魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

はじめてのエグゾアーマー

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 ニシズミ社とか言うやつらは俺に何を話してほしいんだろうか? 
 ホワイト・ウィークスのおつむの足りない連中がどんな規模と装備をもって何をしてたのか、ついでにそのくたばり方も教えろとかか?
 だがあんなしょうもない連中のことより、ウォーカー同士の戦闘に関する情報の方がよっぽど知りたがってるように感じる。

 ひとまず(また)じゃがいも多めの朝食を取った後、ゲストたる俺たちはその時が来るまで思い思いに過ごすことにした。
 レンジャーたちに俺たちに荷物を運んでもらい、それからはしばらく自由な時間だ。

 例えばだが、クリューサはレンジャーに頼まれて今日も医者としてお勤め。
 クラウディアは周辺の土地を探り始めたし、リム様は昼食に備えて下ごしらえ、ノルベルトに至ってはレンジャーどもとトレーニング。
 じゃあみんなが好きにしてる中、俺は何をしてるって?
 親切な先輩どものご厚意で北部レンジャーの作法を叩き込まれてるところだ。

「おーし、いいかストレンジャー。エグゾってのはな、乗り物じゃなくボディアーマーみてえなもんだ」

 青空眩しいウェイストランドの下、駐車場に引っ張り出された外骨格がこっちを見ていた。
 角刈りの陽気な黒人男性は、頭をすっぽりと覆い隠す角ばったヘルメットのおかげで余すことなく守られていた。

「……今まで見て来たエグゾとは全然違うな、ロボットみたいだ」
『ここに来るまで何度か見てきたけど、すごく頼もしい見た目だね……』

 サイズにして二メートルをゆうに超えるその大きさを、こうして間近に見つめるチャンスがやってきた。
 節々に機械を埋め込まれた金属の骨格が、アースカラーの装甲で足の爪先から頭のてっぺんにいたるまでおめかしされている。
 先日のウォーカーさながらの迫力を持つそれは「カッコいいだろ?」と人間らしくポーズをとるが、見た目の頼もしさが断然違う。

「そりゃあ、こいつは南よりこっちの方で普及してるからな」
「エグゾって北部の方で良く使われてるのか?」
「おうよ。ここまで来たってなら分かってるだろうが、こっちはかつてクソみてえに発展した都市やらが集まってんだろ?」

 ここまでしっかりとしたエグゾが見れる理由は、というとタロン上等兵は指を持ち上げる。
 人間さながらに動く指先は「あそこ」とフォート・モハヴィをさしてくれた。

「すぐそこの発展しすぎた結果テュマーだらけなったところとかか」
「そゆこと。だから複雑な電子機器やら、それこそエグゾみてえな複雑な機械だって北部地域と深い縁があるんだ」
『戦前のものがいっぱいあって、それを回収して使ってるのかな……?』
「そうだぜイージス、150年前の奴らはこいつに頼ってたんだ。だから俺たちがこうしていい相棒にありつけたわけよ」

 この人間さながらに軽やかに動くエグゾの持ち主いわく、戦前の連中が残してくれた贈り物ってことらしい。

「それに何も掘り起こして使ってるばかりじゃねえ、ここからもっと北の方じゃエグゾが作られてるんだぜ」

 次第に機械の鎧は肩の短剣に見せつけるようにするする踊り出した。なんて滑稽な姿だ。

「そいつがまだ作られてるって? 150年経ったのに?」
「さっきお耳にした通り、向こうじゃ戦前からしぶとく残る企業様だのファクトリーが細々とエグゾを作ってやがる。だから俺たちもこうして今日明日着る服にゃ困っちゃいないのさ」

