魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

上か下か? 下だ

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 一度に生まれた疑問はいろいろだ。
 ツーショットがなぜいるのか。そんな男とブルヘッド・シティへの足がかりを売るこの女性はどういう関係なのか。ついでになんでハーレーいるのかって話だが。

「俺が見ない間にいろいろ変わったなあ、ここも。パスもこんなに値下がりするなんてブルヘッドのありがたみもだいぶ損ねたか?」
「外の様子を見たでしょう? ウェイストランドが豊かになっていくものだから、あれほどいた難民たちはこぞってより良い住処を探しに行ったのよ」
「ここに来る途中にそんないい例があったぜ。スピリット・タウンっていうところでさ、なんでもテュマーの大群を押し返したそうなんだ」
「スカベンジャーたちから報告のあったあの新興の? レンジャーの手も借りずにホードを耐え切るなんて大した人たちね」
「いやあ、現地の人が言うには黒いジャンプスーツに身を包み、擲弾兵の装甲服を着て、喋る短剣を肩につけた男が大暴れしたらしいんだ? 心当たりないか?」

 いきなり現れた同郷のやつと、ブルヘッドの沙汰もチップ次第な女性は良く喋った。
 ツーショットのやつは楽しそうにべらべら口を動かしてるが、白髪の気配が漂う落ち着いた物腰はこっちに向けられ。

「……デュオ坊や、あのにわかに信じがたい南の噂はまさか本当だったのかしら?」

 人様の存在を疑うような顔をされた。
 この都市に人の噂がどれだけ伝わってるかはともかく、俺はどうも信じがたいものらしい。

「こいつはストレンジャー、そして肩の短剣がイージス、隣にいる犬っぽいのがヴェアヴォルフだ。スティングの戦いの噂はもう届いてるだろ?」
「すぐそばの良く喋る男の後輩だ。南から邪魔者ぶちのめしながら来たぞ」
『こ、こんにちは……プレッパーズの【イージス】です』
「ん、ぼくは【ヴェアヴォルフ】」
「ここに【ブルートフォース】もいるぞ」
「うちは【エクスキューショナー】っす~」

 挨拶を求められたのでその通りにしてやったら、オーガとメイドも入って自己紹介の質量がとんでもないことになった。

「こいつら全員、俺の後輩ってわけさ。スティングで戦いを共にしたんだぜ」
「――信じられないわ。あんなの南の人々がライヒランドと戦うために流したプロパガンダか何かじゃなかったの?」

 流石にご婦人は戸惑ったようだ。一方でツーショットはそんな顔ぶれの後ろで得意げにしてるが。

「お話し中失礼、具体的にどの辺が信じられないのか教えてくれないか?」

 架空の存在として扱われてそうな俺はヘルメットを脱いで顔を見せた。
 噂の質とやらを尋ねれば相手は少しをこっちを見ながら。

「色々よ。遠い地から来たミュータントたちと手を組んだとか、自分たちの何十倍もの侵略者から街を守り切ったとか、最後の擲弾兵が敵の将軍を打ち取ったというのもあるわ。ここに来る途中に幾分誇張されものと思っているのだけれど」

 そう答えてくれた。よかっただいたいあってる。

「だとさツーショット、あっちの話は鮮度そのままでお届けされてるぞ」
「そりゃ信じられないよなあ。でも心配すんなばあちゃん、今日で真実になるさ」

 すると調子のいい顔がすぐ隣に並んで、その場で何かを見せびらかす。
 メモリスティックだ。何かデータが入ってるのは確かだろうが、得意げな表情がよっぽど大事なものだと訴えてる。
 それはさておきツーショットは鞄をごそっとまさぐり。

「ほらよばあちゃん、スティングの特産品だ。吸血鬼の腐敗の呪文だとか何かで熟成したスパークリングワインとチーズだぞ」

 パック入りの大きなチーズと、小奇麗なワインのボトルを押し付けた。
 150年熟成したやつじゃなさそうだ。人を殴り殺せそうな円形からは強い香りがするし、酒瓶の方は冷たい蜥蜴の絵が飾ってある。
 南から伝わった噂話ばりにフレッシュなそれに女性はえらく驚きつつ。

「驚いたわ。これは一体どうしたの? まさか向こうじゃこんな立派な物を作れるような環境が整ってるというの?」
「そうさ。これからはブルヘッドだけじゃない、外の世界に目を向けるのが大事になってくるんだぜ? そういうわけでパスくれ、連れの分全部だ」

