魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

誰が真相を告げるのか?

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 ステアーの奴が正気に戻るまで、どれほど経ったんだろう?
 階段の上から気の毒な声が消えるまでしばらくを要して、ニクが手の空いた監視者をここに連れてきて、それでやっと調査は進んだ。

「……むごすぎるぞ。あんまりだ」

 やっと地べたに降ろされたそれに、初めて口にしたのはクラウディアだった。
 目も舌も欠けた表情に布をかぶせて、流石のダークエルフも気分が悪そうだ。

「畜生、あいつは一体ここで何をしてたっていうんだ? なあ、ナイツ……?」
「なんてことしやがるんだあのクソ野郎。人間を何だと思えばこんな……」

 ステアーもどうにかその姿に打ちひしがれてる。部下に支えられながらだが。

「……クソ。また食人か? いい加減にしろよ……」
『ひどいよ、ひどすぎるよ……! 何なの、あの人……!?』

 その一方で俺はどうだって? 言うまでもないだろ、クソみたいな気分だ。
 もう俺はカニバリズムと絡んでしまう人生だっていうならそれでいい。
 だがこいつはなんだ? いいやつと思ったらテュマーを飼っていて、しかも人間で燻製を作ってるだって?

 正直こう思ってたさ、ナイツとやらがまだ生きてればってな。
 回復魔法が使えるミコもいるし、頼れるクリューサだっている、瀕死だろうがまだ息の根があれば助かる――そう思ってたんだ。
 実際はこれだ。死体が残ってるどころか、おいしく加工されてました、だ。

「今から念のため遺体の状態を調べるぞ。構わないなステアー?」
「……ああ、頼むよ。頼む……」

 最低の景色だが、クリューサが四肢も顔も損ねた人モドキを調べ始めた。
 死体の仲間入りを果たせそうなぐらい顔色の悪いステアーはなすがままだ。
 きっとナイツとは仲が良かったんだろう。あの陽気さは残っちゃいない。
 ……いつまでも死体の心配をしてる場合じゃないか。そう思って俺もあたりを探ろうとすれば。

「ん。ご主人、こんなの見つけた」

 いつのまに部屋をごそごそ探っていたニクが何かを持ってきた。
 ダークカラーの小さなカメラだ。本体よりも主張の強いレンズが、戦前のつくりをアピールしている。

「なんだそれ? カメラ?」
『ニクちゃん、それどうしたの……?』
「あいつの匂いがしたから探した。机の中に隠してあった」

 どうも鼻を頼りに見つけ出してくれたらしいが、こんな状況で出てくるカメラなんてろくでもないに違いない。
 部屋の隅を何度見てもそこにあるのは檻、そして中で安楽死させられた女性のテュマーだ。
 そこに下着やらいかがわしいものを並べれば、嫌な想像は無限に働く。

「ありがとう。気が進まないけど見るしかないだろうな」

 グッドボーイから受け取った。スイッチが幾つもあるが使い勝手はなんとなく分かる。
 画像モニターを引っ張って傾けると、俺はさっそく記録を辿るが。

【私はディアンジェロの親愛なる妻「エヴァ」です】

 最初に目に入ったのはえらく達筆でそう書かれたボードだ。
 問題は手にした人物がきわどい下着を着せられた女性のテュマーで、赤い瞳のまま無理やり前を向かされてること。
 そしてその後ろで愛人の首を絞め、肩に顎を乗せてにこやかにする全裸の黒髪姿が一人。
 ボードにはこれでもかとたぷたぷと満たされたコンドームが――ファック!

『……う゛っ……』
「……まともな性癖じゃないことだけは確かだ。クソ野郎」

 カニバリズムだけじゃなくネクロフィリアの気まであるのか?
 ディアンジェロとテュマーの織りなすねっとりとした忍び逢いは何百枚と記録されてる。
 ざっと見て分かるのは、嫁をきれいに仕立て上げて暴力を振るうのがお好みだってことだ。

「ねえ、部屋の物入れにこんなのがあったんだけど――」

 すぐそばで死体が検められる中、この地獄絵図で物色してた女王様が木箱を抱えてくる。
 重たそうな箱の中身はきれいに何かの部品が敷き詰められていた。
 俺の知識じゃ分かるのは車のバッテリーぐらいだが、とにかく分かるのは車を動けなくするには十分なことぐらいで。

