魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

カルトに別れの挨拶を。105㎜砲弾で

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『スピロスさんにプラトンさん……!』
「来てくれたのか! 一足先に暴れてたぞ!」
「まさか単身乗り込むとはなァ、大したやつじゃねえか坊主!」
「おかげで楽に乗り込めたぜ、今全員でお邪魔してるところだ!」
「牛と熊のミュータントが跋扈ばっこしてるというのか? なんということだ」
「あぁ? なんだそのでっかい犬は」
「そこの白いワーウルフはどうしたんだ? 拾ったのか?」
「いやミュータントっていうかワーウルフっていうか……」

 武器庫の前で頼もしい姿をふりまく二人と合流を喜んでいると、

『悪魔どもめ! 焼却だッ! 【ブレイズ・ウェーブ!】』

 通路の奥の方から急にそんな声が――マナの作動音も聞こえる、まさか!
 発生源はどこだと首を出すと、白装束がまさにその通りの炎の壁を生み出しており。

『ま、魔法!? 二人とも入って下さい早く早くッ!』
「……はぁぁッ!? なんであいつら魔法使ってんだァ!?」
「うおおおおおやべえ丸焦げになるぞ退避しろォォッ!」

 大急ぎで二人を武器庫に招いた直後、粘つくような炎の壁が過ぎていく。

「畜生! まさかスペルピース使ってたのかこの教団ってのはよォ!」
「もしかしたらまだあるかもな、持ち帰ってあっちで高値で売ろうぜ!」
「今のは炎はなんだ!? 新手の兵器か!?」
「魔法だよ! 俺の出番だな!」

 さすがに慌てふためいてしまう白いやつを押し退けて、俺は武器庫を物色する。
 いい武器があった。木製銃床のついたドラムマガジン式の機関銃だ。
 レシーバー右側面のボルトを引き切って装填。重機関銃持ちの二人はすぐに俺の役目を理解したらしい。

「そうだオメー魔壊しだったな! 行って来い!」
「援護してやる、いけるようになったら合図をくれ!」
「了解、任せろ!」

 ついでに置いてあった柄付きの手榴弾もぶんどってから発火させた。
 通路のからは詠唱音や銃声が聞こえ始めてる、こっちに向かう足音も確かにある。

「ご主人、魔法が来た方からいっぱい敵が来てる……!」
「あいつらもう持ち直したのか、でも残念だったな。こちとら――」

 出入口からニクの言う「いっぱい」がいるだいたいの方向に放り込む。

『……しま、った! グレネードッ!』
『は、離れろ! くそっ、我々の武器庫がっ』
『防御魔法! 急げ! 早く守れ!』

 二秒しないうちに爆発、すかさず機関銃を腰だめに構えたまま身を出して。

「魔法は効かないからな! クソカルトども!」

 その先にいた奴らにトリガを絞った。

*Brtatatatatatatatatatatatata!*

 爆風と破片で体制を崩した連中に308口径をばら撒く。
 【マナ・ディフェンド】で魔力の盾に守られた連中もいたが構わず貫いた。
 次の詠唱してる姿もあるがそれごとぶち抜く、ありったけの弾を叩き込む。

『お、おのれっ……良くも兄弟を……!』
『私がやるわ! 【アイシクル・テンペスト!】』

 次の一団が遠くからやってきた、誰かが青い魔力を解き放つ。
 ほんの僅かの後、鋭い氷の欠片が混じった強風が襲い掛かってきたものの……寒いと思った直後に消えた。
 ゆっくり息を吐いて構え直す。白い息と照準に『奇跡が効かない』などと喚く信者を重ねる。

「――やれ! 一人も逃がすな!」
「便利だなァ、オメーは!」
「逃げろ逃げろ、的当てしちまうぞ!」

 トリガを絞ると二人の獣人も加わった。
 二挺分の五十口径も混ざって通路は地獄の底みたいなやかましさだ。
 室内で撃つべきじゃない威力は十二分に発揮されて、そこにいたはずの人間の塊はひき肉に早変わりだ。
 屈強な化け物が重機関銃を振りかざす姿に背を向けるが手遅れだ、余すことなく死ぬ。

