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広い世界の短い旅路

借りた物はそっくり返す、物理的に。

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 敵の壊滅を確認してから屋上の迫撃砲に近づく。
 木箱入りの砲弾たちの隣で、まだ熱々の砲身は遠くの通りを向いている。
 周辺を見渡せる限りに調べればいくつか怪しい建物があった。
 ここより大きなアパートが北西に一つ、遠くで同じほどの高さを構えるビルが何件か、さっきの音を頼れば大体の目星はつく。

「さっき他に砲撃してた場所があったな? どこだ?」

 俺は無線機をオフにしてから周りを見た。

「着弾した場所からして、たぶんこの屋上から見て右側だよ。相互に支援できる場所にあると思う」
「探すぞ、ここから見える場所に必ずあるはずだ。クラウディア、お前も敵がいそうなところ見つけてくれ」
「分かったぞ、少し高いところで探してくる」

 単眼鏡を手に街の光景を探ると、クラウディアも塔屋に登って見渡し始める。
 ここから見渡す荒廃した街の景色は『撃つなら絶好』な場所だ。
 うろつくテュマーも良く見えるし、気になる道路の状態も分かる、それに廃車のそばを走るスカベンジャーたちも――

 どんっ……。

 逃げるフード姿の集団が見えた瞬間、また発射音が聞こえた。
 どこだ? 視界の中でアスファルトを駆け巡り、テュマーたちに追われる有様から音を辿る。
 街の西側から走ってきた連中だ、つまりこいつらの背後あたりか?
 そしてしばらくすると逃走劇の背後で爆発が起きた。間違いない、この砲撃は追いかけてる。

「今走ってきている連中の後ろか、ってことはあのアパートあたりか?」
「きっとそうだ。いやそれよりもあのスカベンジャーたちはどうするんだい、テュマーたちに追われてるよ!」
「イチ、あとは私が探してやるからあの者たちを助けてやれ!」

 夢中で敵を探ってるうち、逃げるやつらの脚が鈍りはじめた光景が重なったところに無茶ぶりが飛んでくる。
 代わりに探してくれるのはありがたい話だが、間もなくテュマーの餌になりそうな連中までの距離はかなりある。
 絶賛ランニング中の小さな姿から割り出すに400mぐらいか?

「イっちゃん! 下から来てますわ!」
「声からしてさほどじゃないが患者が押し寄せてるぞ、どうする」

 そしてリム様とクリューサが言った。足元では電子的なうめき声がゆっくりだが登ってきてる。
 そこに首つきのメイドと犬っ娘が得物を手に進んでいき。

「じゃあうちがやってくるんで、皆さまごゆっくりどうぞっす~」
「ん、ぼくも行ってくる。助けてあげて」
「分かった、お出迎えは頼んだぞ」

 急な来賓を歓迎してくれるらしい、テュマーたちはあいつらに任せるか。
 そして何か使えないものはないかとエミリオたちとあたりを探るが。 

「俺様も奴らを迎えてやろうではないか。イチよ、こいつを使え」

 ロアベアに続こうとしていたノルベルトが、そのついでと何かを投げてきた。
 一目で戦前のものと分かるデカい小銃がこっちに飛び込んでくる。
 それが普通の銃ならいいが、ぶん投げられたそれのグリップ後部に大きな弾倉がついていた。
 何ミリだ? そう考えたころによろめくほどの重さが伝わって、ただの銃じゃないことが分かった。

『だ、大丈夫……? 今かなりぐらってしたけど……!?』
「おい、いきなりこんなもん投げ渡すな!? 何考えてるんだお前!?」

 絶対に人に向かって投げちゃいけない重さなのは確かだ。
 謎の銃を受け取ると、ノルベルトはにかっと笑って階段へ向かっていく。

「フハハ、いい筋力トレーニングだろう? では俺様もテュマーを蹴散らしてこよう」
「ご親切にどうも、気を付けて。エミリオ、観測頼む」
「狙撃できるのかい、君?」
「うちのボスの四分の一うまいぞ」

 ともあれ、長距離射撃にうってつけなのは間違いなさそうだ。
 大層な照準器が取り付けられており、手が届く場所に保持するためのグリップと折り畳み式の二脚がついてた。
 銃身はずいぶんと短いし仕組みも謎だが――手探りで銃口あたりに触れると。

