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世紀末世界のストレンジャー
グッドボーイ 【ニクの挿絵あり】
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「……疲れちゃった」
身を整えて休もうとしていると、くたくたになったニクが床の上で伸びていた。
あれから質問続きで、それでもこいつは表情一つも変えずに穏やかに答えた。
本当にニクなのか、私が分かるか、物珍しがっていろいろな奴がそう尋ねると、覚えてる事一つ一つを丁重に返す。
楽しそうだった。まるでこうして人と話せるのが夢だったみたいに、ずっと話してたわけだ。
「ニク、そこ床の上だぞ……」
『ニクちゃん……? 床に寝転がっちゃだめだよ……?』
しかしまあ、犬だったころの癖は抜けてないようだ。
人に近い姿をしたニクは今、俺の荷物のそばでごろんと横たわってる。
もしそれがいつもの黒いジャーマンシェパードだったら当り前の光景だけど、今回ばかりは違う。
「え……? ダメ、だった……?」
可愛い犬の女の子(男)は身体を起こしてショックを受けてる。
違う、そうじゃないんだ、両手両足耳尻尾以外ほとんど人間のやつを地べたに這いつくばらせる光景をこれ以上目の当たりにしたくないんだ。
「そんな姿で地面に転がってると、なんかこう、ひどいことしてるみたいですげえ嫌だ……!」
「……ぼくは大丈夫だけど? それに、ご主人の匂いがするから安心するし」
「いやもう間接的じゃなくて直接的でいいからとにかく来い頼むマジで。お前は大丈夫でも俺が致命傷なの!」
『流石に女の――男の……子?を床に座らせたままなんてかわいそうだよ……』
本人は頑なにくつろいだままだが、必死の呼びかけもあって耳をぺとっと倒して寂しそうにやって来た。
腰かけたベッドのすぐ隣をぽんぽんすると、やっぱりたじたじで。
「ご主人の寝床にお邪魔するなんて、なんだか気が引けるんだけど……」
「お前を部屋の置物みたいにする方がずっと気が引けるんだぞ。まあ座れ」
『そんな姿になれたんだから、もっといちクンに近づいてみよう? ねっ?』
ミコになだめられてようやくぺたんと座ってくれた。
背筋をぴんと伸ばしてそれはもうぴったりと。すぐ真横では「座りましたよ?」ともじもじ見上げる顔がある。
「こ、こう……?」
茶色い瞳を見つめ返すと、今度はてれてれし始めた。尻尾も後ろで踊るほどに。
くっついてきたり見上げてきたりする仕草は確かに黒い犬のそれだ、でも今はリム様ほどの背丈の子がやっているんだぞ?
……距離感が掴めない。面影は重なれど、どうしてもニクだと思えないんだ。
「……ご主人? どうかした?」
『……い、いちクン? 固まっちゃってるけどどうしたの……?』
ベッドの上で密着したまま腰をかけて、しばらくにらめっこが続く。
最初はまるで何か期待するようなものがあったのに、段々と不安げなものに変わっていく。
次第に寂しそうな悲しそうな、そんなものすらじんわり浮かぶ。耳もぺこりと倒れたままに。
こういうとき、どうすれば――そう思ってると不意にあの言葉がよみがえる。
『イチ様の為に身を張ってくれたんすから、ちゃんと報いてあげないと駄目っすよー? 姿は変われどみんなの知ってるわんこなんすから』
そうか。ロアベア、やっぱりお前は俺なんかより気遣いのできるやつなんだな。
変な色眼鏡は外そう。この姿はニクの本心そのものだ、そうだろう?
「……そういえばお前、覚えてるか?」
すぐ隣に密着したその姿に尋ねてみた。
あの犬らしく、かくっと首を傾げられる。続けた。
「前にかばってくれたよな? ほら、みんなでニルソンに来た時のことだ」
「……うん、覚えてる。アルテリーの狩人が隠れてて、ご主人がやられちゃうって思った」
「お前がニクなら聞かせてくれ、どうしてああまでして俺を守ってくれたんだ?」
ずっと思ってた疑問だ。どうしてあの時、身を挺してくれたのか。
もしも言葉を交わせるなら聞いてみたい、そんなささやかな気持ちがあった。
たまたま会って、餌を与えて、連れ出して、それだけで誰かの命の引き換えになりうるものはどこにある?
