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広い世界の短い旅路
やはり元の世界とは違う。そして何かが起こりそうだ。(12/20修正)
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何らかの理由で上陸した自称海髪の行方はさておき、南からの奇妙な顔ぶれはしばらくこの都市を楽しんでるようだ。
もちろんバロール・カンパニーの目が届く範囲でだが。
リム様の好奇心に付き合わされた途端、俺たちは街ゆく屋台を転々とした。
人工食材の影響とやらは深いものらしい。通りの屋台には「人工肉」だの「人工牛乳」だの「人工魚介類」だの偽りの食べ物が付きまとってる。
だがうまい。元の世界通りの味も栄養も値段も抜群なあの味が付きまとう。
リム様どころかクリューサすら食が進んでるぐらいだ。未来の俺とやらのおかげでこの街の食糧事情はどれだけ恵まれてるのか。
思ったことは「ウェイストランドの過酷さはどこへいった?」だ。
きっと他の連中もそう思ってるに違いない。
昨日までずっと武器を手に荒野を探り神経が立ちっぱなしだったのに、今やここの連中と似たような格好で呑気に歩き回ってるんだぞ?
『……これが現代的な街並みなんだね。わたしたちが住んでた街と全然違うなあ……』
「俺のいたところよりは進んでるかもな。まあちょっと汚いけど……」
もれなく一般人の格好をさせられた俺も、腰の短剣と一緒緒に都市を見て回っていた。
ここは今まで見てきたコミュニティとはまったく違う賑やかさだった。
通りから目にできるのはどこも文明的なものである。
高く構える建築物は遠い荒野と山々を遮り、人工的な灯りで暗闇に難儀することもなく、寄り集まった人の姿がこの街らしい華やかさと長々と続く。
いうなら密度だ。建物も人の距離も、戦前からの文明を壁の中で完結させようと濃く押し込まれている。
それは延命かもしれないし繁栄かもしれない。
けれども一つだけはっきりしてるのはこれが戦前の世界だということだ。
「……こんなに人がいたんだ。びっくり」
そんなブルヘッドに張られた道の上、ニクが犬耳をぴくっと傾ける。
人や車が行き交う大通りだった。左右には商業地域らしい建築物が幾つも並んでる。
が、見ればすぐに「別に大層立派なものじゃない」とすぐ分かるものだ。
足元はゴミが目立つし、遠く見える建造物もそろそろ古さを帯びている頃だ。
「――あっ、て、テメエ! そいつを返せ!」
そしてトラブルもつきものだ。
いつもの三人で眺める光景から――いきなり男が人の群れを飛び出す。
訳ありな鞄を抱えて走るも、そこに柄の悪い男が口汚く追いかけており。
「止まれ! おい、止まれ! クソッ!」
反射的にそんなご様子に隠した武器へ手が伸びるも、無用だったみたいだ。
追いかける男が服から拳銃を抜く。足を緩めつつまっすぐ構えて三連射。
周囲の人間はただ迷惑そうに身をよけるだけで、深刻さの感じない様子のせいで良く射線が通っていたんだろう。
「あっ――ち、くしょう……!」
逃げる男が背をぴんと反らしながら近づいてきた。着弾のショック症状だ。
まるで助けを乞うように手が伸びてくるも……ぱん、と最後の一撃が近づく。
後頭部に確実な死をお届けされたわけだが、周りは興味深そうに見るだけで。
「……くそっ、くそっ、ふざけやがって!!」
下手な芝居でも眺めるような視線の中、泥棒殺しが荷物を拾いに駆け込むも。
【違法薬物を検知。ブルヘッド・シティでは健全な心身のため、市が指定する特定の薬品および嗜好品は禁じられております。速やかに――】
そこへ空からドローンが降ってきた。
心の籠る余地のない無機質な声がなだめるも心に響かないみたいだ。
そいつは迷わず回転式の弾倉に弾を込め直し。
「うるせえ! 邪魔すんなクソドローン!」
警告に向かって発砲、全弾撃ち尽くす勢いでトリガを捌いた。
不慮の墜落事故がコンクリート上に叩き込まれると、男は人混みに向かって逃げ始める――さてどうしたものか。
『あー、こちらデュオ。バロールの監視員から連絡、マーケット近くの通りで違法薬物を所持したやつがいるな』
するといいタイミングであいつの声が伝わる。
この流れはとっ捕まえるのが正解だな。ひとまず逃げる背に合わせて軽く走り。
「いたな、なんか用でもあるのか?」
『ただの悪ガキだ。捕まえとけばこの街のセキュリティに恩が売れるぞ』
「そうか、仲良し相手が増えるんだな――ニク、ミコ、頼む」
「ん、捕まえればいいの? 分かった」
殉職したドローンの無念のため、ひいては今後のため踏みしめた。