 今日も流暢に喋るツーショットの言葉を聞き入れて、カウンター後ろの部屋へと急ぎ足で向かう。
 すぐに女性は戻ってきた。箱入りの腕輪が山ほど、チップ換算で何十万するか分からぬ価値を抱えて。

「これでいいかしら、デュオ坊や」
「おう、ちょうどこれくらいだ。んじゃ支払いは俺の――」
「いいのよ。何も言わず受け取りなさい」

 実にあっさりと、それもタダで俺たちの方へ回ってきた。
 とんでもないことをしてくれたその人にさっきまでの業務的な表情はない。俺たちにすら親し気な顔を見せていて。

「……いいのか?」
『えっ……けっこうするのにそんな頂いちゃうなんて……』
「この子やそのお友達の力になってくれたんでしょう? 私からの感謝の気持ちよ」
「っていってるんだ、ありがたく貰っとけよお前ら。おいハーレーの旦那、お前らにもだ」
「俺たちもご相伴にあずかれるってか? 最近は気前のいい奴ばっかだな、ったく」

 入場する権利が詰まったそれを、ツーショットは遠慮なく周りに配り始める。
 わん娘からお医者様まで、外でタバコを味わうハーレーたちにまで行き渡ったらしい。
 外を見れば、前より装備が豪華になった運び屋たちが腕輪をつけていて。

「フランメリアのお客様、お前らもこれつけろ。入場許可証だ」
「何なのだこれは、魔術道具か?」
「いやあ、実に大きな壁ですなあ。フランメリアに帰った時のため、是非この建築のデータを手に入れたいものです」
「ここがブルヘッドですか。さっきから空を飛んでるあれは新手のドラゴンか何かですか?」

 数台分のトラックの荷台からも、ずいぶんと面白い見た目の連中が降りてきた。
 あの時の吸血鬼のお姉ちゃんやら、眼鏡をかけた男エルフやら、馬鹿でかい弓を背負ったファッキンエルフやら、いろいろだ。

「おおアバタールの! わしらきちゃったぞ!」
「しぶとくやってたかアバタールもどき! 短剣の嬢ちゃんお元気?」

 ドワーフの爺さんたちもだ! スティングで見知ったやつらがいっぱいいる。
 突然のファンタジーな連中の出現に警備兵もご婦人も頭上に『!?』だが、向こうは構わずこっちに近づいてきた。
 そうか、やっと追いついたんだな。

「あんたらも来てたのか!?」
『ふ、フランメリアの人たちがいっぱいきてる……!?』
「おう、就職しにきたぜ! 技術屋が欲しいって聞いたからな!」
「わしらどうせこっちで過ごすなら安泰な方を選ぶことにしたんじゃよ」
「つーかすげえことになっとんのよ。西でミスリル鉱脈見つけちゃったぞわしら、乗るしかないじゃろこのデカい波に!」
「ドワーフの爺様たちではないか! やっと合流できたな!」
「ローゼンベルガーの坊主め、道中さぞ暴れたそうじゃな!」
「爺様ども! あのクロスボウすごいぞ! なんか防具貫いた!」
「そうじゃろ!? 改良の余地はあるからもっとすっごいの作っちゃう!」

 都市の目の前に集まる人外の集まりはそれはもう賑やかだ。
 俺たちの姿に気づくと、あの時のスティングで一緒に戦った顔ぶれが集まってきて。

「――フランメリアの皆さま、私が誰だかお分かりですか?」

 そこに奴がすたすたと近づく。そうだリム様のことだよ。
 和気あいあいとしていた様子だったが、ドヤ顔の三角帽子の有様はそれらすべてを無に帰すパワーがあったらしく。

「こ、こんなところに芋の魔女がいるぞ!? どうなってるのだ!?」
「魔女リーリム殿がなぜ我々の目の前に……!? 私のデータではもう会うことはないと思っていたのに!?」
「おや、魔女様。あなたもこの世界を満喫してたのですか」
「ひぃっ!? 芋の悪魔!? なんであんたこんなところにいるのよ!?」
「なんでこいつおるんじゃアバタールもどき!? お前なんてもん呼び出しとるのこの世界終わるぞ!?」
「てめえ魔女この野郎!? よくも人様の鉱山に変な芋埋めやがったな畜生が! どのツラ下げて会いに来た!?」