「あの時、ぼくに銃を向けたよね……?」
そこから切り出された言葉はなんとまあ気まずいことか。
ドッグマンへのトラウマでリボルバーをしつこく向けたことは、自分にとってもはや黒歴史だ。
まあ、最近はそうでもないが。殴り殺すほどには。
「……あの時は悪かった、申し訳なく思ってる」
『……向けてたね』
「ん、大丈夫。あの時のご主人、かなり気が立ってたし。何か事情があってああなってるって思ってたから」
なんてこった、犬にすら気を遣われたのか俺は。
あの時銃口を向けたやつは、こうしてゆるく笑んで見上げてるのだが。
「……でも、優しくしてくれたよね? ごはんも食べさせてくれたし、ちゃんとミコさまに謝ってたし、こんな争いが絶えない世界らしからぬ不思議な方だって思ってた」
「よく見ててくれてたんだな、お前」
「うん。ご主人のこと、ずっと見てるから」
ニクは隣でゆったりしている。
「あのあと、二人とも行っちゃったけど……すぐにぼくを待っててくれたよね?」
「ああ、すぐ気が変わった」
「……ぼくの寂しさを受け止めてくれて、とっても、とっても嬉しかった。ずっとそばにいたいと思った」
こいつを連れて行こうと思ったとき、なんて思ってたか。
そういえばこうだったな、俺だって寂しいのは嫌だ、ただそれだけだ。
寂しい思いをさせたくない。そんな考えがニクを連れていくきっかけだった。
「まさか、それがあそこまでしてくれた理由なのか?」
俺はあれからずっとついてくる相棒を見た。
「……ダメ?」
あの犬らしい様子で耳を少し伏せたまま、こっちの顔色をうかがってる。
お前はそれだけの理由で何度も助けてくれたんだな、相棒。
「ありがとな。グッドボーイ。やばい時はまた助けてくれよ?」
もしも言葉が通じたら言いたかったことの一つを告げた。
ついでに耳のあたりを撫でた。クールな表情のままくすぐったさそうだ。
「……ん♡ これからもよろしくね、ご主人」
「まったく、そんな理由で代わりに毒矢受けるやつがいるか普通は?」
膝をとんとん叩いて「おいで」と促した。
「……ご主人、ぼく重いかもしれないし……だめ」
「お前ごときで潰れるほどヤワな鍛え方はされてないぞ、おいで」
「……ほんとにいいの?」
「今までずっと抱っこさせてくれなかっただろ? 今日ぐらいいっぱい甘えてくれ」
真横でぴたっとお行儀よく座る黒い犬っ娘(男)がためらうものの、しつこくアピールすると。
「……じゃあ、甘えるよ? ほんとにいいの?」
「遠慮すんな。甘えられるのも飼い主の仕事だろ?」
「……ん、分かった……えいっ……♡」
恥ずかしそうに、半人半獣な身体で抱き着いてきた。
犬らしい両手を広げてしがみつき、膝の上にちょこんと座ってくれる――と思ってたものの、なぜか向かい合いまたがっていて。
「これが、ご主人の身体の感触……♡ おっきくて、あったかい……んへへへ……♡」
両足は腰に絡まり、腕は背中に回され、肩には顎を乗せて甘ったるいニク添えストレンジャーの出来上がり。
どういうことなんだ。なんでこんな距離感バグった抱き着き方されてるんだ。
『……あ、あの……見た目が危ないよ……!?』
「……なんか思ってたんと違う……」
対面するような形で抱き着いたまま、愛犬は黒い尻尾をぱたぱたさせている。
それにしても柔らかいと思う。首に当たる頬はもちもちしてるし、ものすごい力で絡んでくる太ももは柔らかいし、絶対の男の身体じゃない。
いつか必ず確かめよう。そう誓いつつ、今はたっぷり甘えさせることにした。
「リム様びっくりするだろうな、なんたってうちの犬がこんなになってるからな」
『ふふっ、そうだね。ニクちゃん見たらどんな反応するんだろう?」
「とりあえず奇行に走るよな……」
『うん、あの人絶対するよね……』
あのジャガイモの悪霊が果たして何をやらかすかは今は考えないでおこう。
積極的な姿でくつろぐニクの頭を撫でてやった。前よりもさらっとした毛並みはいつまでも撫でていられそうだ。
「んへへ~……♡ いつもより気持ちいい……♡」
「ニク、お前いつもそんな感じで撫でられてたんか……?」
「……そうだよ? 耳に触られると、くすぐったくて気持ちよくて……♪」
「えっじゃあここは……!?」
「あっ……!♡ し、尻尾は掴んじゃ……っ♡ んぉっ……♡」
『あの、二人とも……? ちょっと見た目がまずいからやめた方がいいと思うよ、さもないと……』
えらい形で抱き着くニクをいつもみたいに撫でまわしてると――
*がちゃっ*
見知ったタイミングでドアが開く。「さもないと」が具現化された。
開いた隙間から首ありメイドはいつもの好奇心旺盛な顔を覗かせてきて、
「対面座位っすか~?」
ばたん。
そう残してからお帰りになった。畜生、またお前かロアベア!
