170 / 581
世紀末世界のストレンジャー
屋敷はへんた…大変だった。
しおりを挟む
「ストレンジャー、見えてきたぜ!」
オーガの巨体でひどく狭く感じる荷台の上で、俺は屋敷の姿を確かめた。
塀に囲われて給水所も構えた、前に見た通りの立派な佇まいだ。
かといって、別に敵に包囲されているだとか炎上しているだとかの異変はない。
「ツーショット! 襲われてるって情報は確かなのか!? 随分穏やかだぞ!?」
「さっき敵が乗り込んでるって情報が来たんだ、奥まで入り込まれたのかもな!」
そのまま目的地まで乗り込むといった時だった。
どこか遠くからギーン、という硬く鋭い音が響いた……と思いきや、トラックの側に何かが落ちてくる。
一瞬だけだが、地面に叩きつけられたその何かが見えた。
空気抵抗を突破するために尖った本体に、尾翼がついた形状の砲弾だ。
ああ、つまり、空から降ってきた迫撃砲弾ってわけか。
『……なんか落ちて来たよ!? これって砲弾じゃ……!?』
「……おいおいおいおい迫撃砲きやがったぞ!?」
「ってうおおおッ!? クソッなんてモン降らせやがるふざけやがって!」
問題はそいつが俺たちの側に落ちてきたってことだ!
事の重大さに気づいて慌ててタイヤがぐねぐね回避運動を取るが――妙だ。
アスファルトの上で転がったまま遠ざかっていくわけだが、一向に炸裂しない。
そう思ってたら遠くから飛翔音が聞こえた。今度は塀の近くにごすっと刺さったようだが……。
『ね、ねえ……起爆してないよ……!?』
「また不発か!? どうなってんだ!?」
肩の短剣の言う通りだ、二発目の砲弾もやっぱり爆発していない。
信管の状態が悪かった? 運が良かった? いやそんなはずあるか。
それがどうであれ、トラックはいよいよ屋敷の門までたどり着いたわけだが。
「二発目も不発弾になるならよっぽど俺たちがラッキーか、向こうがガラクタ使ってるかのどっちかだろうさ! さあお客様、降車準備を!」
「それか両方だな、行くぞお前ら!」
屋敷の入り口が見えてきたものの、情報とやらは正しかったらしい。
既に交戦した名残があって、門は巨大な質量でぶち破られたように来るものを拒めなくなってる。
屋敷に向かってタイヤの跡が幾つもあって、散発的な銃声すら聞こえていた。
防御は突破されたらしいな、それにもう何人分かの死体も転がってる。
「あ~あ、元職場が戦場になってるっすねえ、アヒヒヒ……♪」
「ここがあのおっさんの墓場に変わる前にさっさと助けに行くぞ」
ロアベアの言う通りここは戦場だ、あのおっさんと蜥蜴メイドは無事だろうか。
停車してすぐに降り立つと、簡素な給水所の側で誰かがうずくまっていた。
ついこの前ポンプを守ってた男だ、血まみれで苦しそうにこっちを見てる。
『いちクン! あそこに負傷者がいるよ! あの人って確か……!』
「こんな形でまた会うなんてな! 今行くぞ、待ってろ!」
屋敷の状況も心配だが、ひとまずそっちを優先しよう。
そう思って更に近づくわけだが、そこでようやく次の異変に気付く。
「待て、なんかおかしいぞ。なんか……寒くないか?」
『……空気が、冷たい……?」
寒い。一歩踏み入れただけで、急に体が冷気に包まれるのを感じた。
現に吐く息が雲みたいに真っ白になってる。吸い込んだ空気も肺がぴりぴりするほど冷たい。
気のせいかと思って仲間の方を見るが、
「むーん……? なんなのだ、この冷たさは……?」
「なんか寒いっすね~、こんな涼しい職場じゃなかった気がするんすけど……」
ノルベルトとロアベアも寒がってる、なんならニクも戸惑ってるぐらいだ。
「おいおい……今度はなんだってんだ、なんでこんな寒いんだ……!? ここアリゾナだよな……!?」
ツーショットもだ。拳銃を抜きつつ、カジュアルな格好をぶるぶる震わせてる。
どうであれ退却する理由にはならないのは確かだ、まずは給水所に向かった。
「よお、最後の擲弾兵……何しにきた? 水なら、好きなだけもってけ……」
ついこの前、水を注いでくれた私兵の男がそこにいた。
たぶん撃たれたな。わき腹をどうにか止血したようで、朦朧としたままでいる。
「スコア稼ぎにしに来たように見えるか?」
「いいや、人助けしに来たように見えるな……。そこの、メイドは……?」
「元職場のお助けに参ったっす、アヒヒヒ……」
『しっかりしてください! もう大丈夫です! 誰かこの人を楽な姿勢にして、負傷の度合いを調べて!』
男は「そうか……」と安心したまま意識を手放しかけてる。
周囲の警戒はノルベルトに任せて俺たちはそいつの容態を調べた。
脇腹に一発。ぶち抜かれてけっこうな穴が開いてる。弾が出て行った方はぐちゃぐちゃだろう。
「ミコ、かなり深いぞ。弾丸が貫通して反対側の損傷がひどい」
『包帯を巻いて少し強めに傷口を抑えて!』
「悠長に脱がしてる暇はないなこりゃ。俺が切るからお二人さんは負傷部位を処置してくれ」
その場に寝かせると、ツーショットが医療用の鋏でじょきじょき服を切り取る。
俺はジャンプスーツのポケットから包帯を取り出して、むき出しになった部分に処置を始めた。
手も包帯もどろどろした血で汚れるが気にしてる場合じゃない、とにかく言われた通り強めに締めた。
「これでいいか!?」
『うん、大丈夫だよ! 【ヒール】!』
果たしてそれが適切だったのか気になるが、ミコが回復の魔法を唱えた。
青い魔力が私兵の男の傷口にまとわりつくと、
「あっ……痛っ……うああああああああっ……!?」
回復の反応からくるひどい痛みにそいつがのたうち回る。
みんなで抑え込もうとしたものの、すぐに落ち着きを取り戻したようで。
「はあぁっ……!? ど、どうなって――いや、助かったのか……」
荒い呼吸を何度か繰り返して、自力で立ってしまった。よっぽど強い精神を持ってるに違いない。
「ああ、助けに来たぞ」