 再開ムードは即刻地獄のような有様になった。
 白髪のエルフ以外は台所で遭遇したGのつく生命体を扱うかの如く態度だ。一体何しやがったこの芋。

「ふっ……皆様、私のことをよく覚えてくれてるみたいですわね」
「良く刻みつけられてるみたいだなリム様。で、一体何した」
『絶対に良い方の覚え方じゃないよねりむサマ……』
「我の観葉植物のプランターが全部芋に変わっていたのだぞ!?」
「エルフの焼き菓子に使う小麦が芋に侵食されてましたなあ……」
「それどころかハーブ畑に芋植える普通!?」
「ドワーフの所有する山がジパング産の芋植えられまくとったぞ」

 どうしたのかとみんなの顔色を窺うと、仲良く順番にその罪の数を教えてくれた。
 十二分すぎる。こいつはもはやバイオテロに等しい行為をしてた。

「罪状多すぎだ馬鹿野郎!!」
『なんで多方面にお芋広げてるのりむサマ!?』
「私はただフランメリアの食糧事情を向上させようとしてただけですの! これであの国は安泰ですわね!」
「ただのテロリストじゃねーかみんなに謝れオラッッ!」

 俺はリム様を無理矢理ごめんなさいさせた。本人の得意げな顔さえなければちゃんと成立しただろう。
 とにかく。これでパスは全員に行き渡った。
 このお芋奇行種のやり取りで周りはかなり戸惑ってるが、とにかく俺はこの腕輪をくれたご老人に感謝した。
 とはいえこんな価値があるものをぽんと渡されて「はいありがとう」はちょっといただけない。せめて何か価値のあるものを渡したいのだが。

「賑やかな方々ね、変わった見た目だけど」
「お騒がせしてすみません。ところでただで貰うのは何か気が引けるんだけど」
「あら、このご時世そんなことが言える人間がいるなんてね」
「何か欲しいものはないか?」
「俺様もこうも容易くあやかるわけにはいかん。そちらのために相応の支払いがしたいのだが」

 ノルベルトも同じ気持ちだったようだ、鞄を漁ろうとしてる。
 親切なこの女性はそれでも「構わない」といいかけていたものの。

「……そうね、じゃあこれに合うものとかは?」

 さっき貰ったワインとチーズを嬉しそうに持ち上げた。
 それならいろいろだ。フォート・モハヴィで拾ったちょっとした缶詰やらがある。

「こういうのはどうだ?」

 俺たちは鞄から適当な食べ物を提示した。
 といっても軽い食事。魚の缶詰めやら150年前のクラッカーだが。

「その人はタバコも好きだぜ」

 そこにツーショットのアドバイスもあって、俺には無縁のタバコも拾って押し付けた。
 おかげで相手はにっこりだ。俺たちに大分ほぐれた顔つきを見せてくれると。
 
「それからお願いがあるわ。そこの死ぬほど元気な坊やと仲良くしてやってくれないかしら?」

 そばにいる調子のいい顔を示してきた。
 仲良くやれ、か。言われなくてもそうするつもりだ。

「お安い御用だ、死ぬほど相手してやればいいんだな?」
「お願い。いっぱい友達ができたようだね、デュオ坊や」
「そして俺の後輩だ。どうだばあちゃん、すごいだろ?」
「そんなに楽しそうなあなたの顔を見るのは久々よ。良い一日を」

 満足したその人に一言送られて、俺たちは外に出た。
 芋の魔女から逃れようとフランメリアな方々はトラックに隠れてしまったが、これで進めるな。

「そういうわけだ、いろいろ話したいことがある。送ってくぜ?」
「運転するのは俺たちだがな。久しぶりだなストレンジャー、お前のおかげで出世できたぜ」

 ブルヘッド・シティに入る権利を得た俺に、ツーショットとハーレーがもちかけてくる。
 スティングの戦いで放置されてたであろうトラックが幾つもあった。どうやらあれから新しい持ち主にありつけたみたいだ。

「なるほど、こいつらを運んできたってわけか」
「あのド変……変わった依頼主にライヒランドが使ってたトラックを送られてな。おかげで業務が捗るぜ」
「あー……うん、可能性は無限大が座右の銘の?」
「くそっ、お前黙ってやがったな? 誰かアドバイスしてくれなかったもんだからひでえ目にあったぞ」
『……ご愁傷さまです……』
「二人して黙ってたわけか!? なんてやつらだ、おかげでこっちはトラウマもんだぞ!? あの野郎いきなり俺たちにとんでもないもん見せやがって……!」
「あの人相変わらずっすねえ、アヒヒヒッ♡」