「こいつはいいな、持って帰って害獣退治に使いてぇ」
「火力過多すぎんだろ、お前の土地めちゃくちゃになるぞ」

 二人は50口径入りのデカい弾倉を交換した、魔物モンスターに現代火器を渡すとこうなるんだな。

「援護ありがとう、助かった」
「いいってことよ。それよりまだ敵がいるみてぇだな」
「数だけの連中かと思ったんだが魔法も使うとなるとな、厄介すぎるぜ」

 まだまだ魔法の発動音やらは聞こえる、一体どれだけいるんだか。

「……ここまで来ると外の世界が楽しみなものだな」

 遅れて白いやつも出てきた。恐る恐るな感じで。
 撃ち尽くした軽機関銃を捨てると、ニクもてくてく近づいてきて。

「……ご主人! 倉庫の方から敵の匂いがする……!」

 犬らしく尻尾をぴーんと立てて教えてくれた。
 倉庫――まさか!

『倉庫ってことは……オスカー君が!』
「くそっ、やばいかもな」
「どういうことだよ坊主ども!」
「何がどうやばいんだ、簡単に説明しろ!」
「子供が避難してんだよ! 急ぐぞ!」

 ニクの嗅覚を頼りにするなら、そこに敵が来てるのは間違いない。
 でもそうなると奥にいる子供たちはどうなる? 良い結果にはならないはずさ。
 ひき肉になった信者たちを飛び越えて進む、倉庫はすぐだ。

「――グルルルルルルッ!」

 通路をまた進んだ先で黒い獣が二匹、ドッグマンだ。
 押し倒した信者たちを貪っていて、すぐ俺たちに敵意を向けたものの。

「せえええええええいッ!」

 その近くの部屋が突然にぶち破られる。
 屈強な半身を軍用色なカーキの上着で包んだオーガが、威勢よく二匹の背後に飛び出る――ノルベルトだ!

「フーッハッハッハ! 少しは楽しませてみろ、ワーウルフの出来損ないめ!」

 現れるなりさっそく黒いドッグマンの脳天に戦槌を叩き下ろした。
 ごぉぉぉん、とかいう生物が発してはいけないような音を立てて頭が潰れる。
 そこに剣を抜いた首ありメイドも入り込んで、

「本当にこの犬のお化け飼ってたんすねえ、アヒヒー♪」

 敵の眼前で停止、大ぶりの一撃を放って首を払った。
 いきなり首を刈られた黒い怪物は「ギャン……ッ」と苦しそうに倒れた。首の皮一枚を残して繋がったままに。
 生命を損ねたミュータントを蹴り飛ばすと、ノルベルトはあの強い笑みで。

「フハハ、抜け駆けで荒らし回っていたようだな。愉快なことになっているぞ」
「切り落とせなかったっす~……」
「おかげで入りやすかっただろ?」

 こっちに近づいてきた、握った拳をぶつけあう。ロアベアは首差し出してきたのでスルーした。

「なんだ、このファンタジー小説にでも出て来そうな連中は」
「ファンタジーそのものだ。おい、このドッグマンは味方だ、間違えるなよ」
「……ロアベアさまにノルベルトさま。ご主人のこと、助けて来たよ」
「さすがわんこっすねえ、あひひ……♪」
「フハハ。よくぞやったなニクよ、奴ら死ぬほど慌てふためいているぞ」

 合流した。ファンタジー色の強くなった光景に白いやつは言葉を失いかけてる。
 しかしこの二人すらニクだっていってるんだから、やっぱりニクはもう――。
 いや、考えるのはよそう。慣れ親しんだ犬の姿じゃなくてもニクはニクだ。

