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世紀末世界のストレンジャー
アラクネのコンバットグローブ(訳アリ)
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朝食を終えた頃、武装した連中が行進するところに鉢合わせた。
普段着るような服に間に合わせの防具やポーチ、青白の腕章をつけた集団だ。
誰にも言われることもなく戦いを望んだそいつらは、今じゃすっかり義勇兵だとか呼ばれるようになっていた。
「よーしついてこい新兵。今日の仕事は簡単だ、俺たちが取り返した場所を保護するだけさ」
「了解です」
「了解しました……でも、我々だけで大丈夫なんでしょうか?」
「俺たちも一緒だから安心しな。それにお前らの方がずっと土地勘があるんだ、強みを生かせ」
青黒い格好の三人――エンフォーサーの連中に従って義勇兵が歩く。
向かう先は街の北部みたいだ。足並みは揃っちゃいないが、慣れ親しんだ街を歩く姿は割と落ち着いてる。
「こんにちは、擲弾兵。俺たちも晴れて仲間入りだ」
「よお擲弾兵。これより北部の防衛だ、緊張するけど頑張って来るよ」
そんな姿を見送ってると、こっちに気づいた義勇兵たちが親しく手を振ってきた。
青黒い先輩たちも俺に気づいた、手で挨拶してきた。
「やあストレンジャー。今から街の北部の守備に向かうところだ」
「新兵どもの初仕事ってところだな。何か緊張が解ける一言でもかけてやってくれ、そこの喋る短剣さんからも頼むよ」
するとお仕事前の一団が立ち止まる。どうやら一声かけてほしいそうだ。
俺は肩の短剣と「どうするか」と少し顔を合わせてから、
「適当に頑張れよ。お前らの方が街のこと良く知ってそうだし、そういう強みを生かしてしぶとく生きてくれ」
『お、お仕事大変かもしれませんけど……どうかお気を付けてくださいね』
思い思いのことを伝えた。
殆どがミコの声に「なんだいまの」と驚いていたが、ちゃんと伝わったようだ。
「分かったよ、適当に頑張ろう」
「そうだな、俺たちはここを良く知ってる。あんたみたいに強いわけじゃないけど、そういうのを生かしてみるよ」
「短剣が喋ってるのか……? まあ、女の子に応援されたのは事実か。しぶとく生きるさ」
義勇兵たちは少し緊張がほぐれた様子でまた進んでいった。
「頑張れよ」と一言添えてから別れると。
「ここの義勇兵とやらは逞しいではないか。自らの意志で武器を持ち、戦場に向けて歩けるのだからな」
後ろから野太い声が向けられてきた、ノルベルトか。
振り返るとその通りの人物がどっしり構えていたわけだが、
「この街は過去に攻め込まれた痛みをまだ知っている。それが足を動かす理由なのかもしれないな」
隣には当たり前のように褐色ニンジャが立っている。アレクとセットだ。
筋肉で満ちた巨体と忍者コスの褐色イケメンという中々ない組み合わせになってしまってる。
『あ、ノルベルト君にアレク君……』
「お前らも見回りか?」
「俺様は買い物にいくところだったのだがな、この男にフランメリアのことを教えていたのだ」
「実に興味深い話を聞かせてもらったぞ。あちらの世界には侍や忍者の末裔が集う都市があるだとか……」
「うむ、ジパングシティは実に良いところだぞアレク。異国そのものを体現したその景観もまた素晴らしものでな……」
二人はそこそこ仲良くやってるみたいだ。意気投合したようで何よりだ。
「そうだ、イチよ。先日の活躍は耳にしたぞ、お前一人で数多の敵を葬ったそうではないか?」
「敵の住まいごと吹っ飛ばしたのは俺じゃないぞ、コルダイトのおっさんのせいだ」
「敵の拠点を二つも破壊し機甲戦力もあれほど削いだのだから大戦果というべきだろうな。ヴァージニア様が呆れていたが」
「ついでに誰かさんがデカい狼煙も作ってきたからな、いいアピールになったんじゃないか」
逞しい子供二人を連れてマーケットにふらふら向かうことにした。