ニクも走り出してあっという間に追いついた。このまま後ろから抱き着いて驚かせてもいいが。
『えっ、わた…………しょっ、【ショート・コーリング】!?』
腰の相棒は割と無茶なリクエストに気づいてくれたみたいだ。
近づく背中にマナの影響が及ぼされると、青い光がぶょん、と空間を捻じ曲げ。
「……はっ!? い、いったいなに」
理解不能な力で引寄せられたそいつがアンバランスのまま落ちてきた。
「ご主人、あとはよろしく」
そこへニクがそれはもう軽やかに滑り込む。
ブーツをはいた犬の足が膝下を蹴り払って、男を仰向けに叩き落とす。
いきなりの感覚に「何があった」と意識も刈られてる。構わず飛びついて。
「よお、お前ラーベ社のやつか?」
銃を持った手を握って、そのまま相手の首を鷲掴みにした。
アラクネグローブの力でかなり締まった。このまま力づくに絞れば来世に生まれ変わるまで喉の機能を潰せるだろうが。
「ふぁっ……な、ちが……!」
残念なことに「お前ラーベ社?」という質問には無縁そうだった。
それ以上の言葉は出てこなかった。しいて言えば苦しそうに溢れた泡ぐらいだ。
「まあこんな堂々とやるわけもないか。ご苦労さん」
軽くきゅっと握って脱力させた。ついでに銃をはじいて無力化も忘れずに。
『い、いちクン……? もしかしてこの人、ころ……』
「流石にこんな時間に殺人ショーをお披露目するほど悪趣味にはなってないぞ」
「ん……ミコ様、この人ちゃんと生きてる。大丈夫だよ」
住人たちががやがや注目してきた。三人で倒れた男の行く先を見守ろうとすれば。
「犯人を発見した、これより確保する!」
「……って、どうなってんだ? 倒れてやがるぞ?」
街の奥行からいかにもな警備員の姿が遅れてやってきた。
錆一つない散弾銃や短機関銃は出番に恵まれてなさそうだ。ぶっ倒れた男のそばにいる俺たちに怪訝そうな目を送ってきて。
「……おい、動くな。いくつか質問がある」
その中の一人が慎重に接しにきた。
他の奴らが足元の人間大サイズ二つ分を検めてる中、訳のありな俺たちから事情を知りたいそうだ。
「ああどうも、見ての通りあんたらで社会見学してるからご心配なく」
「そこの犬のミューティみたいなやつもだ。いいか、動くなよ」
そんなお手並みを拝見してると回収用とおぼしき車両もきた。
慣れた様子でご遺体と犯人を一緒くたにしてる。相手はその状況を背にして。
「俺たちの仕事ぶりをブルヘッドの模範的な勤務態度として見てくれるのは勝手だがな、ひとまず説明してくれないか? 何があった? お前のパスも見せてくれ」
手短に聞いてきた。ついでに腕の『パス』もじろっと目で探ってくる。
そんな様子に通行人たちがなんだなんだと集まるが。
「観光客が事故に巻き込まれた感じだ。見て分からないか?」
俺は連れてかれる二人分を視線で示した。不幸にも倒れた奴が二人もいる。
向こうは俺たちのパスを見ながら「それで?」と聞き入ってる。続けた。
「せっかくのブルヘッドの風情が台無しになりそうだから、こうして人様の命と荷物を奪ってく奴に横やり入れてやった。だめか?」
「ん、この人の持ち物から変なお薬の匂いがしたからつい」
二人であるだけ言うと、警備員は一難去った感じでため息をついてきた。
「気合の入った観光客もいたもんだな。で? つまりお前は俺たちの仕事に手をかしたってか?」
そんな言葉の後ろでは不幸な二名はどっかに運ばれる現場だ。後に残された見世物と見物客になんともいえない表情をしているが。
「また変なやつを見たからつい。もしかしてさっき海の神を自称する男とか捕まえなかったか?」
そこでそう尋ねた。あの変態はどうしたって感じでだ。
「……つまり俺たち『ブルヘッド・セキュリティ』は情けないことに観光客に二度も助けられたのか、ひどい一日が始まりそうだな」
するとどうだろう、警備員は身の上に呆れ始めた。
こいつらは街の警備をしてる連中に違いない。デュオの言う通り恩を売れたか。
「余計なお世話だったか? 窃盗罪に他人の背中銃撃罪だったから悪い奴だと思ったんだけどな」
「悪い人がいたから捕まえた方がいいと思ったんだけど」
俺は愛犬もろとも「見てるだけの方が良かったか?」と顔で尋ねた。返ってきたのは気軽な笑みで。
「いや、むしろ大助かりだ。つい昨日から変わったやつがここに来てやがると聞いたが、まさかそいつらの一員か?」
握手を求めてきた。手袋同士でぎゅっと交わす。
珍しいものでも見るような目つきだが、態度はだいぶ柔らかくなってる。
「そのまさかだ。お邪魔して悪かったな」
「ご協力感謝する、俺たちは『ブルヘッド・セキュリティ』の南エリア担当部隊だ。もし変なやつに巡り合う機会がまたあったら、勇敢に捕まえろとは言わんが気軽に報告してくれ」
