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広い世界の短い旅路

おっ立つビルに中指を。強いストレンジャーを添えて(12/28修正)

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「オスカー、元気か!」

 奇妙な食事会が始まったその時、迷わずスピロスさんたちの方へ向かった。

「――お兄ちゃん!」

 お行儀よく待っていた子供の姿もすぐに駆け寄ってきた。
 よかった、前に見た時よりずっといい表情だった。
 こんな顔は二度とできないんじゃないか、そう思うほどの暗い過去はもうない。

「オーケー、大丈夫そうだな。いい顔しやがって」
『ふふっ、よかった。オスカー君もだいぶ変わったね?』
「……うん。ミコお姉ちゃんもお久しぶりです、元気にやってたよ」
「へへ、見てわかんねえか? ご覧の通りだ」

 近寄るオスカーを抱きとめてると、ミノタウロスのお父さんもずんずん歩いてきた。
 XLサイズの服に身を包んだ巨体はつつましく料理を食べてたようで、牛らしい顔つきはとてもいい笑みだ。

「そうらしいな。オスカーのこんな姿が見れて良かったよ」
「オメーもなんつーか……派手にやらかしてくれたみてえだな?」
「ストレンジャーのやらかし記録のどのあたりだ?」
「スピリット・タウンあたりだ。ついたらいきなり歓迎されちまってそりゃ驚いたが、ワケを聞いたら納得しちまったぜ」

 オスカーを下ろすとスピロスさんのそばへ戻っていった。すっかり親子だ。
 まあ、その保護者たる彼はここに来るまでの間にあの不幸な街を思い出して苦笑いしてたが。

『スピロスさん、町の人達の様子はどうでしたか? みんな大丈夫なのか心配なんですけど……』
「その心配は無用だぜ、短剣の嬢ちゃん。テュマーだとかいうゾンビどもを追い払いつつ、陽気にのどかに暮らしてらっしゃったからな」
「その様子からしてあのド変態野郎のことも聞いたか?」
「聞いちまったよ。ディなんとかだっけか?」
「そう、もう名前も思い出したくないから超略するけどディだ。あれからスピリット・タウンはどうだった?」
『略しすぎだよいちクン……』
「ディなんとかの話はここ最近で一番最悪なもんだったが、オメーが馬乗って撃破したっていう戦車が街の記念物として残ってやがったぞ。町の伝説として語り継ぐ気満々だ」

 あの町はどうだと尋ねれば、帰ってきたのはうまくやってるってトコだ。
 ディ(略)の所業はバケモン目線でも相当キモかったようで「飯の最中だぞ」とプラトンさんが顔をしかめてた。
 そうか、スピリット・タウンの連中は約束を守ってくれたんだな。

「聞いたか? スピリット・タウンは元気にやってるみたいだぞ」

 俺は近くのテーブルから料理を回収しながらみんなに言った。
 自ずと集まってた『ストレンジャーズ』に耳に届けば、一際目立つノルベルトは「そうだったか」と満面の笑みだ。

「おお、皆が強く立ち直ったようで何よりだな。約束もしかと守ってもてなしたようではないか」
「良い感じに死後なお憎まれてるんすねえディさんは。アヒヒヒヒ……ッ♡」
「あそこの保安官もうまくやってるようで良かったぞ。良かったなイチ、お前の行いは永く語り継がれるぞ」
「おい、ウェイストランドの歴史上もっとも不名誉なやつの話は無しだ。医者にあんな衛生的にも最悪なやつを思い出させるな」
「あれこれもしかしてその不名誉極まりないのと同列でずっと語られるやつ?」
『そう考えるとなんだかちょっと嫌だよね……』

 別にあの町が人様を長々語ろうが自由だが、ディの行いはあまりにも深すぎる。
 きっと振り切ろうと頑張ってるんだろうか。あのド変態め、死んでもなお人々に害をなすとは。
 そう考えるとあの面構えだけはいい顔が浮かんでいろいろ思い出してきた。
 もれなく他の奴らの中でも蘇ったのか食事のペースが鈍ってきてるが。

「……ん、見て。お肉いっぱい……!」

 俺たちの間にあのド変態の表情が共有される中、ニクが戻ってくる。
 歓喜だらけのきらきらした目だが、手には皿一杯にどっさり盛られた――品のないまでの人工肉料理の数々だ。
 牛肉包み焼き(もどき)に生ハム(もどき)にチキン(もどき)の串焼きが積み重なって、得もしれぬ芸術性を発揮してる。

