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広い世界の短い旅路
おいしそうな無人兵器
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「好き放題やってるのはテュマーだけじゃなかったのか? なんだあのロボット……」
無人兵器だなんて言われて浮かぶイメージはよろしくない。
特にこんな場所、この状況で出てくるとなればの話だが。
のしのし歩く四足の姿はぶち壊した車や人間にも目もくれずといった様子だ。
「あれが無人兵器というやつだ。かつては治安維持のために都市だとかに配備されたらしい」
けっきょくそんな光景を見届けることになると、クリューサが言った。
どうもフォート・モハヴィの平和を保つには二十ミリの機関砲が必要らしい。
「あれじゃ気軽に犯罪もできないだろうな。街中になんてもん置きやがったんだ戦前の方々」
「テュマーが現れだした頃、あの熱心な働き者が各地で暴走してああやって鎮圧してくれたそうだぞ。今みたいにな」
「つまりあいつは絶賛暴走中ってことか?」
まだこっちを向く心配はないが、あまり安心できる話じゃないのは間違いない。
そしてやはりというか、騒ぎを聞きつけて街並みの方から人影が走ってくる。
機関砲の音に惹かれたテュマーの群れだ。ふらふらとした動きで散らばったごちそうに殺到している。
「さあな、あいつは掌握されないようにプロテクトのかかった軍事作戦用ロボットだ。暴走してああしているかもしれないし、しらふであれかもしれないぞ」
「クリューサ先生、その口ぶりからしてあいつについてなんかご存じ?」
「ヴェガスじゃあれが何体と廃墟をうろつき回っていたものだからな、戦前の治安の悪さを思い知らせてくれた」
『あ、あんなのがまだ他にいるの……!?』
「故郷にいた知り合いってわけか、良かったなこんなとこで再会できて」
「別に会いたくはなかったがな。あれは【セメタリーキーパー】と呼ばれる陸戦用の兵器だ、対戦車ロケットが来ようがあの砲塔で全部撃ち落とすぞ」
都市を漁りにきた連中を殺した理由は知る由もないが、そいつはテュマーの前を素通りしていく。
お互い関わることもなく、入れ替わる形で機械ゾンビのご飯が始まる。
仲良しというわけじゃなさそうだ。もっとも死体処理の手間を省けるだけの利害は一致してそうだが。
「むーん、あのゴーレムはテュマーの味方というわけではないのか?」
ノルベルトも戦槌を片手にひょこっと顔を出しているが、けっきょく残ったのはテュマーのささやかな食事会だけだ。
「それが妙でな。ちゃんとしたハッキング対策済みのロボットなら悪者と感染者を殺すように指示があるはずなんだが」
「おい、じゃあなんであいつらを素通りしてるんだ?」
「掌握されてテュマーと仲良しになった可能性もありえるな。だが、もしそうならああもそっけなくしないで一緒に行動してるはずだ」
『……どっちなんでしょうか?』
「さっき言った通り『さあな』だ。どちらにせよ近づかないのが正解だ」
今見た四足戦車ともいうべき姿は、どうやら職務を全うしているご様子だ。
何にせよ敵か味方か全くわからない上に、機関砲をもちいて容赦なく人間をズタズタにする気概があるときた。
あいつが暴走してようがしてなかろうが関わらない方がいいだろう。
「……あの機械、おいしそうな匂いがする」
去っていく嵐に安心していると、隣でニクが消えたロボットの姿を目で追いかけていた。
腹減ったんだろうか。そういえばもう間もなく夕方だ。
「いきなりどうしたニク。ひょっとしてお腹すいた?」
『あ、あれからおいしそうな匂いがするの……?』
「……ん、料理の匂いがするんだけど。パンと、お肉……?」
「あら、ニクちゃんお腹すいたのかしら? そろそろお夕飯の時間ですわね……」
