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広い世界の短い旅路
もう逃げられないゾ☆ ストレンジャー味
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「――お前が言ってることがマジなら、あいつのクソみてえな性癖のせいで濡れ衣着せられてたってことかよ!?」
「ああそうだ! あんたの言う通りマジで捕まえたテュマーとよろしくやってやがったんだよ!」
「はぁ!? 俺は半分冗談で言ったんだぞ!? あのいけすかねえ野郎、そんなド変態だったのか!?」
「もう半分が当たってんだよ、クソが! そのカメラが証拠だ!」
俺たちは根強く明るい街中へと早歩きで進む。
郊外にいたハーレーたちをたたき起こして、無理矢理連れて事情を話せば眠気も吹っ飛んだらしい。
「――な、何だこりゃぁ!? な、こ、畜生がなんてもんみせやがる!?」
「そのセリフはもういい! なんたって食肉加工された監視者もいやがったからな!」
「あの野郎……! 全部あいつのミスで、それを俺たちに擦り付けてあんな涼しい顔してやがったのか!?」
「それも今日で最後だ! 酒場にいるうちに押し掛けるからついてこい!」
ハーレーへの証拠の提示は例のカメラを一目見れば十分だったみたいだ。
テュマーにヘッドロックを決めるディアンジェロの雄々しい姿が帰ってきた。
「そういうことかよ……! いやまて、じゃあ俺たちが立ち往生してる間にこのテュマーは――」
「さっき安楽死させられるまで救援信号を送りながらのプレイに勤しんでたわけだ、最高すぎるだろ!?」
「なんてこった……それじゃこの町はおしまいじゃねえか!?」
「これから栄えるか滅ぶかの話はあとだ! とにかくディアンジェロのやったことをバラすぞ!」
最低の事実にざわめく運び屋たちも連れて、布に包まれたテュマー一体分の重みを持つ監視者たちと街へ乗り込む。
リム様たちがうまくやってくれてたみたいだ、深夜でなお輝く照明の下で住民たちが相変わらず陽気でいて。
「おっ……おい、見ろあれ! 運び屋どもがこっちに来るぞ!?」
「監視者たちも一緒だ、どうしたんだあいつら?」
「ストレンジャー! なんなんだこんな夜中に! 後ろにいるやつらは――」
「面倒だから結論だけ言うぞ! 全部ディアンジェロが犯人だ! ぶち殺しに行くからどけ!」
「いやお前ぶち殺……いきなり何言ってんだ!? ディアンジェロさんがどうしたんだ!?」
「何があったんだストレンジャー!? あの人が犯人って、まさかテュマーの件や失踪事件のことか!?」
「あいつが何かしたっていうのか!? そんなわけあるか、説明しろ!?」
あいつが待ち構えるであろう酒場の前にたむろする連中をかき分けた。
結果的に頭数を増やして、俺たちは西部開拓時代を引きずる店内へぞろぞろお邪魔することになるわけだが。
「……なんだ? 今日は一段と騒がしいじゃないか」
おっちゃんが経営する宿よりもずっと広いそこに、あのサイコ野郎はいた。
テーブルに乗った肉をつまみながらたっぷり酒も飲んで上機嫌のところだったらしい。
満席でにぎわう酒場で仲良く語らいながらのひと時を過ごしてたが、押し入ってきた姿を見るとすぐ顔色が変わる。
「――あら、お帰りなさい」
客でいっぱいのそんな店内で、カウンター裏にいたリム様がにっこりした。
妖しい赤の瞳は「やっておきましたわよ?」と俺たちが来るのを待ってるようにも見える。
人混みに混ざっていたノルベルトやロアベアも気づいたようで、
(やるのだな?)
(ああ、逃がすなよ)
(逃すものかよ。さあやってこい)
さりげなくオーガの姿に目配りして入り口に向かわせた。
酒場は余計な客のせいでみっちりだ。そこにノルベルトがつっかえて逃げ場はなくなった。
「こんな時間におしかけてきて、一体どうしたんだこいつら……?」
「見ろよ、運び屋どももいるぞ。監視者たちも全員揃ってるみたいだが」
「す、ストレンジャー? どうしたのそんな怖い顔して? 何しようって言うの……?」
「き、聞いてくれみんな。こいつが言うにはディアンジェロさんが――」
「ああ、テュマーの接近やナイツの失踪が彼のせいだと……」
人外混じりの騒がしい店の中、町の連中は当然ざわめく。
どいつもこいつも「まさかディアンジェロが」という顔だが、当の本人はというと。
「俺? 君はこの町の異変の原因は彼らではなく、俺にあると?」
食べかけの串焼きの肉を下ろして、引きつった笑顔で言い返してくる。
お楽しみのところを邪魔された不機嫌といった様子だが、それはこいつが普通の人間だった場合だ。
落ち着いてるように見えるが声は震えてるし、返す視線も不安定、そんな様子のそいつに。
「そうだな、なんたってお前の隠れ家に大事な愛人を置き忘れてたからな」
「やれ」と監視者たちに手で合図を送る。
すると酒場の上に布で包まれたヒトガタが置かれて、ステアーとクリューサがそれをきびきび解き。
