魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

謎を解け、ストレンジャー

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 ディアンジェロの情報収集をクリューサたちに任せて、ノルベルトと女王様を連れて監視者に会いに行くことにした――あと犬も。
 西部開拓時代モドキの街並みを北に抜けた先に、戦前の消防署があった。
 どこかの国の旗が掲げられるそこは、西部劇の舞台で撮影じゃない殺し合いが起きないか良く注意できそうだ。
 建物の上にはここ最近になって監視塔が足されたようで、あのコート姿の番人が今も俺たちを見ている。

「おっ! さっそく来てくれたか、ストレンジャー!」
「噂をすればなんとやら、だな。そんな奴ら連れて何しに来やがった?」

 開きっぱなしのシャッターのそばで見慣れた姿が立っていた。
 保安官のステアーと運び屋のハーレーたちだ。
 後者の方はさっきよりも落ち着いてるし、連れ添ってる部下も同様だ。

「噂をすればってどういうことだ? 俺が殺しに来るとでも思ったのか?」
「あたらずとなんとやら、だ。考えてみろ、あそこには俺たちに殺気立ってる住民どもがいて、そこからお前がやってきたんだぞ?」
「心配するな、今のところはお前たちの味方になりたい方向でいる」
「俺たちの? なんだってんだ、恩でも売りにきたのか?」

 ストレンジャーにどんなイメージを抱いてらっしゃるのかはこいつらの自由だが、街から離れたいのは間違いなさそうだ。

「案ずるな運び屋よ、俺様はお前たちが殺すに値するような悪人だとは思えん」

 しかしノルベルトの言葉が真っ向から挟まるとだいぶ安心したらしく。

「……ミューティに何が分かるとは言わねえがな、もしお前がこの街がおかしいって気づいてるなら話は通じそうだな」
「そのおかしいというのはディアンジェロという男に向けたものなのだがな」
「ああ、俺たちが聞きに来たのは『最近街の調子どう?』と『ディアンジェロについて』だ、別にお前らを西部劇風にこらしめにきたわけじゃない」
「隣に同じくよ。あなたたちは誠実な運び屋に見えるわ、だから誠実に話にきただけ」
「……ディアンジェロっていう人、少し妙だと思う」

 女王様やニクも込めて思い思いに言うと、最初はきょとんとしていた監視者も運び屋も顔を見合わせた。

「だとさ、保安官殿。こいつらが言うんだ、ますます怪しくなってねえか?」
「俺はあのディアンジェロさんがせいぜい大げさになってるだけだと思ったんだが、第三者までがそういうってなるとな……」

 恐らくはこの街の違和感を共有してたんだろうか、二人は消防署から見える開拓時代の姿を怪訝に見やる。
 周りの強面な部下も「ハーレー、こいつら信用できるぜ」「やっぱ俺たちは間違ってなかったんだ」「分かるじゃねえかミューティ」と様々な口々だ。

「まあなんだ、俺たちの要件は二つだ。いい宿を紹介してくれたお礼を言いに来たのと、ディアンジェロについてだ」
「つまり我々の直面してる問題にかかわってくれるってわけか。こんな質問で気を悪くしたら悪いんだが、どんな見返りが欲しい?」
「全員の知恵を合わせたらもう他人事じゃいられなくなったんだ、まあ宿のお礼ってことにしといてくれ」

 ステアーは改めて俺たちを目で確かめると、シャッターの中へと招いてきた。
 部品を外され解雇もされた消防車が並んだまま、どこからか持ってきた家具が置かれて生活感が溢れてる。

「分かった。みんな中に入ってくれ、立って話すようなことじゃなくなってきたからな」

 そこに運び屋たちから女王までが入ると「お好きなように」と適当にくつろぐように言われた。
 この場にいる全員が信用に値するらしい。ひとまず適当な椅子を探して。

「ステアー、まずこの街の状況を教えてくれないか? それとテュマーのこともだ」

 プレイヤーもPCも損なわれたゲーミングチェアがあった。
 腰をかけようとするものの女王様がものすごく座りたがってたので譲ると。

「そうだな、ここは数か月前に開拓が始まったばかりの町さ。人口だとかこれからの名産品だとかの話は省くが、北にテュマーたちがいる都市の廃墟がある」

 イグレス王国女王の特等席が完成したところで、出所不明のダイニングテーブルに地図が置かれる。
 手書きだが良く描かれた地図だ。
 北部の一部、特にここからずっと先にある都市までが書き込まれてる。