「ロアベアァ! あの野郎言うだけ言って逃げやがった!?」
『ロアベアさん!? それだけ言いに来たのまさか!?』
「ろ、ロアベアさまっ……♡ あっあっ♡ し、尻尾ごしごししちゃ……♡」
『いちクン、尻尾しごくのやめなさい!』
『そういうプレイなんすねぇ、アヒヒヒー♡』
「お前何しに来たんだよ!? 物申しにきただけなら帰れェ!」
「今日も眠りにきたっす~」
『……どうしていつもいちクンの部屋で寝ようとするのこの人!?』
「いいよもう、どうせ何言ってもあいつ寝に来るし……」
しがみつくニクをぞんぶんに撫でまわしてると、今だに自分の部屋をもたないメイドが侵入してきた。
「ちゃんとうちの枕も持ってきたっす!」
それも真っ白な枕を抱えて。もういいよ、好きにしろ。
『ロアベアさん首外して寝るから意味ないよね……!?』
「さすがに手ぶらで来るのは失礼だと思うので持参してきたっす」
「手ぶらで来なくなった分お前の成長を感じるよ」
また俺の部屋が混沌と化している。
対面座……愛犬ホールド中の半人半獣っ娘(男)に、喋る短剣に、枕と生首を添え始めるメイド。
義勇兵たちがこんな情報過多な部屋で眠ってる擲弾兵を見たらどう思うだろう、たぶん士気激減だ。
だけどもう慣れた。明日に備えて今日はもう寝よう。
「こんな姿になってもやっぱりあの時のわんこなんすね~。よしよし~♡」
「あっ♡ や、やめて……っ♡ 尻尾はしごいちゃ……あふっ♡♡」
『なんでロアベアさんもニクちゃんの尻尾しごいてるの!? やめなさい!』
「いやだって手に届きやすい場所にあるから……」
「いい感じに動いてるからついつい手が伸びちゃうっす、アヒヒヒ♡」
『だからってみだりにいじっちゃ駄目だよ!?』
「だ、大丈夫……♡ でも、尻尾はご主人だけのものだから……♡」
『何言ってるのニクちゃん!?』
『おい、やかましいぞお前たち! 何度俺の眠りを妨げれば気が済むんだ!?』
離れようともしないニクをとりあえずなだめてたが、クリューサの声が扉越しに響いてやめた。
……冷静になった俺たちは寝ることにした。
「寝るか」
『…………うん、寝よう?』
「もう夜も遅いっすからねえ、それじゃおやすみなさいっす~……」
大人しく翌日に備えようとすると、ニクがぴょんと飛び降りた。
どうしたんだろうと横になりながら様子を見てると、なぜか小さな体はちょこちょこと荷物の方へ向かっていて。
「……じゃあみんな、おやすみなさい」
こっちにおやすみの挨拶を向けてから、床の上でごろんと体を横たえて――
「ニク、待て」
『まってニクちゃん』
いやどこで眠ろうとしてるんだお前。
さすがにまずいので制止を向けるが、当たり前のような姿勢できょとんとされる。
「……ん、どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ! お前どこで寝てるんだ!?」
「ニク君、そこは床っすよ」
「……でも、ここで眠らないとご主人の荷物を見張れない」
「荷物よりお前が心配なの!! いいからこっちにこい!」
「ぼくなら床で大丈夫だから、心配しないでほしい」
『さすがに小さな子を床に寝かせるなんて気が引けるよ……』
「あーもう無理やり連れてくからな。ロアベア、奥詰めてくれ」
「ちゃんと寝るときは服脱ぐんすよー? アヒヒー」
「えっ……ご主人と裸で……? は、恥ずかしいけど……脱がないと、ダメ?」
「ロアベアァ!」
『……いつにもなくめちゃくちゃだよ』
……ニクがこんな姿になってから問題がまた増えた気がする。
ドッグフードは美味しそうに食べるわ床で寝るわ、今後の俺の生活は大丈夫なんだろうか。
◇
身を整えて休もうとしていると、くたくたになったニクが床の上で伸びていた。
