魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

おいっす~☆ おれ供物、趣味は報復と意趣返し!

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 小さな子供の後ろ姿を捉えながら、とにかく走る。
 割と体力は自信があった。なのにどういうことだ、全然距離を詰められない。
 俺よりスティングを歩き慣れてるんだろう。どの道を選べばいいのか、どこを走ればいいのか、知り尽くしているような感じだ。

*Pang!*

 だいぶ走った後「止まれ」と口にする前に挟まったのは――銃声だった。
 小口径の小銃だ。狙いは俺じゃない、発生源は後方、宿のある方だ。
 そこにまた銃声。暗みのかかった風景で小さなマズルフラッシュが見えた。
 いや、それだけじゃ終わらない。後ろからも横からも銃声が聞こえてくる。

『……銃声……!? どうしていきなり……!?』
「くそっ、どうなってんだ! まさかあのカルト野郎か!?」

 拳銃か、小銃か、どうであれ人を殺せる破裂音が街から一斉に響く。
 最初の銃声をきっかけに、絶え間なく続くそのリズムはあまりにも統制が取れ過ぎていた。
 しかし子供は止まりもしない。けれども追いつけそうなところまでは来ている。

『なんだ!? 何が起きてんだ!?』
『銃声……敵襲だッ! どこから攻撃されてるんだ!?』
『落ち着け俺たちじゃない! 中央部の方から聞こえたぞ!』

 街の南部に差し掛かったところで、廃車置き場に腕章をつけた市民たちが固まっていたのが見えた。
 最初はこっちに走ってくる子供の姿に気をとられていたが、それよりも銃声の方がよっぽど大事らしい。
 そこに新しいシルエットが駆け込んでいく――白いレインコートみたいなあの姿だ。
 『感覚』が働く。体の輪郭のところどころに妙な膨らみがある、まさか!

『白き神獣よ! あなたの降臨の邪魔はさせません、どうか最期のご加護をお与えください!』

 そんな突拍子もないイカれたセリフを発しているのだから、その通りだ。

「お前ら! そいつから離れろ!」

 三連散弾銃を抜いて打ち込む、白い姿がよろめくが足は止まらない。
 あいつらは……固まったままだくそっ何してる早く走れ!
 足を狙って撃つ、けれども最後の走り込みは義勇兵の中に溶け込むには十分で。

*zZboooooooooooooomm!!!*

 土煙と灰色の爆風が立ち上がった。
 有機物か無機物すら分からない破片が飛び散ってきた、人間の形をしているものはもう残っちゃいない。

『……自爆……!? なに考えてるの……!? どうして……!』
「畜生、あいつらの気持ちなんて分かるかよ! あのクソカルトども!」

 目の前でご立派に殉じたクソ野郎だけじゃない、似たような爆発がスティングの彼方此方から響きはじめる。
 どんな状況か良く分かった、どんなお気持ちか知らんけど総攻撃ってことだ!
 とにかく遠くで爆発に驚いたのかオスカーが転んでる、追いつけそうだ。

「ウォンッ!!」

 立ち上がる姿に追いつこうとしたとき、急にニクが声を上げる。
 相棒の見る方向に向くと白装束が走ってきているところだ、得物を持ち上げるが。

「終末が訪れるのだ! 我々は白狼様の慈愛にて次なる世へと転生――!?」

 自爆の捨て台詞でも吐こうとしていたそいつの足が止まる。
 体の不自然な膨らみからして文字通りの爆弾を抱えているのは確かだ。
 だけど、どうしたっていうんだ? 俺を見た途端に完全に動きを止めていて、

「――おお、神の血肉となりし者よ……! 探しておりました……!」

 急に両手でそれらしい形を取って祈り始めた。
 アホみたいなごっこに付き合ってる暇はない、45-70弾を脳天ど真ん中にぶっ放す。
 死んだ、これで神のご機嫌もとれなくなった。銃身を折って三発緊急装填。

「オスカー、行くな! こっちに戻ってこい!」

 その隙にオスカーは曲がった。街の東側の郊外に向かっていくようだ。
 妨げるものをすらすら避けて飛んで進むその姿は、やはり普通じゃない。
 そう訓練されてきた? 誰が、何のために? どうであれカルトとつながりがあるんだ、ろくでもない教育でもされたんだろう。
 なんとなく理解できた。あいつは俺をように走ってる。
 どこかに俺を誘導している、そうなんだよなオスカー?

