魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

質問終わり、次の旅路に行く前に

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 スーツの男は言っていた。ここよりもっと北のブルヘッドには、戦後150年もの時を生き抜いた企業があると。

 それは元々は一つの巨大な組織だったそうだ。
 ところが派閥争いだので分裂した結果、旧世界の企業はたった三つしかこの世に残らなかった。
 兵器を中心に幅広い産業に手掛けるニシズミ。電子機器製造と街の娯楽を司るバロール。傭兵の派遣から武器製造まで仕事に事欠かないラーベ。
 ブルヘッドの支配をめぐり今日も仲良く(血で血を洗う)競争に励んでいたそうだが、今回ばかりは複雑になった。

 ラーベ社とか言う連中が過去の恨みつらみからニシズミ社に嫌がらせをしたことから、この件は始まったのだ。

 無駄に数だけは多いホワイト・ウィークスの声のでかい連中をことごとく雇用し、企業の後ろ盾を得た大規模な窃盗集団を生み出した。
 その罪状は数えるのがクソになるほどだ。
 ニシズミ社の財産を外部へ持ち逃げし、ついでにブルヘッドの法を破りまくり、勢い余ってファクトリーの貨物まで手を出したらしい。

 俺たちが目にした(そして破壊した)あの車両といい装備といい、何から何まで盗品だったわけである。
 きっとラーベ社は白いカスどもを利用するだけ利用したら切り捨てるつもりだったんだろう。
 ところが困ったことに、調子に乗ったあいつらが想像の数倍以上は好き放題にやった挙句にこの体たらくだ。
 世間をお騒がせしたパクり集団との関与が認められ、それはもうBBQが焼けるぐらい炎上してるそうな。

「……なるほど、よくわかりました。では最後に個人的に気になった点をいくつか皆様にお伺いします、よろしいでしょうか?」
「何でも聞いてくれ、俺たちの年齢とかスリーサイズに体重でもいいぞ」
「残念ながら興味はありません、妻子持ちでして。まず、ホワイト・ウィークスの者たちの遺体を調べたところ頭部を切断されたケースが多々見られたのですが、一体何があったのでしょうか?」
「それ、うちの仕事っす~♡ なんか邪魔してきたんでいっぱい切り落としたっすよ」
「……そ、そうですか。では次の質問です、街の東部に破壊されたデザート・ハウンドが幾つも見受けられましたが、これは貴方たちが撃破したのでしょうか? 強い衝撃で内部機構が故障したものが見受けられましたが……」
「俺様が破壊したぞ。奴らは接近すれば攻撃手段を失う、となればこの戦槌で脳天を叩き割ってやるだけのことよ」

 フォート・モハヴィでの出来事をみんなで洗いざらい吐き出すと、スーツの男は面倒そうに表情を悩ませた。
 付き添いの警備兵たちも「冗談だろ?」とひそひそこっちを見てくるほどだ。
 同席していた色濃いレンジャーたちも苦笑いしてしまってる。

「……にわかには信じがたいですが、間違いないようですね。スカベンジャーたちの証言に首を斬るメイドと無人兵器を壊すミュータントがいたとありましたが、どうも信じるほかなさそうです」

 長く話を聞いてくれたそいつは、タブレットの録音機能を良く見えるように切ってから無理やり頷く。
 しかし満足のある表情だ。特にウォーカーの戦闘ぶりには大変身に染みるものがあったようで。

「俺たちの話はお気に召したか?」
「実に。いやあ、素晴らしい! 鉄鬼で鉄鬼を殴るなど当社の規定では到底できない真似ですからね、それも実戦であの性能を遺憾なく発揮できるなんて是非とも現場で見合わせたかったほどですよ。30㎜オートキャノンも実戦の場において既存の車両や人員以外にも中型以下のウォーカーにも通用するという発見も大きいものですし、やはり胴部の二連装機銃は市街戦において重要なものだと気づかされ」
「オーケーとっても喜んでくれて何よりだ、いいインスピレーションになったみたいだな」
「実に! 一番の収穫は我が社の誇るウォーカーが戦場に死を振りまく脅威となりえる事実ですよ。あなたたちの活躍ぶりもそれは恐ろしいものですが、鉄鬼がもたらした実績のほうがウェイストランドに名を馳せるでしょうね。それもストレンジャー様、あなたと共にね」
「俺の後ろにラザロって相棒がいたことも忘れないでやってくれないか」
「もちろんです。彼の経歴にはいささか問題はありますが、ニシズミ社に多大な貢献をもたらしたとして相当の恩赦を与えることは保証しますよ」
「ならいいんだ。あいつはすねに傷持つ奴だけどストレンジャーの仲間だ、大事にしてくれ」
「ご安心ください。彼は一体どう学んだのかはわかりませんがウォーカーの扱いにも慣れているのですから、これほど我が社が求める人材は他におりませんよ。ラーベ社からの保護も兼ねて整備士として勤めてもらうつもりです」

