魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

新しい職場で新しいお仕事を

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 トルティーヤチップスの中身をざーっと口に流し込みつつ、目の前に広がる状況を確かめる。
 裏口を出てすぐ目についたのは車だ。
 ゴミだらけの路地裏に、これみよがしに白い線で『W』とペイントを施されたトラックやらが留められており。

「回収作業を中断しろってどういうことだ? いい感じに捗ってたのによ」
「ムストさんが急いで集合して「俺を守ってくれ」だとさ。戦力を集めろって緊急招集命令だ」
「何から守れってんだ? テュマーか?」
「ストレンジャーだよ。あのやべえやつが自分の命を狙ってるんだとさ」
「ストレンジャーだぁ? あんなのどうせ南のプロパガンダだろ?」

 白いアーマーの男たちが、ぼんやりけだるく荷物を積み込んでるところだ。
 そばに幾つも放り投げられた灰色のスカベンジャーの身なりからして、こいつらはいい略奪相手に恵まれたらしいな。

『ストレンジャー! 出てこい、どこへ逃げやがったァ!』

 そんな他人の命ごと成果を横取りした連中に、後ろからのあの声が届く。
 目の前の連中の動きが訝し気に止まる――ゴミ箱の後ろに慌てて身を隠した。
 ずしんずしんと不機嫌なようにも感じるウォーカーの足踏みが、こっちに回り込んでるように感じる。

「それがそうでもないみたいでな。わざわざ虎の子のウォーカー部隊までこっちに連れてきて狩らせてるらしい」
「はっ、せっかく手に入れたウォーカーをそんな奴のために引っ張ってきたっていうのか?」
「どうも他のスカベンジャーたちを次々仲間に引き入れてるらしいんだ。さっきも報告があっただろ? 何件か前哨基地が潰されてるって」
「じゃあなんだ、俺たちのそばで本当に噂通りのやつが噂通りに暴れてるっていうのか?」
「いまいち俺も信じられないがな」
「俺たち下っ端からすりゃそんな得体のしれないもんより、人様の略奪ボーナス中にやかましくするあの馬鹿の方が深刻だがな。おい! 少し黙れロボットオタク!」
「同感だ、うるさくておちおち漁ってられないからな。それよりさっき意気込んで行った連中はどうした?」
「さあな、チップに目がくらんでどっかに行っちまったんだろ」

 物陰の後ろから聞こえる声はあーだこーだ文句を言いながら積み荷に向き合ったようだ。
 そっと顔を出せば、あたりを歩き回るウォーカーたちの足音に不満をたらしながらお仕事に勤しむ男が二人。
 他には建物の裏口から出入りする様子も見られる。
 一体この世界でどんな需要があるかはさておき、リクライニングチェアやら洗濯機やら思い思いに物を運ぶ連中がいっぱいだ。

「あいつら元気にお仕事中だな」
『……あそこに倒れてる人たちって、スカベンジャーの人たちだよね……』
「ああ、あいつらがパクるのは人命も含まれてるらしいな。クソ野郎ども」

 汚い荷造りのそばに転がる無数の死体から、スカベンジャーたちはさぞ無念に死んだことがうかがえる。
 少なくとも頭に斧が刺さって、両腕が吹き飛ばされるような死に様たちは穏便な死に方じゃない。
 さてどうするか。ウォーカーたちが探る中、こいつらをどう潜り抜ける?

「――おい! 誰だ、トラックにパソコン積んだのは!?」

 自動拳銃を手に伺っていると、誰かがそう叫んだ。
 一体何事だ? 怒りのこもった声に他の男もやってきて、俺は身構えながら様子を探ることにした。

「ああ? そいつは俺だ、どうした?」
「ネットカフェの機材は積み込むんじゃねえ馬鹿が! 俺たち死んじまうぞ!?」
「はぁ? めぼしいものは何でも集めろって言われてるじゃねえか、なんだってそんな怒ってんだよ」
「こういうとこには盗難防止用のチップが取り付けられてんだよ! このまま持ち帰ったらえらいことになるんだぞ!?」
「分かった、分かったから怒鳴るな! 元の場所に返してくりゃいいんだろ!?」
「いいか、店のモンは何一つ持ち帰るな! グラボも電源も、ゲーミングチェアの足一つすら持ってくるなよ!? いいな!?」

 ……どうも持ち帰り不可能な品があるらしい。命に深く関わるほどの。
 どこからか持ってきたパソコンのモニターをしぶしぶ抱えていく姿を見て、またろくでもないひらめきが生まれた