「あんな奴らに割と近いのにここに住んでるわけか」
「俺たちは元々、遠い土地でテュマーを狩りながら生きてた連中なんだ。たまたまこの土地が豊かになってるのに気づいて居座ったわけなんだが、気づいたら北部レンジャーやトレーダーにとっての良い中間地点さ」
「シド・レンジャーズからひいきにされてるのか?」
「もちろんさ、ここができてから彼らにとっていい休憩所ができたんだ。この前のスティング侵攻の時だって立ち寄ってくれたぞ」
「てことはスティングの勝利に貢献してくれた町だな、ありがとう」
「ライヒランドの奴らめ、もう悪さはできないだろうな。ごくまれだが、ずっと北から街の郊外までテュマーがはぐれてくるのを除けば豊かでチャンスに恵まれた町だな」
「――先ほどの話を聞く限りはその廃墟からテュマーを連れて来た、ということになっていたようではあるがな」

 ノルベルトも見に来た。太い指は北の廃墟まで何一つ障害のない道をなぞる。

「それなのよね、この地図見てるとけっこう距離あるじゃない。テュマーとやらは遠くから連れてこれるものなの?」

 女王様がもごろごろキャスターで走ってきた。確かに廃墟からはかなり遠い。
 すると、そんな廃墟からスピリット・タウンまでの間に銃弾を置いて、

「ストレンジャー、あんたらはテュマーのことをあんまり知らなさそうだからまず言わせてもらうぞ。悪意を持てば簡単だ」

 ステアーは答えた。308口径の弾が示すのは北の都市の入り口だ。

「悪意? つまりいたずら心が働けば簡単とでも言いたいのか?」
「似たようなもんだ。そもそもだ、テュマーはナノマシンで"理想的な人間"に書き換えられた人間なのは知ってるか?」
「ああ、聞いた」
「そうさ、150年前のアリゾナじゃ医療目的然り、アスリートからゲーマーのパフォーマンスアップしかり、ナノマシンを使ったインプラントが普及してたのさ。その結果暴走して核戦争後の世界を律儀に生き抜いたわけだが」
「こんな世界でも元気にやってるんだから確かに理想的だろうな。で、そいつらをどうやったら廃墟からここまで連れてこれるかって話となると……」

 そう話したところで、ステアーは「それなんだが」と銃弾を何個も取り出す。
 そして地図の様々な場所に置いていく。
 道路の上や周囲の広大な農地跡、こまごまとした廃墟に目印ができた。

「あいつらは体内に埋め込まれた機械で仲間と通信をしてる。といっても距離はさほど長くはないんだがな」
「つまり身体の中に無線機搭載済みってことか? どうなってんだ」
「そいつが理想的な人類の証拠なんだろ。とにかくそうやって仲間に位置を知らせたり、目撃した獲物の情報を流してるんだ」

 最後に置かれたのがスピリット・タウンを出てすぐの郊外だ。
 まるで廃墟からこの街までなぞっていくような――そういうことなんだろう。

「あいつらは魔法もなしに遠く離れた相手と情報を共有できるってこと? どういう仕組みなのかしら?」

 点々と置かれる銃弾の姿を確かめてると女王様が食いつく。
 そういえばこの人はテュマーを知ってるんだろうか?

「そこの姉ちゃん、一応聞いとくがテュマーのことは知ってんだよな?」

 そんな不安というか疑問を肩代わりしてくれたのは運び屋のハーレーだ。
 問題はその問いかけに対する答え方が手にしていた棒だ、ふぉんふぉん振って何をしたのか主張してる。

「あの黒のかかったゾンビみたいなやつでしょ? 道中でいっぱい襲ってきたから追い払ったわ」
「まあ、そのご様子ならさぞ痛い目見せたんだろうがな。お前いったいどこからきたんだ?」
「それは私の出自? それとも旅の経緯?」
「好きな方でいいぞ、棒の姉ちゃん」
「棒じゃなくクォータースタッフよ、坊や。私は地図で言えばずっと北東のあたりから歩いてきたんだけど」
「北東だって? ふざけてんのか? ミュータントやはぐれテュマーのいる未踏の荒野や廃墟を突っ切ってきたのか?」
「棒で殴り殺したからセーフ!」
「……お前が言うと冗談には聞こえねえな」

 街の北東、あの十字路から照らし合わせるに道外れのエリアだ。
 ヴィクトリア様のロイヤルな指先が正しければ、郊外にぽつんと立った怪しげな廃墟すらも走破したことになるが。

