魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

初めてのカジノだ、ストレンジャー

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 別れの挨拶を告げて、本当にカジノへ行くやつがいると思うか?
 答えはイエスだ。女王様のアドバイスにならって、この世界に余裕を見せつけるべく直行した。
 旅支度ができた一行がぞろぞろと街中のカジノに向かう姿を、果たして第三者がどう見るかはとにかく。

「流石はストレンジャーだな、仲間の意見をちゃんとくみ取って出発と同時にカジノへ行くとはな」

 クリューサが絶対にほめたたえてない部類のコメントを向けてくれた。
 目の前にはちょうど、西部劇の町並みからやや離れた場所に立つ150年前のカジノの外観がある。
 決して広いわけじゃない。最近どこぞの放火魔と爆弾魔が吹き飛ばしたムショ付き自警団事務所ぐらいの規模だ。

「女王様も言ってただろ、余裕が大事って。まあ、俺が一度もそういうのに行ったことがないのもある」
「なんだ、ウェイストランドで生きているくせに賭博を知らないのか?」
「健康的でいいだろ?」
「ひどい無知か、重度の聖人かのどっちかだろうな。チップが支払いに使われるこのウェイストランドで一度も触れてないとは驚きだ」

 この場合、お医者様の判断は前者の方が正しいと思う。
 元の世界、すなわち2030年の日本にはカジノなんてなかったからだ。
 「日本にもカジノを!」という法案は確かにできたしまかり通ったが、そこにおり悪く人工知能の『目覚め』がかぶってから姿を消した。
 詳しい理由は俺にも分からないが、きっとギャンブルなんかよりも世の発展をさせてくれる方が勝ったんだろう。

「俺の故郷じゃカジノはNGだったんだ。オンラインもな」
「カジノが? どういうことだ?」
『えっと、国の経済に良くないっていう理由とか、いろいろ事情があったんですけど……』
が出てきてからそういうのは国に必要ないって自動判断されちゃったらしいんすよねえ。人類のためにならないとかでカジノに関する法案が通った直後に徹底的に白紙にされたとか、ギャンブルに関する法律が一際厳しくなったとか~」
「……お前たちの故郷とやらはどうなってるんだ?」

 ここにいる二人のおかげで事実が判明した。人工知能が世のため人のためギャンブルを潰したらしい。

「少なくともこんなのが金代わりにならないような世界だったのは確かだな」

 俺はポケットからチップを取り出した。
 『100』と書かれたプラスチックだ。こんなものが支払いに使われるなんて、つくづくおかしな世界だと思う。

「むーん、しかしだなクリューサ先生。俺様気になるんだが、こんな頼りないものが通貨で大丈夫なのだろうか?」

 世紀末の貨幣をいじってると、ノルベルトの指がそれを持っていく。
 言われてみれば確かにな。こいつはプラスチックでできたお金だ。
 ということは、適当な道具さえあればこんなのいくらでも作れるのでは?

「それは俺も気になってたな。ただのプラ板だぞ?」
『確かにそうだよね……その気になればこういうのって簡単に偽造できちゃいそうな気がするんだけど』

 オーガの手から帰ってきたそれをもう一度眺めると、クリューサが手持ちのチップを取り出した。
 『5000』と書かれてはいるが、プラスチックの安っぽさでいまいち説得力に欠けるものの。

「そうだな、お前たちの言うようにギャンブルの小道具であって金銭ではない。だが、そうなりえるための物がこいつにある」

 手袋越しの手で俺たちに見せびらかす。
 5000というそれなりの額をどうしてこんなものが出せるのか? みんなの疑問は一つになった。

「一体どうしてなのか私も気になっていましたわ! フランメリアの貨幣よりもそんなおもちゃみたいなコインに金銭的価値があるなんて今だに信じられませんもの!」

 そういってリム様も負けじと鞄から何かを取り出す。
 金色の、いや、本物の金貨だ。あっちの世界の物なのは間違いない。
 残念なことにこんな世界じゃチップに劣る通貨らしいが、ではなぜそこまでプラスチック製のそれに価値があるのか?

