魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

犬(男の)娘とカルト狩り(1)

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「……その犬のようなのは誰だ? それにその声、もしや短剣が喋っているのか?」

 ニクを名乗る不審なちょいジト目少女に思考が停止していると、代わりに言葉を繋いでくれたのはあのドッグマンだ。

「……ご主人、ドッグマンが喋ってる……!」
『っていちクン!? 後ろのドッグマンは何なの!?』
「ちょ……ちょっとみんな落ち着いてくれ」

 八重歯を見せて「がるるる」と身構える自称ニクと、いきなり目の当たりにしたドッグマンの姿に慌てるミコを手で制した。
 彼女も気の毒だと思う。自由になった矢先にこんなニクもどきと喋る短剣にエンカウントするなんて。

「良し、聞いてくれドッグマン。とりあえずこいつらは敵じゃない、味方だ。たぶん助けに来てくれた」
「ならいいのだが……ワタシの見ぬ間に外はずいぶんと変わり果てたようだな、とうとう人類は変異し無機物が喋るようになったのか」
「化けすぎて原型ないぞ。で……お前ら、こいつは囚われの喋るドッグマンだ。さっき友達になった、つまり味方だ」
「……敵じゃないんだね? ……良かった」
『どういうことなの!?』
「そのセリフはそのままオマエに返したいところだ、喋る無機物」

 ひとまず緊張は解けたようだ。
 双方とも落ち着いたところで、俺は今一番問題だと思う存在に向いた。
 すぐ目の前でじとっと親し気に見上げるこの儚げな黒髪美少女だ。

「……ニク?」

 念のため、いつも口にしているあの名前を呼んでみた。
 するとどうだろう、おそらくニクであろう何かはふりふりとしっぽを振りながらすり寄ってくる。

「……うん。ニクだよ」

 確かに、なんとなくそんな気はする。いつもこうだったもの。
 確かに、クールに可愛らしく整った顔にあのモフモフボーイの特徴が重なる。
 ピンと立つ耳はそれらしいし、柔らかい髪をそっとまとめる髪飾りは犬が大好きそうな骨を模している。
 両手両足は人間らしさのある形を元に、指先に鋭い爪がちょこんと伸びて、肘や膝の一歩手前まで黒い短毛に覆われた人外のそれだ。
 それになんだか太ももだとか尻とかが、女性的な具合で丸みを帯びている。

「…………いや、ニクなわけないだろ? そうだよな?」

 それを見て「ニク、お前だったのか!」なんて言えるわけねーだろ。
 そもそあいつはオスだ、こんな儚げな美少女なわけがない。
 念のために手のひらを顔に近づけてみると、ぽすっと顎を乗せてきた。

「……ん♡ ぼくだけど……?」
『……サンディさんが、あの薬飲ませちゃったの』

 人の手の上でくつろぐ顔をこねこねしてるとそう聞かされた。
 そうかあの精霊になる薬を飲ませたのか。それで俺の犬が――

「……え? マジでニク?」
『ほんとに精霊になっちゃったみたい……』
「……ん、神の使いという体でご主人を助けに来た。潜入成功」

 何がの悪い冗談かと思ったが、もしやと思って耳に触れた。
 俺の知っている感触がする。このぺこぺこした触り心地、このくすぐったさそうにする顔、そしてあのリズムで振られる黒い尻尾
 ――間違いない、ニクだ!

「……いや待て、まさかお前もメスだったのか?」
「……オスだけど」
「えっマジで? 確かめていい?」
「えっ……う、うん……っ♡」

 しかしあいつは間違いなくオスだった、ということで確かめよう。
 ニクもどきはもじもじしながらスカートを軽くたくし上げてくれた。探ろう。
 ちょうど膝上のあたりから肉付きが良くなる太ももを掴むと――かなり柔らかい、やっぱりオスじゃないんじゃ?

「ご、ご主人……みんな、見てるのにそんな風に……んっ♡」
「……おいニンゲン、こんな時に変な真似をするな頼むから」
『いちクンやめなさい』
「はい」

 ミコが怖いのでやめた。
 良く分かった、こいつはニクだ。
 俺はスカートを戻す黒い犬っ娘から白ドッグマンに向き直って。

「…………俺の犬が変身してる」
「…………いきなりそのようなことを言われても困る」

 一緒に仲良く戸惑った。
 ともかくだ。こうして助けに来てくれたのは紛れもない事実だ。

「オーケー、よくわかった。とりあえず現状を説明しろ」
『えっと、ニク……ちゃんと、サンドマンさんと一緒に来たんだけど……』
「……ミコさま。サンドマンさまがいない」
『あっ……あれ? サンドマンさん、さっきまでいたよね……?』
「サンドマンが?」
『うん、顔が割れてないからって変装して同行してもらったの。でもいなくなっちゃったみたい……』
「……エルフの人の提案。犬神様の使いって申し出たら、すんなり通れた」