それでも顔は汗だくで混乱が残ってる。ベルトから水筒を抜いて手渡した。
男は一口、二口、それどころか完璧に飲み干してしまい。
「……やっぱりあんたは良いウェイストランド人だな。助かったよ」
空になった水筒が返却された。顔色は良くなってる。
「礼なら俺じゃなくてこっちに言ったほうがいいぞ」
言うべき相手は違うぞ、と肩の短剣をつついた。
相手は「こっち?」と疑問形の顔を向けてきたが、
『あ、あの……大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか?』
「……なるほどな。先に言っておくが無機物が喋るぐらいじゃもう驚かないからな、ありがとう」
自分を気に掛ける女性の言葉にさほど驚かずに礼をいってきた。
さて、こうして一人の命が助かったわけだが――給水所の男は落ちていた小銃を取りなおすと。
「まったく今日は一段と災難だ、この前のいけすかない賊どもが襲ってきたのもあるんだが……」
……どういうことか、それほど事態を深刻に思ってないような様子になった。
近くには死体が転がり、車両が突入した痕跡もあり、何だったら銃声が聞こえているのにまるで他人事というか。
「おい、屋敷の兄ちゃん。こんなになってるのに随分余裕そうだな?」
さすがのツーショットもその状態に疑問を持ったようだが、
「いや、そのことなんだが」
男がその説明を始めようとした矢先、ごどっ……!とまた何かが降ってきた。
屋敷の方に落ちたそれは地面に深々と刺さったようだ。まさに、そう、ついさっき見た迫撃砲のクソッふざけんな三回目だぞ!?
「おいおいおいおい全員伏せろッ! またきやがった!」
三度目こその爆発に備えてニクもろともその場に伏せるものの、何も起きない。
そこに再び飛翔音。今度は道路の側に落ちたようだが一向に爆ぜない。
……どうなってるんだ。こんだけ打ち込まれて、どうして一発も爆発しない?
「むーん、一体何が起きてるのだ? 何やら空から降ってきているようだが」
「なんか打ち込まれてるのは分かるんすけど、何が起きてるのかさっぱりっす」
次第に害がないと分かるとオーガとメイドが立ち上がった。
「マジでどうなってんだよ? あいつら不発弾の在庫処分でもしてんのか?」
あまりにも非常識的な現状にツーショットも立つが、俺たちを襲うはずの大爆発なんて一向に来ない。
それどころか給水所の男はタバコを吸い始めてる始末だ。手はひどく震えてるが。
「俺もさっぱりなんだ。だが、あれは……」
寒さか、別の何かか、取り乱した様子の指先は「あれ」と屋敷をさす。
つられて見ると、そこでようやくこの場で最も強い異変が見つかる。
そこには門をぶち破って来たであろう装甲車や改造車が何台も止まっていた。
おそらく、戦前から続くその姿に思う限りの銃撃でもぶち込もうとしたんだろう。
だが何一つ果たせていない。それどころか銃座には誰かが突っ伏していた。
「化け物だ。化け物がいるんだ。ガレットさんはとんでもない化け物を雇いやがった」
給水ポンプの男が、とうとう怯えを隠せないまま告げてきた。
タバコを取る手が震えてるのは寒さのせいじゃないと思う。恐怖だ。
そうするに値する何かが、この異常な現象を引き起こしてるってことだ。
『う、うわあああああああああああああああああぁぁ……ッ!』
『ひぃぃぃぃっ!? なんだ、なんなんだよこの氷はァァァッ……!?』
続いて悲鳴も聞こえた。品のない部類の人間が出す断末魔だ。
そこにつながるように「はっはっはっはっは!」とご機嫌な男の笑いが響く。
『何処へ行くつもりだ!? 遠慮は無用だ、ここでたっぷりくつろいでいくといい!』
思いっきり聞いたことのあるやつの叫びだ。今日も元気そうなわけだが。
*BABABABABABABABABABAM!*
高笑いと共に機関銃の濃い連射音も聞こえてきた、大体把握した。
その聴覚に訴える異様な有様に、ここの私兵は顔色を悪くしてる。
「ストレンジャー、お前はなんてことをしてくれたんだ……」
そして言うのだ、お前やってくれたな、と。
俺なんかしました? なんて言おうものなら罵倒されそうな雰囲気だ。
『いちクンが……? あの、それ、どういう意味なんで』
ミコが代わりにその意味を問い詰めてくれたようだが――。
『いぎゃああああああああああああああああァァァッ!?』
屋敷の玄関から届く痛々しい悲鳴が全てをかき消した。
それが誰のものであれ散弾銃を抜き構える。その先でドアがぶち破られ、何かが駆け出してくる。
「逃げろ、逃げろォォォッ! 一体、どうなってやがるんだァァ!?」
「ああああっ! 寒い! 寒い!! 寒いいぃぃッ!」
「おあああああああああぁぁッ!? 痛い、痛いィィィィッ!」
最初に映った姿は、黒づくめの衣装にアーマーを重ねた男たちだった。
ミリティアの連中だ。いい装備を身に着けたやつらが、なぜか死に物狂いでこっちに逃げてくる。
いつもだったら反射的に散弾をお見舞いしてやるが、そうもいかなかった。
『なに、あれ……!? 氷が刺さってる……!?』
その様子の異様さにミコが真っ先に気づいたからだ。
少なくともレイダーよりかは優れているそいつらは、身体中の彼方此方から氷を生やしていた。
いや、刺さっているという方がはるかに正しいと思う。
ガラスのように透き通った氷が、腹から腕から頭から、そいつらの身体をハリネズミのように着飾っている。
「誰か、助けて……!」
ミリティアだった誰かは俺たちに気づくと、寒そうに白い息を吐きながら倒れた。
その折に、血で赤く染まった氷が砕けるのも見えた。
「はぁっ……はぁっ……あつい……」
そんな最期を迎えたやつを追うようにまた一人やってくる。
装備からご同類のようだが、硬く強張った両足で必死にこっちに向かってきて。
「はあっ……はぁっ……熱い……なんて熱いんだ……」