 ――しゃこん。

 本体から銃身が伸びた。グリップの後ろにある機関部も一緒に動いて装填が完了したらしい。
 しかし装填音が妙に重い。まさかと弾倉を抜けばそこには五十口径弾だ。

「ワーオ、かっこいい」
『いちクン!? 感心してる場合じゃないよ!? 早く助けてあげないと!』
「それは俺も認めるけど今はそれどころじゃないよね!? 射撃観測するから照準合わせて早く早く!」

 このブルパック式の銃の使い方はなんとなくわかったぞ、早速二脚を展開。
 肩を当てて五十口径眠る弾倉の上で頬を置くと、拡大された視野でスカベンジャーたちの追いかけっこに合わせた。

「距離は300ほど、いける?」
「オーケー。敵の数はどれくらいだ? 大体でいい」

 かちっと距離を設定、先頭で腕を振って走る男が泣きそうなのがよく見える。

「20、まだ増えるかも」
「やれるか不安だな。おい、誰かこいつの予備の弾持ってきてくれ!」

 俺はエミリオの仲間たちに一つお願いしてから獲物を探った。
 まずはヤバそうな奴からだ。最後尾で逃げ遅れそうなやつを発見、誰かがそれを引っ張ろうと戻っていく。

「最後尾のやつからいく。ミコ、うるさくなるぞ」
『か、覚悟完了です……』

 そんなシーンに挟まろうと全力疾走してきたテュマーを発見、首上あたりに重ねてトリガを絞る。 

*ZBam!*

 すさまじい射撃音と反動だ。後退する銃身にあわせてずしんとした重みに肩を押される。
 熱々の薬莢が顎下ですっ飛ぶのを感じつつ、スコープ越しの世界でテュマーの身体が弾けるのが見えた。
 ついでに間一髪助かった二人組も確かめた。次を狙う。

「ひゅう。お見事、胴体が割れたよ」
「なんて銃だ、こいつ気に入ったぞ。撤退中のやつが助かるまで援護する」

 今の狙撃でテュマーの群れの動きが鈍ったみたいだ。
 しかし今度は二人が転ぶ。そこへ黒い人型がドラマチックに襲い掛かるが。

「ああくそっ! あの二人転んだよ! 先頭のやつ足止めして!」
「言われなくともやってやるよ」

 呼吸を整えた。揺らぎの減った視界の中で群がる姿の先頭、ナタを振りかざす奴の腹をエイム。

*Zbam!*

 撃った。後退する銃身に揺らされながらも見据えれば、後ろに続く仲間たちごとぶち抜いたみたいだ。
 そこでテュマーたちが戸惑う。やっと立った二人が逃げ出すと同時に、奥の一匹に発砲。
 なんてこった、首が弾けた。ロアベアが喜びそうな死に様にとうとう追跡者たちの足が止まる。

「お見事、やつら動きが止まったよ。二人も無事だ」
「このまま支援するぞ」
「分かったよストレンジャー、奥で小銃を持ってるやつに合わせて」
「おい、予備の弾倉あったぞ! フルロードだ!」

 『ランナーズ』の誰かがごとっとそばに弾倉を供えてくれる中、エミリオの指示通りに次の敵をたぐった。
 足元ではテュマーの悲鳴が聞こえてくるおかげで集中できそうだ。
 しかし妙だな、気づけば迫撃砲の攻撃がもう途絶えてるような。

「標的に収めた、心臓狙いだ」

 小銃を向けだす姿にぴったり合った。やや落として両腕の隙間を狙って発射。
 ずばむっと独特な炸裂音のあと、構えた腕ごと胴が破られるのが見えた。
 とうとう狙撃の脅威に気づいたようだ。テュマーたちがこっちを指さしながら後退していく。
 ついでにその背中に残った弾を打ち込む。肩にがちっと弾切れの感触がした。

「ははっ、すごいや。テュマーが逃げてくよ!」
「あいつらは無事か?」
「困惑してるけど走り続けてる。もう大丈夫――いや、待って!」

 これでいいか、と思ってるといきなりエミリオが声を上げる。
 よろしくないリアクションだな、リロードを挟もうとするとエミリオの仲間の一人が大きな箱型弾倉を取り換えてくれた。
 「どうも」とボルトを引くと銃身ごとがしゃっと後退するのを感じた。そして照準を覗き込むと。

「ホワイト・ウィークスの車両だ! あいつら追いかけてる!」

 その言葉通りの物が道路を爆走してやがった。
 『POLICE』と青黒い装甲に書かれたバンがテュマー込みの障害物をなぎ倒しつつ、スカベンジャーたちを追い回す。
 手製の砲塔が重機関銃をどどどどっ、と打ち込んでるのも分かる。せっかく助かったのにまた死に物狂いのチェイスが再開だ。