 なるほど、つまり神の使いを騙ってお邪魔しに来たわけだ。
 ついでに信者どもに顔を覚えられていないサンドマンが便乗してやってきた。きっと今頃行動を起こしてるかもしれない。

「ご主人、これ」

 予想外の援軍もあってどう動くか考えてると、ニクが小さな鞄をごそごそした。
 そこから取り出されたのは――ヘッドセットと小さな無線機だ。
 ついでに『ツーショットより』と一文が添えられた自動拳銃と弾倉が何本か。錆びだらけだしグリップはテープで補強してある。

「これは?」
「……みんなが準備してくれた。怪しまれるから、これしか持ってこれなかったけど」
「いや十分だ。準備がよろしいことで」

 ポケットに無線機をセット、電源を入れると【システム接続完了!】と視界に文字が浮かんだ。
 PDAの画面を見れば【無線】の項目が増えていた、どうやら同期されたらしい。
 さっそく装着すると――

『聞こえるかい、ストレンジャー』

 無線越しのボスの声が聞こえた。

「あ、どうもボス。俺の犬どうなってんですか!?」
『そんな事気にしてる場合かい! とりあえずこうして連絡がついたってことは、中にいるんだね?』
「はい、今から暴れようと思ってました」
『よろしい、そっちにサンドマンを潜伏させた。可能なら遠隔機銃のコントロールを奪って敵の防御を内側から破壊しろ』
「了解ボス、今ミコと合流したところです。それと白いドッグマンがいます」
『あー、なんだって?』
「俺の新しい友人です。撃たないように気を付けてください」
『腕章でもつけてやりな。まったく行く先々で変な交友関係結びやがって』

 『オーバー』と通信を切った。これで俺たちはトロイの木馬になったわけだ。
 自動拳銃を見つめると『ガバメント』と名前が浮かぶ。弾倉は45口径が七発、装填して初弾を送った。

「誰と連絡を取っていたんだ?」
「俺の上司だ。撃たれたくなかったら腕章でもつけとけってさ」
「何色だ」
「青と白だ」

 予備の弾をポケットに押し込むと、犬の神様は「ふむ」とカーペットを掴む。
 ちょうど白い部屋に合わせた青だ。爪で細く引きちぎって腕にぐるりと巻いて。

「さて、オマエのお友達とやらが来る前に滅茶苦茶にすればいいんだな?」

 自前の白も相まって認識できるようなった巨体が尋ねてきた。
 犬のミュータントの顔は窮屈さから解き放たれたような、良い表情だ。

「遠慮はいらないぞ」
「そうさせてもらおう」

 よっぽど恨みが募ってたんだろうな。大きな腕はばぁん、と扉をぶち開けた。

「……ご主人、ぼくが守るから」

 確定ニクも変化に乏しい顔のまま――背中から槍のようなものを取り出す。
 ホームガードのそれとは違うちゃんとした作りの槍だ。身の丈ほどの大きさで、質素ながら飾りもついている。
 ……槍で戦うのか、こいつ。

「あっ……ミコさま返すね、はい」
『なんだかまた変わったことになっちゃってるね……』

 物言う短剣も返ってきた。今の俺ならこれだけで十分だ。
 45口径の自動拳銃を片手に部屋から出ていくと、運が良いのか悪いのか。

「……はっ!? 白狼様! どうされたのですか!?」
「……あ、あれ? 待て、どうして供物が――」

 通路のど真ん中で『餌』を補充していた白服二人がこっちに気づく。
 白狼様とやらの姿に萎縮していたものの、そこに付き添う余計な姿にすぐ違和感を覚えたようだが。

「今までご苦労だったな、愚か者ども。ワタシは自由を謳歌させてもらうぞ」

 そう告げて、「グルルルル……!」とあの唸り声を発した。
 こいつの言う通り心の底から崇拝なんてされてなかったんだろうな。信者たちは少したじろぎ、

「……く――くそっ! ドッグマンが逃げ」

 その片割れが逃げ出そうとしたところに白ドッグマンが走り込む。
 ボルターでも見たあの重くも素早い動きで距離を詰めると、

「よくも長き間に渡りワタシを押し込めてくれたな、その礼だッ!」

 人間の頭を丸ごと砕くに値するあの大きな口が、横から胸元にかじりつく。

「あ゛っあ゛あああああああああああああああああああ~~ッ!?」

 踊り食いされるような形で食いつかれたそれがもがくが、そんなのお構いなしにぶんぶん頭を振った。
 経験者だから良く分かるが、ドッグマンの牙は骨を易々と砕く。
 そして捕らえた獲物を破壊しながら振り回して抵抗力を奪う。それがこいつだ。