途中、道路で立ち止まってかつて事務所のあった方を見た。
遠い向こうではまだかすかに煙が続いてる。なんならリフォームした二つのホテルの方からも黒煙が立ってるぐらいだ。
『……まだ燃えてるね』
「あんだけ燃えてればもう再利用できないな」
ヒドラのおかげで敵が拠点ごと焼却されてさぞ風通しの良い街になったと思う。
「むーん? 良く燃えているようだが、火でも放ってきたのか?」
「特大級のな。ヒドラってやつが侵略者でたき火おっ始めたんだ」
「まったく、ヒドラのやつは相も変わらず何もかも燃やそうとして困るものだな。街中で火炎放射器を使うつもりだったのだぞあいつめ」
『そんなことしたら街が火事になっちゃうよ……』
「あの野郎スティングで芸術品作るつもりか」
全員でぞろぞろとマーケットに向かいつつ、用法用量を守って扱う必要のあるやつについて話してると。
『……ね、ねえ、いちクン……あれ……!』
急に肩の短剣から震えた声がやってきた。嫌悪感まじりのやつだ。
「どうした? ミコ最終形態でもいたのか?」
『だからあれわたしじゃないよ……じゃなくて左見て、左!』
まるで嫌なものを目の当たりにしてしまったような反応だ。
その原因を探ろうといわれた通りの方向に目を向けると――
「……なんだありゃ……!?」
一目で分かった。人ごみに紛れてあからさまに不自然なものがいた。
クモだ。クモが歩いている。
それがレギュラーサイズなら良かったが、あいにく『人間ほどはある』クモだ。
全身真っ白で、そのくせ頭にはなぜかお洒落な帽子をかぶっていた。
『……なにあの、おっきなクモ……!?』
「しかもずっとこっち見てるぞ? こっわ……」
「……何なのだ、あれは……蜘蛛のミュータントか!?」
アレクの言うミュータントは確かに周囲から不気味がられてるけれども、道行くモンスターたちからは親しくされているようだ。
オークやらエルフやらが見えれば帽子を取って挨拶してるし、気味悪がる人間は意にせず素通りする。
そして隣にはまるで付き人といわんばかりの長い黒髪の女性がいるのだが。
「……あの姿、そうだったのか!」
と、そんな様子を見ていたノルベルトが「もしや!」と急に立ち上がった。
視線は俺たちと同じ向きにある。ちょうどクモのいる方向だ。
「なあ、まさかあのクモお前の知り合いとか言わないよな」
「あれは俺様の知り合いだ。まさかアラニェ殿も来ていたとは!」
「クモだぞあれ!?」
「うむ、クモだぞ。彼らはローゼンベルガー家御用達の仕立て屋だ。家内制手工業だが『アーティファクト』と呼ばれるほどの逸品を作りだす、知る人ぞ知る伝説の職人よ」
「クモなのに?」
「クモだがな!」
『……わたし虫苦手だよー……』
「クモが……職人だと? どうなっているんだ……!?」
そのすごいクモとやらは途中で立ち止まってじっと俺たちを見つめている。
「アラニェ殿! フタバ殿たちも! まさかあなた方もこの世界に来ておられたとは!」
そこにノルベルトが手を振ると、足を一本持ち上げてぶんぶん振り返してきた。
お隣の女性も固い表情のままうなずいている、マジで知り合いらしい。
やがて一匹と一人はかさかさとことこ近づいてきた。
『おや、これはこれは……ノルベルト坊ちゃまではございませんか』
そして普通に人語を喋った。しかも流暢に。
帽子を持ち上げてクモなりのうやうやしさを見せると、クモの複眼で俺たちを品定めしてきた。
獲物を選別するようなそれに近いと思う。食べる気はなさそうなのが救いか。
「こちらの世界でお会いすることになるとは驚きよ。その節は世話になったな、アラニェ殿」
『風のうわさで鬼が暴れている、とお耳にしましたが、やはりノルベルト坊ちゃまでしたか。さすがはローゼンベルガー家のご子息なだけありますね』
「フタバ殿たちもお元気そうで何よりだ!」
一応ノルベルトとこうして話してるんだから人食いモンスターではなさそうだ。
フタバと呼ばれた黒髪の女性は「ええ」と短く返している。人外的な特徴はないから人間か?
