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広い世界の短い旅路
フォート・モハヴィの働き者【挿絵追加】
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スピリット・タウンを出てしばらく、道のりは北へと辿るのみ。
農地と共に伸びる道路を踏みしめる間、俺たちはずっと世紀末世界の青空と荒野を眺める機会に恵まれていた。
作物も損なわれ、触れる人間もいなくなった枯れた畑からわずかに視線を上げるだけでいい。
そうすると広大な荒野が見えて、その向こうで山々の形が世界を隔てている。
あの山をもし越えることができれば、ノルベルトと旅をし始めた頃に通ったあの旅路があるはずだ。
ただそれだけだ。しばらく平和な時間が経っていた。
助けを求める哀れな犠牲者も、襲い来るミュータントも、耳に入る不穏な話も、物欲しそうに武器を振りかざす賊だっていない。
永遠に平坦な道路をずっと追いかけていくだけの人生になってしまったのかと思い始めたぐらいだ。
少なくとも、あの都市の姿が見えてくるまでは。
今ここで撤回しよう。『フォート・モハヴィ』の輪郭が見え始めたころから、旅は不穏なものになった。
『……どうしてこんなにいっぱいあるんだろう?』
ミコが不安そうにする原因は北の光景そのものにあった。
テュマーの巣窟とも呼ばれる都市へとさしかかる十字路、そんな場所で俺たちは立ち止まっている。
「確かにすごい量だな。錆び具合からして全部戦前のものらしいけど」
転移の恩恵にあずかれなかった荒野がずっと続き、その上に都市の一部がぼんやりと見える。
単眼鏡で確かめる限り、遠くの姿について分かることはいくつかあった。
150年もお勤め中の看板が医療サービスや電子機器の宣伝を続けていること。
はるか向こうで無数のビルが高々と立っており、今までとは比べ物にならない規模の街だとうかがえること、そして。
「あひひひっ♡ 車を捨ててまで逃げ出すようなことがあったからじゃないっすかねぇ?」
ロアベアが杖でこんこん叩いてる真っ最中の、打ち捨てられた廃車の数々だ。
このあたりから北へ向かって、すさまじい数の車の残骸が道路に残されてる。
ウェイストランド人の目ざとさによって部品は抜かれたらしいが、都市へと錆びだらけの車列が伸びていた。
ここを通勤路にする人間のせいか、強引にどかされて道をお譲りになってるようだが。
「その答えを教えてやる。車の向きを見てみろ」
クリューサにそう言われて、渋滞を起こした廃車の群れを確かめた。
……よく見るとほとんどの車体は南へ運転席を向けてる。
そうなってくるとまるで都市から逃げているような気がするわけだが。
「むーん、なるほどな。みな一様に逃げ戸惑っていたという訳か」
理解力が相変わらず豊かなノルベルトが答えを出してくれた。
150年前の人間は、こうして追いかけられる羊のごとくフォート・モハヴィから逃げ出さないといけなかった、と。
「……何から逃げてたかによらないか?」
ノルベルトの導き出した答え通りの有様が、今なお向こうに残ってないことをここに願うが。
「言うまでもない話だぞイチ、そこに犯人がいるからな」
クラウディアが「そこだ」といきなり指を向けて、俺たちはいっせいにそこを見た。
褐色の細指が伸びた先は車の一つだ。そのそばで何かが倒れていた。
からっからに干からびた黒い身体が、白骨化した誰かさんに圧し掛かったまま永遠の仲良しごっこを楽しんでる。
「……テュマーの死体だ」
その様子を目の当たりにしたニクが槍を手に近づいていく。
年代物のテュマーを穂先でひっくり返すと、ゾンビとしての価値も損ねた死体とご対面だ。
『もしかして、みんなテュマーから逃げてたのかな……?』
ひどい話だが、物言う短剣の二度目の不安がこぼれた先にはそういうのが幾つもあった。
人類の抵抗があったのかテュマーたちの死体が廃車に彩りを咥えている。
都市の深くまで続いている車列が物語るには、150年前の連中はある日突然と訪れた危機から逃れようと必死だったらしい。
「テュマーの死体って腐らないのかしら? まるでミイラみたいですわ~」
世界終焉の直前から不穏さを構え続ける都市を遠く見てると、リム様がげしげしと靴でご遺体を死体蹴りしていた。
