魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

悪性の機械、ひいては化け物

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「――敵だ」「敵がいる、再集合」「有機生命体を発見」「了解、射殺します」

 散弾で生首が損なわれると、周囲の奇妙なやつらは一斉にこっちを向く。
 身なりこそは様々だが、変色した身体と電子的に光る瞳だけは共通していた。
 そんな奴らが発する言葉といえばまさに無機質。ざらざらとノイズの混じった人工的な音声で統一されている。

「……おいおい、まさかこいつがテュマーか?」
『ぞ、ゾンビっていうか……機械、なの……?』

 ナガン爺さんやクリューサの言葉を思い出せば、想像ととても重なる。
 しかし予想外だったのは、その人工音声にさそわれて周囲の民家から続々と同じ姿が出てきたことだ。
 住宅地の奥から武器を手にした人間――いや化け物たちが頭数を揃えれば。

「ご主人! こいつがテュマーだよ……!」

 耳を強く立てたニクが誰よりも早く切り込んだ。
 その正体たる「テュマー」の群れに突っ込むと、先頭のナタ持ちに穂先を叩きつけるも。

「交戦開始! 制圧ッ! 制圧せよッ!」
 
 黒髪わん娘のぴょんと踏み込むような一撃を得物で払い、がきっと金属同士がぶつかり合う。

「散開しろ! 散開!」

 その間に周囲のヒトモドキたちも素早く動く。
 銃を持ったやつが散らばり、白兵戦に備えたものが機敏に距離をつめてきた。

「わっ……!?」
「くそっ!? やっぱこいつがかよ!?」

 ナタで攻撃を弾かれたニクが後ずさったところに、続けざまに横薙ぎの一撃。
 うまく態勢を守ったまま後ろに跳ねたようだが、今度は横から大きなハンマーがぶん回される。

「オアアアアアアアアォォォォォォッッ! アガガガガガガッ!」

 別のテュマーだ! 重たそうな武器と仲良く身軽に迫ってくる。
 その得物はコンクリートつきの鉄筋だ、仲間にあわせてニクにホームランを決めようとしており。

「ニク、伏せろ!」

 散弾銃を向けてトリガを引く、緊急射撃でそいつの脳を吹き飛ばそうとした。
 それなのにだ。攻撃の手をやめて低くかがんで、射線から外れやがった。
 散弾から逸れたテュマーは青い瞳でこっちを一瞥した後、またニクへと殴りかかりに行く。

『よ、避けた……!?』
「おいおい銃避けるとかマジかよ……こんな元気なゾンビがいてたまるか!?」

 愛犬はナタ持ちと格闘中だ、お互い中々攻撃が当たらずにいる。
 それならばと45-70弾に切り替えて腰にぶち込む、そこでようやく足をもつれさせて転んだ。
 すかさず片手で自動拳銃を抜いてトリガを引く。狙いは頭だ。

*Babam!*

 さすがに45口径弾を二発も受ければ大人しくなった。ハンマー持ちがダウン。

「ありがと、ご主人……!」

 倒れた仲間に気を取られたのかナタ持ちの意識が逸れた、そこに槍が顔に突き刺さる。
 目の間をばぎっと貫かれて、全人類共通の弱点を突かれたそれは弱く震えた。

「ウオオオオオアアアアアアアァァァッ!」
「危険因子を感知、危険因子危険因子危険因子コロセコロセコロセ」

 そこに何人かが割り込んできたが、ロアベアの剣とクラウディアのナイフが妨げる。
 振り下ろすはずの手斧を反らされた一体が慌てて距離を置くも。

「なんか人間と機械が合体事故しちゃったみたいっすねえ、あひひひっ」

*Papapapam!*

 素早く片手で抜いた自動拳銃を腰打ちで連射。
 5.7㎜弾に撃たれた身体が強張ったところに一閃――断首成功、こういう時のメイド姿は頼もしい。

「こちらの世界のゾンビとやらはずいぶん戦い慣れてるようだな!」
「オアガッ……!?」

 槍を構えたやつもナイフで受け止められ、懐のダークエルフに何かを口に突っ込まれる。
 ハンドクロスボウだ。よけようのない太矢は口から脳まで直接お届けされた。
 二人はどんどん押し寄せる敵をきれいにさばいていく。

