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広い世界の短い旅路
エクストリーム知らぬが仏
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「おっちゃん、その人誰?」
みんながそれはもう美味しそうにビーフシチューを食べる中、俺はいかつい姿に聞いてみた。
店に入るなり席についた白髪の老人は湯気で眼鏡を曇らせてるところだ。
「隣の雑貨屋の店主だ」
「そうさ。私は隣で店開いてるしがないジジイだ、噂のストレンジャー殿。そこの金払いのいい自称女王様には世話になったよ」
「紅茶をありがとうおじいちゃん、おかげで人生は豊かよ」
「豊かね、私からすれば売れど売れど中々豊かにはならないんだが――いやウマイなこれ!?」
おっちゃんと本人が言うには、どうやらあの雑貨屋の店主らしい。
女王様に気さくに接して、それでいて周囲に物動じないメンタルは流石だと思うが。
「ふふ、いかがですか? ウェイストランド風クレイバッファローシチューですわ」
「これは……うん、驚いたな。久々に肉とベリー以外を食った気がする、こんなに深い味わいの食べ物を食べるなんて人生で初めてかもな」
「ポテトパンもありますわよ、いっぱい召し上がってくださいませ」
「ポテト……パン? ふむ、粉末じゃない本物の芋を使っているのか? 外はカリっとしているのに中はもちもちとしている……もしや南で作られているという作物か? 150年ものではない本物の食べ物だ」
「小麦粉とマッシュポテトを織り交ぜて作った飢渇の魔女特製のパンですの。お気に召しましたかしら?」
「うまいに決まっているだろう。おいレッド、お前さんいつの間に料理なんてできるようになったんだ? これも指導の賜物か?」
「この子に教わったことをそのまま成しただけだ。何もしていないに等しい」
「いいえ、確かにあなたがつくったのですよ? 胸を張ってくださいまし――あっレシピも書き残しておきますね! じゃがいも料理も百種類ほど!」
リム様……と宿のおっちゃんの作った料理をよく味わっているようだが、実にちょうどいいところに来てくれたと思う。
さっそくロアベアのメイド姿がてくてくとそばに近寄っていく。
「雑貨屋のおじいさん、ちょっといいっすか?」
「おや? 昼間のメイドじゃないか、もしやお前さんここで働いてるのか?」
「従業員じゃないっす、旅のメイドっすよ。あひひひっ」
「この頃のウェイストランドはメイドもさすらうのか、おかしくなったものだ。で、こんなしがないジジイに何の用だ?」
「あのっすね、ディアンジェロ様について少々お伺いしたことがあるんすけど」
にやつくメイドが愛想を振りまいて例の件について尋ねた。
ところがそのお返しといえば、なんだか具合が悪そうな老人の表情で。
「あー……彼のことか? 確かにディアンジェロさんは魅力的な男だが、店の顧客の情報を教えろというのなら答えるわけにはいかないぞ」
にやっとした顔にあわせることもなく、目の前のシチューに向き合った。
言葉の調子もさっきまでの柔らかさはない、来るもの拒む、な態度ではっきりと断ってる。
「そんな~……あのお方の人柄だとかが気になるから、おじいさんにちょっと教えて欲しいだけなんすけど~」
「ダメなものはダメだ、私は商品もそうだが客こそを大事にしてるんだ。その日来た人の顔も覚えてれば何を買ったかまで細かく記憶しているが、たとえチップを積まれても個人の情報は渡せないな」
「……最近あの方の体調がすぐれないとお聞きしたんすけど、そのことを気にかけた監視者の方々からお願いされたんすよね」
しかしロアベアもロアベアだ、あきらめることなく尋ね続ける。
言われて「本当か」と、柔らかい肉を頬張る雑貨屋が俺たちを見てきた。
「お前たちがか? 一体なんだって他所のもんにそんなことを任せたのやら」
「そうなんすよね~、この頃はお忙しいご様子で中々手が回らないそうなんすよ。失踪された方もいらっしゃって、そこでうちらの出番ってわけっすよ」
実際のところは「ディアンジェロが怪しいから調べろ」だが、ロアベアの言う通り「彼が心配です」路線でいこう。
俺はとろとろに煮込まれた肉を一口で飲み込んで。
「そいつの言う通りだよ爺さん。近頃といい昼間の件といい、あいつの様子に少し違和感を感じて心配してる人がいっぱいなんだ。あんたも違うか?」
硬くなった顔にそれらしく問いかける。
やや効果はあったのか、雑貨屋の老人はスプーンを置いて。
「それは……まあ、私も気になるんだが。いやしかしだな、私から一体何を聞こうって言うんだ? そこが問題なんだが」
いそいそと手をつけていたシチューも忘れてこっちを見てきた。
なぜか戸惑った様子だ。後ろめたい何かが隠れてる気がする。
「ちょうどよかったわ、おじいさん。単刀直入に言っちゃうけど近頃ディアンジェロさんが店で購入したものは覚えてるかしら?」
その場に女王様も絶妙な場所から割り込んできた。いきなり深いところにまっすぐダイブだ。
「あ――か、彼が何を買ったかだって? それこそ私が大事にしてる顧客のことじゃないか、悪いがそいつに関しては答えるわけにはいかん
「ねえ聞いて。あなたは店が大事かもしれないけど、彼はこの町にとって重要な人物なのよ? 何か取り返しのつかないことが起こる前に知る必要があるの」
「しかしだな、そんなことを教えたところでお前たちはどうするんだ? 医者か何かでもあるまいし」
「医者? 良かった、ちょうどここにお医者様がいるの。ねえ先生?」
金髪の美女が次々と織りなす言葉に雑貨屋はたじたじだ。
そこに「呼んだか?」といい頃合いでクリューサも混じってきた。
「クリューサだ、こいつらの体調と馬鹿と面倒に付き合ってやってる医者だ。ディアンジェロさんの心身の様子を見る限りは『リフレックス』の影響らしいな」
そういいながらこの場で医療物資でいっぱいの鞄を開いて見せると、相手の顔はますます焦りが浮かぶ。
やっぱり何か大事なことが隠れてたみたいだ。お医者様はがさごそと例の吸入器を取り出し。
「アリゾナにおいて戦闘用ドラッグはありふれた品だが、それを過剰に売りつけたりして薬漬けにさせたのなら咎められるようなことだろうな。重要人物の体調を損ねた人物となればなおのことだ」
クールになれるお薬をカウンターに置いた。
雑貨屋の顔も負けないぐらいクールになったが、お行儀よく食事をしていたノルベルトもずんずんやってきて。