『これって……車の部品? じゃあ……!』

 目の当たりにしたミコがそういった。
 そうか、こいつは運び屋たちの車の部品だ。
 ステアーも確かめるが、「なんてこった」という顔からしてその通りらしく。 

「そういうことか、あいつはハーレーを引き留めてやがったのか」

 そいつの物言いではっきりとした。車の部品を盗んだのはディアンジェロだ。
 それはつまり何か理由があったからだ。運び屋たちを留まらせる理由は――

「まさか、あいつらになすりつけようとしたのか?」

 俺はクリューサがゴム手袋越しに触れる、あの監視者の死体を見た。
 永遠に横たわるテュマーもだ。謎の失踪、テュマーの出現、その真実がここにある以上はあいつの言動にある理由が生まれる。

『街の人たちを促して、やたらと運び屋さんたちに責任を押し付けようとしていたのも、これを隠し通すためだったから……?』

 そうだ、ミコが言うようにハーレーたちへの過剰なまでの態度も全てこれだ。
 まずは運び屋の到着。この時点ではまだお客様扱いだ。
 次にナイツの失踪。その日来た運び屋を怪しがっており、ガソリンを求める彼らの素行を探ろうとガイガーカウンターを買って野外に出ていた。
 ところがディアンジェロはここの存在を知られてしまう。殺すしかなかった。
 そしてその直後にテュマーの接近。こうして謎の現象を二つ抱えた町はその原因を気にするはずだ。

「ああ、あいつはたぶんナイツを殺して隠そうとしたんだろうな。どうして燻製にしたのかはまあ分からないけど、そこにいいタイミングで運び屋がいた。そして――」
「直後にテュマーが来た。その原因はこれで、あの人たちはお客様から二つ分の謎を押し付けるいいカモになったってわけね」

 考えてると、女王様がおめかしされたテュマーを棒で突きながら入ってくる。

「……ガイガーカウンターを手にしたナイツを見てあいつは焦っていたんだろうな。雑貨屋に在庫の確認をしにいったのがその証拠だ」

 だいぶ落ち着きが戻ったステアーが静かにナイツと向き合った。

「運び屋たちは当時、ガソリンを探しに廃墟を彷徨ってたらしいな。それを怪しく思ったこいつがたまたまここに当たってしまったんだな」

 町のためを思っての結果にしてはひどすぎるそれは、今や答えを出している。
 女王様が気の毒そうに保安官の肩を優しく叩くと、床に置いた車の部品を吟味し始めた。

「きっと殺めた直後にハーレーたちを見てすぐに思ったでしょうね、こいつは使えるって。そのころから既に濡れ衣をかぶせる気はあったけど、幸か不幸かこれのせいでテュマーが押し寄せてきた――実に都合がいいじゃない」
「自分のミスを全部押し付けられるならおあつらえ向きだな。大量の商品を運んでるから車がなきゃまともに運べない、それなら足を潰せば簡単に足止めできる」
「ええ、それにああまで町の人たちに信頼されてるもの。タイミングもあわさって身動きのとれないところをフルボッコよ」

 俺とヴィクトリア様がどれだけ考えようと、ディアンジェロの罪は明らかだ。

「――殺人の不安によるものだな」

 そこへ、クリューサがやって来る。
 例の『リフレックス』の青と白の吸入器を手にしていて、ベッドのそばに大量のそれがあることを顎で示し。

「殺人後のストレスでこいつを大量に吸うことは珍しいことじゃない。夜に雑貨屋で大量に買い込み始めたみたいだが、ナイツが戻らないことに住民たちが気づく頃でもあるだろうな。その心配事をかき消すためならこいつは便利だ」

 購入したドラッグの正体も判明した。不安による大量摂取だ。
 だが「それと」とお医者様は檻の方を見て。

「禁断症状で異常なまでの性欲の増大がある。これほど臭うまでにお盛んなんだ、それは帰りも遅くなることだろう」

 九ミリ弾で強引に安楽死させられた美女のテュマーをみた。
 ディアンジェロ好みにカスタマイズされたゾンビは、今も香水混じりの生臭い香りを発している。

「もともとよく愛でてたらしいんだから遠慮なくに発散できるわねこれ。ゾンビを着せ替え人形みたいにするなんてあっちの世界でもねーわ……」

 女王様の見る先には雑貨屋の手帳にもあった女性用の服や下着、香水の瓶がきれいに整えられてた。
 そいつをどう使って来たかはカメラを探ればいくらでも判明するが、できればもう見たくない。

「つまりあいつは前からここでテュマーと愛し合ってたわけだ。一方的にな」
『……お店で下着とかが購入されたのが一週間ほど前だから、そのころからここに閉じ込めてたんだろうね』
「この地図はいつ作られたのか分からないけど、どうであれ計画的なのは確かだ」