「お帰り――いやなにそれ、黒魔術?」
『……ニクちゃん、もうちょっときれいに盛ろうね?』

 自由過ぎるわん娘が尻尾をぱたぱたさせながら戻ってきて、幾分かディ(超略)の影は晴れた。
 小さな体へともぐもぐ押し込まれる肉の山を見届けていると。

「まあ、あんなのよりやべえのがいやがったからな。お前、女王様に目付けられるとか災難だな」

 プラトンさんが気の毒そうに語りかけてきた。
 心なしか熊の毛皮はあの紅茶魔人の姿を恐れてるように見える。

「なんかその言い方、女王様のことがあんまり好ましくなさそうだな」
「農業都市に直接押し掛けて、現金払いで土地買った挙句に紅茶用の農地作ってやがったんだぞ」
「加工用の工場すらポケットマネーで作ろうとしてやがったからな……」
「侵略でもしてるのかあの紅茶テロリスト」
『本格的すぎるよ、女王サマ……』

 何やってるんだろうあの女王様、スピロスさんにとても嫌な思い出があるようだ。
 そのうち向こうの世界で過ごしてたら紅茶を飲ませに来そうだ。ついでにジャガイモもついてくるだろうな。
 そう思いながらも料理を物色してると、ドワーフどもも話にやってくる。

「あの姉ちゃんすごいんじゃぞイチ、わしらの里まで押しかけて今度は陶芸おっ始めてティーセット作りおった」
「ティースプーンすら自作しとったよなあやつ」
「紅茶のためにあそこまで命かけれる奴はもはや狂人のそれじゃね?」

 そして証言がもたらされた。女王様の罪状追加だ。
 あの女王様はきっとフランメリアを紅茶で支配するつもりなのかもしれない。

「あんまりこういうこと言いたくないんだけど、あの女王様って馬鹿なのか?」
『それは流石に失礼だよいちクン!?』
「フランメリアに紅茶文化が根付いちまったのは間違いなくあの姉ちゃんのせいじゃな」
「よりにもよってアバタールを受け継ぐ奴があんな紅茶の化身みたいなのに目つけられるとか気の毒すぎんか……」
「気を付けるんじゃぞイチ、そのうち冒険行こうぜとか連れ回されんぞ。向こうついたら隠れ家とか確保して早急に身を守れ」
「災害かな?」
『女王サマのことなんだと思ってるんですか、お爺ちゃんたち……!?』

 一斉に「お気の毒」という視線も哀れみいっぱいに向けられた。
 剣と魔法の世界の暮らしが順当にひどくなりつつあると思う。
 今頃女王様は何してるんだか。包み焼きを噛むと柔らか肉がみっしり、うまい。

「ふむ。150年経っても文明を保つ都市があったとは……ボストンとはえらく違うものだ」

 もくもく食べてるところ、良く覚えてる白い毛並みが窓を見つめていた。
 白いドッグマンがグラス片手にブルヘッドを眺めてる最中だ――まだいたのか。

「白狼様もお元気なようで」
「ワタシのことをどう呼ぼうが自由だが、こうして共に旅を楽しんでるとだけは言わせてもらおう」
「言っとくが連れ回すつもりはなかったぞ。まだ勝手についてきてやがる」
「まあいいじゃねえかスピロス、念願の犬だぞ。嫁さんも大喜びだ」
「俺が思ってたのとだいぶ違うんだがな……」

 まあ、獣人コンビには受け入れられてるのは確かか。
 オスカーもろともカルトから無縁になったおかげで気楽にやってそうだ。
 そういえばピザ(ピッツァと呼べと注意された)はどこだテーブルを探れば。

「……いや、君ってその、なんかもう……すごいね?」

  いい具合にエミリオと鉢合わせる。
 「これもすごいけどね」と人工食材まみれのピザをうまそうにしてたところだ。

「本当に出自が複雑なだけだ、まあ気にしないでくれ」
「いやそう言われてもね、気になることだらけだよ。なんだかこのミュー……フランメリアの方々のボスみたいな立ち位置に見えるし」
「まったく恐れ多いもんだな。化け物みたいなやつだけあって、その実バケモンどもの総大将みたいな感じだったとは」

