魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

ダイナミック帰宅(12/23修正)

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「おいおい、なんだこりゃあ……」

 スタルカーのボスは誰より早く乗り込んだおかげでその造形に気づいたらしい。
 商業用トラックの腹の中、薄暗さの中で怪しく光る屈強な姿だ。
 そこで密封感のある車体がどんな環境でも押し通る威圧感を出していた。
 全体は迷彩を施され、硬質ガラス越しの運転席で両扉が翼のように開いてるが。

『せ、戦車……なのかな……?』

 その全ては腰の短剣のおぼつかない言葉が表現する通りだ。
 軍用車両らしい形には『私は戦車です』とでも語る履帯が構えられていた。
 車高は「何なのだこれは!」と興味深そうに近づく吸血鬼の背にやっと届くほど。ちょうど俺たちには小型戦車か何かと見えるはずだ。

「こいつは我が社の開発したウェイストランド向けのオフロードカー、その名も「ハックソウ」さ。外の世界の貴重な現地のご意見のもと作られた軍用車両ってところだな?」

 こんなものを持ち出してきた社長は得意げに車をこんこん叩いた。
 防弾性のありそうな反響音がして、そこへ「来いよ」とご指名されると。

「周りにあるのはもう少しで発表する予定だった偵察任務向けのバイクだ。こいつはすげえぞ? シド・レンジャーズのご要望で作ったガチなやつだからな?」

 そう言って、高く持ち上がった扉から特等席へとあいつは座った。
 そばでは三台のバイクが起伏の少ないボディと新品の二輪を見せびらかしていた。
 一目でその機動性が分かるような逞しい格好には勇敢な人間三人分の余裕がある。

「ワーオ……これ新型のバイク? ここにあるのって全部バロール・カンパニ―の偵察車両じゃないか!」
「戦闘任務向けの作りね。カッコいいわ……!」

 エミリオとヴィラが、次第に他のスカベンジャーたちも戦車モドキやらバイクやらに釘付けだ。
 こんな状況で新商品とやらに感心してる場合じゃない気がするが。

「……おい、今度は何を企んでいる?」

 さすがはクリューサだ、このラインナップがもたらす次の行動に訝しんでいた。
 デュオは煙幕立ち込める市街地向けてエンジンをぎゅるるっと立ち上げると。

「簡単だぜ? 追手が来る、囮になる、そして全部ぶっ潰す、だ。二手に分かれてヴァルハラ・ビルディングまで行くだけさ」

 トラック内に轟音を響かせつつ、お医者様の問診にくいっと親指を向ける。
 指先を追いかけるに戦車モドキの荷台だ。ご丁重にシートが被せてあった。
 周りの奴らと急いでそいつを剥がせば――

「確かにその通りだな、やる気に満ちてらっしゃる」
『……うわー』

 俺とミコが呆れるほどの(火力的な意味で)豪華な武器が積んであった。
 箱いっぱいの手榴弾、フォアエンドのついたやたらとごついグレネードランチャー、車内に伸びた弾帯と繋がる手持ち式のミニガン。
 荷台に誰を乗せて何と戦うつもりだ。答えを知りたくば乗れということらしい。

「ちょっと待てよ社長殿、もしかしての話だぞ? その囮ってのは俺たちの誰かが引き受けろってことか?」

 が、スタルカーの丸刈り頭はたじたじだ。
 そりゃそうだ、このバイクの数は「良かったらご一緒に囮でもどうですか?」って言わんばかりなんだぞ。

「助けてくれるのは泣くほど喜ばしいけどな、ここまでやるなんて一切耳にしちゃいないぞ。円満に事を進めたかったら「囮募集中」の求人広告ぐらい出したらどうだ?」

 隣でサムも全身全霊で難色を示してしまうぐらいである。
 つまりこういうことなのだ。追手が来るから別れて合流、あわよくば敵をぶちのめせ――というプレッパーらしいやり方なわけだが。