『オスカー! あなたも来るのよ! そんな穢れた子たちは捨ててお母さんについてきなさい!』
『お前たちは神の教えに背くのか!? 早く来い、マザーのため、白狼のために私たちと共に戦え!』

 先を急ぐと、とうとうそんな声が耳に届く。
 目の前には倉庫。入り口前に敵が数名、邪魔だどけ。

「――しッ!」

 開いた扉の前に立つ白装束にクナイを抜き放った、頭部にぐっさり刺さる。
 「おぁ……!」と崩れ落ちたところにニクが突っ込み。

「……あとはお願い、ご主人……!」

 白いやつと並んで詰めた。散弾銃を持ち上がるより早く顎を貫かれて止まる。
 仲間のドッグマンは槍で串刺しにされたそれの横を通り過ぎて、何か魔法を詠唱し始めた奴に向かい。

「我らの邪魔をするな、狂った信者どもが!」

 二度と続きを唱えられないように顔を噛み潰した。口の中にもがき死ぬ信者を素通りすると――

「……お前なんか、親じゃない!」

 開きっぱなしの部屋を背に、子どもたちをかばってそう告げるオスカーがいた。
 周囲には今にも連れ去ろうとするやつらが――背中から弓を抜く。

「おい! こっちだ!」

 矢筒から矢を数本抜いて呼びかけると、信者どもの意識がこっちに向いた。

「くっ供物がっ! まさか貴様の仕業かァッ!」

 拳銃持ちの一人が構える、胴にポイント、番えた矢をびっと引いて離す。
 解放された矢がびすっと腹を貫いた。その隣で小銃を向ける女性をなぞり撃つ。

「おほぅ……!?」
「この子たちを悪魔に奪われるぐらいならふぎゃっ!?」

 首をぶち抜かれてダウン、杖をもった男が隣にいる――最後の一本で射る。
 膝に矢が刺さった。これで信者引退だ。
 残りは顔が潰れた誰かさんの母親だけか。武器を戻して近づく。

「おぁぁぁぁっ!? 膝っ膝がああああああああぁぁッ!?」
「あ、悪魔……どうして、どうしてなの? この子の信仰が足りなかったというの!?」

 距離を詰めると、信仰心たっぷりな女性は引いた。
 その手はオスカーを掴んでいて、一緒にどこまでも逃げようという魂胆を感じる。
 何より肝心な本人は嫌がってるわけだが。

「そいつを離せ」
「離す……? 何をいってるの!? この子は私の大切な――」

 そんな抗議の言葉がまったく心に響かないのも、手にした物のせいだろう。
 片手に鞭が握られていた。人間が馬とかを叩くときに使うような短いやつだ。
 視線で「それはなんだ」と目星をつけると、相手は取り繕うように床に捨てた。

「そうか、こんなので悪魔を払ってたのか?」

 俺は周りに「手を出すな」と送ってから拾い上げた。
 振るとかなりしなった。これで殴り続ければ肌はボロボロ、肉も千切れるだろう。
 まだ頭突きの痕がぬぐいきれない顔が明らかに引きつったが、

「…………オスカー、たすけて」

 そんな一言を振り向いた直後、オスカーがとうとう動いた。
 母親を助ける? 違うね、すぐ近くで転がってる死体に向かってだ。
 でもその小さな手は迷うことなく、床に落ちた回転式の拳銃を……くそっ!

『オスカー君!? ダメ、そんなの……!』
「……悪魔は、お前だ……!」

 最悪なことに、さんざん教えられた使い方を自分の母親に向けやがった。
 いや、させるかよ。両腕で持ち上げられたそれの前に手を突っ込むと。

*pampampampampam!*

 滅茶苦茶にトリガを引かれた。
 アラクネのグローブ越しに六発分の熱と、小口径の衝撃が解され届く。
 もう少しで親殺しになってただろうが、どうにか全て遮れた。

「あっ……ああっ……嘘……」

 熱々の弾がこつこつ落ちる。我が子の行いが信じれなかったんだろう、親が崩れた。
 それでも銃は向けられる――見れば、歯を剥きだしに憎しみいっぱいのまま構えてた。
 全弾撃ち尽くしてもなおトリガがカチカチと音を立てるぐらいに。

