魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

ストレンジャー、五十口径をその手に(ただし外骨格越し)

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 例えばの話だ。
 俺たち人間がいつも通りに片腕を持ち上げるとする。
 すると身体は自重にあわせて適切な力を出してくれるはずだ。
 一歩歩くだけでも、全身の関節がそれらしい形を保ってくれるおかげで人類は地面とキスせずに済む。

 ところがどうだ、エグゾアーマーは。
 こうして無事に外骨格の中に閉じ込められて最初に感じたのは、思い通りに動かないもどかしさだ。
 立とうとすれば上乗せされた体重に足の感覚が狂ってよろめく。
 歩こうとすれば普段の感覚以上に動く下半身についていけず転ぶ。
 こいつのおかげでまだ二足で立てない赤ん坊の気分が良く味わえると思う。

 どうにかレンジャーたちの介護を受けながら立ち上がろうと苦戦する内、気づいたことがある。
 外骨格は装着者に違和感を与えるのだ。
 腕を動かせば少し引っ張られるような感覚と共にすんなり動くし、僅かな動作だけでも関節が何個も増えたような肌触りが伝わる。
 だから人間、しいてはストレンジャー(学名:タンクデストロイヤー)が乗り込めば外骨格の動きに振り回されるわけだ。
 それはもうまともに歩けないほどに。一体あれから何度転んだのやら。
 北部部隊の皆様からすれば、ここまでギャップに振り回される人間は初めてだそうだ。

「いいか、エグゾアーマーを着たら普段の歩き方にあわせようとするな! こいつにゃこいつの歩き方がある!」

 それでも諦めないと立ち上がり続けるうち、俺はようやく行進するタロン上等兵についていけるぐらいになった。
 いつも通りに動く姿を少し大ぶりにするようなアクセントを込めて一歩、腰もやや持ち上げて着地に備える。
 次にがしゅんと鳴るモーターの感触もろともずっしり地面を踏む。
 分厚い足の装甲に硬さがほんのり伝わった。これの繰り返しだ。

「どうだミコ、歩けてるだろ?」

 どうにか人間らしさを取り返せたところで肩の短剣に話しかけるが。

『……狭くてずんずん揺れて目が回るよー……』

 狭苦しいアーマー内に具合の悪そうなおっとり声が立ち込めてしまった。
 誰かさんが二足歩行を取り戻すのに付き合わせたせいだ。すまない相棒。

「そりゃあお前の歩き方がなってねえからだ! イージスが酔わねえ歩き方ぐらいになれ! もう一周!」
「でもだいぶ良くなってるっすよイチ様ぁ、さっきまでは生まれたてのロボットみたいな歩き方だったんすよ? あひひひっ♡」
「ん。ご主人、ぼくが後ろについてるから……頑張ろう?」

 しかし手厳しい先輩上等兵にはまだまだ及ばないらしい。
 ついてくるロアベアとニクに後を押されながら、俺はまた基地の内側をずんずん歩く。
 基地を守る障壁に沿って足を進めると、道中にこっちを面白そうに眺めるレンジャーどもがいて。

「いきなり三度も転ぶ奴なんて初めてだぞ。ある意味大物だなお前」
「エグゾアーマーを意識して歩くんじゃない、いつもの調子にそいつの機嫌を合わせろ。お前はロボットじゃないんだぞ」
「もう転ぶなよストレンジャー、お前がまた転ぶかどうかで賭けてるんだ。がっかりさせるなよ」

 ここの先輩どもは人様の訓練の様子を楽しんでらっしゃるようだ。
 いい見世物ができて何よりだ。今に見てろよお前ら。

「左右の足のリズムも気を使えよ! いつもみてえに着地の感触が足に伝わりにくいと思うがアテにすんな! 大事なのはテメエの感覚だ!」

 タロン上等兵が後ろ歩きにこっちを視認しつつ、更に進んだ。
 言われた通りに意識する。左を前に、右をもっと前に、上乗せされた外骨格の出力と共に自分の重みを支える。
 足裏に届かない地面の感触はアテにするな、足元なんて確かめるな。とにかく歩け、気取らず新しい普段を振舞え。
 下がっていく砂漠色のエグゾを追いかけてるうちに、段々と歩くペースが速まってきた。

「おっ……いいぞ! 何か掴んだな!? その調子で少し足を早めろ、んで俺についてこい!」

 どうもよくなってきたらしいな。親切な上等兵がくるりと振り返って、その背中を早足に離し始める。
 足元のことは忘れて前を見た。時々振り返るタロン上等兵の姿を捉えて左へ、右へ、左へ、右へ。

