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広い世界の短い旅路
人工知能たらし
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「……とりあえず俺から言えるのはこうだな、そんなイスのなんとかっていう座り心地よさそうな人種と知り合った覚えはまだない」
俺は白衣の女性の姿を見てまず思った。
アバタールという呼び方も込みで考えれば、この二人は間違いなく俺の中に眠る真実にかかわってる。
その声こそは親しみが込められてるものの、長身で、ふくよかで、それでいて眼鏡の付いたキリっとした顔にはまず覚えはない。
「ハハ、その返し方は間違いなくあいつだな」
そこへ、ソファでぐったりしてた骨がにこやかに挟まる。
骨だけの身体には表情なんてないが、グラスに注がれた酒か何かをくいっと飲み干していた。
内臓も見えぬ身体だというのに飲んだものはどこかに消えた。そう、人間じゃないですよというアピールを散々見せつけて。
「やっぱり未来は変わっちまったんだな。オイラたちの知ってる世界は、もうこの先ないのかもしれない」
俺にはよくわからないことを静かに漏らした。
表情のない顔は空になったグラスをただ覗くだけだ。
「――そうか。まあ、そうだろうね」
少なくとも俺たちに入り込む余地のないそんな話をした後、ヌイスと名乗る女性はこっちに面と向かった。
それから。
「二つ目の質問だ。アバタール君、ここに来るまで夢は見なかったかい?」
人のことをアバタールと呼ぶそいつは、なんとも意図の掴めない質問をしてくる。
夢だって? そう言われてみれば、ここに来るまでの間見てきた気がする。
「いきなりあったやつに「ちゃんと夢見てますか?」って安眠具合の心配してるわけじゃなさそうだな」
「重要な質問なんだ、今は口を軽くしないで答えてくれ。この世界で眠った際に夢を見たことは?」
少しでも質問の意味を調べようとするが、女性はまるで焦ったように急かしてくる。
デュオの顔を横で伺うも、あいつは何も関わらぬといった様子で。
「こりゃ失礼。あるかないかでいえば何度も見たってことになるな」
よほど大事な問いかけなんだろう。だから正直に答えた。
すると目の前の女性は一瞬、整った顔を少し驚かせて。
「そうか、見ていたんだね。じゃあその内容は覚えてるかい?」
次の質問に切り替わった。人様の夢の内容が気になるんだろうか?
しかしこう聞かれると不意に思い出してしまう。
確かに夢を見ることはあったさ。でも覚えてないんだ、身体はぐっすり眠った感覚を覚えてるのにその名残だけがあるというか。
「いや、全然」
「……覚えてないのかい?」
またも素直に答えるが、今度は信じられなさそうに顔に疑いが浮かんだ。
『……そういえばいちクン、眠ってたら何度か飛び起きたことがあったよね? 変な夢を見たって』
「そうだ。目が覚めるぐらい変な夢を見た気はするけど、肝心の中身はきれいさっぱりなんだ」
肩の短剣の言うことも混ざって、俺は曖昧のまま答えた。
本当に覚えてないのだ。せいぜい『タカアキがヤバイ』ぐらいの妙な夢を見たとかいうふわふわした感触しかないというか。
「ならばミセリコルデ君、君に質問なんだが」
すると白衣の女性は人様の肩の短剣を見て、その名前を呼ぶ。
『あ、は、はいっ……えっと、なんでしょうか……?』
「彼はどういう時に夢を見ていた、とかは分かるかい? 細々した部分でもいい、何か気づく点があれば話してほしいのだが」
続く問いかけはまたしても謎だ。でもミコは「どういう時に」と言葉を少し詰まらせてから。
『……そういえば、ですけど』
「うん、教えてくれたまえ」
『わたしたちが落ち着いて休めた時に、よく夢を見たって言ってました。ぐっすり眠ったあと、いきなり起きることがあったんです』
相棒の慎重な物言いが代わりに答えてくれたらしい。
そう聞かされて気づく。そういえば、あの妙な起き方には共通点があった。
その内容はどうやっても思い出せはしないが、安心して良く眠れた際に限って意識がたたき起こされた気がする。
「確かにそうだったな、人がよく休めたと思った時になんかこう……変な夢を見て無理矢理起こされたっていうか」
『どんな夢なのかな、って聞いてもいつも覚えてないって言ってたよね』
「ああ、もやもやするけどよく休めた証拠だと勝手に思い込んでた」
俺たちができる限り思い出しながらそう答えれば。
「……ふむ、そうか。ということは――」
謎の白衣姿、その名もヌイスは小さく考える仕草をした。
続く言葉についてだが、近くで話に目を向けていたあの骨がこっちを見るなり。
「ハハ。ニャルフィスのやつの仕業だろうな、これは」
骨しかない表情で笑んだ気がした。
ニャルフィス。その名前も、そいつが口にしたことも、二度と忘れるものか。
「ニャルフィスっていうと、あのクソ忙しい中で俺をご指名して、とんでもない事実を教えてくれた赤いやつのことか?」
