魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

無人兵器パラダイス、豹変したウォーカーを添えて (01/10修正)

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 ブルヘッド・シティの日常が崩壊したのはあっというだった。
 「気のせいか」程度だった銃火がここまで広がってきたからである。
 銃声や砲声、遠い爆音、壁に守られた現代の佇まいで耳にしたくないものがぎゅっと凝縮されている。

 スティング経験者ならともかく、ここの市民からすればたまったもんじゃない。
 どうすればいいか立ち止まる、パニックでうずくまる、助けを求め走り回る。
 危険が間近に迫った人間なんてその程度だ、ひどい混乱が広がるのが目に見えた。

 ところがまあ、フランメリア人の物理的解決法は多大な恩恵をもたらしたと思う。
 悲鳴混じりの騒々しさが広がる中、ヴァルハラ・ビルディング周辺だけは特別だ。

「あっちに怪我人いたぞ! どこに運べばいい!?」
「路地からまた来るかもしれないから何かで塞げ! ないよりマシだ!」
「俺の息子が変なんだ、助けてくれ! 意識はあるのに呆然としてるだけで……」
「通りの建物の中に何人か取り残されてる! 今のうちに行くぞ!」

 俺たちが避難を促したからか、逃げ戸惑ってた人々は今できることをしていた。
 負傷者を支えて安全な場所へ運び、どこかにバリケードを作り、パニックに陥る人間に寄り添い、逃げ遅れた誰かを探す。
 ぶち壊された無人兵器を目印に「ここは安全だ」と絶大な信頼が募っていた。

「俺はフォート・モハヴィでこんなものと縁を切れたと思ったのにこれだ。もうこの際お前と付き合ってると災いが伴うことは百も承知と言ってやるが、テュマーと泥棒集団の次は傭兵、その次は都市部で無人兵器だと? ふざけるのも大概にしろ」

 そしてクリューサの不健康そうな顔色は今日もブチギレだった。
 ビルの根元、急ごしらえの救護所に集められた住人を治療しながらだが。

「い、痛い……! も、もっと優しく……」
「おいクリューサ、気持ちは分かったから患者を優しく」
「そろそろ俺の中で「お前と旅をして良かったこと」が覆されそうな気分なんだぞ。次はなんだ? 世界を滅ぼす魔王か何かとでも戦うのか俺たちは? 気づけばすぐ災厄を招きやがって」
『クリューサ先生! 血! 血がいっぱい出てます!?』
「それくらい分かる、必要な出血だこれは! 俺のような心の広い医者と巡り合えたことを一生かけて感謝しろよイチ」
「ほらもう大丈夫だ、リム様お手製の人工ホットチョコだぞ。これを飲んで安らぐといい」
「わ、私ダイエット中です……」
「それとクラウディア、患者に甘味を与えるな! この馬鹿エルフが!!」

 そして俺たちも負傷者の処置に当たっていた。
 荒っぽさのある的確な治療で悲鳴が上がる中、『分解』と『ヒール』が必要な患者を治療中だ。
 除去困難なデカい破片が刺さったり、四肢が千切れかけたり、現代の医学じゃどうにもならないやつが次々回され。

『いちクン、止血と縫合お願い! 処置が終わったら『分解』してくれる!?』
「消毒はしなくていいんだな?」
「ミコさま、マナポーション持ってきた……!」

 次の患者がいらっしゃった、中々の筋肉をお持ちの厳つい黒人の男だ。
 脇腹にどこから来たのか分からぬ巨大なガラス片が生えて体中がずたずただ。
 気取ったスーツは致命的に真っ赤に染まり、血まみれの顔は苦しそうで。

「す、すと……れんじゃー……」
「おい喋るな、痛いけど我慢してくれ」
「あとで……さつえい……じまんしたい……」
「そういう医療サービスはないぞ、いくらでも撮らせてやるから大人しくしてろ」

 かすれた声であれこれ言ってきたが針を見せて黙らせた。
 負傷個所を清潔なシートで拭いてより合わせて、深いカーブを描くそれを差し込む。
 縫合針とかいうやつだ。使い方はクリューサから教わった。

