魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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広い世界の短い旅路

出たな芋女!

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「アイペス、お前イメチェンしたのか?」

 ウェイストランドをぺたぺたと這うガチョウの背中に聞いてみる。
 すると「Honk!」だとさ。くるっと回って羽を広げてポーズをとってくれた。
 いったいどこの魔女様がつけたのか、赤いリボンが首に巻いてある。

「そうか奇遇だな、俺もイメチェンしたところなんだ」

 負けじと擲弾兵のアーマーをこんこんノックしてみせたが興味はなさそうだ。
 それもそうか、なりたての新兵の姿なんてまだまだか。
 ガチョウが道路をなぞり、湖からだいぶ離れたところまで案内されたところで。

「今のプレッパーズタウンではガチョウと話す能力でも求められるのか?」

 立て続けの非常識な光景にやられたクリューサがうんざりしていた。
 たぶんリム様と会おうものなら一層気分を損ねそうだが我慢してもらおう。 

「何も考えずに鉛玉をごちそうする前に仲良くしてみろ、ってツーショットとかいうやつに教わったのは確かだ」
「そして犬とガチョウとお友達になれたわけか。お前のボスが誰かさんの交友関係に頭を抱えていたそうだが、なるほど同情するな」
「次はだれとお友達になればいい? さっきのカニか?」
「できることなら北部のミュータント全部と仲良くなってくれ、そうすれば俺たちの旅は安泰だ」

 そうして二人でガチョウの尻を追ってると、後ろからがつがつと硬い音がした。
 何かが石を叩くような――これは足音か?

「――馬だ! こんなところに馬がいるぞ!」

 正体に関してはクラウディアの声がそのまま答えになったようだ。
 振り向くと見慣れない姿がこっちへ向かうところで、荒野にそぐわぬ白い姿がアスファルトを蹴っていた。
 たてがみから足まで真っ白な馬が力強く荒野を駆け、俺たちに大きな姿をふりまいている。

「今度は馬だとさ、クリューサ」
「きっと運命の出会いだ、友達になってみたらどうだ?」

 立ち止まってその姿をおがむが、白馬は勢いを落とさぬまま走り続ける。
 まるで俺たちなんて障害物程度にしか思ってないのか、堂々とした様子で素通りをしようと構えてるところだ。

『……野生の馬じゃなさそうだよ……?』

 だが違和感を覚えた、ミコだって気づくほどにおかしい。
 プレッパーズタウンのものよりずっと大きく逞しい身体つきで、そこに馬具が着せられてたからだ。
 持ち主の所在はともかくこうして好きに走るだけの自由は得られたらしい。

「こっちじゃ馬もいるのか?」
「俺やお前がいた西側ならともかく、北部の過酷さでは馬なんて生きてはいけないぞ。あれは恐らく誰かの馬のようだが」
「ああ、なんか綺麗だし馬具がついたままだな」
「どうであれ飼い主もいなくて気楽にやってるのは間違いない」
「よし捕まえよう! いや食べるつもりじゃないから安心してくれ!」
「クラウディア、お前があの馬を食おうが手なずけようが自由だが、誰が面倒を見て誰の負担になるのかよく考えろ」
「馬なんて食べるわけないだろう!? おいしいらしいが!」
『言葉から食欲がにじみ出てますクラウディアさん……あっ、行っちゃった』

 世紀末らしからぬ馬は特に愛想も見せようとしないまま、俺たちよりずっと早く北へと消えてしまう。
 こっち側のウェイストランドは不思議だ、カニと鳥に会って次は馬か。
 荒野に姿を消した馬の後ろ姿に続いて、俺たちもガチョウ頼りに先へ進めば。

「……ん。なんだろう、おいしそうな匂いがする?」

 近くを歩いていたニクがすんすんし始めた。
 少なくともカニの化け物の足以外の匂いがあるらしく、耳も尻尾も関心している。
 誰かの使い魔も「急げ」とばかりに足を忙しく走らせるほどで。

「なんかうまそうな匂いがしてきたな……」

 俺も感じ取れた、向こうの方からいい香りが漂っている。
 ガチョウのスピードが増せば増すほど、その正体ははっきりとしてきた。
 なぜなら道路の脇、ちょうど車を止めるにはちょうどいいスペースで記憶にあるトレーラーの姿が留まっていて。

『――じゃがいも以外の食材が欲しいですわ!』

 更に近づいたのを後悔した、そこから届いた第一声がジャガイモだ。
 装甲と機銃で礼儀正しく身なりを整えた武装車両があって、それは間違いなくあの『ナガン』爺さんの身分証明なりえた。

