魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

いいもん乗ってるじゃん【ウォーカーの挿絵追加】

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 ――がしゃん、と機械の音がした。

【電源システム起動。センサー起動。武器管制システム起動。敵味方識別装置作動中。デザート・ハウンド・ロールアウト、こんにちはフォート・モハヴィ】

 低い男の人工音声がそう告げて、真っ黒な視点が明瞭に変わる。
 それは様々な視覚情報を乗せた視界だった。
 目の前に広がる道路の状況はいかなるものか? 持ち上げた視線の中に居る兵士たちは誰か? 道路を覆い尽くす車列は何事か?
 一つ一つのデータを感じ取りながら、両腕の銃身がトンネル内に向けられる。

『起動したぞ! いいか、何があっても通すな! たとえお前の家族や恋人だろうが絶対にだ!』
『し、しかし軍曹……自分には市民に銃を向けるなんて、到底――』
『俺だってやりたかないさ、クソ新兵! だが俺たちがやらなきゃいけないんだ! できないならとっとと逃げちまえ!』

 カメラはそんな怒声ばかりのやり取りを映す。
 市街地向けの迷彩服を着た男たちが、突撃銃を手に検問所を張っていた。
 トンネルをせき止める形で設けられた簡単な関所は、よく歳をとった一人の兵士と大勢の新米で保たれてる。

『おい! どうして通れないんだ!?』
『なんで塞がれてんだよ!? どういうことか説明してくれ!?』
『嘘でしょ……!? ねえお願い、子供がここにいるの! 早く通して!』

 次にそんな声が向けられて、カメラの向きは車列の方へと向かう。
 そこには車から降りた人々が抗議の声を投げかけているところだ。
 それどころか徒歩でやってきた人間の姿も山のように押し寄せていて、前も後ろも進めないほどにひしめき合っている。

『こんにちは、市民。緊急事態につき当トンネルは封鎖されております、これ以上進まないでください』

 これほど切羽詰まった状況に向けられる言葉は緊張感のない音声だ。それも四問の機関銃をちらつかせたうえで。
 カメラの光景に映る人たちは流石にうろたえた。五十口径に物申す猛者はいないようだ。

『どうか落ち着いてください! 現在このトンネルは封鎖中です! 市民の皆様はこれ以上進まず、どうか我々の――』

 四問の重機関銃がちらつく視界の中、年を取った兵士が人々に向ける。
 だが拡声器越しの言葉が届くことはなかった。
 ここを支配しているのは混乱した市民のわめきとエンジン音、そして外から届くサイレンだ。

『オアアアアアアアアッ……アアアアアアアアアアッ!』

 そうするうち、トンネルの光景に異常が現れ始める。
 お互いに一歩も動けない状況を変えたのはノイズ混じりの人工音声だ。
 車列の遠くから次々と不可解な声が上がり始め、とたんにそれは大勢の悲鳴を呼ぶ結果となる。

『ああああああああああああああっ!? な、なんだお前、離せ、離せッ!』
『ぎゃああああああああぁぁッ!? い、痛え! やめろ、噛むなァァァッ!?』
『い、いやああああぁぁッ! やめて! 私の子供を、そんな――ッ』

 青い瞳だ。黒肌混じりの人間たちが留まる人々に襲い掛かっていた。
 次第に銃声すらも混じってきた。うめき声、悲鳴、命乞い、あらゆる形の数多の声が、とうとう検問まで迫ってくる。

「どっ――どけッ! この××××野郎!」

 皮肉にも兵士を最初に襲ったのは不可解な現象じゃなく、先頭に立つ市民だ。
 腰から拳銃を抜くなり、棒立ちの若い兵士の頭を狙った。
 いきなりの罵倒込みの脅迫に「待って」と制止が返されるが。

 ――ばんっ。

 45口径の銃声が振り切った。頭の中身と共に更なる混乱がまき散らされる。 
 それを皮切りに停まっていた車が走り出し、武器を手にした市民が死に物狂いで検問へと駆けこむ。

『くっ……来るなァァァァァッ!?』

 対する兵士たちの対応も最悪なものだ。軍曹の『待て』も効かず、誰かが突撃銃をぶっ放す。
 ぱぱぱぱぱぱぱっと小口径の長い連射までもが挟まると、検問が打ち砕かれ、車同士がぶつかりあい、機関銃すら人々に弾を吐く。