「あ゛あ゛……い、たい……!」
「どっちだ? 傷か、俺の献身具合か?」
「両方……!」

 ピンセットの先端を頼りに腰回りにぱっくり開いた赤い横筋をちくちく縫う。
 よほど痛いのかそいつの肌に脂汗がじんわりにじむが、どうにか傷を塞いだ。

『マナ補充できたよ、いつでもいけるよ!』
「了解。ちょっと待ってろ、スティムも打っとく」

 そばではニクが物言う短剣をマナポーションに突っ込んでくれたらしい。
 残りの傷は胸部に集中してる、腰上あたりか。
 道具を置いてスティムを掴んだ。縫い合わせた傷の上あたりに針を突き立てる。

「重病人追加だ、誰か回復魔法を使える奴は処置してくれ」
「はーい今いきまーす」
「おっおい待ってくれ……悪魔みたいな見た目してるぞこの姉ちゃん……!?」

 そうしてる間にもクリューサは目につく患者を片付けたらしい。
 薬で少し男が安らいだ。そのまま永遠と暇に入らないようにしなければならない。
 あとは適当な布を丸めて飲み込ませないよう口に捻じり込んだ。準備完了。

『いちクン、その人抑えてて!』
「回復魔法行くぞ、気合で耐えろ」

 くたばりかけた男が冷や汗いっぱいに見上げてきたが、短剣を持ち上げ――

『頑張ってください、【ヒール】!』
 
 回復魔法が発動、刃先からの青い光が患者に当たった。
 傷周りがびきびきと嫌な音を立てる。回復の刺激がひどいのか身体が跳ねた。
 んーんーいいながらじたばたするのを抑えるが、処置が効いたのかすぐに収まり。

「…………そう、映画だっ!」

 なんということだろう、ガタイの良い黒人はがばっと起き上がる。
 負傷者だらけの中でまるで何事もなかったかのように元気になったかと思えば。

「あー、なんだって? 映画?」
「ハードコアな映画を撮影しているんだ! 今分かったよ、君とタッグを組めば無敵の作品が作れるぞ! 待っててくれ、監督に話をつけてくる!」
『あ、あのっ大丈夫なんですか!? えっ、ちょっと待ってどこいくんですか!?』

 そいつが最後に発したのは「ハッハァ! ハードコアだぁ!」だった。
 ミコの制止も効かずに明るくどこかに去ってしまった、帰ってこいオッサン。
 
『行っちゃった……』
「俺たちの献身的な治療が良く効いたみたいだな」
「これで大体は捌いたな。やはり医療環境が整ってると楽なものだ」

 これで大体片付いたらしい。
 クリューサの仕事ぶりは相変わらずすごい、数十もの患者がどうにか元気だ。
 周りには傷も塞がり疲れ切った人々が安静にしてて。

「大丈夫か人間、腹は減っていないか。甘いものを飲むといいぞ」
「あ、ああ……どうもご親切に……」

 そこにクラウディアが甘いものを勧めてるが、飲める程度には回復してる。
 傍らに見えるのはヴァルハラの中へ避難する人々の様子だった。
 ビルのセキュリティチームが誘導してるらしい、落ち着きのある動きだ。

『いちクン、あれ……』

 少し見渡すと、ミコのいう『あれ』が駐車場近くに集まっていた。
 たくさんの子供が親を探す声と共に打ちひしがれてる。
 牛と熊と白いドッグマンが守るように立ってるせいで『人食いモンスターがさらった犠牲者』にも見えなくはないが。

「スピロスさん、その子供たちは?」

 気にかけて近づくと、牛の巨体は困ったような顔をしてきた。

「親からはぐれちまった奴が結構いてな、とりあえずここで預かってる感じだ」
「街のセキュリティがここで待ってろってさ。俺たちみたいな見てくれに任せるほど余裕がないみたいだぜ」
「これだけ入り組んだ街が混乱しているのだから仕方がない。ワタシのようなドッグマンの手も借りたい状況らしいな」