「私が思うに、この世界の者たちにとって思い入れがあるからという理由じゃないのか?」
「……いっぱい作られて、同じ形が揃ってるから?」
「そんな理由だったら今頃、そこらの鉄くずや瓶コーラのですら通貨になってるだろうさ」

 クラウディアとニクの考えは当てはまってないらしい。
 「戦前からギャンブルに没頭する人間がクソほどいたから」という理由以外でこれを貨幣にする理由といえば?

「……まさか中になんか入ってるのか?」

 軽いお金を掲げて覗いてみたが、濃い色の中には何も見えない。
 そもそもこんなものに何をどう仕込むのか。そう思ってチップを戻すと。

「ご名答、お前の言う"なんか"だ」

 意外なことに当たっていたらしい。
 いやまさか、こんなものに一体何入れてるっていうんだ?

「マジかよ……何仕込んでやがるんだ」
「チップだ」
「は? チップに、チップ?」
「こいつにはかなり小さなチップが埋め込まれている。戦前はカジノチップそのものを通貨がわりに用いるため、管理目的で一枚一枚に搭載されていたんだが、そのおかげでこうして支払いに使えるわけだ」

 戦前の人間の思考は何時だって謎だ。
 あんまりにギャンブルが根付きすぎた結果、支払い形式にチップ入りのチップなんて入れるか普通?

「何考えてるんだ150年前の奴らは。チップにチップ入れたからこれ使って買い物してくださいね、ってか? どうかしてる」
「ギャンブルが横行しすぎた結果の苦肉の策さ。おかげで賭け事の文化は俺たちウェイストランド人の骨身まで染みているだろう?」
「お~、大当たりっすねえイチ様。まさかこんなものに精密機器が詰まってるなんて思わなかったっす」

 ロアベアはテュマーからはぎとったカジノチップをまじまじ見てる。
 きっとまだ人間として生きていられたころ、本当にそいつで料金の支払いでもしてたんだろうか?

『でもクリューサ先生……中に入ってたとしても、それでも偽りやすそうな気がするんですけど……』

 それでもやっぱり、続くミコの疑問はうなずけるが。
 チップの中に何かが詰め込んであろうとも、人間の目でそれをどうやって確かめるのか。まさか割って調べろとでも?
 短剣の問いかけについてだが、お医者様は既に良い答えを見つけたようで。

「チップが本物かどうか確かめる方法はいくらでもあるからな。そのうちの一つが今ちょうど目の前にあるんだが」

 カジノの中へ通じる両開きのドアを指さすだけだった。
 そこには張り紙がしてある。新入りの客よ、以下の点に注意しろ。

・武器は抜かずにしまっておけ、持ち込むなというわけじゃない。
・偽造チップなんて浅はかな考えはやめろ。万が一手にしていた(させられた)場合、カウントが始まったら地面に捨てて踏みつぶせ。
・当たらないからと八つ当たりするな、死ぬ
・町がピンチになってもクソ従業員たちに期待をするな
・ここで損害を被っても俺たちの知ったことじゃない。監視者一同より

 だそうだ。とても賭博の場を前にして目の当たりにするような内容じゃない。

『……あの、不穏な警告が書かれてませんかクリューサ先生』
「なんでこんな忌々しそうに書いてるんだよ」
「入れば分かるぞ。ロアベア、お前が案内してやれ」

 とても入りがたいものすら感じるそれに短剣と仲良く戸惑っていると、お医者様の言葉にメイドが動いて。

「大丈夫っすよ皆さま~♡ 普通に遊んでればなんにも問題ないっす!」

 わざわざ俺たちのために扉を開いてご招待してくれた。
 出迎えてくれたのは埃っぽい空気漂うロビーだ。
 バーのカウンターがあって、頑丈に守られた受付が置かれ、奥でやたらと大きな台が電子音を響かせながら稼働していた。
 想像以上にしょぼい。もっとこう、明るい賑わいがあるかと思ったのに。

『いらっしゃいませ、市民。くれぐれも当カジノ内部で武器を抜かぬようご注意ください、国の規定により射殺の場合もございます』

 この風景を遮るように大きな姿が現れる。
 それは二メートルはあろう機械の身体だ。
 箱形の頭部をちかちか発光させて誰かを品定めする、自走する外骨格みたいなロボットが丁重にもてなしてきた。
 ただし箱形弾倉をつけた軽機関銃と共に。なるほど、セキュリティ抜群だな。