「……馬鹿か、お前は」

 弾さえあればどこまでも殺し続けられそうなものをはぎとった。
 そこでようやく我に返ったんだろう、オスカーは静かに震えだす。

「……ごめんなさい」

 ようやく出せた言葉が俺への謝罪か。
 よくわかったよ。お前はそれだけ母親が憎かったのか。

「いいんだよオスカー。つらい時は甘えたっていいんだ。だからこういうときは大人に任せろ、そんな選択させるもんか」

 この子はきっと、ずっと独りだったんだろうな。
 生きるというより生き延びていたというような、そんな生き方だったに違いない。
 傷だらけで耐えたのも銃の使い方を分かってるのも、生きるためだったんだな?
 馬鹿野郎が。どいつもこいつも馬鹿野郎だ。

「……悪魔、そうよ、悪魔」

 放心するオスカーを支えてやっていると、後ろでぶつぶつと声がする。
 こいつの母親は相変わらずだ。それどころか、ただでさえぐちゃぐちゃな顔を正真正銘の化け物みたいに歪ませていて。

「悪魔ッ! 悪魔悪魔悪魔悪魔! お前は私の子じゃない! 悪魔の子、そうよ私の人生につきまとってきた悪魔――!!」

 落ちていた武器を拾う――が。

「いい加減にしろ……!」

 そんな俺たちの様子をずっと間近で見てただろう、スピロスさんが割り込んでくる。
 何度も見せてくれた気さくな様子はない。迷宮で暴虐の限りを尽くしてそうな本物のミノタウロスの形相が、乱れまくった母親を掴んでいた。
 腕すらへし折りかねない勢いだ。武器を掴んだ手を引いて、その潰れた顔を寄せると。

「オメーがどんな信仰しようが、どんな教えを広めようが知ったことか。だがな」

 怒りだけが浮かぶモンスターの表情にあてられて、毒親の顔がみるみる萎む。

「自分のガキがいらねえってのか? 今すぐ続きを言ってみやがれ、その身体引きちぎってやる」 
「あなたみたいな魔の怪物に、聖なる人間の尊さなど分かる者ですか……!」
「そうかいらねえんだな、じゃあこいつは貰ってくぞ」

 なおも続けられる狂った言葉に、獣人の手はオスカーに向かった。
 ミノタウロスの身体といい、人間の首など簡単にへし折れそうな手といい、子供が思わず後ずさりするのに十分なだったが。

「……オメー、一人で戦ってたんだな」

 ようやく元の親しみのある顔に戻った。
 それは後ろの子供たちにも向けられて、かすかに憐れんでるようなものを感じる。
 そして「待って……!」と懇願する親などいなかったかのように、 

「……うん」
「ついてこいよ。少しはマシな思いができるようにしてやるよ、よく判断したな」

 オスカーが頷きついていく。
 もう片方の獣人の熊の手がくいくい招くと、奥の子供たちも恐る恐るな形でやってきて。

「……よくも、よくも私の幸せを! クソガキが! あんたなんていらないんだよ! 悪魔に食われて死んじまえ!」

 工場の外へ連れ去られるそれに、母親はまだ変わっちゃいなかった。
 哀れだ。もうここには何も残されちゃいない。
 自暴自棄になったそいつは諦めも悪いようで、俺をひと睨みすると武器を拾おうとする。

