魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

さあ北へ……? その前に略奪だ。

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 フォート・モハヴィが静かになって、スカベンジャーたちは相当喜んでた。
 迷惑なパクり野郎どもが消えて、テュマーもしばらく大人しくなって、その間にいくらでも稼ぐことができるのだから。

 ショッピングモールが丸々一つ手に入ったのは相当な幸運だったに違いない。
 テュマーに守られ略奪者にかき回されたおかげでありつけた大量の物資は、二度の皮肉がもたらす大収穫だ。
 スカベンジャーたちはホワイト・ウィークスが手放した物資や車両やらをいただいて、おまけに店内も好きなだけ漁れるのだ。 
 明日にはまた商売敵になろうが、この日だけはみんな楽しく全品タダのお買い物を楽しんでいた。

『聞こえるか? これより全店舗開店だ! なんと今日は100%オフ、好きなだけもってけ商売敵ども!』

 ショッピングモールに陽気なサムの声が響けば、シャッターに守られていた店舗ががらがらと開いていく。
 各地から集まった灰色の姿たちは大安売りを待っていた客のようにお好みの店へと駆け込み、めぼしいものを漁り始める。

「感謝するぞストレンジャー! お前のおかげで白いクソどもが片付いたどころか大儲けだ!」
「最高の気分だ! ざまあみろ、ホワイト・ウィークス!」
「あいつらの所業に耐えた甲斐があったな! デカい稼ぎ時がやってきたぞ!」
「あんたらも好きな物があったら持ってけよ、なんたって全品タダだからな?」
「本日は競争相手だろうが一緒に楽しむ友人だ、仲良く好きなモン漁ろうぜ!」
「150年ぶりのブラックフライデーだ! 欲しいものは早い者勝ちだぞ!」

 こいつらは一体どれだけ白いカスどもに抑え込まれてたんだろうか?
 ここがウェイストランドだということを忘れさせるぐらい、明るく楽しく好きなものをかき集めていた。

「……撃たれた甲斐があったもんだなエミリオ? 人生で最高の瞬間だ」

 『ランナーズ』の誰かが、信じられない光景を背にリーダーへと尋ねていた。
 ほぼ手つかずの店内を感極まったように見上げていた当のエミリオは、やがてふっと鼻先で笑って。

「テュマーもホワイト・ウィークスも大した奴らじゃないね。帰ったらいっぱい彼女に土産話をしてやらないといけなさそうだ」
「その前に現物も用意しておくべきじゃないか、リーダー?」
「そうだね、俺たちももうひと稼ぎといこう。ついでだし外で使えそうな車を確保しておこうか、もちろんいっぱい運べるやつをね」

 イケメンたちも生き生きとしたスカベンジャーたちの中へ溶け込んでいった。
 残された俺たちが本職ならではの手際よい作業を眺めてると、そこらへんの誰かが「贅沢するなら今だけだぞ」とアドバイスをくれた。

「そういうことだ、俺はめぼしい薬でもないか探してくるぞ。今日だけはストレンジャーズからスカベンジャーズに改名したらどうだ?」

 早速、この世界らしいお医者様は防犯できなくなったドラッグストアへと駆けこんでいった。
 クラウディアも店内の食品を目当てに「私もいくぞ!」とついていき。

「さて、俺様も郷に従ってくるとしよう。ひとまずは良く冷えたドクターソーダでも探そうではないか」
「エナジードリンク取り放題っす~♡ ついでにあっちの世界へのお土産も探すっすよ!」

 ノルベルトも最高の笑みを浮かべて、スーパーマーケットへご機嫌な足取りで向かっていく。
 同じく機嫌抜群な首ありメイドもふらふらついていって、二人は気が済むまで好物を漁ってくるはずだ。

「ここって料理の本とかあるかしら! 私、本屋とかないか探してきますわ!」
「俺たちもボーナスタイムだ、行くか! 好きな物頂いてくぞ!」
『な、なんだかすごくいけないことしちゃってる気分……!』
「ん、何でも持って行っていいの……?」

 マジで頑張った自分たちへのご褒美とやらだ、杖で飛んでいったリム様に続いてニクを連れて略奪へ向かう。
 ボスや擲弾兵のお偉いさんも、まさか俺がフォート・モハヴィでこんなことをしてるとは思ってもないだろうな。

「な、なあ、お、俺も好きに漁っていいんだよな?」

 ひとまず適当に店を回ろうとしたが、後ろからラザロが慌ててついてきた。
 本人は後ろめたさ半分、興奮半分の微妙な様子だ。しかしもう彼を印象付ける白色はない。

「平気な顔でしれっと頂いとけ。もうホワイト・ウィークスはやめたんだろ?」
「そ、そうか……そうだな、うん、もうタダの無職だ」
「こうなったのもお前のおかげだ。堂々と欲しい物貰っちまえ、誰も咎めやしないさ」