『あっ……良くなってるよ、いちクン! さっきよりちょっと速いかも……!?』

 その走る感覚はミコにも伝わったようだ。ぎこちなさからくる振動も収まってきてる。
 引き離されまいとやや大ぶりのペースで歩く。外骨格の足回りが軽く唸り、ずしりとした足音が早く刻まれる。
 いいぞ、ついていけてる。
 なんだかわかってきたぞ。こいつは歩幅が少し長いんだ。
 いつも歩く感覚に加えて外骨格の分だけ少し強く踏み出せば、なんとなくだが全身も自然に動く。

「おいおい、お前まじかよ!? 歩くどころか走れそうになってんじゃねーか!」

 エグゾアーマーの感覚が分かってきたところで、タロン上等兵が驚いていた。
 気づけば早足に歩けていた。それに身体だって身の振り方が分かってきたというか。

「こっちからの質問はシンプルだ、それってすごいのか?」
「歩くまでは当たり前だけどよ、こんな短時間で早足までいけるのは大した奴だと思うぜ」
「じゃあもしも走れたらどうなる?」
「たぶん直ちに少尉か中佐あたりからレンジャー勧誘がとんでくるぜ。やってみっか?」

 さんざんなスタートだったけれども、今の俺は現役レンジャーが驚くほどにちゃんと歩けてるようだ。
 なんだったらさらに一歩踏み出せそうだ。今朝から歩き方を教えてくれた男は「やるなら付き合うぜ」と基地の外周を示してる。

「じゃあ付き合ってくれ、みんなを驚かしてやりたい」

 少し考えて、俺は自分の感覚を試してみたくなった。
 先輩上等兵はご親切に付き合ってくれるそうで、こっちに背を向けつつ。

「そうこなくちゃな、ストレンジャー。俺からのアドバイスだけどよ、そいつで走る時は変に力むんじゃねえぞ。この時ばっかは生身で走る時をイメージして走れ」
「エグゾを意識しなくていいのか?」
「走る時に自然と生じる力みで十分なんだよ。必要以上に生身の刺激を混ぜるなよ」

 続けて小走り、そして足の回転率を一段上げて素早く進みだす。
 本気ではないエグゾの姿が遠のいていく――すかさず俺はまとわりつく外骨格と仲良く踏み出した。
 言われた通りに変な力も込めず、むしろいつも戦場を駆けているときのように足を動かしてみる。
 走れた。重々しい足取りを残しつつ、小さな走りから大きな走りへ。

「よっ……よし、なんかつかめてきたぞ!?」
『わっ……! す、すごい……走れてるよいちクン!?』

 装甲に包まれた身体がぐんぐん進む。
 けれども走っている感触は確かにあった。ヘルメット越しに映る基地の光景が、駆けるにつれて変わっていく。
 追いかけるタロン上等兵のエグゾ姿にしっかり食いついている。本人は時折こっちを見ながら驚いていて。

「へへっ、やっぱすげえなお前! もうそいつをものにしたってのか!?」
「ウォーカーに比べれば楽だな!」
「そういやお前、あれに乗ったんだってな? どうだったよ!」
「なんていえばいいんだ……なんかこう、すごかった! 慣れれば思い通りに動いてくれた!」
「マジかよ! いいなぁ、俺もあれ乗ってみてえや!」

 俺たちはとうとう、走りながら他愛のない会話ができるほどになった。
 やがてご指導してくれた姿も本気を出して内周を駆け抜けるも、多少の遅れはあれどどうにかついていけるぐらいだ。

「大した奴だなストレンジャー。誰かさんの言う通り勧誘にきたぞ」

 そこに横から別のエグゾアーマーが並び入ってきた。
 声からしてダネル少尉だ。撃破数やらが書き込まれた砂漠色の装甲が、特に人なりを表している。

「ほらな、少尉殿がきてくれたぞ」
「半分冗談のつもりで言わせてもらうが、シド・レンジャーズに入るのはどうだ、お前なら北部部隊でも十分やっていけるぞ?」
「勧誘ありがとう少尉、でもウェイストランド以外にも哨戒しないといけない場所があるもんでな」
「そいつは残念だ。ついてこい、二足歩行記念に腕の使い方も教えてやる」

 お誘いは嬉しいが断った。すると「駆け足だ」とペイント付きの機体が道を逸れていく。
 タロン上等兵と一緒にその格好を追いかけていくと、兵舎を過ぎ食堂横を通り抜けて基地の裏側に。
 そこにある裏門を通り過ぎれば、山を背景に設けられた射撃場が待っていた。

「さて、お前は五十口径を撃ったことがあるな?」

 ダネル少尉はそんな場所で立ち止まる。
 実戦を想定してるのか標的との間が土嚢で仕切られた場所だった。
 遅れて基地の方から野次馬がいっぱいきた。なんだったら別のエグゾが物騒な得物を抱えてこっちに来ており。

