魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

メシにまつわる不穏な影(12/21修正)

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 食べ歩きを重ね大量の食材を買い込むリム様はどれだけ散財したのやら。
 買い物袋に垣間見えるのは厳重にパッキングされた肉やら魚やらだ。
 「わざとらしいほど」きれいな色と厚みの肉や、焼けばすぐ食べられそうな白身魚の切り身が真空パック入りしている。

「……ほんとにあっちの世界と同じなんだな。まさかここで再会するなんて」
『いちクンが前に言ってた人工食材って、これのことだったんだ……?』
「ああ、タカアキの買い出しに付き合ってると嫌でも目にしたな。スーパーいったらどこもこれだぞ」

 相棒に見せてやったが、コメントはまがい物を疑うような『わぁ……?』だ。
 パックに記された400チップという価値と『イミテーション・ホワイトフィッシュ』という名前が唯一の手がかりだと思う。

『これ、ほんとに人工的に作られたのかな? わたしには本物にしか見えないけど……』

 少し中身を吟味させると、料理好きなミコでも分からないほどだったらしい。
 そんな偽りの肉やら魚にひと手間かけてくれるリム様は、みんなと「何が食べたいか」で盛り上がっている。

「こいつの何がすごいって、食べてもほとんどの人は気づかないってことだ。まあニクは気づいたらしいけど……」
『昨晩食べた時は全然分からなかったなー……ニクちゃんは気づいてたからすごいよね、さすがわんこ?』

 人工食材の充実具合を覗くと、正体を暴いたニクは「ふふん」と得意げにしてきた。

「だってお肉と少し食感が違うし、野菜みたいな後味がしたから」
「俺よりちゃんと味わってるようで何よりだ」
「ん。今日もリム様のご飯がすごく楽しみ」
『ふふっ、ニクちゃんって本当に食いしん坊だね?』

 愛犬は今日もダウナー顔と揺れる尻尾でどやっとしてる。
 犬の両手が抱える袋からは青いフタのプラスチック容器が突き出ていた。
 徳用サイズの洗剤にも思えなくもないが、ケミカル要素を感じるラベルは『人工牛乳イミテーションミルク』と宣伝していて。

「おいおい……人工牛乳もあるのかよ」

 思わず手に取って確かめてしまった――やっぱりその通りだ。
 日本じゃ紙製パックだったがこれは間違いなく同じものだ。
 成分表もオーツ麦とかココナッツとか大豆とか、あっちで記載されてたものと変わらない気がする。

『人工牛乳……!? もしかして、元の世界って牛乳まで作り物だったの?』
「ああ、かなり複雑な事情があって置き換わってた」
『何があったんだろう……? どんな味なのかも気になるけど……』
「ひどい話だぞ。あとこいつはほとんど牛乳と変わらない、っていうか本物よりうまいし栄養価があるって言われてる」

 俺はミコとその外面を調べた。
 人工牛乳。植物性の食材やら添加物をミックスして作った『99%牛乳』とか言われる飲み物だ。
 こいつのすごいところは本来の牛乳と同じ使い方ができてしまう点である。料理のレシピサイトで気合と根性込みでチーズを作る猛者もいたぐらいだ。

「……こいつを巡っていろいろあったんだよな」

 まあ、あんまりいい印象がないのも確かだけれども。
 というのも「本物の牛乳より安くてうまくて栄養たっぷり」なんてものが世に出回ったらどうなると思う?
 いろいろな代用食品が急に増え始めて、その一端を担うことになったこいつの業は計り知れないものだった。

『えっと、この人工牛乳に?』
「考えてみろよ、こんなのが出回ったら農家とかどうなるよ?」
『あー……そっか』

 ミコも流石に気づいたみたいだが、その通りだ。
 高すぎる牛肉にとって代わる素晴らしいお肉、という触れ込みの人工肉の存在は酪農家にどんな影響を与える?
 そこへ人工牛乳なんてものすらいきなり出てきたら、そりゃ世の中にいらっしゃる牛たちには「お役御免」ってことだ。
 しかも食糧事情が悪化する世の中だったせいで、人類はより楽な道へ切り替えてしまったわけで。