「……あいつらに、俺を連れてこいって命令されてるんだな!?」

 あたりだったみたいだ。この一言でオスカーは立ち止まった。
 なのに、なんて顔してやがるんだ。

「……来ちゃダメ……! 早く逃げて……!」

 ようやく振り向いてくれた子供の表情は、きっと俺以外の誰かが見てもこう思うはずだ。
 「子供がそんな顔するな」と。それしか言いようのない分不相応な涙の流し方だ。
 読みは最悪にも的中してたわけだ。本当はこんなことしたくなかったんだろうな、だったらこんな「来るな」なんて言えるもんか。

「もういいオスカー、後は俺が何とかしてやる、どうとでもしてやるよ。自分の命をあんな奴らのために捧げなくていいんだ」

 立ち止まったオスカーに近づくが、細い腕が持ち上がった。
 そんな子供の手に握られていたのは回転式の拳銃だ。
 良く知ってるシングルアクション式のもので、大きさに見合わない指でかちりと撃鉄を起こす。
 構え方も指の動きも慣れてる。こんなガキに銃の使い方を教えた馬鹿はどいつだ、クソ野郎。

「……ごめんなさい、もう来ないで……じゃないと、お兄ちゃんがくもつにされちゃうから……」
「大丈夫だ、落ち着け、そんなもん下ろせ。少し話がしたい」
『オスカー君、お願い……! 銃を下ろして……!』

 ニクも心配そうに見上げたところで、ようやく銃を下ろしてくれた。
 緊張も解けてしまったんだろう。銃を握ったまま泣き出してしまった。
 近づいた。手にしたそれの撃鉄を半分起こした状態にして。

「オスカー、ありがとな」

 抱きしめた。俺にできる精一杯できることだ。
 嬉しいに決まってるさ。自分の意志でこうして危険を伝えに来たんだ、こいつは俺なんかよりも強い子供だ。
 それでようやく、力が抜けたんだろうな。重たい拳銃がごとっと床に落ちた。

「……ごめんなさい」
「いいんだよ。言ったろ、助けてやるって」
「うん」
「その顔、どうした? 誰にやられた?」
「……罪を消すって、お母さんが」
「分かった、もういい。お前らは俺を探してるのか?」
「うん、連れて来いって言われて……」

 一体どういうつもりか知らないけど、また俺をご所望する馬鹿がいるらしい。
 この子と接触したところを確実に見られたんだろうな。くそっ、こうなったのも全部俺のせいか。
 子供に銃まで持たせるような連中だ、このままほっといたら次は爆弾でも持たせたっておかしくはない。
 オスカーの言う通り付き合う必要はないだろうさ、でもそしたらこの子はどうなる?
 俺が取るべき行動はなんだ? こいつを保護することか? こんなことをさせる馬鹿をぶちのめすことか? カルトの壊滅か? ――よし。

「ミコ、ヒール頼む」
『えっ……で、でもいちクン』
「いいから早くしろ」

 決めた。この子がそうしてくれたように、俺も無茶をしてやる。
 我ながらバカげた発想だ。こっちの世界で積んだ経験が産んだ、とんでもないプランだ。

『……ヒール!』

 馬鹿な頼みの第一段階を引き受けてくれたミコが詠唱した。
 青い光がまとわりついた後、目の前の身体から痛々しい傷がゆっくり消えた。

『……オスカー君、背中、痛くない?』
「う、うん……痛くない……何したの?」
「魔法だ。いい顔になったな」
「いい顔……?」
「ああ。いい顔だ」

 顔から青色が消えたオスカーの頭をぽんぽんした。
 やっと、少しだけ笑ってくれたみたいだ。もう助ける理由はこれだけでもいい。

「ニク、ミコを連れてボスのところまで走れ」

 肩の鞘を外して、俺は黒い相棒に頼んだ。
 やりたくなさそうに「クゥン」と見上げてきた。

『……え? いちクン、それってもしかして――』
「要点だけ言うぞ、お邪魔してくる」
『あの人たちのところに行くってこと、だよね』
「ああ。んでボスに伝えてほしい、二度と勧誘できないようにしてきますってな」