 俺と相棒にろくでもないものを見せてくれた忌まわしいカメラを、女王様とステアーに投げ渡す。
 すぐに中身を確認したようで、二人は「うわっ」とかガチで引いている。

「……よし、聞けお前たち。死因が分かったぞ」

 性的な臭さと香水の香りと人間の燻製の匂いが混じる部屋で、死体を見ていたクリューサが言い出した。
 横たわるナイツの顔を持ち上げると。

「死因は大口径の銃弾による銃創だ。頭部に着弾、後頭部が衝撃で爆ぜている」

 頭蓋骨ごとかなり損なわれた、頭部側面を見せてくれた。
 指で脳みそを掻き出せるほどに大きな穴が開いている。少なくとも分かるのは、頭の中身はぐちゃぐちゃになることだ。

「……結果は見ればわかるさ、即死だろ?」

 そんな医者的な言葉にステアーは不愉快そうだが。

「まあ聞け。使った得物の口径も分かったんだ、こいつは45-70弾だ」
「よくわかるじゃないか、お医者様。どうすればそこで知れるんだ?」
「ストレンジャーがそいつで何度も死体を作ってくれたからな。見る機会には恵まれてた」

 あろうことかクリューサ先生は何で撃たれたかまで割り出してくれた。
 その説明にはちょうど俺の背中の三連散弾銃があって、こいつのライフル弾で作った死体が役に立ったようだ。

「一応聞こう、街で45-70弾を使うやつは?」

 俺はナイツの死体がそっと床に戻されるのを見てから、ステアーに尋ねる。

「ああ。そいつの弾の威力なら狩人どもだな、だがミュータント相手だと貫通力が足りないんだ。よっぽど腕がいいやつでもないと難しいし、もっぱら308口径が主流なんだが」

 返事として出されたのはずっと背負っていた小銃だ。
 監視者たちが使ってる308口径のシンプルな銃で、口径があわないのは確かだ。

『カルカノさんのお店の手帳に書いてたよね? 45-70の注文があったって』

 そう、ミコが今言ったように当てはまるやつがいたじゃないか。
 ディアンジェロだ。あのレバーアクション式の小銃が凶器だ。

「ああ、凶器はあいつの小銃だ。となると――」

 俺は死因を突き止めたところで、今度はナイツの死体を見る。

「あいつは人間を食うような奴だったのか? 目撃者を殺すならともかく、そのまま燻製にする理由は?」

 不可解な点の一つとして、一体どうしてこいつが加工されたのか。
 あんな顔を振りまいておいて実は人肉を好むきらいでもあったのか? そんな疑問がこの場に満ちていくが。

「いいや、あいつは人食いじゃない」

 またもクリューサが断言する。

「なんでそう言いきれるんだクリューサ、人間が食べられるように加工されてるんだぞ」

 当然クラウディアがそう挟まるが、お医者様は落ち着いた様子でナイツの身体をまさぐった。
 そのうち、背中や腰あたりが欠けてるのが分かる。
 更に悪いことにうっすら歯形のようなものも刻まれており。

「犠牲者の身体を見ると噛み跡が幾つもある。大きさからしてあいつのものじゃない、むしろ――」

 すぐにディアンジェロが嗜んでいたわけじゃない理由を指す。
 嚙み跡の原因はそこにある、とばかりに向かうのは――あのテュマーだ。

。そういうこと?」

 女王様が嫌そうに聞くが、クリューサは何も言わず頷いた。
 そういうことだ。テュマーの餌にしてやがったんだ。

「証拠隠滅を図ろうとしていたのか、そこまで極まったサイコパスなのかは測りかねるが、どうであれご馳走しようとしていたらしい」
「……ふざけやがって、俺の部下がテュマーの餌だって言うのか……?」

 ひどすぎる事実の積み重ねに、ステアーがわなわなと震えている。
 気の毒な話すぎないか? 同僚が、まして目にかけてたやつがこんな末路を迎えるんだぞ?

「……これであいつがやらかしたのは分かった、じゃあ最後の俺の疑問だ。このアルミホイルはなんだ」

 この世界に来て相当な死に方から、今度は檻を見た。
 剥がされたぐしゃぐしゃのアルミホイルがある。雑貨屋で注文された奴だと思うが。

「おそらくだがテュマーの発する信号をシャットアウトしようとしたんだろうな」

 保安官の部下が呆れた口ぶりを見せた。
 そんなことができるのか? という視線が集うも。

「もちろん、俺たち監視者はそれくらいで遮断できないことぐらい分かるはずだ。そもそもの話テュマーが全身が発信機みたいなものだ、頭覆って電波を止められるならアルミホイルは150年前に売り切れてるさ」

