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世紀末世界のストレンジャー
なんか犬が喋った
しおりを挟む車内で大人しくしていると、信者と供物を乗せたバンはスティング郊外をぐるりと曲がって工場へと向かった。
その間に誰かと話してやろうと思ったが、まともに話せる奴はいなさそうだった。
白い姿の奴らはひどく緊張してるし、オスカーだってそうだ。まだアルテリーの方が話を引き出せる。
母親は? 自分の血を見るのがよっぽどショックだったんだろう、気絶してる。
「なあ、白狼様は俺を食いたがってるのか?」
誰かに尋ねながら手錠を調べた。
ありがちな金属製のタイプだ。一見頑丈そうだけど、手首を曲げて指で触れられる程度のあそびがある。
「ええ、その通りですよ。此度、ようやく白狼様が供物を口にしたいと――」
「兄弟、いけませんよ。あなたは運転に集中なさい」
「も、申し訳ありません……!」
せっかくいいところまで聞き出せたが、助手席の男が挟まって途絶えた。
「運転中悪いな、質問しちゃって。ゆっくり走ってくれ」
――その白狼様とやらがじきじきに俺を指名したってことか。
そいつが教団にどんな影響を及ぼすほどなのかは知らないが、こうして俺を大急ぎで取り寄せるあたり何か胡散臭い。
「せっかくこうして会ったんだ。記念にあんたの名前を教えてくれないか?」
手錠を細かく見ながら、助手席に言葉を続けた。
「……私は【聖人】のウルティマです。以後お見知りおきを」
「聖人? ずいぶん徳が高そうな名前だな」
「聖人、というのは我々の持つ階級のことですよ、奉仕者様。私はこの教団で長く徳を積み、白狼様の尊き命を受けた身なのです」
「奉仕者っていうのは俺のことらしいな、まあよろしく聖人様。こうして会えたのも何かの縁だ、兄弟って呼んでくれ」
爪先でそっと本体に触れると……【分解可能!】と出てきた。
安物でも使ってるんだろうか、まあどうであれこれで『分解』できるぞ。
問題はいつ手錠を外して暴れるかって話だが。
「――では兄弟。間もなく我らの修道院に着きますので、穏やかに身をゆだねて頂けますか?」
暴れるタイミングを考え始めてると、ウルティマがこっちを見てきた。
言葉には「どうか暴れないで欲しい」と籠ってる。特に穏やかにという部分にアクセントが強い。
「あんたらがかなり信仰深いのも分かったしな。後は全部ゆだねよう」
「あなたの寛大さとご理解に感謝します、奉仕者……いえ、兄弟」
「あとさっきは悪かった。白狼様への忠誠心がどれほどかと試したんだけど、聖人様にやらなくてよかったな。あんたの顔が潰れるところだった」
「…………そ、そうですか。しかし我々の信仰のため、白狼様のためであればやむを得ません。彼女の痛みも我らの血肉となることでしょう」
俺は「カルシウムもな」と、繋がれた手で額のあたりを探る。
折れた歯が何本か刺さってたみたいだ。周りの奴に無理やり押し付けて処分。
後部座席に振り向くと――死んだようにぐったりしてる母親と、それに嫌悪感いっぱいのオスカーがいた。
せっかくだ、暴れる前に手を打っておこう。
「なあ聖人さん。そこの……オスカーっていう子供は素晴らしいな」
「彼が、ですか?」
「ああ、白狼様の言葉を受け取ったらしい。そいつは教えを説いてくれてな、俺が食べられればみんなが楽園にいけるって聞いたからこうして会いに来たわけだ」
「オスカーがそのようなことを……信じられません、よもや彼が白狼様からご神託を受け取るなど……」
「その証拠に顔の傷……じゃなくて悪魔祓いの印が消えてるだろ?」
「おお……オスカー、そういうことだったのですね! 君はやはり素晴らしい。内なる悪魔を払いその身に天使を宿したとは!」
