魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

解き放たれよクモの墓守よ

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『――こんにちは、お客様! ショットガン・バーガーのおいしい新商品はいかが? ご一緒にポテトもどうでしょうか?』

 ……あー、なんだって?
 こっちに向けられる20mmガトリング砲に添えられたメッセージに、身構えていた俺たちは呆気に取られてしまう。
 砲塔のセンサーはまるで愛想笑いをするかのようにちかちかしていたものの。

『……と、クソ忌々しい食い物を宣伝するようにプログラムされております』

 作り物の男性的な声がさも忌まわしそうな口調でそう告げてきた。
 持ち上げられた銃身はすん……と地面に落ちて、機械とは思えぬ落胆の様子をこれでもかと伝えてくる。

『――いいか、私から言わせてもらえばショットガン・バーガーはクソだ。このモールにはアホしかいないのか? あの役立たずの店長め、一日の摂取カロリーを倍も上回るゴミの塊を当機に押し付けて売り上げが改善されると本気で……』

 次第に尋ねてもないのにぶつぶつ言い始めた。
 こうして目の前で愚痴をあてつけられるだけならけっこうだ。それでこいつはなんなのかと、エミリオに指で尋ねるも。

「エミリオ、さっき言った訳ってのは当然こいつのこともあるんだよな?」
「ああ、よくわからないんだが彼がホワイト・ウィークスたちを皆殺しにしたみたいでね」
「こいつが?」
「そうなんだ。中のテュマーはあいつらが掃討してくれたんだけど、俺たちが来る頃にはあのザマさ」

 『ランナーズ』の面々は疲れ果てた様子であたりを見回した。
 最初に鉄と臓物の匂いが鼻につんときた。
 見渡してようやく気付く。広々としたエントランスまわりは赤と白の組み合わせで彩られてる。

「ひっ……み、みんな死んで……どうなってんだよぉ……!?」

 誰が死んだといわれれば、俺の後ろで怯えるラザロの様子通りのものだ。
 ここではホワイト・ウィークスだった何かが山のように積み重なってる。
 四肢が千切れた元人間が趣味の悪い装飾の役割を果たしていて、運びかけの物資が放り投げられたままだ。
 壁には大きな弾痕が凶器の証拠を提示してる。これは言うまでもなく――

「二十ミリクラスの砲弾でも喰らったか、それもこんな閉所で。こいつもたまには良い仕事をしてくれるものだな」

 その結果はクリューサの関心の声が伝えてくれた。階段の手すりに引っかかった白い上半身を調べながらだが。
 こんな場所で20㎜ぶっ放すなんてふざけてやがる。

「ず、ずいぶん詳しいんだねお医者さん……」
「そこの馬鹿を育てた恐ろしい老婆が20㎜砲弾で人間を引きちぎってたからな、ちょうどこんな感じだったぞ」
「つまりこやつがやってくれたのか。ということは敵ではなさそうだな?」
「そいつに義理や人情など求めるなノルベルト、たまたま共通の敵になっただけだ。期待などしないことだな」

 グロテスクな内装にビビるエミリオとは裏腹に、ノルベルトがずかずか近づくが――無人兵器はびくともしない。
 しいて言えば砲塔上部のセンサーで俺たちをちらちら見てるだけだ。

「ゴーレムよ、一体ここで何があったのだ? どうして奴らを撃った?」

 それに恐れも知らぬ態度で接するも、返ってくるのは『はぁ』という機械らしからぬため息で。

『ああ、どうかお耳に挟んでください。あちらのウジむ……お客様は『ショットガン・バーガー』の備品および商品を無断かつ無銭で持ち出したのです。当機は窃盗および窃盗未遂を決して許すことはございません、たとえそれがゴミ……当店自慢のバーガーだとしてもです!』

 口にするのも気持ち悪そうな調子で、確実に怒りの乗った声で答えてくれた。
 どういうことだ? こいつの持つタブーに触れたのか?
 あいつらが調理前のひき肉みたいにされた原因を探ろうとするも。