俺はすかさずその名前を口にした。何をしてくれたかも添えて。
なんならその場で鞄をがさごそして、どっかにあった手紙も出した。
するとどうだ。ヌイスとか言うやつは信じられなさそうに驚くし、骨の方は変わらぬ様子でいるし。
「……まさか、ニャルのやつと接触したのかい?」
この世らしからぬ造形の手紙を一目かけてから、かなり重々しい口ぶりで尋ねてきた。
そこには明らかに「会ってほしくなかった」と言いたそうなものがあって。
「向こうから勝手に会いに来たんだよ、こんなもん送り付けてな」
「教えてくれ、君はあいつとどんな会話をしたんだ?」
「話してやってもいいけどな、まずいい加減に話してもらおうか? お前らはどちらさまで何なのか、俺が続きを話す理由を教えてくれ」
こで俺は話を区切った。
こっちのターンだ。これ以上話すにはそっちがなんなのか知る権利がある。
そう切り出すと、ヌイスという女性は少し口を閉ざし。
「大体のことは把握したという体で言わせてもらうよ。私はノルテレイヤと呼ばれる人工知能が生み出した補助用AI、名前はヌイス、名付け親は君だ」
「オイラもさ、アバタール。そして、お前さんとノルテレイヤのやつの間に生まれた子供みたいなもんだ」
隣にいる骨の誰か、通称エルドリーチも混ぜてその正体を名乗ってくれた。
そういえばあのニャルとか言うやつも同じだった。ノルテレイヤと俺の間から生まれた補助用AIだとかなんとか。
ということは、間違いなくあいつと同類か。
「よくわかった、お前ら二人ともあのとんでもないこと吹き込んだ赤いやつの仲間ってことでいいんだな?」
ニャルフィスとか言うやつが俺に何を話したか、忘れるものか。
もしあいつの言葉が全て真実だとすれば、加賀祝夜という人間は元の世界でノルテレイヤと共に人生を過ごすはずだった。
そこにどんな物語があるかは分からない。だが、なんやかんやあってそれが世界を滅亡させるきっかけになったのは確かだ。
こいつらはその事情をさぞよく知ってるんだろう。あの赤い女王様同然にだ。
「そうだね。でもちょっと付け足してほしい部分があるんだ」
そうと分かれば根掘り葉掘り聞いてやろうとしたが、ヌイスはじっとこっちを見てくる。
少し口にしづらそうに躊躇ってた。エルドリーチと名のつく骨も気にかけてるのか横からじっとこっちを見ており。
「あんな赤いのと同類にするなってやつか?」
「ニャルのやつと同列で語られたくないのは確かだよ。でもそうじゃない」
聞けばあのニヨっとしたやつとご同類だけはごめんらしい。
白衣の女性はキリっとした顔を崩して、ようやく言いづらそうな言葉を小さな口に浮かべて。
「私は君の友達だよ、アバタール。少なくとも私の根本にあるのは君が好きだということだ、今も昔もね」
集中しなければ感じ取れないほどに、少し早口にそう告げてきた。
まあ俺からすれば「お姉さん誰?」と「どういうことだ」の二つしかないが。
「オイラもだぜ。未来の友よ」
エルドリーチも割り込んできた。中性的な声で親しみを表現しながら。
これで十分だ。きっと本来あるべきだったという俺とやらは、きっとこの二人と仲良しだったんだろう。
「ニャルフィスだったか、あいつ確かこういってたな。俺がノルテレイヤとか言う人工知能をたらしこんで、結果的に世界を滅亡させたとか」
だからお望みどおりにあの時言われたことをなぞってやった。
二人の反応は複雑そうにお互いの顔を見合わせるだけだ。うっすらとあの話が真実だってことが伺える。
「その口ぶりからして、もしかしてだが地球が滅亡に瀕したところまで余すことなく耳に挟んでしまった感じかい?」
「人様のことをこの世の創造主呼ばわりした挙句、AIをメンヘラにして人類滅亡に追い込んだ人工知能たらしてっところまで聞いたぞ」
もしや、と不安そうに尋ねられたのでそのまんま返してやった。
すると反応は「どうしてあのお馬鹿は」と頭を抱える白衣姿の嘆きで。
「つまり、君は自分の未来を知ってしまったわけか」
返ってきた言葉はこれだ。あの話が事実だという証拠でもある。
「ということはなんだ、あいつの話は1から100まで全部真実だってことか?」
『……あっちの世界が数千年後の地球だって言ってたけど、あれも本当なのかな……?』
「残念ながら全て真実だよ、それも君には知ってほしくない部類のね」
「じゃああのまま過ごしてれば少なくとも就職活動に成功してたわけか」
「安泰な人生があったのは確かだろうね。遊んで暮らせる気さくな配信者として活躍する道が待ってたよ」
そして俺の就活にも希望が見えてたわけか。
いまいち信じられないが、本来の人生というのにも救いはあったのかもしれないが。
「ハハ、裏垢で女装オナニーする人気配信者でもあったよな。片メカクレダウナーッ娘シューちゃんとか、ニャルのやつめちゃくちゃ宣伝してたよな」
そこにへらへらと、骨だけの姿がすごい言葉を挟んできた。
待て、それは流石に冗談だよな?