「だからそいつはもう神の使いだ。今日から丁重に扱った方がいい、こいつを自由にしないと白狼様の不興を買うぞ」
かなり適当に言っただけなのに、オスカー以外は感心してしまっている。
こいつらが相応に馬鹿なのか、それとも白狼様とやらがそれほど影響力のある人物なのか、どっちにせよ厄介になってきたな。
今俺が考えてるプランはこうだ。
とりあえず白狼様ぶっ殺す、残りも殺してオスカーと脱出する、以上。
それを成し遂げるためにもう少し情報が欲しいものの……。
「……着きましたよ。ここが我々の修道院です」
ついてしまったらしい。窓からハヴォックの写真通りの外観が見える。
工場の内側へ続く道のりに検問所が立ちふさがっていた。
ゲートの近くで白い姿が飾りみたいに突っ立っていたが、俺たちを見るとすぐに人間らしさを取り戻して。
「――失礼、我が兄弟でしたか。そちらの男はもしや」
「よおこんばんは兄弟、白狼様に食べられに来たぞ。案内してくれ」
そうして車内を覗きにきた顔に一声かけた。余裕さを見せつけるように堂々と。
検問所の下っ端は「なんだこいつ」みたいにこっちを見てる。
「供物――いえ、奉仕者が自ら来てくれたのです。さあ、ゲートを開けなさい」
聖人の声を聞いて、見張りの男は手持ちの無線機で何かを話し始める。
ほどなくして頑丈そうなゲートが持ち上がって通り道ができた、車は更に進む。
急ぎ足のまま適当な空間で停車すると、修道院というよりは要塞化した工場の造形の前で降りるように促され。
「行きましょうか奉仕者様。ようこそ白狼修道院へ」
戦前の姿を弄繰り回された挙句、気味の悪い狂信者だらけにされた食品工場を背に――自称聖人は微笑んだ。
その後ろに明るく灯された正面玄関があって、そこで何人もの白い人間がこっちをじっと見つめていた。
気味は悪いが、お望み通りの場所に連れてきてくれたのは確かだ。
◇
スティングのマーケットが何個も押し込めそうなほどの広大な土地、そこに作られた工場に戦前の目的なんて残っちゃいない。
土地の広さがそのままカルトの住処と様変わりしているのだ。
何百人いるんだ? 似たり寄ったりの姿が目の前で忙しくうじゃうじゃと行き交う。
「兄弟たちから連絡が入った、爆破に失敗、潜伏部隊が壊滅したらしい」
「報告です、工場周辺で斥候が見つかりました」
「早く弾薬を運べ! 人間爆弾の準備もしろ!」
「遠隔機銃の操作者が足りないぞ、もっと回してくれ!」
そんな奴らが口にしていたのはいつもどおりの物騒なものだ。
何をするつもりかは知らないが、街へ攻撃を仕掛けてるのは事実か。
それも分かれば――と思っていると、
「聖人ウルティマ! よくぞ戻りましたね!」
そんな人混みが割れて、そこから真っ白な誰かが大げさに歩いてきた。
それなりに歳をとった白髪のクソバ……おばさんだった。
顔も身体もふくよかにたるんで、張りがあるのは声だけだ。
魔法世界のものと思しきオカルト味のする装飾品を固めて、威厳を示すためだけのかぎ爪みたいな杖を手にした――ただのババアだ。
「教祖様! やりました、供物を――いえ、彼は自ら血肉を捧げたいと申し出てきたのです!」
「……なに? 自ら来たと? どういうことなのか説明なさい」
「それが……我が兄弟オスカーが白狼様のご神託を受け、彼をここまで導いたのです。喜んで白狼様にその身を捧げると……」
「あ、どうも教祖様。オスカー君に従って白狼様に食われに来ました」
殺害対象が定まったところで、とりあえず一礼した。
教祖とやらはかなり身構えてたに違いない。俺を一目見てたじろいでた。
ところが気さくに「こんにちは僕をお食べよ」と接してきたせいで、更に調子を狂わされたみたいだ。
「そ、それは本当なの……? いえ、そんな、あの擲弾兵が自分から来るなんて」
「白狼様が食べたいっていうからこうして来ました、よろしく」
