐ持ってくる」

 見取り図を見るに周囲で見張ってくれる連中がいてくれれば俺たちでも十分だ。
 後で与える指示を考えるとして、軽くみんなと打ちあわせでもしようと考えてると。

「――そうだ見張りの君、中にあるものは貰っていってもいいかい?」

 ヌイスがパンフレットを掲げてた。
 俺には『ドローン宅配サービス』だとかのイラストがあるように見えるが――まさか。

「中にあるもの? まさかあんた、伝説のレシピが目当てとか言わないよな?」
「そんな眉唾なものが必要なやつに見えるかい?」
「賢いやつに見えるよ。欲しいもんはもってけ、まあできれば町の為になりそうなものは残してほしいが」
「心配いらないよ、ちょっと戦前の文化に興味があるだけさ」

 見張りから承諾を得たらしい。冷静な顔つきは満足した頷きだ。
 それからこっちに軽い足取りでやって来ると。

「まあつまりこういうことだね、こんなものがあるから利用してやろうって魂胆さ」

 まさにその通りだった。企業が自慢するドーナツ宅配サービスに目をつけてたわけだ。
 しかもアリゾナのかなり広い範囲まで手にかけてるんだから、これほど願ったり叶ったりな条件はない。

「なるほど、だから好都合か」
『あっ……そっか、ドローンがあるって分かってたんですね?』
「さっき読んでた本にそう書いてあったものでね、しかも数十年も手つかずとなるとまだ使える宅配ドローンがあると踏んだんだ。確実にあるという根拠がないのが申し訳ないところだけど」
「俺だったら考え付くのに時間がかかっただろうな、気づいてくれただけありがたい話さ」
「まあなかったらなかったで私がどうにかしてあげるよ。その代わりあったとして、派手にぶち壊さないでおくれよ?」

 ヌイスのやつを連れてきて本当に正解だったと思う。
 この町の問題を解決すれば俺の抱える悩みも一つ消えるんだから、これほど助かることはない。

「――やあ皆さま、こんにちは! 少し大事な話があるのです、実はこの町には伝説のドーナツのレシピが……」

 みんなでさっそく準備でもするか、と意気込んでるとドアが開いた。
 案の定だった。いい顔のジャージ姿がテンガロンハットと共に異彩を放ってる。
 見張り連中が視覚でいや~~~な顔をしたのは言うまでもないが。

「さっきは水をどうも町長、レシピ探してやるよ。あとテュマー片づけてくる」
「俺様たちがどうにかしてやるから楽しみにしてるとよいぞ」
「お礼はエナジードリンクかチップでいいっすよ~」
「成功したあかつきには小麦粉と乳製品を分けていただきますわ!」

 ストレンジャーズの先制攻撃だ。オーガからメイドから魔女まで言葉を殺しにかかった。
 いきなり「テュマー片づける」とか言われて面食らった様子だ。

「えっ、あ、はい……や、やっていただけるのですね!? なんと素晴らしい! ここまで見聞きして既に対処するつもりで動いてくれるとは やはりストレンジャーズの噂は本当だった! ささやかなお礼ではございますが、我が町のドーナツをいくらでも……」
「ついでに中にあるもので使えそうなものがあったら少し貰っていくよ。町に必要なものには手を出さないからご安心を」

 見張りの言葉はマジだったらしい、ドーナツという単語が本気で出てきた。
 しかしヌイスがはっきりというものだから口ごもってしまった、ナイスだ金髪白衣。

「そ、そうですか……ぜ、是非ともお願いします! あの本社には聖なるドーナツのレシピと、戦前から残る道具が山ほど残されているのですからね! ですのでどうか無暗に中のものを」
「俺たちはドーナツなど作れんからな、お前は誠実な報酬を用意して期待して待ってるといい」

 更なる物言いにクリューサもしんみりといったせいで、もはや続くセリフもなしだ。
 言いたいことを言えなくなった町長は少し不満そうなまま去っていった。
 そんな後ろ姿に、見張り連中はハイタッチするなり好戦的なポーズするなりで喜ぶ有様だ。

「やっぱあんたら最高だよ。あのクソジャージ野郎悔しがってたぜ」
「ありがとうストレンジャー、この町でうまくやってけそうだ」
「あの野郎やっぱりただ働きさせる魂胆だったか。欲しいもん好きなだけもっていっちまえよ、期待してるぞ」
「期待してくれてどうも。報酬の件はジャージ男には内緒だぞ」