『――え、え、エラー。識別信号を修正、脅威の排除を実行します』

 人間大の形がばたばたと倒れていく中、視界に映り込み続けていた機関銃が持ち上がる。
 ずっと浮かんでいた視覚情報は青みを帯びていき、やがて今までのデータを捨ててこう至った。
 『人類を抹殺せよ』という単純な命令だ。

*ddDDodododododododododododododommMM!*

 そしてついに、四問の機関銃が手当たり次第に標的を撃つ。
 トンネルを抜けようと生にしがみつく男の顔を、隅でうずくまる親子の絆を、逃げ出す車を、驚く兵士を、50口径の質量が叩き割る。
 的確な連射があたりに死をまき散らすのはあっという間だ。
 人類が一日で得るにはあまりにも多すぎる死があたりを汚すと、やがておかしな連中が近づいてくる。

『――再集合、再集合!』
『脅威を排除、次の行動を待機せよ』
『有機物、摂取、有機物、摂取』
『コロセ、コロセエエエエエ……』

 それはウェイストランドで言うテュマーのことだ。
 出来立てのナノマシンゾンビたちは周囲の死体を物色し、兵士たちから銃を奪うとのそのそと近づいてきた。
 僅か一瞬で大量の死をふりまいた撮影者は左右の機銃を下ろすと。

『ご協力感謝します、市民。厳戒態勢につき、命令が解除されるまで××トンネルは封鎖されます。良い一日を』

 声変わりした人工音声が周囲にそうアナウンスした後、視界は黒色に遮断されてしまった……。



「お友達誕生の瞬間が見れて何よりだ。なんて世界なんだ畜生」
『……これがテュマーの影響なんだろうね。見境なく撃ってたよ……』
「あのゴーレムも元々は誰かに仕えていたのだな。奴らによって狂わされたとは、哀れなものよ……」
「いや~……元々人工知能だったうちらからすると、なんか複雑っすねえ」

 メイドとオーガに挟まれたまま、四人で見ていたタブレットの画面にそんな感想が漏れる。
 後味の悪い戦前の日常を見せられてなんとも言えない気分だ。
 俺は借り物の端末を手に、路上でバラバラにされた無人兵器の元へ近づいた。
 そこではもう二度と組み立てられそうにない部品をじっと眺めるニクもいて。

「調べた結果はこうだ、後味最悪の短編映画。今夜あたり悪い夢でも見そうだ」

 使えそうなパーツを丁重に吟味するエミリオたちにそれを突き返した。
 150年前の記憶を機体から抜き取ってくれたご本人はというと、俺には価値の分からぬ品を手にご満悦な様子で。

「ご報告どうも。彼女と見るにはあんまり向いてない感じだった?」
「こんなもん見せたら破局するだろうな。まあ歴史的価値はあるんじゃないか? テュマーと無人兵器の邂逅の瞬間だったぞ」
「そりゃひどいや。向こうで物好きに売れそうな情報だね」
「こんなのを欲しがる趣味悪い奴がいてたまるか。で、成果は?」

 タブレットが返却されると、スカベンジャーらしい仕事を終えたエミリオが「上々さ」とご機嫌に返してくれた。
 何があったかって? 記憶媒体にあった映像を引きずり出してくれたのだ。
 暴走機械解体ショーが行われる傍ら、ちょっとした時間潰しということで見せてもらったわけだが……まあひどかった。

「流石はオーガだね、上手に仕留めてくれたおかげで主要部分以外割ときれいさ。おかげさまで今年一番の儲けだ」
「だとさ、ノルベルト」
「そう言われて誇らしいぞ、エミリオよ。お前もその戦利品を誇らしく持ち帰るがよい」
「言われなくてもそうするさ。これもそうだけど、彼女に話す土産話がいっぱいできたのがうれしいところだよ」

 一方でエミリオたちはさぞ人生の絶頂期です、といわんばかりのご様子だ。
 使えるものを可能な限りもぎとると、そのうちの一人がまだ使えそうな五十口径の弾を「使え」と持ってきた。

「果たしてどこまで信じてくれるんだろうな、お前の彼女さん」
「全部さ! 俺のことが大好きだからね!」
「あーうん、きっと一途な彼氏を持てて喜んでると思う」

 また死亡フラグが見えてきた。念入りにへし折っておこう。
 背中の五十口径小銃の弾倉に弾を込めて、俺は遠いトンネルの先を見る。
 向こう側はオレンジ色の光が外の明るさに変わっている。このまま進めばやっと地上に出られるわけだが。

