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世紀末世界のストレンジャー
女王様からお手紙届いた【赤の女王挿絵追加】
しおりを挟むボスの言う通りなんだろう、しばらく気が休まらなかった。
いつ次の敵が現れるか、いつこの街が攻め込まれるか、いつあのカルトたちが動き出すか、いつ自分の出番が来るのか。
外の人魔物問わない連中や、連れてこられた捕虜のこと、なんだって気になる。
だから宿のどこかに腰をかけておきながらも、手は常に武器の近くだ。
もし、今ここに戦車が突っ込んできたってすぐに動ける。必ず殺す。
『いちクン、どうしたの? さっきから緊張してるみたいだけど……』
でもそんな態度がきっと、俺のどこかににじみ出てたんだろう。
神経だけは休まらないまま宿の外を見ていたところに、あの声が伝わってきた。
「気持ちが落ち着かない」
見栄や軽口でどうにかなるなら幾らでもそうしてやるが、こればかりは素直に答えた。
ミコは少し考えこんで、
『……あれから色々あったもんね。ここの様子も、あれからずっと不安定だし。そんな中で過ごしてるんだからすごいストレスになると思うよ』
「そうかもな。考えてみればこんな大規模な戦いにぶち込まれるなんて初めてだ」
良く返してくれた。その通りだ、そのせいでメンタルがすり減ってるに違いない。
周りが武器を手にせわしく動き続けるような環境は、ボルターでカルト集団と殺し合うそれよりも濃厚なんだろう。
奇しくも今、またそんなカルトどもと対峙しそうな雰囲気だけど……。
「クゥン」
言い表せない何かが少し見えてきたところで、足元に犬がすり寄ってきた。
こっちを見上げて首を傾げ、茶色い瞳が「どうしたの?」と問いかけてる。
頬に手を触れた。気持ちよさそうにかくっと頭を預けられた。
『ほら、わんこも心配してるよ?』
「ワンッ」
ニクの顔を手でわしわし揉んでやると、舌を出して尻尾を振り始めた。
そんなリラックスしてる姿をこうしてそばで感じてると、どうしてか俺も同じような気分に近づいて不思議だ。
「お前に何回助けられてきたんだろうな」
思えばいつもそうだったかもな。
気分が「あと一歩で地獄」ってところで、いつもこうして食い止めに来る。
その結果こうして生きてるんだから、俺がしぶといのもこいつの功績なんだろう。
「心配してくれてありがとな。今日は少し楽にしようと思う」
耳をぺこぺこしてやるとくすぐったさそうにした。見てて少し気が楽になった。
『辛くなったり、気持ちが変だなーって思ったら、遠慮なくわたしに言ってね? 話し相手ぐらいにはなれるから……』
「ワンッ!」
『ふふっ、わんこもそうしてほしそうだね』
「分かった、お前らを頼りにしてるよ。今日はもう気楽にやろう」
そうだな、ボルターで始まった一人の殺戮ショーよりはずっとマシだ。
肩の力が抜けてぐでっとした。机に突っ伏して宿の様子を見ると。
「へっへっへ。新しい得物だ、『ミニミ』だ。前よりいっぱい撃てるぜぇ」
離れた席で、赤毛の機関銃手が丁寧に分解清掃しているのが目につく。
箱型弾倉にたっぷり弾が入る機関銃はさぞ気に入ったらしい。大事に大事に扱ってる。
「はぁ。新しいおもちゃがもらえて良かったわね、アーバクル」
「それって確か戦前の銃でしょ? あいつら高価な武器使ってんのね。ていうかご飯食べてるときに目の前で清掃しないでくれる?」
軽く食事を済ませている二人の目の前で、それががちゃりと手早く組み立てられた。
アーバクルは一瞬こっちと目が合うと、感謝するように口角を上げてから。
「こいつは俺の新しい相棒だ。今日から大切にするんだ」
だそうだ。今日からそいつでさぞいっぱい撃ち殺してくれるんだろう。
これなら今すぐにでもここが変な客に襲われたとしても、銃弾の雨で追い返いしてくれるはずだ。
『――いやいや、この絵は間違いなくドラゴンじゃよ』
『ほんとかよ、じいちゃん』
横向きに見る宿の様子に、そんな声も混じる。
開きっぱなしの窓からだ。ヒドラとドワーフの爺さんか。
『ほんとほんと。ドラゴンってな、住む環境や、その種が持つ歴史によって顔だとか違うんじゃよ』
『へー、人間みてぇだな』
『そういうことじゃし? お前さんの書いたこれもまた一つのドラゴンってことじゃな』
外からは塗料の匂いがする。きっと近くの壁に芸術でも描いてるんだろう。