「驚いたな……あんな危険地帯を単身生身で突破する化け物がいるなんて」
「フランメリアのダンジョンに比べればまだまだ楽勝よ」
「何を言っているか分からないが、とにかく未開の地に初めて踏み込んだぐらいの名誉があると思ってくれ」
「ふっ、ならこれで記録更新ね」

 ステアーと部下も化け物扱いするほどに驚いていた。
 ともあれ、置かれた銃弾は一定の間隔で何かを示していて。

「しかし単体じゃ不可能だ。テュマーには数百メートル、一説では五百メートルほどの通信距離があると言われている。だからここの郊外に現れたとしても、いきなり巣窟である都市の廃墟までに直接連絡は飛ばせないわけだ。もしできるとしたら――」
『あっ、じゃあテュマー同士で通信を中継したら廃墟まで届くのかな……?』

 それが何らかの形で繋がってる、と指先が説明しようとしたところでミコが挟まる。

「……今の声はなんだ?」
「おい、お前の方から変な声がしたぞ?」

 事情を知らぬ監視者たちと運び屋たちが困惑してしまった。
 ちゃんと説明するべきだった。まあ仕方ない、短剣をつまんで見せた。

「俺の相棒だ。短剣に精霊が宿ってる」
『あ、あの、こんにちは……ミセリコルデっていいます、お話し中に割り込んでごめんなさい』
「短剣のミュー……いやもういい、わかった、本当にファンタジーなんだな」
「ミュータントの次は精霊だとさ、南は今頃どうなってんだか」

 二人は無理やり納得してくれた。そのままミコは「えっと」と話を続けて。

『テュマーがテュマーを呼んでそれが廃墟まで届いて……なんてことはあるんでしょうか、ステアーさん?』

 おそらくそんなことを示しているかもしれない銃弾の場所と照らした。
 その通りだったらしく、ステアーは郊外から廃墟までを目で追って。

「そう、その通りだお嬢ちゃん。テュマーそのものが中継器になりえるんだ、つまり郊外に一匹いたとして、そいつが仲間を呼んだとしよう」

 最初は郊外を指さす。そこから農地跡のど真ん中の銃弾へ移る。

「極端な例だが、これで一匹がどこかからやって来るとする。そうなると今度はそいつが最初の一匹から情報を受け取って、また仲間を呼ぶ」

 次は道路から外れた小さな廃墟の方へ。そうやって北の廃墟までこぎつけて。

「そしてやってきた仲間がまた同じことを繰り返して、周囲のテュマーたちどころか都市まで届けることができる。本当に極端な話だが、こうなると大規模な軍勢を送ってくる。俺たちの元々住んでた場所じゃ『ホード』と呼ばれる現象だ」
『……だから街の人たちは不安がってたんですね』
「お嬢ちゃんの想像以上だ。あいつらが本気を出すと何をするか分からない、戦車すら持ち出すんだぞ」
『せ、戦車!? テュマーがですか!?』
「おいおい……今なんていった? あんまり聞きたくない名詞だな」
「戦車だ。あいつらは何でも使うぞ、俺たち人類が落としたものはなんだって戦力に組み込んでやがる」

 そしてもしもそんな最悪な事態が達せられた暁には、廃墟から兵器で武装したテュマーガチ勢がやって来るんだとさ。
 ふざけやがって。何が理想的な人類だクソナノマシンめ。

「良かったじゃねえかストレンジャー。お前、人生で戦車を山ほど壊したんだって? 頼りにされるぜきっと」

 ハーレーにおちょくられた。本人の顔色が決して良くないのは間違いない。

「残念だけどいっぱい壊したのは俺のボスの方だ。俺はそんなに壊してない」
「てことは生身で戦車に肉薄してぶち壊したのはマジなんだな。頭のネジがキレた戦闘ジャンキーめ」
「スティングの奴らに同じセリフを言ってやってくれ、たぶん喜ぶぞ」