 無骨な姿は北向きにストレッチを始めた。
 ずっと北の方でこいつがまだ作られてるなんて初耳だし驚きだ。

「それって、こんな世界でも作れるぐらいお手軽なんすかね~?」

 勝手に見学しにきたメイドさんも疑問を投げてくる。
 胸の下に抱いた生首にタロン上等兵は特に気にすることもなく。

「だってこいつは戦前でありふれてた作業用の機械だったんだぜ? 骨格だけならその気と時間と準備さえありゃ今でも作れちまうよ」

 小火器ぐらいは弾いてくれそうな装甲をがしがし叩いた。
 戦うために作られたものじゃなかったのか、これは。

「じゃあ元々は戦闘用じゃなかったんすか?」
「おう、軍が重機代わりに使ってたらしいな。俺たちはそんな道具にガワを張り付けて、こいつ用のでかい武器をこしらえて戦ってるわけよ」

 そうして好奇心強めなメイドへと、外骨格入りの男は教えてくれた。
 最悪のスタート地点でも目にしたこいつがまさか作業用の道具だったなんて。
 しかしそんな機械のおかげでうまくやってる人間がこの世に一人生まれたわけだ。
 人食いカルトどもを食い止めるためにそいつと一緒に死んだ男がいたことを、俺は二度と忘れないだろう。

「裏方作業から最前線でのお仕事にも対応してるみたいだな」
「こいつはすげえぞ。車両と違って余計な音も立てねえし、熟練すりゃ人間より早く走れる、武器だって人間じゃ携行できねえもんを余裕で運べるんだぜ?」

 目の前の装甲まみれの巨体に比べると、あの時身を挺してくれたエグゾは頭も丸見え、装甲だって十分じゃなかった。
 でもあの人は間違いなく俺を外の世界につないでくれた。だから俺にとってはエグゾとは恩人の姿でもある。

「へへ、男なら当然エグゾは好きだよな?」

 そんな何かと縁のあるこいつの扱い方をタロン上等兵が教えてくれるそうだ。
 きっとボスが『興味津々な余所者』を紹介してくれたおかげでもあるんだろう。喜んで着付けを教わろう。

「いつか乗りたいと思ってたぐらいにはな。ところでこれって免許とかいる? 実は俺って無免許なんだけど」
「心配いらねえよ、まずこいつは『乗る』じゃなくて『着る』だ」
「着る? 服みたいにか?」
『えっと……乗り物じゃなくて鎧みたいなイメージなんでしょうか?』
「そう、鎧かなんかだと思え。こいつは自分の手足だと思うのが肝心だ」

 エグゾアーマー姿の上等兵が「ついてこい」と歩き始めたので、すぐに追いかける。
 後ろにわんこがとことこ、その後ろから暇なメイドがちょこちょこついてくるが。

「おい、ストレンジャー連れて来たぜ」

 ガレージまでたどり着いたところ、その足はがしゃんと停まった。
 開きっぱなしのそこでは、もぬけの殻になった何体ものエグゾが作業服の奴らに弄繰り回されており。

「それはいいんだけど後ろの二人は何だ、その子たちも習いに来たのか」

 中でも、エグゾの細々としたパーツを触れ回っていた男がこっちに近づく。
 汗とオイルで汚れたそいつは場違いな犬パーカーの男の娘と、生首取れたメイドをかなり訝しんでるが。

「見学希望者だとさ、俺たちと同じプレッパーズだ」

 この場に共通する単語がタロン上等兵から出てくるあたりどうも同類だったらしい。
 一体ここはニルソン人が何人いらっしゃるんだ?