確かに人間の死体は骨だけになってるが、テュマーだけは出来損ないの干物同然の姿で残されている。
「こいつらは体内で増殖したナノマシンに体組織がいじくられてるからな。腐ってどろどろになることもなければ、好んで食べる生き物すらいないというわけだ」
「そうなのですね。ということは埋めてもこんな姿のままですの?」
「埋めても野に捨てても誰にも構ってくれないだろうさ。そういうものだ」
カツカツと乾いた音に、クリューサが「やめろ」と嫌そうな顔を浮かべた。
蓼食う虫も好き好きという言葉があるが、こいつを食べてくれる酔狂なやつはこの世にいないようだ。
『……ずっとこのまんまなんですね、テュマーって』
「なるほどな、こいつが死んだら霊柩車よりゴミ収集車の方がよさそうだ」
「この国はナノマシン様専用の火葬場すらこしらえられたそうだぞ。まったく皮肉なものだ、人々を豊かにするはずの万物に効く薬が人類を滅ぼす猛毒になるとは……」
お医者様は倒れた手近なテュマーを触診した。
結果は死亡、代金は懐のチップを一枚、そして車の間を通り抜けていく。
「まさに薬と毒は表裏一体か」
「そうだな。厄介なのは薬が自我をもって自ら毒になってくれたところか」
「なるほどな、健康が一番ってことが良く分かった」
「ここからナノマシン患者が山ほどいることだろう。都市に近づいたら静かに動くぞ」
「了解。みんな、健康のためにお医者様のアドバイスは従っとけよ」
大廃墟へつながる道路を持ち主不明の車列を頼りに、俺も足を進めた。
遠くにそびえる都市の姿の前には、まだかろうじて動く電子的な看板がデパートの宣伝をしており。
【セキュリティは万全、最新のドローンを完備、背中を気にせずお安く買い物ができるのは次世代を担う都市、フォート・モハヴィだけだ!】
四つの足を持つ戦車のような機械の前で、がっしりした男が自信たっぷりにそう俺たちを誘っていた。
看板の根元では、衝突したトラックが南へ逃げようとする姿を晒しているところだった。
◇
ひび割れたアスファルトを辿った先は、とうとう『フォート・モハヴィ』の入り口だ。
引くか進むか迷った車たちが、現代的な姿がそびえたつ光景の手前でぶつかりあっている。
都会だった。高く伸ばされた建物がみっちり並び、深い街並みが海のように広がっている。
荒れた地の上に唐突に現れるその都市の格好は、なるほど確かに発展していたんだとは思う。
『大きい街だね……。すごくボロボロだけど……』
……ただし、それらすべてが朽ち果ててるという点を除けばだ。
肩の相棒の視点でもフォローのしようがないほど、荒廃した街並みがスケール相応のむなしさを発している。
それによく見るとところどころが未開発のまま放置されてた。
ビルは幾つも建設途中のまま止まって腹の中を晒して、街を行き交うための道路を作ろうと工事現場が一世紀近く仕事を休んでいる。
「おぉ……なんと大きな都市の姿だ。しかしまるで遺跡さながらだな、ずっと人の手を忘れたむなしさがあるというか」
その街を横目に道路を進むと、オーガの巨体は世紀末の姿に感極まっていた。
荒野に浮かぶ芸術品はその口から出た言葉通り、都市というより遺跡だ。
「でもなんか電気ついてないっすか? あちこち明るくなってるっすよ?」
ちょこちょこ歩くメイド姿はずっと都市の様子を気にしてた。
そう言われれば景色に明るさが混じってる。
鬱蒼とした街の上で、まだ動く広告の明るさや照明の白さがいろどりを加えていた。
人がいるかどうかといわれれば絶対にない。たぶん百年以上もずっとああしてるんだろうか。
「戦前の頃から止まっているだけだ。150年も使える動力があって、これだけの時間を経ても動く機械、そして誰も制御する人間がいないとなれば消してくれる親切な誰かを待つしかないだろうさ」
クリューサはゆっくりと歩きながら同じ景色を見ている。
誰にも面倒を見てもらえなくなったからには、ああしてスイッチをオフにしてくれる人間にめぐりあおうと努力してるらしい。
「――それに誰かが来たとしても、友好的とは限らないぞ?」
と、そこにクラウディアが警戒のこもった声で立ち止まる。
思わず俺たちは得物に手を伸ばして、そばの廃車に寄った。
ダークエルフの手が双眼鏡を掴むのを見て、俺も相応の道具を手に同じ方向を見るも。
「どうした、敵か?」
「どうだろうな、分からないぞ。向こうに車がとまってるのが見えるか?」
