魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

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 道を進み、下り坂に差しかった頃、生きている都市が目についた。

「マジかよ……ここウェイストランドだぞ? ちゃんとした文明が残ってやがる」

 そこはずっと遠くからでも分かるほど、圧倒的な造形を振りまいている。
 フォート・モハヴィみたいに生ける屍さながらの廃墟じゃない、150年経った今もなお生き続ける文明の姿だ。
 まだ生きている高々とした建物が今なお何かしらの働きを見せ、人工的な灯りの見せる振る舞いが確かに人間の営みを証明する。
 そんな巨大なコミュニティは後ろを走るクロラド川を背に、周囲を巨大な壁で遮って一つの文化圏として独り立ちしていた。

『すごい、あれが戦前の街並みなんだね……! わたし、あんな文明的な街を見るのは初めてかも……?』
「うちらのいた剣と魔法の世界には絶対ない街並みっすね~……それになんか空飛んでるっすよ、なんなんすかねあれ」

 荒野を照らす巨大な形にミコもロアベアも目を奪われてる。
 この二人の口ぶりからして流石のフランメリアもこれほどの街はなさそうだ。
 でも俺には間違いなく脳裏に触れるものがあった。
 元の世界、2030年の日本の都市をどこか思い出させる現代的な姿をしていたのだから。もう少し規模を縮めて壁がなければもっと連なるが。

「おお……! なんと巨大で華やかな都市なのだ! あちらの世界でも絶対にお目に掛かれない広さだぞ! あれが150年もの時を生きた文明なのか!?」
「本当に壁で覆われてますの! フランメリアの首都よりすげーですわ! 魔法もないのにあれだけ賑わいを見せるなんてお母さん信じられません!」

 遠くにあるその姿だけで生粋のフランメリア人、オーガと魔女の二人はおおはしゃぎだ。
 端から端まで余すことなくお堅く囲う『壁』からは、時折何かが出入りしているように見えた。
 双眼鏡で確かめる限りにはいくつかのゲートがあって、車や人が行き来できるつながりがあるみたいだが。

「まさか生きているうちにこうして文化的な場所に訪れる機会が来るとはな。ヴェガスを抜けて良かった理由がまた一つできてしまったな」
「すごいなクリューサ、あれほどの都市を丸々一つ包み込んでいるぞ! あの壁のおかげでこのような世界でも一世紀近く文明を保てたわけだな!」

 こんなところまで連れてこられたクリューサは静かに感極まってるし、相方のクラウディアも興味津々に双眼鏡で見回してる。
 スティングから続く俺たちの短い旅路の途中に現れたそれは、そのサイズ相応のインパクトを与えたことは確かだ。

「……ブルヘッドだ」

 するとその遠い街の姿を見ていたニクが隣でぽつっと言った。
 そういえばスティングで話してたな。北のブルヘッドがこいつの故郷だって。

「そういえばブルヘッドから来たって言ってたよな? あそこがそうか?」
『そうだったね……ニクちゃんはあそこで育ったのかな?』

 一緒に眺めてふと気になったので、愛犬のダウナーな横顔にそう尋ねるも。

「……ん、違う。あの壁の中じゃなくて、もっと外の方」

 じとっとした表情もろとも、ニクの首はふるふると横に否定してきた。
 見れば黄色い犬の目は北に広がるブルヘッドじゃなくて、そこから北東へ続く荒地の方を向いてる気がする。

「ニク、あっちにお前の育ての親がいるのか?」
「うん。ずっと前のことだけど、都市から離れたところに小さな町があるんだ。そこにぼくたちのおじいちゃんが住んでた」

 もしその言葉通りならだが。あの壁から離れたところに人が集まって、そこにニクを育ててくれた誰かがいるってことか。
 旅の頼もしい相棒は黒い尻尾をぱたぱたさせながら、都市の光景なんかよりも育ての親が気になってるようだ。
 そいつがどんな奴か分からないが、頼れる犬と巡り合わせてくれた恩人には違いない。

