魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

本当に待っていたのはアバタール(誤字修正)

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 ツーショット、いや『デュオ』社長が言うにはこうだ。

 その昔。北の三大企業のうちの一つ、バロール・カンパニーと呼ばれる会社があった。
 当時は電子機器や車両の生産などを淡々と続けていた、本人いわくつまらない企業だったそうだ。
 日用品から警備まで様々な分野に広く触れるラーベ社。
 戦前から兵器や医療の分野までを堅実に手掛けるニシズミ社。
 二つの会社に挟まれながらも、波風立てぬよう細々と経営は続いていた。

 さて、そんなところに御曹司がいらっしゃった。
 この戦後一世紀ほど経ったブルヘッド・シティの内側で、親の七光でこれでもかとやんちゃを繰り返すクソガキだ。
 白昼堂々と銃を持ち歩き、自社のお高い車をこれ見よがしに乗り回し、街の不良どもを引き連れて少しでもいい思いをするのが日課だった。
 
 けどまあ、ウェイストランドでそんな楽しい思い出が長く続くはずもない。
 クソガキが調子に乗りすぎたツケは数年もしないうちに回ってきた。
 人生で二度、そんなお人柄を変えてしまうほどの濃厚なものだ。

 まずラーベ社の傭兵に身柄を狙われた。取り巻きが全員死んだし拷問された。
 次にたまたま街に訪れていたレンジャーに助けてもらった。女性隊員を馬鹿にしたら半殺しにされた。
 特に後者はひどいもので、誘拐を妨害されたことへの逆恨みでレンジャーVS傭兵の戦いが勃発、巻き込まれたクソガキは共に戦うことになる。

 お家に帰るまでの96時間ぶっ続けの修羅場に放り込まれた御曹司は、返り血まみれになりながら生き延びたそうだ。
 たった四人のレンジャーたちに会社のロビーまで送ってもらった際には、ひどいショックで握った拳銃がしばらく抜けなかったという。
 そして『シャープシューター』とか言う女性にえらく褒められ、タバコを一本すすめられてからそいつの人生は変わった。
 身も心も、命をかけたスリルがなければもう生きられない身体になったのだ。

 それから、しばらくしないうちにクソガキという異名はあの世に返上された。
 服に銃を忍ばせ、堅実な車でブルヘッド・シティを駆り、刺激的な出会いを求めてそいつはさまよった。
 街の人々と手当たり次第に関り、地元のならず者たちからも信頼をもぎとり、送られてきた刺客をあの手この手でぶち殺し、それでもまだ足りない。
 やっと満たすことができたのは外に出て『シド・レンジャーズ』に入隊してからだ。
 たまたま自分の顔を覚えてくれた女性がいてそれはもう心酔した。その人が除隊した後もずっと付き添ったそうだ。

 そして外をひとたび知ったそいつは、その感動を周りに伝えようとした。
 『人々に娯楽を』とバロール・カンパニーに新しい事業を生み出したのもそいつの仕業だ。
 ブルヘッド市民への娯楽のため、街のいたる場所にモニターを置いて刺激的な放送を始めた。
 世紀末世界の情報を集め、廃墟を探るスカベンジャーたちを手厚く支援し、外にいち早く向き合ったことで社風は変わった。

 そうして気づけば新しい社長が生まれたわけだ。
 プレッパーズでもあり、レンジャーでもあり、そして三大企業の一つを牛耳る調子のいい男が一人。
 知る人ぞ知る『ブルヘッドの生ける伝説』でありつつ、『戦う気さくな社長』、それがデュオだとさ。

「――と、まあ俺の人生にはこんな楽しい思い出が詰まってるのさ」

 社内にやたらとデカく設けられたリラクゼーションルームで、ツーショットはくつろぎながら話し終えた。
 ついでに「これから先もな」と付け足して、タバコを吸い終えると。