「まあ聞けよお二人さん。生きて帰ったらそのバイクはタダでやるよ、お値段社長のおごり、一生我が社の保証つきだ」
 
 バロール・カンパニーの特売セールのお知らせが広まった。
 三台のバイクが大盤振る舞い、お値段「お前の命の半分」だ。

「そりゃ魅力的だな。対価はスタルカーの命でいいのか? ふざけやがって」
「ただで永久保証つきなんて泣くほどうれしいが俺はごめんだぞ。ストレンジャーみたいな命知らずと思ったうえでそんな無茶ぶりしてるのか?」

 当たり前ながらスカベンジャーたちの総意が「ふざけるな」に束なったが。

「ホント!? じゃあやるわ!」

 一切迷いもなくバイクにまたがったやつがいた。ヴィラだった。
 ハンドルや計器の調子を確かめるなり、ぶぉんと勢いよくかっとんでしまった。

「えっ、ちょっ、ヴィラ……!?」
「おいおいおいおい正気かお前の彼女!?」
「そういうわけだ! ハーレーに送ってもらうチームとダイナミックに帰宅するチームに分かれるぞ! 乗りなイチ!」

 すぐにバイクが甲高く遠ざかる様子が聞こえる。勇敢な彼女をお持ちなようで、エミリオ。

「了解、社長殿。んじゃ俺はぶっ潰しながら我が家に帰るとするか」
『ね、ねえ……街中でこんなもの使うつもりなの……?』

 エミリオやスタルカーたちがざわめく中、俺は戦車モドキの荷台を上った。
 人間大の荷物として押しかけ、ミニガンのハンドルを握って持ち上げる――重量感相応の頼もしさを感じた。

「みんなのこと頼んだぞニク」
「ん、気を付けてね?」
「私たちがいるからこっちの心配はいらないぞ、行ってこい!」
「真昼間に殺し合いが起きるとはな、外の世界とあまり変わらないことが良く分かった。追手を土産にして帰って来るなよ」
「おいしいごはん用意して待ってますからね! いってらっしゃいイっちゃん!」

 心配そうに見上げてくるニクをひと撫で、ついでに他の面々に「いってきます」と手で送ると車が唸る。
 履帯が重く回ると「正気かお前らは!?」とハーレーが叫び声で見送ってくれた。
 そして気づけば重量感たっぷりの車が飛び出して、道路に着地するなりすさまじい速度を叩きだす。

「ハッハァァァ! いいね、この車! ボスが喜びそうだ!」
「うおおおおおおおお思ったより早ええええええええ!?」
『ひゃぁぁぁぁぁっ!? こ、この車すっごい早い……!?』

 運転手がご機嫌になるほどだ。外面から想像できない勢いで戦車モドキは進む。
 すると後ろから二台のバイクも飛び出した。結局エミリオとサムも来るらしい。
 ミニガンの重みがなかったら振り落とされそうだ、後ろの二人に六本の銃身を見せびらかしながら次の状況を待てば。

『良く聞け! お客様がいっぱい来やがるぞ、高速道路まで移動して単純明快に突破するぜ!』

 さっそく無線越しに指示が飛ぶ。
 前方を走るヴィラも受け取ったんだろう、遠くでバイクがぎゅりっと左に曲がっていく。
 
『トラックチームが移動したわ。追手が入れ替わりでそっちに向かってるわよ!』
『了解、お客さんが来るんだな? 万が一何かあったらそっちで援護してやってくれ!』

 エルフからの連絡もきた。煙幕の向こうでトラックが走り出す。
 俺たちの乗る『ハックソウ』も十字路に差しかかかる。人様の彼女の尻を力強く追いかければ、車体がスライドしながら大胆なカーブを決めて。

『ヴィラよ! 前から後ろから来てるわ! 私が先導するからついておいで!』

 その途端、ヴィラの陽気な声が敵の存在を伝えてきた。
 道を曲がった直後、後ろからけたたましい装甲車両の駆動音が追ってくる。
 前方からも何台かの車が突っ込んでくる様子が嫌でも分かった。
 勇ましい彼女さんはするっと前の邪魔者を避けたようだ。さっそくミニガンを腰いっぱいに構えて。