「おい、よく聞け」

 落とし物の拳銃のシリンダを開く。ポケットから九ミリ弾を出して込めた。
 一発ずつ丁重に込めていくと、そのたびに元母親はびびっていたものの。

「お前がこれから何をしようが自由だ、別に今すぐ改心して追いかけようが構わない」

 フル装填したリボルバーを置いて蹴った。ちょうどそいつの足元に当たる。
 チャンスを得たとイカれた目が下を向くけれども――背中から三連散弾銃を抜く。

「でもまだやるっていうなら話は別だ。そいつを拾って俺とやるか。あきらめるか、好きな方を選べ」

 そう添えて、おどおどした顔に銃口を突き付けた。

「戦う気がなければ去れ。そして二度と俺たちに手を出すな、いいな?」

 目が合った。手は震えて、口はカタカタ音を立てて、身体は拾うか逃げるかで迷ってる。
 少しでもそぶりを見せたらぶち抜く、とばかりに指をトリガに当てた。
 その上で睨んだ。今までさんざん怖いだの言われたあの目で、殺すつもりで見た。

「うっ」

 もっと強くにらみつける。銃身と共に一歩前進、青ざめる顔に近づいて――

「宇宙――宇宙が見える――」

 急に変なことを言い出した。
 いやもともと変だったが、目がめちゃくちゃにあたりを見回している。

「あああああっ! ああああっ! あなたはっ! あくっ! まっ! ちがう! 宇宙の目! 宇宙の目が!!!」

 錯乱した元母親は急に取り乱し始める。
 どうしたんだ、様子がかなりおかしい……そう思ってた矢先、急に自分の指を。

「目ッ! 三つに裂けた! 燃える目!! ばはははははははははははっ!!」

 ぐちゅっ。
 そんな嫌な音を立てて、いきなり両目をえぐってしまう。
 ミコが『ひっ……』と小さく声をひきつらせた、周りが困惑しつつ止めようとするが。

「あなたは! そう! 神様をお持ちだったのね! 三つに分かれた燃える瞳が! 月に吠える化け物と黒い翼が! 痴れた神どもがいる観客席! ばはははははははっ!」

 もはや人間すら宿ってるのか怪しい様子で、支離滅裂なことを口走りながら走り出す。
 目をぐちゃぐちゃとほじくりながら、命ある限りどこまでも……。

「……オマエ、何かしたのか?」

 人外の者すら受け入れがたい異常な様子に、白いドッグマンが気味悪がった。

「色々したらしいぞ」

 どうであれ、これでもうオスカーは親に困ることはないはずだ。
 微妙な空気のまま死体をよけて倉庫へと出ていく。するとその先から、

「はぁ、はひっ、こんなのっ、みとめない、みとめないわ……」

 戦いが入り乱れる工場を必死に走ってきたであろう、あのふくよかな女性がいた。
 顔はぎっとりと汗で汚れて、重たそうな足を目の前で引きずるところで。

「マザー! さあ早く! 奴らが……」
「あなたが生きていればまだ望みはあります! 良き未来のためにどうか――」

 遅れて取り巻きの信者たちもやってきた。問題は、そのどれもが出てきた俺たちをみて絶望してるって点だが。

『【黒槍の術!】』

 そこにかすかなマナの発動音が横やりを入れてくる。
 目と鼻の先でばしゅっと黒い槍が生えて、そこに立っていた奴らが串刺しになり。

「ヒャハハハァァァ! 馬鹿みてえに固まってんじゃねえ自殺志願者がァ!」

*Papapapapapapapapam!*

 身動きを封じられたところにアーバクルの笑い声が5.56㎜を飛ばす。
 どうにか免れたとやらはぶくぶくに太った身体で倉庫に飛び込んできた。

「あ……あなたは、なんということをしてくれたの……!? この世の終わりよ、世界は地獄に変わるのよ……! 現世を失いたくなければ、どうか私を……」

 他の奴にも目もくれず、歳を食った顔に見合わないめちゃくちゃなことを口にする。
 しかしそんな余裕も、ゆっくり迫るドッグマンの前には無意味だったようだ。

「こうしてオマエと直接話すのは初めてだな、マザー」
「ド、ドッグマ……白狼様!? まさかあなた、彼女を解き放ったの!?」
「ノーコメントでいいか? そいつはお前に用があるみたいだからな」