不思議そうに向こうを眺める愛犬の耳に、リム様の言葉が挟まって気づく。
日が落ちそうだ。夕暮れにさしかかって、しばらくしないうちに暗闇がやってくるかもしれない。
「みんな、敵の支配地域たるこの街を暗闇の中で探るのは危険だぞ。そろそろ休める場所を探すべきだ」
そこに押し出されたクラウディアの提案が正しかった。
遠くで必死に貪るテュマーを目にしながらだとなおさらで、今まで以上に危険な場所を手探りで行くなんてごめんだ。
「確かにな。早めに安全な場所を確保して明日に備えた方がよさそうだ」
俺は周囲を見た。都市の広大な姿が近づくここは、幸いにもこまごまと建物が立っている。
何かめぼしいところはないかと探るが、その中で唯一信用できるものがあった。
『フォート・モハヴィ図書館』とシンプルに表されたそこそこの建築物だ。
二十台ほどは停められそうな駐車場にところどころ白骨化した死体が転がってるが、ひび割れた壁はまだ頼もしく形を保ってる。
「そこの図書館はどうだ? 東側に寄ってるけどちゃんとドアもついてる」
「なるほどな、確かにそこなら本でも読んで暇つぶしもできそうだ」
「まだ本が無事に残ってればな。あそこでいいか?」
全員に本日の寝泊まりの場について尋ねるが、特に異論はないらしい。
クリューサの言うように本でもあれば、もっといえばスキルでも上がる部類のやつがあればなおいいんだが。
それなら図書館の中に向かおう、とすると。
「うちもいいんと思うんすけど、あちらの方々を放っておいていいんすかね?」
ロアベアが人間をたっぷり摂取中のテュマーたちにそんな言葉を向ける。
「むーん、俺様は見逃せんな。奴らの行動は読めん、今度はこちらに接近してくる可能性もあるだろう?」
ノルベルトもだ。もしかしたらこっちに来るかもしれないテュマーを目に、戦槌を掴んでしまってる。
「だそうだけど、あれは片づけておくべきかクリューサ先生?」
「十人ほど集まっているが、やっておくのが正解だろうな。人間離れしたお前たちだからこそできることなんだが」
「もちろん静かにな?」
「当り前だ。できるか?」
あれの処遇について悩んだが、クリューサの意見は「できればやれ」だ。
そういうことなら俺たちの出番だな。クラウディアに至っては既にナイフとハンドクロスボウに手をかけており。
「静かに、というなら得意だぞ。一人何人だ?」
すっかりやる気になったダークエルフの身体が廃車の陰に潜み始める。
そのまま敵の懐までするすると潜ってしまいそうな様子に、俺たちも自然と戦いに備えていく。
「確実性を込めて二人はやるっていうのはどうだ?」
俺も背中から弓を抜いて矢をつがえた。
ありがとうヒドラ、まさにこういう時のための武器だ。
「じゃあうちらはこっそり回り込むんで、イチ様とクラウディア様は奇襲にあわせて援護してほしいっす」
「逃さぬように挟み込むぞ。ニクよ、俺様についてこい」
「ん。行ってくるね、ご主人」
ロアベアとノルベルト、そしてニクがかがんで廃車の陰を通り始めた。
オーガの巨体はほとんど這うような動きだが、それでもアラクネ製のジャケットの色が夕方の廃墟とうまく溶け込んでる。
行く先は地面に這いつくばってもぐもぐしているテュマーの姿、数は十人ほどか。
「行くぞクラウディア。リム様とクリューサはそこで待っててくれ」
「分かりましたわ、どうかお気を付けてくださいね?」
「助けを呼ばれないように迅速に仕留めろ。東からどれほどやって来るか分からんからな」
俺は黒い弓を手に馴染ませたまま、ダークエルフと共に反対側から接近していく。
ロアベアたちもうまく忍び寄ったらしい。夢中で肉片をかき集めるゾンビさながらの姿から声が聞こえてくる。
「有機生命体を回収、摂取」
「オオアァァァ……にく、にく、おいしい」