『そちらのお方は――』
デカい白クモはやがて俺に気を向けたみたいだ。
複眼からはどうしても人の何かを値踏みするような視線を感じる。
「あー、どうも」
『初めまして、アバタールを継ぐ者とお会いできて光栄でございます。わたくしアラクネの原種であるアラニェと申します、以後お見知りおきを』
アラニェと名乗るバケモンは流暢かつ丁重な挨拶をしてきた。
アバタール絡みなのは分かったさ、問題はこんな本物の怪物とどう接すればいいか分からないことだ。
『わけあってこの異世界に迷い込んでしまったのですが、ここは素晴らしいですね。荒廃こそしているもののフランメリアにはない先進的なデザインの衣装が数多く見受けられるのですから――おっと』
あれこれ語りながら、クモの足はメモみたいなものを持ち上げた。
きっと読んでいるんだろう。複眼の一部が文面を追いかけ始めて。
『さて、わたくしの糸はアラクネ原種、由緒正しい純粋な魔物が生み出す強靭な糸でございます。食事は一日四回、肉は摂らず果物と野菜と乳製品を中心に、たまには甘いお菓子も食べるフランメリアスタイルです。その張りの強さはドラゴンの首を絞め斬れるほどのものであることを保証しましょう』
その読み上げた言葉に続くように、フタバとかいう女性が鞄から何かを取り出す。
糸だ。白くて、少し太くも感じる綺麗な糸がまとめられている。
言葉をそのまま受け取るなら、原産地は目の前のクモの腹の中になるわけだが。
「……で、いきなり糸の紹介してどうするつもりなんだ? まさか買い取れとか言わない?」
『そう受け取っていただいても構いません』
「品質は俺様が保証しよう。アラクネ種が作る糸はこの世の何よりも強靭で加工が最も難しいとされる素材なのだぞ」
ものすごく嫌がってるミコはともかく、ノルベルトの興味を引いてるんだからそれなりの品なのかもしれない。
いやだからってクモの糸買ってどうするんだって話だが。
『そこでご提案があります、ストレンジャー様。ぜひおすすめしたい商品がここに』
そしてやって来たのが商売の話か。
そう大げさに告げると糸は引っ込められて、代わりに女性が何かを取り出して。
『近頃この地で名を馳せているというあなた様に、このような品はいかがなものかと……』
クモの足が手もみする傍ら、それの姿が見せつけられる。
しょっぱなから『人間の顔面に一撃くらわせる』ことを想定した実戦的なグローブだった。
砂漠色に染まっていて、戦闘に必要な最低限の機能を詰め込んだ飾り気のないつくりだ。
「……手袋?」
『はい、アラクネの糸を指先にまでふんだんに使い、アクセントにナックルガードを添えたグローブでございます。この世界における軍用モデルのものを参考に作りました』
黒髪の女性が「どうぞ」と無言で商品を近づけてくる。
着けろってことか。受け取って、言われた通りにはめてみた。
……手袋をつけた、だなんて忘れてしまうぐらいの軽やかさだ。
全然邪魔にならないどころか逆に指がスムーズに動く。それに指に力が籠りやすくなってるというか。
『いかがでしょうか?』
「すごく馴染むな。着けてるの忘れそうなぐらい快適だ」
『わたくしがこの世界の知識や文化と照らし合わせて作り上げました。一切の無駄を削ぎ実戦的な機能のみを詰め込み、カスタマイズも容易い。そして――』
「そして?」
『握ればあなたの拳は籠手さながらの固さを得ます。その硬度たるや、この『ウェイストランド』であなたの右に出る者はいないでしょう』
クモの足が「握って」とくいくいしてる。
大げさな物言いに従ってぎゅっと拳を固めると……手がみちっと引き締まった感じがした。
開けば元通りで、なのに動きを遮るような不快感はない。不思議だ。
『フタバ様、銃を』
変わった感触を手で何度も確かめてると、急にクモがそんなことを言い出した。
……銃?
どういうことだと見てみれば、女性は慣れた手つきで自動拳銃を腰から抜いて。
『あ、あの……何するつもりなんですか?』
ミコの言うように、なぜかこっちに銃口が向けられた。
アレクが咄嗟に構えたものの、ノルベルトは「大丈夫だ」と抑えてた。
『ストレンジャー様、試しに片手を持ち上げてください。手は開いたままに』
困ったことにクモは商品つきの俺の片手を上げるように指示している。
つまり拳銃で撃つから付き合ってくれだそうだ。ふざけてんのか。
「……それは「試し撃ち」って意味だよな」
「案ずるなイチ。アラニェ殿の腕は確かだぞ」
「いや何をしようとしているのだお前たちは……!?」
『ね、ねえ……流石にやめた方がいいんじゃ……』
周囲の様子はほとんどが「やめておけ」だ。
ノルベルトの肯定も流石にこればかりは駄目だ。
「……おい、いきなり物売りに来て撃たれろ、だなんて」
さすがの俺もこれは受け付けられない。「やめろ」といつものように手ぶりで断ろうとした直後。
*Bam!*
ほんのわずか、持ち上げただけで――撃たれた。
本当に撃ちやがった。右手にばすっ、と指先で突かれるような衝撃が走って。
走って……あれ?