まともなじゃないことだけはかろうじて分かるそいつは、暑がっていた。
冷たい空気に包まれた外で、そいつはいきなり身に着けていたものを脱ぎ始める。
ボディアーマーをいそいそと外して、服も脱いで、そこで体が異様に黒ずんでいることがやっとわかった。
「ふう……熱いな……熱い……」
男はそうやって脱ぎ捨てながら息絶えた。
『……矛盾脱衣?』
あんまりにも不可解な死に方をどうにか理解しようとしていると、ミコが言った。
意味は分からないが何か知ってるみたいだ、どういうことだろう。
「矛盾脱衣ってなんだ」
『寒い場所とかで体温が極限まで下がっちゃうと、身体が『暑い』って認識しちゃうんだけど……その時我慢できなくて、服を脱いじゃうことがあるの。だから』
「おいおいミコサン、ここはエヴェレストでもないんだぞ。どこにウェイストランドで凍死するやつがいるんだよ」
矛盾脱衣について教えてくれたところで、ツーショットは気味悪がった。
その通りだった、つまり寒すぎて暑く感じたわけだが、冬の寒さとは真逆を行く荒野で凍死するなんておかしすぎる。
「……まさか」
この異様な冷たさも含めて、俺はあることに気づく。
近くに転がったままの迫撃砲弾があったので近づいてみると、良く冷えていた。
触らなくても嫌でも分かるほどに冷たいのだ。強い冷気を発するほどに。
『凍ってる……?』
「ああ、どういう訳か良く冷えてるな。信管も凍ったんだろう」
つまりこれは信管が凍ったってわけだ。
迫撃砲の砲弾は、地面に接触した瞬間に起爆して破片と爆風をまき散らす。
そのきっかけとなる信管が何らかの理由で作動しなければこうだ、爆発もしないただの質量の塊だ。
打ち込まれた弾は全て凍り付いてしまってるわけだ、誰かのせいで。
「うわああああああああああああああああ! 逃げろ、早く逃げろォォ!」
また悲鳴だ、空きっぱなしの屋敷の扉の向こうから誰かがやって来る。
雑な防具や武器で身を固めた連中がぞろぞろと逃げてきたみたいだ、格好からしてレイダーか。
「ああああぁ……っ!? ち、畜生……ここは手薄じゃなかったのかよっ!?」
逃げる羊の群れさながらに無防備なまま、そいつらは突っ込んでくる。
このまま見逃してやるという選択肢はなしだ、散弾銃を構えた。
「お帰りはあちらだ、クソ野郎ども!」
先頭にめがけて発砲。散弾にさらされた身体が倒れて、後続がもつれる。
「良くわからんが一網打尽にするチャンスだ……なァッ!」
そこに後ろからミリティアの死体が勢いよくすっ飛んでいった。オーガの腕力でいい感じの投擲武器に早変わりだ。
「う、うおおおッ……!? て、敵が待ち伏せやがァッッ」
仲間の死体に巻き込まれた奴らが次々にバランスを崩す、そこにツーショットが駆けて。
「まあなんだ、今の内だ! 諸君、言われた通りお助けにいこうじゃないか!」
その動けない一瞬を狙って撃ちまくる。文字通り全弾浴びせて大人しくさせた。
俺たちも続いた。パニック状態のままくたばったレイダー共を超えて押し入ると。
「……さ、さっっっむ!!」
『さ、寒いよ……!? なんでこんなに冷えてるの……!?」
最初に感じたのが異様なまでの冷たさだ。
かなりおかしなことになってるぞ。屋敷の中が冷凍庫みたいになってる。
なんなら壁の一部に霜すらできてるぐらいだ、ここで間違いなく常識はずれな何かが起きてる。
「おいおいメイドさん、君の元職場っていうのはこんな冷たいトコなのか?」
「ここまで冷めた職場じゃなかったっすねえ……。おお、寒い寒いっす……!」
寒がるツーショットとロアベアからして元々こうじゃないのだけは確かだ。
エントランスにたどり着くとまた銃声、今度は階段を上った先からか。
「……この寒さ、もしや」
たぶんその答えか何かに気づいたであろうノルベルトがそう口にすると。
「【アイシクル・テンペスト!】」
かすかに覚えのある声が銃声に次いで聞こえてきた。
その直後、俺たちの頭上で一際冷たい空気が爆風のように吹き抜けていく。
すさまじい寒さだ。「なんだあれは」ぐらいの言葉すら言わせてくれないほど、息苦しい冷気が溢れてきて。
「あああああああああああぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」
……黒づくめが吹き飛んでいった。血と氷の破片をまき散らしながら。
また一人二人とお帰りになっていくのさえ見えた。ぶちっと音が混じって、頭上から何かが降ってくる。
冷凍庫に突っ込んだ肉みたいなものが足元に転がる――いや違うその通りだ。
人間の手足だった。それもカチカチに凍って砕け散った残骸だ。
『……ひ……ッ!?』
「あーうん……防犯対策はしっかりしてるみたいだな」
「この世界のどこに侵入者を凍死させる屋敷があるんだよ、イカれてるぜ」
「うちがいた頃はこんなんじゃなかったんすけどねえ、アヒヒヒ……」
ミコを隠してから見るが、無数の裂傷の痕があって、氷の破片も刺さっている。
二階が静まったところで、冷めきった廊下の方から誰かがやってくるのを感じた。
ツーショットが思い出したように弾倉を交換するのに気づいて、銃のトリガに指をやるが。
「――あら? あなたは……」
その気配の正体は実にあっさりと、それでいながら穏やかな声を上げていた。
いつぞや見た青いリザードマンだった。名前は確か、リフテイルか。
問題点はまあ山ほどある。
第一にその格好だ。ロアベアのそれとはあからさまに用途が異なる、露出が激しいメイド服を着ている。
着てるのか着せられてるのか、どちらかは定かじゃないが、本人は平然と女性的なトカゲボディを強調しているわけで。
「あ、どうも……助けに来ました」
「私に素敵な運命を与えてくれた方ではありませんか。ふふ、その節は大変お世話になりましたね」