「待て、じゃあお前はプレッパーズ兼レンジャー兼社長だっていうのか?」

 俺はあまりにも盛りすぎな兼業具合について指摘した。
 履歴書の経歴のネタに困らないのは確かだろうが、どこにこんな社長がいるかって話だ。

『ツーショットさんが社長サンだなんて、おばあちゃん言ってなかったよね……』
「ああ、どうもうちらのボスはこのこと黙ってたらしいな。なんでだ?」

 それにどうしてこいつの身の上をここまで教えてくれなかったのか、そのことについてミコとなお問い詰めるが。

「まず頼みがあるんだが、俺のことはデュオって呼んでくれないか?」

 ツーショット、いや、デュオ社長はテーブルの上にある瓶をすすめてきた。
 冷たく汗をかいたジンジャーエールだ。手を伸ばすと横からロアベアが栓を抜いてくれた。

「分かった、デュオ。これで理由は話してくれるな?」
「難しい話じゃない。このことを知ってるのはボスとナガン爺さんと、それからシド・レンジャーズの上の奴らだけさ。社長って肩書はちょっと邪魔になる時があんだろ?」
「まあ確かにそうっすね~、人生が狭苦しくなるかもしれないっす」
「お前の言う通りさ、エクスキューショナー。ようやく気軽に明かせるようになった奴が目の前にいるわけだ」

 そうして楽し気に答えてくれたのは、つまり打ち明けるに値する奴が増えたからってことか。
 それもそうだな。下手に社長だと口外したら、余計なものまで引っ付いてくるもんだし。

「深く掘った穴に「俺は社長だ」って叫ばずに済んだようなもんか?」
「それだけ信用できる奴がいっぱい増えたからな。おかげで俺の人生は気楽だ」
「フハハ、そういうことだったか。まあ誰しも公にできんものは抱えているものだろう? 俺様も気を楽にして真実を打ち明けられる友になったということだな?」
「相変わらずお前は理解が早くて助かるぜ、ブルートフォース。その言葉の通り、言いたくても言えないもどかしい時期が俺にもあったのさ」

 だがまあ、だからといって咎めるようなことじゃない。
 近くでドクターソーダを一口で飲み干したオーガも強い微笑みを浮かべてるぐらいだ。誰一人「なんで黙ってた?」と物申す奴はいない。
 ちなみに近くで酒を静かに嗜みながら耳にしていたフランメリアの連中はというと。

「我とかは全然気にしておらんぞ、フランメリアじゃ普通だ」
「そもそも、お忍びで密入国を繰り返す女王様がいますからなあ」
「いましたね、何を隠そうあのヴィクトリア様が」
「いやそもそもなんであいついんのよ……」
「わしら別になれとるからな、フランメリアってお忍びで他国のお偉いさんとかめっちゃきとるし」

 やっぱり女王様に会ったらしい。デュオの正体には驚いちゃいない。

「身分を隠して動くことはあっちの世界じゃ割と普通だから気に病まなくていいぞ。でもすごいなお前、ブルヘッドのお偉いさんの一人だったなんてびっくりだ」
「お前らのボスの精神状態はただならぬものだとずっと思っていたが、こんな複雑な人間を側近に置くのか? どうなってるんだプレッパーズどもめ」
「こんな訳ありを雇ってくれるのがボスだ、すげえだろ?」
「ツーちゃんは要するにお城から抜け出したお姫様みたいなもんですわね!!」
「おいおい、おめかししてドレスでも着りゃいいのかい魔女様?」

 お医者様とダークエルフは驚いてるんだか呆れてるんだか、リム様に至ってはまたずいぶんと斜め向きの例えをしてくれると思う。
 とにかく、デュオ社長は集まってくれたみんなにそう告げると。

「そういうわけだ、まずこれだけは言っとくぜ? このストレンジャーのおかげでブルヘッド・シティで一番大きな企業、ラーベ社が俺たちに目を向けてる」

 窓ガラス越しの街の風景に手を向けた。
 その向こうには目立った高層ビルが二つ見えるが、その片方の一番大きな方に注目を集めさせている。

「話し方からして大体察したんじゃが、アバタールモドキがなんかしたのかの?」

 ドワーフの爺さんの一人がそういいながらこっちを見てきたが、残念だがその通りだ。

「ラーベ社っていう企業があるんだが、まあそいつらは好き放題やってる奴らでね。そいつらの悪い企みをぶち壊してしまった奴がいてな」
「えーと、つまり俺のせいだな。知らないうちに喧嘩売ってた」
「何したんじゃお前さん」
「道を邪魔されたからぶっ飛ばした。そしたら怒りを買って傭兵まで送られて返り討ちにしただけだ」