「失礼しました」

 ――ドアをそっと閉じて引いた。
 おかしさがぎゅっと詰まったカジノに、「なんだあれ」と指で表現した。

「おい、今のなんだ。えらいのがお出迎えしてくれたぞ」
『……ねえ!? 今銃持ってたよね!?』
「当り前だろう? 戦前は民間軍事会社が警備をしていたそうだが、次第に人手不足になるとああいう類が使われたんだ」

 150年前の馬鹿野郎ども、悪ふざけて配備したか知らないけど一体どこに機関銃持ったロボットが守るカジノなんてあるんだ。

「心配ご無用っすよ! ちゃんと遊んでる間も背中を守ってくれる頼もしいロボットさんっす!」

 ロアベアは行ってしまった。またも出迎える軍用ボディの姿も気にせず、てくてく奥へと潜り込む。
 やがていかついロボットは横に引いて、俺たちのために道を譲ってくれたらしい。

「初めまして、お客様。当機は不正なチップを検知するセンサーを搭載しております。万が一所持されていたお客様は警告後、しかるべき対処をされていない場合射殺します。ご容赦ください」

 それからなんとも落ち着けない言葉を残して。
 立派とは言えないこじんまりとしたカジノの内装には、何体もの似たような姿が悪質な火力と一緒に待ち構えている。

「今ものすごくすらすらと射殺っていわなかったかこいつ」
『しかもなんで武装したロボットがいっぱいいるの……!?』
「チップが支払いに使えるようになったとして、暴徒がこういうところを襲撃するケースが絶えなかったそうだからな。お前たちがカジノ強盗でも企てなければただの置物だ」

 恐る恐る一歩を踏み出すが、周囲の機械たちはじっとこっちをみてくる。
 今のところはそれだけだ。ストレンジャーからノルベルトまでを観察するセンサーを通り抜けていく。
 奥にはカジノに必要なものが大体は揃ってるみたいだ。
 ブラックジャックやポーカーが可能なゲーム台がでかでかと並び、スロットマシンが列を作り、無人のルーレットが挑戦者をずっと待っている。

「……待て、ここって誰が管理してるんだ?」

 人の姿? こんな時間にギャンブルに興じる酔狂なやつら以外誰もいない。
 無人で動くカジノ相手に黙々と賭博をするだけの空間だ、背に銃口を向けられつつだが。
 なんだったら天井ではカメラがこっちをずっと監視している。の銃口と弾倉がついたやつがな。
 ……思ってたんと違う。

「俺たちの周りで銃を見せびらかす奴らだ。当たらないからと店内を荒すような真似はするな、死をもって退店させられるぞ」
『……こんなカジノ嫌です……』
「どうしてカジノに反対する奴がいるのかやっとわかったよ」

 こんな場所でチップをかける連中はよっぽどイカれたやつか、撃たれても平気な奴ぐらいしかいなさそうだ。
 そのどっちかに当てはまってるのか、ロアベアは銃口の先で遊んでいた。

「うおおおおおおおおお1000チップぶちこむっす!」

 テュマーが落としたチップを投入してブラックジャックの画面を操作していたものの、ダブルダウンに失敗してさっそく敗北だ。
 ウェイストランドの通貨を軽々しく溶かせるのは間違いなさそうだ。誰かが忌々しそうに口にしてたのもうなずける。

「クリューサ、あそこにさっそく1000チップとかしてるやついるぞ」
「これで人類がここまで落ちぶれたのも分かっただろう。新たな通貨はカジノでそのまま増やせるとなればさぞ賑わうと思ってたのかは知らんが、経済はぼろぼろ、犯罪は増えて戦闘用ロボットが警備するようになったからな」
『悪いことづくめですね……』
「ついでに教えておこうか、よっぽどの強運の持ち主じゃない限りは赤字だ。そうなるように設定されてる」