「仲間外れを食らえ、仲間になれ」
電子的なあの声がした。
くちゃくちゃという音が肉をかみしめてるのが良く分かる、確実にやれる距離までそっと詰めていき。
(クラウディア、お前は射程が短い。俺はここで援護するから、一発撃ったら切り込め)
(了解したぞリーダー、頼りにしている)
位置についた。車の残骸から半身を出して、そっと弦を絞った。
そうしてる間にクラウディアがさらに近寄って、もう少し駆け込めば接触できる距離まで潜り込んだ。
向こうではロアベアがすっ、と杖から刀剣を抜くのが見えた――やるか。
『……気を付けていちクン、銃を持ってるのがいるよ』
いろいろな武器を持っている。散弾銃に小銃、撃ったらさぞやかましいものだ。
けれども撃たせなきゃいい話なのだ。番えた矢をゆっくりと引いた。
矢じりを一番近い奴の頭にセット、少し呼吸を整えて……離す。
びんっ。
張った弦が解ける音が廃墟に溶けていった。
次の瞬間には向こうでテュマーの頭にぐっさりと刺さり、倒れていく姿が。
そこに詰め寄ったクラウディアがハンドクロスボウを放つ。ばしゅっと小さな音の後、異変に気付き始めた誰かの顔が抜かれた。
「――敵ッ」
気づかれた。すかさず立ち上がった敵に矢を撃つ。
首をぶち抜いた。矢を生やしたそいつは声も上げられず、「アァ……」とかいいながら悶え始め。
「見事だイチ、後は任せろ」
片手の得物を下ろしたクラウディアが、ナイフを手に駆け抜けた。
いきなりの攻撃にやっと気づいたところ、一人のテュマーの横合いに潜り込み。
「敵ッ! アッアアアアアアアアッ! 敵ィィィィ――」
金切声同然の言葉でとうとう警戒を口にするが、ダークエルフの長身が蛇みたいに絡みつく。
動くことも、手を伸ばすことも許さず、首を絞められたまま心臓を一突き。
そのままじたばた暴れて力を失っていけば――
「確か、一人二殺だったか……ッ!」
起き上がった面々に向かってノルベルトが静かに襲い掛かる。
威勢のよさは声には出ていないが、周りを武器と共に見渡す顔に戦槌が横薙ぎにぶちまけられた。
結果的に二匹、いや、三匹の頭がまとめて横払いに弾き飛ばされ。
「あひひひっ、こういうの得意なんすよねえ」
そこへロアベアがするっと割り込む。
鈍器の一撃に煽られてふらつく一体の首を切断、すっぱり落とす。
「――接敵! 接敵! 警戒ッ」
散弾銃を構えたテュマーが慌てて退くも、その身体の胸に穂先が生える。
ニクだ。奇襲でぶち抜かれたテュマーはショックで引きつった声のまま、暴れて倒れていく。
唐突な槍の強襲に意識を持ってかれた一体が逃げようとするも……その後ろからメイドソードが襲い掛かり、ごろん、と生首だけが先に逃げていく。
「……ん、まだいた」
ところがそんな様子から少し離れた場所、ちょうどこっちに来る途中のテュマーがいた。
異変に気付いてしまったようだ。少しの戸惑いから、くるっとニクに背を向けて逃げようとするも。
「一体何人いらっしゃるんだろうな? 考えたくないもんだ」
慌てず弓を向けた。逃げる姿のやや上に矢じりを重ねて発射。
びゅっと飛んでいった矢は無事に後頭部にアクセントを加えたらしい。向こうでばたっと死体が出来上がる。
「……これで全部やったか?」
最後に食べ残しがないかクラウディアが尋ねてきた。
周囲には一瞬で平らげた敵の集団が転がってる。
他にあるものといえば、トラックの残骸に転がった物資ぐらいだ。
「多分な。これで安全は確保した、今度は図書館だ」
何かめぼしいものはないかと探るも、スカベンジャーの集めてたものはトラックごと引き裂かれてしまってる。
いろいろある。壊れた電化製品に、ぼろぼろの戦前の服に、缶詰めに……『ショットガン・バーガー』と書かれた紙袋だ。
最後のブツはほのかに温かくて、けれども空っぽだ。何か入ってたんだろうか?