『ほ、ほんとに撃っちゃった……!? いちクン、大丈夫!?』
「う、撃っただと……何を考えているのだ!?」
「……いや、待て。これっ……」
語彙力を失うぐらいの結果が手元にあった。
手には傷1つない。いや、それどころか手のひらに何かが留まってる。
潰れた九ミリ口径の弾丸がへばりついていた。おいおい。
『さて、いかがでしたでしょうか?』
クモはまだこっちを見ている。
片手はちゃんと無事だ。こびりついた銃弾以外何も残っちゃいない。
「おい……これマジか? 銃弾食い止めたぞ?」
『この手袋さえあれば四十五口径程度なら防ぎきれるでしょう、お気に召しましたか?』
「……すごいな。ライフル弾も受け止めれるか?」
『ええ、きっと止められます。ですが――』
「ですが?」
『死ぬほど痛いです。耐えられますか?』
「それなら上出来なほうじゃないか?」
たかがグローブ、しかしその性能はこの世界じゃ十分すぎると思う。
目の前のクモが前足をこすりながら伺ってくるだけはあるだろうな。
というか、アレクが目を輝かせてる。この十五歳児め。
「で、もっと肝心な話をしようか。おいくら?」
問題は値段だ。品定めするような目つきから、けっこうなチップを取られそうな気はする。
実際デカいクモの複眼がその通りに俺――いや俺たちをじっくり眺めていて。
『あなたの両手を生涯お守りして、3000チップでいかがでしょうか?』
……高いんだか安いんだか良く分からない価値を出されてしまった。
ここまで良いグローブなのは分かるさ。でもフランメリアの奴の提示するそれは果たして適切なのか。
少し考えてそばにいるノルベルトに助けを求めることにした。こそこそと。
(ノルベルト、これって安いのか?)
(……こちらとあちらの価格を比べるのは難しいが、手が伸ばせるほどの値段など考えられんぞ。本来であれば品質相応にかなりの値がつくものなのだが)
異世界のオーガがそういうってことは、理由ありの安さなのかもしれないな。
問題はどうしてそこまでの値段を俺に突き出すのかというものだが。
『あなたはそれを身に着けて八面六臂の活躍をする、そしてわたくしはアバタールを継ぐ者と繋がりを得る、良い価値の示し方だと思いませんか?』
だそうだ。つまり安く譲ってやるからせいぜい良い広告をしてくれってことらしい。
ここまではっきり言ってくれるならむしろ好印象だ、引き受けてやろう。
「なるほどな、俺ならいい広告塔になるってことか」
『フェアな取引でございます』
「分かった、正直に言ってくれてありがとう。買うよ」
よし、買おう。
俺は言われた通りのチップを黒髪の女性に渡した。
これで頼もしい相棒がまた一つ増えたわけだ。よろしくクモの手袋。
「おお、そうだ。ならばアラニェ殿、貴方に仕立ててほしいものがあるのだが」
『ノルベルト坊ちゃま、あなたの身体のことはかねて何より存じております。どのような品をご所望でしょうか?』
「実戦向けの上着が欲しいのだ。この世界の戦士らしくなれるようなものだ」
『畏まりました、直ちに取り掛かりましょう。費用は――』
「うむ、頼んだぞ」
ノルベルトも何かを頼んだみたいだ。けっこうな量のチップを手渡したような気がするが。
十分な収入を得た白クモは満足そうに身体を頷かせて、
『良き取引ができて光栄です。それではストレンジャー様、ノルベルト様、またお会いできることを楽しみにしています』
帽子をくいっと持ち上げて、そのままどこかに向かってしまった。
黒髪の女性も振り返って歩き始めてしまうわけだが――
『じゃあなガキどもぉ、毎度ありぃ。ノルベルト坊ちゃんも元気でなぁ』
……女性の後頭部がガパっと開いた。ミコが『ひぇっ』と驚くほどの迫力で。
頭蓋骨と脳みそがないといけない場所から、大きな口が白い歯を見せて笑っている。
「フハハ! 相変わらずだなミツバ殿、あまり人を驚かせてはならんぞ?』
「黙りなさいミツバ」
『あちきはただ挨拶しただけだぜ? ほんっと愛想ねぇなぁ、お前らもそう思わねぇか』
