魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

北へ進軍だ、ストレンジャーズ

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 その日の宿は静かだった。
 まあ無理もなかった。あの陽気な女王様が黙って食事をしていたのだから。
 いつもとは違う空気で、神妙な顔持ちと態度をたずさえた朝食の様子は誰から見ても不思議だったみたいだ。

「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」

 よく眠れたのに生気を幾分損なった身体で階段を下りれば、ヴィクトリア様はにこっとした。
 なんだか今日は一段と態度が違う。
 背筋も伸ばしてきれいな姿勢で、リム様の料理を黙々と味わっていた。

「ああ、おはよう女王様。おかげさまでぐっすり」
『お、おはようございます……』
「ん。おはよ」
「今日の朝食は美味しいわよ。冷めちゃう前に早くお食べなさい」

 あの人格的に続きの言葉に不安だったが、何も言わない。
 少し見てなんとなく分かった。食事というよりは神聖な儀式か何かの最中だ。
 白い皿に乗せられた料理を一口一口大切に食べていて、作ってくれたリム様に静かに感謝してるように見える。

「本日の朝食はヴィクトリアちゃんが大好きなイグレス王国風セットですわ~。味はいかが?」
「ええ、やっぱりこれね。大事な日の朝にはこれがないと始まらないわ」
「ふふふ、あなたの好物はしっかり覚えてますわよ? ソーセージはこんがり、マッシュルームにトマトも焼いて、スクランブルエッグは黄金色でとろとろに」
「そこに良く焼き目のついたトーストにジャム、ストレートの紅茶も添えてね」

 周りの連中が思わず感化して黙るほどに物静かな食事の姿だ。
 一枚の皿に盛られた大き目のソーセージに、焼かれたトマトとキノコ、眩しさすら感じるほどきれいにとろみを帯びたスクランブルエッグ。
 そしてトーストにマーマレード、濃い色をたずさえた紅茶も一緒に。
 丁寧な動きで口に運ぶ様子は、そんな料理の姿が本人にとってどれほど思い出深いのか教えてくれている。

「イギレス王国式の朝食か。俺様も何度か口にしたことがあるが、リム殿の手にかかったものとなればなおさらにうまそうだな」
「はいノル様どうぞっす。これっていわゆるイングリッシュブレックファーストっすねえ」

 妙に静かな朝食の場では、席についたノルベルトに首ありメイドが料理を運んでいたところだ。
 やがて女王様は「こっちおいで」と優しく手招いてきたので、同じテーブルに座ることにした。

「こんな世界であちらの食事を摂れるなんておかしな話だ。だがうまいぞ」
「もしやイグレス王国というのはイギリスのことなのか? 向こうの世界には限りなく近い国が存在するというのか……?」

 背後で既に食事中のダークエルフとお医者様の言葉に混じりながらも、俺は大人しい女王様を見た。
 不思議だ。あんなに元気いっぱいな顔が、今だけはとても優雅だ。

「女王様の好物らしいな、これ」
「ええ、思い出深い味よ。私を形作る料理っていうやつ?」
『思い出の味、ですか……?』
「そうねえ、私が『やってやるわ』って決心したあの日にリムお姉ちゃんが作ってくれた料理なの。人生でいろいろ食べてきたけど、これがけっきょく一番よ」

 おいしそうに食べる表情にはどこか懐かしさが混じってる。
 しばらくしないうちにメイド姿が料理を運んできた。俺とニクの分の皿と、それから紅茶も。
 リム様が気遣ってくれたのか大盛だ。女王様が「いっぱい食べなさい」と微笑んできて。

「ねえ、短い間だったけどとても楽しかったわ」

 さっそく物言う短剣を食器代わりにいただきはじめると、いきなりそう言われた。
 本当にお別れの挨拶にもなりえるそれに、俺はソーセージを切り分けて。

「俺もだよ、女王様。まあ正直言うとこんな世界に連れて来ちゃってまだ申し訳ない気持ちがあるけど」
「いいのよ別に、チャールトンのやつに嫌な顔させる機会もできて悪戯心にも火がついちゃったんだから」
『嫌な顔……』
「あの人にも苦手な人がいたらしいな」
「あいつって私のことどうしても苦手らしいのよね、最後に冒険した時も包み隠さずそういってくれたし」
『ちゃ、チャールトンさんが、ですか……?』
「色々無茶ぶりさせたせいかしら? でもね、身も心もしおれたあいつがまた元気に戦ったって聞いて……すごく嬉しかった。まだまだ私たちの冒険は終わってない! なんて思うほどにはね」
「現にまだまだ冒険してらっしゃるからな、女王様」
「もちろんよ。だからね、嫌な思いなんて一つもしてないわ。私たちにまた道をくれてありがとう、だなんて言ったら駄目かしら?」