一緒に見た。道路の傍らにピックアップトラックが二両、停車中だ。
自動小銃やらをお供にした連中が、周囲を気にしながらもこそこそしてる。
全員がフードやマスクで頭を隠していて、めりはりのある動きで東側をうかがっていた。
「……どうした、何かいたか?」
「見ろクリューサ、あそこに人間がいるんだが」
やがてお医者様に双眼鏡が回されると。
「あれは……スカベンジャーだな。ということはグレーか」
あんまり好ましくなさそうな声でそういっていた。
「あいつらはなんなんだ? 敵か?」
どういうことか求めようと、俺は隣の不健康な姿に尋ねる。
「あれは廃墟を漁る連中だ。良いか悪いかは不確定だが、あんなところを探すとはやはりテュマーの影響が弱まってるようだな」
「つまり近づかなきゃ大丈夫ってことか?」
「それかばったり会わなきゃな。ただ廃墟でめぼしいものがないか発掘してるだけだ、邪魔さえしなければ安全だ」
なるほど、中立ってことか。
拡大された視界の中、男たちはしばらく話し合うとトラックをごうごうと走らせて都市の方へ向かったらしい。
「あいつら街に向かって行ったぞ?」
「普通だったらああいう場所へ行くのはかなりリスクがあるんだが、水や食料の事情が少しずつ改善された上にテュマーがああもひどい目にあったんだ、稼ぎ時というわけだ」
「その稼ぐチャンスは通りすがりのやつとかもカウントしないよな?」
「実際に会って人柄を確かめるしかないだろうさ」
『どうするの……? このまま進む?』
「さて、どうしたもんかな。あいつらの素性が知りたいところだけど」
連中が去っていって、俺たちはまた北へ進むか悩んだ。
遠目で見る限りは怪しく感じるが、それは向こうだって同じことだろうさ。
万が一あったところでいきなり撃ってこないはずだ、銃声はテュマーを呼ぶわけだし。
「進むぞ、どうせ向こうだってテュマーのことは知ってるだろうし、いきなり銃撃戦なんて――」
行こうとした。陰から出て堂々と進むわけだが。
*Voooooooooooooooooooooooormmmmmmm!!*
……派手な音がした。
銃声か? それにしちゃ繋がりすぎてる。
ちょうどあいつらが見えたその先から聞こえて、俺たちはまた引っ込んでしまう。
「おい、今のなんだ!?」
「待て! 全員伏せろ!」
さすがのクリューサも驚くほどで、また遮蔽物に身を隠す羽目になった。
一体なんだ? しかし正体は段々と迫ってるに違いない。
さっき目にしたトラックがなぜかこっちに向かって走っているからだ。
*Voooooooooooooooooooooooommmmmmm!*
が、その車体がいきなりひしゃげる。
というより引き裂かれるといった方がよさそうだ。その余波なのか、周囲の車ががんがん音を立てていく。
弾だ。何かを撃たれてるぞ。
その正体はどこだ、どいつだと探ると。
「イチよ、あれはなんだ……!? クモのゴーレムか!?」
ノルベルトが見つけた。辿れば街の方から黒い車体の何かが歩いていた。
ずんずんと四足の足を運び、黒い砲塔を動かす――戦車、なんだろうか。
それは真っ赤なセンサーであたりを探ると、動かなくなったトラック、そして逃げ戸惑うところの人間の姿に何かを向けて。
*Vooooooooooooooooooooooormmmmmmmmmm!*
――ミニガンだ。すさまじい回転率を誇る砲塔のそれをばら撒いた。
あんまりに連射速度が速すぎるに違いない。ひとつながりになったくぐもった銃声を長引かせて、その先にいたトラックもろとも人間を千切っていく。
単眼鏡の中で誰かがこっちに手を伸ばすのが見えたが、人間の尊厳は真っ赤に弾けた。
まさか、二十ミリクラスの砲弾でもぶっ放してるのか?
『……な、なにあれ……!? 戦車、じゃなくてロボット……!?』
ミコが唖然としていた。いや、それどころじゃないだろ。
俺は全員に合図してすぐにその場を離れようとするも、黒い四足姿の戦車は廃車をかき分けて北へ向かっていく。
こっちに気づくことはなかった。人影を真っ赤に染めたロボットは何事もなかったかのように遠のいた。
「……無人兵器だ。くそっ、厄介なのがいるぞ……!?」
クリューサが言っていた。無人兵器、とかいうやつらしい。
戦車でも無ければ誰かが乗ってるわけでもない。無人であんなのが動いてるってことか……?
