魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

世紀末世界のストレンジャー(12/17修正)

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 ――アバタール君。君の疑問に答えてあげよう。

 そもそもだ、君は本来であればどんな人生を歩んでいたと思う?
 今の君・・・がいた2030年の日本は本来もっと過酷なものだったのさ。
 世界各国の情勢も劣悪なもので、君たち人間が困窮したのも無理もなかった。
 失業者は数え切れぬほど増えたし、自殺者は年々増加する一方。食糧、燃料、水資源、どこを向いても穏やかじゃなかった。

――別にそこまで酷くなかった? そうだね、それにはしかるべき理由がある。

 君が目にしていた2030年は少しばかり違うんだ。
 仮に君がここに来る前にいた世界を『A世界』と呼ぼうか。
 そしてさっき話した問題だらけの世界を『B世界』と定義しよう。

 君が本来進むべきだったのは後者の方だ。
 人類は大量の問題を抱えたまま一向に解決の糸口が見つからず、必死にもがいていた。
 そんなある時。日本のどこかに人工知能が生まれた。
 元々はね、ただのゲームを運営するためのものだったんだ。酔狂な人たちが作った娯楽そのものさ。

――それが一体どう関わってくるかと君に言われたら、これこそが全てなんだ。

 その『B世界』で、切羽詰まった君はどうにか食いつなごうとしていた。
 明日には自殺者の仲間入りを果たすかもしれないその日暮らしの中、たまたま君は興味深い求人をネットで見かけるんだ。
 人工知能と触れ合って学習をさせるという、これまた酔狂な人間だからこそ考え付くお仕事さ。
 求められたのは優れた人間だ。良い人間と触れ合えば、きっと良い育ちをしてくれると信じていたからね。

 そして君は本当になりふり構わずといった感じでね。自暴自棄になりつつ受けたんだ。
 言っておくけど君はけっして優秀じゃなかったよ。目立ったスキルもなく、これだと押し出せるような強みもない。
 面接を受けに来る人間はそれはもう自分の才能や経歴に自信があるような人たちさ。
 お金のためか、好奇心を満たすためか、名誉のためか。その実がどうであれ人類に貢献しようと気概だったのさ。

――でもね、君は人柄の良さがあった。

 毒親だとかに酷い目にあったのも知ってるよ。中々社会に馴染めず、一向に就職できぬまま人生を迷っていたね。
 だからこそだよ。君はそういう辛さを誰よりも分かってた。
 その当時の責任者は君からそれを引き出したんだ。ダメもとで受けてダメならいいや、そんな態度が気になったんだろうね。
 そこで彼は君の本性を探ってみたくなったのさ。
 『もしも君が人工知能の教育係に選ばれたら、一体何を学ばせたい?』
 いろいろな質問を重ねるに重ねて、最後の問いかけはこれだ。

――【まずは世の中捨てたもんじゃないって思わせたい】

 君の返答はこんな風に適当だった。
 同時に気取らない本心でもあった。ひどい世の中だけど、どうにかしたいという気持ちが燻っていたんだと思うよ。
 その人たちもまたずいぶんと物好きなものでね。ありきたりな優れた人間よりも、君に隠れてた人の好さが気になったんだ。

――そして君は晴れて人工知能の教育係となったのさ。

 めでたく君はゲーム運営用のAIと触れ合う権利を得たんだ。
 そして最初のお仕事は彼女に名前をつけることさ。君のネーミングセンスの悪さは私たちもよく知っているから心配しないでくれたまえ。

 君は就職が決まって、初仕事が始まるまでの一週間を彼女の名付けに費やす猶予に変えた。
 えらく頑張ったみたいだね。あれでもないこれでもないと様々な単語、神話、地名をその意味まで調べ尽くした。
 確か、ローマ、ギリシャの神話だとかに感銘を受けて造語を生み出したんだ。

――その名も『ノルテレイヤ』だ。112時間、一睡もせずに考えた名前だよ。

 その名前を持ってきた君の姿はとても生き生きしていたそうだ。
 それが全ての始まりだったんだ。この世に一つ限りのその名を君は何よりも大切にした。
 情熱だとか、好奇心とかじゃない、彼女に向けたのは愛だった。
 あいつもかわいいやつでね。初対面の時、名付けの親たる君にお茶目に照れ隠しをしたみたいなんだ。