 準備はすぐだった。
 弾倉に弾を込め、軽く見取り図を確かめ、誰がどう行くか話し合うだけだ。

「……あれがミス・ドーナツ本社か、堅実にやってるような見た目だな」
『うん、ほんとに質素な建物だね……』

 いざ装備を整えた俺たちが現場に向かうと、そこにあったのはドーナツだ。
 大きな看板にへばりつくドーナツがそろそろ三秒ルールを与えられる頃で、ぐらぐら揺れたそれが本社の位置を示していた。
 派手な宣伝の下には浅く広くの建物が続いていて、とても一企業の本部としては頼りない。
 両開きの扉から外回りの窓やシャッターまで強引にバリケードで塞がれ、よほど閉じ込めたいものがあることが伺える。

「……ご主人、中から匂いがする。いっぱいだよ」
「いっぱいか。まだこんな会社でお勤めとはご苦労なこった」

 正面玄関のグレーな壁色に立ち向かってるとニクが反応した。
 間違いなくいるってことだ。この建物のサイズに「いっぱい」なんて嫌な話だが。

「あ、あんたら……ほんとにそんな人数でいいのか?」

 中への侵入を果たそうとしてると、見張りの代表が気にかけてきた。
 ここにいるのはストレンジャー率いる五人、ニクとノルベルトとロアベアとクラウディアだ。
 付き添ってくれた奴らは十人ほどだが、この建物の規模からしてこれが適切だと思う。

「テュマーどもも素早く動くぞ、人間よ。静かに仕事を済ませるのであればこれが適切よ」

 そんな不安はオーガの強い笑みでかき消されたみたいだ。
 腰に下げた投げ斧をちらつかせると、俺たちのことをよく信頼してくれたらしい。

「わ、分かった。じゃあ俺たちは万が一の事態に備えてればいいんだな?」

 そうして引き受けてくれたのは外での監視だった。
 周囲の建物に射撃がうまいやつを置き、地上にも監視を数名ほど、そして正面にも人員を割いて「とりあえず何かあったら何名か駆け寄れる」程度だ。
 俺たちとの実力差を考えるにこれが限度でもあるわけだが。

『こちらヌイス、不測の事態その2にはぬかりないよ』
『医者にこんなもの使わせるとはいい度胸だ、さっさと済ませてこい』

 更にもう一押し、突入口である正面玄関には『ツチグモ』も向けてある。
 少し離れた場所で五十口径がお医者様によって処方される寸法だ。
 そこまで最悪な事態を起こさないようにするのが突入チームの役割だが、万が一はあるにこしたことはない。

「ノルベルト、オープンだ」
「フハハ、静かにしてやらんとな」

 俺はカービンキットに『リージョン』を組み込みながら頼んだ。
 オーガの戦槌の尖りがバリケードを剥がしていく隣、銃口に消音器を取り付けてると。

「ほんとに伝説のレシピなんてあるんすかねえ? いっぱいドーナツ食べたんすけど、どれもじゅうぶん美味しかったっすよ?」

 ロアベアも5.7㎜拳銃にオイルフィルターを取り付けてた。疑問を口にしながらだが。

「あったとしても俺たちには無縁だろ」
『……わたしは、ちょっと気になるかなぁ?』
「私も気になるぞ、あれ以上うまいドーナツが作れるんだからな」

 戦前の『秘密のレシピ』の話は胡散臭いが、料理好きのミコと食い気盛んなクラウディアには食指がすすむらしい。
 そんな大層なものを手に入れてどうするんだって話だが。ドーナツ屋でも営むのか?
 そう考えるうちにばりっと打ち付けられた木材が剥がれた――数十年ぶりに扉が開く。

「さあ、お先にどうぞだ」
「一番乗りは俺だ、行くぞニク」
「ん、気を付けていこう」

 一目で分かるほどの埃っぽさが目に見えた。
 隙間にニクもろとも入り込んだ。カービンを構える先で塵がつもったエントランスが待っていた。
 左から右へ銃口でなぞった。敵の姿なし、戦前のまま綺麗に残った面影だけだ。

「……入ってすぐはクリアだ、進め」

 周囲の安全を確かめたところで、後続の奴らも雪崩れ込ませた。
 ストレンジャーズが足を踏み込むと、遠いどこかで電子音がひそひそとささやくのが聞こえた。
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