「撃っていいんだな!?」
『やっちまいな!』

 レンガ調の道路を突っ切る追跡者たちに振り向いた。
 傭兵姿が身を乗り出すバンが近づき、後続の機銃つきトラックが必死なスピードで追いかけてくるが。

「ちょっと早いけど帰宅時間だ! 全員あの世に帰りな!」

 そいつらめがけてトリガを絞った。
 幸い、エミリオとサムが抗議の悲鳴を上げながら射線を開けてくれた。
 がらっ……と銃身が回転を始めた途端、敵は少し遅れてこいつの正体に気づいたらしく。

*Voooooooooooooooooooooooooooooooormmmmmmm!*

 ――ぎょっとした運転手の顔めがけてぶちかます!

 銃の重みに吸い込まれた反動が身体いっぱいに伝わる。
 振動音同然の銃声と共に、弾帯いっぱいの弾があたり一面に飛び散っていく。
 その結果、お近づきになろうとした車は穴だらけだ。運転席から人間のパーツが不法投棄されていく。

『み、耳ががががががががががっ』
「オラァ! かかってこい! こっちは重武装だぞクソ野郎!!」


 腰の短剣の声もがくがく震えてたが、構わず次の獲物をなぞる。
 ハチの巣にされた仲間の代わりに突出してきた車両だ、スピンアップ。
 恐ろしい速度からの銃弾をいっぱいに叩き込んだ。おっかけのトラックが煙を吐きながらストップ、ミンチになった傭兵を強制排出していく。

『前方注意! 突っ込むぞぉ!』

 次の獲物を探るが、今度はデュオの警告が飛んだ。
 振り向けば横列になった傭兵どもが車で道を塞いでいるところだ。
 ところがエミリオとサムのバイクがその隙間を潜り抜けてた。武器を構える連中の気がそっちへそれて行った。

「行け! ちゃんと捕まってるぞ!」

 ミニガンを下ろして荷台に捕まった。
 次の瞬間、更に勢いを増した戦車モドキが車列の隙間に突っ込んでしまう。
 ばぎん、がぎん、と嫌な金属音を立てて邪魔者を吹っ飛ばしたらしい。
 巻き込まれた奴が潰れるのを見届けてから、俺はぐらつきながらも得物を拾って。

「お勤めご苦労、死ね!」

 後ろで態勢を取り直した連中に向けてトリガを絞る。

*Vooooooooooooooooooooooooooooommmmm!*

 308口径ぐらいはあるはずだ、恐ろしい連射で薙ぎ払われた連中がずたずただ。
 敵もあまりの火力に攻撃の手が緩んでる。流石にミニガンは想定外だったらしい。
 刺客の第二ウェーブを突破したデュオは街中を突っ切り、先導するバイクを追って更に北へと向かっていくが。

『こちらヌイス。北部の方から傭兵と思しき連中がそっちへ向かってるそうだ、そのまま高速道路まで下りてまっすぐ南下してくれ』

 ヌイスから連絡が来た。車は分かってましたとばかりにまた道を曲がり始める。

「敵の数は!?」

 俺は荷台の荷物として鎮座しながら、耳元に質問を投げかけた。
 そうしてる間にもまた後ろから車の姿がやって来る。
 人目で軍用車両と分かる形が群れてついてきてる――いうまでもなく傭兵ご一行だ。

『十両ほどだ。バロール・カンパニーの縄張りまで入ればついてこれない後ろめたさのある連中だよ』
「潰していいんだな?」
『できるものならね』

 そうか、撃っていいのか。
 目につい敵に向かけてミニガンをまた構える。そして鼻先めがけてファイア。
 街中に震える轟音がまた響いた。弾に煽られた車が一両ダウン、その後ろに向かってまた連射、足回りをやられて派手に横転びになる。
 またまた次の標的も――というところで。