 熊の巨人もそういって「困った」とばかりに子供たちの方を見た。
 よっぽどひどい目に会ったのかバケモンの姿も眼中にないぐらい放心してる。

「……大丈夫? ここまで来ればもう安全だから、えっと……」
「……うん、大丈夫。パパとママ、必ず来てくれるから」

 誰かが女の子の手を引いてくる姿もあった。オスカーだ。
 どうも戦場と化しつつある街のどこかから連れ去ってきてくれたみたいだ。

「あ、お兄ちゃん……もう治療終わったの?」

 すっかり亜人慣れした子供はこっちに気づいて見上げてきた。

「ほとんどミコとクリューサの仕事だったけどな。そっちはどうだ」
『オスカー君、その子どうしたの?』
「う、うん……お父さんとお母さんからはぐれちゃったみたいなんだ。コンビニの奥でずっと泣いてたから、とりあえず連れてきたんだけど……」

 オスカーは以前とは違う頼れる男の面構えだ。
 すがるようにくっつく知らない女の子の手をぎゅっと握っていて、すぐ近くにある戦火にだいぶ落ち着きがある。

「えらい。オスカー、落ち着くまでその子のこと頼めるか?」
「うん、任せて」
「頼もしくなって何よりだ。ではオスカー二等兵、子供たちのそばに居てやれ」
「了解です、ストレンジャー」

 それに軽く冗談を交わせるぐらいの余裕もあるみたいだな。
 これまた冗談っぽい敬礼を交わして一任した。

『オスカー君も成長したね。あの時と違ってきりっとしてるし』
「あいつも逞しくなったな、あんな顔見れて嬉しいよ。俺も頑張らないと」

 子供たちから離れると、路上で破壊された無人兵器が見えてきた。
 あの手この手でぶち壊されたそれが今や安全区域のシンボルと化してる。

『見ろよ! ラーベ社のウォーカーだ!』
『こうして間近に見るのは初めてだな……記念撮影しようぜ』
『もう動かないよなこいつ、大丈夫だよな?』

 しかしここの住人も逞しいというか、破壊されたウォーカーに群がって自撮りしたりとやりたい放題だ。

「なんていうか、うん、けっこう余裕そうだなこの辺りは。楽しんでるみたいだ」
『……こんな時に撮影してる場合なのかな』

 思わずそう感想が出てくるほど元気な連中だ。
 そんなものを眺めてると、四肢をもがれたウォーカーのそばに人だかりがあって。

「よし、ひっくり返すぞ」
「うむ、では行くぞ」

 茶色毛のオークとノルベルトが機械だるまをひっくり返していた。
 がしゃんと重々しく転がれば、ひどく歪んだハッチがそこにある。

「……転倒の衝撃で解放レバーが潰れてる。こじ開けるしかないな」

 まずラザロがそれを開けようとしていたようだ。
 しかし背面はでこぼこだ。どうにも開きそうにない。

「よっしゃ、開けるぞ!」
「しかしこの『ウォーカー』とやら、こんな大層な見た目のくせして以外に装甲薄いんじゃな」

 そこでドワーフたちが工具やらを手に力づくを選んだらしい。
 周りが念のため武器を手にしつつ見守る中、適度な力を加えられたのをきっかけにハッチが持ち上がり……。

「……空っぽだね、誰もいない」

 ヌイスが言う通りもぬけの殻らしい。
 気になって俺も近づけば、そこには『鉄鬼』の中で見たような内装があった。
 操縦に必要なものはきれいに残ってる。人さえいれば動きそうなのだが。

「冗談じゃないぞ……!? まさか、そんな……」

 なぜだか一目見たラザロがかなり極まった声で嘆いてた。

「……これはまずいですね、いや、実に信じがたいのですが……」

 遅れてエヴァックも少し遅れて「実に」深刻な顔になってしまった。

「ラザロ、こいつのどこに悪いニュースがあるんだ?」

 ドワーフたちも「どうした?」と首をかしげる中、俺も加わることにした。
 取り囲む一団の中、相棒はものすごく説明したさそうな顔でこっちを見て。

「……ストレンジャー、これ見てくれよ、分かるか?」

 その上で中身を見るように促されたので、コックピット周りを覗いた。
 ニシズミ社のものとはだいぶ違うが動かし方は大体同じだと思う。
 問題はこれを誰が操縦してたかってことだ、人がいないウォーカーに動きようはないはずだ。