「ここを抜ければ北の通りに出れるみたいだな」
「別名ホワイト・ウィークスの縄張りともいうけどね。行こうか?」
「テュマーよりマシだろ。行くぞ」

 このまま進めばあの白い連中がたむろしてるかもしれない。
 それでも得体のしれないナノマシンゾンビや暴走機械よりかわいげがあるのは確かだ。
 少し先行させたエミリオたちの後ろに続くように進んだ。
 念のためまだ敵が残っていないか警戒しながらだが、過ぎた心配に終わった。

『――聞け! あの意地の悪いストレンジャーは、俺たちのちっぽけな矜持を滅茶苦茶にしようとしている! 悪魔のようなツラで他人を害する悪者だ!』

 外に近づいた瞬間に耳届くお言葉がそれだ。
 思わず隣で一緒に歩いてたノルベルトと、とびっきりの嫌な顔同士をあわせて「なんだあれ」と思うほどで。

『――あんなサイコ野郎を断固として許すな! ここまで苦労してきた! 俺たちの! 世界を! 守るために!』

 とうとうご指名されてしまったストレンジャーの名をフォート・モハヴィに伝えている。
 街中を駆け巡る謎のお気持ち表明と共に。スカベンジャーやめてしまえ。

『……まだやってる……』

 肩の短剣もため息をつくほどのお気持ちを受けながら抜けた先は、緩やかな上り坂だ。
 点々と残る車が導く先には別の道路が見えて、また違う寂れた都市の姿が待ち構えていた。

「なんていってんだあいつ?」

 周囲に敵がいないと分かると、足を緩めたエミリオたちに追いつく。
 とうとう名の上がったストレンジャーを茶化すように笑ってるようだ。俺からすればたまったもんじゃないが。

「来るならかかってこい、だってさ」
「そうか。肝に銘じておこう」
「あれ? もしかして腹立ってる?」
「いや、呆れてる。非常識なやつに非常識言われても困るだけだ」
「面と向かって口にする勇気がないんだろうね、周りの同情を集めるのがやっとさ」
「慕ってくれる部下とテュマーの区別もできないのか?」
「それか人道的でテュマーも人間として扱ってるかだろうね」
「心の広いお方だ。じゃあ悪魔の俺はあいつらもテュマーと同等に扱ってやるよ」
「やっぱり腹立ってるよね、君」
「いや別に」

 からかい合えるぐらい親しくなったエミリオと仲良くトンネルを後にすると、そこは住宅街だ。
 高々としたアパートが幾つもあるようだが、すぐ近くからばばばばばっ、と銃声が響いた。
 それに何両かの車の音や、罵声や怒声、ずんずんという鈍い音すらも混じっており。

「……ご主人、あそこから濃い匂いがする」

 道なりに物陰に隠れた直後、犬ッ娘がジャンプスーツをくいくいしてくる。
 犬らしい手先は街の南側を強調していた。
 動きを止めて少し待てば、どんっ、と砲撃の音がする――迫撃砲だな。

「81㎜だ、どこからだ」
「ん。あそこの建物」

 発生源を探ろうと単眼鏡を取り出して、ニクの示す先を良く伺った。
 クラウディアも一緒に探してくれた。しばらく眺めるうち、褐色の手が「あそこだぞ」ととらえたようで。

「あの茶色い壁の高い建物が見えるか? あそこから音するぞ」
「……あのアパートか。けっこう離れてるな」

 見つけた。南の方角、三百メートルぐらい離れた先にアパートがある。
 茶色の壁を順に登り辿れば、ちょうどそこでうっすらと人間の頭が見えた気がした。
 それに白いボディアーマーの格好も。ホワイト・ウィークスの陣地か。

「……どうする? まさかあそこまで行って制圧する?」

 エミリオの言う通り、わざわざ忍び寄ってぶちのめすには少し骨が折れる。
 周りの状況を探って適切なルートを探して……そんな感じでやるにはここは敵地深すぎるのだ。
 俺は少し見て考えて、ひらめいた。

「……こういう時は助け合いの精神だろ?」
「ああ、なるほどね」

 そして答えは「こいつだ」と示すヘッドセットだ。

「こちらストレンジャー、応答してくれスタルカー」
『こちらスタルカー。どうした? 何かトラブルか?』
「大体そんな感じだ。今北の方にいる、んでホワイト・ウィークスの陣地を見つけた」
『なるほど、俺たちに連絡をよこすってことはサポートが必要か。まず現在地がどのあたりか教えてくれ』