「クリューサ先生よ、この雑貨屋の主は求められていただけで悪意をもって売りつけたわけではなかろう? 疑いすぎではないか?」
多少演技臭さのある調子で言葉をねじり込んでくる。
楽しんでやがるなこいつら。実際、クリューサは「ふっ」と鼻で笑い。
「ノルベルト、お前は甘いな。薬は毒にもなりえるのは存じてるだろうが、気に食わないだの憎いだのと都合の悪い人間を薬漬けにして苦しめたり殺めたりする手段なんて古今からある手口だ」
「おお、彼を疑うというのか? ご老人がディアンジェロ殿を害するつもりでいたとでも?」
「直接的に作用する原因が薬しかないからな。俺が知りたいのはこの雑貨屋が薬を売っているかどうかという――」
「落ち着くんだ二人とも。こんな食事の場で、このご老人が悪意を持って薬を売っていると疑うのか? 行儀が悪いぞ」
「わっ……分かった! 分かった、話せばいいんだろう!? 私はそんな事なんてしないし今回は口にしづらい事情があるんだ!」
クラウディアまでもが混ざった芝居つきのセリフが行き交う最中、雑貨屋がとうとう折れる。
よっぽど大事にしまっておきたい話があったのか、ここまで引きずり出された老人はしばらく考えこんで。
「いいか、店で薬を取り扱ってるのは間違いないし、大量のリフレックスをあの人が買っていったのも事実だ」
「なるほど、つまり薬漬けになる原因は目の前にいると思ってもいいだろうな」
「そう思っても構わんさ。だがお前たちの言うように、彼の様子がとてもおかしくてな」
お医者様の突き出すドラッグに目もつけず、俺たちを前になにやら静かに震えだした。
ただ事じゃない理由がここにありそうだ。
「俺もだ爺さん。どうもお互い彼に対して違和感を感じてるらしいが、一体何があったんだ?」
人に言えない事情を抱えてしまった姿におっちゃんも気にかけてきた。
そこまで言われてしまって、とうとう話す覚悟になったのか。
「分かった、話すさ。それに自称女王様にはこれでもかと商品を買われて、これほどうまい食事をごちそうしてもらったんだ。応じなければ私が不義理になってしまうな」
周りと、それから手元のシチューを見て、どうにか平静を保ちながらも答え始めた。
「良く聞いてくれ。この頃の彼は内密に、誰にも口にするなと釘をさしたうえで商品を買っていくんだ。リフレックスは在庫がなくなるまで買い占めるし、それだけならまだしも不可解なものまで手を出すんだぞ」
ようやくひねり出された言葉が「不可解なもの」か。
大量のドラッグ以外に何を買った? まさかそこに香水があるのか?
「不可解なものってなんだ?」
「その不可解なものという単語の中には香水は含まれるかしら?」
不安の募る表情へと、俺はヴィクトリア様と一緒に尋ねた。
間違いなくその中にある単語に反応したのか、雑貨屋は驚いて目を見開き。
「……その様子だとやはり何かただならぬことがあったみたいだな。そうだ、そういった訳の分からないものまで買い込むのさ」
女王様の予想は的中した。あいつは間違いなく香水を買ってやがる。
「誰にも口にしないってサービスを付けた上でか?」
不審な様子と繋がっているかどうかまで確認するが、相手は頷いてる。
「……ちょっと待ってろ、実際に見た方が早いだろう」
「実際にって、なんだ?」
「私は良いサービスの充実の為に来た客のことはできうる限り覚えてるし、その日買ったものも一つ一つ記憶してるんだ。リストを持ってきてやる」
いよいよ覚悟が決まったのか雑貨屋はお隣へと戻っていく。
席を立つなり走るように出て行く姿が心配だったが、そんなのは無用ですぐ分厚いノートを抱えて戻ってきた。
「持ってきたぞ。まずはここ最近の取引内容について確かめてほしい」
カウンターで開かれたそれはずいぶん使い込んだ紙質だ。
色褪せながらもしっかりと事細かにここ最近の商売内容が並んでる。
ステアーが弾薬を購入したり、宿のおっちゃんが缶詰を注文していたり、まあそれはいい。
「ここだ、これを見てくれ。あの運び屋という連中が来る少し前からなんだが」
しわしわのしなやかな指が問題の部分をなぞった。
運び屋たちが訪れるやや前あたりだ。みんなでその箇所を一斉に確かめるも――
「……なあ、これってホントにあいつが購入したのか?」
『……え? あ、あの……ディアンジェロさんがこれ全部買ったんですか?』
そこで俺と肩の相棒が目にした単語は信じたくないものだった。
突然のミコの声に雑貨屋が驚くも、そんなことよりもとノートに向き合い。
「信じられないだろう? 私だってそうさ、あの人がいきなりこんなものを買い始めて心配になったんだ」
著者すら認めたくない事実を一つ一つ、思い出すように指で叩いていく。
45-70の銃弾が二箱。
スティムと『リフレックス』。
そして数人分とも思える女性用の下着、猿ぐつわ、徳用のアルミホイル、香水もだ。
「……下着にさるぐつわ? なんでこんなもの買ってるんだろう」
「わ~お……お薬よりやばいの購入されてるっすねえ、あひひひ……」
「あの者が女性の下着を? 男がそんなものを買ってどうするというのだ?」
「私にもさっぱりさ。それも一度や二度じゃない、あれからずっと女性の服や下着を買ってるし、特に性的な道具の購入頻度が増しているんだ」
ニクやロアベアやノルベルトの深い疑問に、雑貨屋は気分が悪そうに思い返していた。
記憶の断片となる次のページからも、コンドーム、人間の下半身から独立した無可動実銃的なものまでアダルトなグッズが増えてる。
特にこの頃はひどく、今日なんて首輪と鎖まで買ってるほどだ。
「……奴がどのような性癖を持っていようが他人の自由を尊重するつもりだが、この量は異常だな」
「コンドームってなんだクリューサ」
「下着に衣装に鎖に……鞭ですって、なんだか良くわからないけどあんな見た目でお盛んなの? こっわ」
「コンドームってなんなんだクリューサ」
「つまりお前の言う通り使う相手がいることがはっきりしてきたな。この町の誰もが知らない誰かが」
クリューサはドン引きしながらも冷静に推理してるし、女王様はあの真面目な見た目の裏側にびっくりだ。
ダークエルフの素朴な疑問はさておき、この購入履歴は食事の場に相応しくないことは確定した。
「どんなプレイしてるのかしら!? 私気になりますわ!」
リム様も混じってきてひどい話に行きつきそうだ。
「ただのそういう話で済めばいいんだけどな。なにこのマジックワンドって」
『うっわ……』
言葉を失ってたが俺はようやく戻ってきた。とんだド変態だったのか?