「――手伝うか」

 どうも荷造りに難儀してる連中からして人手が足りてないみたいだな。
 俺は銃からオイルフィルターを外して、さっきの店内へ少しだけ戻る。
 入って間もないところでは白い姿が何人もぶっ倒れてる。このうち誰か一人がいなくなってもバレないだろう。

『……いちクン? あの、もしかして』
「大体察してくれたところ申し訳ないけどそういうことだ」
 なんとなく察したミコを差し置いて、俺はさくっとアーマーを外した。
 折りたたんでバックパックに詰め込んだら、あとはさっきお亡くなりになったやつから姿を借りるだけだ。

「今度はホワイト・ウィークスごっこだな」

 白いアーマーを着てヘルメットをかぶって完成。ホワイト職場に転職だ。
 いつでも脱ぎ捨てられるように緩めておきつつ、少し窮屈で動きづらい格好のまま堂々と出ていけば。

「……ん? お前……」

 目立つ姿なだけあるせいか、すぐにトラックそばの男が目をかけてきた。
 構わず進んだ。ついでにトルティーヤチップスの袋を一つ掴んで。

「手伝いに来たぞ。ほら、小腹すいてないか?」

 さも仲間です、とばかりにそいつに近づいた。
 俺を見て最初は疑問の心構えだったらしいが、無理矢理お菓子を手渡すとどうにか納得したのか。

「あんなに意気込んでたのにストレンジャーはどうしたんだ、お前ら? あきらめたのか?」

 呆れた形で赤い袋を開け始めた。
 さっきの連中にはあんまり関心がなかったようで何よりだ。

「よくよく考えたらウォーカーがあんなに出しゃばってんだ、あいつらに任せてもっと有意義な仕事をした方がいいと思わないか?」

 仕事の合間にばりばり言い始めたそいつに、大げさな手ぶりと首の動きでそう伝えた。
 お返しは「その通りだ」といわんばかりの頷きだ。

「俺たちみたいなか?」
「まあな、あんたらの方が魅力的に見える」
「そりゃそうだ、堅実に稼ぐには得体のしれないもんよりこういう積み重ねの方が大事だからな。ところでお前のお友達はどうした?」
「馬が合わなくて勝手に抜けた」
「いい判断だ、じゃあ今からお前は俺のお友達だな」
「そういうことだ。んで新しいお友達は何をすればいいと思う?」

 向こうは特にこちらを怪しむ素振りも見せちゃいない。
 チャンスだ。すっかり打ち解けてくれたそいつに「どうすればいい?」と身振りを伝えれば。

「このあたりの建物にまだ未回収のブツが一杯あるんだ。これがまた大量でな、数人じゃ足りないぐらいだ」
「たった数人しかいないのか?」
「ああ、俺たちだけで十分だとさ。ムストさんがそう判断されたもんでな」
「ムストさんって誰だ?」
「皮肉の聞いた質問だな。何考えてるか分からないがとりあえずはうちらのリーダーだ」
「そうか。じゃあここにプラス一人ってことでいいか?」
「大歓迎だ。ついてこいよ、ちょうどやって欲しいところがあったんだ」

 新しい先輩はあっという間にチップスを平らげながら案内してくれた。
 行く先はどこかの店舗の裏口、既に荒らされた形跡のある通路を通ればすぐに職場が見えてくる。
 そこはこじんまりとしたネットカフェだ。
 通りから丸見えの開放感のある部屋の中、仕切りのないゲーミングパソコンがずらっと並んでいた。

「ここなんだが……ルールは分かってるよな?」

 そんな戦前の電子機器が山ほど並ぶ空間で、先輩(仮)は尋ねてきた。
 一体こんな場所で何を物色すればいいんだろう、その質問をさっそくぶつけることに。

「防犯つきの品物は盗むな、ゲーミングチェアの足一つも、だったか?」
「さっきの話を聞いてやがったのか? だったら話は早いな」
「先輩のアドバイスはちゃんと聞いたほうがいいって学んだもんでな」
「いい心がけだ、友よ。いいか、こういうところでも掘り出し物はいっぱいあるんだ。例えば嗜好品、清掃用具の薬品、戦前の客が残した財布だのなんだの、あとは工具だとかもある。そういうものは持ち帰れ」
「なるほどな、こんなところでもいっぱいあるんだな」
「だろ? 分からないものがあったら聞けよ、心優しく答えてやる」