農地と共に伸びる道路を踏みしめる間、俺たちはずっと世紀末世界の青空と荒野を眺める機会に恵まれていた。
作物も損なわれ、触れる人間もいなくなった枯れた畑からわずかに視線を上げるだけでいい。
そうすると広大な荒野が見えて、その向こうで山々の形が世界を隔てている。
あの山をもし越えることができれば、ノルベルトと旅をし始めた頃に通ったあの旅路があるはずだ。
ただそれだけだ。しばらく平和な時間が経っていた。
助けを求める哀れな犠牲者も、襲い来るミュータントも、耳に入る不穏な話も、物欲しそうに武器を振りかざす賊だっていない。
永遠に平坦な道路をずっと追いかけていくだけの人生になってしまったのかと思い始めたぐらいだ。
少なくとも、あの都市の姿が見えてくるまでは。
今ここで撤回しよう。『フォート・モハヴィ』の輪郭が見え始めたころから、旅は不穏なものになった。
『……どうしてこんなにいっぱいあるんだろう?』
ミコが不安そうにする原因は北の光景そのものにあった。
テュマーの巣窟とも呼ばれる都市へとさしかかる十字路、そんな場所で俺たちは立ち止まっている。
「確かにすごい量だな。錆び具合からして全部戦前のものらしいけど」
転移の恩恵にあずかれなかった荒野がずっと続き、その上に都市の一部がぼんやりと見える。
単眼鏡で確かめる限り、遠くの姿について分かることはいくつかあった。
150年もお勤め中の看板が医療サービスや電子機器の宣伝を続けていること。
はるか向こうで無数のビルが高々と立っており、今までとは比べ物にならない規模の街だとうかがえること、そして。
「あひひひっ♡ 車を捨ててまで逃げ出すようなことがあったからじゃないっすかねぇ?」
ロアベアが杖でこんこん叩いてる真っ最中の、打ち捨てられた廃車の数々だ。
このあたりから北へ向かって、すさまじい数の車の残骸が道路に残されてる。
ウェイストランド人の目ざとさによって部品は抜かれたらしいが、都市へと錆びだらけの車列が伸びていた。
ここを通勤路にする人間のせいか、強引にどかされて道をお譲りになってるようだが。
「その答えを教えてやる。車の向きを見てみろ」
クリューサにそう言われて、渋滞を起こした廃車の群れを確かめた。
……よく見るとほとんどの車体は南へ運転席を向けてる。
そうなってくるとまるで都市から逃げているような気がするわけだが。
「むーん、なるほどな。みな一様に逃げ戸惑っていたという訳か」
理解力が相変わらず豊かなノルベルトが答えを出してくれた。
150年前の人間は、こうして追いかけられる羊のごとくフォート・モハヴィから逃げ出さないといけなかった、と。
「……何から逃げてたかによらないか?」
ノルベルトの導き出した答え通りの有様が、今なお向こうに残ってないことをここに願うが。
「言うまでもない話だぞイチ、そこに犯人がいるからな」
クラウディアが「そこだ」といきなり指を向けて、俺たちはいっせいにそこを見た。
褐色の細指が伸びた先は車の一つだ。そのそばで何かが倒れていた。
からっからに干からびた黒い身体が、白骨化した誰かさんに圧し掛かったまま永遠の仲良しごっこを楽しんでる。
「……テュマーの死体だ」
その様子を目の当たりにしたニクが槍を手に近づいていく。
年代物のテュマーを穂先でひっくり返すと、ゾンビとしての価値も損ねた死体とご対面だ。
『もしかして、みんなテュマーから逃げてたのかな……?』
ひどい話だが、物言う短剣の二度目の不安がこぼれた先にはそういうのが幾つもあった。
人類の抵抗があったのかテュマーたちの死体が廃車に彩りを咥えている。
都市の深くまで続いている車列が物語るには、150年前の連中はある日突然と訪れた危機から逃れようと必死だったらしい。
「テュマーの死体って腐らないのかしら? まるでミイラみたいですわ~」
世界終焉の直前から不穏さを構え続ける都市を遠く見てると、リム様がげしげしと靴でご遺体を死体蹴りしていた。
確かに人間の死体は骨だけになってるが、テュマーだけは出来損ないの干物同然の姿で残されている。
「こいつらは体内で増殖したナノマシンに体組織がいじくられてるからな。腐ってどろどろになることもなければ、好んで食べる生き物すらいないというわけだ」
「そうなのですね。ということは埋めてもこんな姿のままですの?」