しかしだ。特殊な性癖で済めばまだいい話だ、俺たちには失踪者の謎もある。
何か気を引くような情報はないかと一週間ほど前からめくりなおすが。
『……あっ。いちクン! 待って!』
町の人たちの購入品を吟味してると、ガチで引いてたミコが声を上げる。
その通りのページを止めると。
「どうした? 何か見つけたか?」
『そのページの最初のところ! ナイツさんの名前が載ってるよ!?』
肩の短剣の慌ただしい声が示す――確かにあるぞ、ナイツの名前だ!
あの失踪者の足掛かりが確かにそこに書いてあって、一つだけ品物を買った証拠がある。
購入した商品はガイガーカウンターとあった。
履歴からして運び屋たちが来た頃、失踪したその日だ。
「……ナイツは失踪当日、ガイガーカウンターを買ったらしいな」
「いっちゃん、ガイガーカウンターって何のことかしら?」
「放射能――目には見えない毒を測定する装置だと思ってくれ。外を探索するなら必要だろうな」
女王様に名前の意味を教えておいて、とにかくナイツが失踪前に買い物をしたことだけは明らかにした。
新入りの監視者がどうしてこんなものを? ここにいる俺たちの疑問はすぐに雑貨屋に向けられるだろう。
「……店主、これはどういうことだ? 場合によっては重要な手掛かりになるんじゃないのか?」
それっきり現れなくなった奴の名前について指摘したのはクリューサだった。
そりゃそうだ。姿をくらます前のお買い物をずっと黙ってたように見える。
「おい、ナイツが最後にここで買い物だって? なんで黙ってた?」
「……そうだ、そのことについても話さなければな」
答えを促すが、雑貨屋は俺もクリューサも見ずにカウンターへ視線を落とす。
「すまない、本当であればそれは監視者たちに伝えなければいけないことだろう。だが――」
「だが、なんだってんだ? 黙らなきゃいけない理由を言え」
「それからしばらくのことなんだ、あの後すぐにディアンジェロさんがやってきてな」
「あいつが? あんたのところにか?」
「ああそうさ。それでこう言ったんだ、「ガイガーカウンターを持っているか?」とな。ひどく取り乱しててな、怒鳴るように尋ねられて面食らったさ」
「それはまあ話が怪しくなってきたな。で、その後どうしたんだ?」
「もちろん売り切れさ、だから品切れと行ったら出て行ってしまった。問題はそこからなんだ」
「まだ問題があるってのか? 本当にどうなってんだあんたの店は」
おいおい、女王様の目論見通りとんでもない爆弾を抱えてやがるぞ。
とんでもない話にみんなが、店のおっちゃんすらも固唾を飲んで聞き入る中。
「その日の夜だったんだ、あの人が『リフレックス』を大量に買い込んできたのは。いつもの十倍ほどの量を注文されて驚いたよ」
「じゃあなんだ、ナイツが失踪し始めた頃に購入量が増えたっていうのか?」
「そうさストレンジャー。変なものを買い始めて、お次は大量の薬ときた。私だって疑問には思ったが本人からは口外するなと会うたびに言われてるんだ。今朝だって気さくな挨拶に混じって釘をさされたぐらいさ」
雑貨屋の爺さんはずっとため込んでいたのか、すらすらと吐き出して。
「……おかしいのさ、何もかもな。だが最近彼は私のことを監視してるんだ、朝必ず私のところに買うものもないのに会いに来て様子をうかがってるし、彼が狩りから戻る時も店の外でずっとこっちを見てるんだ」
とうとう手が震えだす。
外の様子も気になるのか、夕暮れの町並みが見える窓もしきりに気にして。
「私の気持ちが分かるか? 何が起きたのかは分からないが確実に悪いことがこの町に隠れている。そして私がその原因を作ってしまった可能性もある。ここ一週間はずっとこうなんだ」
隠していたことを告げた老人は「ふうっ」と命すら絞り出しそうな調子で息を吐き。
「これで全部だ、包み隠さず話したぞ。お前たちが本当に彼をどうにかしようとしてるなら、もう責を問われて店を失おうがいい。私の安全を保障してくれ」
ようやく顔色を持ち上げた――俺たちに見せる顔色は青ざめている。
ナイツの失踪にこの店が関わってるのも分かった、不審なディアンジェロとの深い接点も見つかった。
だが、まさかここまであいつが奇妙なやつだったなんて誰が思ったか。
「爺さん、あんたは……ずっとこのことを黙っていたのか」
震えあがる雑貨屋に気を使ってるのか、おっちゃんがグラスを持ってくる。
きれいな水が注がれてた。それをそっと差し出されると、少しの躊躇いの後に一気に飲み干し。
「話せるものかよ。それで気が休まるならいくらでも広めてやるが、今の彼は次に何をしでかすか分からないんだ。おまけにこんな町の有様だ、疑ったところで擁護する人間がどれだけいるだろうな」
何か覚悟が決まったようだ、こつんとグラスを置いて硬く顔を締めた。
「あんたら余所者を信じて言わせてくれ。彼は――あの男は裏で何かをしている。ガイガーカウンターについての件も確実に失踪者の事件と関わっていると思う」
「俺たちを信じてくれるのはうれしいけどな、じゃあどうして監視者たちに言わなかった?」
「はっ、それはもっともだ。だがあの男の息がかかっているのは住民たちだけではないことぐらい分かっているな?」
「まあそうかもな。でも実を言うと、あいつの心配してるってのはお気持ちやら体調の方じゃなくて脳みその方だ」
「ほう、つまり――」
「ステアーの奴も運び屋と仲良くあいつのことを疑ってた。つまりあんたの味方だ、俺たちと同じでな」
ディアンジェロを悪い意味で疑ってる、と告げると、雑貨屋はようやく肩の重みが抜けたように脱力した。