「空っぽだな、操縦者はどこいった?」
『……中に誰もいないけど、でも動いてたよね……?』
「……それがまずいんだよ」
「どういうことだ?」
「あれを見てくれ、あの外骨格は無人兵器用の装置やらが詰め込まれてるよな?」

 今度は人なしウォーカーから、そばに転がる無人エグゾを促してきた。
 地下駐車場に横たわるアレと同じものが腹の中を大の字に晒してるところだ。

「どう見ても無人で動きますって感じだな、それがどうした?」
「ああ、でもこいつは違う、無人兵器に使う機材を積んでないなんだ」
「そうなると「じゃあどうやって動かしてた」って話になるよな」
「ウィルスだ」
「ウィルス?」
「複製した『デザートハウンド』のAIがこいつにウィルスを送り込んで、制御用のOSを乗っ取ってるんだ。だから……」
「つまり、あのウィルスがウォーカーを勝手に動かしているということですね。無人機に変えてしまったわけです」

 エヴァックの言葉もすぐ繋がれて、俺はやっと理解してしまった。

 そもそもの話、ウォーカーは人の手足に従って動くものだ。
 ところがウィルスとやらはとうとう人間様の手間を省いてくれたようだ。
 人の四肢を借りずとも勝手に動き回り、市民を殺戮するための便利な道具に変えてしまったのである。

「ここの連中がどうして壁の外を怖がるのかやっとわかったよ。こうなるからか」
『ウォーカーも暴走してるなんて……』

 晴れてウォーカー大の殺人マシンが完成だ。
 例えばあの『鉄鬼』が人の手も借りずひとりでに暴れ回ったらやばいだろう。
 それが今、目の前の残骸が「そうなのだ」と証明してやがるのだ。

「……どうしてこうなったかは大体分かるよ」
「どうしてだ?」
「制御用OSだ。ラーベ社の製品を管理するプログラムがあるんだけど、多分そいつを書き換えてウォーカーを乗っ取ったんだと思う」

 ラザロの手はぷるぷるしていた。それくらい深刻な話になってるってことだ。
 待て、ウォーカーが乗っ取られた? ということは――

「この様子だと一機二機どころの話じゃなさそうだな」

 いやな予想が生まれた。ウィルスがウォーカーを掌握したとしていくらいやがる?

「あの企業が公表した保有数は、その、五十なんだ」

 顔色悪く帰ってきたのは「五十」という数字だ。
 こんな場所でウォーカーがそれだけ暴れたらどうなると思ってんだ。

「五十だって?」
『ご、五十……!?』
「実際はもっとあると思う。表に出せない後ろめたいものもあるだろうし」
「待て、ウォーカーが乗っ取られたってことはだ」
「ああ」
「ニシズミ社のウォーカーとかは大丈夫なのか? あれが乗っ取られたりはしないよな?」

 しかし続く疑問はこうだ、他のウォーカーはどうなんだ?
 ニシズミ社にも鉄鬼やら牛鬼やらがあったが、あれすら乗っ取られたらと最悪の想像が浮かぶも。

「それなんだけど、こういうことなんだ。ウィルスが自由に動き回れるのはラーベ社のプログラムの間だけだ」

 ウィルスの魔の手が回るのはラーベ社の製品だけ、だそうだ。

「えーと、どういうことだ、なんでラーベ社だけピンポイントで被害被ってんだ?」
「ストレンジャー、まず説明するがこの街にある電子機器はプロテクトがかかってて、テュマーの持つウィルスに対策済みなんだ」
「セメタリーキーパーみたいにハッキング対策済みか、まあそりゃそうだろうな」
「ああ、でもあの企業のウォーカーは古いOSを使ってる。それに伴ってウィルス防御プログラムもテュマーの持つそれに対応しきれてないんだ」