 待ち焦がれたシチュエーションに水を差すわけにもいかない、教祖様と崇拝対象の間から離れる。

「白狼様……! あなたは悪魔に惑わされているのです、どうか気を強く」
「下らん茶番に付き合ってやっていたが、まさかここまでつまらないとは思わなかったぞ。ワタシを使い増長していたようだが……」
「違うのです、白狼様! 我々はただ穢れた世を正そうと貴方のお力を借りただけなのです、なので」
「よくもあのような下衆な生き物たちの子を孕ませようとしたな? あの首輪の礼も忘れんぞ、ここは何か面白い余興を見せてくれれば許してやってもいい。死にたくなければ神の機嫌を取って見せろ」

 自由になった白色は今にも噛みつきそうだ。口が少しずつ開いている。
 そんな様子に教祖の老人は後ずさりつつ。

「……来ないで、化け物……! わ、私はまだ夢があるのにっ、いい暮らしができたばかりなのにこんなっ」

 倉庫から出ていこうとするが、その先で待ってたのはアレクたちだ。
 こちら側、とくに今にも人に噛みつきそうなミュータントにアーバクルが軽機関銃を構えるが「撃つな」と制すると。

「論外だ。貴様は苦しんで死んでもらう」

 とうとう化け物の口が開き切った。
 肉と脂肪がたまった下半身をひとかじりにすると、肉の潰れる嫌な音を立てながら持ち上げる。

「ああっっいぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 食べるとか嚙み千切るとかじゃない、だ。
 皮膚も肉も骨もぶぢゅぶぢゅと潰して、戦利品みたいに高々と掲げたまま、暴れる供物を連れていく。
 逃げようものなら振り回し、抗おうものなら叩きつけ、通路に殺到した義勇兵やらなにやらの間を堂々と進む。

「あー、皆さん。お取込み中だから手は出すな、いいな?」

 周りに釘をさしつつ、段々と人の形を失う教祖を連れてく化け物に付き添った。

「……イチよ、この惨状は一体なんなのだ」
「囚われのお姫様が逆襲したっていえば伝わるか?」
「あれがお姫様? ドッグマンじゃねえか」
「ははっ、あれ教祖様か? 食われてやがんの」

 その後姿を見逃すアレクに最低限説明してると、アーバクルやヒドラもきた。
 とても異常な光景だった。見知った顔がいっぱいいる中、踊り食いされた教祖様が外に運ばれていくのだから。
 やがて白いドッグマンは歯を立てながら玄関までたどり着き、外の空気をいっぱいに浴びることになったのだが。

「……おいおいおいおいどうなってんだそりゃ」
「白いドッグマンとやらがいるとは聞いたがね、どうなってんだい」

 出た先で待ち構えていたのはボスとツーショットだった。
 周りには強引に乗り込んできた無数の車両が雑多に留まったままで、ついでに殺された信者たちがアスファルトを白く飾っていた。

「どうもカルトが嫌いな奴がもう一人いたみたいです」

 白いやつを紹介すると、べっ、と地面に太った年寄りが吐き捨てられた。
 下半身がぐちゃぐちゃだ。神の信仰かなんかで生きながらえてると思えるほどには。

「げっ、ぐひっ、ひいいいいいい……ああああああああ……神よ、私に、死にたく」

 衆人環視に晒されたマザーとやらはまだ生きるつもりらしい。
 立ち上がることもできない下半身をずりずり引きずり工場の外へ向かう。
 周りにいる連中の様子? 「うわ」だ。生きる屍を見たようなそれだ。