「ガレージ周りでは不用意に備品に触る、整備中の機械にハイタッチもNGだぞ。ようこそ同郷ども、コードは『メカニック』だ」

 すると金髪の短毛をべっとり濡らした男はガレージの中を案内してくれた。
 顔もそうなら口調も硬いが、足取りも少し緊張したように強張ってるような。

「ストレンジャーだ、今日はよろしく先輩ども」
『イージスです。よろしくお願いします』
「ヴェアヴォルフだよ」
「エクスキュショナーっすよ、ここエグゾがいっぱいっす!」
「タロン、あんまり信じたくはないがこいつらは本当に仲間なのか」
「ただの面白集団じゃねえのは確かだぜ。何も心配いらねえよ」
「いやそういうことじゃなくてだな、いつから喋る短剣にミュータントみたいな女の子にイングランドの妖怪が俺たちの後輩になったんだ? なんでそいつ……首取れてるんだ?」
「あーそうか、お前お化けとか駄目だったもんな」
「お化けじゃないっすよ~? あひひひっ♡」

 ……どうもホラー要素が苦手な方だったらしい。によによするロアベアの頭に警戒するほどには。
 どうしてこいつは第一印象をことごとくダメにするんだ、このダメイドめ。

「すいませんこいついくらやめろって言っても生首取ってて……」
『ロアベアさん、初対面の人に取れた頭見せつけるのやめよう……?』
「だって後から首取れたことが発覚して騒ぐより、最初からオープンでやった方が楽じゃないっすか~」
「くそっ、ボスめ。俺に嫌がらせのつもりでこんなの送ってきたのか……?」

 とにかく、怯えるメカニックは奥へと案内してくれた。
 道中「そいつ首取れてるぞ」「ミュータントか!?」などの言葉を横から受けながらだが。
 進めばそこにはエグゾアーマーが立ち並ぶ格納場所が設けられていた。。
 自動車の整備に必要なものを取っ払い、代わりに外骨格を固定するための台座や小さなクレーンやらが整っていて。

「ストレンジャー、まず最低限覚えてもらうことがあるぜ。まずはこいつの着付けだ」

 たどり着くなり、さっそくタロン上等兵が適当な一台をすすめてくる。
 ウェイストランド色の装甲をまとった北部レンジャー仕様のエグゾアーマーだ。
 こちらに向けた背は大きく開き切っていて、人間が入り込めるスペースを晒していた。

「こいつに乗ればいいのか?」

 まさにそこに入れとばかりの姿に近づくも、作業服の腕が「まあまて」と遮る。

「最初に覚えてもらうが、エグゾアーマーは種類によって開け閉めに違いがあるんだ。こいつの場合は背中からだが、中には正面が開くタイプもある」
「違いがあったのか。そういえばボスが着てたのは正面からだったな」
「まあ前か後ろかで性能に違いがあるんだが、その説明はあとだ。こいつの場合は背面から着るタイプだということを覚えてくれ」

 そこでメカニックがエグゾアーマーの背中に手をやった。
 よく見ると腰のあたりに長方形の箱が二つ左右についており、更に手が届く程度の後ろの方には控えめな姿のレバーがある。

「質問、この腰についてる箱とレバーはなんだ?」

 さっそく尋ねると「見てな」とタロン上等兵がそこに触れる。
 するとがしゅっと音を立てて――開いていた装甲が閉じた。そういうことか。

「こいつは外部操作用のレバーだ。普通はそのまま着れば自動で包んでくれるが、緊急時だとかメンテナンスの時はこいつで開閉するんだ」
「そして腰部分についてるボックスがバッテリーだ。こいつがないと動かないぞ」

 メカニックも備え付けられていた箱を軽々と引き抜いた。
 エグゾの出力の源だったようだ。渡されてみるとホワイト・ウィークスの人間の頭をカチ割れそうな重みだ。

「そうか、エグゾはこいつの電力で動いてたんだな?」
『……あの、これってもしも装着中にバッテリーが切れちゃったらどうなるんですか?』
「もしも稼働中に電池切れになっても心配するな、別に取り残されることはない。すぐに外骨格が開いてくれるからな」

 ミコの心配もあるが、もし切れてもちゃんと脱出路は作ってくれるらしい。親切な機械だな。
 そこまで教えてくれたところで二人はさっそく「やれ」とレバーをすすめてきた。