「そうか。だったら今度、そいつのところに行ってみないか?」

 ここまで来たんだ、ついでにそのご恩を知らせに行ったっていいだろう。
 ニクの頭を耳ごとぐりぐり撫でると、じとっとした顔は少し嬉しそうに見上げてきた。

「……いいの?」
「ちょっと「ありがとう」の言葉を伝えたくなっただけだ。もちろんいいよな、みんな?」
『ふふっ、そうだね? ニクちゃんと巡り合えたのもその人のおかげだと思うし、わたしもお礼したいな?』
「お前の育ての親がいるのか? であれば行かねばならんだろう、どのような御方なのか俺様興味もあるしな?」
「ニク君を育ててくれた方がおられるんすねえ、ちゃんとご挨拶しとかないとだめっすよ?」
「私は構わないぞ! ダークエルフ的には良き猟犬を生む者がどんなものか気になるぞ!」
「俺も構わんがその姿だということを忘れるなよ。アタック・ドッグがそのような姿になったことを説明したところでおかしな目で見られるだけだ」
「まあ、ニクちゃんにご家族が!? 行かねばなりませんわ! お近づきの印にじゃがいもを」
「あー、うん、みんなオーケーだとさ。それとリム様は間違えても再開のタイミングで芋を差すなよ、その時はマジ許さないからな」
「しぇ、しぇぱーどぱい……」
『料理すればいいってわけじゃないからね、りむサマ!?』

 オーガから魔女様まで全員承諾だ、今度みんなでニクのいう『おじいちゃん』とやらのところに押しかけてやろう。
 芋テロするなとミコと一緒に釘をさしていると。 

「さて……向こうにブルヘッド・シティとやらがこうして構えられてるわけだが」

 遠くの景色を背に、クリューサのコート姿がこっちを向いた。

かって話か?」

 言いたいことは分かる。俺たちの現状についてだ。
 北部部隊との約束通りラーベ社の妨害をぶちのめしたわけだが、ちょうどそんな奴らがいらっしゃる都市がお見えになってる。

「そうだ、このまま素通りしてさっさと北へ向かうという選択肢だ。俺たちの仕事は誰かさんの首を狙う傭兵どもはびこる都市に殴り込むことじゃないのは承知してるな?」

 が、このお医者様の言う通りやるべきことはやったわけだ。
 これから先、刺客がまた送り込まれるという点は間違いないとしよう。
 じゃあそんな奴らが潜んでるというブルヘッド・シティにわざわざ行く必要はあるか?
 言いたいことはこうだな。素通りしてさっさとダムへ向かうか、何か理由をもって150年モノの文明にありつくかって話だ。

「いくら文明的っていっても、あんな方たちがいらっしゃるみたいっすからね~? ある意味あそこは敵の本拠地みたいなもんすよ皆さまぁ」

 そこにロアベアの意見も取り入れれば、あの都市のサイズ相応に人様の賞金を狙う輩がうじゃうじゃいるはず。
 ある意味この世界で一番安心できる場所でもあり、俺たちにとっては何が起こるか分からない何時もの世紀末世界だ。
 さてどうするか。少し思って地図を開く。
 『ブルヘッド』という土地は何もあの都市だけじゃない、後ろを走るクロラド川に沿ってデイビッド・ダムの手前までがそうだと定義されている。

「地図を見る限りで言わせてもらえば、ブルヘッドは正確にはあそこだけじゃなくてもっと北まで続いてるらしいな。目的地のダムの手前あたりまでがそうらしい」

 地図と薄暗くなりつつある風景を照らし合わせるが、北への道はまだまだ先へと続いてた。

「ということは私たちの終着点まで奴らがつきまとう可能性は十分だな。明確な敵がここにいる以上、これから先の道のり全てが敵地みたいなものだぞ」

 そこに同じく目を向けたクラウディアが口にする。
 そういうことだ、素通りしても前後左右からお邪魔しに来る可能性は付きまとう。

「つまり俺たちみんな等しくどこいっても寝首かかれますよってことだな」
『……そうだよね、さっきだって知らないうちに狙撃されかけてたし。今こうしてる間にも来てるかも……』
「今宵を敵の眼前で過ごすか、あの暗闇に紛れて過ごすか、という話だろう? ならば――」

