魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

命をかけた観光客に(12/19修正)

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 すっきりした身体であのラウンジへやってきた。
 あいかわらずゴミで彩られた部屋を朝一番があると思いきやそうでもなく。

「あ、おはようございますっす~♡」
「起きたかお前たち。とても良き朝を迎えられたな、快適な部屋だったぞ」

 ちょうど緑髪メイドと金髪オーガが掃除をしてる現場だったようだ。
 いやそれどころかフランメリア在住のエルフやらドワーフがあたり一面のゴミをまとめていて。

「いやあ、だいぶすっきりとしましたなぁ。せっかく立派な造りなのですから、これぐらい綺麗にしておかないと気がすみませんな」
「そういえばあのデカ弓エルフと吸血鬼はどこいったのよ? なんでこういう時いないんだか」
「あいつ掃除すると耳にした瞬間、朝の偵察とかいって屋上いきおったな」
「吸血鬼の姉ちゃんはまだ眠いとか言っとったぞ、二名サボりじゃな」

 異世界人のおかげで目につく現代的なゴミはことごとく追放されていた。
 ゴミ袋にまとめられてご退場させられた結果、目立つゴミが消えて少しおしとやかになったラウンジが出来上がっており。

「朝からなにやってんだお前ら」
「なんかうちが適当に片づけてたらこうなったっす!」
「うむ、俺様も手伝っていたのだが……気づけば皆で部屋を片付けることになってしまってな」
「だったらもっと早く行けばよかったな、ご苦労さん」
『あ、朝から元気だねみんな……?』

 まさに今終わったところか。タイミングが良かったのか悪かったのか。
 ロアベアとノルベルトに朝の挨拶を交わすと、後ろに続く白衣の金髪姿と全身カルシウムも部屋におしかけてきた。

「おはよう君たち、朝起きて間もなく清掃とは勤勉なことだね。私だったら絶対にやらないことリストの上位に入るよ」
「ハハ、お前さんは一人暮らしはまずできないだろうな。誰かさん似のだらしなさまで受け継いでるみたいだぜ」
「なんで俺見て言うんだお前ら」

 そうやって人様の生活能力に物申しながら入ってきたわけだが、一つ忘れてたことがあった。
 剣と魔法の世界の住人からすればヌイスはともかく、現代的な身なりでのこのこ現れた骨にはさぞ見覚えがあるはずだ。

「む……!? もしや貴方は不死者の街の『マスターリッチ』ではあるまいか?」
「ハハ、ローゼンベルガー家の坊ちゃんか。まさしくそうだ、転移した者同士仲良くやろうぜ」

 おかげでさっそくノルベルトが食いついた。
 きれいになった部屋で自然と集まるフランメリアの連中も気づいたようだ。
 一体どれほど名が通ってるかは俺の知るものじゃないが、ぞろぞろ伺いに来るほどらしい。

「おや、不死者の街の指導者がおられますな」
「ってなんでここにいんのよアンタ!? まさか転移してきたの!?」
「うわっマスターリッチおるぞ! とんでもないもん来とる!?」
「これはどうもフランメリアの皆さま。オイラはこうして暇だからこっちの世界に遊びに来てたところさ、どうかお気になさらずだ」
「いやお前さん都市の長だということ忘れとらんか……?」
「今頃は誰が街を収めるかで小競り合い起こしてるでしょうなあ」

 あれこれ申す異種族な方々だが、そんな言葉は(物理的にも)骨身をすり抜けて行ったようだ。
 そしてマイペースに日当たりのいい席でカルシウムを労わり始めるも。

「――どういうことだッ! なんで貴様がいるのだマスターリッチ!」

 ばーん、とドアが開いた。
 そこにやってきたのはぺたぺた小走りで迫る吸血鬼の姉ちゃんだ。
 少し跳ねたホワイトブロンドの髪は慌てて起きたように見えるがその通りだろう。スリッパはいたままだし。

