魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

前哨基地の適当な朝、昇格を添えて。

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「……朝起きて熊に襲われたと思ったらいきなり昇格だって?」
『いちクンが昇格……ですか? 擲弾兵さんたちからかな……?』

 肩にくっつく短剣に贈り物を見せつけてると、こんなものを届けてくれたおじいちゃんは「よかったな」とにっこりしてた。

「スティングがグレイブランドと再び交流するようになったものでな。次の仕事に向けて準備していたら、擲弾兵の奴らから届けてほしいと頼まれたんだ」
「スティングに? 今どうなってんだあそこ」
「そりゃあとても賑やかだぞ、フランメリアの奴らのおかげでもはかどって前よりいい街に仕上がってる。実にいいところだ」
『……良かった。あんな大きな戦いがあったのに、そこまで復興してたんですね』
「復興なんてもんじゃないさイージス。あそこはもはや南を代表とする大きなコミュニティの一つだ、これからまたウェイストランドは変わるだろうよ」

 ナガン爺さんは何時にもなくご機嫌だ。ミコを覗いて楽しそうに話すぐらいには。

「ずいぶん嬉しそうに話すな?」

 足元の贈り物やらを確かめながら、俺はそんな様子に指摘してみた。
 すると相手の視線が黒いジャンプスーツ姿の誰かさんを見つめて。

「お前のおかげでいい取引先が一つ増えたからさ、擲弾兵グレネーダー。いい上官たちを持ってくれたじゃないか?」

 そうして返ってきた言葉で理解した。なるほど、グレイブランド相手に商売か。
 商魂たくましい爺さんなこった。南はまだまだ栄えそうだな。

『あの、おばあちゃ…………ボスはお元気でしょうか?』

 するとミコがぽそっとボスの調子を尋ねた。
 あの人の安否は俺も気になる話題だ、どうせ何やってもくたばりそうにない人柄だが。

「そういえばそうだ、ボス元気? まあ大体察しはつくけどな」
か? そりゃ元気なものさ、ニルソンに行ったら面白いことになってたぞ?」
「そいつは気になる話題だな、ナガン爺さん。あの婆さんまだしぶといか?」
「よおナガン爺ちゃん、早速で悪いけどまけてくんね?」
「お前たちも元気そうだな、ダネルにタロン。うちじゃ大して物も買わないやつに割引はしてやらんぞ」

 少し離れていたダネル少尉とタロン上等兵も混じってきた。
 ご機嫌な爺さんはトレーラーから運ばれるたくさんのブツを見ながら。

「あれから情勢も変わったものだ。北西のヴェガスでまたレイダーが活発になって、ニルソンはいつものように不埒なお客様をぶちのめしてるよ」
『……また悪い人たちが現れたってことですよね、それ』
「ああ、運の悪い奴らともいうがな。新入りのスピネルっていうドワーフがいろいろやってくれててな、今やニルソンはちょっとした要塞だ。ボスも楽しく人狩りしてるぞ」

 相変わらずのボスの様子を伝えてくれつつ「そいつを」と部下に何かを運ばせてきた。
 二人がかりでようやく持てるサイズの長い木箱だ。何か見せたいようだ。

「スピネル爺さん馴染むの早すぎだろ……」
『本当にプレッパーズの一員になっちゃったんだね、あの人……』
「色々あったようだが、あんな攻撃的な連中がますます過激になったのか。歳を取るたびに強くなってないかあのばあさんめ」
「俺たちの知らない間に面白いことになってんなあ、あのおばあちゃん」
「この頃、ヒドラのクソガキがそんな新入りと一緒に見たことない新兵器を作っててな。賊相手に試し撃ちしてやがったぞ」

 人混みを避けてやってきたそれは、ナガン爺さんの指示のもと地面に置かれた。
 かなり重たそうだ。レンジャーの髭面と角刈りが、いや俺すらも興味ありな様子で見つめる中、警備兵たちが蓋を開けると。

「おお? 何だよ爺さん、このロケット弾頭」

 そこから出てきたのはタロン上等兵の言う通りのものだ。
 一目でわかるほどのロケットランチャーの弾頭がみっちり押し込まれていた。
 濃い緑色をしたロケット弾だ。50㎜じゃないのは確かで、ずんぐりした根元から緩やかに尖っていくような形をしてる。