『向こうの世界ってよ、やっぱドラゴンいるんだよな?』
『昔はいっぱいいたがなぁ、あれこれ理由をつけて狩られたり、種や文明の違いが受け入れられずに迫害されたり、エルフどもが趣味で撃ち落とすもんだから絶滅危惧種なんじゃよ』
『ひでえなおい』
『今じゃ国が大切に保護する対象なんじゃよ。奴らも可哀そうに』
『そうだ。ドラゴンってよ、やっぱ炎のブレスを吐くのか?』
『火なんて当り前じゃ。種によるが、氷や雷を噴くものだとかもおるし……』
『他にも出せるのかよ。俺はドラゴンっていったら火だと思うけどなぁ』
『ほう、どうしてかの?』
『ドラゴンって言ったらそりゃ火だろ? そういう変わり種じゃなくて、デカくて火を吐くカッコいい奴がいいんだよ俺は』
『お前さん分かっておるな。わしもそう思っとるよ』
『そうだよじいちゃん、なんつったってドラゴンは強え生き物だ。あこがれだ』
ヒドラの奴も、ずいぶん年の離れた友人を手に入れたな。
さて、そんな風に外の様子に耳を傾けてると。
「おにいちゃん、ちょっといい?」
どうにか力を抜こうとしているところにビーンがやってきた。
だいぶこの店の人間として慣れてきてる様子だけど、何か困ってるようだ。
「どうしたビーン、なんかあったか?」
幼さが残るイケメンのエプロン姿を見上げると、
「あの、これ……」
おどおどしながら何かを手渡してきた。
手紙だ。この世界にしちゃきれいすぎる白が、真っ赤な封蝋に封じ込められてる。
「手紙だな」
『……手紙だね。ビーン君、それどうしたのかな?』
経験上、それはあんまり良くないメッセージかもしれない。
しかしビーンは……俺たちの問いかけに、いや、違う何かに対して怯えてた。
大きな身体が震えてる。頬にたらっと濃い汗が流れてるほどに。
「……赤いお姉さん」
そこからどうにか発せられた答えは、赤い女性だってことぐらいだ。
どうしてしまったんだ、こいつは。
「ビーン……どうしたの?」
ママも様子に気づいたみたいだ。こっちに来た。
「ママ。なんか……ビーンが手紙を持ってきたんだ」
「手紙? 手紙がどうしたのかしら?」
『はい、ええと……これなんですけど』
俺はミコに合わせて手紙を見せた。
世紀末らしからぬきれいな作りのそれはまだ未開封だ。
「赤いお姉さん、とかなんとか言ってるんだ。どうしたんだほんと」
「……ビーン、どうしたの? 何かあったの?」
中身が気になるが、せめてその前に何があったのかと全員で問いかけた。
ところが、ビーンは一体本当にどうしたのやら。
「ううん、なんでもないよ。心配かけてごめんね」
汗をぬぐって、無理やり自分を落ち着かせた様子で戻ってしまった。
けっきょく俺たちは「なんだったのか」と顔を見合わせることぐらいしかできなかった。
「……どうしたのかしら、困ったわね」
「何かあったのは確かだろうな。この手紙がなんか関係ありそうだけど……」
俺はそんな困るママの原因を作ったであろう手紙を開いてみた。
まさかあのカルトの連中がいたずらでも――と思ったが、
『……あれ? 何も入ってないよ?』
「……何も入ってないな」
「……空っぽね。なんなのかしら……」
伝えるべき言葉は何も入ってない。あるのは『無』だ。
何かメッセージはないかと探るが、手紙のどこにも書いてない。
「……あら、その封蝋」
でもママが何かに気づいたらしい。
出たばっかの血みたいに真っ赤な封蝋だ。さっきまで何かを閉じ込めていたそれには、変な模様があった。
一見すれば適当に書いた線のような、けれど何か訴えかけようとしているシンボルだ。
何かを縫い合わせる、その時の気分で殴り書く、暗号を込めて規則性を隠す、そのどれかでもあるし、どれかでもないような。
「……なんだこれ、気持ち悪いな」
『……待って、何か文字が書いてるよ』
そんな「なんにでもなりえる」印のそばに、文字があった。
どこの文字だ、誰の文字だ、いつの文字だ、分からない。
でもどうしてか分かるんだ、絶対に分かりえないはずの意味が分かる。
「……赤の女王、だとさ」
俺はその名を読み上げた。
ただそれだけだ。その一言を口にしただけで、急に宿の空気が変わった。
みんな敏感に気づいたに違いない。そこに居るすべての視線が、なぜか俺に集っている。
「――やあやあそこのお兄さん、ようやくボクに出会えたねえ♡」
……声?