「……白狼様に供物が届いたと伝えなさい! ウルティマ、少しこちらへ」
周りの信者を使い走らせて、それから自称聖人を招いてこそこそ話し出す。
小声の合間合間にこっちに視線を向けることから、良くない話なのが嫌でも分かる。
集中して、二人の僅かなそぶりからどうにか話をくみ取ってみる。
俺がいることそのものが信じられないようで、視線は手錠や足に向けられている――「もっと拘束するべき」ってことか。
「分かりました。奉仕者よ、あなたは白狼様の血肉になり、この世に楽園をもたらすことを望んでいるのですね?」
いつ手錠を外してこいつをぶちのめすかと考えてると、教祖が尋ねてくる。
「それでこの世から争いが消えるなら安いもんじゃないか?」
手首に指を近づけると【分解】の文字が浮かんだ。
「……それが貴方の心が導き出した答えなのですか?」
「疲れたもんでね。どうせ死ぬなら少しぐらい、世界のためになることをしたくなるもんだろ?」
周りは信者だらけだが、これだけ混乱してれば十分だ。
そう答えると、目の前のババアは太った顔に満足な笑みを浮かべ――
「教祖様! 大変です! 白狼様からお言葉がッ!」
地獄さながらの混乱を起こしてやろうとした矢先、奥から信者がどたどた割り込む。
「どうしたのですか!? 一体何事なのです!?」
「白狼様が、今すぐに供物を捧げよと……!」
「あの白狼様が? それは本当なのですか!?」
「はい、確かにそう仰られました! 白狼様は彼の血肉を望んでおります!」
そこに更なる混乱が広まったのは、一体どうしてだろう。
俺を食べたい奴が「早く来い」って急かしてる? どういうことだ?
しかも周りがこれだけ騒ぎたてるほどの力があるんだ、相当の何かがいるのか。
「……仕方がありません。ウルティマ、彼を連れて供物の場に向かいますよ」
「はい、教祖様。行きましょう奉仕者様、白狼様があなたを求めておりますよ」
最初の奇襲は失敗したが、まあいい。
適当な信者とイカれた二人に導かれて、俺は工場の中を進んだ。
通路を進むとそれなりに清掃が行き届いてることが分かる、ここを拠点としてちゃんと管理してるみたいだ。
「あんたらの修道院ってきれいなんだな。戦後なのに清潔感があっていい感じだ」
周りを目で吟味しながらついていく。
ここにはいろいろな部屋があるみたいだ。発電室にボイラー室、食堂や警備室まで揃ってる。
他には――なんだありゃ、七色に光るゲーミングPCだらけの部屋が見えたぞ。
「ここは穢れを寄せてはならぬ神聖な場所ですからね。兄弟たちには外から持ち込まぬように徹底しています」
「俺はけがれに入らないのか?」
「あなたは……白狼様に選ばれたのです、今までの穢れはこの聖域に踏み入れた時から払われているのですよ」
「そりゃよかった、お清めの手間が省けて良かったな」
一体何を焦ってるんだろうな、こいつは。
歩く速さといい、口ぶりといい、何か焦りがにじみ出てる。
このまま隙に乗じて暴れてもいいが、ひとまず今は工場内を探りつつ歩く。
「……さあ、着きましたよ。こちらが神獣様の間です」
そして案内されたのが『倉庫』と表される大きな扉の前だった。
扉越しでも分かるあの獣臭さ――そう、ドッグマンの匂いがする。
それだけならまだいい、でも臭いだけじゃない、あの息遣いすら聞こえるのだ。
それも一匹二匹の話じゃない。この先で「うじゃうじゃ」してるに違いない。
「すごい臭いだな」
「大丈夫ですよ、ちゃんと清掃は行き届いておりますから」
こいつらにとっては臭いは気にならないらしい。
聖人ウルティマがその扉を先に開けると、そこにあったのは。
『グルルルルルルルル……ッ!』
こっちを見る真っ黒なドッグマンだった。
ボルターで見たあの顔立ちと瞳が、小さな檻の中でこちらを睨んでいる。