「見ろ、みんな! こいつがテュマーを呼び寄せた原因だ! このクソ野郎は女性のテュマーを飼ってやがった!」
「一週間以上も前から汚染地域と偽った場所でかくまっていたようだな。お前好みの女だったか知らんが、不衛生極まりない話だ」
明るい酒場の中、それは二人によって強い香水の匂いを伴って解き放たれる。
言うまでもないが頭をブチ抜かれた下着姿のテュマーだ。
きれいな女性に黒く汚れた肌が混じった様子は、客の酔いもさめるほど強烈だったに違いない。
「てゅ、テュマーだ……! ど、どこから連れて来やがったんだ!?」
「ひぃ……!? いきなりそんなもん持ってきて何なんだよお前ら!?」
「……まて。こいつ、香水の匂いがしないか? この匂い――」
店内は別の意味でにぎやかになっていく。
中には不快な香りに混じる香水に気づく奴がいたが、それがなおさらディアンジェロの気分を削いだのかもしれない。
「……な、なんだその……き、汚らしい、テュマーは? どうしてそんなものを公衆の面前まで……」
はっきりと動揺してやがる。笑顔が消えて血の気が青くなった。
でも手は強く握られている――そりゃ今すぐにでも誰かを殴りたいぐらいに。
化けの皮がはがれてきたディアンジェロを見て、俺は続けることにした。
「テュマーがやって来たのは運び屋のせいじゃない、誰かが東の廃墟にこいつを閉じ込めてたからだ」
「き、き、君はつまり、俺がそんなやつを町のそばまで連れ込んだと言いたいのか? 馬鹿げてる! どうして私が町を危険に晒すような真似をしないといけないんだ!?」
「もしかしたらお前は慎重にやってるつもりだったのかもな。ナイツに見つかって黙らせるしかなくなった時点でお前は失敗してるんだよ」
「な――ナイツが!? ディアンジェロさんが殺したって言いたいのかお前!?」
「違う、やったのは運び屋たちだ! この人がそんなことするはずが……」
さすがディアンジェロと言うべきか、住民たちはやすやすと認めたくはないらしい。
それでも信頼における人物が震えあがるのを見て、流石に不信感が回っていくのは確かだ。
「あなたたち、失踪当日のことは覚えてるかしら?」
そこに女王様がすっと言葉を差し入れてくる。
「覚えてるに決まってるさ! 運び屋が来て、テュマーが来て、それからナイツのやつが消えちまったんだ!」
「あいつらが来てから二度とも妙なことが起きたんだぞ!? どう考えてもそいつらの仕業としか思えないだろ!?」
「ええ、そうね。普通だったらそんな状況に居合わせた運び屋が怪しいでしょうけど――」
客のリアクションをそうやって引き付けると、視線で「さあやれ」とばかりに続きを引き継がされた。
その通りにしてやろう。俺は雑貨屋の手帳を取り出して。
「確かにこいつらは怪しいだろうな。でもそう疑ったのはお前らだけじゃない、ナイツもだ。だから雑貨屋でガイガーカウンターを買ったんだ」
「ガイガーカウンター? それがなんだっていうんだストレンジャー!」
「運び屋がガソリンを探して廃墟を漁ってるのを不審に思ったらしいな。ここに書いてある通りに、あいつは雑貨屋で購入して一人で廃墟の様子を見に行ったんだ」
適当な客に投げ渡した。
手にしたやつの周りにぞろぞろと人が集まる様子に、ディアンジェロは身体を強張らせる。
「それは……見に行って当然じゃないのか!? 不審な様子があれば監視するのが彼らの務めじゃないか!」
「ああそうだな、でも不都合だったんだ。地図には嘘が書かれてたんだからな。存在しない汚染地域が一つあるってことだ」
客たちは「カルカノさんの記録だ」とか「ナイツの奴が」とか「どうして下着をこんなに?」だとか口々な様子だ。
次第に俺とディアンジェロの様子を見て、不審なざわめき方に変わっていき。
「……ストレンジャー、どういうことだ? あの地図は確かにディアンジェロさん主導で書き上げたものだが、そこに嘘があるだって?」
ついに一人が訝しんできた。
ご本人がきゅっと口を閉じてにらみつけるのを見て、俺は地図を広げ。
「見ろ、東の廃墟の地図だ。実際にここに向かってみたら放射能汚染なんてされてなかったんだ」
「それは……彼の勘違いだった、とかじゃないのか? 誰だってミスはするはずだろ?」
「そうだな、それはここに何もなければの話だ。でも実際は違う、汚染なんてなかったし地下室が隠されていた」
左腕のPDAと仲良くそれを晒した。
画面には事前にとっておいた例の派手なパン屋の看板が間近に写されている。
次に中も、その奥にあった不気味な階段も全部だ。
「こ、これって……あそこだよな? 気味悪くて誰も近寄らなかった……」
「ほ、ほんとに汚染なんてされてなかったのか?」
「その件だが放射能なんてなかった、と医者から言わせてもらおうか。あったのはここ最近誰かが頻繁に通っていた足跡程度だったかな」
まじまじとその画面を見せると、人だかりの間に動揺が広まった。
クリューサの言葉も混じれば、ようやくひそひそと怪訝に話し合うようになったほどだ。
さあどうする、俺は中身を知ってるんだぞ、まだ苦しい言い訳をするのか?