 改めて地図を見た。
 するとステアーが準備良く銃弾を置いて「郊外に出てきたテュマー」を表現してくれて。

「だが今回はおかしいんだ。一週間ほど前、早朝に街のすぐ目の前までテュマーの群れが来ていた」

 もし実際に目にする風景と合わせるとしたら、街から出てすぐのところでそいつはいただろう。
 それも北から堂々と。

「俺たちはこの街とテュマーを関わらせないように仕事をしているのは間違いないんだ。実際一度も街に近づかせたことはないし、怪しい報告があればすぐに向かって駆除してた。ところが今回はいきなり街の目の前だぞ?」
「で、街の住民はこう考えてるのか? 同じころにやってきた運び屋たちが悪意をもって連れて来たと」
「ああ、しかしだ、もしも本当に彼らが北の廃墟から誘導してきたというなら十匹二十匹で済むと思うか? あいつらのことだから確実に街を潰す覚悟で来るだろうさ」
「俺たちのミスじゃねえかっていう考えも浮かんだがな、あの時郊外にきた奴は数が少なすぎたし装備も貧弱だった」
「彼の言う通りなんだ。攻め込むにしては少ない、偵察にしては不用心、運び屋たちが関与してる可能性が限りなく薄まったんだが」

 悪さをしようと連れてきたならこの程度じゃすまないってことか。
 目の前で考え込むステアーとハーレーを見る限り、今この場には第三の選択肢も生まれてる。
 それは「たまたま、偶然によるもの」だ。楽だろうが俺だったら避けたい。

「なるほどね、ここが危なくなってるのはよくわかった。それで保安官? 最近監視者の一人が失踪したらしいわね?」

 思い悩む面々に女王様がゲーミングチェアで駆けていく。

「ああ、俺の部下なんだがな。一体どういうことか、運び屋の到着とテュマーの出現と重なってそいつが消えた」
「一週間も姿を消してる、と。その人は最後に何をしてたの?」
「非番だ」
「非番ね。休みがある割には街のことに中々手が回ってない様子ね?」
「勘違いしないでくれ、あいつがいた頃はまだどうにか一人は休める余裕があったんだ。だがそのせいでこうなってしまってな」
「それはごめんなさい、じゃあ失踪した監視者はどんな人だったのかしら?」
「名前はナイツ、最近志願してくれた最年少のメンバーだ。元々はミュータントを狩ってる狩人で期待の新人だった」
「なるほど、新入りを休ませる気遣いをしてたところだったのかしら?」
「まあな。少々気合が入りすぎてたやつだ、正義感も強くて勤務外でも街や郊外の巡回をしてくれるからかなり助かっていた」
「何か余計なトラブルに首を突っ込む性分とかはあった?」
「大いにあるさ。だが度はわきまえてる」

 女王様は落ち着いて質問をする一方で、保安官たちも相応の態度で答えてる。
 手は焼いているが手放していい人材じゃなかったのは間違いない。

「ふむ。お前たち監視者は腕も立てば規律もあるように見える、ゆえに無用な争いを起こしたり何も言わず街を去るなどといったことはしないだろうな」
「それも街のためさ。俺たちにとってここは故郷なんだ、手放すのも簡単じゃないし良い場所にしたい気持ちがあるのは信じてもらいたい」

 ノルベルトも確かめるが、こいつらが言ってるのは本当のことだ。
 そこまで分かったところで。

「よし、今度は俺たちからだ。ディアンジェロについて気になる点があった」

 宿で話したことを持ち出した。
 ステアーとハーレーは特に興味深そうに顔を向けてきて。

「実は俺たちも妙だと思ってたんだ。ここ最近、なぜだかこの運び屋たちにやたらと敵意を見せていてな」
「んで、お前が来る前にあいつの怪しさについて噂が始まってたところだ」
「保安官、まずあいつはどんな奴なのか教えてくれないか? 軽くでいい」
「ディアンジェロさんはこの街ができて間もなく来た狩人さ。銃一本でここに来てすぐに信頼を勝ち取ったんだ。外にいるミュータントを狩っていつも肉を供給してくれてる」
「あんたも信用してるんだな、あの宿のおっちゃんも同じだ」
「それはそうさ、この近辺の地形を調べて地図の作成に協力してくれたり、テュマーを見つければ狙撃してくれたり、住民同士のトラブルがあれば割り込んで収めてくれるいい人なんだが」

 運び屋が不機嫌そうにあの物言いを思い出すのはさておいて、保安官はかなり信用した様子で語ってくれる。
 あれだけ住民が賛同するのもそれが理由なんだろうか?