「……いや、そうでもなさそうだぞ」

 俺は【重火器】スキルのおかげか、すぐ気づく。
 よく見ればおかしい。なぜか身体に吊るすためのスリングがついてるし、弾頭の後部に短いパイプが接続されていた。
 それに必要ないはずの雑多な部品がところどころに見受けられる。これはもしかして。

「気づいたかストレンジャー。そいつはヒドラが新入りと一緒に開発したっていう新しいパイプランチャーだ」

 正体が掴みかけてきたところで、ナガン爺さんは一つを手に取る。
 それだけならただのだが、パイプに固定されていた金具が後ろに回された。
 するとようやく正体が暴かれた。折り畳み式のストックだ。
 かちゃりと軽やかに展開したそれは長く伸び、肩に当てるための部分が「いかにもランチャー」と言い張ってる。

「おいおい、こりゃなんだ? 使い捨ての対戦車火器っぽいけどよ」

 本性を現した物騒なブツにタロン上等兵は興味深そうだ。
 周りのレンジャーたちもなんだなんだと集まってきてる。

「こいつはプレッパーズが開発した新兵器だ。あれこれいじって『既存のランチャーよりさらに低コストでお手軽強力な武器』を目指した結果、使い捨ての対戦車火器になったそうだ」

 好奇心の目が向かう中、こんなものを持ってきてくれた本人は良く見せてくれた。
 どうも展開するとパイプの後尾に簡単な照準が立ち上がって、更に発射のためのトリガも下向きにせり出てくるみたいだ。
 その逆もしかり。折りたためば撃てなくなるし安全装置も働く。50㎜のやつよりずっとお手軽だ。

「ヒドラとスピネル爺さんはなんてもん開発してんだ……」
『二人とも元気そうだね、うん……』

 俺も試しに持ってみたが、こいつはストックの動き一つで素早く展開できる。
 それに対して重いわけじゃない。こいつだったら三つぐらい気楽に背負えそうだ。
 プレッパーズで元気でやってる証拠なのは確かか。物騒だが。

「なるほどな、ありふれてる50㎜にこだわらず思い切ってみたわけか。こいつは中々いいものだな」
「すげえ、気楽にぶっ放せそうだ。それにエグゾアーマーの使用も考えてトリガ周りはあそびをもたせてやがるな。やるじゃないの」

 ここの少尉と上等兵もすぐ気に入ったらしく、周りのレンジャーたちに良く見えるようにその形をその身で確かめてる。

「プレッパーズはもうこいつを正式採用したらしいぞ。先祖返りしたみたいな武器だが、ドワーフっていうやつらはとんでもないものを作るものだ」

 目の前の商人様が言うにはボスたちはこいつで暴れてるそうだ。
 確かにあそこならテストする相手に困らないだろうけどさ……。

「おかげで良く分かったよ、みんな元気なんだな。で、なんでこんなものを?」
「いい仕上がりになったからここキャンプ・キーロウにおすそ分けということでもってきた。それから試供品としてブルヘッドとファクトリーにも届けるつもりだ」
「俺たちに回ってくるのは嬉しいことだが、こいつを量産させるつもりかヒドラ坊やめ」
「すげえけどよ、このお手軽さがうちらに向かってくるのはごめんだぜ」

 二人の先輩レンジャーの心配ももっともだ、こいつで敵を狙うのは歓迎だがその逆はごめん被りたい。
 トレーラーの方では同じものが次々と運び込まれてる。いつの間にか加わったノルベルトのおかげで運搬は捗ってるようだ。
 まあみんな食糧だとか嗜好品の宅配の方に喜んでるが。そんなものか。

「そしてどうせストレンジャーどもに会うだろう、ということでいろいろなやつからお前たちに向けての仕送りを受け取りここまで持ってきたわけだ。さっそくそのメモリを開いてみろ」

 プレッパーズのみんなが楽しくやってて安心したので、俺はいよいよ擲弾兵たちからのプレゼントを開けることにした。
 左腕のPDAに読み込ませると音声ファイルが出てきた、再生。

『イチ二等兵。これが耳に届いてるってことは、君はまだ生きていて派手に暴れてるはずだろうな』

 最初に聞こえたのはあの声だった。橋であったお偉いさんの良い声だ。
 周囲の誰もが耳を傾けてくる中、高音質のそれは流れ続ける。

『北から色々と面白い噂がこっちまで流れてきたぞ? もし耳にしたものが全て真実なら、我々擲弾兵にテュマー相手に馬で突撃し戦車を撃破したという前代未聞の戦績を上げる者が現れてしまったわけだが』