「――騙されるなみんな! こいつがいってるのは嘘だ! その写真はどうせ別の場所で撮ったんだろう!?」
どうやらまだ足あがくつもりで、ざわめく群衆の前で大きく言葉を上げたが。
「……で、でもディアンジェロ……この変な看板は、どう見たって……」
「あ、ああ……あそこしかないよな。こんな目立つ見た目、ここ以外しらねーよ俺……」
あの変な看板が役に立ってくれたか、偽りようがないと広まった。
ディアンジェロは言葉に詰まって、口をぱくつかせて続きを探ってるようだ。
今ここで証拠を全部出してやってもいいさ。だがまだだ、まだ関心を引く。
「悪い知らせがある、俺たちはついさっきここの中を探ってきた。そこでナイツの死体があったんだ」
「嘘だろ……? な、ナイツが死んだって……」
「遺体も持ってきた。でもひどいザマだ、人間がやったと思えないぐらいにな」
俺は監視者たち、とくにステアーの顔色をうかがった。
陽気な顔に数度は迷いが浮かぶものの、仲間の総意もあって覚悟が決まったようだ。
「……見ろ、これがナイツだ。この場で無理に見ろとは言わないが、ここに真実がある」
外からもう一つの白い包みが持ち運ばれた。
布を貫通するほどの強い燻製の香りがするそれは、おいしい料理が並ぶこの場に釣り合うかもしれない。
でもそれは開くまでだ。誰かが、いや、たくさんの人が駆け寄った瞬間に。
「あっ……へっ……? あ、あっ……あああああああああああああッ!?」
「ひぃぃぃいいいいいいいいいいっ!? な、なんだこの……うえ゛……っ」
「ナ……ナイツだ、間違いないぞ! この髪、この顔の形……!」
「い、いやああああああぁぁぁッ!? な、なんなのこれはァァァ!?」
客の分だけの阿鼻叫喚に変わってしまった。
腰を抜かして逃げる、振り向いて吐き出す、放心して眺める、パニックを起こして丸くなる――あらゆる反応が集ってる。
「待て、信じるなみんな! こんなひどいありさま、やったのはあの運び屋たちで……」
その中にもちろんディアンジェロもいたが、笑えない顔で壁をわなわな見つめていた。
少し待った、何人かの人間が落ち着くのを見計らって。
「ナイツがガイガーカウンターを買ったとき、そいつでバレると思って焦ったんだろうな? 雑貨屋に行って在庫がないか店主に尋ねたらしいな?」
続きを尋ねるが、はっと我に返ったそいつは。
「――いいや! 俺は雑貨屋でそんなことは尋ねちゃいないぞ! いや、確かに雑貨屋にはいったかもしれないが、ちょっとした買い物に寄っただけで……」
確かにそう言ってしまった。
すると、後ろで酒場の扉がぎぎっ、と弱弱しく開く音がして。
「……この男のことを信じるんじゃない。そいつは確かに私の店に来たぞ! ガイガーカウンターがないかと必死の形相で尋ねたのも忘れるものか!」
見ればカルカノ爺さんがそこにいた。宿のおっちゃんに支えられながら来てくれたようだ。
穏やかな顔は怒りに染まってる。それが功を成したのかディアンジェロはたじたじだ。
「つまり真相はこうだ。ナイツは知っちゃいけない場所を知った、それがこの汚染地域モドキだ。だからお前はカルカノ爺さんに尋ねて慌てて追いかけた。そして見つかったんだろ? その結果が――」
更に続けた。今度はクラウディアがナイツの変死体の頭を探って。
「クリューサの検死の結果によると45-70の弾を頭部に受けたことによる即死とあるぞ。この弾は狩人が良く使ってる弾らしいな?」
混乱を過ぎてすっかり聞き入り始めた客たちに問いかけた。
強く反応したのは一部の層だ。さっきディアンジェロと絡んでた連中だ。
「……45-70っていや、ディアンジェロの銃だよな?」
「あ、ああ……俺たちが使ってるのはみんな308口径だ、そうじゃないと弾が貫通しねえ」
「あれで仕留めるのはあいつだからこそ、だよな。じゃ、じゃあ……」
いい言葉を作ってくれた。不審な目で恩人を見始めたからだ。
それに手帳には間違いなく購入履歴に弾の種類まで残ってるんだ、逃れようがない。
「そ、その弾を使っているのは別に俺だけとは限らないだろう? それこそ運び屋だって」
「悪いな、俺たちは身軽なもんでな。小銃よか拳銃やらの方が似合ってんだ」
苦し紛れに運び屋たちに矛先が向くが、ハーレーたちは獲物を見せてくれた。
拳銃に切り詰められた散弾銃、狩りなんかに合わないそれが証拠だ。
「ディアンジェロ……お前……」
誰かがはっきりとそう疑って、さぞ肩身の狭い思いをしてるだろう。
町の連中の不信感は上昇中だ、畳みかけるぞ。
「し、しかしだな!? まだ他に同じ口径の銃を持ってる人間がいるかもしれないだろ!? 町ごと洗いださないと俺の使ったものだと断定できないじゃないか、言いがかりだ! そ、それにこの死体の有様はなんだ? どうして俺がここまでやらないといけないんだ!」
「そうだな、考えが三つある。死体を処理するのが面倒だったか、それかご馳走したかったか、それか」
次の言葉に、俺はナイツの死体を指で示す。
ちょうど噛み跡が残るところだ。好奇心のある客がまじまじ見始めたので。
「両方だ。死体を処理して、ご馳走もできて一石二鳥か。まあ口には合わなかったみたいだがな」
「この噛み跡……まさか、そのテュマーが? いやしかしどうしてテュマーなんか――」
そいつに向けてカメラを手渡した。
さすがにこれはいけないと思ったのか咄嗟に相手が手を伸ばすが、ステアーが払いのけた。
「みんな、そのカメラを見ろ。そこにすべての答えがある」