あれから質問続きで、それでもこいつは表情一つも変えずに穏やかに答えた。
本当にニクなのか、私が分かるか、物珍しがっていろいろな奴がそう尋ねると、覚えてる事一つ一つを丁重に返す。
楽しそうだった。まるでこうして人と話せるのが夢だったみたいに、ずっと話してたわけだ。
「ニク、そこ床の上だぞ……」
『ニクちゃん……? 床に寝転がっちゃだめだよ……?』
しかしまあ、犬だったころの癖は抜けてないようだ。
人に近い姿をしたニクは今、俺の荷物のそばでごろんと横たわってる。
もしそれがいつもの黒いジャーマンシェパードだったら当り前の光景だけど、今回ばかりは違う。
「え……? ダメ、だった……?」
可愛い犬の女の子(男)は身体を起こしてショックを受けてる。
違う、そうじゃないんだ、両手両足耳尻尾以外ほとんど人間のやつを地べたに這いつくばらせる光景をこれ以上目の当たりにしたくないんだ。
「そんな姿で地面に転がってると、なんかこう、ひどいことしてるみたいですげえ嫌だ……!」
「……ぼくは大丈夫だけど? それに、ご主人の匂いがするから安心するし」
「いやもう間接的じゃなくて直接的でいいからとにかく来い頼むマジで。お前は大丈夫でも俺が致命傷なの!」
『流石に女の――男の……子?を床に座らせたままなんてかわいそうだよ……』
本人は頑なにくつろいだままだが、必死の呼びかけもあって耳をぺとっと倒して寂しそうにやって来た。
腰かけたベッドのすぐ隣をぽんぽんすると、やっぱりたじたじで。
「ご主人の寝床にお邪魔するなんて、なんだか気が引けるんだけど……」
「お前を部屋の置物みたいにする方がずっと気が引けるんだぞ。まあ座れ」
『そんな姿になれたんだから、もっといちクンに近づいてみよう? ねっ?』
ミコになだめられてようやくぺたんと座ってくれた。
背筋をぴんと伸ばしてそれはもうぴったりと。すぐ真横では「座りましたよ?」ともじもじ見上げる顔がある。
「こ、こう……?」
茶色い瞳を見つめ返すと、今度はてれてれし始めた。尻尾も後ろで踊るほどに。
くっついてきたり見上げてきたりする仕草は確かに黒い犬のそれだ、でも今はリム様ほどの背丈の子がやっているんだぞ?
……距離感が掴めない。面影は重なれど、どうしてもニクだと思えないんだ。
「……ご主人? どうかした?」
『……い、いちクン? 固まっちゃってるけどどうしたの……?』
ベッドの上で密着したまま腰をかけて、しばらくにらめっこが続く。
最初はまるで何か期待するようなものがあったのに、段々と不安げなものに変わっていく。
次第に寂しそうな悲しそうな、そんなものすらじんわり浮かぶ。耳もぺこりと倒れたままに。
こういうとき、どうすれば――そう思ってると不意にあの言葉がよみがえる。
『イチ様の為に身を張ってくれたんすから、ちゃんと報いてあげないと駄目っすよー? 姿は変われどみんなの知ってるわんこなんすから』
そうか。ロアベア、やっぱりお前は俺なんかより気遣いのできるやつなんだな。
変な色眼鏡は外そう。この姿はニクの本心そのものだ、そうだろう?
「……そういえばお前、覚えてるか?」
すぐ隣に密着したその姿に尋ねてみた。
あの犬らしく、かくっと首を傾げられる。続けた。
「前にかばってくれたよな? ほら、みんなでニルソンに来た時のことだ」
「……うん、覚えてる。アルテリーの狩人が隠れてて、ご主人がやられちゃうって思った」
「お前がニクなら聞かせてくれ、どうしてああまでして俺を守ってくれたんだ?」
ずっと思ってた疑問だ。どうしてあの時、身を挺してくれたのか。
もしも言葉を交わせるなら聞いてみたい、そんなささやかな気持ちがあった。
たまたま会って、餌を与えて、連れ出して、それだけで誰かの命の引き換えになりうるものはどこにある?