「ウオオオオオオオオオオオオッ! 排除せよ排除せよ害虫駆除ッ」
「標的変更、抹殺! 抹殺! 抹殺! 目標を駆除!」

 畜生が、ぼろぼろな消防士姿のコンビがばたばたこっちに猛ダッシュ中だ。
 消火活動御用達の赤い斧をもってして仲良く鎮火しにきたみたいだが、

「良いではないか! ただの動く的ではつまらんからなァ!」

 その行く先にぶぉんっ、と空気を鈍く裂く音が響く。
 ノルベルトの身体から繰り出される戦槌がまとめて二匹、避ける間もなく胸から上を弾き飛ばしたらしい。
 お見事だ。だが今度は民家の窓からばんっと銃声――散弾をぶち込んで黙らせる。

「こいつらは脳を破壊するか、心臓を潰して……! それで動かなくなる……!」
「変異種ゥゥゥゥッ! 殺す殺す殺す殺すアアアアアアアッ!」

 民家の敵に応戦してると、ニクが飛び出てきたテュマーとまた格闘し始める。
 鉄パイプを滅茶苦茶に振り回して何が何でも叩き割ろうとする姿にうちのわん娘が押されてる――

『……ニクちゃん! ショート・コーリング!』

 ミコがやってくれた! 引き寄せ魔法でニクがそばに戻って来た。
 突然失せた獲物にヒトモドキがたじろぐ――すぐこっちに向くが、その汚い身なりに散弾をプレゼントだ。

「……ミコさま、ありがと」
「気味悪すぎるだろこいつら!? 人語喋って武器使うゾンビとか聞いたことないぞ!?」

 空薬莢を弾きだそうとしたところにぱぱぱっ、と短い連射が挟まった。
 一緒に廃車裏に滑り込む、覗くと塀越しに銃持ちがこっちを狙ってる。
 装填と同時に身を乗り出して撃つが引っ込んでしまった、くそ、短機関銃持ってくればよかった!

「それになんだってんだ!? 俺たちみたいに銃使ってんだぞ!?」

 代わりにHE・クナイを抜いて【ピアシングスロウ】で遮蔽物ごとぶち抜く。
 中でくぐもった爆発のあとに銃声は止む。すると今度は民家の窓からテュマーたちが小銃を撃ってきた。

「クラウディア! 近くの民家に銃持ちが集まってる!」
「片づければいいんだな! 私に任せろ!」
「援護する、いけいけいけ!」

 お手すきになったダークエルフに頼んで、45口径を発生源に向けて撃ちまくる。
 命中なんて期待してない制圧射撃だ。向こうが怯んでくれるからこそできる。
 銃撃が止まった隙にするりとクラウディアは民家の入り口に押し入っていった、後は頼んだ。

「ワアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 が、追加のテュマーどもも外から来た。
 その中で一際テンションの高そうな――さらに重いエンジン音を響かせるチェーンソーを持ったやつがまっすぐおいでだ。
 ……そういうのはお前らが使う道具じゃないだろ、馬鹿野郎!