「いっ……!? ひっ、ひぃぃぃぃぃッ!?」

 もう片方が逃げ出す。背中に照準を向けるが。

「――ぼくのご主人を供物扱いだなんて、最低」

 視界の傍らを黒い塊がすっ飛んでいく。
 構えた拳銃を思わず下ろすほどの迫力だった。
 声からしてそれがニクだってことは分かる、でもなんだあのスピードは。
 獣臭い部屋から逃れようとした後ろ姿に、ニクは銃弾さながらの速度で迫り。

「はえ゛ぁっ……!?」

 一体そんな力がどこにあるというんだろう。
 小柄で可愛らしい姿から到底つながりが見えない勢いで、穂先が心臓をぶち抜く。
 後ろから生命の塊を一突きされた信者は抉り返され、槍が抜けると同時に倒れる。
 白い獣が咥えた獲物を床にめがけて叩きつけるのと同じだった。

「ご主人、やっつけたよ」

 血まみれの槍を払ってほんのり得意げな美少女(男)というのも、中々にサイコだと思う。

「信じられん。そのような身体からそれほどの膂力りょりょくが出るとは……」

 白ドッグマンも驚くほどだ。サンディ、お前のせいで……いや文句は帰ってからだ。

「……ニクってこんなに容赦なかったんだな」
『……飼い主に似たんだと思うよ』

 俺はてくてく寄ってきたニクの頭を撫でてやった。グッドボーイ。
 さて、さっさとこんなミュータントだらけの部屋から出てやろう。
 血と肉の匂いと、白いメスにガウガウうるさく吠え始めたドッグマンどもから離れようとすると……。

 ばつんっ。

 何かが切れる音がして、急に視界から明るさが消えた。
 停電だ。現れた暗闇に、吠え続ける犬の怪物たちの黒さが溶け込む。

「なんだ!? 電気消えたぞ!?」
「ん……真っ暗……!」
『前が見えないよ……まさか、サンドマンさんが何かしたのかな……?』
「停電か? 心配するなオマエたち。じきに非常灯に切り替わるぞ」

 もしかするとミコの言う通りサンドマンが何かしたのかもしれない。
 その場でじっとしていると、天井から解き放たれた薄い赤色が中を照らす。
 あたりは目に悪そうな非常灯の赤とドッグマンたちの黒だけになった。
 また何か起こる前に進もうとすれば、お次は周りからガラガラと金属がゆっくり引きずられるような音がして。

「なあ、今度は何の音だ」
「一つ言い忘れていたが、この倉庫にある檻は電子制御されているらしい」
「……なるほど、で、今それとどう結びついてるんだ?」
「……不具合なのか意図的なものかは知らないが、それが今開いてるようだ」
『あの……それって、もしかして――』

 俺たちはお互いの顔から、周りの無数の檻の方と向き合う。
 あれだけ頑丈そうに構えていたはずの扉がスライドして、血の気たっぷりな獣たちがひたひたと脱獄しているところだった。
 そこに良い知らせなんて一つもない。なぜなら、そいつらは餌よりも俺たちの方が興味深いようで。

「グルルルルルルルルルルッ!」

 誰よりも一番に解放された一匹が、大口を開けてこっちに飛び込んでくる!

「まあ敵なのは確かだな。やるぞ、お前ら」
「ふん、ちょうど良かった。こいつらの下衆な目つきにはうんざりしてたところだ」
「……ご主人、後ろに下がって。ぼくが蹴散らすから」
『……い、いっぱい出てきてるよ……!?」

 しかしこちとらボルターで生き抜いていたあの頃とは違う。
 赤と黒だけの混沌とした部屋の中、跳ねるような動きで迫る姿に照準を重ね。

*bam!*

 トリガを引いた。胸か腹か、どちらにせよそいつは45口径の衝撃でひるんだ。
 すかさず懐に二連射。体の内側を三度もぶち抜かれたドッグマンが転倒、滑り込んでくる。

「――さあ来やがれ、あの時とは違うぞクソ犬ども」

 倒れた怪物の硬い頭を踏みつけ、次の獲物を銃口で選んだ。
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