魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

仕事は終わり、見えるニシズミ(01/02修正)

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 三つのチームは無事に帰還できたみたいだ。
 土産いっぱいのまま帰るころには、既に他の二両が荷卸し中のところだった。
 一戦交えてすっきりした作業着姿のフランメリア人が引っ越し業者さながらに荷物をせっせと運んでおり。

「くそっ、傭兵どもめ! 人のソファにコーラこぼしてやがって!? こいつは俺の寝床なんだぞ!?」

 最初に見えたのは無事に帰還したボレアスだ。
 見れば同行したスカベンジャーの面々が微妙な顔持ちでソファを囲んでる。
 ゆったりくつろげそうな立派な家具だったが、染み付く赤と茶色が汚らしい。

「スナックの食べかすもいっぱいだな。元からこうだったわけじゃないよな?」
「んなわけあるか! 思い出の品をこうも汚く彩るほどダメ人間になった覚えはねえぞ!? しかも血まみれだ、クソッ!」
「返り血もついちまってるな。これはまあ、仕方ないんじゃないのか?」
「どこにこいつの目の前で人間叩き潰すバケモンがいるってんだ! 呪いの品みたいになってんだぞ!?」
「……おい、なんか隙間に目玉挟まってるぞ」
「俺たちの中で目玉落としたやつはいないぞ。良かったなリーダー殿」
「よくあるか! ラーベ社は絶対許さないがフランメリアの奴らも同列だ、俺のソファをこうも……」

 ソファの穢れはさることながら、家具を運び出した面々もけっこうな姿だ。
 作業着は赤黒い固形物まみれで、バケモンどもなんて得物も身体も爽やかに赤く。

「まあ落ち着けよ人間、こういうときは濡れ雑巾と洗剤で汚れを叩き落とせばいいんだよ」
「まずは目立つゴミから取り除け。おい、誰か水魔法使えるやついねーか? それならすぐ終わるぞ」

 スピロスさんとプラトンさんが、穢れた家具を清めようと頑張ってた。
 ご帰還を喜ぶ眼鏡エルフが「どれ、見せてください」と向かったから大丈夫だろう。

「おい大丈夫かよサムちゃん、顔色すげえ悪いぞ」
「もし人の気持ちが分かるならどういうもんか当ててみろ、蜥蜴男」
「蜥蜴じゃねーよドラゴンだよ。まあでも家具とかけっこう持ち出せたぜ? これで円満な引っ越しができたな!」

 サムたちも誰一人欠けることなく戻ってきたらしい。家具と一緒に。
 持ち帰った椅子にがっくり腰を下ろし、竜の兄ちゃんに絡まれてまだ大変そうだが。

「確かにあれこれ持ち帰れたのは嬉しいがな。俺はこの一日で放火と夜逃げと失恋の三つを犯した気分なんだぞ? いや別に隣人にも恵まれちゃいないあんなマンションどうだっていいが、こんなひどい引っ越しは初めてだ」

 ……かなり苦労されてるみたいだ。
 何があったかは知らないが、家具に囲まれたサムは返り血まみれでうなだれてる。

「でも刺客だらけだったじゃん? こんがり焼いて正解だったと思うぜ俺」
「ああそうだな、なにせお近づきになりたかった気になる彼女が傭兵のおっさんと一緒に俺を待ってたんだからな。管理人以下隣人すらこぞって俺のこと売りやがって、この世はそんなに俺が嫌いなのか?」
「後腐れなく出ていけて良かったじゃねーか。ドンマイ、嫌な思い出は今頃炭かなんかになってるぜ」
「フェルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「うわっレイちゃんきやがったこっちくんなァァァァ!」
「サム、お前には同情するよ。まさかあんな物件も隣人も地雷だったなんて誰も思わないさ……」
「ありゃ正当防衛だ、お付き合いになる前に本性が分かって良かったな」
「そうだな、付き合うまでが華だってことがとても理解できた。死んで当然だとは言わないが悪いところに気づけて良かったさ、何せいきなり銃を向けて来たんだからなあのクソ女」