 肩の短剣とどうするかと地図を見つめてると、オーガの強い顔が覗き込んできた。
 俺たちにとっては未知の多い場所、このあたりの連中からすれば手慣れた土地、そんな有様が書かれた紙に太指が近づき。

がいる方で堂々と休めばいいだけの話だろう? 我々の得意な戦場もあるのだぞ?」

 角の生えた大男特有のパワー全開な笑みがにやぁと街の方を向いた。
 確かにそうだったな。今じゃニシズミ社だけじゃなく、あそこにいるらしいスカベンジャーたちとも知り合いだ。
 それに派手にぶち殺し合うならいくらでも戦い方にごまかしがきく都市の方が俺にとっては都合の話でもある。

「そうだな、いざやるならああいうところで戦う方が大好きだ。不意に現れた装甲車両とかに対応しやすいし」
「ん、ぼくもあっちの方がいい。すぐに間合いを詰めれるし」
「もし戦うなら街がいいっすねえ、首を切り落とす分には動きやすいっすから」
「うむ、俺様も広い野外やらで戦うよりは堂々と徳を積める場所が好ましいぞ」
「私はどこでも対応しているから心配はいらないぞ。野戦市街戦なんでもござれだ」

 ノルベルトの一言で実力行使な面々が(おもにわん娘から褐色エルフまで)戦場にするなら都市部の方が好ましいということになった。
 こっちもこっちで後ろ盾があって、誰が敵かはっきりした以上は荒野よりも安全だろう。
 敵をぶち殺せば、の話だが。
 
『……あの、なんでみんな戦う方向性になってるのかな……!?』
「どうしてどこで寝るかの話じゃなく、どこで戦うかの話になっているんだこの戦闘民族どもは……」

 お医者様と喋る短剣の約二名がものすごく呆れてるが、もうこれでいいだろう。

「私たちが得意とする場所、それも少しでも枕を高くして眠れる場所が良いに決まってますわ! 断然ブルヘッド・シティですの! ついでに観光したいです!」

 リム様に至っては150年続く文明を楽しむつもりだ。良し決まりだ、行くぞ。

「そういうことで乗り込むぞ。お礼参りしにきたってなれば向こうも慎重になるだろ、ついでにリム様のリクエストに応えて観光と行こうか」

 話がまとまったのでさっそく踏み出した。向かうはあの壁の中だ。
 ニクが「ん」とぴったりくっついてきて、続いて後ろも歩き始めたようだ。

「敵の出鼻をくじくんだね。さすがご主人」
「流石イっちゃんえらい! お礼にデートしてあげますわ!」
「少々死人が出るかもしれんがな? フハハハッ!」
「向こうもびっくりだと思うっすねえ、まさかほんとに乗り込んでくるなんて……アヒヒヒッ」
「私もあの街がすごく気になってたんだ、食べ物とかな! さあいくぞみんな!」
「さも報復しに来たような口ぶりだが俺を巻き込むな馬鹿者が。くそっ、やつらはどうしてこんな不発弾みたいなやつに喧嘩を売ったんだ……」
『クリューサ先生、もう諦めましょう……わたしもう慣れましたから』

 かくして俺たちはダイナミックにお邪魔しに行った。
 敵がいたら殺せ、そうする限り俺たちの安全は守られるからだ。



 残された文明に近づくにつれて分かったことがある。
 この世界に残された都市と、荒廃した世界を遮るための壁は思ってた以上にデカい。
 たとえあのウォーカーを突っ込ませたとしても防ぎきることだろう。それだけ分厚く、そして小さなビルほどはある高さが全てを遮ってるのだ。