 これで俺たちのお話は終わりだ。
 あの都市であった情報量抜群な出来事は当事者以外を全員ドン引きさせるような効果があったようで。

「……ストレンジャーズは滅茶苦茶な奴らだとほんのり耳にはしていたが、誰がそこまで常識を外れろといった? あの婆さんどもがお前にどういう教育をしてきたのか心配になってきたぞ」

 横でずっと耳を傾けていたマガフ中佐はプレッパーズのバケモン集団を見てそう不安げに口にしているし。

「言っておくが俺は気に入ったぞ。どこに敵の演説中に堂々と乗り込んで暴れ回った挙句、指揮官を焼き殺して総崩れにさせる勇敢なプレッパーズがいるんだ。今年は豊作じゃないか」
「目に入る敵は全て駆逐するあなたたちの戦いぶりは目を見張るものがあるわ。ボスは相変わらず良い選択をする御方ね?」

 少尉と准尉は俺たちが成し遂げた馬鹿騒ぎにとても感心しており。

「ストレンジャー、お前の前世は対戦車兵器かなんかかよ。俺たちのキルレートの何倍スコア稼いでんだ?」
「それがどうもプレッパーズに入ってからどうも機甲戦力と戦う運命が定まったらしい」
「あのババァこいつに『ストレンジャー』じゃなく『アンチタンク』とか『ジャベリン』とか名付けた方が良かったんじゃねえの? どこにこんな上等兵がいやがんだって話だぜ」

 すぐ隣でお話をじっくり耳にしていた角刈りの黒人も面白そうにしていた。
 スーツ姿の男たちも楽しく会話を交わせたようだ。相当な収穫があったのかタブレットを手に納得した顔つきだ。

「さて、そうなるとここに三つの事実があるわけだ」

 そして一区切りがついたところ、静かににっこり話を聞き入っていたフォボス中尉がなめらかな声で言いはじめる。

「一つは北部で起きたこの騒ぎにはラーベ社が深く関与していること。二つはホワイト・ウィークスのここまでの悪行とのその結末は雇い主からしても想定外だったこと。そして三つは――」

 コート姿のレンジャーはそう口にしつつ、なぜか俺たちを見て来た。
 人外の姿までもを広くとらえる穏やかな目に「三つめは?」と首をかしげてみると。

「あの企業は君たちストレンジャーを、そしてその協力者すべてを敵視することだろうな。ここまで手痛い失敗の原因となった者たちにそれなりの仕返しを企んでるに違いない」

 なんともぶっ飛んだ続きが告げられた。企業の損失分仕返しをしようとする連中がこの世にいらっしゃるだとか。

『……仕返しって、悪いことを折り重ねてきたのは向こうですよね』

 さすがのミコもどんより呆れてしまってる。

「ところが向こうにとってはそれが普通なのだよイージス。ラーベ社とはそういうものだ、社員に示しをつけるため、そして利益を妨げる者は力づくでねじ伏せるのも彼らの生業の一つだからな」

 そんなおっとり声の冷ややかな調子に、中尉はこっちの胸元を覗いてきた。

「邪魔してくれたお礼をわざわざしてやるってか? 暇なのかあいつら」
「そういう企業なのだよイチ一等兵。あの企業はあらゆる製品を広く手掛けるのはもちろんだが、自分たちの保有する兵士を派遣させる商売も行っているのだ。荒事に慣れた彼らは上からの指示があれば利益のためになんだってする連中なのだぞ?」
「あーつまりこうか? 我が社の顔に泥を塗ってくれたおかげで商売あがったり、お前たちのせいだストレンジャー、この代償は高くつくぞってか?」
「北ではその言葉通りの前例が過去に幾度もあったと聞いたら驚くかな?」
「びっくりだな。まあスティングほどじゃないけど」
「肝が据わっていてよろしい。だが今回は君たちだけではなく我々シド・レンジャーズも含まれていることだろうな」

 フォボス中尉はそう教えてくれたものの、俺の人生はろくでもないやつに恨まれるきらいでもあるのか心配になってきた。

「もちろんそれを見越してこうして話し合いの場を設けたんだがな」

 が、その場に捻じり込まれたのはマガフ中佐のそんな声で。

「あの白いクソどもは本来シド・レンジャーズが対処しなければならない存在だった。だが決定的な証拠が掴めない以上、ましてブルヘッドとの折り合いもあって奴らに手を出せなかったわけだ。その結果あちらの市民に加えてお前たちやスカベンジャー、そしてニシズミ社に損失と苦労をもたらしたことを詫びさせてくれ」