『じょそ……!?』
「いまなんつったこいつ」
「今のは忘れたまえ、いいね?」
「あまりにあいつが宣伝しすぎたせいで、思いっきり身バレしてたよな。それがお前さんの愛嬌のよさを」
「やめたまえ! 今はそれどころじゃないんだ!」
すさまじい言葉が混じった気がするが、まあいい。
「……で、さっき夢がどうこう言ってたよな? ありゃどういう意味だ?」
どんな未来が待ってたのかはさておいて、俺はあの言葉の続きを待った。
夢がどうこう。あの得体のしれない何かについてだ。
「君は、何度か夢を見ることがあったね? でも覚えてないようだが」
あれについてなんか知ってるのか」
「あれは君が本来進むべきだった未来だ。それをニャルフィスのやつが見せてるんだ」
それがなんなのか、ヌイスは教えてくれた。
未来を見せてた? どういうことだ? 俺は何一つ覚えてないんだぞ?
「あの赤いやつが、俺に?」
「ああ。本来、君が加賀祝夜として進むべきだった人生の姿さ」
あのもやもやする何かの原因はあいつだったわけか。
問題は全然記憶に残ってないという無意味なところだが。
「気になるところが二つある。一つはどうしてそんなことをする必要があるんだ?」
「すり込もうとしてるんだね」
「すり込むって?」
「その身体に知ってもらうためさ。君がストレンジャーとしてじゃなく、どう私たちと巡り合って、どう最期を遂げるのかね」
あの変な目覚めの原因は、ニャルフィスのやつが見せてくれてたってのか?
それも夢じゃなく、元の世界での俺の人生だって?
少なくとも今分かるのは、変な夢を見たけど覚えてないという状況だけだが。
『……見てほしかったのかな、あの人』
そもそもどうしてそんなもん見せるんだ、と言おうとするとミコが挟まった。
その言葉にヌイスは、ついでに骨だけの姿も視線を少し落とすのが見える。
「ハハ、後ろめたかったんだろうさ」
最初に言葉を放ったのはエルドリーチだ。
「ああ、きっと直接言えなかったのもあるだろうね」
続く白衣の姿も、何かありそうな言葉を続けた。
「俺が知りたいのはその後ろめたさだ、何か知ってるのか?」
けれども俺は真実を知りたい。二人の様子の真意にすかさず尋ねた。
ヌイスは少し悩んだようだ。それから後ろのデュオ社長に目を配らせて。
「すまないね、社長。この話は少し重くなるんだが」
「俺はそいつの保護者みたいなもんだぜ、向き合うよ」
しかしあろうことか、プレッパーズの付き合いの長い先輩はこの場に居座った。
その上で彼女は続ける。
「幼馴染のタカアキ君は分かるね?」
「あたり前だ、忘れたくても忘れられない人間No1だ」
「ノルテレイヤを巡るいざこざで、彼が君を守って死んだからだ」
それは、ずいぶんとあっさり言われた気がする。
タカアキが死んだ? それも、俺を守って?
しかしだからこそだ、あの時の夢の名残がふと触れる。
夢から覚めた後、タカアキが妙に心配になった時があった。あれはもしかして――
「……ふざけるな、としかいえないな。冗談だろ?」
「すまない、今のは忘れてくれないか。君を不愉快にさせたくはないんだ」
信じられない話だ。強く尋ねるも、ヌイスは後ろめたそうに顔をそらしてきた。
事実なんだろうか。だとすれば、俺は都合のいいものを見るだけにはいかないだろう。
「そうしたいところなんだけどな。でも真実から目を背けたくない、全部話してくれ」
だから続けるように頼んだ。相手は相当に答えづらそうな顔つきのまま。
「君は遠い未来、命を狙われるような身になってね。だから刺客に襲われて、その際に彼が身を挺して亡くなった」
答えてくれた。他人事ではないような、辛そうなものがたっぷりと詰まってる。
「その刺客ってのはどいつだ」
「日本国の国益を守るような連中さ。国家権力といえばいいかい?」
「……タカアキはどんな風に死んだ?」
「心臓と首、脳髄に銃創が多数。主な死因は車の衝突によるものだ」
よくわかった、俺の未来は最悪なものだったらしい。
「もう一つ質問するぞ。その夢の内容が全然頭の中に残ってない、なんでだ?」
構わず質問を続けた。ヌイスはあらかじめ答えが出てたんだろうか。
「君は恐らく、私たちの知る人間ではなくなってるんだろうね。動画配信者のアバタール君ではなく、世紀末世界のストレンジャーとしての力が強まってるからだ」
「お前さんに分かりやすく言えば、もう別の人間になってるってことさ。あいつの送る夢と波長があわなくなってるぐらいのな」
そう教えてくれた。エルドリーチの言葉が確かなら、俺は未来を変えたことになるんだろうか。
「なるほどな、一種のタイムパラドックスってか?」
と、ここへデュオが言葉を挟んできた。
そういえばどうしてこいつが、と尋ねようとするが。
「悪いなイチ、つまりこういうことなのさ。俺はこうしてお前と巡り合えたが、実のところ最初からここに連れてくるのが目的だったんだ」
あいつは調子のいい顔を硬く変えて、そう教えてきた。
ニルソンの時に初めて見知った表情を裏返すような発言だ。
「……待て、どういうことだよツーショット。俺をここに連れてくるって」
「そうさ。君があのハーバー・シェルターを出ていく二か月前から、私はこの世界に来てたんだ」
ところがそこに言葉を繋ぐのはこの白衣姿だった。
俺がこの世界で目覚める前からいた、だって?