「ふん、お前なぞ荒野で野垂れ死ぬのがお似合いだ」

 なおも生にしがみつく肉塊に、ドッグマンは満足げではある。

「ようこそ外の世界へ、どうだ今の気分は」

 ようやく一仕事終えて、俺は尋ねた。
 ご本人は地べたを這いずる教団のボスには興味を失った様子で、

「これが外か。こうして自らの足で立つのは、いったいどれほど久々か」

 硬い道路を踏みしめて、冷たい空気を吸って、穏やかに感極まってた。
 ……まあ、外でたむろしてたファンタジーな連中を見て驚いてるが。

「ははっ、お前またなんかやらかしたなぁ?」

 コルダイトも工場から出て来た。工具箱を手に市民をぞろぞろ引き連れてる様子からして、人間爆弾を無力化したのか。

「後ろの市民の方々を見る限り、人間爆弾は全員解放された感じか?」
「楽勝だったぜ? 中身は子供のおもちゃみたいな仕組みだったからなぁ」
「この悪魔……! あなたがこの世の中を醜い姿に変えたのね! この裁きは必ず受けてもらうわ!」

 すっかりいつもの空気を感じて工場が陥落したんだな、と思ってると……あの声が向けられる。
 すさまじい執念だな。もう慣れたのか地面を這いずりまくって、外周の砲台を超えたところでマザーが怒鳴ってた。

「あのバケモンはなんだい、ストレンジャー」
「教祖だった何かです」
「ワタシを閉じ込めて好き放題にしていた愚か者だが、あの様子ではまだ死にそうにないな」
「で、これがあんたの新しい友達かい。ほんとに喋ってやがるとは」

 ボスもその生命力に驚いてる。しれっと話に加わるドッグマンにもなおさら驚いてたが。

「……おばあさま、やりましたよ」
「……まあ、こっちの方が深刻だがね。本当にニクかいこいつは」
「ああそうだな……どうすんだよストレンジャー、お前の犬がこんなかわいい子になってんだぜ?」
「くそっサンディめ! あいつ俺の犬になんてことしてんだ!?」
『……あはは……もう何に驚けばいいんだろう、わたしたち』

 そこに尻尾を振って得意げにするニクも混じるもんだからカオス極まりない。
 宿に帰ったらもっと大変なことになりそうだ。まあ、無事に終わったからいいか。

「私は諦めない……! 聖なる者たちの命を弄んだその罪を、必ず償わせる……! 神よ、どうかご加護を……!」

 そして教祖様は今だに現世にしがみついてる。向こうの夜の荒野で、延々と呪詛を放ってるようだが。

「おいストレンジャー、あのババアうるさくね?」

 ヒドラが何か持ち上げてる――砲弾だ。
 見ればコルダイトのおっさんも砲台について「こっちこい」とにやついてる。

「……とにかくだツーショット、さっさと後片付けをしちまうよ」
「了解ボス。いやあ、楽しいなあほんと」
「あんたみたいに楽しめないとやっていけないかもね、この世の中は」
「いいじゃないか、俺たちが生きるにはぴったりだろ?」
「驚き続きで寿命が尽きそうだよ。全員集まりな、もう一仕事やってもらうよ!」

 ボスたちの周りに人が集まっていく中、俺はこっそり野戦砲に近づく。
 ご立派な大砲だ。実際に目にしてみると、その大きさに威圧感を感じるが。

『……あの、ヒドラ君にコルダイトさん? どうしたんですか?』
「どうした、ってなあ? おっさん?」
「ああ、祝砲撃ちたくねえかって話だよなぁ?」

 訝しむミコに二人は意地の悪そうな笑みだった。
 問題なのはその向かう先が、どんどん街の方へと這いずる教祖様だったことだ。
 このまま見逃しても死ぬだろうが、さんざん言われたのを思い出すとなんか腹立つので。

「……よーし、やるか」
『えっ』
「流石だぜストレンジャー、装填だ」
「へっへっへっへっ、お前のそういうところマジで大好きだぞおっさんは」

 祝砲をあげることにした。
 承諾するとヒドラが砲弾を装填し始める。弾頭に「勧誘お断り」と書いてあった。

「いいかぁ? そこの照準器で狙うんだぞ? 操作はハンドルだ」

 操作は【重火器】スキルが高いせいかなんとなく分かる。
 ハンドルを回すと照準が動く。遠くまで行ってしまったマザーの背中のやや上だ。
 ……少し考えて照準線にその姿が重なるまで待つことにした。
 必死に両腕で荒野を這うマザーはしばらくすれば、置いた狙いに重なって。