 腹に力のこもった声で、北部レンジャーの指揮官が頭を下げてきた。
 ホワイト・ウィークスに痛い目にあわされたスカベンジャーたちはともかく、正直俺たちはそこまで気にしちゃいないが。

「お気になさらず、マガフ中佐。我が社の主であるニシズミ社長は今回の件に関してはやむを得ないものがあると仰っていましたから。確かに貨物が奪われたのは紛れもない事実ではありますが、我々にはそれ以上に得るものがあったのですよ」

 ニシズミ社の人間だってそういってる。いい笑顔を浮かべるぐらいだ。

「ブルヘッドの奴らがどう思ってるかは俺には分からないけど、少なくともストレンジャーズからすれば『別に平気だけど』って感じだぞ」
『複雑な事情があるなら仕方がないと思います……それに、だからって悪いことばかり起きたわけじゃありませんから』
「ん、むしろいっぱい走れて楽しかった」
「心配は無用だぞマガフ殿、自身の強さを試す良き機会だったからな」
「いっぱい首をはねてお買い物もできたっす~♡ あひひひっ……」
「大したことはなかったぞ、数は多かったが脆弱な人間どもだったな。テュマーの方が100倍厄介だ」
「ブルヘッドの行く末は俺に関係あるものか。白い馬鹿どもが痛い目見たのならそれで十分だ」
「私の大事な帽子を撃たれちゃいましたけれども、イっちゃんがしっかりお返ししてくれたから問題ねーですわ!」
「ちなみにリム様の帽子はうちがきれいに直しておいたっすよ」

 対して俺たちストレンジャーズはこの言いようである。
 フォローするどころか楽しかったと思い返したり、果てには帽子のことを気に掛けるような芋の妖怪までいる。
 少し思い詰めていたマガフ中佐はすぐに馬鹿らしいと気づいたらしく。

「……お前たちの非常識さがありがたくなってきたところだ。本当になんなんだお前たちは、流石の俺も疑わしくなってきたんだが」
「まあ、心配はいらないんじゃないか中佐。確かにブルヘッドじゃ奴らの悪行がさぞ迷惑をおかけしたようだが、それ以上にストレンジャーの名前も届いて噂されてるんだ。こいつらの向こうでの活躍に頼ってもいいんじゃないか?」
「それにこういう手合いのトラブルは私たちシド・レンジャーが負うべき責任ではなく、あくまで企業が主体で、それも向こうの主たるブルヘッド・シティが持つべきものよ。そういうルールだったのを忘れたのかしら」
「そっすねえ、あいつらの悪行的に世論はラーベ社の方を憎むだろうし大丈夫だと思いますぜ中佐。俺たちが働くのはこれからでは?」

 少尉と准尉と上等兵という顔ぶれもそんなお気楽な様子だ。
 プレッパーズらしい空気がここにある気がする。

「ということでニシズミ社からあなたたちにお伝えすることがあります。これから先ラーベ社がストレンジャー様やその関係者に対して何かしらの手段で害そうとすることでしょう」

 するとその場の空気にニシズミ社の男が口を開く。
 北の企業がお礼参りしてくるから覚悟しろってか? 上等だ。
 そう思った矢先、ノルベルトがすっと手をあげて。

「その妨げる者たちは当然、力づくでよいのだな?」

 設けられた発言の場にそう強く言ったのだった。
 それもニヤリと鋭い笑みを浮かべて。お前は頼もしい奴だほんと。

「どこにでもどかしてもらっても結構です。たとえそこが地獄の底であろうとも誰も文句は申さないでしょう」
「フハハ、ではそうさせてもらおう。楽しみではないか」
「頼もしいお返事ですね。ニシズミ社はあなた方の味方ですよ、もしブルヘッドに足を運ぶことがあれば我々がサポートしますから」

 ロボット大好きなスーツ男は親しく笑顔を見せてきた。
 どの道通らなければならないところだが、勝手に恨んでくる敵だけじゃなくこうして信頼できる味方もできたのなら好都合だ。

「……さて、これで聞きたい話は全部だね?」

 お互い良く話したところで、フォボス中尉がその場を区切る。
 納得が残るこの場でこれ以上の話はないようだ。ニシズミ社の奴らは警備兵ともどもお礼を口にして。

「実に。とても有意義な時間を過ごせました、どうもありがとうございます」
「そりゃよかった。こちらこそどういたしまして」
「さて、これにて事情聴取は終了だ。後はシド・レンジャーズとニシズミ社の深い話となるから帰っていいぞ」