 鎧姿がやかましいが同伴したスカベンジャーたちも全員無事だ。

「良かった、こうして見る限りはみんな無事だな」
『……無事、なのかな? ボレアスさんもサムさんも打ちひしがれてるんだけど』
「部屋探しってやっぱ大切なんだな、あいつら見てるとそう思う

 他のチームは良し悪し半々といった具合だが、引っ越しと報復を両立させてるのは間違いない。

「んん……んーー!?」
「んぉ……んんんんっ、んん!」
「ほら、捕虜も追加だ。誰だこんな卑猥な縛り方した変態野郎は」

 運ばれる家具に紛れて高度な拘束プレイに興じる傭兵が、ハーレーの足でごろごろ転がされるほどには。
 良く痛めつけられた姿は周りの様子に驚いてじたばたしてる。

「傭兵どももお引越ししたか、ようこそヴァルハラへ」
『なんなの、あの縛り方……?』
「盛大な帰還を果たせたみたいだね。俺たちの方はなんとか個人的なものは持ち帰れたから良しとするよ」

 引っ越しというか夜逃げというか、そんな様子の中でエミリオがやってきた。
 肩から下げたずんぐりしたバッグから価値のありそうなものが溢れてる。

「……まあ、ピアノはしょうがないよね。150年以上の重みがエグゾアーマーを潰すに値したと思ってるよ」

 対エグゾ兵器となったピアノのことをとても残念がってるようだ。
 次第にヴィラの作業台がノルベルトたちによって運ばれるのが見えた。
 エミリオが向かおうとするも「大丈夫」とデュオが手で合図してきて。

「よーしお前ら、エレベーターまで運ぶぞ。落とすんじゃねえぞ」
「もう少し小さければ俺様一人で十分なのだがな。ロアベアとニクよ、そちらの端をそれぞれ持ってくれんか」
「了解っす~、にしても重いっすねこれ、何入ってるんすか」
「ん、こっち持つね。いくよ?」
「色々入ってるのよ、思い出とか仕事道具とか! 大切に運んでね?」

 屈強な三人のパワーで早急に送り届けられたみたいだ。
 でもヴィラはご満悦で、少なくともエミリオは一番安心していて。

「ピアノの件は残念だったな。まさかお前の思い出を質量武器にするとは俺も思わんかった」
『……もったいないよね、うん』
「今は財産より我が命だよ。それにヴィラが喜んでるんだから、これが一番さ」

 そういってランナーズらしい足取りで、工房あたりのドワーフの元へ向かった。
 大きな酒瓶が手土産だ。150年以上の時間がつまったそれを手にしたまま。

「ほら、これあげるよお爺ちゃん。良かったら飲んでおくれよ」

 出迎えの小柄な姿にそっとプレゼントした。

「おお? 酒じゃな、ずいぶん寝かせとるようじゃが」
「前の人類からの送り物さ、最終戦争の賜物で150年以上は熟成してるよ」

 酒好きな連中は好物に嬉しそうだ。短い腕を伝って古ぼけたラベルが回っていき。

「ほほう! 戦前からの贈り物じゃな、喜んで頂こうじゃないの」
「いや飲めんのかそれ、腹壊さんよな」
「わしけっこう前に廃墟で拾った酒飲んだが普通にイケたぞ。マジで熟成されとってうまかった、腐敗の魔法で作ったまがいもんより段違いじゃぞ」
「じゃあ飲めるな、リム嬢ちゃんにつまみでも作ってもらおうぜ」
「ありがとな優男、お返し期待しとれよ」
「……優男?」

 すぐに優男ことエミリオが戻ってくれば、ヴィラもすたすた帰ってきた。

「やったわエミリオ、貴方との思い出の品が返ってきたわ! これでもう安心してここで暮らせるわね?」

 確かにいい笑顔だ。二人は近づくなり周りの目も気にせず爽やかに抱き合う。

「そうだねヴィラ! まあこれから大変だろうけど一緒に乗り越えようか?」
「もちろんよ。あなたの脚があればどこまでも逃げれるもの。そして私の腕があれば人生に障害なんてないわ」