ずっと強張ってたみたいだ、落ち着いた顔からどっと汗が流れて。
「信用していいんだな?」
「あいつが今まで会った奴みたいなクソ野郎だったらぶっ殺すだけだ」
「ははっ。ストレンジャーめ、お前は頼もしいな」
一体どれほど一人で抱え込んでいたんだろうか、気の抜けた老人は力なく握手を求めてきた。
「私はカルカノだ。店に来たら値引きしてやる」
「分かった、カルカノ爺さん。このことは監視者の連中に伝えとくし俺たちが守ってやる」
ディアンジェロの奴め、もうきな臭いじゃ済まさないぞ。
きっちり握手を返すとカルカノ爺さんはふらつきながら立ち上がり。
「爺さん、部屋ならいくらでも開いているぞ。日頃世話になっている礼だ、チップは気にせず我が家のように使ってくれ」
そこに宿のおっちゃんがすぐに駆け寄った。強面の巨体に支えられた老人の姿はすっかり気弱に感じる。
「悪いな、レッド坊や。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「すぐ隣にいるというのに気づいてやれなくてすまない、部屋まで送ろう」
「俺様に任せろ」という声も混ざって、オーガの巨体も加わりサンドイッチにされてしまった。
二人のガチムチに運ばれた爺さんは暑苦しそうながらもだいぶ安心した顔だったのは言うまでもない。
「……やれやれ、スティングの時みたいにこれが大事まで発展しなければいいんだがな」
その姿を見送ってクリューサの一言には死ぬほど同意だ。
「もうなってるかもな」
俺は改めてノートを確認した。
一週間以上も買われ続けるいかがわしいブツの意味は、あいつの人柄を示してるのは間違いなさそうだ。
◇
「……なるほどな、事情は把握した。まさかそんなことになっていたとは」
あれからしばらく、外は夕暮れを超えて夜の世界が広がっている。
何を動力にしているのかは分からないが、街中は白い照明が明るく照らされてた。
そんな中、店には何人かの監視者たちがいて――何を隠そうそいつらに今までの経緯を話していた。
『カルカノさん、かなりストレスを感じてたみたいなんです。今はお部屋で休んでるんですがよっぽど怖い目にあってたんだと思います……』
「あのカルカノさんがねえ。くそっ、あんたらのおかげでこの町が恐ろしくなってきたな」
何時間にもわたり事情を耳にしたステアーは忌々しそうに外を見ている。
俺だって怖い話を聞いた気分だ。腰のホルスターが意識の片隅から離れないほどだ。
「情報は共有できたな。悪いけど今からカルカノ爺さんを見てやってくれないか?」
「ああ、できることならなんでも任せてくれ。それにしても……ナイツの奴がガイガーカウンターを買っていたなんてな」
「おそらくなのだがステアー殿、そのようなものを購入したということは野外に出たのではなかろうか」
俺たちの間にあるテーブルにはいろいろな情報がある。
雑貨屋のノート、ここの地図、それとノルベルトが紙にまとめてくれた今までのいきさつ。
それらを加味しても浮かび上がるのはディアンジェロ=黒説なわけだが。
「確かにな。地図にはおあつらえ向きに汚染地域が幾つもある」
保安官の指はとんとんとガイガーカウンターを要する地域を回った。
それを見て俺はふと疑問を感じてしまう。
「なあ、ステアー。ここに書かれてる場所は本当なのか?」
「本当って、この地図がか?」
「ああ、実際に汚染されてるんだよな?」
「以前俺の知り合いのハンターが言ってたぞ。付き添いで一緒に地図を作る時に、あいつが機器を手に調査してたとか」
「なるほど、同行してたやつがいるのか」
『……でも、その人って……言い方は悪いけど信用できるのかな』
「まあな、ここまで来ると町の奴らも怪しい。監視者たちの中で確かめた奴はいるのか?」
「ひどいことを言うが管轄外だからな、狩人には狩人の仕事ということで狩場深くに行くやつはいないさ」
地図に書かれてるのは確かに正確かもしれない。
だがディアンジェロの様子を思い出せ。ナイツがガイガーカウンターを買ったその後のことだ。
「ねえ、そのがいがーなんとやら、だけど。ナイツっていう子が買ってそのことを気にしてたらしいわね?」
俺がちょうどそう考え始めた先に、女王様も同じ思考を導いてた。
「ああ、ひどく焦った様子だったらしいな」
「都合が悪かったんじゃないかしら」
「というと?」
「例えばよ? あの男が書いたこの地図だけど、ここに嘘があったとしたら?」
『……もしかして女王サマ、この汚染地域って』
「そそ、汚染地域がもしもなかったら?」
そう、そのとおりだ、この地図に書かれてるのが真実だけとは限らない。
もしもだ。ここにディアンジェロに不都合なものがあったら?
「……人が寄り付かないように嘘をついていたってことか」
似た考えの俺もいきついた。
そうだ、この地図は今や信用できない証拠でもあるし、逆に言えば大きなヒントが隠れてるんだ。
「ええ、だからガイガーカウンターなんて持って探られたら困るような何かが、この汚染地域と偽ったどこかにあるとすれば――なんて考えてみるとどうかしら?」
女王様の続く言葉に周りはだいたい納得してる。
「……ミコが言っていたな、おかしい点があると」
そこにクラウディアがぽつっと言葉を漏らす。
褐色エルフの視線はあの時ミコがいっていた、不自然な場所の汚染地域を見ていて。
「道路沿いのこのエリアか、我々も前々から気になっていたものだな」
「じゃあ、もしもだぞ。ここが汚染されてなかったとしたら?」
俺はPDAを突き出しながら言った。
こう考えてる。実際に行ってみて、もしこいつが反応しなかったら?
