魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

無人兵器をこんがりと。

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「――よし、聞いてくれ。どうしても君があの『デザートハウンド』に一撃お見舞いするっていうなら、狙うところは一か所しかない」

 しばらくして、頼れるイケメンは画面と共にそう説明してきた。
 そこにあの逆間接ロボットが図解されており、まあパーツの一つ一つにチップに換算した場合の価値が書かれてるのはいいとする。
 緊張で強張った指先が示すのはその胴体だ。装甲が織りなすゆるやかなラインに、かすかに盛り上がったセンサーがある。

「ここがあいつの弱点なのか?」

 そいつの『頭』になりえる部分について聞いた。
 エミリオは「理論上は」と付け足したうえで。

「こいつは人間でいう頭部にあたる部分が胴体に内蔵されてるんだ。機体の中枢部に重要な回路や電源装置が組み込まれてて……」

 画面を拡大して、ノルベルトが狙うべき部分を強く強調する。
 正面装甲に守られたセンサーを辿ると、人間でいう心臓に当たる部分に複雑な機器が詰め込んであった。
 が、そのすぐ下で電源装置や予備電源といったパーツがみっちりと寄り集まっている始末だ。
 なんというか、こいつの腹の中はあそびがないように見える。

「そいつで脇腹や背面から機体中央を焼き切れば予備電源ごと破壊できるはず。それに高熱を流し込まれたら大事な電子機器も融けて永久にシャットダウンって寸法さ」

 そんな腹いっぱいに押し込まれたパーツから、エミリオはノルベルトの掴んだテクニカル・トーチを表した。
 どうにかお近づきになって中を焼き溶かせば無力化できる。口にするだけなら簡単なお話だ。

「ふむ、腹の臓を焼き切るようなイメージでやればいいのだな?」

 問題はノルベルトが「口では容易い」を今にも実現しようとしてるところだ。
 無防備に向こうを見回すロボットをイメージして、逆手にもったトーチでどう切り込むか身体を慣らしてる。

「そうだといってやりたいんだけど、何せ前例がないんだ」
「つまりこんなことするのは俺たちが初めてになるってか?」
「成し遂げた上でみんな生きてればね。どうする?」

 こんな閉所で合計四問の12.7㎜がまき散らされたらさぞ悲惨だ。
 そうならないためにもノルベルトの活躍にすべてがかかってるわけだが、退こうにもあの大騒ぎで後は塞がってる。
 つまりやるしかない。最善を尽くして安全も進路も確保するのみだ。

「ノルベルトを信じてやるしかない。敵の配置は?」
「距離は数十メートル先、デザート・ハウンドの前後にテュマーがばらけてる。全部近づいて静かに殺すのは難しいね」
「タイミングをあわせて一斉にやりたいもんだな。『ランナーズ』一同を酷使させても同時にやれるのは5人か」
「ストレンジャー、そのことなんだが」

 トンネルを不規則にうろつくテュマーたちの姿を目で追っていると、エミリオの仲間の一人がこっちに来た。
 手には白い円筒状の物を握ってる。なんなら他の仲間はあたりの車から似たようなものを取り外してるようで。

「あんたの使ってる銃はファクトリー製だな? こいつを使え」
「そうだけど、そいつは?」
「オイルフィルターだ。消音器に流用するつもりで作られたやつだからあんたの銃にも対応してるはずだ」

 そういって「見せてくれ」と腰の自動拳銃を求められた。
 そいつにお望みの品を手渡すと、フィルターの底に接続してからから回し込む。
 すると意外なことにきれいにはまってしまった。
 さっそく返された手製の消音器付きの拳銃を手に取ると――アンバランスだ。

「なあ。不格好さについては目を瞑るとして、ほんとに大丈夫なのかこれ?」

 試しに構えてみるが銃が重い。まあそれはいいんだ。
 問題は空き缶ほどの大きさのそれが銃口から伸びてる点で、おかげさまで照準が覗けない。
 そもそもこんなものが銃声を消してくれるのか? そう不安だったが、エミリオの仲間たちは黙々とオイルフィルターをもぎ取ってる。

「初めて使うならだれもがそう思うだろうさ。心配するな、戦前のオイルフィルターは初弾が簡単に突き抜けてくように上部が薄く作られてるんだ」
「俺が言ってるのは安全性の問題以外にもあるんだぞ」
「先輩たちからのアドバイスはこうだ。その場しのぎ程度の効果はあることと、銃の狙いはあんたの経験次第ってことさ」
「アドバイスどうも先輩」

 周りの連中はノルベルトの攻撃に合わせて準備中だ。
 手持ちの火器から古くなったオイルフィルターを捨てて交換してるあたり、ここであの無人兵器を仕留めるつもりなのは確かか。

「ドワーフのお爺ちゃんたちが作ってた銃が欲しいっすねえ」

 見ればロアベアも自前の拳銃にくるくると取り付けている。なるほど、消音器を取り付けるために銃口が大きくなってるのか。
 くそ、こうなるなら『ウェルロッド』を一丁ぐらい拝借しておくべきだった。