 まあ、円満な引っ越しぐらいはできたみたいだ。
 人様の前でキスするぐらいのイチャつきを見せた後。

「申し遅れたけど、私はスカベンジャー向けのガジェットを作る職人をやってるのよ。お礼に後であなたたちにいいものを作ってあげるわ」

 エミリオ自慢のきれいな彼女はそういってきた。
 いい表情は「靴とかぼろぼろでしょ?」と俺の足元を見てる。

「なるほど、彼氏にあわせたいい仕事をしてたみたいだな」
『ヴィラさん、だからあの作業台を大切にしてたんですね』
「そうよ、あれさえあればどこにいようとも私の仕事場でもあって思い出の場所なんだからね? 羨ましいでしょ?」
「おっと、羨ましくても俺の彼女はやれないからね?」
「その逆も然りよ?」
「ガードがお堅いことで何より。どうかお幸せにやってくれ」
『ふふっ、お二人とも仲がいいんですね?』

 そういって黒髪の彼氏と手を繋いで自慢して、二人がどれだけ元気か良くわかった。

「良き仲だ、大切にするのだぞ」
「お熱いっすねえ……あひひひっ」
「ん、らぶらぶ?」

 オーガとメイドもしれっと戻ってきた。ニクも一緒だ。

「……どこに敵の居場所に殴り込んで本当に引っ越しを成すやつがいるのか。まあ、これで連中もさぞ竦んでいることだろうな」
「まさか私たちが本当に来るとは思ってもなかった様子だったぞクリューサ、今日も勝利だ飯がうまい」
「お帰りなさい、イっちゃん! 大丈夫? 怪我はない? おっぱい揉む?」

 ラボからエプロン姿のクリューサもやってきた。
 付き添うダークエルフとこっちに来る大きなリム様を添えて。
 そして捕虜やらエグゾやらが屈強な面々によって地下駐車場にぶちまけられると。

「――さて諸君、よくぞ無事に帰還したな! 土産もいっぱい、徳もいっぱい、大満足だなぁ?」

 デュオの仰々しい口調が広がった。周りの連中が足を止めて聞き入ってる。

「今回の行動でご覧の通りの収穫はあった。あいつらまさか、こんなもんまで使ってやがるとはな」

 社長の視線は足元に転がされたエグゾに向かった。
 どっかのオーガがぶち壊したものだが、ここの作業員たちが何やら調べてる。

「どうなってんだ、これ……中に誰もいねえぞ? エグゾの無人機だ」
「構想はあれどマジでやるやつがいるなんてな……こいつは驚きだ」

 二人のエグゾ整備士は工具で装甲を開いてるようだ。
 だが驚くのも無理はない。無理やりこじ開けた先にからだ。
 無人だったのだ。何か違和感を感じちゃいたが自立稼働してやがった。

「……おい、『エグゾアーマー人間抜き』だって?」
『……無人で動いてたんだ、これ……!?』

 俺は仰向けに動かなくなったそれに近づいた。
 観音開きに開くタイプのものらしいが、人の形に添わないものが詰まってた。
 電子機器やケーブルといったものが臓器や血管といわんばかりに、だ。

「エグゾアーマーの無人兵器バージョンだ。んで、ちょっと問題があってな」
「このカロリー控えめなエグゾが一人でに動いてノルベルトにグレネードぶっぱなすんだからな、大問題だ」
「こんなもんがひとりでに動くのは確かに問題なんだがな、でも俺が言う問題ってのは二つだ」
「俺には二つどころかもっとあるように見えるけどな」
「そりゃそうだが、デカいのは街のルールに反してるのと、こんなたいそう立派な無人兵器を作れるのはニシズミぐらいしかないって点だよ」
「じゃあなんでラーベ社の下っ端がこんなのを? それにルールに反してるって?」
「この街じゃ無人兵器を作るのはご法度だ。それにこんなの作る技術力、あいつらになかったはずなんだがな……」

 が、デュオが言うにはこの出自がたいそう複雑らしい。
 この街のルールはまだよくわからないが、肝心のラーベ社がこんなものを作る技術がないというのだからおかしな話だ。