「……軍用のPDAか。なるほど、確かにそれなら分かるだろうな」
「そういうことだ。実際に行って確かめるってプランをここに提案するぞ」
「いいじゃない、そそるわ。もしもそれで地図が嘘だって分かれば大きな収穫だし、そうじゃなくても分かる点はいろいろあるでしょうね」
女王様もすっかり乗り気で、今にも勝手に行きそうな空気だ。
地図を少し見て――俺は決めた。
「ステアー、今ディアンジェロは何してる?」
「この時間だとそろそろ戻ってくる頃だな。もしお前が『見に行くからついてこい』っていうなら――」
「その通りだ。あいつがいないうちにここを調べたい、手伝ってくれ」
今から狩場の汚染地域を調べに行く、そして確かめるだけだ。
「俺も今夜ぐっすり眠るために不安は晴らしておきたくてな、何をすればいい?」
保安官は話が早くて助かる、もう乗り気だ。
「気取られないうちに汚染地域を調べる。あいつの監視とカルカノ爺さんの様子見、それと現場についてくやつが欲しい」
「行くなら俺が同行しよう。他の手配は任せろ」
「よし、クラウディアとクリューサ、ニク、あと女王様、出発の準備だ」
「夜分遅くにこそこそか、私の得意分野だぞ」
「面白くなってきたな、皮肉だが」
「ん、ぼくの出番」
「よっしゃ! あいつの化けの皮をはがしてやりましょう」
『……うん、もしかしたらだけど、ナイツさんの手がかりがあるかもしれないしね。急ごう』
俺は必要なメンバーをすぐ割り出して、早速荷物をまとめた。
◇
みんながそれはもう美味しそうにビーフシチューを食べる中、俺はいかつい姿に聞いてみた。
店に入るなり席についた白髪の老人は湯気で眼鏡を曇らせてるところだ。
「隣の雑貨屋の店主だ」
「そうさ。私は隣で店開いてるしがないジジイだ、噂のストレンジャー殿。そこの金払いのいい自称女王様には世話になったよ」
「紅茶をありがとうおじいちゃん、おかげで人生は豊かよ」
「豊かね、私からすれば売れど売れど中々豊かにはならないんだが――いやウマイなこれ!?」
おっちゃんと本人が言うには、どうやらあの雑貨屋の店主らしい。
女王様に気さくに接して、それでいて周囲に物動じないメンタルは流石だと思うが。
「ふふ、いかがですか? ウェイストランド風クレイバッファローシチューですわ」
「これは……うん、驚いたな。久々に肉とベリー以外を食った気がする、こんなに深い味わいの食べ物を食べるなんて人生で初めてかもな」
「ポテトパンもありますわよ、いっぱい召し上がってくださいませ」
「ポテト……パン? ふむ、粉末じゃない本物の芋を使っているのか? 外はカリっとしているのに中はもちもちとしている……もしや南で作られているという作物か? 150年ものではない本物の食べ物だ」
「小麦粉とマッシュポテトを織り交ぜて作った飢渇の魔女特製のパンですの。お気に召しましたかしら?」
「うまいに決まっているだろう。おいレッド、お前さんいつの間に料理なんてできるようになったんだ? これも指導の賜物か?」
「この子に教わったことをそのまま成しただけだ。何もしていないに等しい」
「いいえ、確かにあなたがつくったのですよ? 胸を張ってくださいまし――あっレシピも書き残しておきますね! じゃがいも料理も百種類ほど!」
リム様……と宿のおっちゃんの作った料理をよく味わっているようだが、実にちょうどいいところに来てくれたと思う。
さっそくロアベアのメイド姿がてくてくとそばに近寄っていく。
「雑貨屋のおじいさん、ちょっといいっすか?」
「おや? 昼間のメイドじゃないか、もしやお前さんここで働いてるのか?」
「従業員じゃないっす、旅のメイドっすよ。あひひひっ」
「この頃のウェイストランドはメイドもさすらうのか、おかしくなったものだ。で、こんなしがないジジイに何の用だ?」
「あのっすね、ディアンジェロ様について少々お伺いしたことがあるんすけど」
にやつくメイドが愛想を振りまいて例の件について尋ねた。
ところがそのお返しといえば、なんだか具合が悪そうな老人の表情で。
「あー……彼のことか? 確かにディアンジェロさんは魅力的な男だが、店の顧客の情報を教えろというのなら答えるわけにはいかないぞ」
にやっとした顔にあわせることもなく、目の前のシチューに向き合った。
言葉の調子もさっきまでの柔らかさはない、来るもの拒む、な態度ではっきりと断ってる。
「そんな~……あのお方の人柄だとかが気になるから、おじいさんにちょっと教えて欲しいだけなんすけど~」
「ダメなものはダメだ、私は商品もそうだが客こそを大事にしてるんだ。その日来た人の顔も覚えてれば何を買ったかまで細かく記憶しているが、たとえチップを積まれても個人の情報は渡せないな」
「……最近あの方の体調がすぐれないとお聞きしたんすけど、そのことを気にかけた監視者の方々からお願いされたんすよね」
しかしロアベアもロアベアだ、あきらめることなく尋ね続ける。
言われて「本当か」と、柔らかい肉を頬張る雑貨屋が俺たちを見てきた。
「お前たちがか? 一体なんだって他所のもんにそんなことを任せたのやら」
「そうなんすよね~、この頃はお忙しいご様子で中々手が回らないそうなんすよ。失踪された方もいらっしゃって、そこでうちらの出番ってわけっすよ」
実際のところは「ディアンジェロが怪しいから調べろ」だが、ロアベアの言う通り「彼が心配です」路線でいこう。
俺はとろとろに煮込まれた肉を一口で飲み込んで。
「そいつの言う通りだよ爺さん。近頃といい昼間の件といい、あいつの様子に少し違和感を感じて心配してる人がいっぱいなんだ。あんたも違うか?」
硬くなった顔にそれらしく問いかける。
やや効果はあったのか、雑貨屋の老人はスプーンを置いて。
「それは……まあ、私も気になるんだが。いやしかしだな、私から一体何を聞こうって言うんだ? そこが問題なんだが」
いそいそと手をつけていたシチューも忘れてこっちを見てきた。
なぜか戸惑った様子だ。後ろめたい何かが隠れてる気がする。
「ちょうどよかったわ、おじいさん。単刀直入に言っちゃうけど近頃ディアンジェロさんが店で購入したものは覚えてるかしら?」
その場に女王様も絶妙な場所から割り込んできた。いきなり深いところにまっすぐダイブだ。
「あ――か、彼が何を買ったかだって? それこそ私が大事にしてる顧客のことじゃないか、悪いがそいつに関しては答えるわけにはいかん
「ねえ聞いて。あなたは店が大事かもしれないけど、彼はこの町にとって重要な人物なのよ? 何か取り返しのつかないことが起こる前に知る必要があるの」
「しかしだな、そんなことを教えたところでお前たちはどうするんだ? 医者か何かでもあるまいし」
「医者? 良かった、ちょうどここにお医者様がいるの。ねえ先生?」
金髪の美女が次々と織りなす言葉に雑貨屋はたじたじだ。
そこに「呼んだか?」といい頃合いでクリューサも混じってきた。
「クリューサだ、こいつらの体調と馬鹿と面倒に付き合ってやってる医者だ。ディアンジェロさんの心身の様子を見る限りは『リフレックス』の影響らしいな」