「こうしてみるとよく分かるな、確かにこれじゃ外から攻めようがない」
『そうだね……ただ街を囲ってるだけじゃなくて、監視塔も挟まってるからしっかり守られてるみたい』

 道路を辿ってブルヘッド・シティの壁に近づきつつ、ミコと一緒に見上げた。
 頑丈そうな壁はぐるっと都市の形を包み込み、その間間からせり出す塔が外の世界を熱心に監視していた。
 照明と機銃が織りなす視線は良く働いてるようだ。近づこうとするやつはいないほどに。

『でもこんなに広い壁、作るの絶対大変だよね……費用も手間もすごいと思う』
「一体何考えてこんなの本気で作ろうと思ったんだ、昔の方々……」

 そんな物騒な壁から離れたところでは、あまり清潔とは言えない小屋やキャンピングカーが並んでいた。
 都市の輪郭をなぞって作られた生活圏がさながら迷路のような振る舞いを見せてる。
 一目で見て分かった。中に入れない連中がそこで暮らしていて、そこらへんの荒野よりずっといい証拠だ。

「その外側で暮らしておられる方がいっぱいっすよ皆さま。それだけこの辺りは安全な証拠っすねえ」
「外壁部分だけでも価値があるのは間違いないだろうな、衛生的な観点を除けばだが。ひどい匂いだがそれ相応の環境だぞ、病気になりたくなければ近づくな」

 その様子にぞろぞろ近づくと、ロアベアの言葉が向かう先に確かに人々が見えた。
 荒野から逃れた人間がそこで暮らしている。どうにかブルヘッド・シティの恩恵にあずかろうと創意工夫のもと住居を構えてるらしい。
 そのせいで都市に周りにちょっとした街ができてる有様だ。まあ、ひどい匂いだが。

「……変なにおいがする」
『……うん、そうだね。ちょっと離れた方がいいかも』

 ニクも顔をしかめるレベルの。クリューサ先生の衛生指導には従おう。
 進む先を選ぶと、お世辞にもきれいとは言えない営みにぽっかりと道が空いていた。
 道路があった。太い道路が都市から外の世界まで道のりを作っている。

「確かに人がいっぱいいるけど……なんか違和感を感じるな」
『違和感? どうかしたの?』

 しかしそんなスラムさながらの有様を見てると、少し感じることがあった。
 確かにこの辺りは、それはもういろいろな建築物が乱立してるわけだが。
 だからこそだ。こうして歩いてる間にも、そのあちこちに人気があんまり感じられないのだ。

「私もだぞイチ。確かに見てくれは派手だが人が少ない」

 クラウディアも気づいたらしい。褐色肌の鋭い顔はあたりを見回してる。
 実際その通りだった。違法合法の話はとにかく、それだけ建物があるのに人の数が釣り合わない。
 もし一つ一つ全てに誰かいるとすれば、もっとこう賑やかなはずだ。

「そうなんだよな。見た目は凄いけど活気はないっていうか……」

 もっと集中してみればなおのことだった。
 人が住むためにこしらえられたはずのそれは、けっこうな数が放置されていた。
 例えばそこに100という数字をあてがえば、実際のところここで営む人間の数は50ほどだ。

「建物の数に対して人が少ないですわね……どうしたのかしら?」
「むーん、そうだな……それにこの朽ち果てようからして、それなりに使われずに捨てられてるようだが」

 リム様とノルベルトも不思議そうだが、俺のお願いはただ一つだ。
 どうか不穏なサインでないように。行方不明になった人々がとか、何かが起きてるだとかイベントは今のところ遠慮してる。