「ニシズミとやらが何かしら繋がっている、とかじゃないよな……?」

 そんな疑問にボレアスが不安そうだ。
 スカベンジャーたちは不気味なエグゾの姿に次第と嫌な思いを募らせたようだが。

「それはないよ、ニシズミはラーベの奴らにさんざん迷惑をかけられて不仲極まりないじゃないか」

 エミリオが言った。絶対に仲良しになれない複雑な関係がそこにあるようだ。

「そうなるといつもみたいにニシズミから盗んだのかしら?」

 そしてその彼女すらこの物言いだ。泥棒企業による技術泥棒が一番濃さそうだが。

「ウォーカーが盗まれた件があるだろ、そう考えると俺にはまた後ろめたいものがいっぱい詰まってるように感じるんだけどな」
『……わたしはニシズミの人達と悪い繋がりがあるとは思えないけど』

 ホワイト・ウィークスの件を思い出しつつ、俺は横たわるエグゾを足でついた。
 お堅い姿は沈黙したままだが、頭から足の爪先まで電子機器が突っ込んである。

「となれば、ニシズミとやらに直接これについて尋ねる必要があるだろうな?」

 そしてぶち壊した張本人たるノルベルトも戦槌でこんこんつついた。
 複雑な事情を抱えたそれはもう動くことはないが、オーガの言葉通りに「これなんだ?」と突き出す材料ぐらいにはなるはずだ。

「白黒をはっきりさせるため、これを手土産に是非を問うべきでしょうなあ。ニシズミ社が敵と変わるか味方と変わるか、そのきっかけとなることは間違いないでしょうが……」

 眼鏡エルフもしげしげと見つめてきたが、それだけ厄介なものになってしまった。
 デュオも難しそうに見てたが、やがて転がされたままの傭兵たちを見て。

「ま、そのことも含めて事情を知ってそうな奴らがいるんだからな。今日も今日とて尋問タイム、このクソ面倒くさそうなことについて情報を集めようじゃないか?」

 しぶとくもがく「よう」と気さくに触れた。それから駐車場に集う面々に向いて。

「ひとまず成功だ。これで俺たちはまた大きく一歩進めたが……次はニシズミ社について調べなきゃなさそうだ。続きは取り調べが終わって一度情報を集めた後ということにしようか」

 ニシズミ社も混じって面倒くさそうにしつつ、デュオはそいつらを踏みつけた。
 あとは「解散」だそうだ。そんな顔で俺たちを見ていて。

「よくやってくれたぜお前ら。朝早く引っ越しのお仕事に精を出してくれて嬉しいこった、何か進展があるまで過ごしてくれ。『パス』に報酬を振り込んでやったから豪勢にやってくれ、できればバロール・カンパニーの利益になる店で使ってくれよ?」

 地下に揃う傭兵どもを呼び寄せ、ついでにその手の催しが好きなバケモンも連れて、捕虜を特別な場所にご案内だ。
 そこでやっと気が抜けたが――眠い。
 浅い睡眠一回分じゃぬぐいきれない眠気が、今になって回って来る。

「……もう朝の九時か。ひどい夜更かしになったな」
『……わたし、ちょっと眠りたいかな……』
「……ご主人、一緒に寝る?」
「俺様はさっそく買い物にでもしゃれ込もうと思うぞ、欲しいものがあったのでな」
「うちはだらだらしたいっす~、眠くはないんすけどねえ」
「俺は一仕事させてもらうぞ。今まで拾った材料でいろいろと薬を作れそうだからな」
「レストランがあったから食べてくるぞ! 朝ごはんだ!」
「皆さま生活リズムが滅茶苦茶に! けしからん! イっちゃんと一緒に寝ます!」
「チェンジで……」
『チェンジ!?』

 気づけばもう朝の九時をとっくに過ぎてる。
 体内時計を少しばかり狂わされた俺たちは気だるく住処へ戻っていった。
 ミコも眠たそうだしひとまず寝よう。やりたいことはあるが今は仮眠が一番だ。

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