そういいながらこの場で医療物資でいっぱいの鞄を開いて見せると、相手の顔はますます焦りが浮かぶ。
やっぱり何か大事なことが隠れてたみたいだ。お医者様はがさごそと例の吸入器を取り出し。
「アリゾナにおいて戦闘用ドラッグはありふれた品だが、それを過剰に売りつけたりして薬漬けにさせたのなら咎められるようなことだろうな。重要人物の体調を損ねた人物となればなおのことだ」
クールになれるお薬をカウンターに置いた。
雑貨屋の顔も負けないぐらいクールになったが、お行儀よく食事をしていたノルベルトもずんずんやってきて。
「クリューサ先生よ、この雑貨屋の主は求められていただけで悪意をもって売りつけたわけではなかろう? 疑いすぎではないか?」
多少演技臭さのある調子で言葉をねじり込んでくる。
楽しんでやがるなこいつら。実際、クリューサは「ふっ」と鼻で笑い。
「ノルベルト、お前は甘いな。薬は毒にもなりえるのは存じてるだろうが、気に食わないだの憎いだのと都合の悪い人間を薬漬けにして苦しめたり殺めたりする手段なんて古今からある手口だ」
「おお、彼を疑うというのか? ご老人がディアンジェロ殿を害するつもりでいたとでも?」
「直接的に作用する原因が薬しかないからな。俺が知りたいのはこの雑貨屋が薬を売っているかどうかという――」
「落ち着くんだ二人とも。こんな食事の場で、このご老人が悪意を持って薬を売っていると疑うのか? 行儀が悪いぞ」
「わっ……分かった! 分かった、話せばいいんだろう!? 私はそんな事なんてしないし今回は口にしづらい事情があるんだ!」
クラウディアまでもが混ざった芝居つきのセリフが行き交う最中、雑貨屋がとうとう折れる。
よっぽど大事にしまっておきたい話があったのか、ここまで引きずり出された老人はしばらく考えこんで。
「いいか、店で薬を取り扱ってるのは間違いないし、大量のリフレックスをあの人が買っていったのも事実だ」
「なるほど、つまり薬漬けになる原因は目の前にいると思ってもいいだろうな」
「そう思っても構わんさ。だがお前たちの言うように、彼の様子がとてもおかしくてな」
お医者様の突き出すドラッグに目もつけず、俺たちを前になにやら静かに震えだした。
ただ事じゃない理由がここにありそうだ。
「俺もだ爺さん。どうもお互い彼に対して違和感を感じてるらしいが、一体何があったんだ?」
人に言えない事情を抱えてしまった姿におっちゃんも気にかけてきた。
そこまで言われてしまって、とうとう話す覚悟になったのか。
「分かった、話すさ。それに自称女王様にはこれでもかと商品を買われて、これほどうまい食事をごちそうしてもらったんだ。応じなければ私が不義理になってしまうな」
周りと、それから手元のシチューを見て、どうにか平静を保ちながらも答え始めた。
「良く聞いてくれ。この頃の彼は内密に、誰にも口にするなと釘をさしたうえで商品を買っていくんだ。リフレックスは在庫がなくなるまで買い占めるし、それだけならまだしも不可解なものまで手を出すんだぞ」
ようやくひねり出された言葉が「不可解なもの」か。
大量のドラッグ以外に何を買った? まさかそこに香水があるのか?
「不可解なものってなんだ?」
「その不可解なものという単語の中には香水は含まれるかしら?」
不安の募る表情へと、俺はヴィクトリア様と一緒に尋ねた。
間違いなくその中にある単語に反応したのか、雑貨屋は驚いて目を見開き。
「……その様子だとやはり何かただならぬことがあったみたいだな。そうだ、そういった訳の分からないものまで買い込むのさ」
女王様の予想は的中した。あいつは間違いなく香水を買ってやがる。
「誰にも口にしないってサービスを付けた上でか?」
不審な様子と繋がっているかどうかまで確認するが、相手は頷いてる。
「……ちょっと待ってろ、実際に見た方が早いだろう」
「実際にって、なんだ?」
「私は良いサービスの充実の為に来た客のことはできうる限り覚えてるし、その日買ったものも一つ一つ記憶してるんだ。リストを持ってきてやる」
いよいよ覚悟が決まったのか雑貨屋はお隣へと戻っていく。
席を立つなり走るように出て行く姿が心配だったが、そんなのは無用ですぐ分厚いノートを抱えて戻ってきた。
「持ってきたぞ。まずはここ最近の取引内容について確かめてほしい」
カウンターで開かれたそれはずいぶん使い込んだ紙質だ。
色褪せながらもしっかりと事細かにここ最近の商売内容が並んでる。
ステアーが弾薬を購入したり、宿のおっちゃんが缶詰を注文していたり、まあそれはいい。
「ここだ、これを見てくれ。あの運び屋という連中が来る少し前からなんだが」
しわしわのしなやかな指が問題の部分をなぞった。
運び屋たちが訪れるやや前あたりだ。みんなでその箇所を一斉に確かめるも――
「……なあ、これってホントにあいつが購入したのか?」
『……え? あ、あの……ディアンジェロさんがこれ全部買ったんですか?』
そこで俺と肩の相棒が目にした単語は信じたくないものだった。
突然のミコの声に雑貨屋が驚くも、そんなことよりもとノートに向き合い。
「信じられないだろう? 私だってそうさ、あの人がいきなりこんなものを買い始めて心配になったんだ」
著者すら認めたくない事実を一つ一つ、思い出すように指で叩いていく。
45-70の銃弾が二箱。
スティムと『リフレックス』。
そして数人分とも思える女性用の下着、猿ぐつわ、徳用のアルミホイル、香水もだ。
「……下着にさるぐつわ? なんでこんなもの買ってるんだろう」
「わ~お……お薬よりやばいの購入されてるっすねえ、あひひひ……」
「あの者が女性の下着を? 男がそんなものを買ってどうするというのだ?」
「私にもさっぱりさ。それも一度や二度じゃない、あれからずっと女性の服や下着を買ってるし、特に性的な道具の購入頻度が増しているんだ」
ニクやロアベアやノルベルトの深い疑問に、雑貨屋は気分が悪そうに思い返していた。
記憶の断片となる次のページからも、コンドーム、人間の下半身から独立した無可動実銃的なものまでアダルトなグッズが増えてる。
特にこの頃はひどく、今日なんて首輪と鎖まで買ってるほどだ。
「……奴がどのような性癖を持っていようが他人の自由を尊重するつもりだが、この量は異常だな」
「コンドームってなんだクリューサ」
「下着に衣装に鎖に……鞭ですって、なんだか良くわからないけどあんな見た目でお盛んなの? こっわ」
「コンドームってなんなんだクリューサ」
「つまりお前の言う通り使う相手がいることがはっきりしてきたな。この町の誰もが知らない誰かが」
クリューサはドン引きしながらも冷静に推理してるし、女王様はあの真面目な見た目の裏側にびっくりだ。
ダークエルフの素朴な疑問はさておき、この購入履歴は食事の場に相応しくないことは確定した。
「どんなプレイしてるのかしら!? 私気になりますわ!」
リム様も混じってきてひどい話に行きつきそうだ。
「ただのそういう話で済めばいいんだけどな。なにこのマジックワンドって」
『うっわ……』
言葉を失ってたが俺はようやく戻ってきた。とんだド変態だったのか?