男はそう残して、下品にならない程度の敬礼をしてから去っていった。
一体なんだったんだあれ。まあとにかく一仕事終えれば。
「おい、今のなんだ!?」
「すげえな、あっという間に捕まえやがったぞ!」
「あれか、まさか【魔法】ってやつか!? あの南で噂の!」
ストッパーがなくなった街の連中が物見ついでにぞろぞろやってきた。
魔法という単語が使えるあたりはある程度は事情を理解してるらしい。
「ここじゃ悪者を魔法で捕まえちゃダメなルールでもあったのか?」
「いや、そんなルールはまだないから大丈夫さ」
「よくやったな、ああいう輩はいっぱいいるんだが、一人減って快適になったよ」
「そうか。ちなみに俺は南から来た観光客だ、どうかよろしく皆さん」
俺はそんな人々に一声かけてから「じゃあな」と別れた。
背中から明るい見送りが飛んできたが、いやそれよりもだ。
「――イっちゃん、きてくださいまし!」
やっときた。言うまでもなくリム様だ。
ちょっと買い物行ってくるとクリューサたちを連れてどこかへ行った挙句、俺たちをここに待たせてくれた張本人である。
「何か騒ぎがあったようだな、また巻き込まれたのかお前は」
「む? もしや無線でいってたやつのことか? 向こうに血だまりがあるが殺したのか?」
「いや、ここのおまわりさんにちょっと恩を売ってきた。刺客じゃなかったから心配するな」
「巻き込まれたのと同意義じゃないのか。なんにでも首を突っ込む性癖でもあるのかお前は」
「それよりマーケットへ行ったら屋台もっとあったぞ、食べ物でいっぱいだ」
待ち遠しかった三人に近づくが、後ろで何やら知らない人間が付きまとっていた。
ジーンズやらパーカーやら、現代的なジャケットやコートを着た男女だ。
しかし総合的な顔つきからして、ぱっと見ても素行のよろしくない集団に見える。
「おかえり。いつの間に荷物持ちなんて雇ったんだ?」
恐らくリム様に押し付けられた大量の荷物を抱えてはいるが、なんだかそいつらの視線に覚えがある。
なんならどこかで会ったこともあるし、共に動いた気もする、誰だ?
「イチ、後ろの連中を見ろ、きっと驚くぞ。それとヤキトリとか言うのが売ってたぞ食え」
後ろの連中に疑問が強く鳴るが、クラウディアがまた食べ物を手渡してくる。
カリっとやかれた肉とネギが挟まった――焼き鳥だ。
まさかと思ってがっつくと甘辛いあの味がした。間違いなく焼き鳥だ、うまい。
「なんふぁあっふぁの?」
「食いながら喋るな。そこにいる連中はお前の知り合いだ、分かるだろう?」
人工的な鶏もも肉の味だ。かみしめてるとクリューサが見知った物言いで後ろの連中を示してきた。
荷物持ちにさせられるような知り合いがこんなにいたもんか? と思うが。
「――ストレンジャー! また会ったね!」
「なんてこった、お前がこんなところにいるなんてな。また何か起こるぞこりゃ」
親しい顔と知った声がしてやっと分かった。エミリオとスタルカーの奴らがいる。
軽率そうな顔と髪型、そして厳つい丸刈りの男の姿、そして聞こえる声は間違いなくあの二人だ。
ということはフォート・モハヴィで知り合った仲が勢ぞろいか。だからこんなぞろぞろしてるわわけだ。
「エミリオにスタルカーか? お前らなんでここに?」
『あっ……エミリオさんにスタルカーの人達……!? みんないるみたいですけど、どうしたんですか……?』
「だってここの市民だからね? でも驚いたよ、急に魔女様と会うなり荷物押し付けられちゃってさ。そしたら君と会うんだから!」
「買い物してただけなんだがな、なぜだか捕まって食料品を運ばされてるところだ。まさかお前らがここに来てたなんて驚きだ、観光でもしてんのか?」
そう気づけば後ろの連中もなんとなくわかる。数名ほどだがフォート・モハヴィで間違いなく会ってるだろう。
ところがだ、そんな連中の中で明らかに浮いてるやつがいた。
長髪の女性だ。綺麗で背も高く、意志の強そうな顔の『美女』ともいうべきお姉さんが興味いっぱいの視線で。
「ほら、見てごらんヴィラ! 本当に短剣が喋ってるだろ!?」
「あら、本当! こんにちはストレンジャー、私の彼氏がお世話になったわね!」
そいつはエミリオと仲良く並ぶと、陽キャの塊みたいな明るさを向けてきた。
死亡フラグのたびに垣間見た彼女さんだ! 原寸大の彼女が生きた彼氏もろとも確かにここにいる。
「あんたは……エミリオが何度も言ってた彼女さんだな、本当に写真通りだ」
「ええ、本物よ? エミリオを助けてくれてありがとう、おかげで二人で幸せに暮らしてるわ」
本物の彼女はにっこりとすると、楽しそうに抱き着いてきた。
ついでに隣のニクにも。こんな世界なのに明るくて包容力のある女性だ。
「これが本物のストレンジャー……すごいわ、見た目通りに強い顔をしてるもの!」
「ははっ、いっただろヴィラ? 君の言う通りすごい奴だよ、彼は」
「それにこいつのおかげで俺たちの財布もだいぶ重くなったんだからな、スカベンジャーの守り神みたいなもんだろ?」
そんな彼女のそば、スタルカーとランナーズを率いる二人は仲良くしてるようだ。
元気にやってやがったか。あの後どうなったか心配だったが。
「で、お前ら何してるんだ? まさかスカベンジャーやめて荷物持ちに転職したわけじゃないよな?」
俺は次に気になった大量の荷物に問いかけた。
久しく会った連中に何持たせてんだ芋野郎、という意味を込めてだが。
「そこの魔女様がご馳走を作ってくれるって聞いてね、知り合いの店を借りて作ってもらおうってわけ」
「でもよエミリオ、人様の店だぞ? いいのか?」
「どうせ繁盛してない店だし大丈夫だよ」
「その店主とやらはどうしてこんな薄情な友人を持っちまったんだろうな、哀れなもんだぜ」
返ってきたのはそういうことだ。リム様の料理にありつくためらしい。
そういう理由ならこいつらが喜んで荷物を持ってるのも頷けるか。
「本物の魔女が作るご飯なんて気になるでしょ? 呪われてもいいから食べてみたいわ!」
それにエミリオの彼女も実にわくわくしてる。
なら仕方ないか。今回の件について話しをするチャンスにもなるわけだし、おいしい飯にありつくために俺も背中を貸してやるか。
「リム様の料理はうまいぞ。ストレンジャーが保証してやる」
「ほら、ストレンジャーも言ってるんだから大丈夫よ!」
「……あのなあ、だからって俺たちを荷物持ちに変えるかよ、普通」
スタルカーの連中も押し負けるほどの熱意だが、俺は適当な荷物を受けついだ。
硬い袋の中にきれいにパッキングされた食材の形がちらちら見えた。この様子からしてリム様はマジでやるつもりだな。
「ふっ、食べ歩いて食材のコツは掴みましたわ……!」
「だってさ。そういうことだから今日の飯もリム様だな」
『……この食材、もしかして全部人工食品なのかな』
食材を運ぶ一団に加わったが、その行く先はまだ分からない。
ニクも雑多な香辛料や料理本が一緒になった袋を手にして、お医者様とダークエルフもさりげなくついてくると、さぞ賑やかな食卓になりそうだが。
「……そうだ、ちょっと話したいことがあるんだ」
しかし忘れるわけもないこいつらももラーベ社の『対象』に含まれてるはずだ。
和気あいあいとリム様についてく連中の後ろにそう問いかけるも。
「うん、だってラーベ社の件についても話したいところだったからね。そうだろう?」
そう、さりげなくエミリオが口にしたおかげで分かった。
なるほど、ちょうど良かったのは向こうにとってもか。
「ご対面してすぐにラーベ社か、まったくもって不吉だな」
『……エミリオさんが知ってるってことは、何かあったんですか?』
さすがにミコも不安を覚えたらしい。ところが明るい彼女さんが「それはね」と返事を継いで。
「何かが起こる直前よ。大丈夫、私たちも後ろ盾があるからね?」
そういって耳の何か――俺たちの耳にあるのと同じ形を見せてきた。
あのデバイスだ。どういうことなのか、それを聞こうにも。
『おっ、もしかしてリム様の飯が食えるのか? じゃあ俺もいくか、久々のごちそうだ。ボスが羨ましがるだろうなぁ』
「あらツーちゃん! 聞いてましたの!?」
『おう、スカベンジャーたちと一緒にいるだろ? ちょうどいいや、そいつらと話がしたいし社長直々にはせ参じるぜ』
デュオの声がいいタイミングで挟まってきたおかげで、俺はなんとなく事情を察するのだった。
進展があったってことか。ただ飯を食うだけの集まりにはならなさそうだな。
◇
もちろんバロール・カンパニーの目が届く範囲でだが。
リム様の好奇心に付き合わされた途端、俺たちは街ゆく屋台を転々とした。
人工食材の影響とやらは深いものらしい。通りの屋台には「人工肉」だの「人工牛乳」だの「人工魚介類」だの偽りの食べ物が付きまとってる。
だがうまい。元の世界通りの味も栄養も値段も抜群なあの味が付きまとう。
リム様どころかクリューサすら食が進んでるぐらいだ。未来の俺とやらのおかげでこの街の食糧事情はどれだけ恵まれてるのか。
思ったことは「ウェイストランドの過酷さはどこへいった?」だ。
きっと他の連中もそう思ってるに違いない。
昨日までずっと武器を手に荒野を探り神経が立ちっぱなしだったのに、今やここの連中と似たような格好で呑気に歩き回ってるんだぞ?
『……これが現代的な街並みなんだね。わたしたちが住んでた街と全然違うなあ……』
「俺のいたところよりは進んでるかもな。まあちょっと汚いけど……」
もれなく一般人の格好をさせられた俺も、腰の短剣と一緒緒に都市を見て回っていた。
ここは今まで見てきたコミュニティとはまったく違う賑やかさだった。
通りから目にできるのはどこも文明的なものである。
高く構える建築物は遠い荒野と山々を遮り、人工的な灯りで暗闇に難儀することもなく、寄り集まった人の姿がこの街らしい華やかさと長々と続く。
いうなら密度だ。建物も人の距離も、戦前からの文明を壁の中で完結させようと濃く押し込まれている。
それは延命かもしれないし繁栄かもしれない。
けれども一つだけはっきりしてるのはこれが戦前の世界だということだ。
「……こんなに人がいたんだ。びっくり」
そんなブルヘッドに張られた道の上、ニクが犬耳をぴくっと傾ける。
人や車が行き交う大通りだった。左右には商業地域らしい建築物が幾つも並んでる。
が、見ればすぐに「別に大層立派なものじゃない」とすぐ分かるものだ。
足元はゴミが目立つし、遠く見える建造物もそろそろ古さを帯びている頃だ。
「――あっ、て、テメエ! そいつを返せ!」
そしてトラブルもつきものだ。
いつもの三人で眺める光景から――いきなり男が人の群れを飛び出す。
訳ありな鞄を抱えて走るも、そこに柄の悪い男が口汚く追いかけており。
「止まれ! おい、止まれ! クソッ!」
反射的にそんなご様子に隠した武器へ手が伸びるも、無用だったみたいだ。
追いかける男が服から拳銃を抜く。足を緩めつつまっすぐ構えて三連射。
周囲の人間はただ迷惑そうに身をよけるだけで、深刻さの感じない様子のせいで良く射線が通っていたんだろう。
「あっ――ち、くしょう……!」
逃げる男が背をぴんと反らしながら近づいてきた。着弾のショック症状だ。
まるで助けを乞うように手が伸びてくるも……ぱん、と最後の一撃が近づく。
後頭部に確実な死をお届けされたわけだが、周りは興味深そうに見るだけで。
「……くそっ、くそっ、ふざけやがって!!」
下手な芝居でも眺めるような視線の中、泥棒殺しが荷物を拾いに駆け込むも。
【違法薬物を検知。ブルヘッド・シティでは健全な心身のため、市が指定する特定の薬品および嗜好品は禁じられております。速やかに――】
そこへ空からドローンが降ってきた。
心の籠る余地のない無機質な声がなだめるも心に響かないみたいだ。
そいつは迷わず回転式の弾倉に弾を込め直し。
「うるせえ! 邪魔すんなクソドローン!」
警告に向かって発砲、全弾撃ち尽くす勢いでトリガを捌いた。
不慮の墜落事故がコンクリート上に叩き込まれると、男は人混みに向かって逃げ始める――さてどうしたものか。
『あー、こちらデュオ。バロールの監視員から連絡、マーケット近くの通りで違法薬物を所持したやつがいるな』
するといいタイミングであいつの声が伝わる。
この流れはとっ捕まえるのが正解だな。ひとまず逃げる背に合わせて軽く走り。
「いたな、なんか用でもあるのか?」
『ただの悪ガキだ。捕まえとけばこの街のセキュリティに恩が売れるぞ』
「そうか、仲良し相手が増えるんだな――ニク、ミコ、頼む」
「ん、捕まえればいいの? 分かった」
殉職したドローンの無念のため、ひいては今後のため踏みしめた。
ニクも走り出してあっという間に追いついた。このまま後ろから抱き着いて驚かせてもいいが。
『えっ、わた…………しょっ、【ショート・コーリング】!?』
腰の相棒は割と無茶なリクエストに気づいてくれたみたいだ。
近づく背中にマナの影響が及ぼされると、青い光がぶょん、と空間を捻じ曲げ。
「……はっ!? い、いったいなに」
理解不能な力で引寄せられたそいつがアンバランスのまま落ちてきた。
「ご主人、あとはよろしく」
そこへニクがそれはもう軽やかに滑り込む。
ブーツをはいた犬の足が膝下を蹴り払って、男を仰向けに叩き落とす。
いきなりの感覚に「何があった」と意識も刈られてる。構わず飛びついて。
「よお、お前ラーベ社のやつか?」
銃を持った手を握って、そのまま相手の首を鷲掴みにした。
アラクネグローブの力でかなり締まった。このまま力づくに絞れば来世に生まれ変わるまで喉の機能を潰せるだろうが。
「ふぁっ……な、ちが……!」
残念なことに「お前ラーベ社?」という質問には無縁そうだった。
それ以上の言葉は出てこなかった。しいて言えば苦しそうに溢れた泡ぐらいだ。
「まあこんな堂々とやるわけもないか。ご苦労さん」
軽くきゅっと握って脱力させた。ついでに銃をはじいて無力化も忘れずに。
『い、いちクン……? もしかしてこの人、ころ……』
「流石にこんな時間に殺人ショーをお披露目するほど悪趣味にはなってないぞ」
「ん……ミコ様、この人ちゃんと生きてる。大丈夫だよ」
住人たちががやがや注目してきた。三人で倒れた男の行く先を見守ろうとすれば。
「犯人を発見した、これより確保する!」
「……って、どうなってんだ? 倒れてやがるぞ?」
街の奥行からいかにもな警備員の姿が遅れてやってきた。
錆一つない散弾銃や短機関銃は出番に恵まれてなさそうだ。ぶっ倒れた男のそばにいる俺たちに怪訝そうな目を送ってきて。
「……おい、動くな。いくつか質問がある」
その中の一人が慎重に接しにきた。
他の奴らが足元の人間大サイズ二つ分を検めてる中、訳のありな俺たちから事情を知りたいそうだ。
「ああどうも、見ての通りあんたらで社会見学してるからご心配なく」
「そこの犬のミューティみたいなやつもだ。いいか、動くなよ」
そんなお手並みを拝見してると回収用とおぼしき車両もきた。
慣れた様子でご遺体と犯人を一緒くたにしてる。相手はその状況を背にして。
「俺たちの仕事ぶりをブルヘッドの模範的な勤務態度として見てくれるのは勝手だがな、ひとまず説明してくれないか? 何があった? お前のパスも見せてくれ」
手短に聞いてきた。ついでに腕の『パス』もじろっと目で探ってくる。
そんな様子に通行人たちがなんだなんだと集まるが。
「観光客が事故に巻き込まれた感じだ。見て分からないか?」
俺は連れてかれる二人分を視線で示した。不幸にも倒れた奴が二人もいる。
向こうは俺たちのパスを見ながら「それで?」と聞き入ってる。続けた。
「せっかくのブルヘッドの風情が台無しになりそうだから、こうして人様の命と荷物を奪ってく奴に横やり入れてやった。だめか?」
「ん、この人の持ち物から変なお薬の匂いがしたからつい」
二人であるだけ言うと、警備員は一難去った感じでため息をついてきた。
「気合の入った観光客もいたもんだな。で? つまりお前は俺たちの仕事に手をかしたってか?」
そんな言葉の後ろでは不幸な二名はどっかに運ばれる現場だ。後に残された見世物と見物客になんともいえない表情をしているが。
「また変なやつを見たからつい。もしかしてさっき海の神を自称する男とか捕まえなかったか?」
そこでそう尋ねた。あの変態はどうしたって感じでだ。
「……つまり俺たち『ブルヘッド・セキュリティ』は情けないことに観光客に二度も助けられたのか、ひどい一日が始まりそうだな」
するとどうだろう、警備員は身の上に呆れ始めた。
こいつらは街の警備をしてる連中に違いない。デュオの言う通り恩を売れたか。
「余計なお世話だったか? 窃盗罪に他人の背中銃撃罪だったから悪い奴だと思ったんだけどな」
「悪い人がいたから捕まえた方がいいと思ったんだけど」
俺は愛犬もろとも「見てるだけの方が良かったか?」と顔で尋ねた。返ってきたのは気軽な笑みで。
「いや、むしろ大助かりだ。つい昨日から変わったやつがここに来てやがると聞いたが、まさかそいつらの一員か?」
握手を求めてきた。手袋同士でぎゅっと交わす。
珍しいものでも見るような目つきだが、態度はだいぶ柔らかくなってる。
「そのまさかだ。お邪魔して悪かったな」
「ご協力感謝する、俺たちは『ブルヘッド・セキュリティ』の南エリア担当部隊だ。もし変なやつに巡り合う機会がまたあったら、勇敢に捕まえろとは言わんが気軽に報告してくれ」
男はそう残して、下品にならない程度の敬礼をしてから去っていった。
一体なんだったんだあれ。まあとにかく一仕事終えれば。
「おい、今のなんだ!?」
「すげえな、あっという間に捕まえやがったぞ!」
「あれか、まさか【魔法】ってやつか!? あの南で噂の!」
ストッパーがなくなった街の連中が物見ついでにぞろぞろやってきた。
魔法という単語が使えるあたりはある程度は事情を理解してるらしい。
「ここじゃ悪者を魔法で捕まえちゃダメなルールでもあったのか?」
「いや、そんなルールはまだないから大丈夫さ」
「よくやったな、ああいう輩はいっぱいいるんだが、一人減って快適になったよ」
「そうか。ちなみに俺は南から来た観光客だ、どうかよろしく皆さん」
俺はそんな人々に一声かけてから「じゃあな」と別れた。
背中から明るい見送りが飛んできたが、いやそれよりもだ。
「――イっちゃん、きてくださいまし!」
やっときた。言うまでもなくリム様だ。
ちょっと買い物行ってくるとクリューサたちを連れてどこかへ行った挙句、俺たちをここに待たせてくれた張本人である。
「何か騒ぎがあったようだな、また巻き込まれたのかお前は」
「む? もしや無線でいってたやつのことか? 向こうに血だまりがあるが殺したのか?」
「いや、ここのおまわりさんにちょっと恩を売ってきた。刺客じゃなかったから心配するな」
「巻き込まれたのと同意義じゃないのか。なんにでも首を突っ込む性癖でもあるのかお前は」
「それよりマーケットへ行ったら屋台もっとあったぞ、食べ物でいっぱいだ」
待ち遠しかった三人に近づくが、後ろで何やら知らない人間が付きまとっていた。
ジーンズやらパーカーやら、現代的なジャケットやコートを着た男女だ。
しかし総合的な顔つきからして、ぱっと見ても素行のよろしくない集団に見える。
「おかえり。いつの間に荷物持ちなんて雇ったんだ?」
恐らくリム様に押し付けられた大量の荷物を抱えてはいるが、なんだかそいつらの視線に覚えがある。
なんならどこかで会ったこともあるし、共に動いた気もする、誰だ?
「イチ、後ろの連中を見ろ、きっと驚くぞ。それとヤキトリとか言うのが売ってたぞ食え」
後ろの連中に疑問が強く鳴るが、クラウディアがまた食べ物を手渡してくる。
カリっとやかれた肉とネギが挟まった――焼き鳥だ。
まさかと思ってがっつくと甘辛いあの味がした。間違いなく焼き鳥だ、うまい。
「なんふぁあっふぁの?」
「食いながら喋るな。そこにいる連中はお前の知り合いだ、分かるだろう?」
人工的な鶏もも肉の味だ。かみしめてるとクリューサが見知った物言いで後ろの連中を示してきた。
荷物持ちにさせられるような知り合いがこんなにいたもんか? と思うが。
「――ストレンジャー! また会ったね!」
「なんてこった、お前がこんなところにいるなんてな。また何か起こるぞこりゃ」
親しい顔と知った声がしてやっと分かった。エミリオとスタルカーの奴らがいる。
軽率そうな顔と髪型、そして厳つい丸刈りの男の姿、そして聞こえる声は間違いなくあの二人だ。
ということはフォート・モハヴィで知り合った仲が勢ぞろいか。だからこんなぞろぞろしてるわわけだ。
「エミリオにスタルカーか? お前らなんでここに?」
『あっ……エミリオさんにスタルカーの人達……!? みんないるみたいですけど、どうしたんですか……?』
「だってここの市民だからね? でも驚いたよ、急に魔女様と会うなり荷物押し付けられちゃってさ。そしたら君と会うんだから!」
「買い物してただけなんだがな、なぜだか捕まって食料品を運ばされてるところだ。まさかお前らがここに来てたなんて驚きだ、観光でもしてんのか?」
そう気づけば後ろの連中もなんとなくわかる。数名ほどだがフォート・モハヴィで間違いなく会ってるだろう。
ところがだ、そんな連中の中で明らかに浮いてるやつがいた。
長髪の女性だ。綺麗で背も高く、意志の強そうな顔の『美女』ともいうべきお姉さんが興味いっぱいの視線で。
「ほら、見てごらんヴィラ! 本当に短剣が喋ってるだろ!?」
「あら、本当! こんにちはストレンジャー、私の彼氏がお世話になったわね!」
そいつはエミリオと仲良く並ぶと、陽キャの塊みたいな明るさを向けてきた。
死亡フラグのたびに垣間見た彼女さんだ! 原寸大の彼女が生きた彼氏もろとも確かにここにいる。
「あんたは……エミリオが何度も言ってた彼女さんだな、本当に写真通りだ」
「ええ、本物よ? エミリオを助けてくれてありがとう、おかげで二人で幸せに暮らしてるわ」
本物の彼女はにっこりとすると、楽しそうに抱き着いてきた。
ついでに隣のニクにも。こんな世界なのに明るくて包容力のある女性だ。
「これが本物のストレンジャー……すごいわ、見た目通りに強い顔をしてるもの!」
「ははっ、いっただろヴィラ? 君の言う通りすごい奴だよ、彼は」
「それにこいつのおかげで俺たちの財布もだいぶ重くなったんだからな、スカベンジャーの守り神みたいなもんだろ?」
そんな彼女のそば、スタルカーとランナーズを率いる二人は仲良くしてるようだ。
元気にやってやがったか。あの後どうなったか心配だったが。
「で、お前ら何してるんだ? まさかスカベンジャーやめて荷物持ちに転職したわけじゃないよな?」
俺は次に気になった大量の荷物に問いかけた。
久しく会った連中に何持たせてんだ芋野郎、という意味を込めてだが。
「そこの魔女様がご馳走を作ってくれるって聞いてね、知り合いの店を借りて作ってもらおうってわけ」
「でもよエミリオ、人様の店だぞ? いいのか?」
「どうせ繁盛してない店だし大丈夫だよ」
「その店主とやらはどうしてこんな薄情な友人を持っちまったんだろうな、哀れなもんだぜ」
返ってきたのはそういうことだ。リム様の料理にありつくためらしい。
そういう理由ならこいつらが喜んで荷物を持ってるのも頷けるか。
「本物の魔女が作るご飯なんて気になるでしょ? 呪われてもいいから食べてみたいわ!」
それにエミリオの彼女も実にわくわくしてる。
なら仕方ないか。今回の件について話しをするチャンスにもなるわけだし、おいしい飯にありつくために俺も背中を貸してやるか。
「リム様の料理はうまいぞ。ストレンジャーが保証してやる」
「ほら、ストレンジャーも言ってるんだから大丈夫よ!」
「……あのなあ、だからって俺たちを荷物持ちに変えるかよ、普通」
スタルカーの連中も押し負けるほどの熱意だが、俺は適当な荷物を受けついだ。
硬い袋の中にきれいにパッキングされた食材の形がちらちら見えた。この様子からしてリム様はマジでやるつもりだな。
「ふっ、食べ歩いて食材のコツは掴みましたわ……!」
「だってさ。そういうことだから今日の飯もリム様だな」
『……この食材、もしかして全部人工食品なのかな』
食材を運ぶ一団に加わったが、その行く先はまだ分からない。
ニクも雑多な香辛料や料理本が一緒になった袋を手にして、お医者様とダークエルフもさりげなくついてくると、さぞ賑やかな食卓になりそうだが。
「……そうだ、ちょっと話したいことがあるんだ」
しかし忘れるわけもないこいつらももラーベ社の『対象』に含まれてるはずだ。
和気あいあいとリム様についてく連中の後ろにそう問いかけるも。
「うん、だってラーベ社の件についても話したいところだったからね。そうだろう?」
そう、さりげなくエミリオが口にしたおかげで分かった。
なるほど、ちょうど良かったのは向こうにとってもか。
「ご対面してすぐにラーベ社か、まったくもって不吉だな」
『……エミリオさんが知ってるってことは、何かあったんですか?』
さすがにミコも不安を覚えたらしい。ところが明るい彼女さんが「それはね」と返事を継いで。
「何かが起こる直前よ。大丈夫、私たちも後ろ盾があるからね?」
そういって耳の何か――俺たちの耳にあるのと同じ形を見せてきた。
あのデバイスだ。どういうことなのか、それを聞こうにも。
『おっ、もしかしてリム様の飯が食えるのか? じゃあ俺もいくか、久々のごちそうだ。ボスが羨ましがるだろうなぁ』
「あらツーちゃん! 聞いてましたの!?」
『おう、スカベンジャーたちと一緒にいるだろ? ちょうどいいや、そいつらと話がしたいし社長直々にはせ参じるぜ』
デュオの声がいいタイミングで挟まってきたおかげで、俺はなんとなく事情を察するのだった。
進展があったってことか。ただ飯を食うだけの集まりにはならなさそうだな。
◇
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