「装甲車か、こいつでやれるか?」
「内側からも装甲版で補強されてる。狙うなら砲塔かタイヤだ」
「難しい注文しやがって」
「大丈夫、君ならできる」

 五十口径の向かう先を良く選んだ。
 警察用車両が改造されたそれは、窓という窓がスリット付きの装甲版にきっちり覆われてた。
 車体前面には『逃げろ!』という看板が追いかける奴らに訴えているのがひどい話だと思う。
 するとスカベンジャーを狙おうと速度がゆるむ、重機関銃が先回りするように狙いを定めたようだが。

「捕まえた、砲塔だ」
「オーケー、やっちゃいな」

 前面を覆う錆びだらけの防盾をエイム、撃った。
 金属音混じりのけたたましい銃声の後、スコープの中で砲塔の動きが止まる。
 装甲車が停車したのはそれと同時だ。続けざまにタイヤに狙いを重ねてトリガを引く。

*Zbam!*

 着弾した。再び走り出した車がぐるっと不安定な動きを見せる。

「次弾タイヤにヒット、もう一か所も狙うんだ」
「了解」

 バランスを失った装甲車はがつっと電柱にぶつかった。その隙に後輪へ発射。
 とうとう足が折れた車はぐらつきながらも廃車にぶつかっていく。
 しかもツイてないことに、街並みからテュマーが次々と現れる。
 大急ぎで降車するホワイト・ウィークスたちへ向かうのはすぐだった、最後に見えたのは天高く伸びた片腕だけだ。

「車の停止を確認。俺たちの同業者も無事だ、いい仕事だと思う」
「どうしてスカベンジャーが地べたを飛び回るかよくわかった。事故ったらゾンビ映画みたいに取り囲まれるからだな」
「事故っていうか君の仕業だけどね。あいつらも災難さ」
「――煙と人影が見えたぞみんな! あの建物だ!」

 小銃を下ろそうとした瞬間、クラウディアが「あそこだ」と指を向けた。
 注意通りに見上げれば、そこにあったのはさっき目視したあのアパートだ。
 ちょうどそれと同時に迫撃音の発射音もして、空気にぼんやりと白い煙が流れていくのも確認できた。

「あそこか、今俺も発射煙を確認した。間違いなくいるな」
「イチ、その銃で狙撃してしまえ。まだ気づかれちゃいないぞ」
「ダメだ、この高低差じゃ狙えない。当初の予定どおり迫撃砲でいくぞ」

 標的はテュマーたちを狙った時よりもずっと遠い、ビルの高さの違いもあって直接狙いを定められる状態じゃない。
 だからこそこいつの出番だ。銃を下ろして、土嚢の壁に囲まれた迫撃砲へと向かう。
 この世界でよく見る81㎜クラスの迫撃砲だ。砲弾を発射するためのトリガがついてるタイプなのだが――

「……なんだこの照準器」

 砲身側面に備えてある照準器がなんだか妙だ。
 スコープやハンドルのついた光学照準器じゃなく、手のひらに収まるほどの大きさで数字がデジタル表示されているものだ。
 電子的な部品の上ではドットサイトが前方に狙いをつけていて、いかにもこれで狙いを定めろとあるわけだが。

「これは……戦前の軍が使ってた迫撃砲用の光学照準器だね」

 どう扱えばいいかと困っていると、エミリオがすぐに教えてくれた。

「知ってるのか?」
「そりゃ高価な掘り出し物だからね。そいつにはレーザー照準器が搭載されていて、狙った場所までの距離を割り出してくれるんだ」

 そういって迫撃砲の下部にあるハンドルを動かすと、照準に記された数値が変わる。
 砲身の動きにあわせて500mと出た。まるで「あとは撃てばそこに落ちますよ」といわんばかりに赤い数字が訴えてる。

「これで500m先に確実に落ちるんだ。早速使ってみなよ」
「便利だな、どういう仕組みなんだ?」
「俺にもさっぱりさ。でもこういうのを欲しがる奴らが多いんだ、いいチップになるぐらいの需要はあるよ」

 使い方は分かった。迫撃砲の台座ごとせっせとアパートの方へ向けると、また砲撃音が聞こえる。
 ハンドルをぐるぐる動かして、赤いドットに重ねるように屋上の縁にあわせる。距離にして600mほどか。