しかしだ。特殊な性癖で済めばまだいい話だ、俺たちには失踪者の謎もある。
何か気を引くような情報はないかと一週間ほど前からめくりなおすが。
『……あっ。いちクン! 待って!』
町の人たちの購入品を吟味してると、ガチで引いてたミコが声を上げる。
その通りのページを止めると。
「どうした? 何か見つけたか?」
『そのページの最初のところ! ナイツさんの名前が載ってるよ!?』
肩の短剣の慌ただしい声が示す――確かにあるぞ、ナイツの名前だ!
あの失踪者の足掛かりが確かにそこに書いてあって、一つだけ品物を買った証拠がある。
購入した商品はガイガーカウンターとあった。
履歴からして運び屋たちが来た頃、失踪したその日だ。
「……ナイツは失踪当日、ガイガーカウンターを買ったらしいな」
「いっちゃん、ガイガーカウンターって何のことかしら?」
「放射能――目には見えない毒を測定する装置だと思ってくれ。外を探索するなら必要だろうな」
女王様に名前の意味を教えておいて、とにかくナイツが失踪前に買い物をしたことだけは明らかにした。
新入りの監視者がどうしてこんなものを? ここにいる俺たちの疑問はすぐに雑貨屋に向けられるだろう。
「……店主、これはどういうことだ? 場合によっては重要な手掛かりになるんじゃないのか?」
それっきり現れなくなった奴の名前について指摘したのはクリューサだった。
そりゃそうだ。姿をくらます前のお買い物をずっと黙ってたように見える。
「おい、ナイツが最後にここで買い物だって? なんで黙ってた?」
「……そうだ、そのことについても話さなければな」
答えを促すが、雑貨屋は俺もクリューサも見ずにカウンターへ視線を落とす。
「すまない、本当であればそれは監視者たちに伝えなければいけないことだろう。だが――」
「だが、なんだってんだ? 黙らなきゃいけない理由を言え」
「それからしばらくのことなんだ、あの後すぐにディアンジェロさんがやってきてな」
「あいつが? あんたのところにか?」
「ああそうさ。それでこう言ったんだ、「ガイガーカウンターを持っているか?」とな。ひどく取り乱しててな、怒鳴るように尋ねられて面食らったさ」
「それはまあ話が怪しくなってきたな。で、その後どうしたんだ?」
「もちろん売り切れさ、だから品切れと行ったら出て行ってしまった。問題はそこからなんだ」
「まだ問題があるってのか? 本当にどうなってんだあんたの店は」
おいおい、女王様の目論見通りとんでもない爆弾を抱えてやがるぞ。
とんでもない話にみんなが、店のおっちゃんすらも固唾を飲んで聞き入る中。
「その日の夜だったんだ、あの人が『リフレックス』を大量に買い込んできたのは。いつもの十倍ほどの量を注文されて驚いたよ」
「じゃあなんだ、ナイツが失踪し始めた頃に購入量が増えたっていうのか?」
「そうさストレンジャー。変なものを買い始めて、お次は大量の薬ときた。私だって疑問には思ったが本人からは口外するなと会うたびに言われてるんだ。今朝だって気さくな挨拶に混じって釘をさされたぐらいさ」
雑貨屋の爺さんはずっとため込んでいたのか、すらすらと吐き出して。
「……おかしいのさ、何もかもな。だが最近彼は私のことを監視してるんだ、朝必ず私のところに買うものもないのに会いに来て様子をうかがってるし、彼が狩りから戻る時も店の外でずっとこっちを見てるんだ」
とうとう手が震えだす。
外の様子も気になるのか、夕暮れの町並みが見える窓もしきりに気にして。
「私の気持ちが分かるか? 何が起きたのかは分からないが確実に悪いことがこの町に隠れている。そして私がその原因を作ってしまった可能性もある。ここ一週間はずっとこうなんだ」
隠していたことを告げた老人は「ふうっ」と命すら絞り出しそうな調子で息を吐き。
「これで全部だ、包み隠さず話したぞ。お前たちが本当に彼をどうにかしようとしてるなら、もう責を問われて店を失おうがいい。私の安全を保障してくれ」
ようやく顔色を持ち上げた――俺たちに見せる顔色は青ざめている。
ナイツの失踪にこの店が関わってるのも分かった、不審なディアンジェロとの深い接点も見つかった。
だが、まさかここまであいつが奇妙なやつだったなんて誰が思ったか。
「爺さん、あんたは……ずっとこのことを黙っていたのか」
震えあがる雑貨屋に気を使ってるのか、おっちゃんがグラスを持ってくる。
きれいな水が注がれてた。それをそっと差し出されると、少しの躊躇いの後に一気に飲み干し。
「話せるものかよ。それで気が休まるならいくらでも広めてやるが、今の彼は次に何をしでかすか分からないんだ。おまけにこんな町の有様だ、疑ったところで擁護する人間がどれだけいるだろうな」
何か覚悟が決まったようだ、こつんとグラスを置いて硬く顔を締めた。
「あんたら余所者を信じて言わせてくれ。彼は――あの男は裏で何かをしている。ガイガーカウンターについての件も確実に失踪者の事件と関わっていると思う」
「俺たちを信じてくれるのはうれしいけどな、じゃあどうして監視者たちに言わなかった?」
「はっ、それはもっともだ。だがあの男の息がかかっているのは住民たちだけではないことぐらい分かっているな?」
「まあそうかもな。でも実を言うと、あいつの心配してるってのはお気持ちやら体調の方じゃなくて脳みその方だ」
「ほう、つまり――」
「ステアーの奴も運び屋と仲良くあいつのことを疑ってた。つまりあんたの味方だ、俺たちと同じでな」
ディアンジェロを悪い意味で疑ってる、と告げると、雑貨屋はようやく肩の重みが抜けたように脱力した。
ずっと強張ってたみたいだ、落ち着いた顔からどっと汗が流れて。
「信用していいんだな?」
「あいつが今まで会った奴みたいなクソ野郎だったらぶっ殺すだけだ」
「ははっ。ストレンジャーめ、お前は頼もしいな」
一体どれほど一人で抱え込んでいたんだろうか、気の抜けた老人は力なく握手を求めてきた。
「私はカルカノだ。店に来たら値引きしてやる」
「分かった、カルカノ爺さん。このことは監視者の連中に伝えとくし俺たちが守ってやる」
ディアンジェロの奴め、もうきな臭いじゃ済まさないぞ。
きっちり握手を返すとカルカノ爺さんはふらつきながら立ち上がり。
「爺さん、部屋ならいくらでも開いているぞ。日頃世話になっている礼だ、チップは気にせず我が家のように使ってくれ」