保安官の硬い一言を受けて、みんながぞろぞろと寄っていく。
一方でディアンジェロは、後ろめたそうにかさかさと壁際の方へ引いていき……。
「…………おい、冗談だろ」
「なんだよこれ……うわ……嘘だと言ってくれ……!」
「ディアンジェロ、お前これはどういうことだ? なんでお前……」
「そ、そうか、この手帳に書いてある香水に下着……こいつに使ってやがったのか……!?」
「そういうことだったのか! やっと分かった! 一週間ほど前からずっとこいつが信号を……!」
関心を引いたネタはあっという間に広まっていく。
ぶちまけられた情報から答えをくみ取った連中もいるようだ、これでもうこいつの逃げ場はないに等しい。
「こいつは地図上にあった偽物の汚染地域でこいつを閉じ込めていた。そりゃ帰りが遅くなるほど一方的に愛し合ってたみたいだな? 大方、バレるか不安になって大量に摂取したリフレックスのせいで繁殖欲が高ぶってたんだろうな?」
「……香水の匂いがしたのも、帰りが遅いのも、そういうことだったのか?」
「嘘だと言ってくれディアンジェロ、お前はそんな……」
ディアンジェロに近づいた。また一歩下がっていった。
「つまり真相はこうだ。どっかからさらってきたテュマーを監禁したもののそいつを知られた、だからナイツを殺したんだ。そしてちょうどよく運び屋がいたわけだ、車の部品を抜き取って動けなくした、大量の岩塩を運んでるから足なしじゃスティングにたどり着くわけがないからな? 住民が疑われようが運び屋の落ち度が疑われようが、どっちにせよお前にとっちゃ幸運だ」
そこに追加だ、運び屋たちがせっせと木箱を運んできてくれた。
整然と揃えられた車の部品がそこにある。さんざん疑われていた住民たちは、まさかというような顔だ。
「おう、その隠れ家とやらにこいつがあったからな。随分器用にとってくれたじゃねえか? ああ?」
「こ、これって車の部品よね……? なんでこんな……?」
「ディアンジェロがやったっていうのか、これも……」
「都合が良かっただろうな、こいつの信号もキャッチしてテュマーが北から来たんだ。擦り付けるのはちょうどいいだろ? こんだけみんなに信頼されてるお前のことだ、その気になればいくらでも濡れ衣はかぶせられる」
俺は背中の散弾銃に手をかけた。
回りの視線が完全に不信感へと変わっていくと、サイコ野郎は引く――が、そこに待ち受けるのはロアベアだ。
「……馬鹿げてる、馬鹿げてるぞ」
そこから放った一言といえば、相変わらず否定の言葉で。
「俺が、そんな、き、汚らしいテュマーの為に罪を犯したと言いたいのか、君は!? この町のためを思ってるんだぞ私は! なんなんだ、よってたかって私を疑って、そんなしょうもないものの――」
「……ノルベルト!」
いいだろう、俺はノルベルトを呼んだ。
一瞬「俺様が?」というような顔をされたが、手にしていた戦槌をさして。
「そいつを貸せ」
「これか? 何に使うのだ?」
柄を突き出されたので分捕った。
オーガがその使い道を尋ねるより早く、自分のより大きく重たいそれを全身で持ち上げて。
「そうだな、こんなしょうもないものは念入りにぶっ潰すべきだよな? オラァァァッ!」
「……ま! 待て! やめろォォォォォッ!」
床に伏すテュマーの顔面へとぶちこんだ!
かなりの重さのある槌がその鼻先に落ちると、凶器たりえる重みを得たそいつは――もういうまでもないだろう?
酒場に生々しい粉砕音と、手元へ相応の感触が伝わった。
『ひっ!?』と声を引かせるミコには気の毒だが、もうそこにはきれいな顔が残っちゃいない。
「二度と信号を送れないようにしてやってもいいよなァ!?!」
周りが全力で引いてる、ノルベルトも顔をしかめるほどだ。
構わずもう一撃を加えようとするも。
「て……テメエエエエエエエエエエエエエエエエッ! いい加減に、しやがれええええええええええッ!」
ついにディアンジェロがキレた!
腰から回転式の拳銃を引き抜かれた。すさまじい速さだった。
しかし狙いは俺ではなく……その後ろにいたロアベアで。
「う、動くな! 動くんじゃねえクソども! よく、よくも俺の嫁をぶち殺してくれたな! ええ!?」
軽々とした身のこなしを生かして、その横合いから銃口を突き付けた。
きっかけができればその頭をぶち抜けるだろう。できればだが。
「お~……捕まっちゃったっす皆さま~」
「ふざけやがって! ふざけやがってよぉ! お前ら!? お、お前さえ、ストレンジャー、お前さえ来なきゃ二人でいつまでもいられたってのによぉ!」
そのまま、ディアンジェロは引いていく。
店の外へ――しかしまあ、人選ミスって言葉がある。
「許さねえぞ! いいか、動くな! このまま出てって、お前に復讐してやる! お、俺の嫁を、無残に殺しやがって! くそくそくそくそっ――」
支離滅裂な言動のまま、よだれも垂れた怒り顔でお帰りになろうとしたらしいが。
「あっ、ディアンジェロ様。うちの頭は狙ってもあんま意味ないっすよ?」
――ごろん。
次の瞬間、銃口の先から生首が落ちた。
首無しになったメイドを間近に、そいつはしばらく固まって。
「…………は? ええ? あっ……」
真っ赤に染まった顔が今度は真っ青に変わっていく。
銃が逸れるのも仕方ない。メイドの身体がその隙にするりと抜けて。
「そういうことだ、さよなら。人選センスっていうのはどうも大事らしいな?」
三連散弾銃を構えた。
向かう先はディアンジェロの腹、速攻で狙いを重ねると。