 女王様に倣って皿の一品一品を口にしてると、まさかのお礼が飛んできた。
 本当だったら「どういたしまして」といえる立場じゃないのは確かだろう。
 だけど本人の顔はどうだ。どうしてこんなにも嬉しそうなんだ?

「立場が立場じゃなかったらそういってくれて嬉しかったと思うけどな。でも、今だけは言っていいよな?」
「大丈夫よ、あなたと私の秘密ってことで」
「よし。どういたしまして、無責任にもいろいろ巻き込んじゃってるけど、あんたにとっていい意味を持てたなら幸いだ」
「良く言えました。これから大変だろうけど頑張るのよ?」
「ああ、もう向こうについたらただじゃ済まないことぐらい承知だ」
「何か困ったら女王様に任せなさい、助けてあげるから。それとミコちゃんも彼のことちゃんと支えてあげるのよ?」
『は、はい! もちろんです!』
「ニクちゃんもね。こんなにいいご主人は中々いないんだから? それとナイフとフォーク持つ手が逆さよ」
「ん、まかせて女王様。ずっとご主人のそばにいるから」

 しばしの間、宿の間に静かな食事が続いた。
 女王様のそんな態度がうつったというのか、世紀末世界で一番大人しい朝食だったと思う。
 あるいは誰もが優雅な姿を邪魔したくないという気持ちだったのか。
 ……なんにせよ、特別な朝食はすぐに終わって。

「――ごちそうさま、リムお姉ちゃん。そろそろ旅立つわ」

 紅茶を飲み干してしばらく落ち着いた後、ヴィクトリア様は立ち上がる。
 その様子をじっと見ていたリム様は、エプロン姿のままちょこちょこ近づいていく。

「もう行っちゃいますの?」
「ええ。チャールトンのやつが元気にやってるか心配だし」
「分かりましたわ。次にお会いできるのはフランメリアかしら?」
「もちろん! 今度は子供たち連れて遊びに行くわ!」
「再会するところそこでいいのかよ」
『子連れで密入国……』

 恐ろしい計画を企ててるようだが、ともあれ小さな魔女の姿は両腕を広げる。
 どこぞの女王様はぎゅっと抱き着いて、少しだけ銀髪に顔をすりよせてから。

「……ということで南へ旅立ちます、短い付き合いだったけど楽しかったわ」

 荷物を背負い、クォータースタッフを手に、俺たちに別れの挨拶を告げた。
 いい笑顔だ。少し名残惜しそうにも感じるが、「私の旅はまだまだ続く」とばかりに意気込んでる。

「宿のおっちゃん、いい寝床だったわ。これからこの町に訪れる人は増えて大変になるでしょうけど頑張るのよ?」
「良い旅を、女王様。この町の力になってくれたことをこの宿と共に記憶していこうと思う」
「保安官、ディアンジェロの件は複雑だったけど、嫌な事件にも負けずその気持ちを大切にしなさい。あなたなら大丈夫」
「ああ、あんたに助けてもらったことは忘れないさ。その言葉を信じていい町にしてやるよ」
「ロアベアちゃん、あなたは本当に良いメイドだと思うわ。職に困ったら我が国にきて私のところで働きにきなさい」
「うぇ~い、これで女王様お墨付きのメイドっすねえ。どうかお気をつけてくださいっす」
「ノルベルト君、もし向こうの世界に戻ったらご家族と仲良くね。それまでいっちゃんたちの力になってあげなさい」
「……承知した、ヴィクトリア様。あなたの旅路にご武運を」
「クラウディアちゃんはしっかりごはん食べるのよ? あなたがいればテュマーぐらい楽勝だからぞんぶんに腕を振るいなさい」
「もちろんだぞ女王様。道中にどうか幸運を、そして健康に気を付けてくれ」
「クリューサ先生は筋トレとかしたほうがいいわ、お母さん心配です」
「おい、去り際に俺を馬鹿にしているのか」
「――じゃあねいっちゃん! フランメリアでまた会おう!」
「なんで密入国先を再開の場に選ぶんだよ!!」