「おはようブレイム嬢さん、早速だがお前さんに頼みがあるぜ」
「まさか我と勝負をする気になったのだな!? いいだろう、どちらが不死者の街の長たるかここで」
「いや、全然。まあ聞けよ」
「というかどうしてここにいるのだ!? もしや街ごと転移したとか」
「オイラはただ遊びにきたようなもんさ。それよりお前さんに頼みが……」

 そんな朝の吸血鬼はものすごく眠そうにあれこれ問答している。
 エルドリーチも苦労してるようだ。適当にあしらってる様子からしていい感じにその口ぶりをさばいてるみたいだが。

「え、どうしたのあの吸血鬼の人……」
『二人とも顔見知り、なのかな……? 勝負とか言ってるけど……』
「いや大した話ではありませんぞ。まあなんです、あの二人は昔からああやって小競り合いをしているだけの話ですな」
「ブレイムのやつはずーっとああなのよ。名の知れた吸血鬼だったのに、いきなり現れたマスターリッチの方が目立ったのが今でも気に食わないみたいなの」
「承認欲求ぎっしりの吸血鬼ですからなあ。今でも彼が世間の目を掻っ攫った件を根に持っておられるようで……」

 そんな様子を眼鏡&金髪エルフが呆れながら教えてくれた。
 元人工知能は面白い話相手を手に入れたようで何よりだ。まあ遠目に見る分は吸血鬼側の物言いがことごとく受け流されてるが。

「――ということでオイラこっちで過ごすから、お前さんはしばらく不死者の街を収めてくれ。大変だが頑張れよ」

 エルドリーチの面白がった一言がその場に伝わった。
 もし表情があればにっこりしてそうな様子だが、対してそんな一言をいきなり告げられた吸血鬼は。

「えっ?」

 さすがに呆気に取られてた。いや魂すら抜かれたような感じだ。

「めんどいから諸々の手続きは済ませて来たぜ、補佐もいるから代わりに頼んだ」
「えっ」

 ぶっ飛んだ話のせいで吸血鬼のお姉ちゃんは「どうしよう」と俺を見てきた。
 なるほど街のことを考えてあるっていうのはこういうわけか。擦り付けたともいうべきかもしれないが。

「良かったな、ちょうど長年にわたるケリがついたみたいだぞ」
『……吸血鬼の人に押し付けるつもりだったんだね、エルドリーチさん』
「出世してしまいましたな、ブレイム殿」
「あーうん、長年の因縁が片付いたみたいね、あいつら……」

 エルフの方々と一緒に見てると「どうしよう」という顔が向けられたが知るか。

「おはようお前たち、なんだか朝から勤しんでるようだな」
「……おい、分かったから引きずるな。俺は要介護対象じゃないんだぞ馬鹿エルフが」

 段々距離を狭めてくる吸血鬼はさておき、また人が増えた。
 朝からチョコみたいなのをばりばりしながらやってきたダークエルフだ。それと引きずられる不健康なお医者様が一人。

「皆様ごきげんよう! って何食べてますの、クラウディアちゃん?」

 そしていつもの銀髪ロリにして芋の化身、リム様もひょこひょこついてきた。
 三人は俺たちの顔を見るなりまたいつもみたいに集まった。

「チョコだぞ。自動販売機とか言うやつで売ってたんだが妙にうまいんだ」
「おはようお前ら、これでストレンジャーズ集合だな」
『おはようございます。あの、クリューサ先生引きずっちゃだめですよ……?』
「いいんだミコ、私が引きずらないとどうせ昼までだらだら寝るんだこいつは」
「フハハ、クリューサ先生は相変わらず良く眠る御方だな? そのままでは永劫眠ってしまうぞ、起きるが良い」
「寝すぎると身体に毒っすよクリューサ様。そんなんだから不健康なんじゃないんすか?」
「お前たちのおかげで好きな時に眠ることができなくて健康的なものだ、ありがとう馬鹿野郎ども」

 クリューサも覚醒した。ぼろくそ言われてご立腹だが眠気は吹っ飛んでる。
 こうして集まったのはストレンジャーな面々と、フランメリアの方々という顔ぶれだ。
 さて、そうなると肝心のデュオ社長を待つだけだが。

「……ん、デュオさまが来たみたいだよ」
「集合しろとかいっといて最後に来るのかよあいつ。ぐっどぼーい」

 鼻をすんすんさせたニクが嗅覚的な意味で察知したらしい。
 撫でてやった。ついでに干し肉の袋を開けて一枚優しくパス、ぱくっと咥えた。
 ついでに俺もかじった。スパイシーで噛み応え抜群の肉の味だ。

「ようお前ら、ヴァルハラ・ビルディングの寝心地はどうだった?」

 ニクと一緒にもぐもぐしてると、お待ちかねのご本人が入り込んできた。
 丸めた紙やら何やらを脇に抱える一方、その後ろで運び屋たちも渋々ついてきており。

「人生で一番なのは確かだけどな、また俺たちが厄介ごと巻き込まれたことは変わりねえんだぞ?」
「ストレンジャーに関わったらいつもこうだぜ? 今気にしたって仕方ないさ、戦場へようこそ運び屋諸君」
「ああそうだろうな、俺にはもうあんたらが疫病神か何かにしか見えなくなってるところだ」

 その不満を代表してぶちまけるハーレーも見えた。
 これで揃ったわけだ。大事な話というのは間違いなくラーベ社絡みだってことがなんとなく分かる。

「さてお集まりの諸君、早速だが朝のニュースをお届けにしにきたぜ」

 そんな社長が最後に来るなり、揃った面々に壁のモニタを紹介した。
 浮かんだのは地図だ。ブルヘッド・シティの形が分かりやすく表現されている。

「朝にこんなもんを見せてくれるってことはだ、絶対にいいニュースじゃないだろうな?」

 ハーレーたちのやり取りからしてなんとなく分かるが、実際その通りだったらしい。
 画面にでかでか映る地図に三色の色どりがくわえられていたからだ。
 市街地の北は大部分が真っ赤に、その半分以下たる南側は緑と黄が織りなすゆるやかな混合地帯で。

「この街は大雑把に分ければこの地図の通りだ。ラーベ社、ニシズミ社、そして我が社の三つが仲良く街を切り分けてるような感じだろ?」

 そしてそこに向かう物言いは、この地図の模様についてだった。
 少なくとも誰の目から見ても仲良しには見えないはずだ。
 ピザが一枚あったとして、半分以上が真っ赤なやつに切り取られて、残り半分を緑と黄がごちゃごちゃと取り合ってるような感じなのだから。

「どこが仲良くだと? 俺にはどの角度から見ようがラーベ社がほとんどかさらってるように見えるんだが」

 さすがにそんな取り分に、リューサが社長と地図に嫌そうにした。
 こいつはもはやただの地図じゃない、俺たちからすれば『敵』がいかに顔をでかくしてやってるかの嬉しくないお知らせだからだ。

「まあそういうことなんだ、この街は何を隠そうラーベ社が一番賑わっててね。その分、あの企業が手を回した地域がいっぱいあるのさ」

 よろしくない事実から、デュオはそれらしい仕草でラウンジの窓を覗く。
 俺にも都市部の北側が見える。遠くに賑わう街に際立つビルが、自慢げにその背を振りまいてるようだ。

「つまりこのいかにもな赤色の地域は、わしらにとって危険地域ってことかの?」

 そんな地図をまじまじ見ていたドワーフの一人が尋ねた。
 その言葉通りに、入ろうものなら命の危機に晒される危険地帯に見えてきたが。

「それは微妙なところだね、単純な話じゃないんだ」

 と、挟まれた疑問にヌイスが地図に指を近づけた。
 ラーベ社の支配してるという赤い地域をさして複雑さを物語ろうとしている。

「この街はね、企業こそなんだ。三つの大企業より偉いものはいない、だから我々でこの街を切り盛りしよう、っていう形で成り立ってるんだ」
「フランメリアにもあったのお、そういう感じの街」
「そっちの事情は分からないけどね、でもいざという時泣きつける場所がないと思ってくれたまえ。刺客に襲われて命の危機に瀕しても市のセキュリティチームは我関せずだ」

 そして出てきたセリフは「街を運営してるのは企業そのもの」か。
 そうなるとだ、この赤色の領域はまさにラーベ社の持つ敵地になってしまうわけだが。

「この赤色のラインは私たちの命を狙う、もっといえばそこのストレンジャーを蛇蝎のごとく憎んでるラーベ社と馴染みのある地域だ。でもだからといって「敵地」というわけじゃないんだ、敵意むき出しの野蛮人だらけじゃないことは頭に入れておいてくれたまえ」

 ところがヌイスは言った。
 俺たちにとって危ない場所だが、かといってじゃないのは確からしい。

「一応聞いとくが、この中に「じゃあラーベ社の本社をぶっ飛ばせ」なんて考えてるやつはいるか?」

 みんなが聞き入っていると気さくな社長が冗談込みで尋ねてきた。
 一人ぐらいいると思ったがゼロだ。まあそうだろうな、そもそも物理的に無理だという理由もあるけれども。

「企業主体の街である以上、仮にそれが成しえたとしたら……ただただ街の皆様が困るだけですからなぁ」
「そりゃ楽な選択かもしれんがな、それ悪手中の悪手じゃろ。そいつらがいるからこそ成り立つ者たちが居る以上、んなことしたら大変なことになっちゃうもんね」

 眼鏡エルフとドワーフの爺さんがさらっと言う通りだ。
 ラーベ社潰せばそりゃ刺客もクソもなくなるが、問題はその後だ。
 皮肉なことにあのクソ高いビルがあるからこそまだこの街は保たれてる。爆破でもして根元から折れようものなら市民たちはさぞ苦しむことだろう。物理的にも経済的にも。

「その通り、街の半分にラーベ社の手が回ってるからといって何も思想まで染まってるような連中ばっかじゃないってことさ。全員ぶち殺そうなんて考えを持ってるやつがいなくて安心したよ、俺は」

 その点はデュオが言ってくれた。じゃあすべきはラーベ社根絶じゃないのは確かだ。

「よし、こいつを見てくれ。ここが俺たちのいる場所、つまり安全地帯だ。ここにいる限りは、まあいきなり傭兵送り込まれてバンッ!なんてそうそうないはずなんだが――」

 続くあいつの指先が導くには、ここが都市の南側――ヴァルハラ・ビルディングを中心とした大きな円の中安全地帯ということだ。

「反面、北側の大部分はあの会社の回し者がいっぱい混じってるのさ。間違いなくストレンジャーを狙う輩がいっぱいいやがるぞ? なんたって賞金首だからな?」

 そんな領域からずっと北へ離れた先、都市を広く覆う赤い地域が『ストレンジャー』にとって危険だという。
 ひとたび足を踏み入れたら、人の命を狙う連中のもとに50000チップがのこのこやってくる稼ぎ時になるわけだ。

「そりゃ本当だろうな。なにせこいつがあるわけだ」

 俺はここぞとばかりにあの紙を取り出した。
 すさまじいチップがかけられた紙だ。よく見せびらかすとハーレーあたりが「ふざけやがって」と毒づいてる。

「おやおや、えらく高い首になってしまいましたな」
「なんで賞金かけられてるのよアンタは……」
「おいお前さん、なんでこんな金かけられとるんじゃ」
「そのラーベ社にいろいろあって喧嘩売ることになったんだ。要するに俺のせいでこの赤い地域は全部危険な場所ってことだ」

 さすがにフランメリアの方々も目についたようで味津々に手を伸ばしてきた。
 悪人面の人相を手渡すと、エルフやドワーフも「一体何したんだ」という目で見てくるが。

「いやもっと悪い知らせはこっちなんだ。ほら見ろよこれ」

 そこへデュオが似たような紙質をちらつかせてくる。
 ますます悪人度が増したストレンジャーに【60000チップ】と加えられた賞金のお知らせだ。
 ……ワーオ、値上がりしてやがる。

「おいなんだこれ、知らない間に吊り上げられてないかデュオ」
『また値上がりしてるよ……!?』
「はははっ、つまりこれでお前の首にますます磨きがかかったってことだなぁ?」
「何笑ってんだよお前、どこに俺たちが喜ぶ要素があるのか説明してくれ」

 その紙を画面上の赤い地域に重ねればあら不思議、あっという間にお高いお尋ね者だ。
 本当に悪いニュースじゃないか。なんで俺はこう毎回毎回何かしら壁にぶち当たるのやら。

「つまりこういうことっすね? このラーベ社の手が及んでる場所はあくまで普通の市民が住んでおられるってことで~……」

 そんな60000チップの男の顔のもと、ロアベアがつーっと地図をなぞる。
 赤いエリアは危険地帯な一方で、そして普通の――まして賞金首なんて知らない市民も暮らしておられらしく。

「けれどもうちらを狙う刺客が潜んでいて危険、ややこしい場所だから今は近づくなってことっすかねえ?」
「その通りだぜエクスキューショナー。まったくその通りだ」

 デュオ社長は「まさに」と付け足してきた。

「ウェイストランド、ストレンジャー抜き――っていうならただの観光エリアになっただろうが、こんな状況になった以上、俺たちが死ねる場所になっちまってるわけだ」
「……つーことはよ」

 ひどい知らせだが、もっと上があるとばかりにハーレーも言いかけてきた。

「こんな場所が目と鼻の先にあるってことは、そのラーベ社とやらが抱える仕事熱心なやつらがこっちに出向いてくるだろうな?」

 しかし言葉が伝える内容は「出稼ぎ労働者がやってくる」というものだ。
 北の広さには人様の首を狙う輩がその分混じってるということにもなる。
 つまり刺客だらけだ。傭兵やら暗殺者やら、そういう素晴らしい類の人種がいっぱいなのだ。
 なら近づかなきゃいいって? 時には向こうから出向くこともあるだろ?

「そうなんだよあな、俺が言いたいのはそこだ。こうして偉そうに都市の大部分を担ってる以上、それだけ稼ぎにいらっしゃる客がいる、ならそいつらが黙って待ち構えるわけないんだ」

 それは調子のよさそうな社長殿が悩ましくなるぐらいだ。
 そう、この赤い支配地域からわんさかぶち殺しに来る人間が送り込まれるのは当たり前なんだ。

「……ラーベ社のお得意さんが出張してくださるってことか。まったくどうしてお前といるとこうも命を狙われるのか」

 クリューサが「またお前か」とニクに負けないじとっとした顔をしてきた。許せ。
 そこまで話が進むとラウンジのドアががちゃっと開いて。

「お話を聞かせていただきましたが、さっそくそれらしき者がお見えになられましたよ」

 白い髪のエルフが入ってきた。デカい弓とろくでもない報告と一緒だが。

「おや、もう来たのかい白エルフの姉ちゃん?」
「屋上から見張っていたんですが、何件か先の建物の窓からこちらを伺う連中が見えましたね」
「どのへんだ?」
「北側にある「びる」とかいう建物の屋上、ここをよく見渡せる場所です。私服姿でしたがずっとこっちを監視してました」
「マジかよ。何か気になる行動はしてなかったか?」
「一般人に混じったつもりでこそこそしてましたね。私にはバレバレですよ」
「あちゃー……多分それ偵察だな。ブルヘッドの傭兵とかがよくやる手だわ」

 さっそく来やがったか、ご丁重に現場の様子をご覧になられたようだ。

「狙撃の心配も上がってきただろうな、これだけ入り組んだ街だからあの手この手と殺害の手段には事欠かさない環境だぞ」

 クラウディアの物騒な心配事も上がるがその通りだ。
 都市部ゆえの複雑さは俺たちにも敵にも有利になりえる。
 高い建物からの狙撃、死角からの奇襲、一般市民に紛れての襲撃、なんだってできるだろ?
 俺だってそうするからだ。まったく厄介なことをしてきそうだな。

「とにかく聞いてくれ、ここは俺たちバロール・カンパニーの息がかかってはいるが、それでも安全とは言えないわけだ。気を抜いたら暗殺されるぐらいの覚悟で観光してくれ」
「命がけで観光しろだって? ひどいお願いされたもんだな」

 さすがに「死ぬかもしれんけど頑張れ」なんて言われて俺は不満を漏らした。
 デュオはお前なら大丈夫だろ見たいな顔で軽く笑うと、周りの黄色い地域もさして。

「んでこの黄色い地域はニシズミ社の領域だ、まあ今は協定を結んでて安全だと思ってくれ。それでも俺からすれば正直、赤色となんら変わらない気がするがな」
「味方じゃないのかよ」
「イチ、あいつらはあくまでビジネスにおいてのライバルだぜ? 今のところはラーベ社憎しで繋がってるだけだ。いいな?」
「親切にしてもらったから信じてるだけだ、なあミコ」
『う、うん……わたしも大丈夫かなって思うんだけど』

 ニシズミ社の地域も「ぎりぎりアウト」と教えてきた。
 俺たちが安全に身動きができるのは、街の大きさに対して三分の一以下の場所しかないわけだぞ。

「それとだ、ここじゃ外と違う。よほどの理由が手元にない限りは市民もゲストも武器は見せびらかすな。そういうクソお上品なルールだけどいいよな?」

 しかもそんな危険が立ち込める都市で武器の制限まできたが。

「それなら心配はご無用ですよ、そういうのフランメリアで慣れてますからな」
「うむ、それならそれでわしらどうにかしちゃうし?」

 別に問題なしとエルフやドワーフは言っていた。どんな場所なんだあっちは。

「別に持つなって意味じゃないぜ? ただ隠して携帯するならありだ、もちろんバレないようにな」
「そして敵さんもか。逆に向こうが得物を隠してバレないまま来るってことだろ?」
「ああ、そういうこと。だからお互い堂々と殺し合いはできないってわけだな」
「こっそりぶっ殺される機会に恵まれてるだけじゃねーか。くそっ」

 続くデュオとハーレーの言葉からして、武器は堂々と持つな、白昼派手な戦いもなしだってことか。
 ならいいさ、俺には投げナイフも拳銃もある。

「ん、大丈夫。なくても戦えるから」
「フハハ、構わんぞ。別に素手でも殺めることはできるのだからな」
「仕込み杖でよかったっす~♡ これならブルヘッドでも首切れるっすねえ♡」
「そう言うのは得意だぞ、市街戦とダークエルフと相性は抜群だ」

 愛犬やメイドやオーガ、ダークエルフも大丈夫そうだ。
 俺も服に紛らせた自動拳銃やナイフを見せると、デュオは「逞しい奴らだな」と笑って。

「でだ、今日のところはこの地図の通り、とりあえずバロール・カンパニーの目が届く範囲で好きに活動してくれ。ただしくれぐれも街の外には出るなよ、さもないとあいつらマジでやってくるからな」

 そういって、俺たちに地図を配り始めた。
 俺にはメモリスティックだ。PDAに読み込ませるとブルヘッドの街の様子、それも色つきでダウンロード完了だ。

「いいか、ラーベ社はまだ本気を出しちゃいないがこれからだ。だがあいつらをどうにかしないと北へ進めないと思ってくれ。ここで出鼻をくじいておかないと前から横から後ろから邪魔しにくるだろうからな」

 この街の概要が行き渡ると、デュオは俺たちにそういった。
 ここにいるのは都市に馴染むように現代的な格好をしたいろいろな顔ぶれだ。ほぼバケモンだが。
 そんな俺たちを狙うやつが潜んでいて、そして明らかに道を妨げてるってことらしい。

「安心せい、そのためのわしらだからの」

 ところがドワーフの爺さんの一人は自信ありげな笑みだ。
 頼もしいこった。まあ俺だってスティングで十分に命を狙われた身だ、邪魔するならぶちのめして道を譲ってもらうだけだが。

「成すべきことについて今のうちに話しておこうか。ラーベ社はニシズミ社に対する工作が失敗した、その原因はストレンジャーにある。んで向こうのお気持ち表明によると、そいつを妨げた奴とその関係者には必ず報復する。どうだ単純な話だろ?」

 今置かれた現状について、社長は壁の地図ごとその概要を明かしてくれた。
 全てはフォート・モハヴィの一件での逆恨みだ。向こうの陰湿さがストレンジャー以下その知り合いを復讐の対象に選んだだけのことである。

「じゃあどうするか? ラーベ社の破壊? いや違うね、あいつらに「何やっても無駄」と分からせてやるんだ。そのために結構な数の死体を積んでもらいたい」

 そうデュオが言う。刺客を全部ぶちのめして心をへし折れと。
 言うには簡単だが、そこへ眼鏡エルフがすっと手を挙げる。

「分かりやすくてとてもよろしいですなあ。ですがそれだけじゃないでしょう?」

 そいつは「ぶちのめせ」という部分をにっこり受け入れたようだが、自然な笑みはいろいろなものを含んでる気がする。
 あたりだったみたいだ、デュオは一切の否定もしないままで。

「ついでにいうとだな? あいつらに痛い目見せてくれりゃ我が社も助かるんだ。あの企業はうちやニシズミに前々から迷惑なもんでな、具体的な罪状は泥棒と工作だ」
「なるほど、背中は守ってやる、生活も保障するからしばらくやってしまえ、と」
「そういうこった。だめか?」
「フランメリアの方々は喜ぶでしょうなあ、心置きなく徳を積めると知れば嬉々としてやるに違いありませんぞ? それにです、そうすればニシズミ社とやらも大いに助かるわけですな?」
「流石眼鏡エルフの兄ちゃんだ、理解力に感謝したいぜ」
「あなたも大したものですよ、社長殿。我々が返り討ちにすればするほど動きやすくなる仕組みではありませんか、ニシズミ社の協力を得られる、我々はここの民に恩を売れる、いやはや素晴らしい」

 ここに若干の企業問題も混じってることも明かしてくれた。
 旅の邪魔者を潰すついでにをやってくれってことか。うまいやり方だ。
 ならいい。ストレンジャーとして育ててもらった恩も含めて身体で払ってやろうか。

「そういうわけだ、今日のところはこのヴァルハラ・ビルディング周辺で楽しんでくれ。状況が分かり次第、次の手を全員に伝えるぜ」

 一通り適当に話すと、デュオはそういって「解散だ」と告げた。
 自由な時間がやってきたみたいだ。好きに過ごせだとさ。

「つまりこれから自由時間ってことか」
「そういうことだ、ぶっちゃけるとお前らの身をもってラーベ社の動向を探るのもある」
「囮になれっていうなら喜んで」
「分かってくれて嬉しいぜ。それじゃ他に質問あるやつは? 街の歴史から観光名所まで教えてやるぜ」
「ああ、それから私とエルドリーチから伝えておくことがあるんだ。君たちが元の世界に帰る手段についてなんだけど……」
「帰る方法? んなもん後にせい、わしらこの街の構造とか調べに行くから」
「そんなことより我々は街の探索をしてきますので、それでは行ってきます」
「いやちゃんと聞いてあげなさいよ重要な話でしょこれ!?」
「あー、君たち? 自由にやるのは構わないんだが、結構な情報だと思うんだけどね」
「ハハ、こいつらはこんなもんだぜヌイス。いつみても逞しい奴らだ」

 さてどうしたものか――みんなは大都市の様子に向かおうと和気あいあいとしてる。
 せっかくの現代的な街が久々にあるんだ、ちょっと歩いて久々の文明を感じてみようか。


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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

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