 スタルカーたちに連絡を飛ばすと、さっそく場所を求められた。
 聞くまでもなくエミリオが地図を出してくれた。周囲の建物を探って現在地を調べる――
 目につくのはランドリーや飲食店といった店に、ガソリンスタンド。北の部分で当てはまる場所を探すと××番地と割り出せた。

「今××番地のトンネルを抜けて、割とすぐの場所だ。一番近いのはガソリンスタンド」
『オーケー、把握した。んで敵の場所は?』
「そこから南へ200mほど、茶色い壁のアパートだ。目視できるか?」
『目視はできないが間接照準でいける。待ってろ、今他のスカベンジャーたちに観測させる』

 さすがスタルカーだ、すぐに理解したらしい。
 しばらくすると『よう』と知らない声が混じってきて。

『ストレンジャー、さっきはどうもな。一発お見舞いするなら俺たちに任せてくれ』

 いきなり感謝された。口ぶりからさっき助けた誰かに違いない。

「その言葉からしてさっきのやつらか?」
『感動的な死に方をしそうになったやつらだ。支援感謝する』
「そりゃよかったよ。こっちからも砲撃の観測をする、続けてくれ」
『了解ストレンジャー。少し待ってな』

 姿の見えないスカベンジャーはそういって動いてくれたらしい。
 しばらくアパートの様子をみんなで伺っていると、ずっと遠くでどどんっ、と二発分の砲撃が聞こえて。

『二発発射した。着弾観測頼む』

 スタルカーからの連絡がくる。それから数秒、いや倍ほどの秒数ののち。

*zZbaaaaaaaaamm*

 南の光景で爆発が起きた。アパートを飛び越えて根元に落ちたように見える。
 それにけっこう横にずれてる。まったく関係のないおしゃれなカフェが巻き添えで粉砕されるほどだ。
 どう伝えるべきか。『重火器』スキルを総動員して考えた結果。

「あー、二発とも標的を超えた。手前に20m、右に50m修正」

 なんとなく、それっぽく伝えてみた。
 すると『了解』と短く帰ってきて再び砲撃――すると。

*ZzBaaaaaaaaaaaaaam!*

 当たった。アパートの屋上がぼふっと弾ける。
 エミリオが「ひゅうっ」と喜ぶレベルの結果だ、俺はすぐに無線に移って。

「着弾確認。やれ」
『よーし。派手な花火をご覧あれだ』

 迫撃砲の連続した砲撃が聞こえてきた。
 屋上の生き残りが慌てふためくさまが見えたが、それも間もなく。

*zZbaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaMM!*

 さっきより質量の増した爆発で吹っ飛んだ。
 赤い爆炎と黒煙ともども、そこにあったものが周囲にまき散らされていく。
 人間のパーツや破壊された兵器、そして150年前の建物そのものだ。

「お見事、最高の仕事だ」
『お褒めの言葉ありがとう。これから俺たちはあんたらの後ろについてくぞ、支援が引き続き必要だったらこき使ってくれ』
「了解、ストレンジャー、アウト」

 無線を切った。
 俺は「いくぞ」と綺麗になったエリアから進もうとしたが。

「……待て、なんなのだこの音は」

 北へ足を動かそうとした瞬間、ノルベルトが大きな手で俺たちを制した。
 それだけのものがあるとすぐにわかったのは言うまでもない。
 なんだ、と尋ねる前に各々が物陰に隠れると。

 ――ずん、ずん。

 足音、なんだろうか?
 廃墟の奥からそんな地ならしが聞こえて、まるでこっちに近づいてくるようだ。
 一体なんだ? 全員で息を殺して、そっとエミリオと一緒に物陰から伺うと。



「……嘘だろ……"ウォーカー"だ……!」

 エミリオが一気に絶望するぐらいの何かがそこを歩いていた。
 赤いセンサーを持った、巨大な人間といえばわかるか?
 俺がいつぞやみたあの謎のロボット、あれを思い出させるような二足のそれがこっちに向かってくるのである。
 無骨な身体に頑丈な装甲、しっかりとその足で立つ姿は間違いなく「敵」を探すありさまで。

『出てこい! ストレンジャー! ウォーカーが相手してやるぜぇ!』

 だが、そこにけっこうな不釣り合いな声が混じる。
 恐らくホワイト・ウィークスの奴らだろうか。巨大な二足の機械は、俺を名指しにしながら道を塞いでいる…。
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