「いや、それにしてもな、この運び屋たちを目の敵にしすぎてる気がするんだ」

 しかし少し思い立って、あの様子にあんまりよろしくない反応を見せた。

『……そのことなんですけど、あの人はなんだか住民の方たちを動かしてるように見えました。ハーレーさんを悪者にしたい、っていうのかな』

 そこに空いた間にミコが突っ込む。
 あの時話した通り、そして見た通り、あいつはところどころおかしかった。

「そうなんだよお嬢ちゃん。いつも彼はそんなにしゃしゃり出るような人間じゃないんだ、最近は少しおかしい気がする」
『ディアンジェロさんがですか?』
「ああ、喋るという時は喋るやつさ。だからこそ信用できるっていうか――まあそこはともかく、普段はもっとクールなやつなんだ。賢者みたいにすっきりしたっていうか」
『違和感を感じたのは何時からなんでしょうか?』
「困ったことにテュマーの時期とまた重なるんだ、これが」
『えっと、じゃあ誰か「少しおかしいな」って思って調べたりはしましたか?』
「もちろんしたんだがな、いつものように獲物を狩って街に卸して家に帰っての繰り返しさ。まあ最近は狩りから帰るのが少し遅いようだが」

 人柄は分かった。宿屋のおっちゃんが言う通り本当に街に貢献してるし、狩りに勤しんでるのは確実だ。

「そうだな、ディアンジェロが薬物を使ってるのは知ってるか?」

 次にクリューサの言ったことを思い出して言ってみた。
 しかし帰ってきたのは「そうだけど?」みたいな普通の顔だ。

「リフレックスのことだろ?」
「知ってたのか」
「知ってるも何も、戦闘用ドラッグなんて普通だろ? 銃を使う時に手振れを押さえるためにも便利だからな。それに落ち着けるから命中しやすくなる」
『薬を使うのが当たり前なんだね、ここって……』
「そうだったのか。まあうちの医者が言うには、その薬を過剰摂取して悪い作用が出てるらしいんだ」
「過剰摂取? ディアンジェロさんが? あの人は薬物中毒者になるような心の弱い人間じゃないんだぞ?」
「ああ、これを見てくれ」

 ここまでドラッグが当たり前の世界なんて思わなかったぞ。
 まあそれなら話しやすい。俺はポケットから一枚の紙を手渡す。

「仲間にクリューサっていう医者がいるんだ。そいつがここに薬物の影響について事細かに書いてる、ちょっと見てくれ」

 事前にあいつに頼んで書いてもらった診断書だ。話してもらった症状のほかにもいろいろとある。
 目の前の二人に手渡すと、しばらく眺めたあと。

「……そうだ、そういえば彼はやたらと汗をかいていたな。周囲をやたらと気にしてる素振りもあったし」
「おいおい、俺から見ても当てはまる点がかなりあるぜ保安官殿。ここに書いてる禁断症状の性欲の肥大ってのもそうなんじゃないか?」
「ハーレー、気持ちは分からなくないが彼のことを悪く言うのはやめろ」
「はっ、テュマー相手によろしくやってるんじゃねえのかあいつ」
「あんたが思ってるほどひどい人物じゃないんだぞ。でも……どうにも引っかかるな」

 監視者側も運び屋側も間近で見ていただけあって思い当たるらしい。
 そうなるとあいつの言動に対する信頼性もいくらか損ねるはずだ。

「俺様も目を通したのだがな、クリューサ先生が言うには薬の悪い影響で「ぱらのいあ」になっている可能性もあるそうなのだが」
「どうであれまともな状態じゃないのは確かでしょうね。保安官、貴方の見解はどうなの?」

 「気のせいだった」に続いて「薬のせい」説も浮上すると、保安官はなおさら悩ましそうにした。
 ノルベルトと女王の言葉にやはり何か触れるものがあるに違いない。
 その場にいる全員に紙が回されると、やがて俺の手元に返ってきた。

「いや、しかしだな、確かに不調とみられるときはあれど、狩りを終えて街へ戻るころにはスッキリとした様子になっているんだぞ? まあそれも薬によるものかもしれないがな」
「どうであれ正常じゃなさそうだろ? なんだかあいつのことをよくかばうな」
「そりゃ付き合いも長いからな。彼の家で一緒に飲み明かしたこともあるし、最近だってナガン爺さんが来たときはチップを出し合って発電に使う核燃料も買ったぐらいだ。悪い人とは思いたくないんだ」

 街のことを思うのも、人付き合いがいいのも事実なのか。
 ノルベルトは腕を組んで考えてる。「本当にいい人なのか?」と思う反面、やっぱり気になるらしい。
 女王様は「だからこそ怪しい」という様子で聞き入ってる。
 するとニクが「ん」とそばに近づいてきた、そろそろ他のことも聞くか。