「――あっ、まっ、まってくれストレンジャー! ああそうだ俺がやったんだ、俺がっだからまず話を聞いて」
*Baaaaaaaam!*
トリガを引いた。人体のど真ん中をぶち抜かれたディアンジェロが、開きかけの扉からダイナミックに締め出されていく。
まだだ。しっかりとどめを刺してやる。
後を追えば、街灯の明るさの下で腹を真っ赤にしたまま宙をもがいており。
「お……あ……エヴァ……たすけ……」
まだ何か言っていたので、構わず胸元に銃身を傾けた。
最後に見たその顔はさぞ怯えていた。それこそ、エヴァの名前を忘れるほどに。
「あ、く、くそ、まだ死にたくない神様たすけ」
*Baaaaaaaaam!*
ぶっ放した。これでもう二度と続きの言葉は世に出回らないだろう。
「……まさか、あいつがそんなことを」
「……くそっ、信じてたのになんてやつだ。ずっと、いい奴だと思ってたのに」
「うそでしょ……? 信じられない、そんな人だったなんてずっと気づかなかった……」
「どうすんだよ、テュマーが来るってことだよな……? な、なんてことしやがったんだ、あのイカれ野郎……」
そんな死に様に文句を言うやつはいないらしい。
あるのはとんでもないものを残してくれたことに対する不満と絶望だけだ。
「ははっ……次はテュマーだって? 一体どうなっちまうんだ、俺たち……」
弔われそうにない方の死体の前で、ステアーがそう言うように。
◇
「ああそうだ! あんたの言う通りマジで捕まえたテュマーとよろしくやってやがったんだよ!」
「はぁ!? 俺は半分冗談で言ったんだぞ!? あのいけすかねえ野郎、そんなド変態だったのか!?」
「もう半分が当たってんだよ、クソが! そのカメラが証拠だ!」
俺たちは根強く明るい街中へと早歩きで進む。
郊外にいたハーレーたちをたたき起こして、無理矢理連れて事情を話せば眠気も吹っ飛んだらしい。
「――な、何だこりゃぁ!? な、こ、畜生がなんてもんみせやがる!?」
「そのセリフはもういい! なんたって食肉加工された監視者もいやがったからな!」
「あの野郎……! 全部あいつのミスで、それを俺たちに擦り付けてあんな涼しい顔してやがったのか!?」
「それも今日で最後だ! 酒場にいるうちに押し掛けるからついてこい!」
ハーレーへの証拠の提示は例のカメラを一目見れば十分だったみたいだ。
テュマーにヘッドロックを決めるディアンジェロの雄々しい姿が帰ってきた。
「そういうことかよ……! いやまて、じゃあ俺たちが立ち往生してる間にこのテュマーは――」
「さっき安楽死させられるまで救援信号を送りながらのプレイに勤しんでたわけだ、最高すぎるだろ!?」
「なんてこった……それじゃこの町はおしまいじゃねえか!?」
「これから栄えるか滅ぶかの話はあとだ! とにかくディアンジェロのやったことをバラすぞ!」
最低の事実にざわめく運び屋たちも連れて、布に包まれたテュマー一体分の重みを持つ監視者たちと街へ乗り込む。
リム様たちがうまくやってくれてたみたいだ、深夜でなお輝く照明の下で住民たちが相変わらず陽気でいて。
「おっ……おい、見ろあれ! 運び屋どもがこっちに来るぞ!?」
「監視者たちも一緒だ、どうしたんだあいつら?」
「ストレンジャー! なんなんだこんな夜中に! 後ろにいるやつらは――」
「面倒だから結論だけ言うぞ! 全部ディアンジェロが犯人だ! ぶち殺しに行くからどけ!」
「いやお前ぶち殺……いきなり何言ってんだ!? ディアンジェロさんがどうしたんだ!?」
「何があったんだストレンジャー!? あの人が犯人って、まさかテュマーの件や失踪事件のことか!?」
「あいつが何かしたっていうのか!? そんなわけあるか、説明しろ!?」
あいつが待ち構えるであろう酒場の前にたむろする連中をかき分けた。
結果的に頭数を増やして、俺たちは西部開拓時代を引きずる店内へぞろぞろお邪魔することになるわけだが。
「……なんだ? 今日は一段と騒がしいじゃないか」
おっちゃんが経営する宿よりもずっと広いそこに、あのサイコ野郎はいた。
テーブルに乗った肉をつまみながらたっぷり酒も飲んで上機嫌のところだったらしい。
満席でにぎわう酒場で仲良く語らいながらのひと時を過ごしてたが、押し入ってきた姿を見るとすぐ顔色が変わる。
「――あら、お帰りなさい」
客でいっぱいのそんな店内で、カウンター裏にいたリム様がにっこりした。
妖しい赤の瞳は「やっておきましたわよ?」と俺たちが来るのを待ってるようにも見える。
人混みに混ざっていたノルベルトやロアベアも気づいたようで、
(やるのだな?)
(ああ、逃がすなよ)
(逃すものかよ。さあやってこい)
さりげなくオーガの姿に目配りして入り口に向かわせた。
酒場は余計な客のせいでみっちりだ。そこにノルベルトがつっかえて逃げ場はなくなった。
「こんな時間におしかけてきて、一体どうしたんだこいつら……?」
「見ろよ、運び屋どももいるぞ。監視者たちも全員揃ってるみたいだが」
「す、ストレンジャー? どうしたのそんな怖い顔して? 何しようって言うの……?」
「き、聞いてくれみんな。こいつが言うにはディアンジェロさんが――」
「ああ、テュマーの接近やナイツの失踪が彼のせいだと……」
人外混じりの騒がしい店の中、町の連中は当然ざわめく。
どいつもこいつも「まさかディアンジェロが」という顔だが、当の本人はというと。
「俺? 君はこの町の異変の原因は彼らではなく、俺にあると?」
食べかけの串焼きの肉を下ろして、引きつった笑顔で言い返してくる。