 俺たちはさっそく運び屋たちの足に乗ることにした。
 他の連中がトラックの荷台やらに乗る中、この世界で何度も世話になった先輩プレッパーズの手が「こいよ」とハーレーの駆る装甲車へ誘ってきた。



 『パス』をつけて門を通り抜けると、そこから先は別世界だ。
 現代の街並みが世紀末世界に蘇っている。
 荒野とは違う綺麗な身なりの人間が、絶え間なく走る車が、元の世界を思わせるような営みを演じていた。
 高いビルが遠くの視界を塞ぎ、狭く詰まった建物が大きな街並みをつくり、文明的な光がこの世界の夜を明るく照らし続ける。

「前にこういわなかったか? 上か下かって」

 装甲車の後部座席に座った俺は、不意に質問をされる。
 助手席に座るツーショットだ。そういえばあいつは言ってたな、ニクに「上か下か」って。

「そうだな、言ってた気がする」
「……あれってどういう意味?」

 俺はニクとその意味をやっと尋ねた。

「単純さ、門の下をくぐるから下ってわけさ」

 ところが答えは単純すぎた。門の下をくぐれば『下』の住人らしい。

「そのまんまじゃねーか」
『……そのまんまだね」
「でもそれがここのステータスなのさ。ここに住んでるやつらは文明人、北では憧れる存在だったんだ」
「さっきの会話からしてそうでもなさそうな感じがしたけどな」
「ああ、外が賑やか豊かになって、この壁の中よりいい生活ができるってオチだからな?」

 車はどんどん走る。
 振り向けば、防弾ガラス越しに後ろを追うトラックが見えた。
 ノルベルトたちが載ってるようだが、フロントガラスそばに置かれた誰かの生首がこっちにニヨニヨしていた。

「色々聞いたぜ、出発してすぐ大暴れしたらしいな?」
「そういう相手に困らなかったからな」
「へへ、すっかりサマになりやがって。聞いたぞ、死なない方の二階級特進したんだって?」
「見て分からないか? 五体満足だ」
「ちゃんと見えてるぞ、足はすけてないみたいだな?」

 そんな他愛のない話を続けてると。

「で、お客さん。楽しい会話中邪魔して悪いが……行き先はあそこでいいんだな?」

 俺たちが向かう先について、ハンドルを捌いていたハーレーがきいてくる。
 目の前を向けばどうだ、遠い街の光景の中、大きなビルが離れ離れに三本も立っていた。
 まるでお互い対立しているようにも見えるつくりだ。街のあちこちを自分のものだと主張するように、三つのシンボルがにらみ合ってる。

「そうだ、手前のあのビルだぜ。分かるよな?」
「なんだってそんなところにいくんだよ? ありゃ企業のビルだぜ?」
「まさにそのビルにちょっと用事があるんだよ」

 二人はそう短くやり取りしていた。
 車が道をいくつか曲がれば、そう見えていたビルの一つに向かって近づいてる気がする。

「それでツーショット、俺たちはどこに向かってるんだ?」

 さすがに行き先ぐらいは聞く権利はあるはずだ。
 隣に座るニクとべったりしながら、俺はこのタクシーの進行先を聞くが。

「バロール・カンパニーだ」

 ツーショットがとても短くそう返す。
 バロール・カンパニー。そういえば聞いたことがある、三つの企業の一つだ。
 なんなら三本のビルのうちの一つが段々と近づいていて、俺たちはそこに送られてるようだ。

『……確か、ブルヘッド・シティの大企業ですよね?』
「そうだぜ、ちょっとお前らに会わせたい奴がいるんだ」
「会わせたい奴?」

 で、どうもあって欲しいやつがいると。
 少なくとも俺たちに用があるのは名もなき社員じゃないのは確かだろうな。
 なぜなら助手席からの調子のいい顔は、にやりとこっちに笑顔を見せてきて。

「ああ、あの会社の社長さ。きっと驚くぞ?」

 この車がひたすらに追いかける遠いビルの姿を指で示した。
 社長だって? おいおい、そんな奴が俺たちに一体何の用だって言うんだ。

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