「もちろんだ、重機関銃の生みの親と仲良くなれるぐらいにはな」
「あっちじゃよく敵の車両を陣取って拝借したようだが、こっちでは違うぞ。お上品に手持ち式だ」

 その様子もあって質問の意図はなんとなくわかっていた。
 エグゾアーマーが使う五十口径なんてこの世に一つぐらいしかないからだ。
 実際、その通りのものが俺たちのもとへと運ばれてきたところだ。外骨格に合わせた重機関銃がそこにあった。

「ほんとに五十口径を外骨格に合わせてあるんだな、これ……。最初にこんなの思いついたやつの顔が見てみたいな」
「一体どなたが考えてくれたかは定かじゃないが、おかげでエグゾアーマーといえばこれだ。こうして目にするのは初めてか?」
「いや、手で持ってるやつを結構見た」
「ほう、エグゾ乗りがいたのか?」
「ノルベルトみたいなでっかいバケモンが生身で軽々扱ってたぞ」
「その言い方とあいつの体つきから冗談じゃなさそうだが、本当に化け物だらけのようだな、南は」

 この世界でありふれた五十口径の機関銃。それにピストルグリップとトリガをつけて、機械の手でも保持しやすいように銃身周りにガワがかぶせてある。
 銃の後部にある押金がない点以外はほぼ原形だった。
 そして人間が持つには重い弾帯入りの弾薬箱は、今やこいつの弾倉だ。

「いいか、エグゾアーマーは歩兵用火器も運用できる。握力に気を付ければ拳銃だって使えるが、なんといってもこいつならではの武器を使った方が断然いいぞ」

 ダネル少尉はさっそく一つ手に取ると、なれた動きで弾を込め始める。
 エグゾの出力のもと軽々と片手に持ったまま、銃の下部にあるフレームに弾薬箱を押し込む。
 そして人間の手では持て余す銃弾を押し込み、がちゃりと右側のレバーを引く――あっという間だ。

「例えばこういうでっかいのとか?」
「そうだ、そのでっかいのだ。面白いぞ」

 少尉殿は「できるか?」と別の銃を投げ渡してきた。
 かなりの重さがあるはずのそれを余裕でキャッチ。弾倉を押し込み、弾を噛ませ、レバーをがっちり引いて装填完了。
 さすが外骨格だ、かなり重たいはずなのに拳銃を持ってる程度の感覚がする。

「流石、戦い絡みの噂が付きまとう男だな。なんとなく使い勝手は分かるだろうが、エグゾ用の五十口径は突撃銃と同じ感覚で扱え。数発ごとに曳光弾が入ってるのを忘れるな」

 二人分の用意ができたところで、ダネル少尉の外骨格が山に向かって構えだす。
 まっすぐと姿勢のもと、かなり遠くに離れた人間大の標的に目をつけると。

*DOM!*

 素早く単発射撃。荒野に浮かぶ誰かさんがこんっ、と音を立てて倒れる。

「そしてこいつは基本的にフルオートしか使えないが、慣れれば単発でも撃てる。使いこなせばどんな距離でも戦えるぞ」

 そういって他の標的を狙って発射、遠くに置かれたドラム缶が揺れた。
 なんて腕なんだこいつは。しかし俺も負けられない、銃床のないそれをがっしり構えてセンサーと銃口、そして『感覚』で狙いをつける。
 二百メートルほど離れた丸形を発見。トリガを絞る。

*DODODODODOM!*

 しかし予想以上に指力がこもってしまった、短連射だ。
 離れた風景のもと土煙がむなしく上がる――呼吸を整えて構え直し、簡単な照準に『●』の姿を乗せ。

「――こうか?」

 ほんの僅か、空中をひっかくように小さくトリガを絞った。

*DOM!*

 はまった。五十口径一発分の揺れも受け止め、向こうの標的が揺れる。
 命中だ。後ろのギャラリーから拍手が飛んできて、ダネル少尉のエグゾアーマーが楽し気に肩を叩いてくる。

「やっぱりお前の戦闘センスは異常だな。友達とかによくそういわれてないか?」
「そういえば武器商人に戦い向きの手だとかなんとか言われたな」
「だったらそいつは客を見るセンスに恵まれてるだろうさ。さあ命令だ上等兵、このまま敵を壊滅し、射撃場のお片付けもエグゾをもってやれ」
「了解、少尉殿」
「ついでだ、暇なおじさんのお遊びに付き合ってもらうぞ、射的勝負と行こうか」
「スコアは俺がとってやるぜお二人さん。ごゆっくり」

 こうして俺たちは北部レンジャーの暇な顔ぶれが観戦する中、しばらく五十口径の的当てを楽しんだ。
 もちろんダネル少尉の射撃センスには勝てなかったが、俺の射撃技術には基地の連中を楽しませて感心させるだけの価値はあったらしい。
 弾倉二つ分を撃ち切るころにはすっかり癖が馴染んで、外骨格越しの武器の取り回し方がなんとなくわかるようになっていた。

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