「あの時、ぼくに銃を向けたよね……?」
そこから切り出された言葉はなんとまあ気まずいことか。
ドッグマンへのトラウマでリボルバーをしつこく向けたことは、自分にとってもはや黒歴史だ。
まあ、最近はそうでもないが。殴り殺すほどには。
「……あの時は悪かった、申し訳なく思ってる」
『……向けてたね』
「ん、大丈夫。あの時のご主人、かなり気が立ってたし。何か事情があってああなってるって思ってたから」
なんてこった、犬にすら気を遣われたのか俺は。
あの時銃口を向けたやつは、こうしてゆるく笑んで見上げてるのだが。
「……でも、優しくしてくれたよね? ごはんも食べさせてくれたし、ちゃんとミコさまに謝ってたし、こんな争いが絶えない世界らしからぬ不思議な方だって思ってた」
「よく見ててくれてたんだな、お前」
「うん。ご主人のこと、ずっと見てるから」
ニクは隣でゆったりしている。
「あのあと、二人とも行っちゃったけど……すぐにぼくを待っててくれたよね?」
「ああ、すぐ気が変わった」
「……ぼくの寂しさを受け止めてくれて、とっても、とっても嬉しかった。ずっとそばにいたいと思った」
こいつを連れて行こうと思ったとき、なんて思ってたか。
そういえばこうだったな、俺だって寂しいのは嫌だ、ただそれだけだ。
寂しい思いをさせたくない。そんな考えがニクを連れていくきっかけだった。
「まさか、それがあそこまでしてくれた理由なのか?」
俺はあれからずっとついてくる相棒を見た。
「……ダメ?」
あの犬らしい様子で耳を少し伏せたまま、こっちの顔色をうかがってる。
お前はそれだけの理由で何度も助けてくれたんだな、相棒。
「ありがとな。グッドボーイ。やばい時はまた助けてくれよ?」
もしも言葉が通じたら言いたかったことの一つを告げた。
ついでに耳のあたりを撫でた。クールな表情のままくすぐったさそうだ。
「……ん♡ これからもよろしくね、ご主人」
「まったく、そんな理由で代わりに毒矢受けるやつがいるか普通は?」
膝をとんとん叩いて「おいで」と促した。
「……ご主人、ぼく重いかもしれないし……だめ」
「お前ごときで潰れるほどヤワな鍛え方はされてないぞ、おいで」
「……ほんとにいいの?」
「今までずっと抱っこさせてくれなかっただろ? 今日ぐらいいっぱい甘えてくれ」
真横でぴたっとお行儀よく座る黒い犬っ娘(男)がためらうものの、しつこくアピールすると。
「……じゃあ、甘えるよ? ほんとにいいの?」
「遠慮すんな。甘えられるのも飼い主の仕事だろ?」
「……ん、分かった……えいっ……♡」
恥ずかしそうに、半人半獣な身体で抱き着いてきた。
犬らしい両手を広げてしがみつき、膝の上にちょこんと座ってくれる――と思ってたものの、なぜか向かい合いまたがっていて。
「これが、ご主人の身体の感触……♡ おっきくて、あったかい……んへへへ……♡」
両足は腰に絡まり、腕は背中に回され、肩には顎を乗せて甘ったるいニク添えストレンジャーの出来上がり。
どういうことなんだ。なんでこんな距離感バグった抱き着き方されてるんだ。
『……あ、あの……見た目が危ないよ……!?』
「……なんか思ってたんと違う……」
対面するような形で抱き着いたまま、愛犬は黒い尻尾をぱたぱたさせている。
それにしても柔らかいと思う。首に当たる頬はもちもちしてるし、ものすごい力で絡んでくる太ももは柔らかいし、絶対の男の身体じゃない。
いつか必ず確かめよう。そう誓いつつ、今はたっぷり甘えさせることにした。
「リム様びっくりするだろうな、なんたってうちの犬がこんなになってるからな」
『ふふっ、そうだね。ニクちゃん見たらどんな反応するんだろう?」
「とりあえず奇行に走るよな……」
『うん、あの人絶対するよね……』
あのジャガイモの悪霊が果たして何をやらかすかは今は考えないでおこう。
積極的な姿でくつろぐニクの頭を撫でてやった。前よりもさらっとした毛並みはいつまでも撫でていられそうだ。
「んへへ~……♡ いつもより気持ちいい……♡」
「ニク、お前いつもそんな感じで撫でられてたんか……?」
「……そうだよ? 耳に触られると、くすぐったくて気持ちよくて……♪」
「えっじゃあここは……!?」
「あっ……!♡ し、尻尾は掴んじゃ……っ♡ んぉっ……♡」
『あの、二人とも……? ちょっと見た目がまずいからやめた方がいいと思うよ、さもないと……』
えらい形で抱き着くニクをいつもみたいに撫でまわしてると――
*がちゃっ*
見知ったタイミングでドアが開く。「さもないと」が具現化された。
開いた隙間から首ありメイドはいつもの好奇心旺盛な顔を覗かせてきて、
「対面座位っすか~?」
ばたん。
そう残してからお帰りになった。畜生、またお前かロアベア!