 ドワーフたちに説明を求められたので手短にこたえてやった。
 するとまあ、フランメリアな方々はいうと少し顔を見合わせ。

「やはりアバタールだな、良い判断をしたと思うぞ」
「つまり正しいのは我々にあるということですな。ならば至極単純なことです」
「向こうが悪いなら思う存分やってしまってもいいのですね、愚かな人類め」
「なんじゃそりゃ、じゃあ向こうが悪いようなもんじゃろ。よくやったぞアバタールモドキ」

 吸血鬼の姉ちゃんも眼鏡エルフも、なんならどこからともなくきゅうりを取り出した白エルフからドワーフも満場一致で褒めてくれてる。
 ラーベ社の奴らにまた敵が増えた瞬間だ。気の毒に。

「ご理解ありがとう皆さん。つまりこうだ、ラーベ社が会社の利益を損ねた奴らに一人一人報復に向かおうとしてるところだ。貴方の家族や職場の友人まで幅広く手にかけますって具合にな」
「なるほどな、つまりそいつのせいでまた俺たちは命の危機にご対面か」

 そして、隣で延々とこんな話を聞かされていたハーレーたちはこれだ。
 状況的にストレンジャーがもたらすこの関係に巻き込まれて、運が悪いと傭兵の仕事の対象になるわけだが。

「まったく気の毒だぜ。そういやスピリット・タウンでひどい目にあったらしいな、運び屋の兄ちゃん」
「愚痴はあとにしてやるが、どうすりゃいいんだ? そいつの知り合いってことはちょうど狙われるよな?」
「今頃向こうは今回の件に関わった人間やそいつの交友関係まで洗い出してるだろうさ。見せしめのためだったらなんでもする連中だ、おたくらに銃口が向き始めるのも時間の問題だ」

 またしても巻き込まれた運び屋たちが「またか」とうんざりしてる。
 デュオの話し方からするに自社の利益を損ねてくれたストレンジャーからその知人まで、手広く報復しますよってことか。

「つまり、あのまま一仕事終えてそのまま北部に戻ってりゃ……俺たちはいきなり後ろから撃たれる可能性があったってか?」

 しかし少しの思考のあと、ハーレーはタバコに火をつけた。
 堂々と傭兵を送り込む奴らだ。ストレンジャーの知り合いという肩書だけで、今後北を通るであろう運び屋たちを狙う可能性はありえるな。

「もしそうであればですが、デュオ社長殿。ハーレー殿たちを雇ったのはそのラーベ社とやらからの脅威から保護する意味も兼ねているのですかな?」

 そんなところに隣でのんびりしていた眼鏡エルフが入ってきた。
 ぴったりあてはまる言葉だったに違いない。ツーショットはあらためデュオは頷いて。

「おたくらに向けるメッセージはこうだな? うちのストレンジャーが活躍しすぎたせいで企業のいざこざに巻き込んでしまって本当にゴメンナサイ、お詫びにブルヘッドの入場パスと北部での安全をくれてやりますので、どうか事態が落ち着くまで保護されやがってください。だ」

 不運すぎる運び屋に社長直々のありがたいお言葉を贈ったようだ。
 でも流石のハーレーだ、この世の中に向けたような煙混じりのため息を出して。

「最近思うんだが、良いことがあればその分悪いことがあって、その逆も然りってのは本当なのかもしれねえな」
「なら吉兆と思ってくれよ。あんたはスティングとのつながりを作ってくれた実績があるんだ、見捨てるのは勿体ないだろ?」
「じゃあ代わりにストレンジャーに文句を言ったってかまわねえよな?」
「俺じゃないならいいぜ別に」
「そうか。そろそろお前のことが疫病神かなんかに見えて来たぜ、ストレンジャー」