 男は埃だらけのネカフェの様子を手で案内した後、「任せたぞ」とフレンドリーに背中を叩いて行ってしまった。
 そんな光景に押し出された俺はさっそく職務に移るわけだが。

「……さーて、スカベンジャーさんたちのお手伝いと行こうか」
『……いちクン、すごく意地の悪い顔してるよ』
「どんな感じの?」
『コルダイトさんみたいな感じの』
「どこかでうつったんだろうな。気を付けよう」

 ひとまず適当なパソコンに目をつけた。ちょうど目の前にいい感じのケースがある。
 配線を外して抱えた。そしてひとまずトイレへと駆けこむ。
 戸締りも確認して工具を取り出して、ケースを開封――ワーオ、埃だらけだ。

『あの、何してるのかな……?』
「パソコンのパーツを取ってる。一応自分でゲーミングPC組み立てるぐらいはできるんだぞ」

 元の世界のパソコン(費用30万)は今頃どうなってるんだろうか。
 そんな心配をしつつメモリとグラボを外して、残り物は便器の裏に隠す。
 それからあたりを見渡すと、カウンターにカラフルなドリンクでいっぱいの箱を発見。何本か拝借して代わりにパーツをぶち込んだ。
 とっておきが完成だ。ついでに席に放置されたタバコやらスマホやらも拾ってかき集める。

「どうも先輩、早速持ってきました」

 そんな品々を手に外へ出ると、別の荷物を積み込んでいたさっきの先輩が動きを止める。
 一瞬俺の手にした品物を訝しんだみたいだが、ぱっとそのラインナップを見るなり。

「初めての仕事にしちゃ悪くない品定めの仕方だな。特にタバコだとかあるのはうれしい」
「良かったら持って行っていいぞ、俺は吸わないもんでな」
「そうか、じゃあ仕事上がりの一服はお前の分も楽しむとするか。他にめぼしいものがあったらどんどん運べ」
「了解、先輩」
「いい後輩ができたな。ブルヘッドに帰ったら一杯おごってやるよ」

 その中でも特に興味を引かれたタバコを手に、またどこかへいってしまった。
 するとどうだろう、当たりは無人、周囲からはウォーカーの足音、今ここにいるのは俺だけだ。
 やるなら今だ。
 戦利品を丁重に荷台に乗せて、すぐにパソコンの部品を手に車体の下へ潜り込む。

「えーと……この辺でいいか?」
『……さっきいってたもんね、防犯機能があるって』
「ご名答。ちゃんと警察に仕事してもらわないとな」

 ミコも分かってくれたらしい、つまりこうだ。
 お持ち帰り禁止な物をうっかり持ち帰ったらどうなるか、実際に目にしてみようってわけである。
 ということで車の裏にダクトテープでグラボとメモリをがっちり張り付けて完成。これで仕事は終わりだ。

「――よし、さっさと行くか」

 先輩のおかげで良い仕事ができたな。成果を積み込んだのを確認して、そそくさと表通りに向かった。
 出ていく先はまたビルに挟まれた道路だ。
 だが、この辺りはホワイト・ウィークスが通った痕跡が山ほど残っていた。
 取り残された車は強引に押し退けられて道を譲り、なんならその隙間を現在進行形で装甲車が進んでるところだ。

『くそぉ! どこいきやがったぁ!』

 そして標的を見失ったあのウォーカーも。
 二足のロボットは重い足取りで北へと向かって前進中だ。
 一回り小さな逆間接タイプのそれも何機か追従してるらしく、この辺りはあいつらの警戒網が敷かれてるように見える。

『……あー、こちらのスタルカー。流石のお前もくたばったか?』

 そんな通りを白い格好のまま通り抜けようとすると、心配そうな無線が入る。
 スタルカーの連中からの声だった。正直言おう、一人で心細かったところだ。

「こちらストレンジャー、しぶといぞ」
『おい、なんだこのウォーカーの足音みたいなのは』
「変装してあいつらのテリトリーを横断してるところだ」
『余裕そうなこった。いいか良く聞け、こんな報告したかないがまずいことになった』
「これ以上?」
『ああ、お互いにとって悪いニュースがまた一つ重なったぞ。聞くか?』