「やはりか。このような強き氷の魔術を扱えるのは貴女ぐらいしかいないだろうからな」
「ふふ、久々すぎて加減が分かりませんでしたが……旦那様は喜んでくれていますわ」
素敵な出会いを果たせた彼女は何事もなかったように、それらしく挨拶してきた。
第二の問題点についてだが、杖なのか槍なのか分からない得物を手にしている。
しかも先端には血がべっとりついてるからもう疑いようがない。
ノルベルトも納得したように頷いているから、屋敷が冷えてるのはこいつの仕業だろう。いいメイドに恵まれたようで何よりだ。
「おかげさまで私、素敵な旦那様と熱い愛を紡いでいますの……♡ ああ、愛しい旦那様……今日もあなたさまの銃を磨かないと……♡ はっ、いけませんわ、はしたない!」
「そ、そうか……運命の相手に出会えてよかったな、うん」
「ふふ、あのお方は本当に素敵ですの。私の氷のように冷たい身体を溶かし続けるご立派な肉体、熱い口づけ、燃え盛るような猛々しい心……もう、考えただけで……♡」
この惨状について追及しない方がよさそうだ。
好色レプティリアンは極寒の中延々と惚気かねない有様だ。早急に出ていこう。
くねくねしてる尻尾を見せられ、そう思っていたところに。
「さあ来い賊ども! 私は逃げも隠れもしないぞォ! この愛の巣に土足で踏み入ったことを後悔しろォ!」
……もっとやばいのが来てしまった。
凍り付いた廊下からあんまり身に覚えがあってほしくない姿の男がやって来る。
これはまた物騒な機関銃を軽々手にして、足にはスリッパ、それ以外は全裸という逞しいおっさんだ。
いろいろとご立派な肉体をさらけ出したそいつは男らしく堂々と闊歩していて。
「――おお! 若き擲弾兵! 遊びに来てくれたのか!」
『えっ……なんでこの人……全裸……っ……!?』
もう一つの銃を――いやもう何がとは言いたくないから省くが、前より元気なガレットのおっさんが親しみを向けてきた。
ツーショットが「お前もう少し友人を選べ」みたいに見てきたがもう手遅れだ。
「危ない目に会ってるから助けに来たけど大丈夫そうだな」
「はっはっはっは! 心配は無用だぞ友よ! この愛の巣は無敵だ! 砲弾も不埒な輩も氷付けだからな! ――なあ、愛しいおチビちゃん?」
「あっ……♡ そ、そうですね旦那様……。いけません、皆様が見ているのにそんな……っ♡」
「恐れることはない、大丈夫だぞ、愛しき蜥蜴よ。私と君との愛に恥ずべきものなど、どこにあろうか?」
俺は、俺たちは、一体何を見せつけられているんだろう。
抱き寄せられてイチャついている全裸の変態と、まんざらではない青いリザードマンのメイドを見て、早く帰りたい気分だった。
客人の前で堂々と尻尾をしごき始める変態全裸マンはご立派な身体を見せつつ、
「――さて、せっかく来てくれて悪いが今日は忙しいものでね。まあ好きにくつろいでくれたまえ、私は邪魔者どもにお仕置きをしてこなければならないんだ、上も下も苛立っていてね」
機関銃を片手に侵入者たちが吹っ飛んでいった方の廊下へと行ってしまった。
ほどなくして「ひ、ひぃ……!」「なんだこの変態……!?」とかそんな感じの言葉が幾つも聞こえた後。
*BABABABABABABABABABABABABAM!*
激しい銃声が聞こえてきた。この様子なら介入しなくても大丈夫だろう。
「ああ、素敵な旦那様……! あなたは一人にさせませんわ、私がどこまでもついていきます……!」
いろいろと酔っている好色リザードマンメイドも行ってしまった。もう知るか。
「よしみんな、ここは大丈夫そうだ。次の場所行くぞ」
「……ストレンジャー、お前一体何したんだ?」
「ヒドラの時みたいに恋を実らせてきた」
『私を見ろォォ! 可能性は無限大だァァッ!』
「とりあえずこの惨状をボスにどう伝えればいいか悩んでる俺の身になってくれ」
『いちクン、ほんとにここで何してきたの……?』
「一応言っとくぞ、俺はただ二人を引き合わせただけで別に変態に仕立て上げたわけじゃないんだ」
「それか変態を引き合わせちまっただけかもな」
屋敷は無事なことが判明した。ツーショットがうるさいが次の戦場へいこう。
まだまだ街中では戦闘の音が続いている。早く行かないと。
『見ていろォ! お前たちっ!! 館主アクメキメるぞォッ!!!!!!!』
『んああっ……♡ 旦那様、いけません!♡ そんな、狼藉者どもの前でぇぇぇっ♡』
「早く行くぞ! これ以上いたら変態が感染する!」
「ボスに報告したらどんな顔するのか逆に楽しみになってきたぜ、はは」
『……うわあ』
「おお、いつにもなく漲っているなあの館主め。これなら心配あるまい」
「あの人性癖がぶっとんでるっすねえ」
今日もここの館主は無限の可能性で生きてるみたいだ。
できればもうここには来たくない。二度と来るかボケ。
◇
オーガの巨体でひどく狭く感じる荷台の上で、俺は屋敷の姿を確かめた。
塀に囲われて給水所も構えた、前に見た通りの立派な佇まいだ。
かといって、別に敵に包囲されているだとか炎上しているだとかの異変はない。
「ツーショット! 襲われてるって情報は確かなのか!? 随分穏やかだぞ!?」
「さっき敵が乗り込んでるって情報が来たんだ、奥まで入り込まれたのかもな!」
そのまま目的地まで乗り込むといった時だった。
どこか遠くからギーン、という硬く鋭い音が響いた……と思いきや、トラックの側に何かが落ちてくる。
一瞬だけだが、地面に叩きつけられたその何かが見えた。
空気抵抗を突破するために尖った本体に、尾翼がついた形状の砲弾だ。
ああ、つまり、空から降ってきた迫撃砲弾ってわけか。
『……なんか落ちて来たよ!? これって砲弾じゃ……!?』
「……おいおいおいおい迫撃砲きやがったぞ!?」
「ってうおおおッ!? クソッなんてモン降らせやがるふざけやがって!」
問題はそいつが俺たちの側に落ちてきたってことだ!