 ひとりひとり丁重に、そしてしれっと不法入国の予告もしてから、女王様は意気揚々と歩きだす。

「あっ、そうそういっちゃん。ちょっとこっちにきなさいな」

 ……と、その最後。くるっと振り向いて手招きされた。
 まるでこっそり話をしたいようなしぐさに、こそこそ付き合ってやるも。

『……昨晩はお楽しみだったわね? 今度は旦那も混ぜてシましょう? ふふふ……♡』

 むにゅっ♡
 小さな唇が頬に押し当てられた。国際問題がまた一つ積み重なったけど、ストレンジャーは元気です。
 こうして旅立つ姿は宿を出ると。

「行くわよ、おいで!」

 慣れた感じにそう呼びかけた。
 先日戦場を共にしたそれは、待ってましたとばかりにすり寄っていく。
 さすが女王様、近づく馬体にひょいと乗っかると腰を預けて。

「あっこの子借りちゃうけどいいかしら?」
「まあ、俺たちじゃ馬の面倒見れるか不安だからな。良いと思う」
「そう。じゃあ旅のお供に決定ね」

 どこかのお偉いさんを乗せた白馬は手綱を手に西部劇の町並みを去り始める。
 その道中、奇しくも修理した車に集まる人影が見えた。
 ハーレーたちだ。いきなりやってきた女王様に困惑してる。

『てことで一緒にスティングまで行くわよハーレー!』
『……はぁ!? 何だお前いきなり!?』
『どうせ目的地は一緒でしょ? さあ女王様についてきなさい!』

 今にも旅立とうとしてたらしいが、強引に押し切って白馬は駆け出す。
 唐突過ぎる同行の申し出に少し慌ててはいたものの、運び屋たちは俺たちを見るなり。

『……じゃあな! 北はひでえところだが、しぶとく生きろよ!』
『世話になったなストレンジャー! 保安官殿も元気にやれよー!』
『ディアンジェロみてえなやつがまたいたらきっちりぶちのめしてくれ!』

 面倒くさそうにしつつ、けっきょく女王様についていくことを決めたようだ。
 俺たちに手を振って、運び屋たちは再び動き出した車で南へ走り出していく。

『……行っちゃったね』

 賑やかな一団が見えなくなるころ、ミコが少し寂しそうにしていた。
 これでもうスピリット・タウンは紅茶テロに怯える必要はなくなったが、あの竹を割ったような明るさが離れたのも確かだ。

「ああ、今度は俺たちが行く番だな」

 俺は肩の短剣をとんとんしてから、宿に戻っていった。
 町の住人たちは去っていく女王様と運び屋をずっと見送っていたようだが、きっと旅の無事を願っていたに違いない。
 荒野の風景に溶け込んでいなくなるまで、誰もが手を振っていたからだ。



「荷物は持ったな?」

 女王様が消えてしばらく、ストレンジャーズも旅立ちの準備だ。
 荷物を整え、銃に弾を込め、水と食料を補給して準備完了。
 PDAには地図を記録させたし、美味しい朝飯で体力も満ちてる、いつでもいける。

「はいリーダー! カジノいくっす!」

 宿の一階で全員を集めて抜かりはないかと確認してると、ロアベアが相変わらずだった。
 ここまで熱中するとなると逆に気になってしまう。それに女王様が「余裕を持て」といってたし……まあいいか。

「しょうがないなあ……」
『この流れで行くんだ……!?』
「余裕を持てって言われたからな、ちょっとだけならいいぞ」
「流石っす~♡ うちと一緒に大当たり狙うっすよイチ様」
「お前がいくらあそびを持とうが勝手だが、そのダメなメイドのように全財産を失うような真似をしても俺は知らんぞ」

 店で薬を仕入れてきたクリューサは死ぬほど呆れてる。
 万全の旅の準備の最中に言うようなことじゃないのは確かだが、俺自身カジノがどんなものか知りたいのも強い。
 あわよくば大当たりを、なんてことは期待しちゃいない。ギャンブルなんてそんなものなのだから。