『嬢ちゃん、こいつはブラックガンズみたいに食い物をよこすための車両じゃないんだぞ。残念だがあるのは缶詰ぐらいだ』
『ふっ、ご心配ありませんわ。小麦粉とバターとチーズだけは常備するように心がけておりますから!』
『しかし中佐が言っていたことは本当だったわけだな、こんな子供がこれほどうまい飯を作れるとは……』
『あっそこの方、もっとじゃがいもの皮を剥いてくださるかしら!?』

 賑やかさが間近になれば、物騒なトレーラー近くに集まる人の姿があった。
 良く整えられた装備で武装した人間や、使い古したスーツと帽子で商魂を示すような白髪の老人がいた。
 適当な荷物を椅子代わりに休んでるところで、皿を抱えて楽し気に食事中だ。

「まったく、うちの従業員は料理人じゃないんだぞ。まあここ最近は銃を持って棒立ちするだけの簡単な職務になってたからいい刺激にはなりそうだが」
「働かざるものなんとやら、ですわ! こちらの缶詰を使ってもよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ使ってくれ。どうせ昼飯に適当に食う味気ない缶詰だ、お前がおいしく料理してくれるなら構わないさ」
「ではこのお肉の缶詰めとジャガイモを組み合わせて――」
「あー、もしもしナガン爺さんたち?」

 そこに挟まってしまった俺たちは、タイミングが良かったのか悪かったのか。
 いきなり現れた「ストレンジャーと愉快な化け物たち、お医者様を添えて」の顔ぶれに最初は呆然としていた。
 中には皿に残った一品を急いでかきこんで武器に手を付けるやつもいたが。

「……おいおい、まさかお前は!」

 のんびりと食事に手を付けていた老人がすぐに気づいてくれた。
 やっぱりナガン爺さんだ。あの時から変わらぬ姿で、こっちに気づくと嬉しそうに立ち上がる。

「お久しぶり、ちゃんと出世してきたぞ?」
『お久しぶりですナガンさん。わたしのこと、覚えてますか?』

 俺はいつぞや出世払いの恩を作った相手に、擲弾兵の姿を強調した。
 その意味がすぐに分かったんだろう、あの時の商人は親しく近づいてくる。

「こんな面白いやつ忘れるもんか。元気だったかお前たち?」
「ああ、ちょっとライヒランドに道をどいてもらった」
「その噂ならたっぷりと耳にしたぞ、おかげさまでようやく商売が再開できるようになった」
「ずっと北にいたのか?」
「ああ、あいつらが橋のあたりでわいわいやるもんだから迷惑したところだ」

 擲弾兵兼ストレンジャーを見て一通り満足した次は、後ろに目をつけたようだが。
 昼食のデザート代わりにしては濃厚すぎる人外魔境を見ると、流石の世紀末世界の商人も困っており。

「哨戒任務中と聞いたがまたずいぶんと仲間が増えたようだな。なんだか個性の強い顔ぶれというか……」
「実際その通りだ、メイドにオーガにエルフに顔色の悪いお医者様もいるぞ」
「あ、どうもっす~。デュラハンメイドのロアベアさんっすよ、コードはエクスキューショナーっす」
「初めてお目にかかるなご老人、俺様はオーガの子のノルベルトだ。またの名をブルートフォースだ」
「クラウディアだ、よろしく頼むぞお爺さん」
「化け物と同列で俺を語るか。お前は喧嘩をうってるのか? そうだな?」
『いちクン、クリューサさんに失礼だよ……』

 特にプレッパーズが正式にバケモンを取り入れたことに困惑してる。
 ロアベアめ。挨拶代わりにお食事中のところ首を掲げてご挨拶しやがった。
 ナガン爺さん(と周りの従業員)は最初こそ引いていが、すぐにあきらめたように笑い。

「喋る短剣に犬に加えてイングランドの妖怪、角の生えた巨人か。お前もプレッパーズも少し見ない間に変わったものだな」
「いろいろあったよ。本当にいろいろ」
「ああ、ヴァローナのクソ野郎の頭を二人でぶっ飛ばしたところまで聞いたぞ。人生で一番の知らせだった」
「そりゃよかった、いい気持ちになれたか?」
「あいつは私にとっても気に食わない相手だったからさ。ライヒランドの連中は商売を脅かす害虫同然だったが、これでしばらくは安心できるだろう」
「ちゃんと地獄に送ったから安心してくれ。首から下だけは現世にあるけどな」
「ざまあみろライヒランドの人食いどもめ、これでアリゾナ・キャラバンの未来は明るいぞ。ところでお前、あの犬は――」