「農家の方々への配慮してる場合じゃねえ、って感じで大々的に広まるもんだから産業は滅茶苦茶だ。豊かになったツケなのか、それが結果的に絶望的な就職難につながったと思う」
『……じゃ、じゃあ、こういうのが出回った後、本物の食材とかはどうなったの?』
「あるっちゃあったけどクソ高いしありがたみもなくなったからな、物好きが買う嗜好品みたいになったよ」
『うわー……でも、そういった作り物の食べ物を嫌う人とかはいたりしなかったのかな?』
「そりゃいるに決まってる。でもけっきょくは世論、気づけば人工食品の方が正しいって風潮になってたよ」
『ええ……』

 確かにこういう人工食材を拒む人間はいたもんだ。
 潰された産業の仇とばかりに嫌うやつ、不健康だから自然食がいいと単純に謳うやつ、あとは政府の洗脳プログラムの一環だとか別の世界を見てるやつ。
 そういう意見のもと広まってしまった結果、こいつは皮肉な運命をたどった。

「こういう食品の方に都合の良い方々がいっぱいいたんだよ、あっちは」

 ブルヘッドの道路を北に進みつつ『人工生ハム』と書かれたパックを見る。
 タカアキ良く食ってたが、こんなのを喜んで食べる人間は山ほどいた。
 肉に親でも殺されたのかと心配になる草属性タイプヴィーガン。どっかにおわす神様のために肉食えない宗教の方々。体質上受け付けられない誰か。
 そういったのが合法的に(罪悪感もなく)食べられるし栄養価もあるんだから、食いつかないはずもない。

『……肉とか食べられない人たちとか、かな?』
「その通り。例えばヴィーガンとかは大喜びだ、正々堂々肉が食えるんだからな。も喜んでたな」
『お坊さん?』
「ええと、なんだっけ、タカアキがいってたんだけど……お寺の人たちが食べる、野菜を使わない……」
『お寺……精進料理のことかな?』
「そうそれだ。ほら、宗教とかで「肉食べれません?」ってあるだろ? そういう人たちが美味しく健康にいただけるんだから、食いつかないはずがないんだよ」
『……そっか、そういう人たちに食事の選択肢を増やすことになるもんね』
「そういうこと。世の中の事情もあって、今後の産業よりすぐ腹いっぱいになる方を選んだのさ」

 宗教やら信念やら諸々の理由で食えないものを抱えるやつは一杯いる。
 だからこそ全世界が欲しがった。気づけば世界中に広まっているとも聞いた。
 しかも皮肉にもそれが他国との関係を良くしてくれたという、日本の食を支える方々からして救いようのない話である。

『……じゃあ、これが食べ物を作ってくれた人たちを切り捨てちゃったのかな』
「もっと救えない話だけど、こいつを生み出したのは数十年先で生きてる俺だってことだ。つまり俺は予定より早く人類を苦しめてるらしい」

 そして人類の産業をぶち壊したこいつの創造手は、未来の俺だそうだ。
 残念ながら人工食材がもたらす影は既に目の当たりにした。
 追い詰められた農業漁業の人々が破産と自殺でニュースを飾るほどには。

「まあ、世紀末にはぴったりじゃないか? これ以上荒れようがないからな」

 そんな食材がこうして壁の中を豊かにしてるんだから笑える話だ。
 『もしも』なんてクソみたいな考えは嫌いだが、今の俺なら既存の産業と共存できるように必死こいてから世に出すと思う。
 未来の自分も考え抜いて放り出したのかもしれないが。

『えっと、ご、ごめんね? 切り捨てちゃった、とか言っちゃって……?』
「いや、気にしないでくれ。もうどんだけ気にしたって仕方ないことだし」
『でも、わたしはいちクンに責任があるとは思えないよ……』
「だといいんだけどな。未来の俺が「お前らこれを食え」って押し付けてたわけじゃないことを願おうか」
「ねえ! さっきから何話してるのかしら?」