お楽しみのところを邪魔された不機嫌といった様子だが、それはこいつが普通の人間だった場合だ。
落ち着いてるように見えるが声は震えてるし、返す視線も不安定、そんな様子のそいつに。
「そうだな、なんたってお前の隠れ家に大事な愛人を置き忘れてたからな」
「やれ」と監視者たちに手で合図を送る。
すると酒場の上に布で包まれたヒトガタが置かれて、ステアーとクリューサがそれをきびきび解き。
「見ろ、みんな! こいつがテュマーを呼び寄せた原因だ! このクソ野郎は女性のテュマーを飼ってやがった!」
「一週間以上も前から汚染地域と偽った場所でかくまっていたようだな。お前好みの女だったか知らんが、不衛生極まりない話だ」
明るい酒場の中、それは二人によって強い香水の匂いを伴って解き放たれる。
言うまでもないが頭をブチ抜かれた下着姿のテュマーだ。
きれいな女性に黒く汚れた肌が混じった様子は、客の酔いもさめるほど強烈だったに違いない。
「てゅ、テュマーだ……! ど、どこから連れて来やがったんだ!?」
「ひぃ……!? いきなりそんなもん持ってきて何なんだよお前ら!?」
「……まて。こいつ、香水の匂いがしないか? この匂い――」
店内は別の意味でにぎやかになっていく。
中には不快な香りに混じる香水に気づく奴がいたが、それがなおさらディアンジェロの気分を削いだのかもしれない。
「……な、なんだその……き、汚らしい、テュマーは? どうしてそんなものを公衆の面前まで……」
はっきりと動揺してやがる。笑顔が消えて血の気が青くなった。
でも手は強く握られている――そりゃ今すぐにでも誰かを殴りたいぐらいに。
化けの皮がはがれてきたディアンジェロを見て、俺は続けることにした。
「テュマーがやって来たのは運び屋のせいじゃない、誰かが東の廃墟にこいつを閉じ込めてたからだ」
「き、き、君はつまり、俺がそんなやつを町のそばまで連れ込んだと言いたいのか? 馬鹿げてる! どうして私が町を危険に晒すような真似をしないといけないんだ!?」
「もしかしたらお前は慎重にやってるつもりだったのかもな。ナイツに見つかって黙らせるしかなくなった時点でお前は失敗してるんだよ」
「な――ナイツが!? ディアンジェロさんが殺したって言いたいのかお前!?」
「違う、やったのは運び屋たちだ! この人がそんなことするはずが……」
さすがディアンジェロと言うべきか、住民たちはやすやすと認めたくはないらしい。
それでも信頼における人物が震えあがるのを見て、流石に不信感が回っていくのは確かだ。
「あなたたち、失踪当日のことは覚えてるかしら?」
そこに女王様がすっと言葉を差し入れてくる。
「覚えてるに決まってるさ! 運び屋が来て、テュマーが来て、それからナイツのやつが消えちまったんだ!」
「あいつらが来てから二度とも妙なことが起きたんだぞ!? どう考えてもそいつらの仕業としか思えないだろ!?」
「ええ、そうね。普通だったらそんな状況に居合わせた運び屋が怪しいでしょうけど――」
客のリアクションをそうやって引き付けると、視線で「さあやれ」とばかりに続きを引き継がされた。
その通りにしてやろう。俺は雑貨屋の手帳を取り出して。
「確かにこいつらは怪しいだろうな。でもそう疑ったのはお前らだけじゃない、ナイツもだ。だから雑貨屋でガイガーカウンターを買ったんだ」
「ガイガーカウンター? それがなんだっていうんだストレンジャー!」
「運び屋がガソリンを探して廃墟を漁ってるのを不審に思ったらしいな。ここに書いてある通りに、あいつは雑貨屋で購入して一人で廃墟の様子を見に行ったんだ」
適当な客に投げ渡した。
手にしたやつの周りにぞろぞろと人が集まる様子に、ディアンジェロは身体を強張らせる。
「それは……見に行って当然じゃないのか!? 不審な様子があれば監視するのが彼らの務めじゃないか!」
「ああそうだな、でも不都合だったんだ。地図には嘘が書かれてたんだからな。存在しない汚染地域が一つあるってことだ」
客たちは「カルカノさんの記録だ」とか「ナイツの奴が」とか「どうして下着をこんなに?」だとか口々な様子だ。
次第に俺とディアンジェロの様子を見て、不審なざわめき方に変わっていき。
「……ストレンジャー、どういうことだ? あの地図は確かにディアンジェロさん主導で書き上げたものだが、そこに嘘があるだって?」
ついに一人が訝しんできた。
ご本人がきゅっと口を閉じてにらみつけるのを見て、俺は地図を広げ。
「見ろ、東の廃墟の地図だ。実際にここに向かってみたら放射能汚染なんてされてなかったんだ」
「それは……彼の勘違いだった、とかじゃないのか? 誰だってミスはするはずだろ?」
「そうだな、それはここに何もなければの話だ。でも実際は違う、汚染なんてなかったし地下室が隠されていた」
左腕のPDAと仲良くそれを晒した。
画面には事前にとっておいた例の派手なパン屋の看板が間近に写されている。
次に中も、その奥にあった不気味な階段も全部だ。
「こ、これって……あそこだよな? 気味悪くて誰も近寄らなかった……」
「ほ、ほんとに汚染なんてされてなかったのか?」
「その件だが放射能なんてなかった、と医者から言わせてもらおうか。あったのはここ最近誰かが頻繁に通っていた足跡程度だったかな」
まじまじとその画面を見せると、人だかりの間に動揺が広まった。
クリューサの言葉も混じれば、ようやくひそひそと怪訝に話し合うようになったほどだ。
さあどうする、俺は中身を知ってるんだぞ、まだ苦しい言い訳をするのか?