「いいかお前ら、いるはずの人がいない案件はごめんだぞ俺は。理由は分かるよな?」
『わたしも、そういう話題はもうけっこうです……」

 身に覚えがありまくりな俺とミコはカニバリズムがいないことを祈って進んだ。
 ともあれ、そんな違和感の混じる風景を通り抜けるとあるものが見えてきた。
 門だった。監視塔に挟まれるような形で、二つの出入り口が俺たちに眩い都市の光を押し当てており。

【ブルヘッド・シティへのアクセスは入場パス着用者のみ許されております。デバイスはゲートそばのトレーダーハウスでお求めください】

 などと、入り口の間に張り付く巨大なスクリーンが注意を向けていた。
 戦車ですら余裕で通れそうな高さと幅を自慢とする二つの道には、都市型の色をしたアーマーを着た男たちが構えている。
 こうしてる間にもゲートにいろいろな人間が列を作っていて、そんな顔ぶれを一つ一つ手持ちの機械で検めており。

『ブルヘッド・シティ・パスが検知されました、お進みください』

 門からの電子的な音声が許可した人間を迎えてるようだ――なるほど、栄えた理由が良く分かった。

「どうも俺たちもここに入るための資格がいるらしいな、入りたきゃパス買えってさ」
『有料なんだ……』
「それはそうだろうな、無秩序に招き入れて崩壊させないために努力されてるようだ」

 クリューサが金が必要になると言ってた理由が良く分かったよ。
 俺は指示通りにあたりを探った。門から少し離れて、周囲の秩序のない建物と壁の間にそれらしい建物を発見。

「良く聞けみんな、全員分の入場券を買わないと入れないらしい。さっそくお買い求めに行くぞ」
「なるほどそうやってこの文明を保っていたのだな。ならば構わん、郷に従うだけよ」
「うちらもやっと文明人の仲間入りってことっすねえ、あひひひっ」
「クリューサの言う通り金が必要になるんだな、仕方ない払おう」
「お金とるなんてフランメリアじゃ考えられませんの……!」

 リム様の口ぶりからあっちの世界じゃ入るために金をとる場所はなさそうだが、みんなしぶしぶといった様子だ。
 俺たちのいろいろな顔つきが壁に近づくと、警備員らしい青味のあるアーマーを着た連中は露骨に「なんだあれ」と訝しんできてる。
 まあ慣れたもんだ。お構いなしにそばの建物に近づくと、ガソリンスタンドを再利用したオフィスが設けられており。

「失礼、パスの購入場所はここでいいか?」

 そこへ全員で押し掛けると、カウンター越しに嫌な顔が飛んできた。
 厳しい顔つきの中年の女性だ。ちゃんとしたスーツを着ているが俺たちを見るなり胡散臭そうにしており。

「ようこそ、あなたの言う通りここであってるわ。チップまたは取引するものはちゃんとある?」

 ストレンジャーもバケモンも等しく良くない目でみたまま、そいつは周りにあるものを示してきた。
 どうもここは物品のやり取りも行われてるらしい。
 反対側に廃墟で見つかりそうな雑多な物品が品物として積まれてる。

「あるつもりだ。パスが全員分欲しい」
「そこのミュータントたちの分も?」

 入場するための権利をくれ、と申し出るとなんとまあ、厳しい返しだ。
 あんまり俺たちのことを良く思ってない感じだった。ノルベルトたちは平然としてるが。

「いくらだ? ここじゃ子供価格、大人価格、ミュータント価格があるのか?」

 なるべく刺激しないように返した。その態度相応に。
 少しは気に入ったんだろうか。向こうはふっと鼻を鳴らして。

「肝が据わってるわね。チップがあるならよほどの重罪人じゃない限りは平等よ」

 後ろから何かを取り出した。
 何かの機械が埋め込まれた腕輪みたいなものだ。伸縮性があって、オーガサイズにも対応してそうだが。

「まあ南でいろいろあったからな、全員分買いたい」
「一つ20000チップよ」
「……ん?」

 ……二万チップ?
 さすがに冗談かと思った。気を許した顔でそんな額を提示されたんだぞ?
 しかし向こうの顔はマジだ。冗談も意地の悪さもない事実だけがあって。

「20000チップ。あわせて――」
「待て、そんなにかかるのか? 冗談だろ?」
「本当よ。これでも欲しがる人が減って安くなったのよ」

 さすがに信じられずみんなで顔を見合わせた、困った感じのやつで。
 対して向こうは外を見て何やら思ってるようだ。それでも安くなってるって?