事の重大さに気づいて慌ててタイヤがぐねぐね回避運動を取るが――妙だ。
アスファルトの上で転がったまま遠ざかっていくわけだが、一向に炸裂しない。
そう思ってたら遠くから飛翔音が聞こえた。今度は塀の近くにごすっと刺さったようだが……。
『ね、ねえ……起爆してないよ……!?』
「また不発か!? どうなってんだ!?」
肩の短剣の言う通りだ、二発目の砲弾もやっぱり爆発していない。
信管の状態が悪かった? 運が良かった? いやそんなはずあるか。
それがどうであれ、トラックはいよいよ屋敷の門までたどり着いたわけだが。
「二発目も不発弾になるならよっぽど俺たちがラッキーか、向こうがガラクタ使ってるかのどっちかだろうさ! さあお客様、降車準備を!」
「それか両方だな、行くぞお前ら!」
屋敷の入り口が見えてきたものの、情報とやらは正しかったらしい。
既に交戦した名残があって、門は巨大な質量でぶち破られたように来るものを拒めなくなってる。
屋敷に向かってタイヤの跡が幾つもあって、散発的な銃声すら聞こえていた。
防御は突破されたらしいな、それにもう何人分かの死体も転がってる。
「あ~あ、元職場が戦場になってるっすねえ、アヒヒヒ……♪」
「ここがあのおっさんの墓場に変わる前にさっさと助けに行くぞ」
ロアベアの言う通りここは戦場だ、あのおっさんと蜥蜴メイドは無事だろうか。
停車してすぐに降り立つと、簡素な給水所の側で誰かがうずくまっていた。
ついこの前ポンプを守ってた男だ、血まみれで苦しそうにこっちを見てる。
『いちクン! あそこに負傷者がいるよ! あの人って確か……!』
「こんな形でまた会うなんてな! 今行くぞ、待ってろ!」
屋敷の状況も心配だが、ひとまずそっちを優先しよう。
そう思って更に近づくわけだが、そこでようやく次の異変に気付く。
「待て、なんかおかしいぞ。なんか……寒くないか?」
『……空気が、冷たい……?」
寒い。一歩踏み入れただけで、急に体が冷気に包まれるのを感じた。
現に吐く息が雲みたいに真っ白になってる。吸い込んだ空気も肺がぴりぴりするほど冷たい。
気のせいかと思って仲間の方を見るが、
「むーん……? なんなのだ、この冷たさは……?」
「なんか寒いっすね~、こんな涼しい職場じゃなかった気がするんすけど……」
ノルベルトとロアベアも寒がってる、なんならニクも戸惑ってるぐらいだ。
「おいおい……今度はなんだってんだ、なんでこんな寒いんだ……!? ここアリゾナだよな……!?」
ツーショットもだ。拳銃を抜きつつ、カジュアルな格好をぶるぶる震わせてる。
どうであれ退却する理由にはならないのは確かだ、まずは給水所に向かった。
「よお、最後の擲弾兵……何しにきた? 水なら、好きなだけもってけ……」
ついこの前、水を注いでくれた私兵の男がそこにいた。
たぶん撃たれたな。わき腹をどうにか止血したようで、朦朧としたままでいる。
「スコア稼ぎにしに来たように見えるか?」
「いいや、人助けしに来たように見えるな……。そこの、メイドは……?」
「元職場のお助けに参ったっす、アヒヒヒ……」
『しっかりしてください! もう大丈夫です! 誰かこの人を楽な姿勢にして、負傷の度合いを調べて!』
男は「そうか……」と安心したまま意識を手放しかけてる。
周囲の警戒はノルベルトに任せて俺たちはそいつの容態を調べた。
脇腹に一発。ぶち抜かれてけっこうな穴が開いてる。弾が出て行った方はぐちゃぐちゃだろう。
「ミコ、かなり深いぞ。弾丸が貫通して反対側の損傷がひどい」
『包帯を巻いて少し強めに傷口を抑えて!』
「悠長に脱がしてる暇はないなこりゃ。俺が切るからお二人さんは負傷部位を処置してくれ」
その場に寝かせると、ツーショットが医療用の鋏でじょきじょき服を切り取る。
俺はジャンプスーツのポケットから包帯を取り出して、むき出しになった部分に処置を始めた。
手も包帯もどろどろした血で汚れるが気にしてる場合じゃない、とにかく言われた通り強めに締めた。
「これでいいか!?」
『うん、大丈夫だよ! 【ヒール】!』
果たしてそれが適切だったのか気になるが、ミコが回復の魔法を唱えた。
青い魔力が私兵の男の傷口にまとわりつくと、
「あっ……痛っ……うああああああああっ……!?」
回復の反応からくるひどい痛みにそいつがのたうち回る。
みんなで抑え込もうとしたものの、すぐに落ち着きを取り戻したようで。
「はあぁっ……!? ど、どうなって――いや、助かったのか……」
荒い呼吸を何度か繰り返して、自力で立ってしまった。よっぽど強い精神を持ってるに違いない。
「ああ、助けに来たぞ」
それでも顔は汗だくで混乱が残ってる。ベルトから水筒を抜いて手渡した。
男は一口、二口、それどころか完璧に飲み干してしまい。
「……やっぱりあんたは良いウェイストランド人だな。助かったよ」
空になった水筒が返却された。顔色は良くなってる。
「礼なら俺じゃなくてこっちに言ったほうがいいぞ」
言うべき相手は違うぞ、と肩の短剣をつついた。
相手は「こっち?」と疑問形の顔を向けてきたが、
『あ、あの……大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか?』
「……なるほどな。先に言っておくが無機物が喋るぐらいじゃもう驚かないからな、ありがとう」