倉庫だった何かは、今やそんな化け物の住処が敷き詰められた監獄みたいなものだ。
巨体がちょうど入る程度の檻が壁に沿って備え付けられ、その数だけのミュータントが閉じ込められている。
「……しつけも行き届いてるよな?」
「大丈夫ですよ、我々が長い間愛情をもって通じ合ってきましたから」
予想外の光景に恐る恐る尋ねてしまったが、ウルティマの返答は得意げだ。
何十ものドッグマンが隙あらば逃げようと構え続けてる有様は、こいつらにとっては普通らしい。
そんな囚われの神様たちに囲われた交差路のど真ん中には肉と骨が――
「なるほどな、餌もたっぷりあるみたいだ」
大桶いっぱいに盛られた人間的なパーツを目にして、餌が何なのかも分かった。
「――ここから先は白獣様のお部屋です。よろしいですね?」
そんな場所の最も奥、どこかに通じる白い金属扉の前で一同は立ち止まる。
教祖様とやらは神妙な顔つきだ。それほどの何かがこの中にいるってことか。
『……今までご苦労だった兄弟たちよ。入るが良い、供物よ』
そこから声が確かに届いた。
低くて……どこかこう、女性的なものも感じる、人間じゃ出せない声だ。
「おお……! 白狼様……!」
「白狼様の声だ……! く、供物を、あなたに供物を捧げに参りました!」
『よかろう。供物はそのままここに置いて行け、お前たちはワタシの食事の邪魔をするな』
たったそれだけの言葉で、信者どもは言われた通りに離れていく。
「じゃあいってくる」と手で伝えた後、目の前の扉を見た。
さて、少し俺は違和感を感じていた。
ここに言語を発せる何かがいるのはまあいいとする。
で、そいつが一体どうしてわざわざご指名な上にこうして人払いをするのか?
「……なあ、あんたもしかして……俺を食うつもりなんてないんじゃ?」
『悪魔などと呼ばれるオマエを食うほど悪趣味ではない。それにワタシは野菜とか果物の方が好ましい』
「健康的だな」
『肉アレルギーなだけだ』
……おいおい、中に何がいるのか想像できないぞ。
これだけの会話ができる何かが気になってきた。扉を開けようとすると、
『オマエを呼んだのは他でもない、都合がいいからだ。扉を開けた先に待つのが人喰いの怪物ではないことは保証しよう』
「口約束で保証するような内容じゃないと思うけどな」
『今はそれしか出せないものでな。どうか入ってくれないか』
俺を呼んだのはどうも「仲良くお話でもしましょう」ってことらしい。
その先に見えてきたのは真っ白な部屋だった。
清潔だ。机が置かれ、小難しい本が並んだ棚に挟まれ、空調も効いて快適ではある。
そんな空間で待っていたのは――
「ようやく来てくれたか。ワタシの思った以上に早く相まみえたが、こうして顔を合わせられて光栄だ」
灰色のローブを着た巨体だ。
そうとしか言いようがないんだ。全身をすっぽり覆って、顔まで隠した何かが特製の巨大イスでくつろいでいた。
その大きさはノルベルトぐらいはあるかもしれない、つまり人間ではない。
輪郭だけでも人間じゃないと分かるそれは、鋭い爪の生えた指で本をつまむように読んでいて。
「さて何から話せばいいのやら――そうだ、何か飲み物でもどうだ? なんでもあるぞ、ドクターソーダ、ジンジャーエール、トニックウォーター……酒はないからな?」
「心配するな、酒は嫌いだ。ジンジャーエールをくれ」
「良かった。オマエとは気が合いそうだな」
ささやかな私室には大きすぎる身体が、備え付けの冷蔵庫から瓶をかき出す。
差し出されるとローブの隙間から真っ白な毛と爪が見える。化け物のそれだ。
「まあくつろいでくれ、あまり時間的猶予はないのだがな。盗聴の心配はしなくていいぞ、好き放題に話そう」
「そりゃどうも。じゃあ話をしようか、お前は何者だ? フランメリアからきたのか?」
「フランメリア? アメリカみたいな名前だな、まあワタシはウェイストランドで育ったナニカなのだが」