 どうもスピリット・タウンの噂があっちにまで届いてるみたいだ。
 「あー、馬だって?」と訝しむ少尉はさておき、続きを聞き出すと。

『どうしたものかと総員で話し合った結果、どうせ現在進行形で活躍してるだろうということで君を勝手に上等兵に昇格させた。異論があるならただちにグレイブランドまで出頭し、この案に同意した全ての人間を説得するように。それから君のおかげであれからスティングの連中とうまくやってるぞ、面白い世界になったものだな?』

 威厳のこもった声は楽しそうにそう伝えて、かなり適当に人様の昇格を決めつけて終わった。
 死なずに二階級特進。二等兵から上等兵だとさ。

「これも伝言なんだが。本日をもって上等兵に昇格だ、おめでとうストレンジャー」

 記録された音声に続いて、ナガン爺さんの言葉をもって上等兵になった。
 周りの連中も下品にならない程度の拍手やら「おめでとう」で祝ってくれた。

「生きてるのに二階級特進か、縁起でもないぞ先輩ども」
『ふふっ、おめでとういちクン。出世したね?』
「お前じゃ二等兵に収まらんからな。それくらいあってやっとって感じだが」
「やったじゃねえかストレンジャー、スピード出世だな」
「擲弾兵って結構いい加減だなと思う」

 今朝から付き合い続けてる二人のレンジャーも人の出世にめでたいようだが、それより嬉しいことが一つある。
 擲弾兵たちはこの世の中でまた楽しくやりはじめたらしい。
 きっと俺の昇格も、愉快に決めてくれたことだろう。

「そのいい加減な連中はお前の活躍を聞いて実に嬉しそうだったぞ?」
「だったらもっと喜ばせてやらなきゃな」
「その意気だ上等兵。さて、荷物はこれで全て下ろしたぞレンジャーども」

 少し話すうちにナガン爺さんの仕事は終わったらしい。
 朝早くの基地では朝食までの時間を持て余した兵士たちが、特に誰にも頼まれるわけでもなく物資を運び回ってる。

「――おはようナガン爺さん、今日はまたずいぶんとたっぷりだな」

 そこに人混みをかき分けて、ここの司令官がのそのそやってきた。
 今まで寝てたのかかなり気だるそうだ。

「マガフ、お前はまただらしない格好で……。どうしていつもいつも顔を合わせるたびにそんなみっともない姿を見せてくるんだお前は」
「こいつはこういう人間だ爺さん。むしろしゃきっとしてる時の方が見てて不安だ」
「ここじゃ元気な証拠だぜ。そうじゃなかったら正気疑うもの」
「うちらのボスはこれが平常運転なんだ、多めに見てやってくれ」
「誰より遅く起きるのが日課だからな、マガフ中佐……」

 誰が見てもだらしないのは確かだが、ダネル少尉もタロン上等兵も、なんだったら大多数のレンジャーたちの理解されてる。
 なんていうかプレッパーズよりもゆるい。でも結束力はあそこ以上だろう。

「さて手の空いてそうな野郎ども、お暇なら奥様たちが待つ食堂へ食材を運ぶぞ」

 しかしまだ寝ぼけが残る表情のまま、中佐殿は積み下ろされたばかりの木箱に手をつける。
 ブラックガンズからのものであろう色々な野菜やらがちらっとこっちに姿を振りまいていた。

「中佐、俺エグゾ使って運んでいいですかね?」
「楽したい気持ちは同じだが、トレーニングだと思って生身で行え。他に酔狂なやつがいたら適当に運んでくれ」
「ここの指揮官が肉体労働とは部下思いなことだな」
「時々下っ端と見間違われるのが心配だわ」

 少尉も上等兵も、それどころか周りのレンジャーたちはほとんど参加したようだ。
 そのタイミングで基地のどこかから現れた、あの筋骨隆々なアクイロ准尉も何も言わずに加わっていく。

「俺たちも朝の軽い運動といこうか」

 昇格したわけだ、張り切って仕事に励むとするか。

「……ん、ぼくも手伝う」

 ニクも尻尾をぱたぱたさせてきた。
 クリューサは? 振り向くと力仕事から逃れる後ろ姿が見えた。あの野郎め。
 俺はわん娘と一緒にそこそこの木箱を持ち上げた。中身は小ぶりなリンゴだ。