「死体はそのままにしておけ、どうせ事細かに調べるやつはいないしスカベンジャーにとっていい目印になる」
俺は使えそうなものは【分解】やら回収やらして、様子を見ていたクリューサに従ってさっさと離れた。
「やったねご主人、お見事」
ニクが「ん」と抜いた矢を持ってきてくれた。グッドボーイ。
愛犬の頭をなでなでしながら少し道を戻り、そのままの足で図書館へと進むが。
『……ねえ、この図書館明かりがついてない?』
近づくにつれて、ミコが疑問を向けてきた。
そういえばそうだ、今まさに向かう先でぼんやりと中から光が漏れてる。
誰かいるのか? いや、それかずっとこうなのか。
「この場合休むのに好都合、と、誰かいるかもしれない、のどっちがいい?」
「好ましくないものであればこいつだろう?」
不安になったので打ち明けるが、一番いい返事はノルベルトが得意げに見せた戦槌だ。
俺は念のため弓をつがえつつも図書館の扉を開けて。
「――ゴー」
静かにその中へと滑り込んだ。
敵はどこだ、さあでてこい、そう弦を放とうとしたまま探るも。
『いらっしゃいませ、市民。本日は閉館なし、あなたのご気分が許すまでいつまでもおくつろぎください』
カウンターにいた誰かにそう出迎えられてしまった。
人か? いいや、人の形をした機械だ。
昼間に見たロボットをもう少し丸くして、穏やかにしたようなそれがスーツを着せられて立っていた。
「……あー、どうも」
『図書館へようこそ、市民。赴くままに知識を集めてください』
特に俺たちに興味も見せず、そう淡々と招いてきた。
……まあ、安全ってことだろう。
◇
無人兵器だなんて言われて浮かぶイメージはよろしくない。
特にこんな場所、この状況で出てくるとなればの話だが。
のしのし歩く四足の姿はぶち壊した車や人間にも目もくれずといった様子だ。
「あれが無人兵器というやつだ。かつては治安維持のために都市だとかに配備されたらしい」
けっきょくそんな光景を見届けることになると、クリューサが言った。
どうもフォート・モハヴィの平和を保つには二十ミリの機関砲が必要らしい。
「あれじゃ気軽に犯罪もできないだろうな。街中になんてもん置きやがったんだ戦前の方々」
「テュマーが現れだした頃、あの熱心な働き者が各地で暴走してああやって鎮圧してくれたそうだぞ。今みたいにな」
「つまりあいつは絶賛暴走中ってことか?」
まだこっちを向く心配はないが、あまり安心できる話じゃないのは間違いない。
そしてやはりというか、騒ぎを聞きつけて街並みの方から人影が走ってくる。
機関砲の音に惹かれたテュマーの群れだ。ふらふらとした動きで散らばったごちそうに殺到している。
「さあな、あいつは掌握されないようにプロテクトのかかった軍事作戦用ロボットだ。暴走してああしているかもしれないし、しらふであれかもしれないぞ」
「クリューサ先生、その口ぶりからしてあいつについてなんかご存じ?」
「ヴェガスじゃあれが何体と廃墟をうろつき回っていたものだからな、戦前の治安の悪さを思い知らせてくれた」
『あ、あんなのがまだ他にいるの……!?』
「故郷にいた知り合いってわけか、良かったなこんなとこで再会できて」
「別に会いたくはなかったがな。あれは【セメタリーキーパー】と呼ばれる陸戦用の兵器だ、対戦車ロケットが来ようがあの砲塔で全部撃ち落とすぞ」
都市を漁りにきた連中を殺した理由は知る由もないが、そいつはテュマーの前を素通りしていく。
お互い関わることもなく、入れ替わる形で機械ゾンビのご飯が始まる。
仲良しというわけじゃなさそうだ。もっとも死体処理の手間を省けるだけの利害は一致してそうだが。