「俺が知りたいのはそのナニカだ」
聞く限り、あっちの世界の奴じゃないのは確かか。
このナニカはご丁重に栓も抜いてくれたようだ、一口煽ると冷たく辛くてうまかった。
「まず先に聞きたい、オマエはミュータントに対して嫌悪感はあるか?」
「ドッグマンなら大嫌いだ」
「すき好むような奴はいない。では、もし人類と親しくなれるドッグマンがいたらお前はどうする?」
「噛みついて人様の迷惑にならないなら動物愛護の精神で接してやるよ」
何を掴みたいのか分からない質問に答えると、そいつは「そうか」と口にして。
「最後の質問だ。この白狼教団とやらは好きか?」
呼んでいた本を閉じて、フードで隠れた顔で最後の疑問を向けてきた。
幸いにも敵意はない。女性らしさのある低い声からは、どう答えても受け入れてくれそうな懐の深さを感じる。
「そいつらに解散してもらおうとお邪魔しに来た。なんて言ったらどうする?」
答えた。すると目前の大きな姿はくつくつ笑い出す。
妙な光景だった。白狼様だとか言われるやつが、この返答にこうも楽しそうにするなんてかなりおかしい。
「もしワタシもオマエと同じ気持ちだと言ったら、どうする?」
そこから放たれた一言は、まあなんとも想定外だった。
はは、どういうことだよ。俺を招き入れて、しかもこのカルトを潰したいって?
「……協力するしかないだろうな」
「話が早くて助かるぞ。つまりワタシの頼みはこうだ、この気の狂った連中を根絶やしにしたい」
「待て、じゃあお前はそのために俺を呼んだっていうのか?」
「話せば長くなると言ったら、オマエは当然聞いてくれるのだろうな?」
「要点だけ話せとしか言えないな」
「ではそうしよう」
訳ありなナニカはこの背景を話す気になったようだ。
椅子でくつろいでいた巨体は灰色のローブをしゅるっとはぎとり。
「コレがその要点だ。ストレンジャー」
その正体をようやく見せてくれた、のだが。
真っ白だ。雪みたいに真っ白な毛で覆われた……ドッグマンだ!
幾度も見たあのミュータントを真っ白に染めて、毛並みを良くして、言語を話せるまで調教すればそうなるだろう。
白狼様の正体は、人語を理解した白いドッグマンだったってわけか。
「ドッグマンっていうのはちゃんと調教すれば人と喋れるのか?」
「訳アリでな。ワタシは百五十年前に生み出されたミュータントだ、オマエたちがドッグマンと呼ぶそれの変異種というべきか」
「……なんてこった、戦前生まれがもう一人いたのか」
「ワタシと同じミュータントがいるのか?」
「似たようなもんだ。それよりも……百五十年前だって? 戦前だろそれ」
「つまらない話だが。遠い遠い――ボストンあたりだったか、そこで軍の連中が気まぐれに作り出した生物兵器の成れの果てがワタシだ。やつらめ、こうして人語を発せると知ったらさぞ悔しがったろうに」
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「昔はもっとかわいげのある連中だった。それが今ではあんな醜い愚者の集まりだ、ひどいものだろう」
「昔って何時だよ」
「二十年ほど前だ。あの時は訳も分からずワタシを崇拝し、大人しくしていればなんでもしてくれた。それがどうだ、ライヒランドとやらに関わってから傲慢な者たちばかりが増えていったのだ」
「じゃあなんだ、あんたらは元々ああじゃなかったっていうのか?」
「そうだ。奴らと接触した時からすべてが狂った。この聖なる土地とやらに連れてこられて、外に居る下衆どもと共に閉じ込められているというオチだ。奴ら、もうワタシのことなど崇拝していないぞ」
その白狼様がご本人が「崇拝されてない」と断言してるわけだが。
こいつらの歴史はなんとなく分かった、じゃあ連中は一体何のためにあんな活動をしてるんだ?