「おいおいおいおい機械まで使うとかふざけてんのか畜生!?」
『ちぇ、チェーンソー持ってる……!? いちクン逃げてこっちに来てるよ!?』
「人間んんんんんんんんんんん! 伐採いいいいいいいいいい!」

 黒とオレンジの作業服を着たテュマーがどるどる音を立てながら迫る!
 ロアベアとノルベルトは続々迫るバケモンと獲得中、ニクはやる気だが畜生自分にどうにかしろってか!
 弾倉を交換するも人間と木の区別もできないアホは工具を振りかざし……。

「――本当にお前は変な奴ばかり引き寄せるものだな」

 そんな場面に横合いからすたすたクリューサがやってきて、回転式拳銃を持ち上げた。
 唐突に現れた医者の姿に土木系テュマーが「伐採?」と動きを止めるも。

*pam!*

 外しようのない距離での九ミリ弾を頭にしっかり叩き込んだ。
 二度と作業に従事できない身体になった作業員はそれでも大事にチェーンソーを抱きかかえながら死んだ。

「俺だってテュマーがこんな変な奴らだとは思わなかったんだぞ!?」
「その中でトップクラスにおかしいのがお前をカモと思ってたようだが」
「ああそうか俺が一番弱そうってか? 畜生頭にきたぞ!」

 自分をぎゃりぎゃり伐採するほど熱心なそいつから仕事道具をぶんどる。
 血まみれのチェーンソーはまだ使えそうだ、銃よかこいつのが効くだろう。

『えっ……い、いちクン……? 何するつもりなの……?』
「接近戦には接近戦だ、見てろ!」

 クリンのせいで使い方はよく覚えてる、エンジンをぶいんぶいんうならせた。
 持ち主の意志を継いで『伐採』してやろうとノルベルトたちのところへ走る。

「オラァァァァッ! 来いやぁぁぁぁッ! 150年ものの伐採してやるクソ野郎どもがァァァ!」
『伐採っていちクン……!? それで戦うつもりなの!?』

 全力稼働中のそれを掲げて、群がるテュマーと人外二人の間に割り込んだ。
 振りかざすと、得物をぶつけあい身を避けあっていたところを幾分か台無しにできたようで。

「お~! チェーンソーっす! うちも使いたいっすそれ!」
「フーッハッハッハ! 勇ましい奴め! さっそく切り込むがよい!」
「ちょっとミコ預かっててくれ!」

 常人の範疇を超えた理解力のある方が道をどけたところに突っ込んだ。ついでに肩の短剣も預けて。
 群がる中から誰かが止めに来たが、ニクが跳躍しながら身体ごと槍を突き立ててダウンさせた。

「警戒!? 警戒!?」「異常発生! 理解できない!」「異常者を検知、殺せ!?」

 さすがのゾンビモドキ、ヒト以下の存在も面食らってる。
 その中でメイドとナタで斬り合っていた奴と視線が合う、伐採対象発見。

「うおおおおおおおおおおおおらあああああああああぁぁぁぁッ!」

 チェーンソーと一緒にそいつに踏み込んだ、クリンの思い出も込めて回転する刃を叩きつける。
 とっさに防ごうとしたらしいが、得物を握る手に当たってぎゃりりりりっ!と食い込んでしまった。

*BRUUUUUUMMMMMMMMMMMMMMMMM!*

 だからグリップを握った。機械の唸りと共に発する振動が叩き切っていく。
 押し当てたそれから骨ごと雑にぶった切る感触のあと、首元まで達したそれがとうとう人体に食い込んで。

「アアアアアアアアアアアアアァァァァッ!? アバババギャギャギャギャッ!?」

 人間がとうてい出してはいけないような悲鳴を上げてじたばたもがいた。
 しかし重い上に予想外に震えてコントロールできない、首から胸元にかけて勝手にブレードが落ちていく。
 やがて斜めにぶった切られたテュマーが心臓あたりの健康を損ねるに至れば、とうとう動かなくなって。

「――次ィィィィィッ!」

 返り血まみれになりながら引っこ抜く、今度はそばにいたやつに突き立てる。
 棍棒を振り回していたところにいきなり刃先をぶっさせば、回転する刃がぎゅりりりりっと胸をえぐった。
 なんなら骨も貫通して背中まで届いたほどには。おかげで抜けなくなった。

「ぐげげげががががあああああああああッ!!