「――騙されるなみんな! こいつがいってるのは嘘だ! その写真はどうせ別の場所で撮ったんだろう!?」
どうやらまだ足あがくつもりで、ざわめく群衆の前で大きく言葉を上げたが。
「……で、でもディアンジェロ……この変な看板は、どう見たって……」
「あ、ああ……あそこしかないよな。こんな目立つ見た目、ここ以外しらねーよ俺……」
あの変な看板が役に立ってくれたか、偽りようがないと広まった。
ディアンジェロは言葉に詰まって、口をぱくつかせて続きを探ってるようだ。
今ここで証拠を全部出してやってもいいさ。だがまだだ、まだ関心を引く。
「悪い知らせがある、俺たちはついさっきここの中を探ってきた。そこでナイツの死体があったんだ」
「嘘だろ……? な、ナイツが死んだって……」
「遺体も持ってきた。でもひどいザマだ、人間がやったと思えないぐらいにな」
俺は監視者たち、とくにステアーの顔色をうかがった。
陽気な顔に数度は迷いが浮かぶものの、仲間の総意もあって覚悟が決まったようだ。
「……見ろ、これがナイツだ。この場で無理に見ろとは言わないが、ここに真実がある」
外からもう一つの白い包みが持ち運ばれた。
布を貫通するほどの強い燻製の香りがするそれは、おいしい料理が並ぶこの場に釣り合うかもしれない。
でもそれは開くまでだ。誰かが、いや、たくさんの人が駆け寄った瞬間に。
「あっ……へっ……? あ、あっ……あああああああああああああッ!?」
「ひぃぃぃいいいいいいいいいいっ!? な、なんだこの……うえ゛……っ」
「ナ……ナイツだ、間違いないぞ! この髪、この顔の形……!」
「い、いやああああああぁぁぁッ!? な、なんなのこれはァァァ!?」
客の分だけの阿鼻叫喚に変わってしまった。
腰を抜かして逃げる、振り向いて吐き出す、放心して眺める、パニックを起こして丸くなる――あらゆる反応が集ってる。
「待て、信じるなみんな! こんなひどいありさま、やったのはあの運び屋たちで……」
その中にもちろんディアンジェロもいたが、笑えない顔で壁をわなわな見つめていた。
少し待った、何人かの人間が落ち着くのを見計らって。
「ナイツがガイガーカウンターを買ったとき、そいつでバレると思って焦ったんだろうな? 雑貨屋に行って在庫がないか店主に尋ねたらしいな?」
続きを尋ねるが、はっと我に返ったそいつは。
「――いいや! 俺は雑貨屋でそんなことは尋ねちゃいないぞ! いや、確かに雑貨屋にはいったかもしれないが、ちょっとした買い物に寄っただけで……」
確かにそう言ってしまった。
すると、後ろで酒場の扉がぎぎっ、と弱弱しく開く音がして。
「……この男のことを信じるんじゃない。そいつは確かに私の店に来たぞ! ガイガーカウンターがないかと必死の形相で尋ねたのも忘れるものか!」
見ればカルカノ爺さんがそこにいた。宿のおっちゃんに支えられながら来てくれたようだ。
穏やかな顔は怒りに染まってる。それが功を成したのかディアンジェロはたじたじだ。
「つまり真相はこうだ。ナイツは知っちゃいけない場所を知った、それがこの汚染地域モドキだ。だからお前はカルカノ爺さんに尋ねて慌てて追いかけた。そして見つかったんだろ? その結果が――」
更に続けた。今度はクラウディアがナイツの変死体の頭を探って。
「クリューサの検死の結果によると45-70の弾を頭部に受けたことによる即死とあるぞ。この弾は狩人が良く使ってる弾らしいな?」
混乱を過ぎてすっかり聞き入り始めた客たちに問いかけた。
強く反応したのは一部の層だ。さっきディアンジェロと絡んでた連中だ。
「……45-70っていや、ディアンジェロの銃だよな?」
「あ、ああ……俺たちが使ってるのはみんな308口径だ、そうじゃないと弾が貫通しねえ」
「あれで仕留めるのはあいつだからこそ、だよな。じゃ、じゃあ……」
いい言葉を作ってくれた。不審な目で恩人を見始めたからだ。
それに手帳には間違いなく購入履歴に弾の種類まで残ってるんだ、逃れようがない。
「そ、その弾を使っているのは別に俺だけとは限らないだろう? それこそ運び屋だって」
「悪いな、俺たちは身軽なもんでな。小銃よか拳銃やらの方が似合ってんだ」
苦し紛れに運び屋たちに矛先が向くが、ハーレーたちは獲物を見せてくれた。
拳銃に切り詰められた散弾銃、狩りなんかに合わないそれが証拠だ。
「ディアンジェロ……お前……」
誰かがはっきりとそう疑って、さぞ肩身の狭い思いをしてるだろう。
町の連中の不信感は上昇中だ、畳みかけるぞ。
「し、しかしだな!? まだ他に同じ口径の銃を持ってる人間がいるかもしれないだろ!? 町ごと洗いださないと俺の使ったものだと断定できないじゃないか、言いがかりだ! そ、それにこの死体の有様はなんだ? どうして俺がここまでやらないといけないんだ!」
「そうだな、考えが三つある。死体を処理するのが面倒だったか、それかご馳走したかったか、それか」
次の言葉に、俺はナイツの死体を指で示す。
ちょうど噛み跡が残るところだ。好奇心のある客がまじまじ見始めたので。
「両方だ。死体を処理して、ご馳走もできて一石二鳥か。まあ口には合わなかったみたいだがな」
「この噛み跡……まさか、そのテュマーが? いやしかしどうしてテュマーなんか――」
そいつに向けてカメラを手渡した。
さすがにこれはいけないと思ったのか咄嗟に相手が手を伸ばすが、ステアーが払いのけた。
「みんな、そのカメラを見ろ。そこにすべての答えがある」
保安官の硬い一言を受けて、みんながぞろぞろと寄っていく。
一方でディアンジェロは、後ろめたそうにかさかさと壁際の方へ引いていき……。
「…………おい、冗談だろ」
「なんだよこれ……うわ……嘘だと言ってくれ……!」
「ディアンジェロ、お前これはどういうことだ? なんでお前……」
「そ、そうか、この手帳に書いてある香水に下着……こいつに使ってやがったのか……!?」
「そういうことだったのか! やっと分かった! 一週間ほど前からずっとこいつが信号を……!」
関心を引いたネタはあっという間に広まっていく。
ぶちまけられた情報から答えをくみ取った連中もいるようだ、これでもうこいつの逃げ場はないに等しい。