 人外魔境のごとく有様に難儀してたボレアスもやってきた。
 もはやスカベンジャーたちから送られる目つきはモンスター扱いだ。

「でも素敵じゃない、ファンタジーな方々がいっぱいいるのよ? そんなのとこんなに縁が深いなんて……楽しそうよ!」

 ヴィラは除く。コミュ力の高さを生かして手当たり次第に話しかけてたみたいだ。


「なんかめっちゃ複雑っすけどご心配は無用っすよ皆さま。この人戦闘面以外だいぶダメな人なんで~」

 そんなところにメイドの姿がちょこちょこやってきた。ニヨニヨ顔だ。

『ロアベアさん、それは流石にひどいよ……』
「大丈夫だミコ、最近否定できなくなってる」
『大丈夫じゃないからね!? わたし心配だよ……』
「医学的なフォローを入れるのであればそいつは脳みそが欠けてる。多少のイカれ具合は大目に見てやった方がいいぞ」

 顔通りのひどいことを言われた挙句にクリューサからの救いようのないフォローもされてしまった……。

「あー…………頭を撃たれてもご存命らしいね、君」

 「脳みそ?」とエミリオの不安な顔が向けられた。そうか信じられないか。

「気になるか? よし見せてやるよ待ってろ」
『――やめようね、いちクン?』
「――はい」

 もっとドン引きさせてやろうと思ったがミコに注意されて諦めた。
 ますます人間として見る気になれなくなったのか、スタルカーたちをバックにボレアスもしかめっ面だ。

「……お前を殺すには心臓に杭か銀の銃弾でも打ち込まないといけないのか?」
「いや、吸血鬼じゃないんだからさ彼」
「誰が吸血鬼だ。まあ本職の方ならちょうどそこにいるぞ?」

 吸血鬼、と上がったのですかさず俺は向こうにいた金髪姿を指す。
 ブレイムが優雅にグラスを持ってた。相変わらず血を飲んでるようだが。

「む、我を呼んだか?」

 気づいて「どうしたのだ」とすたすた歩いてきた。
 斧槍の威力がちらついたのかスカベンジャーがぎょっとしたのは言うまでもない。

「…………冗談だろ」
「大丈夫、こいつ噛まないから!!」
『いちクン、ブレイムさん犬じゃないんだからね!? もうちょっとあるよね言い方!?』
「ふっ、低俗な吸血鬼どもとは違うのだぞ。手当たり次第に噛みつくなどせんから案ずるでない」

 本物の吸血鬼に会えて光栄らしい。みんなビビってやがる。
 ところがエミリオの彼女だけは別格だ、ブレイムに感極まった笑顔で近づいて。

「――素敵ね! 本物の吸血鬼!? 信じられないわ、こんなに美しいなんて!」
「お、おお? どうしたのだお前。吸血鬼になりたいのか?」
「ちょ、ちょっと――! ストップ! ヴィラ、離れて!」
「そういうわけじゃないのだけれど、ファンタジーね貴女! 私の創作意欲が湧きたつわ! ねえ吸血鬼ってどんな人生を歩んできたの? どんな文化が――」

 その手を取ってものすごい剣幕で語り始めた。
 エミリオが青ざめた顔で取り合って、けっきょく三人仲良くやかましく切り離されてしまった。
 消えたイケメンと美女と吸血鬼の行方を見届けていると。

「……次はなんだ、魔王でも連れてくるのか」

 サムがとても不安そうにそういってきた。魔王と交友関係があるのかだとさ。
 んなわけあるかと手で否定した。すると――

「おい、仕事は終わったぞ――ってなんじゃこりゃァ!?」

 扉が開いた。続く第一声はハーレーの驚愕めいたやつだ。
 運び屋たちが押しかけて来たみたいだが、ひしめくバケモンに腰を抜かしてた。
 まあ無理もない、扉開けたらモンスターハウスだぞ。

「そいつらは知り合いか、社長殿」

 そんな連中の姿に茶色い毛並みのオークの視線も向いてなおさらだ。
 サラダを食らうデュオは遅れて気づいたらしく、気さくに手を振ってた。

「おう、契約済みの運び屋だ。仲良くしてやってくれよな」
「そうか、敵ではないのだな。賊にそっくりなもので身構えてしまったぞ」

 現代姿のオークは確認が取れて満足そうに食事の場にお帰りになった。
 まあ、肝心の運び屋どもは「無茶言うな」と仲良くしたくなさそうだが。

「イカれてやがるのかこのクソ社長は? 部屋を丸ごとミュータントハウスみたいにして「仲良くやれ」だって?」
「文句は俺じゃなくてそこのストレンジャーに言ってくれよ」
「ああそうかい、で? こいつらは俺たちのこと取って食ったりはしねえよな?」