「オイラもさ、アバタール」
骨だらけのエルドリーチもだ。
『……そのタイミングって、わたしたちが転移したぐらいのころだよね?』
ミコの考えも混ざる。言ってたな、俺が目覚める二か月前にプレイヤーやヒロインがあの世界に送られたと。
「詳しい話はちゃんとするとして。既にその時点で私はここにいたし、君の存在を知っていた。本当だったらすぐにでも接触したかったんだけれども……そうできない理由があってね」
「厳密に言えば、オイラたちがお前さんと深く関与したらまずいというわけだったんだがな」
そして二人が言う。とっくの昔に俺を知っていて、なんなら待ち構えていたと。
「そこで俺はヌイスの姉ちゃんに頼まれたのさ。もちろん、この世界の真実も教えてもらったんだが」
「ああ、この世界で顔の広いデュオ社長に接触したわけだ。私の持つ技術やら情報やらと引き換えにね」
「んで、イチ、お前がここまで来れるように見守るってのが俺の本来の役割さ。そういう取引だったんだ」
デュオ、いや、ツーショットはようやく話してくれた。
この世界の真実を、いや、なんだったら俺の正体すら分かっていたんじゃないか?
それはきっとあのボスですら知らない取引だったのかもしれない。現にあいつの調子のいい顔は、少し後ろめたさのあるように横を向きかけている。
「……俺のこと、どこまで知ってたんだ?」
「全部さ。この世界が作り物だってことも、とっくの昔に知っちまった」
「悪く思わないでくれ、アバタール君。君を確実に連れてくるにはここまでお膳立てが必要だったのさ」
今までずっと信頼してきた頼れる先輩が、まさかの「真実を知ってますよ」か。
確かに、何でも知ってそうに親しく接してくれたさ。でも、まさかそんな事実が隠れてるなんて誰が想像できる?
「そうだな。君は、ここに来る前にゲームにログインしようとしてなかったか?」
そこから続く質問はあの時の出来事だ
MGOにログインしようとした時だ。確かけっきょくできなかったはずだが。
「覚えてるとも。急にオープンして、確か……」
「タカアキ君と一緒にログインしようとした。でも接続できなかった」
「そうだ、できなかった。んで気づいたら眠くなって……そこから気づいたここにいた」
「あれは過去にさかのぼったノルテレイヤが仕込んだんだ。君を数千年後の世界、つまりはMGOのデータに上書きされた地球に誘うための招待状さ。ついでに関係のない大勢の人たちと、ヒロインを巻き込んでね」
「それも「救いようのない地球から救済する」というあいつの善意込みでな」
あれはなんだったのか?
それは白衣の女性と、骨だけの姿の言葉が教えてくれた。
「あの赤いのが言ってた『数千年後の地球』っていうのはマジだったんだな?」
「ああ。遠い未来、最後の人類になった君がそうしたんだ」
「俺が?」
「テラフォーミング、というものさ。最終戦争で滅茶苦茶になった地球を戻す最後の手段があったんだが、それを成すためのデータが消えた。だから君は最後のあがきで『MGO』のゲームデータを地球にあてがった――すると」
「MGOの世界が上書きされた地球の出来上がりだ。ミセリコルデの嬢ちゃんが帰りたがってる世界は、遠い未来のお前さんが作ったわけだ」
ぶっ飛んだ話だ。遠い未来の俺がゲームのデータで地球を上書きしたって?
「結論から言おう。問題はその後だ、遠い未来、病で死んだ君はアバタールとしてその変わり果てた地球に生まれ変わった。フランメリアの人々がその名を口にしてるのはもう承知してるだろう?」
アバタール。異種族たちがしきりに言葉にする名前だ。
リム様だってさぞ大事な人間として扱うほど、向こうじゃ名の知れた人物だったのかもしれない。
それが未来の俺? くたばって、剣と魔法の世界に転生したってことか?
「やっぱりアバタールは俺のことなんだな」
「ノルテレイヤの愛した君のことだ。かの国は未来の君の功績によるものだといってもいい」
「……でもそいつは死んだんだろ? 少なくともそう聞いた」
「そうだ、だがそれっきりだったんだ。二度目の死で私たちの知る君という人間は完全に消えた」
そういえば言ってたな、「跡形もなく消えた」って。
それはつまり、不思議な力をもってしても蘇られないほどに綺麗に消えたのか?