「むーん、あのゴーレムはテュマーの味方というわけではないのか?」
ノルベルトも戦槌を片手にひょこっと顔を出しているが、けっきょく残ったのはテュマーのささやかな食事会だけだ。
「それが妙でな。ちゃんとしたハッキング対策済みのロボットなら悪者と感染者を殺すように指示があるはずなんだが」
「おい、じゃあなんであいつらを素通りしてるんだ?」
「掌握されてテュマーと仲良しになった可能性もありえるな。だが、もしそうならああもそっけなくしないで一緒に行動してるはずだ」
『……どっちなんでしょうか?』
「さっき言った通り『さあな』だ。どちらにせよ近づかないのが正解だ」
今見た四足戦車ともいうべき姿は、どうやら職務を全うしているご様子だ。
何にせよ敵か味方か全くわからない上に、機関砲をもちいて容赦なく人間をズタズタにする気概があるときた。
あいつが暴走してようがしてなかろうが関わらない方がいいだろう。
「……あの機械、おいしそうな匂いがする」
去っていく嵐に安心していると、隣でニクが消えたロボットの姿を目で追いかけていた。
腹減ったんだろうか。そういえばもう間もなく夕方だ。
「いきなりどうしたニク。ひょっとしてお腹すいた?」
『あ、あれからおいしそうな匂いがするの……?』
「……ん、料理の匂いがするんだけど。パンと、お肉……?」
「あら、ニクちゃんお腹すいたのかしら? そろそろお夕飯の時間ですわね……」
不思議そうに向こうを眺める愛犬の耳に、リム様の言葉が挟まって気づく。
日が落ちそうだ。夕暮れにさしかかって、しばらくしないうちに暗闇がやってくるかもしれない。
「みんな、敵の支配地域たるこの街を暗闇の中で探るのは危険だぞ。そろそろ休める場所を探すべきだ」
そこに押し出されたクラウディアの提案が正しかった。
遠くで必死に貪るテュマーを目にしながらだとなおさらで、今まで以上に危険な場所を手探りで行くなんてごめんだ。
「確かにな。早めに安全な場所を確保して明日に備えた方がよさそうだ」
俺は周囲を見た。都市の広大な姿が近づくここは、幸いにもこまごまと建物が立っている。
何かめぼしいところはないかと探るが、その中で唯一信用できるものがあった。
『フォート・モハヴィ図書館』とシンプルに表されたそこそこの建築物だ。
二十台ほどは停められそうな駐車場にところどころ白骨化した死体が転がってるが、ひび割れた壁はまだ頼もしく形を保ってる。
「そこの図書館はどうだ? 東側に寄ってるけどちゃんとドアもついてる」
「なるほどな、確かにそこなら本でも読んで暇つぶしもできそうだ」
「まだ本が無事に残ってればな。あそこでいいか?」
全員に本日の寝泊まりの場について尋ねるが、特に異論はないらしい。
クリューサの言うように本でもあれば、もっといえばスキルでも上がる部類のやつがあればなおいいんだが。
それなら図書館の中に向かおう、とすると。
「うちもいいんと思うんすけど、あちらの方々を放っておいていいんすかね?」
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「むーん、俺様は見逃せんな。奴らの行動は読めん、今度はこちらに接近してくる可能性もあるだろう?」
ノルベルトもだ。もしかしたらこっちに来るかもしれないテュマーを目に、戦槌を掴んでしまってる。
「だそうだけど、あれは片づけておくべきかクリューサ先生?」
「十人ほど集まっているが、やっておくのが正解だろうな。人間離れしたお前たちだからこそできることなんだが」
「もちろん静かにな?」
「当り前だ。できるか?」
あれの処遇について悩んだが、クリューサの意見は「できればやれ」だ。