「おい! マザー! 良かったら神様のところまで送ってやろうか!?」

 最後の挨拶を届けた。照準器の中で遠くのババアがぎょっとするのが見える。
 隣でスタンバイしてるコルダイトを叩くと、装填口横のレバーを思い切り引き。

*zZBOOOOOOOMM!*

 最後にそこにあったのは手を突き出して何かを求める姿だった。
 戦車砲よりも力強い砲声、反動で引っ込む砲身、それらが導き出した答えは荒野の向こう側での大爆発だ。
 血の煙混じりの爆炎が上がった後、そこに残っていたのは赤黒い痕跡ぐらいで。

「良かったな! これで綺麗に天まで召せただろ!? せいぜい転生先でてめえの大好きな神様とよろしくやってろクソババア!」

 前方から飛んできた爆風やら破片やらを受けつつ、俺は別れの挨拶を送った。
 ただし中指を立てるスタイルのだが。これであいつは楽園に行けたはずだ。

「うへえ、人間に砲弾当たるとこうなるんだな……。脳天直撃の大当たりだ、やったなストレンジャー」
「景気のいい花火になっちまったか、マザーとやらは。こりゃ化けて出るのも無理だなぁ、ご愁傷様だ」
「いいざまだ、こんだけやっとけば二度と現世に戻ってこれないだろうな」
『うわあ……………』
「お、おい今のなんだ……」
「あいつ人間に砲弾ぶち込んだぞ……」
「鬼かあいつ!?」
「流石擲弾兵だ、容赦ねえ」

 左右にいる放火魔と爆弾魔にタッチしていると、爆発の名残が飛んでくる中。

「……ストレンジャー。榴弾ってのはかなり範囲があるんだけどね、あんたが今撃ったのは至近距離だ、それもかなりのね」

 突然の砲撃に戸惑いまくってる人だかりの中から、ボスが跡形もなく吹っ飛んだマザーを指をさしにきた。
 全力で走れば十秒以上、二十秒以下でたどり着けそうな場所からはまだ煙が上がっているところだ。

「こんだけ離れてれば大丈夫じゃないんですか?」
「おかげさまでここにいる全員が加害範囲に取り残されてるってわけだ。言いたいことは「どこに人間相手に砲弾ぶち込むやつがいるか」って話だよ。私たちごと吹っ飛ばすつもりかい馬鹿野郎ども」
「いてっ」
「いてぇ」

 シリアス寄りの表情のままこつっと頭を叩かれた。ついでにヒドラも。
 言うだけ言って、最後にコルダイトのおっさんに嫌そうな顔を向けてから離れていった。

「まあ、幸いにも被害者は一人だけで済んでるしいいんじゃないか? 景気のいい花火も上がって士気にもよろしいだろ?」

 やがて煙も晴れて爆発痕だけが残された被害者跡地が見えてくると、ツーショットがへらへらしにきた。
 からは生き残りの信者たちが武器も生きる希望も捨ててご退場している。これでウェイストランドはしばらく安泰だな。

「へっ、いいザマだぜ。綺麗に吹っ飛んだな」

 大砲から離れると、そんな景気づけを目にしたミノタウロスが気分を良くしていた。
 足にはオスカーがしがみついている。顔つきは前と比べて少しだけ柔らかい。

「約束通り助けたからな?」

 頭をぽんぽんした。憑き物が落ちたみたいに穏やかに笑っていた。
 他の子ども達もちゃんと保護されてる――ざまあみろクソカルト、俺は勝ったぞ。
 俺もしっかり笑い返してから、忙しそうにするボスのところへ戻っていく。

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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

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