 二人で話してると、前からブラウンの髪色が愉快にペースを落としてきた。
 どうもエミリオの彼女さんは短剣と話してるのが気になったらしい。

「ああ、どうも。ちょっと二人で故郷の話を」
「へえ、ストレンジャーの故郷?」
「出自が複雑なんだ、気にしないでくれ」
「そりゃ気になるわよ、あのストレンジャーの故郷でしょ? 私はヴィラ、知っての通りエミリオの彼女よ?」

 と名乗る気持ちのいいお姉さんはにっこりしていた。
 すらりとした背丈の後ろでは小さな通りが見えて、誰かさんの彼氏が慣れた足取りで歩いてるところだ。

「知ってる。隙間さえあればいくらでも話してたからな、噂通りにいい人だと思う」
「ふふ……やっぱり寂しがってたのね?」
「いつ最後の言葉が「彼女」になるかずっと心配だったよ、元気そうで良かった」
「あっち色々あったらしいわね? エミリオの帰りが遅いと思ったら、あんなことに巻き込まれてたなんて……」
「あんたの彼氏を勝手に借りて悪かったな、でもおかげで助かった」
「ずっと心配だったんだkらね? 今度から貸し出すときは連絡してくれる?」
「悪かった、レンタル料も払っとくか?」
「冗談よ。でもびっくり、エミリオたちがすごい"戦利品"と一緒に凱旋してきたんだもの」

 写真通りの原寸大な彼女がこうしているのも驚きだが、よく喋る人間だ。
 エミリオと同じくらい口が回る。そりゃ気も合うだろう、類は彼女を呼ぶわけか。

「ところで、腰にいらっしゃるのが『物言う』短剣かしら?」

 するとヴィラは興味深そうに腰を覗いてきた。
 いきなり視線が向かった短剣は『えっ!?』と言葉に難儀したみたいだが。

『は……初めまして、ヴィラさん。私もエミリオさんが良く話してくれて、いい人なんだなーって思ってました』
「――本当に短剣が喋ってる! ファンタジーだわ!」

 なんとかご挨拶を飛ばすと、エミリオの愉快な彼女はものすごく感激していた。
 ここまでピュアに驚く人間は久々だ。「手にしてみるか?」と相棒をちらつかせると、それはもう嬉しそうに手にした。

「好意的な驚き方で良かったよ、みんな驚くもんだから困ってたんだけど」
「だってあなたたちの色々な噂を聞いてたもの! 人喰いカルト教団と戦ったこと、ガーデンの件とか、あとクリンでしょ? スティングの戦いとかも! 今の私の気持ちが分かる? そんじょそこらの人たちに半信半疑に思われるようなお話がこうして事実になってるのよ!?」
「エミリオのいう『ストレンジャーのファン』はマジらしいな、良く存じで」
「マジよ! でもごめんなさい、私が魅力的に見えても彼氏はエミリオ一筋よ?」

 良く喋る彼女さんはストレンジャーより相応しい相手を指してくれた。
 見れば耳にしてたエミリオが照れ臭そうに「いいでしょ?」と振り向いてる。付き合わされてるスタルカーたちは呆れてたが。

「心配するな、俺の相棒はこいつだ」

 俺は帰ってきた短剣をまたちらつかせた。ヴィラは「ワオ」とにやにやだ。
 そこへぎゅっとニクがジャケットを引っ張ってきた。少し頬がぷくっとしてる。

「――それとこいつは俺の愛犬のニクだ、パートナー」
「ん、愛人」
「愛犬だ」
『愛人……!?』

 大急ぎで肩を組んでやった。後ろで尻尾がぱたぱたしてる。

「犬……? そういえばあなた、アタック・ドッグを飼ってるって聞いたけれども」
「魔法でこんな姿になった」
「魔法!? 待って、そんなの聞いてないわ!? 外の世界はどんなことになってるのかしら!」

 それにしてもまあ、良く喋る彼女さんだな。
 彼氏と一緒に座れば世界が滅びる寸前まで話のタネには困らないはずだ。

「良かったら飯のついでに話してやるよ」
「もちろんよ、私だってあなたたちにお礼を言いたいんだからね?」
「ところで訳ありらしいな?」

 元気で明るいのはいいことだが、俺はさりげなく耳のデバイスに触れた。
 すると同じ形を耳に挟む彼女は一瞬、言葉を鎮めて周囲を見渡す。

「……そうね。話しても大丈夫そうだし話しちゃうけど、ここ最近監視されてるみたいなのよ」
「監視? タイミングからしてラーベ社ぐらいしかなさそうだな」
「ランナーズ、スタルカー、この前フォート・モハヴィで出稼ぎに行った人たちにどうも付きまとう人がいるみたいでね」