「……これ、昨日のロボット?」

 隣でくんくんしていたニクがいきなり首を傾げた。
 どうもダウナーな目を向けた先にあるのは窃盗未遂も許さない無人兵器だ。

「どうしたんだニク?」
「ご主人、あの時「美味しそうな匂いがする」って言ったけど、覚えてる?」
「いきなり妙な事言い出したもんだからよく覚えてるぞ」
『あの時って……もしかして、昨日私たちが見た無人兵器のこと?』
「うん、あれと同じ匂いがする。同じやつだと思う」

 ということはなんだ。
 ニクの嗅覚を頼って考えるに、こいつは昨日俺たちの目の前で死を振りまいたあの無人兵器なのか?
 だがこうして面と向かってやっと気づいた。こいつからはかすかに美味しそうな匂いがする。
 元の世界で例えるなら、ちょうどファストフードの店を通り過ぎた時のような……。
 
「ま、まさか……こいつが襲ってきた理由って、そういうことだったのか?」

 また一つ謎を増やす目の前の存在にみんなが黙ってると、今度はラザロが震える声を上げた。
 そんな彼が見つめる先にあるのはバラバラになった元同僚と、そのそばに転がる――紙袋だ。
 銃口が三つもある散弾銃のマークが入った中々に攻撃的なデザインだ。いかにもハンバーガーのセットが入ってそうだが。

「おい、どうしたラザロ」
「お、俺たち、こいつに何度も襲われてたんだ。普段は何ともないのにある時何の脈絡もなく撃ってくるもんだから、その原因を調べろって言われてたんだけど」
「さっきの納得の様子からして掴めたみたいだな」
「あ、ああ……やっとわかったよ、『ショットガン・バーガー』の物を勝手に持ち出したからだ!」

 この白い相棒が言うには、目の前の無人兵器を怒らせるきっかけがそれらしい。
 まさか、こんなファストフード店の紙袋一つだけで? 冗談だろ?

『……ねえ、そういえばあの時もあったよね? 『ショットガン・バーガー』の紙袋』

 しかしミコが覚えてくれてたおかげで俺も思い出す。
 そうだ、あのあと壊れたトラックを調べにいったらあったじゃないか。
 じゃあなんだ、こいつはもしかして街の平和じゃなくてよくわからないバーガーショップを守ってたって言いたいのか?

『ええ、その通りでございますお客様。当店のゴミカ……自慢の商品を盗む輩には容赦はするなとプログラムされているのです。大変無意味な……店の経営を守るため、こうして尽力させていただいてます』

 おどおどしながらのラザロに、相手はまさかの「その通りだ」といわんばかりにぎこちなく返してきた。

『……畜生、こんなプログラムしやがって……』

 最後に恨みつらみの籠ったメッセージを添えて。一体どうなってんだここは。

「……セメタリーキーパーがプログラムで上書き……? どうなってるんだ? もしかして……」

 ウォーカーの中から引きずり出してきた相棒は、そんな無人兵器の様子に何か考え込んだようだ。
 だが状況は以前最悪のままだ。がしゃんっと入り口のシャッターがまた叩かれて、俺たちは危機的状況にまた引き戻された。
 外はテュマーたちの真っ赤な瞳で鮮やかになってしまってる。
 聴覚的な部分に頼っても、モールの外壁をばしばし叩く不吉な音すら聞こえる始末だ。

「……で、どうするんだみんな。私は今せっかく見えた希望が絶望に塗りつぶされてる気分なんだが」

 ひとまず不吉さしか残らないエントランスから離れると、クラウディアがどんより言った。
 今見聞きできるのは駐車場をみっちりと埋め尽くすテュマーの数と、その分だけのうめき声だ。