「埋めても野に捨てても誰にも構ってくれないだろうさ。そういうものだ」
カツカツと乾いた音に、クリューサが「やめろ」と嫌そうな顔を浮かべた。
蓼食う虫も好き好きという言葉があるが、こいつを食べてくれる酔狂なやつはこの世にいないようだ。
『……ずっとこのまんまなんですね、テュマーって』
「なるほどな、こいつが死んだら霊柩車よりゴミ収集車の方がよさそうだ」
「この国はナノマシン様専用の火葬場すらこしらえられたそうだぞ。まったく皮肉なものだ、人々を豊かにするはずの万物に効く薬が人類を滅ぼす猛毒になるとは……」
お医者様は倒れた手近なテュマーを触診した。
結果は死亡、代金は懐のチップを一枚、そして車の間を通り抜けていく。
「まさに薬と毒は表裏一体か」
「そうだな。厄介なのは薬が自我をもって自ら毒になってくれたところか」
「なるほどな、健康が一番ってことが良く分かった」
「ここからナノマシン患者が山ほどいることだろう。都市に近づいたら静かに動くぞ」
「了解。みんな、健康のためにお医者様のアドバイスは従っとけよ」
大廃墟へつながる道路を持ち主不明の車列を頼りに、俺も足を進めた。
遠くにそびえる都市の姿の前には、まだかろうじて動く電子的な看板がデパートの宣伝をしており。
【セキュリティは万全、最新のドローンを完備、背中を気にせずお安く買い物ができるのは次世代を担う都市、フォート・モハヴィだけだ!】
四つの足を持つ戦車のような機械の前で、がっしりした男が自信たっぷりにそう俺たちを誘っていた。
看板の根元では、衝突したトラックが南へ逃げようとする姿を晒しているところだった。
◇
ひび割れたアスファルトを辿った先は、とうとう『フォート・モハヴィ』の入り口だ。
引くか進むか迷った車たちが、現代的な姿がそびえたつ光景の手前でぶつかりあっている。
都会だった。高く伸ばされた建物がみっちり並び、深い街並みが海のように広がっている。
荒れた地の上に唐突に現れるその都市の格好は、なるほど確かに発展していたんだとは思う。
『大きい街だね……。すごくボロボロだけど……』
……ただし、それらすべてが朽ち果ててるという点を除けばだ。
肩の相棒の視点でもフォローのしようがないほど、荒廃した街並みがスケール相応のむなしさを発している。
それによく見るとところどころが未開発のまま放置されてた。
ビルは幾つも建設途中のまま止まって腹の中を晒して、街を行き交うための道路を作ろうと工事現場が一世紀近く仕事を休んでいる。
「おぉ……なんと大きな都市の姿だ。しかしまるで遺跡さながらだな、ずっと人の手を忘れたむなしさがあるというか」
その街を横目に道路を進むと、オーガの巨体は世紀末の姿に感極まっていた。
荒野に浮かぶ芸術品はその口から出た言葉通り、都市というより遺跡だ。
「でもなんか電気ついてないっすか? あちこち明るくなってるっすよ?」
ちょこちょこ歩くメイド姿はずっと都市の様子を気にしてた。
そう言われれば景色に明るさが混じってる。
鬱蒼とした街の上で、まだ動く広告の明るさや照明の白さがいろどりを加えていた。
人がいるかどうかといわれれば絶対にない。たぶん百年以上もずっとああしてるんだろうか。
「戦前の頃から止まっているだけだ。150年も使える動力があって、これだけの時間を経ても動く機械、そして誰も制御する人間がいないとなれば消してくれる親切な誰かを待つしかないだろうさ」
クリューサはゆっくりと歩きながら同じ景色を見ている。
誰にも面倒を見てもらえなくなったからには、ああしてスイッチをオフにしてくれる人間にめぐりあおうと努力してるらしい。
「――それに誰かが来たとしても、友好的とは限らないぞ?」
と、そこにクラウディアが警戒のこもった声で立ち止まる。
思わず俺たちは得物に手を伸ばして、そばの廃車に寄った。
ダークエルフの手が双眼鏡を掴むのを見て、俺も相応の道具を手に同じ方向を見るも。
「どうした、敵か?」
「どうだろうな、分からないぞ。向こうに車がとまってるのが見えるか?」
一緒に見た。道路の傍らにピックアップトラックが二両、停車中だ。
自動小銃やらをお供にした連中が、周囲を気にしながらもこそこそしてる。
全員がフードやマスクで頭を隠していて、めりはりのある動きで東側をうかがっていた。
「……どうした、何かいたか?」