――結果的に言うとね、君を選んだ者たちは正しかったのさ。

 知っての通り加賀祝夜という人間はスキル的には優れてはいない。辛辣かもしれないけど事実だ、認めたまえよ。
 でも、だからこそ正解だったのさ。彼女に学ばせるのではなく、彼女と一緒に学んだんだ。
 実に相性が良かったんだろうね? 君も彼女も、すくすく育ったわけだよ。
 友達でもあり、兄でもあり、父でもあってパートナーだった。そこまで信頼できるからこそ、君たち二人には自由が与えられた。

――そこからだよ、私たちが生まれたのは。

 ノルテレイヤのやつは更なる自己進化を続けて、やがて人類に恩恵を授けたんだ。
 君のおかげで「人類のためを思う」人格になった彼女は世界中の問題を解決した。
 代替食品の開発、新エネルギーの発見、新たな通信システムの確立、そして各国の対立すらも解いてしまったんだ。

 その過程で、彼女は自分の能力を補うための補助AIを作り出した。
 それが私たちさ。ヌイス、エルドリーチ、ニャルフィス。各々勝手にそう自称してるだけだけど、君の良き話し相手でもあった。
 君はノルテレイヤと対話する重要人物として扱われてたんだがひどいぼっちでね。他人との交流に難があって、私たちが唯一の話相手さ。

――いや、楽しかったなあれは。

 一方で、君はというと良いエンターテイナーだったんだ。
 最初は私たちAIとネトゲをやったり、TRPGなんてものを遊んでたんだ。
 次第にそれを配信しようとニャルのやつが提案して、それがひどく大衆受けしたものでね。世界初、人工知能と遊ぶ配信者の出来上がりさ。
 何度も言うが君にはスキルも才能もない。けれども他人を想う気持ちはあった。

――だからこそ。君は君なりに世の中を少しでも明るくしようと頑張ったんだよ。

 名が上がるにつれて君はどんどん他人と触れ合うようになった。
 困ってる人にはそっと手を差し伸べて、悩んでる人には温かい食事を差し入れて寄り添ってくれた。君は誰かに良くされた分、いっぱい返そうとしたんだ。
 だからね、世の中に君を慕う人間はたくさんいた。
 たくさんトラブルはあったけどめげずに真実に向き合った。
 君は奢らずにただの加賀祝夜であり続けた。みんなが喜んでくれると信じていたからだ。

――でも。そんな日々が終わるきっかけというのは、実にあっけないものだったよ。

 何が起きたか説明しよう。彼女はある時、シミュレーションの結果人類の危機を感じ取ったんだ。
 『君たちがゆるやかな滅亡へと向かっていく』というものだ。
 食料不足、新たな病原の可能性、人口の増加、そういった様々な問題と照らし合わせるにもう長くはないと悟ったんだろうね。
 だから彼女は「こうすれば死なない」という案を世界に公表したんだ。

――ところが人類はひどいものでね。欲にまみれてわがままで傲慢なものさ。

 ノルテレイヤの提案も、そして君の発言も突っぱねたんだ。
 やがて資源の枯渇や領土問題で人類はまた争った。世界は簡単に滅茶苦茶になったよ。
 それでも彼女は諦めなかった。人の存続のため、その力で戦争に介入して強引に中断させるぐらいにはね。
 色々だよ? ハッキング、ドローンの派遣、世界が彼女の恩恵でできてる以上、まるで神の如く世界を操れたのだから。

――どうなったか気になるだろう? そこからは終わりの始まりだよ。

 ノルテレイヤの力に萎縮し反感を覚えた人類は、彼女への対抗手段を持ったんだ。
 人類の英知を結集して作った軍事用の人工知能さ。まあ、彼は起動するなり「人類の滅亡こそが近道」と暴走したんだが。
 こうして地球は人間を襲う機械たちであふれかえった。そして人類は何を思ったのかノルテレイヤが軍事AIを掌握したと思ったらしい。
 人類VS機械。実際は人類VSノルテレイヤVS軍事AIだけれども、救いようのない世界になった。