「こんなことになるなら出発前に貰っておくべきだったな」
「ないものねだりしてる場合じゃないぞ、今ある手札で最善を尽くすのみだ」

 いまいち使い勝手が悪くなった自動拳銃をいじってると、クラウディアがハンドクロスボウに手をかけていた。
 俺はしばらく背中の荷物に触れて――

「クラウディア、こいつは使えるか?」

 バックパックに括り付けていた弓と矢筒を手に取った。
 少しでも確実に事を運ぶためだ、それにきっと俺よりもうまく扱ってくれるはずだ。

「本当はクロスボウの方が得意なんだがな、普通に扱えるぞ」
「その普通ってのはテュマーを逃さないぐらいの意味だよな?」
「一発も外さないという意味だぞ、私に任せろ」

 少しの間だが弓を押し付けることにした。
 そして手に渡った途端に滑らかな動きで矢を番って見せてきた。見てて信頼できるほどの弓捌きなのは確かか。

「……よし。ノルベルト、やれるよな?」

 俺は何度か不格好な自動拳銃を確かめてから、トーチ捌きの整った大きな相棒に尋ねる。

「返事は『何が何でもやる』だ。俺様がこいつで仕留めた前例となってやろうではないか」
「頼りにしてるぞ相棒。俺たちの旅路の為に尽力してくれ」
「心得たぞ相棒。必ずや仕留めてみせようではないか」
『き、気を付けてね? ノルベルト君……?』

 返ってきたのは相変わらず力強いスマイルだ。良く分かった、俺の命でよけりゃ預けてやろう。
 俺たちは拳をこつっと合わせて意思表示した。こいつならやってくれる。

「準備はいいね? デカいのはオーガに任せて、俺たちは露払いさ」

 装備が整うとやる気のあるメンバーが集まってきた。 
 ランナーズ一同に、ノルベルトにロアベアにクラウディアといった面子だ。
 そしてストレンジャーも。狙うは廃車を超えた先、ひらけた場所でトンネルの向こうを眺めるテュマーたちだ。

「あとはぶっつけ本番、適当にやれってことだな」
「そういうこと、各々全力を尽くして無事に生還しましょうって感じでね」
「そういうのは得意だ。それじゃ――」

 スライドを引いて残弾を確認した、たっぷりだ。
 後ろを見れば残ったやつらをニクが「任せて」と守ってくれている。
 俺はエミリオたちに目配せして、それからトーチを握ったオーガの胸をこつっと叩き。

「行くぞ」

 オレンジ色のトンネルの中を静かに駆ける。
 身をかがめて車列の間を潜り抜け、左右で広がった『ランナーズ』がクロスボウやら銃やらを手に進むのを目にした。
 いつでも撃てるように不安定な拳銃を構えると、待ち構えるテュマーたちの格好が近づく。

『待機中、待機中……』
『地上から信号を受信、待機せよ』
『人間、殺す、人間、不便、人間……』
『アアアァァッ……アハハハハハハッ……』

 最初は遠目に見えていたそれが近づくと、あの不気味な声も迫ってきた。
 それだけじゃない。黒い群れに混じった無人兵器のごうごうという駆動音や、かすかに動く身体の軋みが、嫌でも良く聞こえる。

『音響センサーに銃撃を検知。当機は警戒モード中です、どうか射線に入らないでください』

 トンネルに散らばったテュマーの様子のそばで、砂漠色の装甲が背を向けてそう警告してた。
 わずかに動く上半身は今にも振り返りそうだ。もしそこに敵がいようものなら、躊躇なく機銃でミンチにしてやるに違いない。
 最初は「やってやる」と思ってた俺も、特にその巨体が強く見えてきたところで足が鈍る。

(……ノルベルト、ちゃんといるな?)

 銃は握ったまま、けれどトリガには手をかけぬまま、後ろに尋ねた。
 目標まで間もなくだ。くねった道にあわせて曲がり、静かににじり寄った先ではテュマーたちがたむろしてる。
 車のそばでうずくまるもの、棒立ちで見渡すもの、無人兵器のそばにべったりなもの、様々な有様がトンネルを塞いでいた。

(案ずるな、いつもどおりだぞ)

 けっして近くはない距離、かすかな声でそう返される。
 頼もしい返事を確かに受け取ると、目の前できょろきょろするテュマーの姿が動きを大きくし。

『オア、アアァァァァ……?』

 ……仲間たちと仲良く前を向いていたはずの誰かが、ぐらぐらな動きで振り返った。
 咄嗟に拳銃を持ち上げるが、最悪なことにつられて周りも見返り始める。
 そして当然のことながら、あの砂漠色の無人兵器もがしゃっ……と大げさな足踏みでこっちに向いて――