 その理由を是非とも存じたいところだが、ラザロは呆れいっぱいにそばを見た。
 フランメリアパワーでぶっ壊されたウォーカーがある。
 あろうことかこいつにはとうの昔に型落ちしたOSが使われてるらしい。

「……そのOSってのはいつサポート期限が切れてるんだ?」

 OSってのは要するにパソコンだのスマホだのを動かす頭脳だ。
 ウィルスだの不正アクセスだのを防ぐために製造元は対策を施したプログラムを配る。
 だがメーカーのサポートが終わればどうなる? 侵入し放題の脆弱性の塊になるだけだ。

『じゃあ、このウォーカーって外部からの侵入に対応できないんじゃ……!?』

 そう、たとえそれがウォーカーだとしても。

「実に大昔のものですよ。彼らは150年前のOSを独自に調整して使っておられるのですが、実際のところは自社の管理タグを捻じり込んで使いやすくしただけに変わりありません」
「150年前だって? ふざけんなといいたい気分だよ」
「ふざけるな、というのは私も同感ですよ、実に。いつか問題を起こすのかと思っていましたがよもやこのような形で脆弱性を突かれるとは」

 そしてニシズミ社の社員は入手元まで教えてくれた。
 実に・・遺憾なことに戦前の古いものだとさ、何考えてやがる。

「あー、おい、お主ら、つまりどういうことじゃ」
「おーえす? ってのが原因でこうなっとんのか?」

 ドワーフの爺さんたちはそんな話を横から聞いて「?」を浮かべてたが。

「あんたらに分かりやすく言うと……おまじないから身を護る手段が古すぎて、そこに目をつけた悪い魔法使いに乗っ取られてるんだよ。これで分かるか?」

 絶望色の強いラザロがそう答えたようで、すると小さな爺さんたちは。

「あーわし理解したわ、古い魔法で動かしたゴーレムのことじゃな」
「乗っ取り放題のゴーレムのことじゃな要するに、あったわそんなん」
「フランメリアでもプロテクト古いのつけ狙って書き換えて悪戯する馬鹿いっぱいおったよな」
「……あんたらでも理解できるきっかけがあったようで何よりだよ、くそっ」

 フランメリアで何があったかは知らないが当てはまる事例があったらしい。
 驚くべき理解力に苦労せずに済んだラザロはともかく。

「我が社のウォーカーに関してはご心配なく。こんな生産性重視でソフトウェア面の防御すら置き去りにするような企業とは違うのですからね、ええ」

 エヴァックは倒れ伏すウォーカーから、ニシズミがいかに素晴らしいか語ってる。
 そうやって自慢げにしてくれたおかげで俺たちは助かってるわけだが。

「ラーベ社は戦前に作られた火器管制に特化した実戦向けのOSを使ってるんだ。言うならば遺物だよ、だからこそウィルスの付け入る隙はいっぱいある」
「ラーベ社の手が回った機械の分だけか?」
「……そういうことになる」

 ところが実情はこうだ。ラーベ社がケチってウィルス防御できてません。
 おかげでこんな目に会ってるんだ、あのクソ企業め。

「なるほど、こういうことだね?」

 セキュリティ皆無のウォーカーを囲んでると、ヌイスが不安げに言い出した。

「ラーベ社は拾い物のAIで開発した無人兵器を暴走させて、しかも自社のウォーカーにすら感染させてしまったわけだよね? ならかなりの数の機械が暴れてることにならないかい?」