 するとハーレーの質問がこっちに丸投げされてしまった。
 「こいつら」を指先に安全性について物申してほしそうだ。

「お前らよりずっといいご馳走があるんだ、大丈夫だろ」

 大丈夫だと伝えるために、そばで食事中の姿を紹介した。
 ちょうどそこにいた角と翼を生やしたシスター服の女性が「美味しいですよ?」と料理に導いてる。

「……お前がミュータントの親玉かなんかに見えてきたぞ。くそっ、今月は死ぬほどツイてねえぞ」

 無理やり自分を納得させたようだ。ぶつぶつ嘆きながら飯を食いに行った。

「おおそうじゃイチ、あとでお前さんの拳銃ちょっと貸してくれんか?」

 マカロニ&チーズにそろそろ心が動くころ、今度はドワーフの一人が来た。
 拳銃をご所望のようだ。まさか武器商人から購入したあれのことか?

「何するつもりなの爺ちゃん」
「改造」
「おい、あれ買ったばかりなんだぞ? いくらしたと思ってんだ?」

 一応聞くが答えは「ひと手間加える」だった。
 しかし「はいどうぞ」と心が動くわけもない、なんたってけっこうなチップを払ったからだ。

「いや別にな、あれ本体をいじくるわけじゃないんよ」
「どういうこった」
「知りたい~?」
「知りたいな~」
「じゃあわしに貸してほしいな~」
「しょうがないなぁ……いいよ」
『いいんだ……』

 良く分からないが、別に銃そのものに手を加えるわけじゃないらしい。
 それにこいつらの技術力は凄いんだ。なら好奇心の方が勝る、貸してやろう。

「――ってことで、お前さんらの武器をちょいと改良してやるから希望者はわしらに得物をよこせ。この街で戦いやすく整えてやるぞ」

 そして続けざまにラウンジの面々にそう伝えた。
 お食事中だった皆さまは少し間をおいて、料理の皿と一緒にざわざわドワーフの目前へと迫っていく。

「なんだよ爺さん、なんかまたいいインスピレーションでもあったのか?」
「こっちの世界に慣れてきたもんじゃからな、もっとすごいの作っちゃうもんねわしら」
「そりゃ面白いな。乗った、壊さなきゃ何してもいいぞ」
「じゃあ俺の剣頼むわ、威力と耐久力強めで戦車壊せる得物にしてくれ」
「一振りで十人まとめて血しぶきに変わるような武器にしてくれよ爺ちゃん」
「いや改造したるからっていきなり無茶ぶりすんなおぬしら」

 みんなの反応は好意的なもんだ。
 ドワーフがやってくれるなら、とリム様の料理ほどに食指が動く。
 ほどなくバケモンどもは料理を手に「ああしろ」だの「こうしてほしい」だのと思いつく限りのリクエストを飛ばしていくのだが、

「おっそうだいっちゃんの喋る短剣も改良してもらえばいいんじゃね!?」
「フェルナアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ……そして変なやつもとんでもない提案と共に来た。竜っぽい兄ちゃんだ。
 速攻でやってきた鎧姿が掻っ攫っていた。何なんだお前は。

「……改造できるのかお前」
『……できないからね?』
「そうか……」
『なんでそんなに残念そうなの……!?』

 一応確かめたがミコ改にはならないらしい。残念だ。
 そうやって賑やかな様子のそばで食事を続けてると――

「いやあ、にぎやかだねえ。ボスに見せてやりたいぜ」

 不意にデュオが近づいてきた。
 なんなら「ちょっとこい」と手が招いてた。楽しそうな顔で俺をご指名だ。

「こんだけやかましいんだ、頭が痛そうな顔すると思うぞ」

 にぎわう様子を一緒にすり抜けると、ガラス張りの向こうに景色が見えた。
 高い壁に覆われたブルヘッドがあった。不健康そうな乾いた空気の味がする。

「ボスならきっと慣れてるぞ、あのあとスティングでしばらく過ごしてたからな」

 俺たちは三人で手すりにもたれた。
 あれだけの騒ぎがあったくせに都市の姿は特に変わりない。
 しかし職業柄「狙撃が来るんじゃ」という不安に切り替わるも。

「おっと、狙撃やらの心配はないぜ。監視してた連中がお帰りになったみたいだからな」

 ツーショットは余裕そうな表情だった。ずっと街を眺めてる。
 俺たちの昼間の行いは平気で顔を出せるぐらいの効果はあったみたいだ。

「効果てきめんってか。そりゃ頑張った甲斐があって何より」
「少しの間さ。しばらくしないうちにまたなんか仕掛けてくるのは確かだ」
「じゃあ束の間か。次はどうするんだ?」
「次のプランはもう考えてあるぜ。どうせあいつら、こっそりまた来るのがオチだしな」