 ストレンジャーの言葉に、引っ張り回してきた相棒は強引に頷きつつ物漁りを始めたらしい。
 さあ、この場にいる全員をもってしても持て余すほどの物資があるぞ。
 ひとまず興味をそそるものはないかと見渡すとまずはガンショップだ。店先には『像狩りまでサポート!』と品ぞろえが自慢されてた。

「ようこそいらっしゃい、何をお探しだい?」

 一歩踏み込むと、少し離れたカウンターでスカベンジャーの一人がからかってきた。
 あの時的当てにされてたやつらだ。すっかり元気に冗談を放ってる。
 後ろのガンラックを「いかが?」と親指で示すも、殆ど空っぽか、それかひどく劣化した銃ばかりだ。

「ひどいラインナップだな、使えそうな銃はないのか?」
「俺たちが入店したころにはこんな感じさ。ちょいとがっかりだが弾薬と軍用装備なら揃ってるぞ」
「45口径と散弾はあるか?」
「お目が高いねお客様。なんでもあるぞ」
「じゃあ9㎜と5.7㎜もくれ、適当でいい」
「了解、ストレンジャー。ラッピングのサービスはいるか?」
「結構だ、お客様への真心とかもいらないぞ」

 一日店主になったそいつに注文すると、同じく拷問を受けてたやつが「待ってろ」と店奥に潜っていく。
 店内を眺めてたニクが何か物色し始めた頃、戻ってきた男はどっさりと紙箱を抱えてきて。

「色々あったから持ってきてやったぞ」
「適当って言って悪かったな、次からもうちょっとカロリーオフにしてくれ」
「銃弾は幾らあってもいいもんだ。後はセルフサービスで頼む」

 残りはお客様次第だそうだ。カウンターに置かれた弾薬を気の行くまで堪能するだけだ。
 弾倉にできるだけ装填して、クリューサやロアベアの分も含めて使えそうな弾をかき集める。
 しかしこの様子だと弾薬類はかなり持て余してる様子だ。ついでだし火薬の補充もしておこう。

「そうだ、他にどんな弾薬がある?」
「22口径やら32口径やら西側諸国のものまであるぞ? まあ肝心の使う銃はないんだが」
「だったらそれ全部くれ、使い道がない奴だ」
「おいおい、火薬でも抜いて集める気か? だったら手伝おうか?」
「いや、俺一人で十分だ」

 さすが戦前のガンショップ、やたらと火薬の数だけはあるらしい。
 頼んだ矢先に持ってきたのは紙箱入りの弾薬の山だ。カウンターに並べればそろそろ顔が見えなくなるほどに積まれてる。
 ウェイストランドじゃ絶対に使わないような口径ばかりで、中には初めて見る名前すらあったが。

『……こっちの人たちって、こんな場所でこんな物騒な物売ってたんだね』
「よお短剣の精霊さん。あんたの故郷がどうだか知らんがこの国じゃこれが普通さ。ただのスーパーのおもちゃ売り場の隣でセール中のライフルが売ってるような体たらくだったんだぜ、信じられるか?」
『す、スーパーで銃が売ってるんですか……』

 ショッピングモールにしては火力過多なラインナップに呆れる短剣と男を横目に、紙箱の山脈を【分解】した。
 使いどころに悩む弾は一瞬で溶けた。金属と火薬がたっぷりだ。

「……まあ、一番信じられないのは今の光景の方だろうな。ストレンジャー、あんた今何しやがった?」
「説明がめんどいから『訓練通りにやった』とか口から出かけてる」
「いや、なんつーか……もうあんたが何をしようが驚けないぞ。ただでさえウォーカーに肉薄して撃破するとか非常識なの見せられてるからな」
「そうか、じゃあ気にしないでくれ」

 唐突に消えた弾薬の山にスカベンジャーたちは一瞬驚いたが、なんだか「まあこいつだし」みたいな目で納得された。
 仲間の分も弾もいただいたところでカウンターから離れると。

「ん……二人とも、見て」

 何やら店内をがさごそしてたニクが戻ってきた。
 なんだと思ってみてみると、くるりと回って黒い尻尾と一緒に背中の何かを見せつけてくる。
 黒いわんこパーカーの上に小さいながらしっかりとしたバックパックがくっついてた。都市型迷彩のパターンからして軍用か。

「見つけてきたのか?」
「うん、ぴったりのがあったから。これでぼくも色々運べる」
『ふふっ、似合ってるよ』
「ああ、お似合いだ。荷物に難儀したら頼りにしてるぞ」

 いいお買い物(全品タダ)をした愛犬は嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせてる。
 他に何か適当に見繕って離れようと思えば。