 なるほど、お医者様も好ましくなさそうにする理由がこれか。
 勝負をあきらめたメイドがポーカーに向かうのを見て、機械たちにチップが没収されるのが良く分かった。

「むーん、勝負は運ではなく実力でしたいものなのだがな。このような賭博はどうも好かんぞ」
「健全な心掛けだなノルベルト。ちなみに俺のいたヴェガスではこの手のカジノが何十とあったが、血の気が多い奴がのさばるような土地だから店内は死体だらけだったぞ」

 クリューサは一体どんな人生を過ごしてここに立ってるんだろうか。
 医者のアドバイスを受けたノルベルトはギャンブル中毒者たちにあんまりいい目はしていないが。

「なるほど、こうやって遊ぶのですね!」

 リム様は好奇心旺盛なご様子でスロットマシンとご対面していた。
 ぐるぐる回る絵柄が適当に停まれば、拳銃の柄が三つ揃った。
 ――控えめな電子音と共にからっと500チップが落ちてくる。当たりだ。

「当たればいい場所かもな」
「俺にとってはどこだろうが最悪だ」
「何かあったのか?」
「親がひどいギャンブル中毒者でな。治療不可能な脳腫瘍に絶望してカジノに入り浸ってた、最後は息子を一人残して308口径で患部が吹っ飛んだぞ」
「あー、それは気の毒に……」
『た、大変だったんですね……』
「クソ親を安楽死させた点については高く評価してやるさ」

 ついでにクリューサがここまで嫌う理由も判明だ、まあ俺と似たようなもんか。
 そう思うとなんだかカジノに連れてきたのが申し訳なくなってきた。ロアベアが満足したらさっさと出ていこうかと思ったが。

「――クリューサ! なんだかよくわからないが1000チップが倍になったぞ!」

 ポーカーの台からチップを2枚手にしたクラウディアが戻ってきた。
 嬉しそうな褒めてほしそうな、そんな様子にものすごく嫌な顔を浮かべながらも「よかったな」と短く返している。

「……俺もちょっとやってみるか」

 そんな様子を見てなんだかやってみたくなったので、少しだけプレイしてみることに。
 別にあわよくばあたり、だなんていうつもりはない。
 幸運ステータスの数値はそこそこだが、まあ試しに経験してみるぐらいはいいはずだ。

「うちの2000チップが溶けたっす……!」
『……ロアベアさんみたいになっちゃだめだよ?』

 一体何をしてるか分からないが、ルーレットでさっきの倍溶かしてるメイドの姿を込めて相棒が忠告してきた。
 遠目で見る限りは高ベットの台で大当たりを狙ってるらしい。ダメイドめ。

「戦前の奴らって何考えてたんだろうな。国が通貨でギャンブルだぞ?」
『絶対やっちゃいけないことだと思います……』
「ああ、現にその悪いところを体現してるのがあそこにいるしな」

 向こうで自らの運に絶望しているメイドはともかく、俺は適当な台に向かう。
 リム様が遊んでいるのと同じタイプのやつだ。ただしベット可能な額はかなり上がっている。 
 スロットそのものは無駄を削いだシステムで、本体側面にチップを投入、画面に浮かぶ額を選んで始めるらしい。
 この台は【50・100・500・1000】とベット額を選んで始めるらしい。油断すればあっという間に溶かすぞこれ。

「……見ろよミコ、1000チップが一瞬で溶けることを保証してくれてるぞ」
『あんまり高い額で遊んじゃだめだよ……?』
「ロアベアみたいになりたくないからな、100でいいか」

 画面の中ではナイフから小火器、重火器、手榴弾だのと物騒な絵柄がチップを待っている。
 横に書き込まれた倍率からして、もし大当たりが完璧に揃ってしまえば今から入れる額は十万チップになるだろう。
 当たりさえすれば。タッチパネルに触れて100チップで始めた。

『覚悟はいいな!? 目を離すなよクソ野郎!』

 渋い男の汚い罵倒で絵柄が回る。
 戦闘用ナイフの無骨な柄が三つ揃ってしまい、からからと100チップが5枚落ちてきた。
 なんだ、意外と当たるじゃないか。増えたチップを投入してまた回す。
 外れた。もう一回、外れた。もう一度、外れた。まだまだ、外れた――

『――いちクン、ストップ!』

 取り返すべく500チップをぶちこもうかと手が伸びた瞬間、肩の相棒の声で現世に帰還できた。
 くそっ、俺としたことが! 危うくロアベアみたいになるとこだった!