 だが目の前の光景は一時的なもので、どうもまた何か仕掛けてくるらしい。
 こんな入り組んだ都市が広がってるんだ、いくらでも手のつけようはあるか。

「今回の失敗を生かして何かしてくると思うぞ。そこが心配だ」

 だから不安もある。戦い方を変えてあの手この手でぶち殺そうと企業努力を働かせるかもしれないからだ。

「だからこそだぜ、ストレンジャー」

 が、ツーショットは余裕そうだ。ボスに似た笑顔ってやつだ。

「だからこそ?」
「向こうは今お悩み始めた頃さ。あの化け物はなんだ、あの連中はなんだ、ストレンジャーやべえってな。んで、そんなところにまた悩みの種を一つ――いや二つも三つも増やして差し上げるんだ」

 が、ツーショットが言うには「考える隙を狙う」そうだ。
 あの手この手とやる前に、また問題を積み重ねて心をおるつもりか。
 プレッパーズのボスが好みそうなやり方で感心した。

「うわーボスが好きそう」
「ボスだったら十倍ぐらいエグい手段やらかすが、同じ都市のよしみってことでこれくらいにしといてやるよ」
「ひでえやつらを敵に回したな、それで勝てるのか?」
「プレッパーズにいたから分かっちゃいると思うけどな、けっきょく戦いってのは金さ。金が尽きたらおしまい。食う飯、撃つ弾、雇う金、今日それがなくなっちまったら負けなのさ」

 で……結局のところ、この戦いには企業の金がかかってるらしい。
 今日一日でどれだけの損害は出たかともかく、多少は力を削げたんだろうか。
 遠く見えるラーベ社のビルは余裕そうだが、あの大きさの分だけの資金が回ってこないことを願いたい。

『……そうですもんね、続ける力がなくなったら戦う意味もなくなりますから』
「そーいうことさミコサン。だからさ、俺たちからうまみが抜けるまでせいぜい嫌がらせを繰り返して諦めてもらうって感じだ」
「恨みつらみよりも金か、けっきょく」
「そーいうこと。たくさんの兵隊抱えてるあいつらだからこその弱みさ、ライヒランドの件は嫌でも覚えてるだろ?」
「忘れられない思い出の一つだ。尻に受けた矢ぐらいのな」
「お前まだ根にもってんのかよ! ダメだねえ、名誉の負傷と思って誇るところだぜ?」
「実際に経験すりゃこの気持ちが良く分かると思うぞ。良かったら俺が空けてやろうか?」
「いや遠慮しとくよ、お前にやられたら魔法で治せないからな。敵のケツだったら好きなだけぶち抜いていいぜ」
「じゃあ五十口径でも貸してくれ、デカい穴増やしてやるよ」

 つまり『俺たちを襲うメリットがなくなるまで』火力をくれてやれって話か。
 60000チップにも及ぶ賞金やらを上回る恐怖と損害を与えて諦めてもらう、それが今の勝利条件だということらしい。
 ツーショットは「簡単なもんさ」とタバコを咥えてた。火をつけてやった。

「……なあ」

 ライターを下ろして煙を吸い始めたところだ。
 俺はちょっとだけ尋ねることにした。

「どした?」
「俺の事情を始めて知った時の気分を聞きたいだけだ」

 そう、この世界の真実のことだ。
 いきなりすぎたのか少しむせこむ。けれども、苦しく笑いつつ。

「聞いて驚くなよ? 最初思ったお言葉は「ふざけんな死ね」だ!」

 いい笑顔で答えてくれた。ひどい気持ちを抱かせてしまったのは確かか。

「ひでえ話だ」
「ひどいのはそっちだろ? 実際そうだ、ある日突然俺のもとに連絡が来て「この世界は作り物」だなんて言われたらどうよ? そこに証拠まで突きつけられて最悪の一日さ」