 行きついた答えは「暴走マシンがいっぱいいる」だ。
 質問を向けられた本人は既にコックピットの中を探ったようで。

「……たった今悪いニュースが出ちまったよ。聞くか?」

 ラップトップ片手にすさまじい青さの顔を振舞ってくれた。
 誰も聞きたくない話題だろうが、俺は顔で続きを促した。 

「もうどん底まで悪くなってるぞ、言い放題だ」
「そうか。回線が感染済みのウォーカーと繋がってた、番号が60号まで振られてる」

 いまさら聞いても底知れぬ場の悪さだが、聞かなきゃよかった。
 60号。単純に受け止めるなら六十機のウォーカーが感染してることになる。

「ラザロ君、それは暴走ウォーカーが六十もいるってことかい?」

 クールを振舞うヌイスも焦るほどの数値なのは確実だ。

「それ以上かもしれないしそれ以下かもしれない。ということはこいつら込みで無人兵器が最低700も暴れてるってことだ」
「それか760だね」
「フォート・モハヴィの大騒ぎが穏やかに感じてるところだ、最高のお知らせありがとう畜生が」
『そ、そんな数……一体どうすればいいの……?』
「どうにかするの一択だ。迷惑なもん広めやがってあのクソ企業」

 最悪の現状が理解できた、暴走機械だらけなのだこの都市は。
 近くに転がる大体を引いても690ぐらいだ。
 その証拠に遠くで、なんなら割と近くでもまだ豪快に銃声が聞こえるんだぞ。

「で、どうするんだ。今こうしてる間にも暴走マシンが都市をリフォーム中だぞ?」

 俺はガバガバセキュリティの機械をがんと踏みながら尋ねた。
 避難する住人だらけ、遠くでは機械大暴走、この都市の終わりが近い気がする。

「……フォボス中尉、こいつはもう企業だとかの話じゃねえよな」

 そこにやってきたデュオも呆れに呆れてた。
 物言いが向かうのはフォボス中尉のレンジャー姿だ。
 でもその様子は冷静だ。周囲に耳を立てつつ何か考えていたようで。

「介入の機会を楽しみにしていたが、まさかこんな形で実るとはとても愉快だ。我々が介入する理由がとうとうできてしまったな?」
「だよなあ。北部の連中はちゃんと暇してるところか?」
「そういうと思って既に要請した。それまで私はここに残って現状を確かめるぞ、無線を貸してくれ」
「助かるぜ。シド将軍にも連絡つけといてくれよ、最悪南から援軍頼むってな」

 こんな事態になってしまえばレンジャーどもも動くわけだ。
 フォボス中尉がヴァルハラのもとへ潜り込んでいけば。

「ったくラーベ社の馬鹿どもめ。長年好き放題やってきたツケが今こうして回ってきたってか?」

 デュオは今まで見たことのない顔で「畜生」と北の方を見てた。
 途方もない有様に珍しい戸惑いがそこにあった。

「あいつらにご不満みたいだな」
「いつも不満だったが今日は格別だぜ」
「ちょうど俺も格別にご不満な具合だぞ」
「お前もか?」
「ああ、あいつらのせいでこの前からずっと気が休まらないからな」
「向こうに人を気遣う気持ちなんてありゃしねえさ、気の毒なことにな」

 俺も周りを見た。
 せっかくのブルヘッド観光はいつもの戦場に変わりつつある。

「てめえら馬鹿で北部がどうなろうが知ったこっちゃねえけどよ、ここは俺たちの居場所なんだぜ? 分かるよな? 最悪だ」
「俺にとっても最悪だぞ、心配するな」
「そうだろうな。正直お前にはここの良いところをたっぷり堪能してほしかったぜ」
「人のブルヘッド観光を台無しにしてくれた礼がしたい気分だ」

 プレッパーズの二人で戦闘の跡が残る道路を見ると、無性に腹が立ってきた。
 さほど長くも深くもない付き合いだが街の連中はひどく困ってる。
 ここに至るまでのラーベ社の所業は忘れるわけもない。
 フォート・モハヴィを荒らして人様に迷惑をかけ、くだらない目論見が失敗すればその責任をこっちによこして、あまつさえこれ・・だ。

「おい、ひょっとしてキレてんのか? そんな顔してるぜ」

 すぐそばの現実を見てると、デュオのからかう声が聞こえた。
 傷つく市民への義憤? 滅茶苦茶にされた文明がもったいない? 戦場を共にしたスカベンジャが世話になった?
 どれも違うね、今の俺を支配してるのはもっと原始的なそれだ。