「……うん、確かにやばいわこれ。気を抜くとあっという間に溶かしそう」
『この世界のお金がそのままやり取りできちゃうからね……。とりあえずもうやめよう? これ以上続けたらロアベアさんの二の舞になっちゃうよ……』

 よくわかった、どうも俺にはギャンブルは向いてなさそうだ。
 今の駄目なメイドの有様を見れば特にそう思う。高額なスロット台からとぼとぼと財産溶かした顔でこっちに戻ってきて。

「残り1000チップっす……」
「どうしてそんなになるまで続けたんだよ!?」
『ロアベアさん、もうカジノでお金賭けるのやめよう……?』
「だって女王様は10万チップも当たったんすよ……? うちだってその気になれば……」
「気持ちの問題じゃねえよ! とにかくもうやめろ!」
『あの人が稀有なだけだからね!? チップかけるの禁止! めっ!』
「そんな~……」

 これでロアベアにカジノ禁止令が生まれた。戦前のやつらめ、とんでもないものを幾つ残せば気が済むんだ。

「……なんだかよくわからないがまた増えたぞクリューサ!」

 クラウディアがまたどっかから戻ってきた、2000チップがまた倍になってる。

「分かった、もう結構だクラウディア。そこの駄目なメイドみたいになるからその辺にしておけ」
「ははっ、ここは面白いな。遊んでお金も稼げるなんてな」

 きっと当たったのは純粋さ故なんだろう、ダークエルフは4000ものチップを手に満足してる。
 その点ロアベアは――悔しそうだ。ぐぬぬぬしてる。

「ちょっとした小遣い稼ぎになりましたわ~、フランメリアにもこういう施設があってもいいかもしれませんわね!」

 リム様も帰ってくる。適当に当たったのか損はしてないらしい。
 ロアベアは涙目だ。でもチップ貸せなんて言っても絶対にやるものか。
 これ以上被害者が増える前にさっさと出ていこうとすると。

「……これでチップが増えるの?」

 みんながさんざんいじり回していたスロット台に、ニクがきょとんと首をかしげていた。
 俺の愛犬がもっとも知ってほしくない文化に触れようとしている……!

「ニク、やめなさい。それ人の魂ごりごり削る賽の河原みたいなもんだから」
『ニクちゃん、ダメだよ。見た目に騙されないでね?』
「むーん。こういうものは軽々しく触れていいものではないぞ、軽い気持ちでは身を亡ぼすだけだ」

 ノルベルト込みで全力で引きはがした。ところが――

「幸運のニク様~、どうかうちの仇をとってほしいっす!」

 馬鹿メイドめ!! なんでお前うちのわんこにチップ渡してやがる!?
 好奇心が多少なりとも芽生えたダウナー犬ッ娘の手に、ロアベアから最後の1000チップが手渡される。
 さすがにクリューサも旅を共にするのも後悔しかねないほど呆れてるが、ニクはじとっとチップを見た後。

「……ん、どうやるの?」

 ちょっとばかり興味があるのか、尻尾をゆるくぱたぱたさせた。
 いろいろ考えたがどうせロアベアの財産だ、これでまた無一文になろうが責任もお前のものだ、そういうわけでまあいいとする。

「やってくれるんすね! まず画面に触れて1000を選んで、チップをいれてスタートっす!」
『……ニクちゃんになんてこと教えてるの……』
「どうせあいつのチップだしいいだろもう……」

 気づけば警備中のロボットも足を止めてこっちをみている。
 人様のわん娘に良からぬことを教える様子を、そんな機械の姿と一緒に見守ってると。

「……ロアベア様、これでいいの?」

 リールが回る。『覚悟はいいか』の罵倒と共に1000チップが消えた。
 不思議そうにじっと見つめるニクの目の前で、絵柄が続々停止する。
 機関砲を積んだクモみたいな機械でストップ。同じ絵柄が二つ目、三つ目と揃って。