知らない女性の声が聞こえた。俺の背後からだ。
振り返った。絶対にそこには誰もいなかったと言い切れるそこに、誰かがいた。
「お久しぶりだねクリエイター。ボクが誰だか分かるかなあ?」
そいつは、一体誰なんだろう。
今まで会ったことがないのは確かなんだ。どう思考してもたどり着かない誰かだ。
しかし、けれども、向こうはまるで俺を知っているようだ。
艶のある赤黒い髪を控えめに伸ばして、小さな顔にそれ以上の大きさがあるニヤニヤとした表情がある。
それが猫っぽい、と思ってしまうのは紅い猫の耳としっぽが生えてるからだと思う。
衣装だって別格だ。この世界のものでも、向こうの世界のものですらなさそうな赤いドレスだ。
それなのに肌は真っ白で、露出の激しさがあれもこれもと大きな形の肉を表現してるのに――
「さあさあボクのクリエイター、少しお話をしないかい? クスクス……♡」
そいつはそう言って手招いてきた。
周りは――誰も動こうともしない。
もしかしたら、そんなきれいすぎる姿に見とれていたのかもしれないが、
「お、おいストレンジャー……そいつ、今どっから出て来たよ……?」
そんな余裕すらないとばかりにアーバクルがこっちを見ていて、良く分かった。
手は整備したばかりの軽機関銃に近づいてる。それはこいつが「ただの美女」に見えないってことなんだろう。
「……その人、いきものじゃない……!」
ビーンですらそうだ。何か感じ取ってるに違いない、ひどく怯えている。
その反応だけはこの謎の女性にとって好ましくはなかったみたいだ。
怯える巨体に隠すこともなく冷ややかな目を向けて、
「……ねえねえどうかなクリエイター? 少しお姉さんとお話しない? 君の知りたいこと、いっぱい知ってるよ?」
そんな顔なんて存在しなかった、みたいに優しい笑顔を浮かべてきた。とても親し気に。
まるで顔が無限にあるんじゃないかと思えるぐらいだ。切り替えが早すぎる。
思考がおいついてきた。なんてことはない、どうせあっちの世界の住人だ。
俺は、赤い猫の尻尾をくねくねさせて「にゃっ」とした顔をするそれに――
「クスクス……♡ そうだね、呼び方変えよっか? みんなの愛するアバタール――あの子も僕も大好きな、我らが愛する創造主、その名も「加賀祝夜」くん?」
歌うような調子ですらすらと出された言葉の末に、一体どうして俺の名前が出てくるんだ?
赤黒い女はじっと俺を見上げたままだ。「さあ聞いてくれ」と続きを待ってる。
「ミコ、こいつはなんなんだ? なんで、なんで俺の名前知ってんだよ……」
『……分からないよ……でも、何か知ってるみたいだよ……』
ミコにも分からないそいつは、今まで会った人種の誰にも当てはまらない。
だからこそ気味が悪かった。マスターリッチを名乗るやつが気さくに俺の名前を知ってたぐらいならいいが、こっちは違う。
「ボクは盲目白痴の果てしなき我が父我が主に仕える使者であり、混沌そのものでもあり、影よりも黒き男でもあり、闇をさまようものでもあり、無謀の神でもある。我が名は一夜の夢より這いうねる混沌その化身、ニャルフィスさ」
モンスターでもない、ヒロインでもない、人間でもない、別の何かがそう述べていた。
「ノルテレイヤを完成させてくれてありがとう、ボクのクリエイター。抜け駆けだけど、君に会いに来たよ」
厄介なのは、そこにとうとうあの名前が加わってしまったことだ。
ノルテレイヤ。あの人工知能の名前が、俺の名前と一緒に出されたんだぞ?
軽口? 言えるかよ。こいつの持ってるものは今までで一番重いぞ。
「……分かった、話を聞かせてくれ」
そいつの口調からにじみ出る得体のしれない何かにどうしても気が進まないが、知りたかったことは間違いなくある。
周囲から集まる視線も忘れて、この世界から離された俺はただ受け入れた。
「うんうん、君の潔いところは昔からなんだねえ♡ さあさあ、お姉さんとたっぷり話そっか? キミのお部屋で待ってるよー?」
相手はすらすらとそう口にして――ふっと消えてしまう。
瞬き一回にも満たない間に、生意気に笑んだ顔も赤い姿も完全に消失した。
周囲がざわめくのも当たり前だった。どこへいった、なんだったんだ、理解できないのだ。
「……お前よ、ボスに何度も言われてると思うけど、マジで友人は選んで作った方がいいぜ」
言われた通り部屋に行ってやろうと思うと、赤毛の機関銃手は気味悪そうに一声かけてきた。
手で「忠告どうも」と返してから、俺は重い足で自分の部屋へ向かった。
◇
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