「でもお前が楽園に連れていくって言ってただろ?」
何度も耳にした「楽園」というワードを突き付けると、白いドッグマンは嫌なそうな顔を浮かべた。
「それは奴らが勝手に妄信した末に生まれた話だ。奴らは神になろうとしてる」
「……神になろうとしてる?」
「そうだ。オマエは「神食」というのを知っているか?」
「神様でも食うつもりか」
「その通りだ。奴らの浅はかな考えはこうだ、「神を食って自分たちも神になる」というものだ、そうすれば自ずと楽園にいけるだろう? 悩んだ末にそう行きついたらしい」
「つまりあんたを食って神様になろうって話か。で、誰がそうなるんだ?」
「全員だ」
「は? 全員で仲良く分けるのか?」
「例えばだが、神がいたとしよう。神が産んだ子は神にならないか?」
「……それってもしかして」
「そうだ、あいつらを使ってワタシを孕ませ、生まれた子を食べることで皆神になれるという寸法だ。馬鹿げてるだろう?」
クリン思い出した。あいつらの教義だと生まれたての神様を食べれば神になれるそうだ。
「だったら大人しく神でも作ってろってならないか? なんであんな騒いでるんだ」
「耳にした話だが、外では戦いが起きているようだな。お前たちがこの教団の手前まで迫ってきたせいで、世界は滅亡すると思い込んでるそうだ」
「なるほど、で、大急ぎで神様作らせますよってことか? アホか」
「ドッグマンはすぐ生まれる生き物だからな。ワタシをその気にさえすれば、さぞ神の子だらけになるだろう」
「その気にできなかったみたいだな――待て、お前まさかメスか?」
「メスだぞ。ワタシだって相手はちゃんと選びたいものだ」
なるほど、神様になっちまえば現世も楽園も気軽に行き来できるわけだ。
馬鹿かあいつら。今、俺はこのドッグマンと心が一つになっている。
「とにかく、遠回しに「食うな」とか「意味はない」などといったのだがな。奴らめ、勝手に話を進めてどこまでも迷走しているぞ」
「一応あんたからクレームはつけたみたいだな。却下されたみたいだけど」
「ワタシとて、奴らに好き放題をさせるつもりはない。口数も抑えて喋る相手も絞り、必死に耳を立てどうにか逃げられないかと模索はしたのだがな」
「そこまで考えられるならどうにかできたんじゃないか、っていう一言はなしか?」
こいつも苦労してるみたいだが、言葉に続いて首のあたりをかき分け始める。
爪先で広げられた毛の中に――首輪みたいなものが巻き付いてる。それも電子機器やらが取りついたものが。
「力づくで逃げようものならこれだ。ワタシは死ぬ」
「……その言い方からして爆弾か」
「こんなうわさを耳にしてな。外で嵐の如く暴れまわり、同志たちの血肉を散らし、兄弟たちをも手にかけた"悪魔を統べる王"がいるだとか」
「誰が魔王だって?」
「自覚はあったのだな。まあ、そんな誰かならどうにかしてくれるという希望が生まれた」
「で、その結果俺を供物かなんかという体で連れてこさせたのか」
「こうして儀式がうまくいかずに焦っていたからな。どこかで耳にしたらしいが、お前は不死の肉だとか」
「半分は正解だな」
「そうか。それでまあ「何を食べたいか」と聞かれたわけだ。困らせるつもりで不死の肉と望んだら――あの幹部どもめ、血眼になってお前を探し始めたのでな」
「こうしてお会いできたわけか。おかげで俺たちの仲間が吹っ飛んだり、ガキを傷つけたりしながらな」
これほど有名になってしまった俺にも責任はあるが、こんな騒ぎを作ってしまったもう半分はこいつだ。
良く喋るドッグマンは――なんだか人間らしく視線を下に落とした。