 ……でもまあ、悪くない表情をなぜだか浮かべてた。
 タバコをすすめてくるほどだった。慣れないそれを吸ってごほっとむせると。

「正直そんな気分のままボスのとこで一仕事やってるときは、お前におくたばりになってもらうか悩んだレベルだぜ? でも……」

 その手がタバコを求めたのですぐ返してやった。
 続く言葉が待ち遠しいもんだ。一口味わうまで待ってると。

「ヒドラのやつには気の毒だが痛い目見てもらおうかと思ってたんだが、気づけばお前はするっと避けて和解してんだ。ヌイスの言う通り、おもしれえ奴だと思ったね」

 いつも通りの調子で、そう口にした。
 ヌイスが俺のことをどう言ってたかはともかく、あれは最善だったんだろうな。

「だから俺はお前にチップをベットしたのさ。その見返りはまだまだたんまりある」

 それからツーショットは言った。
 あれこれ口にしたい顔のまま、やがて何度かタバコを味わってから。

「やっと分かったんだけどよ、お前が生きてりゃ全部現実だ。お前が作り物を本物にしてくれたんだ、今は感謝しかないね」

 そういって深く煙を吐いた。
 見れば気持ちのいい笑みだ。相応の力で肩をぽんと叩いてきた。
 そんな言葉を聞けて救われたのは言うまでもないさ。恨んでるかもしれないって思っていたから。

「そうだな、この世界は本物だ。あの時からずっとな」
「その通りさ。それによ、ボスも受け入れたんだろ? だったらあの人と一緒に世の真理を受け入れた仲だ、光栄なこった」

 けっきょく、ツーショットが得をするだけの話だったか。
 気さくな社長としてこの世の真実を受け入れた姿は、同じ舞台に立った仲間として親しくしてくれていた。 
 
「……お前らさ、もしフランメリアに行ったらこっちに帰って来れねえよな」

 安心していると、隣のそいつにそう尋ねられる。
 都合よく二つの世界が繋がって自由に行き来できます、なんていい話なんてない。
 行ったら最後だろう。ウェイストランドとは長いお別れになるだけだ。

「今のところは一方通行だろうな」
『……うん、もう戻ってこれないと思います』
「そうか、ボスが寂しがるだろうなあ」
「アレクとサンディに任せるさ」
「その二人もお前がいなくなって寂しがってるぜ? ヒドラもラシェルもな」

 そしてこのストレンジャーを惜しむやつはいっぱいるみたいだ。
 それでも行かなくちゃいけない。ノルテレイヤのため、そしてミコの約束のため、ひいてはフランメリアのためだ。
 だからこそ何も言えなかった。軽口がこういう時に出てこないのは俺の悪い癖さ。

「……最後の記念だ、この街の伝説にでもなってやれよ。そうすりゃいい置き土産になるさ」

 でもツーショットは明るいもんだ。ひと騒ぎしてこいだとさ。
 そして元気な姿を残してはいさようなら、それがベストってことか。

「あのクソったれのビルを叩き折ればいいのか?」

 なので俺は向こうのラーベ社を指した。マジでやってやってもいいんだぞ。
 返ってきたのは「おいおい」というビルに向けた軽い笑いだ。

「ははっ、そりゃいい考えだね。何を手配すりゃいい? 核ミサイルか?」
「冗談だ、まあやれっていうならやるぞ」
「今はいいかな。まあ、お前が活躍すりゃこの都市も壁の向こうを知ることになるだろうよ。だからお前に全力ベット、ジャックポット狙いの大穴さ」

 言いたいこともやっと分かった。また賭けられてるのか、俺は。
 思えばずーっと賭け事の対象だったけど、今度はこの都市にとって一世一代の大事にまで発展してるらしい。

「誰かさんが言ってたな、競走馬らしく走り続けろだったか?」
「言ったなあ、そんなこと」
「分け前は俺じゃなくてボスたちにでも送ってやってくれ」
「おっ? そりゃ引き受けるってことだよな?」
「さんざんお膳立てしてもらった礼だ。それに、お前の言う通り伝説になるのも悪くないと思ったからな」
「よおし、いったな? じゃあ俺のふざけた計画につきあってくれよな」
「次はなんだ? 戦車で殴り込むのか? それとも堂々とラーベ社の社長でもぶち殺しに行くのか?」
「まずはそうだな……スカベンジャーどもを安心させてやるってのはどうだ? 後腐れのない引っ越しをするのさ」
「バロール・カンパニーの誇る引っ越し業者になれってか?」
「そういうこった。経験不問、やりがいのある力仕事です、構いませんね?ってな」

 背後の楽し気な食事の一方で、プレッパーズのいつもどおりがここにあった。
 向かう先にあるラーベ社の佇みはまだまだ人様の首を狙ってるらしい。
 いつまでその調子が続くか根競べといこうじゃないか? かかってきやがれ。
 
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