 少しして、いつもそばにいた犬のことが気になったみたいだ。
 つながりからして事情を知ってるんだろうが、そばのヒトに近づいた姿を「こいつだ」と紹介すれば。

「……ん、こんにちはナガンさま。あの時のアタックドッグだよ」
「……化けたというのは冗談じゃなさそうだ、いやまさか本当にそんな姿になるとは。コードの通り人狼だったわけか」

 自分の名前を呼ばれたことに驚いてはいたが、すぐ迎え入れた様子だ。
 これからのプレッパーズに少々不安こそは覚えてるものの、なんだか俺たちを目で楽しんでる。

「――まあ、もしかするとその声はッ!」

 ナガン爺さんと二人で込み入っていると、ようやくあの声がした。
 美味しそうな料理の香り漂うトレーラーの中から白髪の女の子がひょこっと出てくる――ロリな方のリム様だ!

「やっぱりリム様か! 元気だったか!?」
『りむサマ、お久しぶりです! ついこの前別れたばっかりなのになんだかすごく懐かしいや……』
「イっちゃん、ミコちゃん! お久しぶりですわ、なんだか私もとっても久々に会う気分です! あっじゃがいも食べます?」

 スティングの一件が濃すぎたせいか、その姿がひどく懐かしく感じる。
 リム様は紅い目をまんまるに開いて、小さな羽をぱたつかせ、尻尾をくねくねさせながらこっちに飛びついてきた。
 顔はとってもにっこり甘えるように喜んでる――両手に握った芋を添えて。

「んもーやっぱりじゃがいも持ってきたこの人……」
『ほんとにじゃがいもと一緒に来ちゃったね……』
「お二人ともどうかしましたの?」
「いや、リム様が相変わらずで安心しただけだ」
「ふふふ、私はいつだってあなたの知っている腹ペコの魔女ですから。それにしてもイっちゃん、少し見ない間に立派になっちゃって……」
「一生分の経験をした気分だよ」
「頑張ったのですね、よしよし……。お腹すいてませんか? じゃがいも食べます?」
「ねえとりあえず再会の場面にじゃがいも挟むのやめない?」

 じゃがいもごと抱き着いてきた、受け止めると肩に顎を乗せて背中をよしよしされた。
 柔らかそうな顔を一段と緩める姿が本当に懐かしい、何年いや何十年も見てこなかったような感覚すらする。
 少し抱きしめて離すと、穏やかな笑顔こそは見せてくれたものの。

「……お二人とも? わんこは……?」

 俺たちの間にあの姿がいないことにすぐ気づいた。
 黒いジャーマンシェパードの姿が見えず、まるで「何があったのか」と少し不安そうに見上げてきた。

「……ん。リムさま、ぼくだよ」

 そこにニクがそそっと割り込んできた。
 耳を横に落ち着かせて、ゆったり尻尾を振りつつ迫る黒髪の犬っ娘に多少は驚いたらしい。
 けれどもリム様にも、あの犬の姿と照らし合わせることぐらい造作もなかったのか。

「ニクだけど……覚えてる?」

 かくっと犬らしく首をかしげたところで、小さな魔女は自分と同じほどの犬っ娘(男)に迫って。

「まあ! もしかしてもしかしてっ! 精霊になったのね、わんこ!?」

 その正体すら掴んだらしく、とっても嬉しそうに抱き着いた。
 ニクも喜んでた、尻尾をよく振って抱き返している。

「……はっ!? でもあの子はオスでしたわ!? でもここにいるのは女の子……もしや偽物では」

 しかしまあ、ここで余計なことをおっ始めるのは流石リム様というべきか。
 オスだったはずのニクの姿を、このわんこパーカーとスカートをはいたもちっとした美少……年と結びつけるのは困難を極めるらしい。

「オスだから安心してくれリム様、ほら中はちゃんと男だから!!」
「――では確認いたしますわ。オラッ! 見せろッ!」
「あっ……♡ ふ、二人とも……っ♡ みんなの前でスカートめくっちゃ、や……っ♡」
『なんで二人ともスカートめくろうとしてるの!? やめなさいっ!』
「……お前たち、再会の嬉しさは分かるんだが飯時にそんなことをするのはやめてくれないか」

 信じてくれるための最速ルートということで二人でスカートをめくろうとしたが、ナガン爺さんの一声もあって不発した。

「ふふふ、こんなに可愛らしい精霊になったのですね。よしよし……♡」
「ん♡ この撫で方、久々……♡」

 ともあれニクだと分かるといつものようになでなでしはじめて。

「飢渇の魔女リーリムか、お前も来ていたのか」

 そんな姿を見てあんまりよろしくなさそうな様子のクラウディアもきた。
 確かじゃがいもテロの被害者だったはずだ。

「あっじゃがいもの名産地の」
『じゃがいもの名産地!? それクラウディアさんの故郷を示してるの!?』
「お前にじゃがいもを植えられた恨みは忘れないぞこの暴食芋悪魔め」
「おいしいから大丈夫ですわ! ところでご飯作ってますけれど食べます?」
「食べるぞ! お腹が減ってたんだ!」