 こうして話が終わると、マガフ中佐が「ご苦労」と役目の終わりを伝えてきた。
 ジータ部隊の面々に大事な話があるらしい。後はご自由に、どうぞごゆっくり。

「ストレンジャー、少しいいかね?」

 みんなでぞろぞろ出て行こうとするわけだが、そこで言われて捕まった。
 オールバックの中尉がにこにこしていた。何か頼みごとがあるような顔だと思う。

「何かお願いがあるって感じだな?」
「手伝ってもらいたい仕事があるんだといったら君はやってくれるな?」
「内容によるぞ」

 やっぱりそうか、どんな話だ。
 その場を抜けて一緒に外へ出るが、中尉殿は外の空気に触れるなり。

「そこの短剣のお嬢さんには席を外してもらうようなことだよ。頼めるかい?」

 さも不吉な物言いを堂々としてきやがった。
 ミコに席を外してほしいことなんてやましいことなのは間違いないだろう。いわゆる汚れ仕事か何かか。

『……わたしがいたら不都合なことですか?』

 さすがの方の相棒もそう不満げに言うも、フォボス中尉はにこにこのまま。

「ホワイト・ウィークスの方々から証言が欲しくてね。是非ともストレンジャー上等兵の力を借りたいんだ」

 声も表情も変わらぬまま、楽し気な雰囲気でご指名してきた。

「俺が必要ってことはそういうことか?」

 まさか力仕事か、と尋ねるのも「違うなあ」と首を軽く振られた。
 でも俺みたいなやつが求められるってことはろくでもないことだろう。実際そうなのか目の前の中尉は明るい顔を崩さぬまま。

「良く聞け。生きているホワイト・ウィークスの者たちをここに連れて来た、どうも君を知っている者らしくてな。当事者である君に立ち会ってもらいたいのだよ」

 にいっ、と深い笑みをそこに作った。
 『感覚』が高いせいかかなり不穏なものをそこに感じたのは言うまでもない。
 やっと気づいた。こいつは確かにいい顔だが、こんな場所にいるやつが普通なはずないのだ。

「前にもこういうシチュエーションがあったから言わせてもらうぞ。親切にしたいんだな?」

 生き残りを捕まえて、いつの間にかここに連れて来たって?
 そんなことを嬉しそうに言う奴なんてまともじゃないだろう。身体にお尋ねする方の尋問か何かに違いない。

「うむ、私は彼らに丁重にお伺いしたいものでな。なに心配はいらんぞイチ上等兵、今回の件についていろいろ聞きだすだけだ」
『……それって、尋問ですか?』
「イージス、心苦しいがで話し合いたいんだ、ダメかな?」

 さすがのミコも口をはさむが、返されたのはイケおじのウィンクだ。
 とてもこういう物事の前にするべきじゃない態度だと思うが、フォボス中尉はこっちに顔を戻して。

「重要な話だぞ。君の旅路と我々のために付き合ってもらいたいのだ、イチ上等兵」

 深い笑顔でまっすぐと言ってきた。
 だが目は笑ってない。口元が不気味さすら感じるほどに曲がってるだけだ。

「元ホワイト・ウィークスの証言だけじゃ足りなかったのか?」

 ラザロの告発じゃご不満だったのかと聞くが、中尉殿は物足りなさそうに首を振って。

「そう、現役の者たちから現場の声を聞きたくてな、そのために奴らに恐怖を植え付けた君がどうしても必要でな」
『いちクンにその人をどうさせるつもりなんですか、中尉サン?』

 ところがまたミコの言葉が挟まる。
 しかしそれに返されるのはやっぱり笑顔だ。狂ってるような顔なのだ。

「大丈夫、君の大事な相棒に人殺しはさせないよ。ちゃんとブルヘッドに帰させてあげるつもりだ」

 そうは言ってくれたが、何かおかしい。
 無理やり喋る短剣を言い伏せると、中尉は「さあいこう」とこっちを誘ってきた。
 少し悩んだ。結果的に肩の鞘を外してニクに預けて。

「……悪いみんな、今日もちょっと一仕事行ってくる」
「……ん、ぼくもいっちゃだめ?」
「ダメだよ、だけで話し合うんだ。君はお留守番だ」

 フォボス中尉の楽し気な言いように、俺はクソ律儀に一人でついていくのだった。
 その後姿といったらとても愉快そうだ。これからお尋ねになるというのに遊びに行くかのような気楽さで。

「……さて、歩きながらいろいろ話しておきたいことがあるんだ。ついておいでイチ上等兵」
「何についてだ?」
「この後の君の旅の段取りだとか、他愛のない雑談さ。お嫌いかな?」

 そこで俺はようやく気付いた。
 振り返る姿に浮かぶそいつの顔は、白い歯を剥きだしにして人殺しの黒い目をちらつかせる狂気の実ったものだと。

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