自分を気に掛ける女性の言葉にさほど驚かずに礼をいってきた。
さて、こうして一人の命が助かったわけだが――給水所の男は落ちていた小銃を取りなおすと。
「まったく今日は一段と災難だ、この前のいけすかない賊どもが襲ってきたのもあるんだが……」
……どういうことか、それほど事態を深刻に思ってないような様子になった。
近くには死体が転がり、車両が突入した痕跡もあり、何だったら銃声が聞こえているのにまるで他人事というか。
「おい、屋敷の兄ちゃん。こんなになってるのに随分余裕そうだな?」
さすがのツーショットもその状態に疑問を持ったようだが、
「いや、そのことなんだが」
男がその説明を始めようとした矢先、ごどっ……!とまた何かが降ってきた。
屋敷の方に落ちたそれは地面に深々と刺さったようだ。まさに、そう、ついさっき見た迫撃砲のクソッふざけんな三回目だぞ!?
「おいおいおいおい全員伏せろッ! またきやがった!」
三度目こその爆発に備えてニクもろともその場に伏せるものの、何も起きない。
そこに再び飛翔音。今度は道路の側に落ちたようだが一向に爆ぜない。
……どうなってるんだ。こんだけ打ち込まれて、どうして一発も爆発しない?
「むーん、一体何が起きてるのだ? 何やら空から降ってきているようだが」
「なんか打ち込まれてるのは分かるんすけど、何が起きてるのかさっぱりっす」
次第に害がないと分かるとオーガとメイドが立ち上がった。
「マジでどうなってんだよ? あいつら不発弾の在庫処分でもしてんのか?」
あまりにも非常識的な現状にツーショットも立つが、俺たちを襲うはずの大爆発なんて一向に来ない。
それどころか給水所の男はタバコを吸い始めてる始末だ。手はひどく震えてるが。
「俺もさっぱりなんだ。だが、あれは……」
寒さか、別の何かか、取り乱した様子の指先は「あれ」と屋敷をさす。
つられて見ると、そこでようやくこの場で最も強い異変が見つかる。
そこには門をぶち破って来たであろう装甲車や改造車が何台も止まっていた。
おそらく、戦前から続くその姿に思う限りの銃撃でもぶち込もうとしたんだろう。
だが何一つ果たせていない。それどころか銃座には誰かが突っ伏していた。
「化け物だ。化け物がいるんだ。ガレットさんはとんでもない化け物を雇いやがった」
給水ポンプの男が、とうとう怯えを隠せないまま告げてきた。
タバコを取る手が震えてるのは寒さのせいじゃないと思う。恐怖だ。
そうするに値する何かが、この異常な現象を引き起こしてるってことだ。
『う、うわあああああああああああああああああぁぁ……ッ!』
『ひぃぃぃぃっ!? なんだ、なんなんだよこの氷はァァァッ……!?』
続いて悲鳴も聞こえた。品のない部類の人間が出す断末魔だ。
そこにつながるように「はっはっはっはっは!」とご機嫌な男の笑いが響く。
『何処へ行くつもりだ!? 遠慮は無用だ、ここでたっぷりくつろいでいくといい!』
思いっきり聞いたことのあるやつの叫びだ。今日も元気そうなわけだが。
*BABABABABABABABABABAM!*
高笑いと共に機関銃の濃い連射音も聞こえてきた、大体把握した。
その聴覚に訴える異様な有様に、ここの私兵は顔色を悪くしてる。
「ストレンジャー、お前はなんてことをしてくれたんだ……」
そして言うのだ、お前やってくれたな、と。
俺なんかしました? なんて言おうものなら罵倒されそうな雰囲気だ。
『いちクンが……? あの、それ、どういう意味なんで』
ミコが代わりにその意味を問い詰めてくれたようだが――。
『いぎゃああああああああああああああああァァァッ!?』
屋敷の玄関から届く痛々しい悲鳴が全てをかき消した。
それが誰のものであれ散弾銃を抜き構える。その先でドアがぶち破られ、何かが駆け出してくる。
「逃げろ、逃げろォォォッ! 一体、どうなってやがるんだァァ!?」
「ああああっ! 寒い! 寒い!! 寒いいぃぃッ!」
「おあああああああああぁぁッ!? 痛い、痛いィィィィッ!」
最初に映った姿は、黒づくめの衣装にアーマーを重ねた男たちだった。
ミリティアの連中だ。いい装備を身に着けたやつらが、なぜか死に物狂いでこっちに逃げてくる。
いつもだったら反射的に散弾をお見舞いしてやるが、そうもいかなかった。
『なに、あれ……!? 氷が刺さってる……!?』
その様子の異様さにミコが真っ先に気づいたからだ。
少なくともレイダーよりかは優れているそいつらは、身体中の彼方此方から氷を生やしていた。
いや、刺さっているという方がはるかに正しいと思う。
ガラスのように透き通った氷が、腹から腕から頭から、そいつらの身体をハリネズミのように着飾っている。
「誰か、助けて……!」
ミリティアだった誰かは俺たちに気づくと、寒そうに白い息を吐きながら倒れた。
その折に、血で赤く染まった氷が砕けるのも見えた。
「はぁっ……はぁっ……あつい……」
そんな最期を迎えたやつを追うようにまた一人やってくる。
装備からご同類のようだが、硬く強張った両足で必死にこっちに向かってきて。
「はあっ……はぁっ……熱い……なんて熱いんだ……」
まともなじゃないことだけはかろうじて分かるそいつは、暑がっていた。
冷たい空気に包まれた外で、そいつはいきなり身に着けていたものを脱ぎ始める。