「デュオ、俺がここに来てからどんな気持ちか分かるか?」
「俺から言えるのはこうだぜ、ご苦労なこっただ」
「ああ。せっかく文明的な場所にたどり着いたと思えばおちおち観光もできない、人様に高い金かけやがって、しかもお悩みの時期にあれこれぶっこんできたんだからな」

 邪魔してくれた礼をたっぷりしてやる。
 自分がもたらした因果だって? 知ったことかよ、てめえらのミスと落ち度だ。
 お偉い企業だろうが勝手にくたばればいいものの、俺の旅路を妨げた挙句にこの滅茶苦茶な有様だ。
 いい加減ストレスが溜まってたが、ようやく晴らす時がきたみたいだ。

「もうこんな服に着替えてこそこそやらなくていいよな?」

 俺はウォーカーの残骸のそばでいった。
 こんな格好じゃやりづらい。やっぱり俺にはこそこそは似合わないんだろう。

「今ならダークグレーでもありがたがられる時期だろうさ」
「衣替えにいいタイミングみたいで何よりだ」
「伝説を作れとはいったがまさかこんな形になるとはねえ」

 デュオはニヤっと笑ってた。
 都市の向こうを見れば、まだ近い場所からウォーカーの足音が聞こえる。
 北部に来てから続くテュマーの因縁が籠った敵がそこにいるはずだ。
 そしてラーベ社はあのライヒランドと絡んでたときた、ならばやることは単純だ。

「ここに来てからの俺の心は「いい加減にしろ」だ、ここで全部晴らすぞ」
「やるんだな?」
「お悩みの時期にちょうどいいストレス発散がきてくれたよ、ありがとう」

 あらためてポケットから賞金首を確かめた。
 60000チップだ。こんなもので人を縛った馬鹿野郎を俺は許さん。

「だったら俺も一緒だ、ストレンジャー。人様の居場所をこんなにもしてくれた礼があるからな」

 紙をしまおうとデュオはタバコをかみしめた。
 点けてやった。盛大な一口が濃い煙を作ってる。

「社長直々にお礼参りか」
「うちはそういう企業でね、嫌か?」
「プレッパーズらしくて大好きだ」
「へへ、ボスに『社長が戦うな』なんて教わってねえからな」
「じゃあ仕方ないな」
「ああ、仕方ねえさ」

 いつもらしく軽口を叩いた。タバコをすすめられたがもう凝りた、遠慮する。

「フハハ! その言葉を待っていたぞ。ようやく暴れられるのだな?」

 敏い奴め、道路の方からノルベルトがやってきた。
 窮屈なXLサイズの上着とおさらばできるのが嬉しいんだろう、やる気だ。

「ストレスのはけ口はいっぱいあったほうがいいっすよ~、アヒヒヒッ♡」
「やっと気が晴れたような顔をしたなイチ、やっとやる気か?」

 ロアベアとクラウディアも来た、ストレンジャーズが集まってる。

「俺は医者であってカウンセラーじゃないが、気晴らしも兼ねて俺たちの安寧が守られるなら至れり尽くせりだ。やるなら安眠のために徹底的にやってこい、脳死と心臓欠損以外は治してやる」

 クリューサからも「いけ」だ。仕事終わりでゴム手袋をぶん投げたところだ。

「祭りと聞いてやってきましたよっと。スティング以来だなこんなん」
「オチオチ観光できなくて腹が立ってたのは俺もだぜ坊主、やるか?」

 フランメリア人も聞きつけたか、竜男から獣人まで勢ぞろいだ。

「あ、あんた……また無人兵器に戦いを挑むつもりなのかよ」
「であれば、我が社も手を貸さないといけませんね? かの企業のウォーカーがこうして暴れているのですから、ニシズミ社にとって良いデータを得るチャンスですから」

 ニシズミ社の二人も来た。片方は『実に』楽しそうだ。 
 十分な集まりになったらしい。デュオは耳のデバイスに手を付けて。

「……おい、デュオだ! ヴァルハラの地下にあるモン全部地上にもってこい! ストレンジャーがおっ始めるぞ!」

 混沌極まりない今この場所、陽気な声でそう告げたのだった。

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20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

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