 次第に道行くホワイト・ウィークスの連中が増えてくるが、構わず進んだ。
 そんな中で俺は無線に声に耳を傾ける。

「聞かなかったら後悔するんだろ?」
『聞くってことだな。さんざんお気持ち表明やら銃撃やらで騒ぐ馬鹿どもが急に北へ集結するもんだから、南側のテュマーがとてつもない数で移動中だ』
「オーケー、やっぱり聞きたくなかった」
『もう遅いぞ。んで、その行く先はたぶんお前らのいる方角だ』

 ……マジで聞かなきゃよかった。
 理由はともかくテュマーが今俺たちが居る場所に向かってる事実だけがそこにあるんだ、ひどいニュースだと思う。

「要点を話せ、どうやばいんだ」
『あいつらが暴れなくなったせいで刺激されたテュマーたちが集まって、軍隊さながらの行進でホワイトな方々に向かってるんだよ。最悪だ』
「待て、じゃあ今そっちはどうなってんだ?」
『ビルの屋上で静かにやり過ごしてる。んで、その真下をぞろぞろうじゃうじゃ大移動中のテュマーを眺めてるってわけさ』
「……嘘だろ」
『本当なんだよな。とにかく報告できるのはそっちにテュマーがお邪魔してることと、バレちまうからこれ以上の支援はできないってことだ』
「分かった、報告ありがとう。バレないように隠れてろ」
『生憎そういう訳にもいかないんでな。あいつらにバレないようにビルからビルへ渡って北上してるところだ』

 スタルカーの報告によればこういうことらしい、すっごい量のテュマーが北上中、俺たちピンチ。
 ふざけんなクソが。いや毒づいてる場合か、つまり止まってたらあいつらが押し寄せてくるんだぞ?

『い、いちクン……? なんとなく察したんだけど、どんな話だったのかな?』

 肩の短剣に心配されつつ、俺は感づかれないように白い姿を潜り抜けた。

「ミコ、やばいぞ。テュマーの大群がこっちに向かってる」

 きっと俺の顔はこのアーマーの如く青白くなりかけてるかもしれない。
 こんな状況に加えてあの化け物どもが押し寄せてるって言うんだぞ? なんでダブルできやがるんだ。
 さすがのミコも『えっ……!?』と絶句するレベルだ。本当にこのクソパクリ野郎どもは!

【――市民の皆様、こちらフォート・モハヴィ治安維持部隊です】

 その時だ。急に上空から電子的な声がした。
 乾いたエンジン音に、重量感のある駆動音がすぐ真上から響いてくる。
 思わず足が止まった。構わず進もうとしたがそうもいかなかった――なぜなら。

【電子機器の盗難を検知しました、識別信号により犯人を補足しております。窃盗の現行犯としてあなたたちを直ちに拘束します、くれぐれも抵抗はしないでください】

 巨大な機械が飛んでいた。
 元の世界で荷物を運んでたようなドローンがあったが、あれにエンジンを着けてローターを大きくして、そこに銃でもつければちょうどそんな感じになるはずだ。
 俺は、いや、周りにいる連中も見上げるほどの存在感のそれは、さっきのネカフェの方へ向かっていた。

 まあ、それだけならいい。
 それはゆるやかに高度を落とすと、急に両側面にある何かを開放していく。
 人間の形だ。銃とボディアーマーを着た、何人もの機械の人間を産み落とす。

『動くな! 武器を捨てて跪け!』
『あなた方を現行犯で逮捕します。フォート・モハヴィの条例により抵抗を確認次第射殺します、ご了承ください』
『対象は武装強盗と判断。武器を直ちに捨て投降しなさい、さもなくば射殺します』
『なっ、なんで――クソッ!? 誰だ電子機器入れた馬鹿はァ!?』

 そんな連中が着地するなり、向こうでひと悶着が始まる。
 ぱぱぱっ、と短連射――それから次第に派手な銃撃戦が続き。

『警備ドローンがきやがったか! 邪魔だ、ウォーカーの相手になると思うなよぉ!』

 そこにあのウォーカーが両腕を構えてどどどどんっとオートキャノンをぶちかます。
 おかげであっという間に戦場だ。
 降りた人型が次々と周囲に銃を向け、ウォーカーが空飛ぶマシンを撃ち始め、あたりはあっという間に銃撃戦だ。
 そこへ更に追加の"船"が飛んできて、慌てふためく白い連中の元にどすんっと機械兵士たちを落としてさらに争いが拡大していく。
 逃げるなら今だ。大騒ぎになったその場を離れて、更に北へと進んだ。

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