 謎がまた解けた、あいつは救難信号をどうにかしようとしてたんだ。
 だがその意味はなかった。なぜならテュマーが来てしまったからだ。

「……なんてこった、じゃあ、一週間以上も前から送られ続けていたってことか?」

 そこから導き出される答えはステアーのなおさら青ざめた顔にあった。
 つまり、こうだ、信号はとっくの昔に送られていて、もしかすればテュマーたちの巣食う廃墟まで届いてるかもしれないと。

「おいおい……ってことはなんだ、ここにテュマーが押し寄せてくるのか?」

 俺にとっても最悪だ。一つはこの町に襲い掛かってくることだが、もう一つは旅路の妨げになりえるからだ。
 認めたくない事実を尋ねるも、保安官の表情は不安で頼りなく。

「思えばあの時来たのは偵察だったに違いない、だとすれば……もしそうだとすれば、あのクソナノマシンゾンビどもは大挙してやって来るだろうな」
「つまり今からお邪魔しに来ようがおかしくないんだな?」
「……分からん。だが1つだけはっきりしてることがある、それは」
「ディアンジェロが全ての元凶ってことね?」

 そんな姿を繋ぎ止めるように女王様が階段へと向かう。

「みんな、よく聞きなさい。テュマーの侵攻が気がかりだけど、それよりもこのまま彼の行いを住民たちの前で明らかにするのが先決よ」

 この状況で発した一言といえばそれだ。
 犯人がまだ起きていて、街の奴らも元気に騒いでる今がチャンスだと。

「無理やり捕まえてぶち殺すっていうのもありだけど、それじゃだめよ。この町を健全なまま保ちたかったら、あいつの悪行を知らしめて公衆の面前で処さないといけない。納得の行く死を与えなきゃスピリット・タウンはここでおしまいよ」

 さすが女王様だ、頼もしい言葉で説明してくれた。
 確かにそうだ。住民たちがあいつに味方していて、本人は運び屋たちに疑いの目を向けさせるほどに扇動してる。
 このまま強引にぶち殺せばそれはそれで終わるだろうが周りが納得するか……? そうだ、しかるべき事実を伝えるべきだ。

「なるほど、じゃあ誰があいつに突きつけるんだ?」
「そりゃ決まってるでしょ、あなたよ」

 じゃあ誰がやるんだ?と尋ねた矢先に向かうのは俺だった。
 ……ん? 俺?
 ステアーあたりを指名すると思ったが全然違う上に、なぜか回りもこっちを見てる。

「考えて見なさい、あいつはこの監視者たちよりも信頼されてるのよ? それだったらあなたみたいなやべーやつが一番いいのよ」
「そうだな、俺たちならともかく、外で名を馳せてるストレンジャーなら効果はてきめんだろう。そもそもあいつはお前を恐れてるからな」
『……確かに、いちクンがいいかも。あの人、すごく怖がってたし……』

 なんで俺が、と言いかける前にミコまで加わってしまった。

「お前まで言うのかミコ」
『たぶんだけど、事実を探られると思って心配してたんだろうね。あの時の表情はそんな気持ちがあったんだと思うよ』

 いや、でもそうか。あいつは間違いなく俺にビビってたし、どうであれ不都合な存在なのは変わりないんだ。

「つまりだ、俺にになれってか?」

 いつぞや言われた言い回しを思い出して、階段に足を運んだ。
 不愉快なものを見せてくれたお礼もしてやりたいしな。一発ぶんなぐるどころか腹に散弾ぶち込んでやる。

「戦車よりも楽だろう? お前の大嫌いなろくでなしが一人いるだけだ」
「事実を打ち明けるなら人を集めた方がいいぞ。私が運び屋の連中を連れてくる、みんなが引き留めてる間に酒場へ向かうんだ」

 クリューサもクラウディアも乗り気だ、あいつをぶちのめせといってる。

「任せろ。クリンに次いでひどいもん見せてくれたお返しをしてやりたかったんだ」
「よし、頼んだぞストレンジャー。街に来るであろうテュマーの対処はあとだ、とにかくあのクソ野郎をぶちのめしてくれ――できるか?」
「そういえば穏便に済ませろって言ってたな? 破っていいのか?」
「あいつはもうここの住民じゃない、ただのサイコ野郎だ」
「じゃあ問題ないな。深夜の酒盛りをあいつの黒歴史暴露パーティーにしてやる」

 決めた、お楽しみ中のところにサプライズをぶっこんでやる。
 きっとあいつらがまだ引き留めてるところだ――俺は檻の中に残されたテュマーを見た。

「おいステアー、ディアンジェロの嫁連れてくぞ」
「……こいつを? 何しでかすつもりだ?」
「嫌なもん見せてくれたお礼だ。布で包んで地上に運んでくれ、急げ」
『……いちクン、ほんとに何するつもりなの……?』

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