「それとまた言わせてもらうけど、まずこいつらの運んでる岩塩は本物だ。フランメリアっていうところの岩塩だ」

 俺はバックパックから握りこぶしほどの透明な塊――もとい使いかけの岩塩を取り出す。
 自分の商品と同じものを取り出されたハーレーは流石に驚いており。

「おいおい、なんでうちの岩塩持ってるんだお前?」
「言ったろ、この岩塩はさっきの魔女ガールの故郷のものだ。ずっと前から本人が料理に使ってるし、証拠代わりとはいわんけど運び屋っていう仕事をしてるのは間違いない」
「……ったく何がどうなってんだかさっぱりだぜ。だがまあ、俺たちの疑いを完全に晴らしてくれるわけか」
「ついでに言うとそろそろ塩が切れそうだから買いたいとさ」
「あとで割引はなしだって言っとけ。んで保安官、ひとまずこの街での俺の疑いは晴らせんのか?」

 間違いなくきれいな仕事をしてるとここで証明したものの、ステアーの顔はまだ難しい。
 渋ってる? いや、本当に複雑なんだ。

「俺たちは信じよう。だが問題は住民だ」
「どういうこった?」
「ここはまだリーダーなんていないのさ、なんなら町長を決める選挙が近々あるぐらいだ。それで街の代表者に立候補していて信頼を得ている人間がいると言ったらどうする?」
「……なるほどな、お前たちが現状役に立たねえのは分かった」
「すまない。彼はそれだけ重要な人物なんだ、疑いたい気持ちも承知の上で言わせてもらった」

 そういうことか、監視者たちが深く介入できなかったのもこれが原因か。 

「つまりディアンジェロは怪しいけど疑えない、住民の反発を買うことにもなりえるしほっときたい、ということかしら?」

 悩ましい事実を出されて一同みんな仲良く困ってると、女王様がふと言う。

「そこに『悪者と見定めた奴を逃がせば街がどうなるか分からない』という心配もある」
「そりゃあ現状街の人たちは運び屋さんを疑ってるわけだしね? そしてその疑いを解くのは難しい、中々に極まってるじゃないの」
「ああそうだな、不愉快極まりねえよクソが」

 どっかの国のロイヤルなお言葉に監視者も運び屋もお手上げだ。
 さて、ならばこうしよう。

「それで提案だ。俺たちにディアンジェロを調べさせてくれないか?」
「あんたがか?」
「ああ、ちょうど動ける第三者がいてくれて助かるだろ? この運び屋が安全だってことを証明して帰ってもらって、ついでに行方不明の奴も探す、俺たちにぴったりだ」
「本当に可能なら是非とも一任したいんだが……しかしどうしてそこまでやってくれるんだ?」
「ナガン爺さんの通り道なんだろ? 次通る時ここが廃墟になってたらあの人も俺たちも困るからだ」

 このままほっといても構わないが、いつか食料を届けてくれるナガン爺さんに迷惑がかからないようにするためだ。
 ボスに鍛えられていた時の恩もある、今勝手に返すとしよう。

「……そうか、本当にやってくれるんだな?」

 再三尋ねられた。みんなで頷いた。

「そのつもりできたんだ、なあ?」
『うん。気になるし……おかしいと思ったから』
「ん。お役に立ちたいからきた」
「うむ、それにこのまま放っておくとなんだかもやもやするからな」
「これも快適な旅のためよ、任せなさい」

 そうして話がまとまるとステアーは藁にも縋るような顔をやっと浮かべた。
 ハーレーもなんやかんやで安心してるぐらいだ。

「了解した。度を過ぎない程度であれば君たちが彼の身辺の深いところに関して独断で調べても構わない。ただし人を殺めるだの、暴力に訴えた方法だのを使っての捜査はやめてくれ。今後の町の影響を考えると強引な手段は認められない」
「心配するな、現にこうして話し合ってる」
「それもそうだな。もし援助が必要なら我々に言ってくれ、可能なことはなんでもする」
「女王様もいってたけど『任せなさい』だ。ところで――もう一ついいか?」
「なんだ?」
「ディアンジェロは独り身か? 彼女とか家族とかはいるか?」
「いや、彼はひとりだ。ストイックなやつだよ、そういうのを欲さないやつなんだ」
「そうか。まあ分かった、後は俺たちに任せてくれ」

 ついでに「香水の使い道」もきいたが、周りには使う人間もなしか。
 本人が使ってる可能性があるな。まあとにかく、これで本格的に調べられるぞ。

「……よし、いったんクリューサたちと合流するか。なんか調べてあるはずだ」

 俺は消防署を後にした。後ろから来る信頼の視線相応の結果は出せるようにせいぜい頑張るとしよう。

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