『ここって本当に基地なのかな。アットホームっていうか、結束力があるっていうか……』

 軽々と持ち上げるニクをそばに、俺たちはてくてくとレンジャーたちを追いかけた。
 ミコの見る光景の通りここは連帯感のある連中ばかりだ。少なくとも物好きなお偉いさんが自ら力仕事に励むほどには。

「そう思うのはマガフ中佐のせいだと思う。第一印象があんな格好だぞ」
『……うん、初めて見た時レンジャーの人と思えなかったもん』

 三人で食堂までの道を追いかけてると、道端にエグゾアーマーが並んでいた。
 レンジャーたちが何やらいじり回していたみたいだが、不幸なことに緑髪のメイドがすさまじい好奇心をもってまとわりついてる。

『うちもこれ乗りたいっす!』
『ダメだ。いいか、親切にしたい気持ちはあるがこいつはシド・レンジャーズの備品だ。まして訓練も受けていないような一般人に使わせるなんてもってのほかだ』
『うち、腕には自信があるっすよ!』
『そういう問題じゃなくてだな。そもそもエグゾアーマーを扱うには専門の訓練もいるんだぞ、怪我したくなかったら今日のところはお引き取り願おうか』
『大丈夫っす、うち生首取れるんで!』
『お前何をうわっなんだこいつ頭が取れてうわぁぁあぁぁぁッ!?』

 ……どんなやり取りなんだろう。生首を抱えたメイドがごり押しで外骨格にありつこうとしてる。
 朝からひどい物見せられたレンジャーが可愛そうだ。

「ん、ご主人」

 ミコと「何してんだあいつ」と呆れてると、ニクが隣で呼んできた。

「どうした?」
「昇格おめでと。やったね」

 何を言われるかと思えばお祝いの言葉だった。
 けっこうな重さの物資をさも軽そうに抱えたまま、愛犬はにっこりだ。

「ああ、これからも頑張るさ」
「ぼくも一緒だよ」
『ふふっ、わたしもだよ?』
「そりゃ助かる。そうか、三人分の活躍なら上等兵ってのも妥当かもな」

 ひどい夢を見たけど朝からいい気分だ。
 せっせと荷物を運ぶ先、戦前の建物を再利用した食堂が見えてくる。
 なかなか美味しそうな香りがしてきた。看板も立ってて「人手いつでも募集中」と書かれてた。

「少尉、俺も階級上げてくれって言ったらあげてくれるかな?」
「なら口添えしてやろう。ご希望は? 将軍か?」
「じゃあ将軍で、ついでだしタロン・レンジャーズに改名しますかい?」
「新しい将軍のせいでえらく品のない名前になってしまったな」
「そりゃないですよ、カッコよくないっすか?」

 レンジャーたちが運ぶのに続くと内観が掴めてきた。
 150年前の有様を魔改造されて、たくさんの人間が飯にありつけるようにテーブルを設けた食事の場だ。
 こしらえられたカウンターの向こうでは調理の場が見えて、いろいろな人間の姿に混じってあの魔女の格好も見えた。

「本日のおすすめ料理はハッシュドブラウンですわ~!」
「何なのこの子……」
「さあね、でも料理ができるのは分かったよ。共にキッチンで戦おうじゃないかい戦友」

 垣間見えたのはエプロン姿のリム様が俺たちに芋をすすめるのと、どっかのお姉ちゃんとおばちゃんと共に頑張ってる様子だ。
 どうもここはセルフ式の食堂らしい。並んだ料理をトレイに好きなだけ盛れ、だそうだ。

「よーしお前ら、荷物が終わったら飯だ。腹はちゃんと空かせておけ、それからうちの女神たちに感謝しとけよ」
「マガフ、今日は魔女もいるよ!」
「ほんとに料理してるのかそいつ……そういうわけだから急げ、俺はもう腹ペコだ」

 調理場の屈強なおばちゃんの一声とやり取りした中佐殿は早足で食糧庫に荷物を運んでいった。
 俺も続いた。相変わらずうまそうなリム様の料理の香りが混じってる。
 ようやく担いだそれを下ろす頃、マガフ中佐が「後で一緒に食うぞ」と誘ってきた。

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