 それだけ伝えると、ニクはとてつもなく嫌々ながらミコを咥えてくれた。
 さて、旅の相棒はどう返すのか……と思ってたら「はー」とため息が返ってきた。
 初めてだな、ミコにそんな反応されるなんて。

『……いちクン、どうせ何言っても行くんだよね?』
「ああ、生きて帰ってくるつもりだからな」
『……もし何かあったら、怒っちゃうからね?』
「俺はストレンジャーだぞ。死ぬもんか」

 ジャーマンシェパードの額と短剣の刀身をこつんと突いた。
 心配そうにする相棒は、少しためらいながらも来た道を戻っていったみたいだ。

「よし、オスカー。教団のやつがどっかで俺を待ってるんだろ?」
「うん」
「案内してくれ、ゆっくりでいいぞ」

 オスカーは戸惑いながらも先導してくれた。
 銃声爆音飛び交うスティングから外れていくと、街並みが途絶えた先に民家が見えてきた。
 なんとも微妙な場所にある。市街地から切り離されて、そこにわざわざ住む必要があるのかというほどには。

「お前、お母さんは好きか?」
「……お母さんには、育ててもらったから」
「育ててもらった恩がどうこう言われてるのか? 正直言っちまえ」
「……大嫌い」
「それだけか?」
「死んでいなくなってほしい」
「よくいった、それでいいんだよ。ちゃんと言えるじゃないか」

 二人で話しながら進む。まったくひどい会話だと思う。

「さっき供物っていったな」
「うん」
「街の人がここに連れてこられてるらしいけど、そいつらも供物になったのか?」
「……うん。白狼様たちの供物にされてる」
「それって二足で立つバケモンのことか?」
「…………うん、犬の神様たちのこと」
「あれは神様じゃない、ドッグマンっていうクソ野郎だ。言い直しとけ」
「ドッグマン」
「もっと砕けた言い方でもいいぞ、クソ野郎だ」
「クソ野郎」
「よし」

 ひどい答え合わせも出て来たな。本当にドッグマンを飼ってて、連れてこられた人間は餌にされてるわけか。
 そして俺は特上級のエサかなんかと思われてるんだろう、またこのパターンだ。
 でも今度は違うぞ、自分の方から飛び込んで腹の中で暴れてぶち破ってやる。
 さあ出てこいクソカルトども、自分からやって来た供物に死ぬほど戸惑え。

「……あそこにいるよ」

 見えた。民家の裏側に回り込むと、そこでこそこそする一団が見えた。
 白い姿の奴らが何名も待ち構えていたみたいだ。そばにエンジンがついたままのバンが停まってる。
 向こうはすぐ俺たちに気づいた。そのうちの一人が短機関銃に手をかけるも、

「よお、新鮮な供物だ。食われに来たぞ、腹減ってるやつはどこだ?」

 ずかずか前に踏み込んでご挨拶した。
 狙ってた獲物が自分から元気に突っ込んでくる様をどう感じたんだろうか、周りの連中はかなり困ってる。

「なっ――お、オスカーよ! これは一体どういうことですか――」
「ど、どうして……いえ、よくやりましたオスカー、やはりあなたは神の寵愛を受けているのですね」
「供物が自ら……!? わ、我が兄弟よ、どのような手でやり遂げたのかはわかりませんが、君は素晴らしい行いをしてくれましたね。白狼様が与えてくださった最後の機会にここまで報いるとは……」
「おい、荷物はどうする? あんたらに預けた方がいいか?」

 一応はオスカーが良い仕事をしてくれた、という形で認識されてる。
 バックパックやら銃剣やらをそこらへんの奴に押し付けた。どう扱えばいいかかなり困っておられるようだ。