頭に第二の口がある女性はすたすたとその場を去っていく。
遠ざかっていく二つ目の口は『じゃあなぁ』と気さくに別れの挨拶を伝えたきり、どこかへ行ってしまった。
「あれは、フタクチオンナか……!」
『二口女だね……』
「フタバ殿は二口女のミツバ殿と共にあるのだぞ。二人はジパングシティ出身の者でな、昔から仲の良い姉妹なのだ」
そうだ、アレクの言葉で思い出した。二口女だ。
向こうの世界はあんな奴もいるのか……。
◇
普段着るような服に間に合わせの防具やポーチ、青白の腕章をつけた集団だ。
誰にも言われることもなく戦いを望んだそいつらは、今じゃすっかり義勇兵だとか呼ばれるようになっていた。
「よーしついてこい新兵。今日の仕事は簡単だ、俺たちが取り返した場所を保護するだけさ」
「了解です」
「了解しました……でも、我々だけで大丈夫なんでしょうか?」
「俺たちも一緒だから安心しな。それにお前らの方がずっと土地勘があるんだ、強みを生かせ」
青黒い格好の三人――エンフォーサーの連中に従って義勇兵が歩く。
向かう先は街の北部みたいだ。足並みは揃っちゃいないが、慣れ親しんだ街を歩く姿は割と落ち着いてる。
「こんにちは、擲弾兵。俺たちも晴れて仲間入りだ」
「よお擲弾兵。これより北部の防衛だ、緊張するけど頑張って来るよ」
そんな姿を見送ってると、こっちに気づいた義勇兵たちが親しく手を振ってきた。
青黒い先輩たちも俺に気づいた、手で挨拶してきた。
「やあストレンジャー。今から街の北部の守備に向かうところだ」
「新兵どもの初仕事ってところだな。何か緊張が解ける一言でもかけてやってくれ、そこの喋る短剣さんからも頼むよ」
するとお仕事前の一団が立ち止まる。どうやら一声かけてほしいそうだ。
俺は肩の短剣と「どうするか」と少し顔を合わせてから、
「適当に頑張れよ。お前らの方が街のこと良く知ってそうだし、そういう強みを生かしてしぶとく生きてくれ」
『お、お仕事大変かもしれませんけど……どうかお気を付けてくださいね』
思い思いのことを伝えた。
殆どがミコの声に「なんだいまの」と驚いていたが、ちゃんと伝わったようだ。
「分かったよ、適当に頑張ろう」
「そうだな、俺たちはここを良く知ってる。あんたみたいに強いわけじゃないけど、そういうのを生かしてみるよ」
「短剣が喋ってるのか……? まあ、女の子に応援されたのは事実か。しぶとく生きるさ」
義勇兵たちは少し緊張がほぐれた様子でまた進んでいった。
「頑張れよ」と一言添えてから別れると。
「ここの義勇兵とやらは逞しいではないか。自らの意志で武器を持ち、戦場に向けて歩けるのだからな」
後ろから野太い声が向けられてきた、ノルベルトか。
振り返るとその通りの人物がどっしり構えていたわけだが、
「この街は過去に攻め込まれた痛みをまだ知っている。それが足を動かす理由なのかもしれないな」
隣には当たり前のように褐色ニンジャが立っている。アレクとセットだ。
筋肉で満ちた巨体と忍者コスの褐色イケメンという中々ない組み合わせになってしまってる。
『あ、ノルベルト君にアレク君……』
「お前らも見回りか?」
「俺様は買い物にいくところだったのだがな、この男にフランメリアのことを教えていたのだ」
「実に興味深い話を聞かせてもらったぞ。あちらの世界には侍や忍者の末裔が集う都市があるだとか……」
「うむ、ジパングシティは実に良いところだぞアレク。異国そのものを体現したその景観もまた素晴らしものでな……」
二人はそこそこ仲良くやってるみたいだ。意気投合したようで何よりだ。
「そうだ、イチよ。先日の活躍は耳にしたぞ、お前一人で数多の敵を葬ったそうではないか?」
「敵の住まいごと吹っ飛ばしたのは俺じゃないぞ、コルダイトのおっさんのせいだ」
「敵の拠点を二つも破壊し機甲戦力もあれほど削いだのだから大戦果というべきだろうな。ヴァージニア様が呆れていたが」
「ついでに誰かさんがデカい狼煙も作ってきたからな、いいアピールになったんじゃないか」
逞しい子供二人を連れてマーケットにふらふら向かうことにした。