 ……褐色エルフの過去の遺恨も料理の前には勝てなかったらしい。
 それからリム様は近くにいたクリューサにも目をつけると。

「……そこのあなた、顔色が悪いですわ。ごはんちゃんと食べてます?」
「"魔女"というのはいきなり人の顔色について物申すような人種なのか、あちらの世界の住人はさぞ気苦労してるだろうな」
「大丈夫ですわ! そんな死体のような不健康さもじゃがいもを食べれば解決します!」
「おいお前たち、こいつはひょっとしなくても俺は侮辱されてるのか?」
『……どうか慣れてください』
「ようこそ先生、これがリム様だ」
「こんなやつと付き合えるお前たちを今始めて尊敬しようと思う」

 肌色の悪いものぐさな表情を見て健康を心配してくれたそうだが、当のお医者様はそんな魔女に青筋立てそうなほどキレかけてる。
 約一名の第一印象が最悪な点を忘れて、続いてノルベルトも優しく見上げて。

「ノルベルトちゃんもお元気でしたか? あなたもすっかり逞しくなっちゃって……」
「フハハ、ご覧の通りたっぷりと徳を積んだぞ。フランメリアの者どもがいてな、彼らと共に侵略者と戦ったのだ」
「すてぃんぐとやらにあちらの世界の方々が集っていたという噂は本当でしたのね。大丈夫? お怪我はしませんでした?」
「目を射抜かれたがミコがすぐ治してくれたぞ、いや実に痛かったが良き経験になったわ」
「まあ、目を……! 許しませんわ! どこの馬の骨かわかりませんがその者たちの土地に毒々しいジャガイモをたっぷりと植え付けて差し上げます!」
『毒々しいジャガイモ……!?』
「案ずるなリム殿、イチとボスがしかと報復をしてくれた。俺様も何倍に返してやり返したのだから遺恨などないぞ」

 しゃがんで視線をあわせてくれたオーガの頭を子供みたいに撫でた、ただし会話は物騒だ。
 そして最後に向いたのが――近くの従業員にカニの足を押し付け、首の取れたメイドが一匹。

「……あら、こちらのメイドさんはどうしたんですの?」
「あ、どうもっす~。リーゼル様のところで働いてたメイドのロアベアさんっすよ」
「リーゼルお姉さまのところのメイドさんでしたの!? これは奇遇ですわ! あっでもクビになったのかしら?」
「いやあ、無言で欠勤してるんで職のほうもクビかもっすねえ。あひひひっ♡」
「心配はご無用ですわ! お仕事がなかったら私がいくらでも雇って差し上げますから!」
「今のところは大丈夫っすよ~、イチ様が雇ってるようなもんなんで……いひひひ♡」
「雇ったっけこいつ……」
「そんな~」

 何かとゆかりのある人物だったらしく、クビだけのメイドを取ってご対面している。
 変じ……一癖あるやつ同士気が合うというか、リム様は生首を抱っこしながらこっちを見て。

「ところでそのでっかいカニの足はなんですの!? もしや新手の食材ですの!?」
「あーうん、誰かさんがこいつ食おうって話になってたんだけど」
「カニの化け物をみんなで狩ったんだ! 魔女リーリム、こいつを料理できるか!?」
『えっ料理ってまさか本気で食べるつもりなの……?』

 いまだ元気にPDAをカリカリ言わせる、シーフードの香りたっぷりのカニ足に目をつけたらしい。

「っておい、それはミュータントクラブの足じゃないか? どうやってあんな怪物を狩ったかはしらんがそんなゲテモノ食うつもりだったのか?」
『ゲテモノ!? やっぱりそんな扱いなのこのカニ!?』
「そのゲテモノとやらのの内臓もここにあるが。ちょうどいい、このあたりなら安全だろうし抽出作業に入らせてもらおう」

 ナガン爺さんもクソデカサイズのカニ足に驚いてる、殻いっぱいのポイズンカニ味噌にもことさら驚いてたが。
 クリューサが鞄からあれやこれやと道具を出して仕事に取り掛かり始める中、料理上手な魔女はカニ肉を分捕り。

「ちょうどよかったですわ! ちょうどいま皆様にご飯を作ってましたの! これでお料理のレパートリーが増えますわ~!」

 ひゃっは~いいながらトレーラーの中に行ってしまった。
 ついでに「イっちゃん手伝ってくださいまし~」と声がした、分かったよ行けばいいんだろ……。

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