「時折、遠くで子供たちの悲鳴が聞こえてくるのも、ワタシのせいなのだな」
「そうだと言ったらどうするつもりだ?」
「閉じ込めた馬鹿者を食い殺して、オマエたち人間から一刻も早く逃げるだけだ」
「俺も大体似たようなもんだ。お前はともかくクソ野郎どもを全員殺して、ガキを逃がしにきた」
いいさ、お前は可哀そうなドッグマンってことにしてやる。
俺は手錠に触れて【分解】した。晴れて自由になった両手を見せてやった。
「――待て、オマエは今一体何をした?」
「奇跡かなんかだ」
続いて、椅子に腰かけたドッグマンに近づいた。
一体なんだと身構えられるが、首元に手を伸ばすと「まさか」と察したらしい。
「色々言いたいことはあるけどな。俺に希望を持ったのは正解だ、こうして巡り合えたのは何かの縁さ」
毛をかき分けてもらった。首輪に触れると――やっぱりだ、【分解】が浮かぶ。
「もしあんたにも罪悪感があるなら今ここで晴らさないか? あと憂さ晴らしもな」
「それこそワタシが望んでいたものだ。ここで責任を果たそう」
ドッグマンは頷いた。
【分解】を発動、すっぽりと締まっていた首輪が消えた。
「……本当に消えてしまったか。こんなに首が軽いのは久々だ」
「で、どうする? 俺とお前で暴れるにしても数が多すぎるぞ」
さてどうするか、幸いにもあいつらは武器以外は没収していない。
何か武器でも作ろうと左腕のPDAに触れると。
『――さあ、どうぞお犬様! こちらです!』
するとそんな声が聞こえた。外に誰かがいる?
思わず身構えた。しまった、手錠外しちまった。
いやこうなったら見えた瞬間ぶち殺してやる、立ち上がる白いドッグマンを制して拳を握る。
せっかくだしこの新品のグローブの価値を試そうとしたが、
『……ありがとうございます。お忙しい中、ご苦労様でした。あとはぼくにお任せください』
『いえ、いえ! 白狼様のお力になれてとても光栄です、では失礼します!』
随分可愛らしい声も聞こえてきた。落ち着きすぎたクールな女の子の声だ。
誰かが走り去っていく音が伝わった後、目の前のドアが開く――
「……ご主人、助けに来たよ」
殴り込めるように身構えた先に居たのは、そんな声通りの女の子だった。
短い黒髪がふわっと伸びていて、柔らかく整った顔から少しじとっとした目つきでこっちを見てる。
そこに黒い犬の耳がきれいに立ってるのだから、世紀末世界の奴じゃないのは間違いない。
手足もまるで犬みたいな造形を残したモドキで、衣装なんて黒白のパーカーと、けっこう短いスカートだ、まさかヒロインか?
『…………いちクン』
そんな姿から次に聞こえてきたのは、馴染みのある声だ。
良く見ると、いやよく見なくても、その女の子の腰に括り付けた鞘がある。
「……ミコ!? まさかお前か!?」
間違いなくミコだ。
いやそれよりもこの子は誰だ。持ち主を見ても全く記憶にない類の顔立ちだ。
肌は真っ白で、表情はふにっと落ち着いて、じとっと見上げてくる茶色い瞳にはどこか親しさを感じる
よく見ないと気づけないほど小さな口を緩めたそいつは、くいっと犬みたいな仕草で首をかしげ。
「……ご主人、ぼくだよ? ニクだよ」
『……落ち着いて聞いていちクン、わんこが変身しちゃった……』
どこか覚えのある動きで、尻尾をぱたぱたさせてきた。
ミコが言うにはニクらしい。そうか、なんか知らんがこいつはニクだそうだ。
……ん!?
◇
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

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