途中、道路で立ち止まってかつて事務所のあった方を見た。
遠い向こうではまだかすかに煙が続いてる。なんならリフォームした二つのホテルの方からも黒煙が立ってるぐらいだ。
『……まだ燃えてるね』
「あんだけ燃えてればもう再利用できないな」
ヒドラのおかげで敵が拠点ごと焼却されてさぞ風通しの良い街になったと思う。
「むーん? 良く燃えているようだが、火でも放ってきたのか?」
「特大級のな。ヒドラってやつが侵略者でたき火おっ始めたんだ」
「まったく、ヒドラのやつは相も変わらず何もかも燃やそうとして困るものだな。街中で火炎放射器を使うつもりだったのだぞあいつめ」
『そんなことしたら街が火事になっちゃうよ……』
「あの野郎スティングで芸術品作るつもりか」
全員でぞろぞろとマーケットに向かいつつ、用法用量を守って扱う必要のあるやつについて話してると。
『……ね、ねえ、いちクン……あれ……!』
急に肩の短剣から震えた声がやってきた。嫌悪感まじりのやつだ。
「どうした? ミコ最終形態でもいたのか?」
『だからあれわたしじゃないよ……じゃなくて左見て、左!』
まるで嫌なものを目の当たりにしてしまったような反応だ。
その原因を探ろうといわれた通りの方向に目を向けると――
「……なんだありゃ……!?」
一目で分かった。人ごみに紛れてあからさまに不自然なものがいた。
クモだ。クモが歩いている。
それがレギュラーサイズなら良かったが、あいにく『人間ほどはある』クモだ。
全身真っ白で、そのくせ頭にはなぜかお洒落な帽子をかぶっていた。
『……なにあの、おっきなクモ……!?』
「しかもずっとこっち見てるぞ? こっわ……」
「……何なのだ、あれは……蜘蛛のミュータントか!?」
アレクの言うミュータントは確かに周囲から不気味がられてるけれども、道行くモンスターたちからは親しくされているようだ。
オークやらエルフやらが見えれば帽子を取って挨拶してるし、気味悪がる人間は意にせず素通りする。
そして隣にはまるで付き人といわんばかりの長い黒髪の女性がいるのだが。
「……あの姿、そうだったのか!」
と、そんな様子を見ていたノルベルトが「もしや!」と急に立ち上がった。
視線は俺たちと同じ向きにある。ちょうどクモのいる方向だ。
「なあ、まさかあのクモお前の知り合いとか言わないよな」
「あれは俺様の知り合いだ。まさかアラニェ殿も来ていたとは!」
「クモだぞあれ!?」
「うむ、クモだぞ。彼らはローゼンベルガー家御用達の仕立て屋だ。家内制手工業だが『アーティファクト』と呼ばれるほどの逸品を作りだす、知る人ぞ知る伝説の職人よ」
「クモなのに?」
「クモだがな!」
『……わたし虫苦手だよー……』
「クモが……職人だと? どうなっているんだ……!?」
そのすごいクモとやらは途中で立ち止まってじっと俺たちを見つめている。
「アラニェ殿! フタバ殿たちも! まさかあなた方もこの世界に来ておられたとは!」
そこにノルベルトが手を振ると、足を一本持ち上げてぶんぶん振り返してきた。
お隣の女性も固い表情のままうなずいている、マジで知り合いらしい。
やがて一匹と一人はかさかさとことこ近づいてきた。
『おや、これはこれは……ノルベルト坊ちゃまではございませんか』
そして普通に人語を喋った。しかも流暢に。
帽子を持ち上げてクモなりのうやうやしさを見せると、クモの複眼で俺たちを品定めしてきた。
獲物を選別するようなそれに近いと思う。食べる気はなさそうなのが救いか。
「こちらの世界でお会いすることになるとは驚きよ。その節は世話になったな、アラニェ殿」
『風のうわさで鬼が暴れている、とお耳にしましたが、やはりノルベルト坊ちゃまでしたか。さすがはローゼンベルガー家のご子息なだけありますね』
「フタバ殿たちもお元気そうで何よりだ!」
一応ノルベルトとこうして話してるんだから人食いモンスターではなさそうだ。
フタバと呼ばれた黒髪の女性は「ええ」と短く返している。人外的な特徴はないから人間か?