「水もたっぷりと補給した。ぬかりはないぞイチよ」

 ノルベルトが背中に取りつけたタンクを見せてくれた。
 20リットルほど入る容器で、かなりの重さだがオーガに任せれば余裕だ。
 それでも油断すればあっという間に使い切ってしまうに違いない、無駄遣いしないように気を付けよう。

「ちょっと重いだろうけど我慢してくれ」
「フハハ、案ずるなイチよ。こんなもの背負っているのも忘れるほどだぞ」
「ん。いい天気だよ、早く行こ?」

 頼もしいオーガの胸板をぺちぺちすると、ニクがくいくいしてきた。
 尻尾をふりふりしつつ早く外に出たがってる。

「――じゃがいもを入れるべきですわね」

 ……ノーパン魔女も自走する杖と一緒にやってきた。じゃがいもを抱えて。
 人様の相棒をじゃがいも貯蔵庫にされると困るのでやんわりと押し戻すと。

「いい宿だったぞ店主、クリューサがよく眠れたそうだ」

 クラウディアが宿のおっちゃんに別れの挨拶を告げていた。
 ここ最近でようやくちょっとした料理を覚えた厳つい人柄は、また去っていく客にやっぱり寂しそうで。

「ありがとう、みんな。おかげで宿屋としての自信を得ることができた。それに料理も多少なりともできるようになったよ」
「ふふ、大丈夫ですわおっちゃん。人を思う気持ちは誰よりもありますもの、きっとあなたに喜ぶ人はこれから先いっぱい現れますわ」
「いい寝床をありがとうおっちゃん、元気でな」
「魔女様、ストレンジャー、本当にありがとう。スピリット・タウンを救ってくれた恩人に恥じないように頑張るよ」

 ごつい手で握手を求められた。
 俺とリム様はそれなりの力で返して、宿の繁盛を願った。

「いいのかストレンジャー? あんたらは町の英雄だ、できれば町のみんなで盛大に送り出してやりたいんだが」

 さあ出ていこう、と思い立ったところで、じっと見ていたステアーがやってきた。
 本当だったら総出で見送りたいそうだ。でも、テュマーに勝ったのは誰だ?

「勘違いするなステアー、この町を救ったのはみんなだ。お前も、町の人たちもな」

 俺はアラクネの手袋越しに握手を求めた。

「……ナイツのやつもかな」

 するとそうぽつりと言われたので、頷いた。

「あいつの正義感のおかげだよ。きっと、ここにいる誰よりも町の為になりたかったんだと思う」
「そうか、そうだよな」
「ああ。あいつも英雄さ」
「そうだな、みんなで掴んだ勝利だ。その通りだ」

 自分に言い聞かせるようにそう口にしたまま、返された。
 手袋越しでも分かるほどがっしりと伝わった後、ステアーはせいせいしたような顔で。

「じゃあな、ストレンジャー。俺のいったアドバイスを役立ててくれよ」
「もちろんだ。ここのことは北のレンジャーにちゃんと伝えておくぞ」
「頼んだ。スティングから来る奴らは任せろ、丁重にもてなすさ」

 やっと笑顔を作ってくれた。もう大丈夫そうだ。

「それでは保安官殿。ストレンジャー二等兵、哨戒任務へまいります」
「よろしい二等兵、どうか旅のご無事をご武運を。元気にやれよ?」

 そしていきなり敬礼をされた。からかうようなそれに、俺もびしっと返す。
 俺たちは最後にそうふざけてやりとりを交わした後、宿から出て行った。
 
『……わっ、いい天気……!』

 ミコがいきなりそういった。
 見上げてみると確かにその通りで、西部開拓時代の町並みの上に広い青空が広がっているところだ。
 ボルターシティの旅立ちを思い出させるようなきれいな青色だった。
 もっとも、今じゃいっぱい仲間がいるが。

「……さて、行くぞストレンジャーズ」
「待て、ストレンジャーズ? それは俺もなのか?」
「そうだぞクリューサ、文句あんのか?」
「お前とご同類だけは勘弁だ」
「慣れろ」
「お前は誰に似たんだろうな。無茶ぶりがすぎないか、この頃は」

 クリューサがまた何か言い出したが、構わず歩き出した。

◇ 
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