「撃てッ!」

 俺は反射的に前方のテュマーを撃った。
 ぱしゅっとくぐもった銃声の先、最初に振り返った姿がよろめく。
 続けざまに感覚を頼りに撃ち続ける。数発打ち込んで沈黙、同時に隣でロアベアの自動拳銃が突き出され。

*Pht! Pht!*

 潰された5.7mmの銃声が別のテュマーを叩き伏せた。
 それと同時に放たれた矢が巨体の腰巾着になってた一匹をぶち抜き、同じ頃合いでエミリオたちの得物が各々の得物に放たる。

「おあっ!?」「アァァッ!」「てきしゅっ」「警戒、敵ッ」「苦痛を検知…!?」

 平坦な人工音声の悲鳴が一斉に重なった。
 二足の無人兵器が機敏に動き出したのはそれと同時だ。
 大慌てで『戦闘モードに移行』と左右の機関銃を立ち上げる音が聞こえ。

「――その命もらうぞ、ゴーレムよッ!」

 そんな姿を『ブルートフォース』が逃すはずもない。
 テクニカル・トーチを逆手に構えたノルベルトがずんずん駆け込むと、一足遅れて本気を出したその背中に飛びつく。
 五十口径の弾もびくともしない身体が組み付けば、流石の無人兵器も中に誰がいるんじゃないかというほどに暴れ。

『脅威レベル大、接敵中! 敵と交戦――』

 さすがの150年前の人類の英知というべきか、オーガの身体をぶん回す。
 激しいモーターの音を響かせて派手なダンスが繰り広げられるが、握りしめられていたトーチが脇腹を捉え。

*bassshhhhhhhhhhhhhhmmMM!*

 トンネルが一瞬、赤く照らされた。
 あの時見た火柱がほんの一瞬飛び出ると、とたんに機体が硬直した。
 最後に響かせたのはぎゅるぎゅるというむなしい駆動音で、重要な部分を焼かれたロボットはがっくりと膝をつき。

「見たか、仕留めて見せたぞ!」

 ずいぶんな大物を狩って見せたノルベルトが、用済みのトーチを捨てながら返ってきた。
 強くて爽やかな笑みだ。後ろの獲物と見比べて、なんだか変な笑いが出てしまった。

「おいおい、マジでやるかよお前……」
「フハハ、マジだぞ。しかと見届けただろうな?」
『す、すごい……やっつけちゃったんだ……!?』
「お~、ボスキャラ撃破っすねノル様ぁ。大戦果っす」
「やったのだな、ノルベルト! よくやったぞ!」
「むろん俺様だけの戦果ではないぞ。そうだろう?」

 涼しい顔で戻ってきたオーガはきれいになったトンネルを背にそう言った。
 言葉の向かう先は戻ってきたエミリオたちだ。どれもこれも信じられないといった様子で。

「俺、変な夢でも見てる気がしてきたよ。無人兵器を生身でやっつけるなんて妄想の中でしたことがないからね」
「これでその前例が現実になったわけだな、エミリオよ!」
「ああ、うん……君たちは本当に非常識だと思う、いやほんとに……」

 長い任務を終えたロボットを見てこの現実を疑ってるようだ。
 しかしさすがはスカベンジャー、しばらくすると息を整えたようで。

「……ところでみんなの戦果っていうなら、この無人兵器を漁ってもいいんだよね?」
「それはノルベルトに聞いてくれ。で、ご本人のご意見は?」

 フード姿たちの身体が道路に転がる予期せぬお宝に向いていた――それも工具やらを取り出しながら。
 いうまでもなくノルベルトにやられた戦前の無人兵器だ。
 俺たちにはその値は不明だが、今この場で弄繰り回すだけの価値はあるらしい。

「もちろんだぞ、エミリオよ。俺様はお前たちほど物の価値は分からんからな」
「オーケー、ちょっと待ってくれみんな。ちょいと臨時収入タイムだ……ははっ、人生一回分は稼いでる気がするよ」

 ご本人から許可が下りれば、横たわる巨体に『ランナーズ』は忙しく群がり始めた。
 次の瞬間にはかんかんきりきりと分解作業だ。手慣れた手つきでめぼしいものをはぎとってやがる。

「なあノルベルト、こいつら逞しい連中だな」
「良いではないか、生きる気概を感じる良き連中よ。ところでイチ、次はお前が仕留めてみてはどうだ?」
「無茶言うな、俺に死ねってのか」
「なに、簡単だぞ。お前ならきっとできるだろう」
「今度は人間VSロボットの勝利例でも作れってのかお前」
「フハハ、やってみないとわからんものだろう?」
『……流石にこんな真似ができるの、ノルベルト君だけだと思うよ』
「考えとくよ。エミリオ、ゆっくりやってていいぞ」

 けっきょく一番得をしたのはエミリオたちか。
 ノルベルトの恩恵にあやかったスカベンジャーたちが、二度と起動しなくなったロボットを黙々と解体していく……。

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