そういうことなら俺たちの出番だな。クラウディアに至っては既にナイフとハンドクロスボウに手をかけており。
「静かに、というなら得意だぞ。一人何人だ?」
すっかりやる気になったダークエルフの身体が廃車の陰に潜み始める。
そのまま敵の懐までするすると潜ってしまいそうな様子に、俺たちも自然と戦いに備えていく。
「確実性を込めて二人はやるっていうのはどうだ?」
俺も背中から弓を抜いて矢をつがえた。
ありがとうヒドラ、まさにこういう時のための武器だ。
「じゃあうちらはこっそり回り込むんで、イチ様とクラウディア様は奇襲にあわせて援護してほしいっす」
「逃さぬように挟み込むぞ。ニクよ、俺様についてこい」
「ん。行ってくるね、ご主人」
ロアベアとノルベルト、そしてニクがかがんで廃車の陰を通り始めた。
オーガの巨体はほとんど這うような動きだが、それでもアラクネ製のジャケットの色が夕方の廃墟とうまく溶け込んでる。
行く先は地面に這いつくばってもぐもぐしているテュマーの姿、数は十人ほどか。
「行くぞクラウディア。リム様とクリューサはそこで待っててくれ」
「分かりましたわ、どうかお気を付けてくださいね?」
「助けを呼ばれないように迅速に仕留めろ。東からどれほどやって来るか分からんからな」
俺は黒い弓を手に馴染ませたまま、ダークエルフと共に反対側から接近していく。
ロアベアたちもうまく忍び寄ったらしい。夢中で肉片をかき集めるゾンビさながらの姿から声が聞こえてくる。
「有機生命体を回収、摂取」
「オオアァァァ……にく、にく、おいしい」
「仲間外れを食らえ、仲間になれ」
電子的なあの声がした。
くちゃくちゃという音が肉をかみしめてるのが良く分かる、確実にやれる距離までそっと詰めていき。
(クラウディア、お前は射程が短い。俺はここで援護するから、一発撃ったら切り込め)
(了解したぞリーダー、頼りにしている)
位置についた。車の残骸から半身を出して、そっと弦を絞った。
そうしてる間にクラウディアがさらに近寄って、もう少し駆け込めば接触できる距離まで潜り込んだ。
向こうではロアベアがすっ、と杖から刀剣を抜くのが見えた――やるか。
『……気を付けていちクン、銃を持ってるのがいるよ』
いろいろな武器を持っている。散弾銃に小銃、撃ったらさぞやかましいものだ。
けれども撃たせなきゃいい話なのだ。番えた矢をゆっくりと引いた。
矢じりを一番近い奴の頭にセット、少し呼吸を整えて……離す。
びんっ。
張った弦が解ける音が廃墟に溶けていった。
次の瞬間には向こうでテュマーの頭にぐっさりと刺さり、倒れていく姿が。
そこに詰め寄ったクラウディアがハンドクロスボウを放つ。ばしゅっと小さな音の後、異変に気付き始めた誰かの顔が抜かれた。
「――敵ッ」
気づかれた。すかさず立ち上がった敵に矢を撃つ。
首をぶち抜いた。矢を生やしたそいつは声も上げられず、「アァ……」とかいいながら悶え始め。
「見事だイチ、後は任せろ」
片手の得物を下ろしたクラウディアが、ナイフを手に駆け抜けた。
いきなりの攻撃にやっと気づいたところ、一人のテュマーの横合いに潜り込み。
「敵ッ! アッアアアアアアアアッ! 敵ィィィィ――」
金切声同然の言葉でとうとう警戒を口にするが、ダークエルフの長身が蛇みたいに絡みつく。
動くことも、手を伸ばすことも許さず、首を絞められたまま心臓を一突き。
そのままじたばた暴れて力を失っていけば――
「確か、一人二殺だったか……ッ!」
起き上がった面々に向かってノルベルトが静かに襲い掛かる。
威勢のよさは声には出ていないが、周りを武器と共に見渡す顔に戦槌が横薙ぎにぶちまけられた。
結果的に二匹、いや、三匹の頭がまとめて横払いに弾き飛ばされ。