「どういうことだ、値引きして20000って……」
「最近は外に異変が起きて人が住みやすい環境になって、買い求める人が減ったのはご存じ? その影響で一万ほど値下げしたのよ」
「なるほど、良心的な価格になったわけか」
「そうよ。それで買えるのかしら?」
「北は金が要るといったのは俺だが、まあ仕方がないだろうな」

 クリューサも「はぁ」とため息をついてる。
 ぼったくりじゃないのは確かだろう。向こうの顔に意地悪さじゃなくて、業務に忠実な面白みのないものがあるのだから。

「もし足りないならそちらの持ってる品を買い取るわ。ここでは外の物品の売買もやっているから、それで支払うのも選択肢の一つだということだけは伝えておきます」

 淡々とそう言われて俺たちは「仕方がないや」と総意が決まった。
 ちょうどあっちでいろいろ漁ったんだ、売ればなんとかなるだろ。
 そう思って荷物に手をかけると外からトラックの重々しい停車の音が聞こえてきた。

「ならよかった、フォート・モハヴィでいろいろ集めて来たんだ」
「あそこで?」
「ああ、ちょっと稼ぎ時」

 そういってあの廃墟で集めた物品を探ると、向こうは興味深そうに首をかしげる。
 話してやるとして、さて何か売れるものはないかと探るが――

「よお! やっぱりいやがったか!」

 そんな折、後ろからいきなり声が響いた。
 ドアが開くなりかけられた一言に少し驚いたが、なんだか聞き覚えのある調子だ。

「――デュオ、あなたなの!?」

 しかし妙だ、目の前にいる女性がいきなり立ち上がる。
 そう思えば今度はぱしっと肩を叩かれた。誰だ、そんな馴れ馴れしいのは――

「イチ! 良くここまできたなぁ? どうだ、元気してたか?」

 私服にアーマーを重ねた気軽で身軽な男の顔だ。
 笑顔が似合う軽々しい顔立ちと言い、その姿といい、俺たちは良く知ってる。

「……はぁ!? ツーショット、お前――」
『つ、ツーショットさん!?」
「……俺たちもいるぞ。まったく変な届けモンさせやがって」

 そんな姿に覚えのあるレイダーっぽい姿もついてきた。
 外に停まる何両かのトラックを背後に、ハーレー率いる運び屋たちもいる。
 どういうことだ? どうしてツーショットのやつがいるんだ?
 いろいろ疑問が浮かぶが、

「ツーショットさまがいる……!」
「おお、ツーショット殿! この前ぶりではないか!」
「お~、お久しぶりっすね。なんでこんなとこいるんすか?」
「ツーちゃん! きとったんかワレ!」
「久しぶりだなあ、プレッパーズども。てことでばあちゃん、パスくれ」

 ニルソンにゆかりのあるやつに親しく顔をあわせながら、あいつはいつものいい表情でカウンターに詰め寄った。
 俺たちと取引をしていた相手はそれどころじゃなくなったようだ、硬い表情もほぐれてまるで家族と再会したような楽し気な顔をしていて。

「帰ってくるなら連絡をよこしなさい、おかえりデュオ坊や」
「ただいま、ちょっと帰省しに来たんだ」

 二人は相当親しい様子でハグした。
 いきなりの有様に俺たちは何事だ、どうすればいいんだ、とお互いの顔を伺うだけだった。

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