 ラーベ社をさぞ怒らせた俺にかなーーりうんざりした顔を見せてきた。
 良いこと悪いこと混じりでかなり複雑そうだが、怒りが呆れに押し負けた様子だ。

「大丈夫だ、あいつらが来たらぶちのめす」
『そういう問題じゃないよねいちクン……!?』
「って言ってるし大丈夫だろ。良かったなハーレーの旦那」
「お前らのおかげで縁を結ぶ相手を選ぶ大切さに気付けたぜ、本当にありがとうクソ野郎ども」
「生きていればそういう時もありますよ、気にしないことですな」
「心配いらんぞ若造、わしらと縁があるんじゃし? フランメリアの者たちのそばにいれば不運すらも吹き飛ぶぞ」
「お前らは俺たちを励ましてるんだよな? なんだってんだこのファンタジーどもは」

 あいつらに襲われたら銃と爆薬と肉弾戦をもって守ってやる、とそれっぽくポーズを取ってやったが、運び屋たちは自分たちの不運さを呪ってる。
 フランメリア産のエルフやドワーフにも励まされてるが、ディ(超略)のド変態以降の問題に直面してかなり悩ましそうだ。

「……なあ、ってことはだぞ?」

 一方で俺といえば、別の不安が今ちょうど出来上がったところだ。
 俺たちどころかその関係者まで手を出す可能性がある以上、ラーベ社の矛先が向かう場所はいっぱいある。
 そう、例えばだ。フォート・モハヴィで共に生き抜いたスカベンジャーたちは?

「先日の件で世話になったスカベンジャーたちがいっぱいいるんだ。そいつらは――」
『……エミリオさんとか、スタルカーのみんなも狙われるってことだよね……?』

 そんな不安はミコと見事に重なったわけだ。

「当然のことだろうな、利益を損ねた者を許さぬという訳ならエミリオたちやらが狙われる道理は間違いなくある」
「むしろハーレーたちよりも優先的に狙われると思うぞ、私は」

 ノルベルトとクラウディアの心配も重なるが、それだけあのスカベンジャーたちがひどい目に合う可能性が増してきたからだ。
 俺たちは次第に「あの時のスカベンジャーは大丈夫か」と共通の考えが深くなるが。

「お前らのお友達の心配はいらないぜ? ちゃんと手は打っておいたからな」

 そういってデュオ社長はテーブルに置かれた酒瓶に手をつけた。
 呑気な手取りで掴んだそれには『アイスリザード・ワイン』と青い蜥蜴のデザインがある。栓を開けるとぷしゅっと小気味いい音がして。

「まあこのことについてはあとで詳しく話す、だからお話はここまでだ。長旅で疲れてるだろうし我が社の息のかかった寝床を用意しといたから、今夜の寝首の心配はいらないぜ?」

 氷の入ったグラスに注いだ。しゅわっと泡立っているそれを一口で飲み干した。
 美味しそうな顔つきのまま「どうだ?」と周りにすすめてきた。俺は酒はごめんだし、ハーレーは「それどころじゃねえ」とばかりにお断りして。

「ならいいんだがよ、外に出た瞬間狙撃だとかはごめんだぞ?」
「心配するな、護衛もつけといてやるよ」

 そしてデュオは立ち上がった。その顔つきはすぐにドワーフ面々へと近づいて。

「で、ドワーフの爺さんどもには仕事の話だ。地下に研究部門があるから来てくれないか?」
「待ってたぞ、デュオ。わしらの職場を案内してもらおうかの」
「あのブツならもってきたぜ。トラックにもいっぱい積んであるから遠慮すんな」
「楽しみじゃなあ、まずはわしらの腕前を見せてやろうか?」
「生き生きとしてやがるな、爺さんども。改めましてようこそバロール・カンパニーへ、思う存分にその腕を振るってくれ」
「改めてよろしく頼むぞ、社長どの。んじゃちといってくるわおぬしら」
「わしらでミスリル独占してやろうぜ。ドワーフ冥利につくわい」

 別件の話があるみたいだ。その話に小柄な爺さんたちは妙にうきうきしてる。
 近くに立っていた会社の人間に「頼んだ」とエレベーターへと連れて行かせたようだ。一体何が行われるのかは気になるが。

「……さて、イチ」

 一通り話が終わると、デュオがこっちに顔を向けてきた。
 ただし手はくいくいとこっちを招いてる。大っぴらにできない類の話だろうな。

「どうした? 話しづらい類の話題でもあるのか?」
「そうなっちまうな。もう一人合わせたい奴がいる」
『……もう一人って? どちら様でしょうか?』
「お前とミコサンだけご指名の誰かさんだ。来てくれないか?」