「俺たちには二択しかなかったんだ。テュマーの波に埋もれてしまうか、少しでもマシな場所に籠城するか、って具合でね」

 そんなご様子にみんなで後ずさりしてると、エミリオたちが近くのレバーをいじり出す。

「もっと言うならあんたらを見捨てて俺たちだけで逃げることだってできたさ」
「世話になった礼があるからそうはしなかったがな、ストレンジャーを見捨てたら報復されそうで怖いのもある」
「心配するな、それくらいじゃ仕返しする気にもならないぞ。むしろ今の心境は無理に付き合わせてごめんなさいって感じだ」
「だったらあんたら全員見捨てて良かったかもな」

 二枚目のシャッターが下りてきて、開店を待ち続けるゾンビたちの姿を隠していく。
 不安は相変わらず付きまとうが見えなくなった分少しはマシだ。むしろ見えなくなった分怖くなったとも受け取れるが。
 さあこれからどうするか、とみんなが悩み始めたところで。

「ところでイチ様ぁ、そちらのちっちゃい御方はどちら様っすか?」

 ロアベアがふらふら尋ねてきた。
 さっきから俺の背後にいるやつのことだ。
 ただし全員には白いボディアーマーを着た好ましくない姿に見えるだろう。実際その通りの様子で。

「そうだな。イチ、お前のすぐ後ろにこんなふざけた状況に合わせてくれた奴らの姿が見えるわけだが」
「うむ、俺様も気になっていたのだが……その男はホワイト・ウィークスの者ではないか?」
「あー……すごく申し上げにくいんだけど、その人ってもしかして」

 まずい、周囲が訝しんできた。特にクリューサとノルベルトとエミリオあたり。
 それ以上は物語らぬといった無言の圧力が集まってきて、背中に隠れてたラザロが「ひぃっ」と小さく悲鳴を漏らす。
 こういう時は筋力に物を言わせて解決だ!
 白い相棒を色づけるアーマーを強引に剥がして【分解】した、これにて残るはただの背のちっちゃい男だ。

「いいか、こいつはさっき知り合ったフレンズ。名前は『メカニック』だ、いいな?」

 最後に無理やり肩を組んでいかにも仲間です、と周りにアピールした。
 人様のゴリ押しにラザロも付き合ってくれた。ぎこちなく肩を並べて壊れた人形みたいにガクガクしまくってる。

「ど、どうも……メカニックです……」
「そういうわけだ。こいつは敵じゃない、オーケー?」
『あ、あの……この人、いちクンを助けてくれた人だから大丈夫だと思います……』

 最後にミコの一押しもあってか、どうにかみんな納得してくれた。
 まあそれでも以前変わりなくピンチなわけだが。今更ホワイト・ウィークスのやつが一人出たところで何も変わりはしない。
 その辺に現状を打破できるようなものがあるかって?
 あるわけない。ショッピングモールにテュマーをぶちのめす最終兵器だとかが眠ってるわけないだろ?

「まあ、それならいいんだけどさ……。それよりどうする? このままじゃどんどんテュマーたちが集まってくると思うよ」
「何か打開策があってここまで案内したんじゃないのか?」
「あるさ、北部のレンジャーに救援を送ってどうにかしてもらうってプランだよ。問題はどうやって送るのかと、いつ助けに来てくれるって点だけど」
「あ、あの……ちょっといいか?」

 エミリオと一緒に今なおガンガンいってるシャッターを眺めてると、強制退職させられたラザロが声をかけてきた。
 どうしたのかと様子を伺えば、ものすごく喋りたさそうな身振りでこっちを待ってるようで。