「おお、ようやく神の供物が……!」

 お迎えの車の近くにわざわざ立ってやると、一団の中で白い男が大げさな口調で感極まっていた。
 隣にはフードを被った女性もいて、オスカーが視界に入ると。

「ああ、オスカー! ようやく白狼様に報いることができたのね! これでお母さんたちは楽園に導かれるわ!」

 それなりに歳を取った白髪混じりの女性は大切そうに我が子を抱きしめた。
 せっかく和らいだあの表情がすぐに硬くなるのが良く分かる。こいつが原因か。

「よくやりましたね、やはり君は神の写し身に違いありません。これで皆が救われました、罪を悔い改めた甲斐がありましたね」
「良かったなオスカー、君に取りついた悪魔はたった今払われたぞ」
「そうよ、あなたは白狼様に魅入られた天使なの。これからもお母さんのため、白狼様のために貴方の力を分けてちょうだい」
「あーもしもし?」

 盛り上がる白い集団に一声かけた。
 大げさな口の奴が、「早くいこうぜ」みたいにバンの扉の前でガン待ち中のストレンジャーにようやく気付いてくれたみたいだ。

「で、ここにいる楽園交換チケットはどうすればいいんだ? 暇だから早く白狼様とやらの腹の中に招待してくれないか?」

 さすがに面食らってるみたいだ。そりゃそうだ、自分から食われに行く変態がいれば困るに決まってる。

「あ、あなたは白狼様の血肉となることを望んでおられるのですか……?」
「まあそんなところだ。手錠はいるか? ほら、いいぞ」

 両腕を前に突き出すとますます戸惑いが強くなる。
 オスカーの母親とやらも引いてるぐらいだ。こんなやつ初めてだろ?

「……よ――よろしい。神の血肉となりし者よ、貴方の献身的な行いに感謝します。だ、誰か彼に手錠を……!」
「ついたらすぐ食うのか? 付け合わせはポテトか?」
「ええ……まずはその身を清めて頂くことになりますが……」
「分かった。ああそうだ、最後の晩餐まだだからなんか食わせてくれないか?」
「も、もちろんですとも……! さあ、中へどうぞ」
「悪いな。白狼様とやらに会ったらお前に良くしてもらったって言っとくよ」
「お、おお……! 本当ですか!? 是非とも白狼様にお伝えください、我ら一同、神に仕える忠実なしもべでございますと……!」
「ご苦労さん、じゃあ送ってくれ。事故に気を付けろよ」

 俺は面食らった様子の信者たちをかき分けて、開いたバンに乗ろうとした。
 その途中、オスカーの手を無理矢理取るように繋いでいる奴が目に入る。

「ああそうだ。あんた、オスカー君のお母さんか?」

 そう伝えながら見る子供の顔は、かなり嫌がっていた。
 そんなこともお構いなしに、オスカーの親はにっこりした。
 残念なことにその笑顔には覚えがある、子供よりも肉がついた頬は不愉快なにやつきを作っていて。

「ええ、ええ、そうよ! 親子そろって神の意志に従ってるの! この子ったらようやく進歩してくれたのね、お母さん嬉しいわ!」
「いい息子さんを持ったな。ところで献身的なあんたのことだ、我が子のために傷つく覚悟はあるか?」
「もちろんあるわ! だってあの子も私の――白狼様のために傷つく覚悟を持っているもの!」

 ミコを預けておいて良かったな。
 俺はイってしまった目の前で頭を振りかぶった。
 きっと見えない神でも拝んでいるだろう顔に向かって頭を引き絞って――

「そうか、じゃあお母さん……忠誠心の準備はできてるよなぁッ!」

 ごしゃっ。
 頭の一番硬い場所で、そいつの顔面をぶち砕いた。
 髪の生え際あたりにずきっと痛みが走ったが、PERKで強化された足腰もあって顎から上を砕くには十分だったみたいだ。

「あふ゛ぁ゛ッ……!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!? あ゛ーーーーーーーッ!?」

 ワーオ、前歯が壊滅した。口も鼻もやられた母親がじたばたもがく。
 血と歯の破片と仲良く悶えるそれは無視して、

「ほら、早く連れてけよ。鮮度がいいうちに食わせてやった方がいいだろ」

 大人しくバンに乗った。このまま敵の本拠地まで送ってもらおう。
 供物の処遇にどうすればいいのか定まらない微妙な雰囲気のまま、車は走り出す……。

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