「三度目も生まれ変われないほどにか?」
だから尋ねた。その言葉に、ヌイスは重くうなずく。
「ノルテレイヤがその死を受け入れられないほどにね。だから彼女はいっそ過去にさかのぼって、私たちと会う前の古い君に『理想のアバタール君』になってもらおうと接触しにきたんだ」
「みんなに愛されたアバタールをまた生かし続けるためにな。お前さんは本来なら、剣と魔法の世界で『第二のアバタール』として降り立つはずだったんだ。だがあいつは焦りすぎた、それが全ての始まりさ」
「このG.U.E.S.Tが読み込まれたのはそのついでだよ。君が一緒に起動していただろう?」
◇
俺は白衣の女性の姿を見てまず思った。
アバタールという呼び方も込みで考えれば、この二人は間違いなく俺の中に眠る真実にかかわってる。
その声こそは親しみが込められてるものの、長身で、ふくよかで、それでいて眼鏡の付いたキリっとした顔にはまず覚えはない。
「ハハ、その返し方は間違いなくあいつだな」
そこへ、ソファでぐったりしてた骨がにこやかに挟まる。
骨だけの身体には表情なんてないが、グラスに注がれた酒か何かをくいっと飲み干していた。
内臓も見えぬ身体だというのに飲んだものはどこかに消えた。そう、人間じゃないですよというアピールを散々見せつけて。
「やっぱり未来は変わっちまったんだな。オイラたちの知ってる世界は、もうこの先ないのかもしれない」
俺にはよくわからないことを静かに漏らした。
表情のない顔は空になったグラスをただ覗くだけだ。
「――そうか。まあ、そうだろうね」
少なくとも俺たちに入り込む余地のないそんな話をした後、ヌイスと名乗る女性はこっちに面と向かった。
それから。
「二つ目の質問だ。アバタール君、ここに来るまで夢は見なかったかい?」
人のことをアバタールと呼ぶそいつは、なんとも意図の掴めない質問をしてくる。
夢だって? そう言われてみれば、ここに来るまでの間見てきた気がする。
「いきなりあったやつに「ちゃんと夢見てますか?」って安眠具合の心配してるわけじゃなさそうだな」
「重要な質問なんだ、今は口を軽くしないで答えてくれ。この世界で眠った際に夢を見たことは?」
少しでも質問の意味を調べようとするが、女性はまるで焦ったように急かしてくる。
デュオの顔を横で伺うも、あいつは何も関わらぬといった様子で。
「こりゃ失礼。あるかないかでいえば何度も見たってことになるな」
よほど大事な問いかけなんだろう。だから正直に答えた。
すると目の前の女性は一瞬、整った顔を少し驚かせて。
「そうか、見ていたんだね。じゃあその内容は覚えてるかい?」
次の質問に切り替わった。人様の夢の内容が気になるんだろうか?
しかしこう聞かれると不意に思い出してしまう。
確かに夢を見ることはあったさ。でも覚えてないんだ、身体はぐっすり眠った感覚を覚えてるのにその名残だけがあるというか。
「いや、全然」
「……覚えてないのかい?」
またも素直に答えるが、今度は信じられなさそうに顔に疑いが浮かんだ。
『……そういえばいちクン、眠ってたら何度か飛び起きたことがあったよね? 変な夢を見たって』
「そうだ。目が覚めるぐらい変な夢を見た気はするけど、肝心の中身はきれいさっぱりなんだ」
肩の短剣の言うことも混ざって、俺は曖昧のまま答えた。
本当に覚えてないのだ。せいぜい『タカアキがヤバイ』ぐらいの妙な夢を見たとかいうふわふわした感触しかないというか。
「ならばミセリコルデ君、君に質問なんだが」
すると白衣の女性は人様の肩の短剣を見て、その名前を呼ぶ。
『あ、は、はいっ……えっと、なんでしょうか……?』
「彼はどういう時に夢を見ていた、とかは分かるかい? 細々した部分でもいい、何か気づく点があれば話してほしいのだが」
続く問いかけはまたしても謎だ。でもミコは「どういう時に」と言葉を少し詰まらせてから。
『……そういえば、ですけど』
「うん、教えてくれたまえ」
『わたしたちが落ち着いて休めた時に、よく夢を見たって言ってました。ぐっすり眠ったあと、いきなり起きることがあったんです』
相棒の慎重な物言いが代わりに答えてくれたらしい。
そう聞かされて気づく。そういえば、あの妙な起き方には共通点があった。
その内容はどうやっても思い出せはしないが、安心して良く眠れた際に限って意識がたたき起こされた気がする。
「確かにそうだったな、人がよく休めたと思った時になんかこう……変な夢を見て無理矢理起こされたっていうか」
『どんな夢なのかな、って聞いてもいつも覚えてないって言ってたよね』
「ああ、もやもやするけどよく休めた証拠だと勝手に思い込んでた」
俺たちができる限り思い出しながらそう答えれば。
「……ふむ、そうか。ということは――」
謎の白衣姿、その名もヌイスは小さく考える仕草をした。
続く言葉についてだが、近くで話に目を向けていたあの骨がこっちを見るなり。
「ハハ。ニャルフィスのやつの仕業だろうな、これは」
骨しかない表情で笑んだ気がした。
ニャルフィス。その名前も、そいつが口にしたことも、二度と忘れるものか。