『そちらのお方は――』
デカい白クモはやがて俺に気を向けたみたいだ。
複眼からはどうしても人の何かを値踏みするような視線を感じる。
「あー、どうも」
『初めまして、アバタールを継ぐ者とお会いできて光栄でございます。わたくしアラクネの原種であるアラニェと申します、以後お見知りおきを』
アラニェと名乗るバケモンは流暢かつ丁重な挨拶をしてきた。
アバタール絡みなのは分かったさ、問題はこんな本物の怪物とどう接すればいいか分からないことだ。
『わけあってこの異世界に迷い込んでしまったのですが、ここは素晴らしいですね。荒廃こそしているもののフランメリアにはない先進的なデザインの衣装が数多く見受けられるのですから――おっと』
あれこれ語りながら、クモの足はメモみたいなものを持ち上げた。
きっと読んでいるんだろう。複眼の一部が文面を追いかけ始めて。
『さて、わたくしの糸はアラクネ原種、由緒正しい純粋な魔物が生み出す強靭な糸でございます。食事は一日四回、肉は摂らず果物と野菜と乳製品を中心に、たまには甘いお菓子も食べるフランメリアスタイルです。その張りの強さはドラゴンの首を絞め斬れるほどのものであることを保証しましょう』
その読み上げた言葉に続くように、フタバとかいう女性が鞄から何かを取り出す。
糸だ。白くて、少し太くも感じる綺麗な糸がまとめられている。
言葉をそのまま受け取るなら、原産地は目の前のクモの腹の中になるわけだが。
「……で、いきなり糸の紹介してどうするつもりなんだ? まさか買い取れとか言わない?」
『そう受け取っていただいても構いません』
「品質は俺様が保証しよう。アラクネ種が作る糸はこの世の何よりも強靭で加工が最も難しいとされる素材なのだぞ」
ものすごく嫌がってるミコはともかく、ノルベルトの興味を引いてるんだからそれなりの品なのかもしれない。
いやだからってクモの糸買ってどうするんだって話だが。
『そこでご提案があります、ストレンジャー様。ぜひおすすめしたい商品がここに』
そしてやって来たのが商売の話か。
そう大げさに告げると糸は引っ込められて、代わりに女性が何かを取り出して。
『近頃この地で名を馳せているというあなた様に、このような品はいかがなものかと……』
クモの足が手もみする傍ら、それの姿が見せつけられる。
しょっぱなから『人間の顔面に一撃くらわせる』ことを想定した実戦的なグローブだった。
砂漠色に染まっていて、戦闘に必要な最低限の機能を詰め込んだ飾り気のないつくりだ。
「……手袋?」
『はい、アラクネの糸を指先にまでふんだんに使い、アクセントにナックルガードを添えたグローブでございます。この世界における軍用モデルのものを参考に作りました』
黒髪の女性が「どうぞ」と無言で商品を近づけてくる。
着けろってことか。受け取って、言われた通りにはめてみた。
……手袋をつけた、だなんて忘れてしまうぐらいの軽やかさだ。
全然邪魔にならないどころか逆に指がスムーズに動く。それに指に力が籠りやすくなってるというか。
『いかがでしょうか?』
「すごく馴染むな。着けてるの忘れそうなぐらい快適だ」
『わたくしがこの世界の知識や文化と照らし合わせて作り上げました。一切の無駄を削ぎ実戦的な機能のみを詰め込み、カスタマイズも容易い。そして――』
「そして?」
『握ればあなたの拳は籠手さながらの固さを得ます。その硬度たるや、この『ウェイストランド』であなたの右に出る者はいないでしょう』
クモの足が「握って」とくいくいしてる。
大げさな物言いに従ってぎゅっと拳を固めると……手がみちっと引き締まった感じがした。
開けば元通りで、なのに動きを遮るような不快感はない。不思議だ。
『フタバ様、銃を』
変わった感触を手で何度も確かめてると、急にクモがそんなことを言い出した。
……銃?
どういうことだと見てみれば、女性は慣れた手つきで自動拳銃を腰から抜いて。
『あ、あの……何するつもりなんですか?』
ミコの言うように、なぜかこっちに銃口が向けられた。
アレクが咄嗟に構えたものの、ノルベルトは「大丈夫だ」と抑えてた。
『ストレンジャー様、試しに片手を持ち上げてください。手は開いたままに』
困ったことにクモは商品つきの俺の片手を上げるように指示している。
つまり拳銃で撃つから付き合ってくれだそうだ。ふざけてんのか。
「……それは「試し撃ち」って意味だよな」
「案ずるなイチ。アラニェ殿の腕は確かだぞ」
「いや何をしようとしているのだお前たちは……!?」
『ね、ねえ……流石にやめた方がいいんじゃ……』
周囲の様子はほとんどが「やめておけ」だ。
ノルベルトの肯定も流石にこればかりは駄目だ。
「……おい、いきなり物売りに来て撃たれろ、だなんて」
さすがの俺もこれは受け付けられない。「やめろ」といつものように手ぶりで断ろうとした直後。
*Bam!*
ほんのわずか、持ち上げただけで――撃たれた。
本当に撃ちやがった。右手にばすっ、と指先で突かれるような衝撃が走って。
走って……あれ?