「どうした? なんか案でもあるのか?」
「き、聞いてほしいんだみんな。そこのセメタリーキーパーのことだ、どうにかできるかもしれない」

 続きを促した途端に流れた言葉は「どうにかなる」だとさ。
 背の低さも相まって頼りない様子だが、流石の俺たちもそんな物言いを逃すはずもない。

「どうにかなるって? どういうことだい?」

 一番に食いついたのはエミリオだった。
 こんな状況を覆せるならなんだってするといった顔つきだ。けれどもラザロはこくこく頷きながら。

「このセメタリーキーパーは誰かの手によってプログラムを上書きされてるんだ。多分だけど、それをどうにかすれば……」

 現状ただの物置としてしか価値のない、クモみたいな無人兵器を見上げた。
 砲塔で鈍く光る20㎜ガトリングはテュマーたちが乱雑に叩くシャッターの方を向いたままだ。

「テュマーを敵と判別できるようになって皆殺しにしてくれるかもしれないんだ。つまり外にいるやつらを一掃してくれるはず」

 そして言うには、このロボットがどうにかしてくれるらしい。
 こんなテュマーに素通りされて、150年経った今も交通法を見張ってるぐらいのぽんこつが? さすがにいきなりそう言われても説得力がない。

「まず先に教えてくれラザロ、どうしてそうだと?」
「こいつは軍用でセキュリティも抜群なんだ、それこそテュマーの影響なんてそうやすやすと受けないほどだ。でもさっきので分かったよ、こいつは管理してる人間が意図的に変なプログラムで上書きしてるだけだ」
「上書き?」
「ああ、こいつは一体どうしてかファストフード店を守るように設定されてる。ってことはウィルスの影響じゃなく人為的なものだ。それさえ解けば本来の仕事をしてくれるはずなんだ」

 ラザロはさっきの紙袋を指さした。
 こいつの言ってることが本当であれば、誰かの悪ふざけがこいつの仕事を封じ込めてたことになるぞ。

「……だそうだぞ、ロボット。お前の意見はどうなんだ?」

 そんないきなりの説明の後、クリューサが当の無人兵器にそっと尋ねる。

『ああ、ああ! どうか聞いてくださいお客様。私はまさにその通りなのです。本来であれば軍事行動を成すべきはずが、あのふざけ……素晴らしい店長の命令に上書きされたまま、ずっとこうしてバーガーショップの宣伝をさせられて……』

 するとセメタリーキーパーはぎゅるっとこっちに砲塔を向けて、銃口ともども流暢に語り始めた。
 どんな事情背景があるのかはまだ分からないが、やっと触れてもらえた話題に機械とは思えぬ勢いで喋るほどだ。

「わ、わかったよ。だったら俺に見させてくれ、こういうのは得意なんだ」
『お願いします、親切なお方! 私の体の中からどうかクソ忌々しいジャンクフードを取り除いてください! もう150年も暴徒を見過ごす日々を過ごすのはごめんです!』
「よ、よし、よし……! ちょっと基盤を開いてくれ、ちょっと調べさせて欲しいんだ」

 触れてほしい話題がようやく訪れて嬉しかったんだろうか、無人兵器は四足の身体をずしりとその場に降ろすと、乗れとばかりに背を丸める。
 そんな格好に少しぎこちないままにラザロがよじ登っていく。
 荷物からタブレットを取り出すと、車体の背面にあるパネルをいじって開いて調べ始めて。

「どうだ?」

 何をしてるのかはわからないがとりあえず進捗はどうですか、と尋ねた。
 すると『嘘だろ……』と言葉が浮かんできた。それほどの何かがあったようだ。

「これ、指揮官機だぞ……?」
「指揮官機?」
「こいつがこの街のセメタリーキーパーを制御してるんだよ! 一体どうなってんだ!?」
「あー、まて、どういうことだ。すごい興奮してるのだけは分かるんだけど」
「つまり、こいつを直せば正常な信号が送られるんだ! 俺たちは確実に助かるんだ!」
「おい、話の難しさをストレンジャーレベルまで落とせ」

 それだけの発見があったらしい。その意味と状況的な価値を尋ねようとするとクリューサの言葉が挟まって、ラザロは興奮で鼻息を荒くしつつ。

「こいつが治ればフォート・モハヴィにいるセメタリーキーパーたちも正常に仕事をするようになるんだよ! そうなったらどうなるか分かるよな!?」

 とんでもないことを伝えてくれた。
 言うにはこの無人兵器を直せば、テュマーたちをやっつけてくれるそうだ。


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