 しかし、誰かと尋ねればこれだ。
 この会社の社長殿よりも重要そうなのは確かだ。かなり込み入った何かがありそうだが。

「だそうだみんな、まだ何かあるみたいだ」

 妙な雲行きを感じて、ついオーガやメイドや医者だのエルフだの、果てには魔女の顔を伺うも。

「大事なことなのだろう? 構わず行ってくるが良い」
「アヒヒヒッ♡ うちらはここでくつろいでるんで~」 
「何があったか知らんが私たちは待ってるぞ、心配するな」
「また何か面倒ごとでもあるようだからな、関わりたくないのは確かだ」
「イっちゃんに御用がある人が他におられるのですね? 行ってらっしゃい」

 思い思いに休む仲間たちからGOサインが出た。
 仮に何か悪いことが起きても大丈夫だろう。「分かった」と頷いて。

「……ぼくもだめ?」

 しかしニクがとことこ心配そうについてきた。
 デュオは「あー、そうだな」とすごく悩んだ後、一瞬で答えを出したようだ。

「オーケー、三人だ。どうせお前の相棒なら問題ないだろ」

 なんだか気になることを少し漏らしながら、俺たちに背中を見せてくれた。
 追いかければすぐだ。広々とした部屋から通路をやや進んだ先、社長室からもそれほど離れちゃいない部屋が一つ。

「……ここか?」

 どんな部屋か、と言われれば言葉に困る。
 自動扉で閉ざされていて、中から薬っぽい匂いがするぐらいだ。
 そんな場所にどんな奴がいるかと想像を働かせれば、まず普通の人はいないと思う。

「ヌイス、エルドリーチ、アバタールを連れて来たぜ」

 ところが、デュオが口にしたのはあの名前だ。
 イチでもなく、ストレンジャーでもなく、アバタール。その言葉が絡むとなると?

『空いてるよ。入ってくれたまえ』
『ハハ、やっと来たか。退屈だったぜ』

 その答えは中から聞こえた声だ。
 知らない女性の声に混じって聞き覚えのあるものがあった。

「おい、どういうことだ」
「つまりこういうことさ、イチ」

 もしやと思って進むと、開いた扉の向こうに部屋の様子が見えてくる。
 白い部屋だ。ただし棚にはよくわからない機械や薬が並び、そこに乱雑にベッドだのソファーだの居住空間を無理矢理設けたような合理的すぎる場所だ。
 そんな場所に二人の姿がある。

「――アバタール君、やっと会えたね? 本当に、やっとだ」

 白衣を着たブロンド髪の女性だ。長くてつやっとした髪色は動けばさらりとなびく。
 顔つきはなんだか親しみを感じる。眼鏡をかけていて、鋭い目だが口元は柔らかく、そしてなぜだか悲しそうな表情をしていて。

「ハハ、おめでとうアバタール。よくぞここまできました、ってな」

 間違いなく、あの時見た骨の姿もあった。
 俺にデイビッド・ダムの道を教えたあのりっちゃんとかいうやつだ。
 骨の姿に現代的な私服を重ねた物理的にも軽い姿が、ゆったり酒をたしなんでたようで。

「お前……あの時の骨の人か?」
『わたしたちにダムのことを教えてくれたあの人、だよね……?』
「オイラは骨じゃねえ、エルドリーチって言うんだ。改めてよろしくな、アバタール」

 こっちに「ようこそ」とグラスを持ち上げてきた。
 何でこいつがいるんだ? いや、そもそも――

「さて、アバタール君。早速だが君に大事な話があるんだ」

 そんなやり取りを見て、白衣姿の女性はきゅっと顔を引き締めた。
 男のような強さのある声色でそう告げると、彼女は手繰り寄せたイスに座り込んで。

「私はイスの大いなる種族――という体を重ねられた人工知能の一つ、ヌイスさ。この名前に覚えはないかい?」
「そしてオイラも似たようなもんだ、ノルテレイヤの子供の一人、リッチだ」

 二人してそう質問してきた。
 人工知能。その言葉を含めた問いかけとなると、こいつらはもしかして――
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