「ロアベアァ! あの野郎言うだけ言って逃げやがった!?」
『ロアベアさん!? それだけ言いに来たのまさか!?』
「ろ、ロアベアさまっ……♡ あっあっ♡ し、尻尾ごしごししちゃ……♡」
『いちクン、尻尾しごくのやめなさい!』
『そういうプレイなんすねぇ、アヒヒヒー♡』
「お前何しに来たんだよ!? 物申しにきただけなら帰れェ!」
「今日も眠りにきたっす~」
『……どうしていつもいちクンの部屋で寝ようとするのこの人!?』
「いいよもう、どうせ何言ってもあいつ寝に来るし……」
しがみつくニクをぞんぶんに撫でまわしてると、今だに自分の部屋をもたないメイドが侵入してきた。
「ちゃんとうちの枕も持ってきたっす!」
それも真っ白な枕を抱えて。もういいよ、好きにしろ。
『ロアベアさん首外して寝るから意味ないよね……!?』
「さすがに手ぶらで来るのは失礼だと思うので持参してきたっす」
「手ぶらで来なくなった分お前の成長を感じるよ」
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対面座……愛犬ホールド中の半人半獣っ娘(男)に、喋る短剣に、枕と生首を添え始めるメイド。
義勇兵たちがこんな情報過多な部屋で眠ってる擲弾兵を見たらどう思うだろう、たぶん士気激減だ。
だけどもう慣れた。明日に備えて今日はもう寝よう。
「こんな姿になってもやっぱりあの時のわんこなんすね~。よしよし~♡」
「あっ♡ や、やめて……っ♡ 尻尾はしごいちゃ……あふっ♡♡」
『なんでロアベアさんもニクちゃんの尻尾しごいてるの!? やめなさい!』
「いやだって手に届きやすい場所にあるから……」
「いい感じに動いてるからついつい手が伸びちゃうっす、アヒヒヒ♡」
『だからってみだりにいじっちゃ駄目だよ!?』
「だ、大丈夫……♡ でも、尻尾はご主人だけのものだから……♡」
『何言ってるのニクちゃん!?』
『おい、やかましいぞお前たち! 何度俺の眠りを妨げれば気が済むんだ!?』
離れようともしないニクをとりあえずなだめてたが、クリューサの声が扉越しに響いてやめた。
……冷静になった俺たちは寝ることにした。
「寝るか」
『…………うん、寝よう?』
「もう夜も遅いっすからねえ、それじゃおやすみなさいっす~……」
大人しく翌日に備えようとすると、ニクがぴょんと飛び降りた。
どうしたんだろうと横になりながら様子を見てると、なぜか小さな体はちょこちょこと荷物の方へ向かっていて。
「……じゃあみんな、おやすみなさい」
こっちにおやすみの挨拶を向けてから、床の上でごろんと体を横たえて――
「ニク、待て」
『まってニクちゃん』
いやどこで眠ろうとしてるんだお前。
さすがにまずいので制止を向けるが、当たり前のような姿勢できょとんとされる。
「……ん、どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ! お前どこで寝てるんだ!?」
「ニク君、そこは床っすよ」
「……でも、ここで眠らないとご主人の荷物を見張れない」
「荷物よりお前が心配なの!! いいからこっちにこい!」
「ぼくなら床で大丈夫だから、心配しないでほしい」
『さすがに小さな子を床に寝かせるなんて気が引けるよ……』
「あーもう無理やり連れてくからな。ロアベア、奥詰めてくれ」
「ちゃんと寝るときは服脱ぐんすよー? アヒヒー」
「えっ……ご主人と裸で……? は、恥ずかしいけど……脱がないと、ダメ?」
「ロアベアァ!」
『……いつにもなくめちゃくちゃだよ』
……ニクがこんな姿になってから問題がまた増えた気がする。
ドッグフードは美味しそうに食べるわ床で寝るわ、今後の俺の生活は大丈夫なんだろうか。
◇
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