「あひひひっ、こういうの得意なんすよねえ」
そこへロアベアがするっと割り込む。
鈍器の一撃に煽られてふらつく一体の首を切断、すっぱり落とす。
「――接敵! 接敵! 警戒ッ」
散弾銃を構えたテュマーが慌てて退くも、その身体の胸に穂先が生える。
ニクだ。奇襲でぶち抜かれたテュマーはショックで引きつった声のまま、暴れて倒れていく。
唐突な槍の強襲に意識を持ってかれた一体が逃げようとするも……その後ろからメイドソードが襲い掛かり、ごろん、と生首だけが先に逃げていく。
「……ん、まだいた」
ところがそんな様子から少し離れた場所、ちょうどこっちに来る途中のテュマーがいた。
異変に気付いてしまったようだ。少しの戸惑いから、くるっとニクに背を向けて逃げようとするも。
「一体何人いらっしゃるんだろうな? 考えたくないもんだ」
慌てず弓を向けた。逃げる姿のやや上に矢じりを重ねて発射。
びゅっと飛んでいった矢は無事に後頭部にアクセントを加えたらしい。向こうでばたっと死体が出来上がる。
「……これで全部やったか?」
最後に食べ残しがないかクラウディアが尋ねてきた。
周囲には一瞬で平らげた敵の集団が転がってる。
他にあるものといえば、トラックの残骸に転がった物資ぐらいだ。
「多分な。これで安全は確保した、今度は図書館だ」
何かめぼしいものはないかと探るも、スカベンジャーの集めてたものはトラックごと引き裂かれてしまってる。
いろいろある。壊れた電化製品に、ぼろぼろの戦前の服に、缶詰めに……『ショットガン・バーガー』と書かれた紙袋だ。
最後のブツはほのかに温かくて、けれども空っぽだ。何か入ってたんだろうか?
「死体はそのままにしておけ、どうせ事細かに調べるやつはいないしスカベンジャーにとっていい目印になる」
俺は使えそうなものは【分解】やら回収やらして、様子を見ていたクリューサに従ってさっさと離れた。
「やったねご主人、お見事」
ニクが「ん」と抜いた矢を持ってきてくれた。グッドボーイ。
愛犬の頭をなでなでしながら少し道を戻り、そのままの足で図書館へと進むが。
『……ねえ、この図書館明かりがついてない?』
近づくにつれて、ミコが疑問を向けてきた。
そういえばそうだ、今まさに向かう先でぼんやりと中から光が漏れてる。
誰かいるのか? いや、それかずっとこうなのか。
「この場合休むのに好都合、と、誰かいるかもしれない、のどっちがいい?」
「好ましくないものであればこいつだろう?」
不安になったので打ち明けるが、一番いい返事はノルベルトが得意げに見せた戦槌だ。
俺は念のため弓をつがえつつも図書館の扉を開けて。
「――ゴー」
静かにその中へと滑り込んだ。
敵はどこだ、さあでてこい、そう弦を放とうとしたまま探るも。
『いらっしゃいませ、市民。本日は閉館なし、あなたのご気分が許すまでいつまでもおくつろぎください』
カウンターにいた誰かにそう出迎えられてしまった。
人か? いいや、人の形をした機械だ。
昼間に見たロボットをもう少し丸くして、穏やかにしたようなそれがスーツを着せられて立っていた。
「……あー、どうも」
『図書館へようこそ、市民。赴くままに知識を集めてください』
特に俺たちに興味も見せず、そう淡々と招いてきた。
……まあ、安全ってことだろう。
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日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
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