ボディアーマーをいそいそと外して、服も脱いで、そこで体が異様に黒ずんでいることがやっとわかった。
「ふう……熱いな……熱い……」
男はそうやって脱ぎ捨てながら息絶えた。
『……矛盾脱衣?』
あんまりにも不可解な死に方をどうにか理解しようとしていると、ミコが言った。
意味は分からないが何か知ってるみたいだ、どういうことだろう。
「矛盾脱衣ってなんだ」
『寒い場所とかで体温が極限まで下がっちゃうと、身体が『暑い』って認識しちゃうんだけど……その時我慢できなくて、服を脱いじゃうことがあるの。だから』
「おいおいミコサン、ここはエヴェレストでもないんだぞ。どこにウェイストランドで凍死するやつがいるんだよ」
矛盾脱衣について教えてくれたところで、ツーショットは気味悪がった。
その通りだった、つまり寒すぎて暑く感じたわけだが、冬の寒さとは真逆を行く荒野で凍死するなんておかしすぎる。
「……まさか」
この異様な冷たさも含めて、俺はあることに気づく。
近くに転がったままの迫撃砲弾があったので近づいてみると、良く冷えていた。
触らなくても嫌でも分かるほどに冷たいのだ。強い冷気を発するほどに。
『凍ってる……?』
「ああ、どういう訳か良く冷えてるな。信管も凍ったんだろう」
つまりこれは信管が凍ったってわけだ。
迫撃砲の砲弾は、地面に接触した瞬間に起爆して破片と爆風をまき散らす。
そのきっかけとなる信管が何らかの理由で作動しなければこうだ、爆発もしないただの質量の塊だ。
打ち込まれた弾は全て凍り付いてしまってるわけだ、誰かのせいで。
「うわああああああああああああああああ! 逃げろ、早く逃げろォォ!」
また悲鳴だ、空きっぱなしの屋敷の扉の向こうから誰かがやって来る。
雑な防具や武器で身を固めた連中がぞろぞろと逃げてきたみたいだ、格好からしてレイダーか。
「ああああぁ……っ!? ち、畜生……ここは手薄じゃなかったのかよっ!?」
逃げる羊の群れさながらに無防備なまま、そいつらは突っ込んでくる。
このまま見逃してやるという選択肢はなしだ、散弾銃を構えた。
「お帰りはあちらだ、クソ野郎ども!」
先頭にめがけて発砲。散弾にさらされた身体が倒れて、後続がもつれる。
「良くわからんが一網打尽にするチャンスだ……なァッ!」
そこに後ろからミリティアの死体が勢いよくすっ飛んでいった。オーガの腕力でいい感じの投擲武器に早変わりだ。
「う、うおおおッ……!? て、敵が待ち伏せやがァッッ」
仲間の死体に巻き込まれた奴らが次々にバランスを崩す、そこにツーショットが駆けて。
「まあなんだ、今の内だ! 諸君、言われた通りお助けにいこうじゃないか!」
その動けない一瞬を狙って撃ちまくる。文字通り全弾浴びせて大人しくさせた。
俺たちも続いた。パニック状態のままくたばったレイダー共を超えて押し入ると。
「……さ、さっっっむ!!」
『さ、寒いよ……!? なんでこんなに冷えてるの……!?」
最初に感じたのが異様なまでの冷たさだ。
かなりおかしなことになってるぞ。屋敷の中が冷凍庫みたいになってる。
なんなら壁の一部に霜すらできてるぐらいだ、ここで間違いなく常識はずれな何かが起きてる。
「おいおいメイドさん、君の元職場っていうのはこんな冷たいトコなのか?」
「ここまで冷めた職場じゃなかったっすねえ……。おお、寒い寒いっす……!」
寒がるツーショットとロアベアからして元々こうじゃないのだけは確かだ。
エントランスにたどり着くとまた銃声、今度は階段を上った先からか。
「……この寒さ、もしや」
たぶんその答えか何かに気づいたであろうノルベルトがそう口にすると。
「【アイシクル・テンペスト!】」
かすかに覚えのある声が銃声に次いで聞こえてきた。
その直後、俺たちの頭上で一際冷たい空気が爆風のように吹き抜けていく。
すさまじい寒さだ。「なんだあれは」ぐらいの言葉すら言わせてくれないほど、息苦しい冷気が溢れてきて。
「あああああああああああぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」
……黒づくめが吹き飛んでいった。血と氷の破片をまき散らしながら。
また一人二人とお帰りになっていくのさえ見えた。ぶちっと音が混じって、頭上から何かが降ってくる。
冷凍庫に突っ込んだ肉みたいなものが足元に転がる――いや違うその通りだ。
人間の手足だった。それもカチカチに凍って砕け散った残骸だ。
『……ひ……ッ!?』
「あーうん……防犯対策はしっかりしてるみたいだな」
「この世界のどこに侵入者を凍死させる屋敷があるんだよ、イカれてるぜ」
「うちがいた頃はこんなんじゃなかったんすけどねえ、アヒヒヒ……」
ミコを隠してから見るが、無数の裂傷の痕があって、氷の破片も刺さっている。
二階が静まったところで、冷めきった廊下の方から誰かがやってくるのを感じた。
ツーショットが思い出したように弾倉を交換するのに気づいて、銃のトリガに指をやるが。
「――あら? あなたは……」
その気配の正体は実にあっさりと、それでいながら穏やかな声を上げていた。
いつぞや見た青いリザードマンだった。名前は確か、リフテイルか。
問題点はまあ山ほどある。
第一にその格好だ。ロアベアのそれとはあからさまに用途が異なる、露出が激しいメイド服を着ている。