『見直したぜ! 俺を××××してもいいぞ!』

 さぞめでたいのか、汚い言葉が電子的なBGMを呼び起こす。
 店中に勝手にバカ騒ぎを巻き起こせば、スロット台からじゃらじゃらと音を立てて払い戻しがやってきた。

「……わ~お」

 ロアベアが唖然とする額なのは間違いないはずだ。
 1000チップが――柄の倍率からして50倍になって戻されたらしい。幸運のわんこの手はとんでもない結果を出しやがった。
 そばで見ていたロボットがかちかちと拍手するほどだ。おめでとうニク。

「マジで当てやがったぞ、うちのわんこ」
『す、すごい……当てちゃった……』
「ん。やったね」

 わん娘は少し得意げにしたあと、じゃらじゃら集めたチップをどうするか迷い始めた。
 犬らしさのある両手には持て余すそれの扱いに困った挙句。

「……はい、ロアベア様」 

 ちょっとだけドヤっとした顔でお返ししてしまった。
 本当にやらかしてくれたニクからのプレゼントに、流石のダメイドも全力で困っていて。

「い、いや~……それはちょっと困るっすね、ニク君の運をいただくようでちょっと気が引けるっす」
「ん。でもぼくのお金じゃなかったし」

 グルグル目をさらにせわしくしながらこっちに助けを求めてきた。
 ニクと一番の付き合いがあるストレンジャーに対して特に。この場合、適切な答えをどう示してやればいいものか。
 困ったことに愛犬の両手も「ん」とこっちに向けられた。俺に丸投げだ。

「……ロアベア、いくら損した?」
「20000チップっす」
『そんなに溶かしたの……!?』
「だそうだニク、損した分だけ渡して残り全部お前のものってことでどうだ?」

 少し考えて提案した。
 元ジャーマンシェパードの手に大金が渡るのはどうかと思うが、今後の為にロアベアの無念を晴らしておくべきだ。
 あくまで提案だが。後はご自由に、と促すと。

「ぼくはいらない、全部あげる」
「それは困るっすよ、流石のうちもそんなはしたない真似はできないっす! あっでも損した分だけ貰うってことで~……」
「……わかった。ロアベア様にはいつも助けられてるから、そのお礼」

 結局カジノで溶かした分が戻ってきたらしい。
 ようやく損を埋めれたダメなメイドは「よっしゃ~」と地獄の底から蘇ったような感じだ。

「流石ニク君っす! この恩は忘れないっすよ! あひひひっ♡」
「ご主人。これ、どうすればいいの?」
「あー、うん、好きに使え。まあカジノで増やそうなんて浅はかな考え以外だったらお前の自由だ」
『30000チップなんてニクちゃんには重すぎると思うよ、いちクン……』
「お金の使い道をちゃんと教えるのもご主人の役目ですわ、いっちゃん!」

 俺だって持て余しそうな金額を得てきょとんとするニクにどうするか、とみんなで悩んでいると。

「――お客様、おめでとうございます。大変稼がれたようですが、国内の治安から考慮するに本日はもうお帰りになられた方がよろしいかと思われます」

 カジノを見回していた警備用のロボットがぞろぞろとやってきた。
 まるで「大当たりおめでとう、うちが損する前に帰れ」とばかりに得物を手にしたままだが。
 そういうことかよ。厄介そうにする機械の姿にクリューサが「これだからカジノは」と毒づいている。

「分かった、もう来ないだろうから安心してくれ」

 客に対してずいぶんとひどい態度だ。さっさと出て行ってやることにした。
 せっかくの大当たりの空気も台無しにされていると、先頭の機械の形はびしっと軍隊さながらの敬礼をして。

「ご協力感謝します。迫りくる暴徒の対処には我が社の警備用ドロイドの導入をご検討ください、あなたの保護から犯人の確保、尋問、鎮圧まで幅広く手掛けます。良き一日を」

 まったく心に染みわたらない広告をそう伝えて、さも興味もなさそうに立ち去っていった。
 二度とここに来ることはないと思う。それなりに堪能した俺たちはカジノを出て、また道路を辿っていく。

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