 チェーンソーを押し付けられたテュマーは倒れた。
 そこにノルベルトが落ちていたコンクリートハンマーをぶん投げて誰かの頭を叩き割る。
 ロアベアもここぞとばかりにざっと後ろに引いて『ゲイルブレイド』を放つ。
 まとめて二匹の首が落ちたところに民家から308口径の銃声――脳天が飛ぶ。

「物騒な武器を使ってるな! まったくおぞましい!」

 クラウディアが奪った小銃で撃ってるらしい、手あたり次第308口径を浴びせていく。

「あああああぁぁぁっ! 仲間、仲間がっ、我々――」

 後ろを取られて絶体絶命、その上で最後のテュマーがたじろいでいたが。

「……これで最後」

 犬の足で地面を蹴り、さながら弾丸のごとく飛んだニクがそいつの頭を貫く。
 それをきっかけにあたりは沈黙した、見る限りは壊滅したようだが。

「……こいつらがテュマーだっていうのか?」

 俺はあの世に送られたゾンビとやらを見る。
 良く確かめるとそいつの異様さが一層分かってきた。
 こいつらは目が機械に置き換わっていて、無機質なレンズに置き換えられてしまってる。
 そして大事なことが一つ。こいつを殺した瞬間の感触は間違いなく人間だ。

「そうだ。それもこいつらは野良だ」

 クリューサは足元から適当に武器を拾った。

「野良?」
「こいつらは街や都市で活動しているんだが、こんな風にわざわざ郊外まで出張する奴もいる。そういうのは装備も行動力も弱いからたいした脅威ではない」
「……つまりまだ弱い方っていいたいのか?」
「そう受け取ってもらっても構わない。まあ今回は運がよかったな」

 そういって拾ったものを渡してくる。
 変わったナタだ。黒い金属みたいなもので作られてて、刃は鈍くて重い。

「俺の知ってるゾンビとだいぶ違うな」

 『分解』して消した。クリューサはもう驚かない。
 とりあえず近くのテュマーからものを漁ろうとするのだが。

「……おい! みんな! 向こうから――」

 ここでクラウディアが何かに気づいた。
 北の方、ずっと続く荒野に双眼鏡を向けている。
 言われたように目を向けると……人の姿が遠くに見えた。

「気づかれたか」

 クリューサは分かっていたらしい。
 なんとなく俺だって分かる、音を聞きつけてやってきたんだろう。

『あの、どうしたんですか……?』
「テュマーの群れがこっちに向かってるぞ! すごい数だ」
「そういうことだ、こっちの存在がばれた。さっさと朝飯を食べて移動するぞ」

 よくわかった、だからやばいんだな?
 単眼鏡で覗けば様々な姿が規律をもって、ゆっくりとこちらに近づく光景がある。

「なるほどな、あいつらのヤバい理由はこれか?」

 興味津々に遠くを見始めたロアベアとノルベルトに単眼鏡を渡した。

「お~……さっきよりいっぱいいるっすね」
「むーん、あれだけ殺したのにすさまじい数ではないか、どこから来たのだ?」
「獲物を見つけると仲間を連れてぞろぞろやってくる、これがもしも都市部だとかそういう場所だったら……どうなるか分かるだろう」
「地獄絵図ってことか」
「そうだろうな、もっとも奴らは天国にも地獄にも拒絶されてるようだが」

 あるいは天国も地獄もいっぱいか、どうであれ迷惑なのは確かだ。
 俺はあたりの武器を分解する暇もなく、急いでリム様のところへ戻る。

「おかえりなさいませ皆さま、どうでしたの?」
「見ての通りだ、やばいことになった」
「なんでこいつはじゃがいもを――いやもういい、出発の準備をしておけ」
『……食欲湧かないよ……』

 まあ、うん、肝心の本人はというと呑気にじゃがいもを食らっていたが。
 返り血だらけの俺たちは急いで朝飯をかっ込んでここから離れることにした。
 朝飯の味? 朝からあんなの見せられて胃に流し込むのがやっとだ。
 けっきょく、ここがあいつらに占拠される前に食事を残して西へ向かった。

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