「こいつは地図上にあった偽物の汚染地域でこいつを閉じ込めていた。そりゃ帰りが遅くなるほど一方的に愛し合ってたみたいだな? 大方、バレるか不安になって大量に摂取したリフレックスのせいで繁殖欲が高ぶってたんだろうな?」
「……香水の匂いがしたのも、帰りが遅いのも、そういうことだったのか?」
「嘘だと言ってくれディアンジェロ、お前はそんな……」
ディアンジェロに近づいた。また一歩下がっていった。
「つまり真相はこうだ。どっかからさらってきたテュマーを監禁したもののそいつを知られた、だからナイツを殺したんだ。そしてちょうどよく運び屋がいたわけだ、車の部品を抜き取って動けなくした、大量の岩塩を運んでるから足なしじゃスティングにたどり着くわけがないからな? 住民が疑われようが運び屋の落ち度が疑われようが、どっちにせよお前にとっちゃ幸運だ」
そこに追加だ、運び屋たちがせっせと木箱を運んできてくれた。
整然と揃えられた車の部品がそこにある。さんざん疑われていた住民たちは、まさかというような顔だ。
「おう、その隠れ家とやらにこいつがあったからな。随分器用にとってくれたじゃねえか? ああ?」
「こ、これって車の部品よね……? なんでこんな……?」
「ディアンジェロがやったっていうのか、これも……」
「都合が良かっただろうな、こいつの信号もキャッチしてテュマーが北から来たんだ。擦り付けるのはちょうどいいだろ? こんだけみんなに信頼されてるお前のことだ、その気になればいくらでも濡れ衣はかぶせられる」
俺は背中の散弾銃に手をかけた。
回りの視線が完全に不信感へと変わっていくと、サイコ野郎は引く――が、そこに待ち受けるのはロアベアだ。
「……馬鹿げてる、馬鹿げてるぞ」
そこから放った一言といえば、相変わらず否定の言葉で。
「俺が、そんな、き、汚らしいテュマーの為に罪を犯したと言いたいのか、君は!? この町のためを思ってるんだぞ私は! なんなんだ、よってたかって私を疑って、そんなしょうもないものの――」
「……ノルベルト!」
いいだろう、俺はノルベルトを呼んだ。
一瞬「俺様が?」というような顔をされたが、手にしていた戦槌をさして。
「そいつを貸せ」
「これか? 何に使うのだ?」
柄を突き出されたので分捕った。
オーガがその使い道を尋ねるより早く、自分のより大きく重たいそれを全身で持ち上げて。
「そうだな、こんなしょうもないものは念入りにぶっ潰すべきだよな? オラァァァッ!」
「……ま! 待て! やめろォォォォォッ!」
床に伏すテュマーの顔面へとぶちこんだ!
かなりの重さのある槌がその鼻先に落ちると、凶器たりえる重みを得たそいつは――もういうまでもないだろう?
酒場に生々しい粉砕音と、手元へ相応の感触が伝わった。
『ひっ!?』と声を引かせるミコには気の毒だが、もうそこにはきれいな顔が残っちゃいない。
「二度と信号を送れないようにしてやってもいいよなァ!?!」
周りが全力で引いてる、ノルベルトも顔をしかめるほどだ。
構わずもう一撃を加えようとするも。
「て……テメエエエエエエエエエエエエエエエエッ! いい加減に、しやがれええええええええええッ!」
ついにディアンジェロがキレた!
腰から回転式の拳銃を引き抜かれた。すさまじい速さだった。
しかし狙いは俺ではなく……その後ろにいたロアベアで。
「う、動くな! 動くんじゃねえクソども! よく、よくも俺の嫁をぶち殺してくれたな! ええ!?」
軽々とした身のこなしを生かして、その横合いから銃口を突き付けた。
きっかけができればその頭をぶち抜けるだろう。できればだが。
「お~……捕まっちゃったっす皆さま~」
「ふざけやがって! ふざけやがってよぉ! お前ら!? お、お前さえ、ストレンジャー、お前さえ来なきゃ二人でいつまでもいられたってのによぉ!」
そのまま、ディアンジェロは引いていく。
店の外へ――しかしまあ、人選ミスって言葉がある。
「許さねえぞ! いいか、動くな! このまま出てって、お前に復讐してやる! お、俺の嫁を、無残に殺しやがって! くそくそくそくそっ――」
支離滅裂な言動のまま、よだれも垂れた怒り顔でお帰りになろうとしたらしいが。
「あっ、ディアンジェロ様。うちの頭は狙ってもあんま意味ないっすよ?」
――ごろん。
次の瞬間、銃口の先から生首が落ちた。
首無しになったメイドを間近に、そいつはしばらく固まって。
「…………は? ええ? あっ……」
真っ赤に染まった顔が今度は真っ青に変わっていく。
銃が逸れるのも仕方ない。メイドの身体がその隙にするりと抜けて。
「そういうことだ、さよなら。人選センスっていうのはどうも大事らしいな?」
三連散弾銃を構えた。
向かう先はディアンジェロの腹、速攻で狙いを重ねると。
「――あっ、まっ、まってくれストレンジャー! ああそうだ俺がやったんだ、俺がっだからまず話を聞いて」
*Baaaaaaaam!*
トリガを引いた。人体のど真ん中をぶち抜かれたディアンジェロが、開きかけの扉からダイナミックに締め出されていく。
まだだ。しっかりとどめを刺してやる。
後を追えば、街灯の明るさの下で腹を真っ赤にしたまま宙をもがいており。
「お……あ……エヴァ……たすけ……」
まだ何か言っていたので、構わず胸元に銃身を傾けた。
最後に見たその顔はさぞ怯えていた。それこそ、エヴァの名前を忘れるほどに。
「あ、く、くそ、まだ死にたくない神様たすけ」
*Baaaaaaaaam!*
ぶっ放した。これでもう二度と続きの言葉は世に出回らないだろう。
「……まさか、あいつがそんなことを」
「……くそっ、信じてたのになんてやつだ。ずっと、いい奴だと思ってたのに」
「うそでしょ……? 信じられない、そんな人だったなんてずっと気づかなかった……」
「どうすんだよ、テュマーが来るってことだよな……? な、なんてことしやがったんだ、あのイカれ野郎……」
そんな死に様に文句を言うやつはいないらしい。
あるのはとんでもないものを残してくれたことに対する不満と絶望だけだ。
「ははっ……次はテュマーだって? 一体どうなっちまうんだ、俺たち……」
弔われそうにない方の死体の前で、ステアーがそう言うように。
◇
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