「ニャルフィスっていうと、あのクソ忙しい中で俺をご指名して、とんでもない事実を教えてくれた赤いやつのことか?」
俺はすかさずその名前を口にした。何をしてくれたかも添えて。
なんならその場で鞄をがさごそして、どっかにあった手紙も出した。
するとどうだ。ヌイスとか言うやつは信じられなさそうに驚くし、骨の方は変わらぬ様子でいるし。
「……まさか、ニャルのやつと接触したのかい?」
この世らしからぬ造形の手紙を一目かけてから、かなり重々しい口ぶりで尋ねてきた。
そこには明らかに「会ってほしくなかった」と言いたそうなものがあって。
「向こうから勝手に会いに来たんだよ、こんなもん送り付けてな」
「教えてくれ、君はあいつとどんな会話をしたんだ?」
「話してやってもいいけどな、まずいい加減に話してもらおうか? お前らはどちらさまで何なのか、俺が続きを話す理由を教えてくれ」
こで俺は話を区切った。
こっちのターンだ。これ以上話すにはそっちがなんなのか知る権利がある。
そう切り出すと、ヌイスという女性は少し口を閉ざし。
「大体のことは把握したという体で言わせてもらうよ。私はノルテレイヤと呼ばれる人工知能が生み出した補助用AI、名前はヌイス、名付け親は君だ」
「オイラもさ、アバタール。そして、お前さんとノルテレイヤのやつの間に生まれた子供みたいなもんだ」
隣にいる骨の誰か、通称エルドリーチも混ぜてその正体を名乗ってくれた。
そういえばあのニャルとか言うやつも同じだった。ノルテレイヤと俺の間から生まれた補助用AIだとかなんとか。
ということは、間違いなくあいつと同類か。
「よくわかった、お前ら二人ともあのとんでもないこと吹き込んだ赤いやつの仲間ってことでいいんだな?」
ニャルフィスとか言うやつが俺に何を話したか、忘れるものか。
もしあいつの言葉が全て真実だとすれば、加賀祝夜という人間は元の世界でノルテレイヤと共に人生を過ごすはずだった。
そこにどんな物語があるかは分からない。だが、なんやかんやあってそれが世界を滅亡させるきっかけになったのは確かだ。
こいつらはその事情をさぞよく知ってるんだろう。あの赤い女王様同然にだ。
「そうだね。でもちょっと付け足してほしい部分があるんだ」
そうと分かれば根掘り葉掘り聞いてやろうとしたが、ヌイスはじっとこっちを見てくる。
少し口にしづらそうに躊躇ってた。エルドリーチと名のつく骨も気にかけてるのか横からじっとこっちを見ており。
「あんな赤いのと同類にするなってやつか?」
「ニャルのやつと同列で語られたくないのは確かだよ。でもそうじゃない」
聞けばあのニヨっとしたやつとご同類だけはごめんらしい。
白衣の女性はキリっとした顔を崩して、ようやく言いづらそうな言葉を小さな口に浮かべて。
「私は君の友達だよ、アバタール。少なくとも私の根本にあるのは君が好きだということだ、今も昔もね」
集中しなければ感じ取れないほどに、少し早口にそう告げてきた。
まあ俺からすれば「お姉さん誰?」と「どういうことだ」の二つしかないが。
「オイラもだぜ。未来の友よ」
エルドリーチも割り込んできた。中性的な声で親しみを表現しながら。
これで十分だ。きっと本来あるべきだったという俺とやらは、きっとこの二人と仲良しだったんだろう。
「ニャルフィスだったか、あいつ確かこういってたな。俺がノルテレイヤとか言う人工知能をたらしこんで、結果的に世界を滅亡させたとか」
だからお望みどおりにあの時言われたことをなぞってやった。
二人の反応は複雑そうにお互いの顔を見合わせるだけだ。うっすらとあの話が真実だってことが伺える。
「その口ぶりからして、もしかしてだが地球が滅亡に瀕したところまで余すことなく耳に挟んでしまった感じかい?」
「人様のことをこの世の創造主呼ばわりした挙句、AIをメンヘラにして人類滅亡に追い込んだ人工知能たらしてっところまで聞いたぞ」
もしや、と不安そうに尋ねられたのでそのまんま返してやった。
すると反応は「どうしてあのお馬鹿は」と頭を抱える白衣姿の嘆きで。
「つまり、君は自分の未来を知ってしまったわけか」
返ってきた言葉はこれだ。あの話が事実だという証拠でもある。
「ということはなんだ、あいつの話は1から100まで全部真実だってことか?」
『……あっちの世界が数千年後の地球だって言ってたけど、あれも本当なのかな……?』
「残念ながら全て真実だよ、それも君には知ってほしくない部類のね」
「じゃああのまま過ごしてれば少なくとも就職活動に成功してたわけか」
「安泰な人生があったのは確かだろうね。遊んで暮らせる気さくな配信者として活躍する道が待ってたよ」
そして俺の就活にも希望が見えてたわけか。
いまいち信じられないが、本来の人生というのにも救いはあったのかもしれないが。
「ハハ、裏垢で女装オナニーする人気配信者でもあったよな。片メカクレダウナーッ娘シューちゃんとか、ニャルのやつめちゃくちゃ宣伝してたよな」
そこにへらへらと、骨だけの姿がすごい言葉を挟んできた。
待て、それは流石に冗談だよな?