着てるのか着せられてるのか、どちらかは定かじゃないが、本人は平然と女性的なトカゲボディを強調しているわけで。
「あ、どうも……助けに来ました」
「私に素敵な運命を与えてくれた方ではありませんか。ふふ、その節は大変お世話になりましたね」
「やはりか。このような強き氷の魔術を扱えるのは貴女ぐらいしかいないだろうからな」
「ふふ、久々すぎて加減が分かりませんでしたが……旦那様は喜んでくれていますわ」
素敵な出会いを果たせた彼女は何事もなかったように、それらしく挨拶してきた。
第二の問題点についてだが、杖なのか槍なのか分からない得物を手にしている。
しかも先端には血がべっとりついてるからもう疑いようがない。
ノルベルトも納得したように頷いているから、屋敷が冷えてるのはこいつの仕業だろう。いいメイドに恵まれたようで何よりだ。
「おかげさまで私、素敵な旦那様と熱い愛を紡いでいますの……♡ ああ、愛しい旦那様……今日もあなたさまの銃を磨かないと……♡ はっ、いけませんわ、はしたない!」
「そ、そうか……運命の相手に出会えてよかったな、うん」
「ふふ、あのお方は本当に素敵ですの。私の氷のように冷たい身体を溶かし続けるご立派な肉体、熱い口づけ、燃え盛るような猛々しい心……もう、考えただけで……♡」
この惨状について追及しない方がよさそうだ。
好色レプティリアンは極寒の中延々と惚気かねない有様だ。早急に出ていこう。
くねくねしてる尻尾を見せられ、そう思っていたところに。
「さあ来い賊ども! 私は逃げも隠れもしないぞォ! この愛の巣に土足で踏み入ったことを後悔しろォ!」
……もっとやばいのが来てしまった。
凍り付いた廊下からあんまり身に覚えがあってほしくない姿の男がやって来る。
これはまた物騒な機関銃を軽々手にして、足にはスリッパ、それ以外は全裸という逞しいおっさんだ。
いろいろとご立派な肉体をさらけ出したそいつは男らしく堂々と闊歩していて。
「――おお! 若き擲弾兵! 遊びに来てくれたのか!」
『えっ……なんでこの人……全裸……っ……!?』
もう一つの銃を――いやもう何がとは言いたくないから省くが、前より元気なガレットのおっさんが親しみを向けてきた。
ツーショットが「お前もう少し友人を選べ」みたいに見てきたがもう手遅れだ。
「危ない目に会ってるから助けに来たけど大丈夫そうだな」
「はっはっはっは! 心配は無用だぞ友よ! この愛の巣は無敵だ! 砲弾も不埒な輩も氷付けだからな! ――なあ、愛しいおチビちゃん?」
「あっ……♡ そ、そうですね旦那様……。いけません、皆様が見ているのにそんな……っ♡」
「恐れることはない、大丈夫だぞ、愛しき蜥蜴よ。私と君との愛に恥ずべきものなど、どこにあろうか?」
俺は、俺たちは、一体何を見せつけられているんだろう。
抱き寄せられてイチャついている全裸の変態と、まんざらではない青いリザードマンのメイドを見て、早く帰りたい気分だった。
客人の前で堂々と尻尾をしごき始める変態全裸マンはご立派な身体を見せつつ、
「――さて、せっかく来てくれて悪いが今日は忙しいものでね。まあ好きにくつろいでくれたまえ、私は邪魔者どもにお仕置きをしてこなければならないんだ、上も下も苛立っていてね」
機関銃を片手に侵入者たちが吹っ飛んでいった方の廊下へと行ってしまった。
ほどなくして「ひ、ひぃ……!」「なんだこの変態……!?」とかそんな感じの言葉が幾つも聞こえた後。
*BABABABABABABABABABABABABAM!*
激しい銃声が聞こえてきた。この様子なら介入しなくても大丈夫だろう。
「ああ、素敵な旦那様……! あなたは一人にさせませんわ、私がどこまでもついていきます……!」
いろいろと酔っている好色リザードマンメイドも行ってしまった。もう知るか。
「よしみんな、ここは大丈夫そうだ。次の場所行くぞ」
「……ストレンジャー、お前一体何したんだ?」
「ヒドラの時みたいに恋を実らせてきた」
『私を見ろォォ! 可能性は無限大だァァッ!』
「とりあえずこの惨状をボスにどう伝えればいいか悩んでる俺の身になってくれ」
『いちクン、ほんとにここで何してきたの……?』
「一応言っとくぞ、俺はただ二人を引き合わせただけで別に変態に仕立て上げたわけじゃないんだ」
「それか変態を引き合わせちまっただけかもな」
屋敷は無事なことが判明した。ツーショットがうるさいが次の戦場へいこう。
まだまだ街中では戦闘の音が続いている。早く行かないと。
『見ていろォ! お前たちっ!! 館主アクメキメるぞォッ!!!!!!!』
『んああっ……♡ 旦那様、いけません!♡ そんな、狼藉者どもの前でぇぇぇっ♡』
「早く行くぞ! これ以上いたら変態が感染する!」
「ボスに報告したらどんな顔するのか逆に楽しみになってきたぜ、はは」
『……うわあ』
「おお、いつにもなく漲っているなあの館主め。これなら心配あるまい」
「あの人性癖がぶっとんでるっすねえ」
今日もここの館主は無限の可能性で生きてるみたいだ。
できればもうここには来たくない。二度と来るかボケ。
◇
21
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
関白の息子!
アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる