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広い世界の短い旅路

初めてのブルヘッド観光、変人とラーベ社にご注意を。(12/20修正)

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 それからみんなが思い思いにブルヘッド・シティの観光を始めた。

 解散前にヌイスとエルドリーチから「確実に帰る手段がある」と告げられると、フランメリアの方々は元気に飛び出していった。
 一応は剣と魔法の世界で『マスターリッチ』だとか名が広まってるだけあるんだろう。
 死神みたいな見てくれからくる言葉は説得力があったに違いない。
 とにかく確実に帰れると分かれば、ファンタジーどもはすっかり街を楽しむ気概に変わってしまったわけで。

「あーあー、聞こえるか? こちらストレンジャー、何かあったら以後このデバイスを通じて連絡だ、いいな?」

 けれども危険が潜む中での行動だ、そこでバロール社から装備が配られた。
 新しい無線機だ。わざわざ他種族対応と言わんばかりに様々なサイズのヘッドセットを用意してくれた。
 それも「いかにも無線ですよ」というような見た目じゃない、片耳にかけるだけのデバイスだ。

『聞こえてるよ。音質はどうだい諸君?』

 テスト通信の結果、耳元へ落ち着いた言葉がはっきりと伝わった。
 耳にかけた黒色の機械からは確かにヌイスの声がする。かといって周囲の環境からくる音が混じることはない。
 そこはヴァルハラ・ビルディングの根元だ。人が行き交う賑やかさがあるというのに、新しい無線機は確実に機能していて。

『おお、はっきりと聞こえるではないか。これで良いのか?』

 すると今度はノルベルトの男らしい声も耳に届いた。

『む、良く聞こえるぞ。すごいなこれは、まるで魔法か何かだ』
『これだけの人混みを目の前にして確実に耳に届く無線機か。一体どんな技術だ』

 続いてクラウディアとクリューサの声も確かにした。なんとなく二人の表情が分かるほど良く声が届いている。

『うちも聞こえてるっすよ。片耳につけるタイプなのにはっきり送受信しててすごいっすねえ』

 耳に絡みつくような声もやってきた。向こうの景色で片耳にデバイスをつけたメイドが生首を掲げてた。

『高度に発達した科学とやらはもはや魔術と区別がつかないものですなあ』
『わざわざエルフの長耳に合わせてもらったものまで作ってもらうなんて、なんか悪いわね……』
『これで事細かに報告ができますね。何かおかしなものを見かけたら即座にこちらで報告しますので』

 あのエルフたちもだ。眼鏡と金髪の白エルフの三人組からの音質がある。
 改めて耳から無線を取って確かめてみると、一体どこにそんな性能があるんだっていうぐらいだ。
 薄黒い色合いが耳の形をほんのりと覆うようなつくりで、口に向かって伸びる小さなマイクが声を拾ってくれるらしい。
 いやそれにしたって出来が良すぎる。前の無線より軽いし確実性があるんだぞ?

『よし、聞いてくれ――今我々が装備してるこれは、私がバロール社のもとで開発したデバイス『トルネブラ』だ。チャンネルの設定は本体の小さなディスプレイを見ながら行ってくれ』

 そんな大層な物を作ってくれたヌイスが淡々と説明し始めた。
 隣を見ればニクが「ん」と犬の耳にぺたりとついたそれを見せてきた。一見すれば耳飾りにも見えなくもない。

『このチャンネルは『ストレンジャー』及びフランメリア人にゆかりのあるもののために作られたものだ。この街の複雑な状況を考えて密接な連絡を取るために活用してほしい。ただし、基本的には重要な情報をやり取りするために使って――』
『どこへいったマスターリッチ! いきなり我に街を見ろとか何様だ、ちゃんと説明をしろ!』
『ハハ、良かったじゃないか。これでお前さんは不死者の街を統べる吸血鬼だぜ?』
『聞こえるかのお前ら。わしらはこれからバロール・カンパニーで初出勤してくるぞ』
『ついでに俺たちで何か使えそうなものをこしらえてくるぜ。今日のお題は街中でも携帯できる強力な武器だな』
『イっちゃんどこですの~?』

 そこへさっそくみんなが無節操に話しまくるせいで、バケモンどもが押し込まれたチャンネルは立派な音質そのままに騒がしくなってしまう。
 いきなりのごちゃっとした声はニクが顔をしかめるほどだ。かなりうるさそうだ。
 少しして、まるでこうなることを前もって考えてたような「はぁ」というヌイスのため息が聞こえたが。

『うん、とりあえずここは基本的に雑談やらを交わすチャンネルじゃないと思ってくれ。いざという時伝えたい情報が伝わらなくても君たちの責任だ、いいね?』
『ははっ、朝から賑やかでいいじゃないか? やっぱり俺たちはこうじゃなきゃな?』

 デュオ社長の楽しそうな声も混じって、俺たちが離れていても繋がってる証拠が浮かんだ。
 これで何かあってもすぐに味方に連絡が飛ばせる。これほど頼もしいことはない。

『さて、デュオ社長からの朝礼だ。以後報告などがあったらここへ連絡するように。今回は我が社とゆかりのあるやつらに監視を任せてあるから、行動範囲はヴァルハラ・ビルディングが目に見えるところまでだ』

 耳元に届くそんな声を頼りに目の前から広がる様子を見た。
 見上げればビルの吹き抜けがある、左右を挟む店やらが外への道をなぞっている。
 その向こうにここより何倍も大きな街並みがあるのだ。久々に見る現代的な様子に正直興奮してた。

『ただし、この街は正直安全とはいいがたいからな? 変なやつはいっぱいいるし、ラーベ社の奴らもどこに居ようが何かしらお関りになってくると思う。だからもしまずいと思ったら速攻で逃げろ、ただし実力で排除できるっていうなら――』
『容赦などしなくてよいということだな?』

 ニクそんな光景を共にしてると、ノルベルトの楽しむ言葉がみんなに伝わる。
 もしこの『観光』を邪魔するような奴がいたらぶちのめしていいかどうか、か。
 答えは間違いなく『YES』だ、デュオはその言葉相応に軽く笑い。

『街はお上品だがここはウェイストランドだぜ? 企業同士のいざこざが関わってるなら別にお咎めなしだ、セキュリティの奴らには話を通してるから遠慮なく徳を積んじまえよ』

 万が一ラーベ社の奴らと交戦しても派手にやれと返ってきた。
 こんな立派な佇まいの癖に芯は世紀末世界か。ひどいところだな。

『今日のところはラーベ社の動向を監視するから、あんたらは思う存分にこの街を楽しんでくれ。それと全員、腕に『パス』はつけてるな?』
「こいつか?」

 次に話したのは『パス』のことだ。
 あの腕輪を見ると電子的な画面がそこにあった。

『そいつに『チップ』を振り込んどいた。一人10000チップだ、前払いってことで有効に使ってくれ』

 言うにはこいつに電子マネー的なものがぶっこんであるらしい。
 まさかこいつが『財布』になるのか。この感覚はどれだけ久々なんだろう。

『どういうことです? これにチップが?』
『あ~、そういうことっすね。お支払いに使えるんすかこれ』

 あの白エルフには分からなかったようだ。しかしさすがは元人工知能のロアベア、意味をしっかり理解してるらしい。

『ファンタジー路線で説明しようか。チップの持つ価値がそこに封じ込められてるのさ、この街で金銭を支払う時はそこに封じられた価値を使うか、それかチップで直接取引してくれたまえ』

 ちゃんとその意味もヌイスが説明した。マジでデータ化された金銭があるのか。
 一通りの説明が終わると『何かあったら何でも言えよ』と社長の声がして、晴れて自由が明け渡されたのだが。

「……懐かしいな」

 腕のそれといい、街の様子と言い、なんだか元の世界と重なる点があった。
 まあちょっと物騒だが日本の街並みを思い出すものはいっぱいある。

『どうしたの?』

 人ごみに向かって歩くとミコが尋ねてきた。
 堂々と武器を携帯できない今、相棒は腰とジャケットの隙間でこの世界を見つめる姿になってる。

「いや、元の世界をちょっと思い出しただけだ」
『元の世界……って、こんな感じだったの?』

 懐かしみつつだが、俺は現代的な街へと入り込む。
 道行く人は特に気にしてこない。ストレンジャーの格好さえなければうまく溶け込めてるみたいだ。

「うーん、ちょっと違うな。でも似たようなもんだ」

 ブルヘッドに混ざりつつ少し考えた。
 元の世界にはない外国人らしい顔ぶれに、日本らしい色気のない無数の店、元の世界とはひどくかけ離れてる。
 そばで見上げるわん娘なんてファンタジーだ、でも少なくとも文明の見てくれはあった。

「なんか懐かしいんだよな。サッポロに戻った気分だ」

 ニクの頭をぽふっと撫でて、ビルの根元をかき分ける。
 一般人と化したストレンジャーを妨げる者はいない。建築物に遮られた青空が、段々とその姿を見せていく。

『……似てるんだ。サッポロって、どんなところなのかな? ちょっと気になるかも?』

 そんな足の調子、ミコが人の故郷のことを気にかけてきた。
 少し急ぎ足で進んだ。まもなく広大な通りが見えてくる。

「そうだな、ここと似てる感じがする。まあ、銃を持ってるやつとかいなくて、建物ももう少し控えめで、もうちょっと綺麗だったけど――」

 そして、俺は巨大なビルが生み出す疑似的な街並みから抜けた。
 そこにブルヘッド・シティの広くて深い、近未来的な都市の格好があった。
 通りには車が走り、雑多に進む人間がいて、時折見える妙な店やらがけっして上品ではない文明的な姿を振りまいていて。

『――! ――!』

 ……宇宙服のヘルメットをかぶった全裸の男が、向こうの歩道を疾走してた。
 なぜか歩けばじゃぷじゃぷとバイザーの向こうで水が踊り、そこで何かを発してるみたいだ。

『ごぼぼ、ぼぼぼぼごぼぼぉぼぼぼぼっ!』
「待て! 止まれこのクソ変態野郎!」
「止まれって言ってるだろ!? くそなんて体力してやがるんだ!」

 いや、一体なんだあれは。
 人様が少し感傷に浸ってるときに、なんかとんでもないものが早速エンカウントしにきやがった。

『…………あんな感じ?』

 最悪のタイミングだ。股間に凶器をぶら下げた金魚鉢男のせいで故郷の品性が疑われてる。

「いや、ちょっと違うな……おいマジで変なの来やがった!?」

 何かで顔を伏せた男はごぼぼと変な声を立てて走る。
 道中の人々は「なんだあれ」と本気で避けていくが、前も後ろも気にせずにその変態は突っ込んでくるようだ。
 人の気持ちを無視してとんでもないものを見せてくれたお礼だ、そんなやつの足をブーツの先でさりげなく妨げると。

「――ごふぁぁっ……!? 畜生放せ!! 俺は海神ポセイドンだ! 俺は海をつかさどるポセイドンなんだぁぁぁッ!」

 自称ポセイドンを転ばせた。
 派手に転んで中の水を散らしつつ、それでもなお何かを求めて天にもがく。
 こぼれた水が地球を壊滅させたノアの洪水のように飛び散り、水属性を名乗る資格を失った男に警棒を握った警備員がかかるのはすぐだった。

「朝飯食った後に仕事増やしやがって! このイカれ野郎!」
「二度と神を名乗れないようによくぶんなぐっとけ!」
「離せ! 放すんだ! あきらめるか転生したら海神になって」

 疲れきった警備服の連中が何度もぶんなぐると、流石の海神も鎮まったようだ。
 ぐったりした男を引っ張る直前、お勤め中の姿はこっちに敬礼を披露した。ひどく弱弱しかったが。

「おい、ほんとに変人とエンカウントしたぞ……」
『……何だったの今の……』

 周りの人々はたいして驚いていないんだからなおさらヤバイ。
 なんだったんだあれとミコと顔を見合わせていると、通りの途中からクラウディアがすたすたやってきた。

「なんだか騒がしかったな、どうしたんだ」

 両手に串焼き肉を持ったダークエルフは一歩遅かったみたいで、足元のびしゃびしゃに「なんだこれ」と疑問を抱いてる。

「海の神様がいらっしゃった」
「ここは地上だぞ」
「どうも海への渇望が限界突破したっぽい」
「いくら広大とはいえ壁の中で過ごしてたらおかしくなるに決まってるだろう。そうだうまい串焼きがあったぞ一本やる」

 もぐもぐしてる褐色のエルフから串焼きをいただいた、炭の香りがするブロック状の肉が五つも連なってる。
 見ればその屋台が向こうにあり、リム様とクリューサが同じ獲物を手にやってきた。

「イっちゃん! 見てくださいまし! 人工肉の串焼きですわ! どんな味なのか確かめておかなければ!」
「まさか初日で食べ歩きに付き合うはめになるとはな。で、なんだ今の騒ぎは」

 どうもリム様は近未来な都市での食べ歩きに勤しんでたらしいな。
 ただし付き添っていたクリューサは連行された水浸し男の尻に「なんだあれは」と遅れて正体を求めていたが。

「ああ、海の神様がいた」
「どういうことだ、アリゾナは海とは無縁だろう」
『……変な人にさっそく会いました』

 食事前に目にするには不幸な類の出会いだが、俺は串焼き肉をかじった。
 ブロック状の角ばった舌触りがするが、ちゃんと炭で焼かれた本物の肉だ。

 懐かしいな、元の世界でも味わった気がする。
 いや、間違いなく同じものだ。タカアキが調理してくれたのと全然変わらない。
 屋台の方を見れば『人工肉100%!』と主張していた。ということはヌイスが作った人工肉なんだろうか?

「……ほんと懐かしいな」

 俺は一口、二口と貰い物の串焼きを頬張る。
 タカアキは今頃どうしてるんだろうか? 生きてはいるだろうが、元気にやってるのか?

『……さ、さっきのが……?』
「変な人、ほんとにいたね。なんだったんだろう」

 しかしミコに誤解された。あの水浸しの変人に懐かしみが籠ってると思われてる。
 ニクも「なにあれ」と連行された男の残した水跡をダウナーに見つめていた。

「違うんだミコ。あれはイレギュラーだ、俺が言ってるのはこっちだぞ」

 ひどいスタートと誤解を与えられてしまったが、俺は残った串肉に物言う短剣をこっそり触れさせた。
 いきなりの人工肉のミコは『お肉だ……』と実直すぎる反応だが。

『あっ、おいしい……! 何の串焼きだろう?』
「こいつも人工肉だ、元の世界で食ったのと同じだろうな」
『人工肉なんだ!? すごい、豚肉か何かかと思っちゃった……』
「……豚肉」

 一緒に味を共有してると、とうとうニクがじゅるりと見てきた。
 この辺りにはいろいろと屋台があるみたいだ。せっかくだし朝食がてら、リム様の道楽に付き合ってしまおうか。

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