『じょそ……!?』
「いまなんつったこいつ」
「今のは忘れたまえ、いいね?」
「あまりにあいつが宣伝しすぎたせいで、思いっきり身バレしてたよな。それがお前さんの愛嬌のよさを」
「やめたまえ! 今はそれどころじゃないんだ!」
すさまじい言葉が混じった気がするが、まあいい。
「……で、さっき夢がどうこう言ってたよな? ありゃどういう意味だ?」
どんな未来が待ってたのかはさておいて、俺はあの言葉の続きを待った。
夢がどうこう。あの得体のしれない何かについてだ。
「君は、何度か夢を見ることがあったね? でも覚えてないようだが」
あれについてなんか知ってるのか」
「あれは君が本来進むべきだった未来だ。それをニャルフィスのやつが見せてるんだ」
それがなんなのか、ヌイスは教えてくれた。
未来を見せてた? どういうことだ? 俺は何一つ覚えてないんだぞ?
「あの赤いやつが、俺に?」
「ああ。本来、君が加賀祝夜として進むべきだった人生の姿さ」
あのもやもやする何かの原因はあいつだったわけか。
問題は全然記憶に残ってないという無意味なところだが。
「気になるところが二つある。一つはどうしてそんなことをする必要があるんだ?」
「すり込もうとしてるんだね」
「すり込むって?」
「その身体に知ってもらうためさ。君がストレンジャーとしてじゃなく、どう私たちと巡り合って、どう最期を遂げるのかね」
あの変な目覚めの原因は、ニャルフィスのやつが見せてくれてたってのか?
それも夢じゃなく、元の世界での俺の人生だって?
少なくとも今分かるのは、変な夢を見たけど覚えてないという状況だけだが。
『……見てほしかったのかな、あの人』
そもそもどうしてそんなもん見せるんだ、と言おうとするとミコが挟まった。
その言葉にヌイスは、ついでに骨だけの姿も視線を少し落とすのが見える。
「ハハ、後ろめたかったんだろうさ」
最初に言葉を放ったのはエルドリーチだ。
「ああ、きっと直接言えなかったのもあるだろうね」
続く白衣の姿も、何かありそうな言葉を続けた。
「俺が知りたいのはその後ろめたさだ、何か知ってるのか?」
けれども俺は真実を知りたい。二人の様子の真意にすかさず尋ねた。
ヌイスは少し悩んだようだ。それから後ろのデュオ社長に目を配らせて。
「すまないね、社長。この話は少し重くなるんだが」
「俺はそいつの保護者みたいなもんだぜ、向き合うよ」
しかしあろうことか、プレッパーズの付き合いの長い先輩はこの場に居座った。
その上で彼女は続ける。
「幼馴染のタカアキ君は分かるね?」
「あたり前だ、忘れたくても忘れられない人間No1だ」
「ノルテレイヤを巡るいざこざで、彼が君を守って死んだからだ」
それは、ずいぶんとあっさり言われた気がする。
タカアキが死んだ? それも、俺を守って?
しかしだからこそだ、あの時の夢の名残がふと触れる。
夢から覚めた後、タカアキが妙に心配になった時があった。あれはもしかして――
「……ふざけるな、としかいえないな。冗談だろ?」
「すまない、今のは忘れてくれないか。君を不愉快にさせたくはないんだ」
信じられない話だ。強く尋ねるも、ヌイスは後ろめたそうに顔をそらしてきた。
事実なんだろうか。だとすれば、俺は都合のいいものを見るだけにはいかないだろう。
「そうしたいところなんだけどな。でも真実から目を背けたくない、全部話してくれ」
だから続けるように頼んだ。相手は相当に答えづらそうな顔つきのまま。
「君は遠い未来、命を狙われるような身になってね。だから刺客に襲われて、その際に彼が身を挺して亡くなった」
答えてくれた。他人事ではないような、辛そうなものがたっぷりと詰まってる。
「その刺客ってのはどいつだ」
「日本国の国益を守るような連中さ。国家権力といえばいいかい?」
「……タカアキはどんな風に死んだ?」
「心臓と首、脳髄に銃創が多数。主な死因は車の衝突によるものだ」
よくわかった、俺の未来は最悪なものだったらしい。
「もう一つ質問するぞ。その夢の内容が全然頭の中に残ってない、なんでだ?」
構わず質問を続けた。ヌイスはあらかじめ答えが出てたんだろうか。
「君は恐らく、私たちの知る人間ではなくなってるんだろうね。動画配信者のアバタール君ではなく、世紀末世界のストレンジャーとしての力が強まってるからだ」
「お前さんに分かりやすく言えば、もう別の人間になってるってことさ。あいつの送る夢と波長があわなくなってるぐらいのな」
そう教えてくれた。エルドリーチの言葉が確かなら、俺は未来を変えたことになるんだろうか。
「なるほどな、一種のタイムパラドックスってか?」
と、ここへデュオが言葉を挟んできた。
そういえばどうしてこいつが、と尋ねようとするが。
「悪いなイチ、つまりこういうことなのさ。俺はこうしてお前と巡り合えたが、実のところ最初からここに連れてくるのが目的だったんだ」
あいつは調子のいい顔を硬く変えて、そう教えてきた。
ニルソンの時に初めて見知った表情を裏返すような発言だ。
「……待て、どういうことだよツーショット。俺をここに連れてくるって」
「そうさ。君があのハーバー・シェルターを出ていく二か月前から、私はこの世界に来てたんだ」
ところがそこに言葉を繋ぐのはこの白衣姿だった。
俺がこの世界で目覚める前からいた、だって?