「……いよいよ今度は俺が着る番か」

 こうして何かと絡んできたエグゾに乗り込む機会がやっと回ってきたのか。
 さっそく腰にある装置に手をかけて引くと、がしゅん、と閉じていた背中が左右に開く。
 内側は衝撃緩和用の布地やらが貼ってありながらも、肩の短剣やホルスターごと入り込める余裕が詰まってる。

「初めてだったら心配かもしれないけどよ、着てみると意外と快適だぜ」
「閉所恐怖症じゃない限りはな。まず着込んだらリラックスしろ、すぐ力むとバランスを崩すぞ」

 二人にそう言われて、俺は開いたエグゾアーマーに近づく。
 一応ミコに「いいよな?」と目で尋ねた。

『……わ、わたしも入って大丈夫かな?』
「軽装の歩兵が入り込めるような空間になってるから心配はするな。それともお前たちは狭いところが苦手か人種か?」
「もちろん平気だとも、これが棺桶にならないならな」

 不安だが、メカニックの後押しもあって二人で中に踏み込む。
 自分の身体を巨大な人型にあわせて捻じり込むと、足でかしゅんと音がしてせりあがった。
 内部機構が外骨格と身長を合わせてくれたみたいだ。視界が持ち上がる。
 目線がお堅いヘルメットの中までたどり着き、備えられたセンサー越しの明瞭なガレージの様子が見えてきた。

「――おお、すげえ」

 これがエグゾから見る光景だったのか。
 思わず出た声がアーマーの内側に良く響いた。
 ずっしりとした感触がまとわりついてるようで、本当に『着ている』感じがする。
 試しに腕を持ち上げると、意外にもすんなりと持ち上がった。
 変わった感じだ。まるで誰かに支えられてるような、それか外骨格に身体の感覚が繋がってるみたいな一体感がここにある。

「初エグゾおめでとうだな、ストレンジャー。ここからが大変だぜ? 次の第一歩で歩けるかどうか、エグゾの素質が試され――」

 頭を動かすと、近くでタロン上等兵がエグゾ越しにほほえましくこっちを見ていた。
 早く応えてやろう。外骨格を『着た』身体に力を込めて、早速第一歩を踏みしめ。

 ――ごしゃん。

 派手に転んだ。
 けっこういい音を立てて俺は倒れた。幸いなことに痛みと重みはアーマーがかき消してくれた。

『……いちクン!? 思いっきり転んじゃってるよ!?』
「ご主人、大丈夫? 立てる?」
「イチ様ぁ、第一歩失敗してるっす~」
「……いや、大丈夫」

 ひどいスタートになったが次は大丈夫だ。
 「大丈夫か」と心配してくれた上等兵に支えられて、なんとかずっしり起き上がり。

「あー、まあ苦手なやつもいるけどよ、少し歩けばすぐ慣れるぜ? まずは外に出てウォーキングから」

 手を引かれつつ、エグゾのもったりとした動きでまたどうにか歩く。
 こいつは意外と難しい。確かに体が持ち上げられてるような感触がするが、普段の身体の動きが機械に吸い込まれるようにほんのり鈍くなる。

 ――ぐしゃん。
 
 また転んだ! 手を離した瞬間にバランスが崩れて、横向きに転倒した。
 二度目の音に周りの作業員たちが何事かと集まってきた。

「…………まだ大丈夫だミコ」
『まだ何も言ってないよ!?』

 いやまだだ! どうにか先輩の手を借りて起き上がり、外に向かってまた一歩踏み出し――転んだ。
 センサーからの視覚情報いっぱいにコンクリートの床が映る。

「くそっ!? なんだこれ全然歩けないぞ!? ぶっ壊れてんのか!?」
「ぶっ壊れてるのはお前のエグゾアーマーのセンスだと思うぜ……」
「こんなにひどい奴は初めてだな……」

 ダメだ、想像以上に厄介だぞこれ!?
 アーマーごとうつ伏せに倒れたストレンジャーに向けられたのは二人分の先輩からの絶望の声だった。


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