「セットした。装填完了次第発射する」

 俺はトリガに手をかけながら周りにそう伝えた。
 誰かが迫撃砲の弾を持ってきてくれて、砲身の中へと81㎜のそれがねじり込まれる。
 ごちっと音が伝わった直後、発射のきっかけであるものを握ると。

*BAM!*

 重さと質量が空へと打ち上げられていく。
 すっぱい発射煙が漂う中、少しの時間を置けばどぉんっ、と遠くが爆ぜたのが分かった。

「おおっ! 当たったぞ!」

 クラウディアが驚いてる。てことはマジで当たったのか。
 一応俺も単眼鏡を手に見てみると、確かに爆発の名残が屋上から広まっていて。

「よーし、そのまま何発かお見舞いしてやろうか」
「いい顔じゃないかエミリオ」
「楽しくなってきたのさ。さあ、おかえしだ」

 続けざまに何発か砲弾をぶっ放した。
 迫撃砲が次々と送り込まれて、間を置いてアパートの屋上がぼんぼん爆ぜていく。
 背後で「お帰りになられたっすよ~」っとロアベアの声がやってくるが、ランナーズが今までのお礼とばかりにどんどん砲弾を送り込んでいき。

『おいストレンジャー! 何がとは言わないがまたお前だな!?』

 そこで無線に声が届いたのでストップ。スタルカーたちからの連絡だ。

「よお、敵の陣地を拝借した。迫撃砲があったからお返ししてやったぞ」
『やっぱりか。良いニュースだ、今お前がやったのはスカベンジャーを狙う悪い奴らの重要地点だ、たった今吹っ飛んだ』
「このあたりで一番高いところにあったからな、馬鹿となんとかは高いところが好きなのは事実だったか」
『これで俺たちも広く活動できるようになったぞ。それと今の騒ぎでホワイト・ウィークスの拠点の一つが放棄された。こっちもちょうどお前みたいに拝借してるところなんだが』
「お前らもか。で、今なにしてんだ」
『迫撃砲やら地図やらがあってな、しばらく俺たちはここを拠点に活動するつもりだ。ご希望ならここから砲弾をふらせることができるぜ』
「そりゃ頼もしいな、砲撃のやり方は分かってるのか?」
『ご丁寧に市内の砲撃地点もメモされてるからな。俺たちのできる範囲であれば81㎜砲弾を叩き込んでやる、以上だ。いいハンティングを』

 そう伝えた後、ヘッドセットの声は終わった。
 ともあれ重要な拠点を潰せたのは確かだ。俺は迫撃砲から離れた。

「制圧完了だ。この隙にもっと北へ向かうぞ」
「おお、やったのかイチよ。また派手に吹き飛ばしたようではないか」

 移動前に軽く使える者はないかと物色しようとすると、返り血だらけのノルベルトがのしのし戻ってきて。

「ああ、静かにしてやったぞ。そっちは?」
「フハハ、良い爆発だったな。こっちも静かにしてやったぞ」
「お前には感謝するよ。おかげで落ち着いて人命救助ができたからな」
「それは何よりだ。で、スカベンジャーたちは無事に助かったのか?」
「五体満足で逃げてったぞ、心配するな」

 そしてすっきりとした顔で――オーガの体躯が「そうか」と迫撃砲を担ぎ始めた。
 ああ、なるほど、お前が何したいのかすぐ分かったよ。

「あー、ちょっと待って欲しいんだ、そこのオーガは一体何するつもりなんだい」
「見りゃ分かるだろ、迫撃砲を担いで撃つつもりだ」
「ええ……」
「こんなところにいい砲があるものでな、しばらく拝借するとしよう」

 ついでに砲弾も特大サイズの鞄に括り付け始めた。ドワーフの奴らめ、ノルベルトに変なこと教えやがって。

「アヒヒー。テュマーのお片付け終わったっすよ、戦利品タイムっすかね」
「ん、もう大丈夫だよご主人。やっつけたから」
「のんびり漁ってる暇はなさそうだ。使えるもん回収したら今のうちに北へ潜り込むぞ」
「了解っす~。ところでイチ様、そのでっかい銃どうしたんすか」
「なんか気に入った」

 一仕事終えたロアベアとニクにそう伝えてから、弾やら何やらを集めてビルを下りて行った。
 ついでにこの五十口径の小銃も道連れにすることにした。
 
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