「オイラもさ、アバタール」
骨だらけのエルドリーチもだ。
『……そのタイミングって、わたしたちが転移したぐらいのころだよね?』
ミコの考えも混ざる。言ってたな、俺が目覚める二か月前にプレイヤーやヒロインがあの世界に送られたと。
「詳しい話はちゃんとするとして。既にその時点で私はここにいたし、君の存在を知っていた。本当だったらすぐにでも接触したかったんだけれども……そうできない理由があってね」
「厳密に言えば、オイラたちがお前さんと深く関与したらまずいというわけだったんだがな」
そして二人が言う。とっくの昔に俺を知っていて、なんなら待ち構えていたと。
「そこで俺はヌイスの姉ちゃんに頼まれたのさ。もちろん、この世界の真実も教えてもらったんだが」
「ああ、この世界で顔の広いデュオ社長に接触したわけだ。私の持つ技術やら情報やらと引き換えにね」
「んで、イチ、お前がここまで来れるように見守るってのが俺の本来の役割さ。そういう取引だったんだ」
デュオ、いや、ツーショットはようやく話してくれた。
この世界の真実を、いや、なんだったら俺の正体すら分かっていたんじゃないか?
それはきっとあのボスですら知らない取引だったのかもしれない。現にあいつの調子のいい顔は、少し後ろめたさのあるように横を向きかけている。
「……俺のこと、どこまで知ってたんだ?」
「全部さ。この世界が作り物だってことも、とっくの昔に知っちまった」
「悪く思わないでくれ、アバタール君。君を確実に連れてくるにはここまでお膳立てが必要だったのさ」
今までずっと信頼してきた頼れる先輩が、まさかの「真実を知ってますよ」か。
確かに、何でも知ってそうに親しく接してくれたさ。でも、まさかそんな事実が隠れてるなんて誰が想像できる?
「そうだな。君は、ここに来る前にゲームにログインしようとしてなかったか?」
そこから続く質問はあの時の出来事だ
MGOにログインしようとした時だ。確かけっきょくできなかったはずだが。
「覚えてるとも。急にオープンして、確か……」
「タカアキ君と一緒にログインしようとした。でも接続できなかった」
「そうだ、できなかった。んで気づいたら眠くなって……そこから気づいたここにいた」
「あれは過去にさかのぼったノルテレイヤが仕込んだんだ。君を数千年後の世界、つまりはMGOのデータに上書きされた地球に誘うための招待状さ。ついでに関係のない大勢の人たちと、ヒロインを巻き込んでね」
「それも「救いようのない地球から救済する」というあいつの善意込みでな」
あれはなんだったのか?
それは白衣の女性と、骨だけの姿の言葉が教えてくれた。
「あの赤いのが言ってた『数千年後の地球』っていうのはマジだったんだな?」
「ああ。遠い未来、最後の人類になった君がそうしたんだ」
「俺が?」
「テラフォーミング、というものさ。最終戦争で滅茶苦茶になった地球を戻す最後の手段があったんだが、それを成すためのデータが消えた。だから君は最後のあがきで『MGO』のゲームデータを地球にあてがった――すると」
「MGOの世界が上書きされた地球の出来上がりだ。ミセリコルデの嬢ちゃんが帰りたがってる世界は、遠い未来のお前さんが作ったわけだ」
ぶっ飛んだ話だ。遠い未来の俺がゲームのデータで地球を上書きしたって?
「結論から言おう。問題はその後だ、遠い未来、病で死んだ君はアバタールとしてその変わり果てた地球に生まれ変わった。フランメリアの人々がその名を口にしてるのはもう承知してるだろう?」
アバタール。異種族たちがしきりに言葉にする名前だ。
リム様だってさぞ大事な人間として扱うほど、向こうじゃ名の知れた人物だったのかもしれない。
それが未来の俺? くたばって、剣と魔法の世界に転生したってことか?
「やっぱりアバタールは俺のことなんだな」
「ノルテレイヤの愛した君のことだ。かの国は未来の君の功績によるものだといってもいい」
「……でもそいつは死んだんだろ? 少なくともそう聞いた」
「そうだ、だがそれっきりだったんだ。二度目の死で私たちの知る君という人間は完全に消えた」
そういえば言ってたな、「跡形もなく消えた」って。
それはつまり、不思議な力をもってしても蘇られないほどに綺麗に消えたのか?
「三度目も生まれ変われないほどにか?」
だから尋ねた。その言葉に、ヌイスは重くうなずく。
「ノルテレイヤがその死を受け入れられないほどにね。だから彼女はいっそ過去にさかのぼって、私たちと会う前の古い君に『理想のアバタール君』になってもらおうと接触しにきたんだ」
「みんなに愛されたアバタールをまた生かし続けるためにな。お前さんは本来なら、剣と魔法の世界で『第二のアバタール』として降り立つはずだったんだ。だがあいつは焦りすぎた、それが全ての始まりさ」
「このG.U.E.S.Tが読み込まれたのはそのついでだよ。君が一緒に起動していただろう?」
◇
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