そこに宿のおっちゃんがすぐに駆け寄った。強面の巨体に支えられた老人の姿はすっかり気弱に感じる。
「悪いな、レッド坊や。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「すぐ隣にいるというのに気づいてやれなくてすまない、部屋まで送ろう」
「俺様に任せろ」という声も混ざって、オーガの巨体も加わりサンドイッチにされてしまった。
二人のガチムチに運ばれた爺さんは暑苦しそうながらもだいぶ安心した顔だったのは言うまでもない。
「……やれやれ、スティングの時みたいにこれが大事まで発展しなければいいんだがな」
その姿を見送ってクリューサの一言には死ぬほど同意だ。
「もうなってるかもな」
俺は改めてノートを確認した。
一週間以上も買われ続けるいかがわしいブツの意味は、あいつの人柄を示してるのは間違いなさそうだ。
◇
「……なるほどな、事情は把握した。まさかそんなことになっていたとは」
あれからしばらく、外は夕暮れを超えて夜の世界が広がっている。
何を動力にしているのかは分からないが、街中は白い照明が明るく照らされてた。
そんな中、店には何人かの監視者たちがいて――何を隠そうそいつらに今までの経緯を話していた。
『カルカノさん、かなりストレスを感じてたみたいなんです。今はお部屋で休んでるんですがよっぽど怖い目にあってたんだと思います……』
「あのカルカノさんがねえ。くそっ、あんたらのおかげでこの町が恐ろしくなってきたな」
何時間にもわたり事情を耳にしたステアーは忌々しそうに外を見ている。
俺だって怖い話を聞いた気分だ。腰のホルスターが意識の片隅から離れないほどだ。
「情報は共有できたな。悪いけど今からカルカノ爺さんを見てやってくれないか?」
「ああ、できることならなんでも任せてくれ。それにしても……ナイツの奴がガイガーカウンターを買っていたなんてな」
「おそらくなのだがステアー殿、そのようなものを購入したということは野外に出たのではなかろうか」
俺たちの間にあるテーブルにはいろいろな情報がある。
雑貨屋のノート、ここの地図、それとノルベルトが紙にまとめてくれた今までのいきさつ。
それらを加味しても浮かび上がるのはディアンジェロ=黒説なわけだが。
「確かにな。地図にはおあつらえ向きに汚染地域が幾つもある」
保安官の指はとんとんとガイガーカウンターを要する地域を回った。
それを見て俺はふと疑問を感じてしまう。
「なあ、ステアー。ここに書かれてる場所は本当なのか?」
「本当って、この地図がか?」
「ああ、実際に汚染されてるんだよな?」
「以前俺の知り合いのハンターが言ってたぞ。付き添いで一緒に地図を作る時に、あいつが機器を手に調査してたとか」
「なるほど、同行してたやつがいるのか」
『……でも、その人って……言い方は悪いけど信用できるのかな』
「まあな、ここまで来ると町の奴らも怪しい。監視者たちの中で確かめた奴はいるのか?」
「ひどいことを言うが管轄外だからな、狩人には狩人の仕事ということで狩場深くに行くやつはいないさ」
地図に書かれてるのは確かに正確かもしれない。
だがディアンジェロの様子を思い出せ。ナイツがガイガーカウンターを買ったその後のことだ。
「ねえ、そのがいがーなんとやら、だけど。ナイツっていう子が買ってそのことを気にしてたらしいわね?」
俺がちょうどそう考え始めた先に、女王様も同じ思考を導いてた。
「ああ、ひどく焦った様子だったらしいな」
「都合が悪かったんじゃないかしら」
「というと?」
「例えばよ? あの男が書いたこの地図だけど、ここに嘘があったとしたら?」
『……もしかして女王サマ、この汚染地域って』
「そそ、汚染地域がもしもなかったら?」
そう、そのとおりだ、この地図に書かれてるのが真実だけとは限らない。
もしもだ。ここにディアンジェロに不都合なものがあったら?
「……人が寄り付かないように嘘をついていたってことか」
似た考えの俺もいきついた。
そうだ、この地図は今や信用できない証拠でもあるし、逆に言えば大きなヒントが隠れてるんだ。
「ええ、だからガイガーカウンターなんて持って探られたら困るような何かが、この汚染地域と偽ったどこかにあるとすれば――なんて考えてみるとどうかしら?」
女王様の続く言葉に周りはだいたい納得してる。
「……ミコが言っていたな、おかしい点があると」
そこにクラウディアがぽつっと言葉を漏らす。
褐色エルフの視線はあの時ミコがいっていた、不自然な場所の汚染地域を見ていて。
「道路沿いのこのエリアか、我々も前々から気になっていたものだな」
「じゃあ、もしもだぞ。ここが汚染されてなかったとしたら?」
俺はPDAを突き出しながら言った。
こう考えてる。実際に行ってみて、もしこいつが反応しなかったら?
「……軍用のPDAか。なるほど、確かにそれなら分かるだろうな」
「そういうことだ。実際に行って確かめるってプランをここに提案するぞ」
「いいじゃない、そそるわ。もしもそれで地図が嘘だって分かれば大きな収穫だし、そうじゃなくても分かる点はいろいろあるでしょうね」
女王様もすっかり乗り気で、今にも勝手に行きそうな空気だ。
地図を少し見て――俺は決めた。
「ステアー、今ディアンジェロは何してる?」
「この時間だとそろそろ戻ってくる頃だな。もしお前が『見に行くからついてこい』っていうなら――」
「その通りだ。あいつがいないうちにここを調べたい、手伝ってくれ」
今から狩場の汚染地域を調べに行く、そして確かめるだけだ。
「俺も今夜ぐっすり眠るために不安は晴らしておきたくてな、何をすればいい?」
保安官は話が早くて助かる、もう乗り気だ。
「気取られないうちに汚染地域を調べる。あいつの監視とカルカノ爺さんの様子見、それと現場についてくやつが欲しい」
「行くなら俺が同行しよう。他の手配は任せろ」
「よし、クラウディアとクリューサ、ニク、あと女王様、出発の準備だ」
「夜分遅くにこそこそか、私の得意分野だぞ」
「面白くなってきたな、皮肉だが」
「ん、ぼくの出番」
「よっしゃ! あいつの化けの皮をはがしてやりましょう」
『……うん、もしかしたらだけど、ナイツさんの手がかりがあるかもしれないしね。急ごう』
俺は必要なメンバーをすぐ割り出して、早速荷物をまとめた。
◇
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