「おいおい、もっと欲張りになれよ。先輩からのアドバイスで言えば――」

 カウンター越しにいた男が身を乗り出して、買い物かごを手にそこらを探る。
 目についたものを選び取ると、そいつは手にした品々を運んできて。

「戦前の軍が使ってた装備がいっぱいあるんだぞ? これを機に新しいのにしちまえよ」

 ブツが詰まったカゴを押し付けてくる。
 いろいろな装備があった。長方形の角ばった水筒、軍事色の強い双眼鏡、バックパック用のポーチ、ライトやらだ。
 そう言われてみればそうだ、今まで使ってきた水筒も単眼鏡もだいぶ傷が目立ってきてる。

「……そうだな、一新するいい機会だろうな」

 今まで使い込んできた品だが、今後の為に変えるべきだろう。
 試しに双眼鏡を手に取ってみると、コンパクトだがレンズ二つ分の重さがする。

「こんな店だが扱ってる品は間違いなく上物だ。その双眼鏡なんて軍の最新モデルだぞ」
「こいつが?」
「ああ、そいつは自動測距機能がある。グリップにあるボタンを押してみろ」

 果たしてこいつにどんな力があるのか? 言われた通りに店の外に向けたまま、親指に触れるボタンを押す。
 拡大された視界の中、向かいの店舗で本を漁るリム様が見えた――その距離23mとある。
 少しかさばるが視界も良好で便利だ。

「こりゃすごい……距離が分かるのか」
「お前が感じてる以上にもっとすごいぞ? かなりの距離まで対応してるし、電源はほぼ無限だ」
「へー……無限?」

 少し楽しくてモール内を見渡してたわけだが、急に妙な言葉が挟まった。
 無限? 魅力的かつ胡散臭い言葉に「なんだそれ」と顔で伺うも、男は双眼鏡の裏面を促してきた。
 くるっとひっくり返せば、そこにはこうある。

【――電池収納部分は決して開かず、メーカーおよび放射線取扱主任者に一任するように気を付けてください】

 と、投げやりかつ物騒な文面が黒と黄色と三つの葉による警告イラストと共に添えられていた。

『……ちょっと待って!? そのマーク絶対に双眼鏡とかにつけていいものじゃないよ!?』
「そいつは核電池が搭載されてるんだ。軍用だから全力でぶち壊さない限り大丈夫さ」
「おいこれ放射線マークだよな!? あいつら倫理観とかどこにやっちまったんだ!?」
「悪意をもって分解でもおっ始めなきゃ大丈夫さ、安心して使え」

 また戦前の奴らの悪いところがここにあった。幸いにも乾電池ほどの電源部分は何が何でも開かせない気概でロックされてるが。
 しかしPDAに近づけてもカリカリ言わないから大丈夫だろうな、持って行こう。
 ひとまずニクとおそろいの水筒を取り付けて、ポーチも増設した。
 「ついでだし仲間の分も」と追加で双眼鏡をもらった。ミコがとてつもなく嫌がってるがまあ大丈夫だろう。

「ご親切にどうも、スカベンジャー。特にこの双眼鏡あたり」
「俺たちからすればあんたは命の恩人兼豊穣の神様みたいなもんだ、この感謝の気持ちは死んでも抱えていくぜ」
「そうか、重くなったらそこらへんに捨てていいからな」
「その時はそうしよう。じゃあな兄弟」

 最後にガンショップで好き放題する連中にこの世界らしい別れを告げて後にした。
 背中からの感謝の言葉が遠のいてくると、ちょうど戦前の本屋の前にたどり着く。

「いっちゃん! 面白そうな本を見つけましたわ!」「Honk!」
 
 そういえばリム様が漁ってたな。小さな魔女娘がアヒルと共にぺたぺた走ってくる。
 手にはこの世界らしいお菓子や料理についての本が一杯だ。アリゾナ州のお菓子がどうこうとか、恐慌時代の料理がどうだの。
 ぱっと見てあまり興味を引くものじゃないが、リム様は抱えた本の一番上にあるものを押し付けてきて。

【イギリス軍電子工作マニュアル】

 と、物騒な題名が電子的な破壊工作をにおわせる表紙にある。
 そもそもこんなものを売りつける書店ってなんだ? というかどうしてこんなのを俺にすすめる?
 だけど手に触れてアイテム名が浮かんだ――ということはスキル本か。

「なんだかお役に立ちそうだから差し上げますの!」
「ああ、うん……ありがとう。本のチョイスについては言わない方がいい?」
『……すごい本売ってるんだね、こっちの世界』

 受け取った。リム様は残った本をずぼっと鞄に流し込んで「ヒャッハー」いいながら食料品店へ向かった。
 最後に見えたのはまだ無事な食品を片っ端からかっさらうロリ姿だ。動く姿は暴食。
 次第に、略奪でにぎわうショッピングモールにノルベルトの愉快な笑いやクリューサの「飯ばかり取ってどうする馬鹿者!」と怒声が混じってきた。
 そろそろみんな物色し終える頃か。俺ももう少しだけ、好きな物をいただこう。

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