 ――がらん。

 銃身がむなしく空撃ちを伝えた。くそっ、弾切れか。
 それならこいつの出番だ。ミニガンを捨ててグレネードランチャーを拾う。
 感覚的に使い方は理解した。フォアエンドを引くとがしゃんと装填音がする。

『ワオ、あの姉ちゃんマジか……!?』

 狙いを定めたところで、急にデュオのそんな声が聞こえた。
 よろしくない部類のものだ。もしやと思って前を向けば――

「うっうっ嘘だろヴィラアアアアアアアッ!」
「わめいてる場合か! 飛べ!」

 ……そこは住宅地なんだろうな。
 そんな場所にある誰かさんの家があって、その敷地もあるわけで、ちょうどお外でおくつろぎ中のご家庭があった。
 そこを突っ切ってどこかへジャンプするヴィラのバイクの姿があったのだ。
 ついでにいうと、追いかける二人も悲鳴を上げながら空に舞っていた――マジかあの人!?

『……つ、捕まれ! 行くぜェ!』
「おいマジか……団らん中失礼! お邪魔しました!」
『う、うそでしょ……いやあああああああああああっ!?』

 嫌なニュースだ、俺たちも続くことになるらしい。
 『ハックソウ』はくつろぐ親子の前をぶち抜き、ついでに外のオブジェをぶち壊していく。
 申し訳ないので「じゃあね」と子供に手を振った途端……履帯はその重量もろとも土地を突き抜ける。
 おかげブルヘッド・シティの街中が良く見下ろせた。
 何せ車がいっぱいに走る道路に向かって落ちていくもんだからな!

『イィィヤッホオオオオオオオオオオオオオウ! 社長やめらんねええええッ!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおエミリオもうちょっと彼女選べえええええええッ!?」
『ヴィラさん何考えてるのーーーッ!?』

 それぞれの感想を口にしながらも車体にずしんとひどい衝撃が走る。
 いきなり空から降ってきた謎の車両に、真面目に車道を走っていた連中は大混乱だ。
 後ろで急停止と衝突が折り重なる嫌な音がする中、デュオの駆る車は何事もなかったかのようにまた走っていく。
 何て車だ、こんな派手な着地しても走るなんて……。

「うっあっあああああああああああああああ!?」

 一方で、後ろからは悲鳴が聞こえた。
 見れば着地に大失敗した車が顔面からアスファルトにキスしてる場面で、振り落とされた男が最後の言葉を甲高く上げていた。
 お気の毒に。構わずデュオが車を走らせると。

「い、い、いきてる……生きてるよね……!?」
「クソッ! お前の彼女イカれてるぞ!? いつか精神科に連れてけ!」

 エミリオとサムも無事に並走してきた。片方は今にも死にそうに震えて、もう片方は怒り狂ってるが大丈夫そうだ。
 だがそんな俺たちに追手はまだまだ諦めきれないみたいだ。
 後ろから嫌でも刺客と分かる勢いの車が何台も迫ってきた。さあ来いよ、こいつの餌食にしてやる。

『イチ! できれば無関係で善良な市民は巻き込まないでくれよ!』

 グレネードランチャーを構えたが、そこにデュオの一声がかかった。
 周りは何も知らない一般市民がいるわけだが、俺を一体誰だと思ってる?

「俺たちボスに「無実の市民をぶち殺せ」って教わったか?」
『いやあ、そんな覚えねえな』
「だったら大丈夫そうだな、こいつらの傭兵稼業は今日でおしまいだ」
『ははっ、いい返事だ。期待してるぜ』
 
 だからそう返事をした。納得してくれたのか戦車さながらの見てくれがガラガラと加速する。
 こんな俺たちを明らかに狙う連中もとうとう追いついてきた。
 チップ目当ての車がうじゃうじゃいやがる――40㎜の銃口をゆっくり持ち上げた。
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