「見ろクリューサ、あそこに人間がいるんだが」
やがてお医者様に双眼鏡が回されると。
「あれは……スカベンジャーだな。ということはグレーか」
あんまり好ましくなさそうな声でそういっていた。
「あいつらはなんなんだ? 敵か?」
どういうことか求めようと、俺は隣の不健康な姿に尋ねる。
「あれは廃墟を漁る連中だ。良いか悪いかは不確定だが、あんなところを探すとはやはりテュマーの影響が弱まってるようだな」
「つまり近づかなきゃ大丈夫ってことか?」
「それかばったり会わなきゃな。ただ廃墟でめぼしいものがないか発掘してるだけだ、邪魔さえしなければ安全だ」
なるほど、中立ってことか。
拡大された視界の中、男たちはしばらく話し合うとトラックをごうごうと走らせて都市の方へ向かったらしい。
「あいつら街に向かって行ったぞ?」
「普通だったらああいう場所へ行くのはかなりリスクがあるんだが、水や食料の事情が少しずつ改善された上にテュマーがああもひどい目にあったんだ、稼ぎ時というわけだ」
「その稼ぐチャンスは通りすがりのやつとかもカウントしないよな?」
「実際に会って人柄を確かめるしかないだろうさ」
『どうするの……? このまま進む?』
「さて、どうしたもんかな。あいつらの素性が知りたいところだけど」
連中が去っていって、俺たちはまた北へ進むか悩んだ。
遠目で見る限りは怪しく感じるが、それは向こうだって同じことだろうさ。
万が一あったところでいきなり撃ってこないはずだ、銃声はテュマーを呼ぶわけだし。
「進むぞ、どうせ向こうだってテュマーのことは知ってるだろうし、いきなり銃撃戦なんて――」
行こうとした。陰から出て堂々と進むわけだが。
*Voooooooooooooooooooooooormmmmmmm!!*
……派手な音がした。
銃声か? それにしちゃ繋がりすぎてる。
ちょうどあいつらが見えたその先から聞こえて、俺たちはまた引っ込んでしまう。
「おい、今のなんだ!?」
「待て! 全員伏せろ!」
さすがのクリューサも驚くほどで、また遮蔽物に身を隠す羽目になった。
一体なんだ? しかし正体は段々と迫ってるに違いない。
さっき目にしたトラックがなぜかこっちに向かって走っているからだ。
*Voooooooooooooooooooooooommmmmmm!*
が、その車体がいきなりひしゃげる。
というより引き裂かれるといった方がよさそうだ。その余波なのか、周囲の車ががんがん音を立てていく。
弾だ。何かを撃たれてるぞ。
その正体はどこだ、どいつだと探ると。
「イチよ、あれはなんだ……!? クモのゴーレムか!?」
ノルベルトが見つけた。辿れば街の方から黒い車体の何かが歩いていた。
ずんずんと四足の足を運び、黒い砲塔を動かす――戦車、なんだろうか。
それは真っ赤なセンサーであたりを探ると、動かなくなったトラック、そして逃げ戸惑うところの人間の姿に何かを向けて。
*Vooooooooooooooooooooooormmmmmmmmmm!*
――ミニガンだ。すさまじい回転率を誇る砲塔のそれをばら撒いた。
あんまりに連射速度が速すぎるに違いない。ひとつながりになったくぐもった銃声を長引かせて、その先にいたトラックもろとも人間を千切っていく。
単眼鏡の中で誰かがこっちに手を伸ばすのが見えたが、人間の尊厳は真っ赤に弾けた。
まさか、二十ミリクラスの砲弾でもぶっ放してるのか?
『……な、なにあれ……!? 戦車、じゃなくてロボット……!?』
ミコが唖然としていた。いや、それどころじゃないだろ。
俺は全員に合図してすぐにその場を離れようとするも、黒い四足姿の戦車は廃車をかき分けて北へ向かっていく。
こっちに気づくことはなかった。人影を真っ赤に染めたロボットは何事もなかったかのように遠のいた。
「……無人兵器だ。くそっ、厄介なのがいるぞ……!?」
クリューサが言っていた。無人兵器、とかいうやつらしい。
戦車でも無ければ誰かが乗ってるわけでもない。無人であんなのが動いてるってことか……?
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
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