 まるで「今も見られてる」とばかりにわざわざ表現してくれた。だがそんなところに。

「よお! 遅かったな諸君!」

 あの声が陽気に迎えてくれた。
 人通りの乏しい寂れた通り、地図にしてバロールの領域が途切れそうな場所の道端で、気取らない格好のデュオが手を振ってる。
 本当に来やがった。顔も名も知れてるのか全員がまごつくのは当たり前で。

「……あー、どこかの社長がいらっしゃるね」
「冗談だろ、マジで来やがったこの社長」
「うちのストレンジャーが世話になったなクソガキども。腹減ったからずっと待ってたぜ? 久々のリム様の飯が食えるんだからよ」


 エミリオもスタルカーの奴らも、唐突のお偉いさんの登場に面食らってる。
 会えて嬉しいというか「面倒くさい」「ついてない」あたりだが。

「……オーケー、事情はなんとなく分かった。そこにいるのはあのストレンジャーに、誰かさんの彼女だな?」

 その隣で運悪く捕まえられたスカベンジャー……サムの顔もあった。
  あいつもいたのか。傷痕一つなく元気にやってるみたいだが、げんなりしてる。

「俺の彼女だよ! どうだい、美人だろう?」
「お前のおかげで同窓会でもやってる気分だよ、畜生」

 サムはエミリオの自慢とその彼女の姿に目を難儀させてた。
 こっちと目が合えば「最悪だ」と顔が物語ってきたが。

「サム、元気だったか?」
「捕まってるところを見てそう思えるならそうなんだろうさ」
「好ましくなさそうな言い方だな。なんかあったのか?」
「死神を二人目の当たりにした気分なんだ。ブルヘッド名物のイカれた社長に、頭のネジをウェイストランドのどっかに落としたストレンジャーがいるもんだからな」
「俺はいい死神ですって言えば気は晴れるか?」
「魂狩りの鎌は俺じゃなくラーベ社の刺客に向けろよ。俺たちここに戻るなりあいつらに狙われてるんだぞ」
「なるほど、ぞろぞろ集まって動いてた理由は身の安全のためか」

 あいつは嫌そうに挨拶するなり社長から離れてきた。
 ひとり身になったデュオはリム様にすがったようだ。運ばれる食材に女王バチの如く振舞う姿はドヤ顔だ。

「待ってたぜ、もう腹ペコでしょうがねえ」
「ふふふ、ご安心なさいツーちゃん。食べ歩きで食材の扱い方をフィーリングで会得しましたわ」
「人工食材で作る魔女のメシか……こいつは話題になりそうだなあ?」

 さっそく魔女と再会した社長は、目の前のビルの店舗に目を付けたようだ。
 その上で「ここか?」と首をかしげてきた。

「でだエミリオ君、ここが俺たちの飯の場だな?」
「うん。友人の店なんだけどね……ところでどうしてどこぞの社長が直々にはせ参じてるのか説明してほしいかな?」
「いやあ、ちょっと飯たかりにきたみたいな?」

 エミリオが「そうだよ」と手で案内すれば、デュオは誰より先に馴れ馴れしく向かった。
 そのついでだ。あいつは俺に目を配らせてきた。

「――さて、じゃあさっそくお邪魔しようぜ?」

 鋭くて訝しむような形を通りのどこかへ向けたらしい。
 まるで俺に「気を付けろ」と伝えるようなものだ。監視か、伏兵か、気を付けるに値するものがいらっしゃるようだ。

「……なるほどな」
『……どうしたの?』
「とっくの昔に俺たちは狙われてたらしい。さっそくあいつら食いついたな」

 ただの食事会で済みそうにないのは確かか。
 ジャケットに隠した自動拳銃がいつでも作動することを確かめつつ、荷物片手に店の中へと入っていった。

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