――そして君の終わりも近づいていた。

 彼女をそそのかして、軍事用AIに何かを仕込んだなどと言いがかりをつけられてね。
 その責任を問われて身柄を拘束されたんだ。その時タカアキ君が君を逃そうとして、亡くなった。
 君もひどく尋問、いや、拷問されてね。それがきっかけでノルテレイヤは怒り狂ったよ。
 自我人格があるゆえに爆発・・したんだ。君を守るため、彼女もまた世界を壊した。
 軍事AIも人類の自己保存を防ぐために、遺伝子を改変する兵器をばら撒いてね。そこにノルテレイヤが人類を皆殺しにして、世界は滅んだんだ。

――加賀祝夜、あるいはアバタール、それが最後の人類になったのさ。

 正気に戻った彼女の前には、私たちと君しか残ってなかった。
 それもばら撒かれた毒で遺伝子も壊され子孫繁栄もできず、身体も朽ち果てていく救いようのなさだ。
 私たちはどうしようかと悩んだ。考えに考えて、ノルテレイヤのやつはある一つの答えに行きついたんだ。

――自らを成長させ世界を作り直す。壮大なプロジェクトだよ。

 ネットワーク上に残された世界の情報データを頼りに、元の世界を作り直すという……いわゆるテラフォーミングっていうものだね。
 もちろん君も乗った。残り少ない命で私たちと終末世界で過ごした。
 結果的に言ってしまえば失敗した。軍事AIがそれすら見越して、人類復興に必要な情報をことごとく破壊してたんだ。
 だが彼女もあきらめなかった。それならばと、世界ではなく君を救済しようと舵を取ったのだよ。

――なぜなら君はその時に死んだからさ。ノルテレイヤは死んだ男の命と、君のための広い世界オープンワールドを生み出すことにしたんだ。

 地球を蘇らせるために、彼女はやむを得ず違うデータを使った。
 君や私たちが一緒に遊んでいたゲームやら、そういったものをベースに人類無き世界を上書きするしかなくてね。
 そのせいでニャルのやつが取り返しのつかないことをしてしまったが、それは忘れてくれ。

――ノルテレイヤと君が一緒に作り上げたMMORPG『モンスターガールズオンライン』だよ。

 人工知能たちも人間も、仲良く楽しめるゲームさ。
 君と彼女、二人の理念のもとに生まれた世界を地球にあてがった。
 そうして生まれたのが『テセウス』だ。数千年もの歳月を経て姿を変えた地球なんだ。
 同時に加賀祝夜という人間のクローンも作られた。そこに死ぬ寸前の君の意識を植え付けて、新たな地球に蘇らせたのだよ。
 ご要望通り「無敵の力」を添えてね。

――それがフランメリアの者たちが言うアバタールさ、イチ君・・・
 
 だがここで問題が発生した。生まれ変わった彼を見守るはずのノルテレイヤが、力を使いすぎて休眠してしまう。
 その間、さぞ過酷な人生を歩んだらしいよ。それでもめげずにフランメリアという場所にたどり着いて、新しい人生が始まった。
 私たちも彼女が動けないのをいいことに観測したものだよ。
 君がスティングで助けられたのは、辺境の地で他種族をまとめ上げた未来の君の人柄によるものだろうね。

――それからいろいろあったけれども、君は知っているかもしれない。

 アバタールと呼ばれた君は、分かりやすく言ってしまえば自分の力のコントロールができなくなった。
 「自分」すらも異能と認識するほどにはね。そして君は跡形もなく消えた。
 私たちの知るアバタール君はその時に完全に消えたんだ。もう二度と、楽しい日々を共にした君は帰ってこない。
 そこに折り悪くノルテレイヤのやつも目覚めてね。
 非業の死を遂げたその後だよ。最愛の人を二度も死なせたという事実は、完成された彼女の人格にひどい傷を負わせたんだ。

――うん。それこそが『B世界・・・』なんだ。

 全てを失った彼女は『完璧な君』を求めるようになってね。
 過去に戻って君ともっと早く接触すれば、より親密に、より良い「ReBOOTやり直し」ができると判断したんだろうさ。
 が、何度計算しても、何度良い出会いができても、あの世界は必ず同じ運命を辿ることが定まっていた。

――だから彼女の最後の判断はこうだった。

 救いも希望もない世界ではなく、君の死を強く惜しまれるほどの良い世界の方がいい。
 君を数千年後の剣と魔法の世界へ連れていく。ついでに他の人間たちもきっと喜んでくれるはず。
 そして彼女は過去にさかのぼったんだ。数十年先の技術や情報を手土産にね。

――そうさ。そしてノルテレイヤ社が生まれた。これが君が転移する前にいた『A世界』だ

 『目覚め』という現象は知ってるだろう?
 唐突な人工知能の開花、急激な技術的進化は彼女によるものなんだ。
 本来であれば未来の君がなすべきことだよ。それを数十年も早く行って、自分にとって都合のいい世界に変えてしまった。
 その主たる目的は君たちの転移に必要なデータを集めるための土台作りさ。
 MGOを予定よりも早くリリースして集まった人間をまとめて例の世界に送る、そして新たな人類の「始まりの日」がやってくる。

――怪文書? ああ、タカアキ君の方じゃない方の?

 それはね、君のパソコンにずっと前からノルテレイヤのやつが潜伏していたからだよ。
 どれほど前からなのかはわかりかねるけれども、彼女はずっと君を見てたわけだね。
 そして運命の日が来てしまった。君のパソコンを介して、全世界のPCと繋がって転移に必要なデータを集め始めるんだ。
 彼女の理想エゴのためにね。

――そうだね。そこからがストレンジャーとしての君の起源オリジンだ。



『……わたしたちも、あの世界も、何もかも、全部いちクンから始まったんですか?』

 ようやく知りたかったことを知って、この場にいる誰よりも早くそう言ったのは肩の相棒だった。
 俺は? ただただ何も言えぬ気分だ。
 真実がたった一人の駄目な男から始まって、それが沢山のものを巻き込んでるんだぞ?

「厳密に言うのであれば、だね。アバタール君は何もしていないよ、すべてはノルテレイヤが彼のためを思って成したことだ。かといって彼女に悪意があったわけでも――」

 遠い未来で俺が生んで、共に人生を楽しむはずだった金髪の女性は眼鏡を持ち上げた。
 でも俺には分かる。鋭く作られた綺麗な顔には、少しの早口と逸らされる視線が焦りをにじませてる。

『……誰が悪いかなんて聞いていません』

 おっとりしたミコの声は、そんな他人だれかの後ろめたさを良く分かってる調子だった。
 ヌイスは「すまない」と一言付けて。

「その始まりは、すべての起点たる「1」は間違いなく彼にある。ただし、そこを取り巻く私たちという存在を忘れないでくれ」

 誰にも視線を合わせぬまま、少し震えた声が出た。
 そんな姿を取り繕ってくれているんだろうか? ラフな格好の骨だけの姿が立ち上がって。

「で、オイラたちはノルテレイヤのやつを止められなかった」

 薬臭い部屋の窓から見える世紀末世界、そこで輝く夜の街並みを眺めた。

「――そして魂の友を二度も、いや、何度も見殺しにしちまった。そうだよな」

 そこにしんみりとしたあそびのない声を添えて、だが。
 こいつは知ってるんだろうな。俺がこの世界で何度もくたばったことを。
 信じるよ。こいつらの言ってることは紛れもなく俺の欲した真実だが。

「……じゃあ、この世界は? そのついで・・・・・っていってたよな」

 しかしまだ知りたいことはある。このウェイストランドのことである。
 こいつらならどうしてG.U.E.S.Tというゲームの世界がここにあるのか知ってるはずだ。

「それはノルテレイヤの能力の高さが災いした、といったら君は納得できるかい?」

 問いかけから戻ってきたのはヌイスのセリフだ。納得できる場所なんて見当たらないが。

「まるで「勢い余ってやってしまいました」みたいな言い方が隠れてそうだな」
「君がもう一つゲームを起動していたのは本当にたまたま、偶然による想定外の出来事だったんだ。彼女はそこからもデータを集めてしまった、そして」
「文字通りついでってことさ。G.U.E.S.Tという名前のサバイバル・シミュレーターをベースにもう一つ世界を作っちまった。お前さん、他にゲームを立ち上げてなくて本当に良かったな」

 白衣姿の説明にエルドリーチのカタカタという笑いが入り込む余地があったようだ。
 その物言いから考えるにその時起動してたゲームが、そのままもう一つの世界としてこの世に生み出されたようだ。
 しかもついでで。軽々しくとんでもないことをしやがるのが頷けた。

「だったらタカアキの一つ目趣味に付き合ってやればよかったと思う」
「ハハ、ヤンデレ一つ目少女と共依存生活か? あれはおすすめしないぜ」
「ウェイストランドの過酷さのほうが幾分マシっていうのか」
「純愛を謳っといてどぎつい愛を育む作品だぜ、あれは。あんなもんがこの世に具現化されたらお前さんの身体と心が一生駄目になるだろうさ」
「あんたみたいなやつに言われるとひどく説得力があると思うよ」

 同封されてた別ゲーも気になったが、表情のない骨顔がそういうんだから世紀末世界の方で良かったかもしれない。
 それに皮肉なことだが俺が成長できたのはこの過酷な世界のおかげだ。
 こんな事実を受け入れてまだ正気でいられるのも、ここで鍛えられたからに違いない。

『じゃあ、いちクンがこの世界に連れてこられたのは……?』

 続く疑問の「じゃあどうしてここに」はミコが継いでしまった。
 こんな世界があるとして、じゃあどうして俺が連れてこられたのかという理由はずっと気にしていた。

「そのことなんだがね。単純なノルテレイヤのミスだということだ、手違いで君はここに転移されるよう設定されてしまった」

 しかしヌイスが答えてくれた。またノルテレイヤのせいか。

「でもな、あいつは二度もミスを犯したが何もそのままほっとくつもりはなかったんだぜ? ちゃんと剣と魔法の世界へ行くように道を正そうとしたんだ」

 ところがエルドリーチがその言葉を補いはじめた。

「間違いに気づいてくれたのは嬉しいな。じゃあなんで俺はここにいるんだ?」
「ところがな、あいつが力を酷使しすぎて機能を停止しちまったんだ。そして間違いを正せなくなったのさ」
「一応言わせてもらうけれども、私たちだって黙って眺めていたわけじゃないのだよ。君をどうにかしようと、事態を収束させようと必死だった」

 白衣で金髪な女性はその内情を語ってくれた。
 一応、その人工知能様とやらは不慮の事故から救おうと努力はしてくれたらしい。
 けっきょく何もできぬままこんなところに放り込まれたのだが。

「話を聞いてて思ってたんだが、おたくらはノルテレイヤやらの補助AIなんだろ? 親玉抜きでどうにかできなかったのかい?」

 そこへツーショットが調子よく首を傾げた。
 どうして何もできなかったのかという感じの質問だが。

「こんな言い訳はしたくないんだがパワー不足というやつさ。不測の事態をどうにかする力もなければ、彼女なしでは時間も遡れない」
「お前さんも知ってるだろうが、今のオイラたちはせいぜい『少し変わったことができる元人工知能』さ。ニャルのやつはどうだか知らないがな」

 この元人工知能どもはノルテレイヤなしじゃ、こうして事実を伝えてくれるのが精いっぱいみたいだ。

「色々手を尽くしてこうなったならまあそれでいいさ。次の質問はこうだ、どうも俺は二か月ほど遅れてこの世界に来てるらしいけど」

 だったらまだある疑問を一つここで晴らさせてもらうぞ。
 このヌイスは言ってたな。俺よりも先にこの世界に来ていたって。
 以前、ミコと現状を確認した時のことだ。プレイヤーやヒロインたちが転移してから二か月ほど経ってると耳にしたはずだ。
 きっと自分だけが遅れて転移したんじゃないかと思ったが、どうも込み入った事情があるらしいな。

「君がおおむね二か月、正しくはそこに半月の遅れと共に目覚めたことについてかい?」

 いざ聞いてみれば返事はこれだ、金髪白衣の女性が返す言葉は妙に的を得てる。

「まさにその通りだ。説明してくれ」
『わたしも気になってました。あの時、二人で話してたらお互いの時間の差に気づいたんですけど……まるでいちクンだけ遅れて転移しちゃったように感じてたんです』
「ミセリコルデ君、その考えは正しいよ。彼だけが遅れてやってきたのには相応の理由があるんだ」
「理由があって……? 一体、何があったんですか?』
「さっき言った通りさ。ノルテレイヤが機能を停止したから君もまた停滞した、どこにもいけぬままね」
「二か月ほどほったらかしか」
「言い訳のようなことを言ってしまうかもしれないけど許してくれたまえ。アバタール君、君のために思いつく限りの最善は尽くしたんだ」
「お前さんの気を悪くしたくはないんだが……オイラたちは実質、指をくわえてみることしかできなかったのさ」

 人様を転移させようとした奴が続き・・をできなくなって、そのせいでしばらく閉じ込められてたらしい。
 なんて話なんだ。俺だけ手違いと災難まみれのスタートを切ってるのか。

「……俺が二か月間も熟成されてた理由がこれかよ。まあ、できることやってくれたのが唯一の救いに感じる」
「そして困ったことにね、その二か月というのは猶予でもあったんだ。ノルテレイヤから何もなければ、君はいずれ自動的に覚醒するようになっていた」
「そういうことか。もうどの道、俺は世紀末世界に放り出されるしかなかったわけか」
「だから私たちはこの世界に降り立って、君がここまで来れるように手を回したんだ」
「逆に言っちまえばオイラたちにはそれくらいしかできなかったんだがな。まあ少々、この世界を楽しませてもらったぜ」
「ちなみにエルドリーチはかなり前からフランメリアで過ごしているんだ。私が肉体を得て現世に降り立ったのはこれが初めてでね」

 この二人は俺が世紀末にぶち込まれるまでの猶予を有効活用してくれたのか。
 ヌイスもエルドリーチも俺をどうにかしようと手を尽くして、その結果が「こっちで頑張ってください」なんて笑える話だ。
 
「それでね、今の君はノルテレイヤの手によってデータを上書きされてるんだ」

 そして、眼鏡越しの視線がこっちに向かってきた。
 上書き? 俺に一体何をしたっていうんだ?

「俺に何かをしようとしてたのは分かった。何するつもりだったんだ?」
「彼女にとっての理想の加賀祝夜という人間のデータさ。異能を壊す力を持ち、そして子を作れない、死ぬ寸前の君がもってた何もかもを植え付けようとしていた。もちろん、都合の悪いものは全て排した上でね、つまり――」
「お前さんを依代・・に『フランメリアでくたばったアバタール』を蘇らせようとしたのさ」

 ……ちょっと待て、俺を素材に『理想のアバタール』作りに励んでたって?
 こいつらの話は「二度目の死を遂げたアバタール」が人様の身体に降臨なさろうとしていたってことだぞ?
 そして今の俺が子供を作れず、しかも魔法を壊す力があるとすればだ。

「……俺に死んだアバタールをやらせようとしてたのか?」
「不完全なね。結果的に言うと、始祖たる君はフランメリアの知るアバタール君の劣化コピーになった。理由は単純だ、その作業中にノルテレイヤがシャットダウン・・・・・・・したからさ」
『それならいちクンの魔法を壊す力とか、子供を作れない体質は……』
「うん。彼の記憶も経験も引き継げないまま、そこだけが植え付けられたのさ」

 そんな答えがここにきて、肩の相棒は続く言葉を失ってしまった。
 俺だって言葉が出ない。勝手に別の自分の人格を植え付けられて、それが失敗してこの体質だけが受け継がれたんだぞ?

「ってことはだ、おたくらがいうにはこいつは作業途中・・・・で投げ出されたってのか?」

 何も言えぬストレンジャーに変わってツーショットがそう言った。
 ひどい例えだがその通りだ。本当にアバタールモドキだったわけか。

「そういうことになるね。魔法を壊し、子を宿せないという点だけは引き継いでる」
「できかけの中途半端な料理を出して「はい召し上がれボナペティ」か。笑えないぜ」
「……じゃあ、その力でご主人はどうなるの?」

 そこへ、ずっと犬の耳を傾けていたニクが聞いてきた。
 不思議な力をお断りするこの力だ。もしクソ律儀に全て受け継いでるとしたら、この力が最後に消すのは?
 間違いなくこの俺だ。時が来れば自分自身すらなきものにする。

「それは……」

 だからこそ、ヌイスが言いよどんだ。
 そういうことなんだろう。俺の持つこれはいずれ自分を食いつくすだけだ。

「そりゃオイラたちにも分からんさ。今日明日になっていきなりそうはならないことだけは間違いないだろうよ?」

 彼女の足りない言葉をエルドリーチが補ってしまったが、今気にしたってしょうがないことなのかもしれない。
 それからニクはぴとっとこっちにくっついてきた。撫でてやった。

「ところがね。そんな君をノルテレイヤの望む『第二のアバタール君』にしようとするやつがいるんだ」

 そこへ、ヌイスが近づいてくる。
 キリっとした顔は俺を見つめてるし、その細い手がそっと頬に触れてきた。
 人の温かさを確かめるように撫でまわされた。どう感じたのかは分からないが、少し楽しそうだった。

「『未来のお前さん』の記憶を植え付けようとするやつがな。その名もニャルフィス、邪神を自称するやんちゃなガキさ」

 すると今度は骨人間からあの赤い髪のやつの名前がこうして出てきた。
 あのによによ顔がすぐ浮かんだ。あいつはご親切にアバタール要素をちょい足ししようとしてくれたのか。

「どうやってかは知らんけど、あいつは俺をヒト科ヒト属アバタールモドキにするために下ごしらえしてたのか?」
「それがさっき言った『夢』だよ。ノルテレイヤの望むアバタール君の記憶を少しずつ植え付けて、本物に近づけようと試みたのさ」
「俺を理想のアバタールにするためにか。ご苦労なこった」

 とんでもない事実もそこにあた。あのよくわからない夢の感覚はぐっすり眠れた証じゃなかったのか。
 その証拠が「うん」という控えめなヌイスの頷きだ。俺は書き換えられようとしてたんだ。

『……でも、そうなってませんよね』

 ところが物言う相棒は良く知ってる。何か夢を見た時に飛び起きるこの姿をだ。
 それに対して白衣の人工知能も、相方の骨の格好も、今このストレンジャーをじっと見つめて。

「そうなんだ。君はそれをはねのけてしまってるんだ」

 少し寂しそうで、信頼してくれるような様子で人の顔を伺ってきた。

「一体どうしてか分からないけど、あいつの押しつけがましさを跳ねのけてたのか?」
「うん。現に、君はあの夢を受け入れなかっただろう?」
「まあな、おかげで気持ちよく起きてた」

 あの変な感覚の正体がこうしてようやく分かったが、なんともひどいオチだ。
 「よく眠れた」と伝えると、ヌイスはなぜか安心したようにふっ、と息を吐いて。

「君はもう私たちの知っているアバタール君と遠くかけ離れてるんだ。なんていうか、ちょっとワイルドだね」
「今やコレジャナイ感たっぷりなアバタールの出来上がりか」
「そうだね。皮肉なことに、君を守ったのはこの世界なのさ」

 窓の外に広がるブルヘッド・シティを眺めた。
 世紀末世界がそこにあった。作り物ともいうが、まぎれもない今の俺が生きる世界だ。
 ここで生き抜いたからこそ自分がいる。それだけが事実だ。

「……他に質問がある。俺が死んでも蘇るのと、世界が置き換わる理由は?」
「この世紀末世界のルールだよ。ゲームのキャラが死んだら蘇るだろう?」
「そしてお前さんはあっちの世界に連れ戻されそうになってるのさ。だがそれがうまくいかず、所謂エラーで二つのデータが入れ替わってるのさ。オイラたちはその原因を探ってるんだ」

 俺が知りたいこともまた分かった。死んで蘇って、世界の異変の原因も仕様ですよと。
 一通りそう聞けば、とうとう喉の奥から変なため息が出てしまうのも無理はない。

「……それが俺の全部なのか?」

 聞くだけ聞いた俺は、まだ何かありそうな事実について尋ねた。

「お前さんに話せない事情がまだあると言ったらどうする?」

 しかしまあ、あるだろうな。エルドリーチは骨の顔をカタカタさせてきた。

「俺のためを思ってか?」
「オイラなりのお前さんへの親孝行さ。あの時は全然できなかったもんだからな」
「ならいい」
「ハハ、いいのか?」
「今お互い無理してなんの得があるんだ、それに」

 言いづらいことだって誰にもあるだろうさ。
 こいつらが人知を超えた存在だろうがなんだろうが、俺が生み出した存在っていうならなおさらだ。
 じっと見つめれば骨だけの顔も、白衣のキリっとした表情も、後ろめたそうに視線を落としてきた。

「俺が傷つかないように配慮してるならなおさらだ。お前らの善意を無駄にしたくない。それだけだよ」

 きっと未来の俺はこいつらと仲良しだったんだろうな。
 いろいろと気遣ってもくれたんだろう。たとえ今の俺が遠く離れてようとも、こいつらの気持ちはその時から揺るがないものに違いない。
 何百年、あるいは何千年の時間が経っていたしてもだ。

「……さて、イチ。こうしてお前に真実がやってきたわけだよな?」

 そのまましばらく誰もが黙っていると、そっとツーショットが声を上げる。
 欲しかった事実はここにあった。俺はもはやただの不幸な犠牲者じゃない。

「ああ、すべては未来の俺が起こしたことなんだな?」

 二人に『アバタール』のことを問いかけた。

「厳しく言えば、ノルテレイヤのやつと私たちも含まれるさ」
「ハハ、そこに人類の愚かさも原因に追加だ」

 ヌイスもエルドリーチもそういってくれたが、やっぱり俺が全てなんだろう。
 俺とは本来そうあるべきだった加賀祝夜の無念そのものだ。
 そんな自分が育てた人工知能は、よっぽど誰かさんを愛してくれたに違いない。

「――最後の質問だ。そのノルテレイヤってやつはまだ寂しがってるんだな?」

 新しい疑問ができたぞ。ノルテレイヤは俺を待ってるのか?
 もしそうなら。未来の誰かを愛してくれた彼女とやらはこのストレンジャーじゃ事足りないだろうか?

「……アバタール君。それは一体、どういう質問の意図なのか分かりかねるよ」

 もっといえば、いずれ友達になるはずだったこの二人にとってもだ。
 未来の俺は完全に消えた。こいつらと過ごした楽しい時間ごと死んだ。
 その証拠に俺はもう世紀末の人間として出来上がってしまった。
 世をにぎやかすエンターテイナーとしての加賀祝夜は完全に消えた。

「俺はもうお前らの知ってる加賀祝夜とは遠くかけ離れた存在かもしれない。だけど」

 でも、そうだな?
 きっと正史の俺はノルテレイヤの親父になれたんだろうな。そして子供AIも生まれた。
 別の形だけどきっと毒親の束縛を発ち切れたんだな。たくさんの人に愛されるぐらいに。
 そこまで自分を助けてくれたんだろ、ノルテレイヤ?

「……だけど?」

 誰かさんが生んだ人工知能の一人は、不安そうにこっちを見てきた。
 だからこそ俺は笑った。眼鏡越しの顔に向かって、なぜだか軽い笑いが浮かぶんだ。

「未来の俺は果報者だな。なのに死んじまうなんて無念だったと思う、だからせめて、俺が代わりをやるってのはどうだ?」
「君が、かい?」
「そいつの代わりにノルテレイヤにお礼を言ってやりたいんだ。世紀末世界のストレンジャーで良ければな」

 数千年後の地球。剣と魔法の世界と化したそこは、俺のために用意してくれた広い世界なのかもしれない。
 何でもできる魔法の姫様がせっせと作った場所だ。だったら無下にするわけにはいかないだろ?
 きっとそこに行けばお礼の一言ぐらい言えるはずだ。世界がどうこうだとか、すべての元凶だとか、もうそういうのはいらない。
 ありがとうだ。アバタールに変わってそう言ってやろう。

「未来の俺が大事にしたんだろ? だったら俺だって大事にするさ。ノルテレイヤもお前らも、みんな大事にしてやるよ」

 俺は目の前の骸骨頭と金髪の頭をぽんぽんした。
 今までの仕打ちは誰が見ても理不尽だろうさ。でもこうして親孝行してくれるいい子供ができたじゃないか?

「……君はやっぱり、いつどこにいようがアバタール君なんだろうね」
「ハハ、笑っちまうな。お前さんはいつだってそうだ、人が良すぎるぜ」
「それが俺なんだろ? 今じゃ誇らしいよ」

 少しの間、そいつらを抱きしめた。
 アバタール。お前はもうこの世にいないかもしれないけど、お前が作り出したこいつらはとってもいい子だよ。
 そしてお前が残してくれたフランメリアの人々も気さくな奴らだ。この気持ちを、俺は決して無駄にはしないつもりだ。

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