『ほ、ほんとに撃っちゃった……!? いちクン、大丈夫!?』
「う、撃っただと……何を考えているのだ!?」
「……いや、待て。これっ……」
語彙力を失うぐらいの結果が手元にあった。
手には傷1つない。いや、それどころか手のひらに何かが留まってる。
潰れた九ミリ口径の弾丸がへばりついていた。おいおい。
『さて、いかがでしたでしょうか?』
クモはまだこっちを見ている。
片手はちゃんと無事だ。こびりついた銃弾以外何も残っちゃいない。
「おい……これマジか? 銃弾食い止めたぞ?」
『この手袋さえあれば四十五口径程度なら防ぎきれるでしょう、お気に召しましたか?』
「……すごいな。ライフル弾も受け止めれるか?」
『ええ、きっと止められます。ですが――』
「ですが?」
『死ぬほど痛いです。耐えられますか?』
「それなら上出来なほうじゃないか?」
たかがグローブ、しかしその性能はこの世界じゃ十分すぎると思う。
目の前のクモが前足をこすりながら伺ってくるだけはあるだろうな。
というか、アレクが目を輝かせてる。この十五歳児め。
「で、もっと肝心な話をしようか。おいくら?」
問題は値段だ。品定めするような目つきから、けっこうなチップを取られそうな気はする。
実際デカいクモの複眼がその通りに俺――いや俺たちをじっくり眺めていて。
『あなたの両手を生涯お守りして、3000チップでいかがでしょうか?』
……高いんだか安いんだか良く分からない価値を出されてしまった。
ここまで良いグローブなのは分かるさ。でもフランメリアの奴の提示するそれは果たして適切なのか。
少し考えてそばにいるノルベルトに助けを求めることにした。こそこそと。
(ノルベルト、これって安いのか?)
(……こちらとあちらの価格を比べるのは難しいが、手が伸ばせるほどの値段など考えられんぞ。本来であれば品質相応にかなりの値がつくものなのだが)
異世界のオーガがそういうってことは、理由ありの安さなのかもしれないな。
問題はどうしてそこまでの値段を俺に突き出すのかというものだが。
『あなたはそれを身に着けて八面六臂の活躍をする、そしてわたくしはアバタールを継ぐ者と繋がりを得る、良い価値の示し方だと思いませんか?』
だそうだ。つまり安く譲ってやるからせいぜい良い広告をしてくれってことらしい。
ここまではっきり言ってくれるならむしろ好印象だ、引き受けてやろう。
「なるほどな、俺ならいい広告塔になるってことか」
『フェアな取引でございます』
「分かった、正直に言ってくれてありがとう。買うよ」
よし、買おう。
俺は言われた通りのチップを黒髪の女性に渡した。
これで頼もしい相棒がまた一つ増えたわけだ。よろしくクモの手袋。
「おお、そうだ。ならばアラニェ殿、貴方に仕立ててほしいものがあるのだが」
『ノルベルト坊ちゃま、あなたの身体のことはかねて何より存じております。どのような品をご所望でしょうか?』
「実戦向けの上着が欲しいのだ。この世界の戦士らしくなれるようなものだ」
『畏まりました、直ちに取り掛かりましょう。費用は――』
「うむ、頼んだぞ」
ノルベルトも何かを頼んだみたいだ。けっこうな量のチップを手渡したような気がするが。
十分な収入を得た白クモは満足そうに身体を頷かせて、
『良き取引ができて光栄です。それではストレンジャー様、ノルベルト様、またお会いできることを楽しみにしています』
帽子をくいっと持ち上げて、そのままどこかに向かってしまった。
黒髪の女性も振り返って歩き始めてしまうわけだが――
『じゃあなガキどもぉ、毎度ありぃ。ノルベルト坊ちゃんも元気でなぁ』
……女性の後頭部がガパっと開いた。ミコが『ひぇっ』と驚くほどの迫力で。
頭蓋骨と脳みそがないといけない場所から、大きな口が白い歯を見せて笑っている。
「フハハ! 相変わらずだなミツバ殿、あまり人を驚かせてはならんぞ?』
「黙りなさいミツバ」
『あちきはただ挨拶しただけだぜ? ほんっと愛想ねぇなぁ、お前らもそう思わねぇか』
頭に第二の口がある女性はすたすたとその場を去っていく。
遠ざかっていく二つ目の口は『じゃあなぁ』と気さくに別れの挨拶を伝えたきり、どこかへ行ってしまった。
「あれは、フタクチオンナか……!」
『二口女だね……』
「フタバ殿は二口女のミツバ殿と共にあるのだぞ。二人はジパングシティ出身の者でな、昔から仲の良い姉妹なのだ」
そうだ、アレクの言葉で思い出した。二口女だ。
向こうの世界はあんな奴もいるのか……。
◇
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