魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

まだ捨てたもんじゃない世界

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 右手が吹っ飛んだ。
 違う、俺のじゃない。目と鼻の先にあった白髪の老人の右手だ。
 握った拳銃のグリップごと、ぼすっと音を立てて指の関節が爆ぜた。

「――――あっ……あ、ああ……!? ああああああああああああぁッ!?」

 トリガを絞り切れぬまま引きちぎられた手を抑えながら、白髪の男が叫ぶ。
 遅れてどこかから銃声が届いてきた。着弾との関係を考えるに、かなり遠くからのものだ。

「そ、狙撃だッ!?」
「同志ヴァローナ! お下がりください!」
「くそっ! どこから撃ちやがった!?」

 それが『狙撃』と判断するには十分すぎるものだったに違いない。
 周囲の奴らが慌てふためいた直後、ばすっと音を立てて護衛の一人の頭が吹き飛んだ。

「いたぞ、あそこだ! ビルの方――!」

 レイダーか、ミリティアか、白髪男の護衛だったかもしれない、誰かが気づいた。
 しかしビルの方に注意を向けた直後、それの顔が叩き割られる。
 また違う誰かが「あそこだ!」と自動小銃を撃ち始めるが、引き金を絞ったまま首から上が消えた。

「どこのどいつだ!? まさか自警団の生き残りか!?」
「早く明かりを消せ! 狙われるぎゃっ――!?」

 まただ。車の陰に隠れようとした奴の背中にヒット、胸の内側をさらけ出す。
 周りの奴らが次々と死んでいく、それも何者かによる狙撃でだ。

「っ、っ、っ、っ、貴様ァァァァァァーーーーーーッ!」

 ヴァローナ、そう呼ばれた男は俺にも目もくれず叫び出した。
 こんなことをしでかしたご本人がいるであろうビルに向けて、神経と骨を晒す片腕を持ち上げ。

「擲弾兵だけではなく、貴様もまた邪魔をするというのか!? なぜだ、なぜ帰ってきたのだ、ウェイストランドの亡霊がァァァァッ!」
「落ち着いてください同志ヴァローナ! 危険です、早く下がりましょう!」
「おい誰か手を貸せ! 早く射線から身を隠すんだ!」

 錯乱した様子でありったけの恨み節を残しながら、護衛の連中に連れていかれてしまった。
 痛み苦しんでる? いや、怒り苦しんでると言うべき姿だ。
 そうだ、そうさせるだけの何かが俺を助けに来たに違いない。

「て、てめえええええええッ! 一体何を――」

 まずい。一人がこっちに気を向けてきた。
 戦場向けの緑色をしたジャンプスーツだ、やっぱりミリティアか。
 ひどい混乱の最中、そいつはいつでも撃てるであろう小銃を構える。

*Phttttttttt!*

 しかし向こうの思い通りにはならなかったようだ。
 どこからか響く音の先に立ってたそいつは、余すことなく穴だらけにされる。
 周りのあれやこれやも撃ち抜かれていく。たぶん、この音は消音器の効いた銃声だ。

「どうなってるんだ、これ……!?」 
『な、何が起きてるの……!? だれか、助けに来てくれたの……!?』
「わからない、でもチャンスだ……行くぞ……!」

 良く理解できないが俺たちにとって都合がいいのは確かだ。
 慌てふためく敵から離れようとすると、背中に『逃がすな!』『殺せ!』などと声が届くが。

『久しく会えたと思えば窮地に立たされておるようだな!』

 馬鹿デカい声が突っ込んできた。文字通りぶっ飛ばすようなエンジン音と共に。
 実際その通りで、街の方からヘッドライトをつけた小型トラックが猛スピードで駆け込んでいた。
 運転席にまで張り巡らされた機銃が滅茶苦茶にあたりを撃ちまくり、一通り脅かすと車体を横滑りさせてきて。

「はっはっはっは! また戦場ここで逢うたな、擲弾兵よ!」

 荷台に乗っていた何かが飛び出てくる。
 この世界基準で言えば『豚のミュータント』が妥当な引き締まった巨体に軍服を重ね、ベレー帽を着た誰かだ。
 そいつは停車の勢いすらも利用し、背中に下げていた両手剣を振りかざすと。

「――せええええええええいッ!」

 跳躍先にいた一人を両断した。
 比喩たとえじゃない、ボディアーマーに身を包んだ身体を縦半分に裂いたのだ。
 汚く内容物を散らし始めた"元人間"の間を、見覚えのある豚の巨体が通り抜けていく。

「お困りのようだな、貴公。手を貸そうか?」

 そこには剣にこびりついたものをびっと払う――チャールトン少佐がいた!
 どうなってんだ? なんでここにこの人が? 助けに来てくれたんだよな?
 得意げのある顔にこれほど突拍子もなくて、これほど頼もしいことなんてなかったと思う。

「ちゃ、チャールトン少佐!?」
『チャールトンさん……!? どうしてここにいるんですか!?』
「戦場と聞いてやってきたのだ。どれ、一つ仕事をしようではないか」

 人の驚きにも付き合ってくれず、オークの少佐は俺の代わりに立ちふさがってくれた。
 そこに停車した車の方から続々と何かが流れ込んでくる――軍服を着た集団、ホームガードたちだ。

「少佐、ですから何度言えば分かるんですか! 前に出過ぎるなと!」
「恰好をつけたくなる時もあるだろう! さあ皆の者、かかるぞ!」
「はしゃぎに来たのではないんですよ我々は!」

 かなり前に見知った連中が規律ある動きで続いてきた。
 だけど装備が前と違う、あのごつい盾も小銃も持っていない。
 必要最低限のアーマーを身に着けて、鞘とホルスターを腰に留めている。

「なっ――なんだこのミュータントはァァッ!?」
「こいつら……ホームガードじゃねえか!? 何だってこんなトコに!?」

 慌てふためく敵を前に、オークの声が「白兵戦準備!」と叫び散らした。

「皆の者、吾輩に続け! 賊を征伐せよ、誰一人生きて帰すな!」
「女王のために!」
「叩き殺せ! 前進!」

 声だけで気圧された連中を前に、軍服を着た集団は慣れた動きで剣を抜いた。
 荒い作りのロングソードだ。短剣とも斧とも違う得物で切り込んでいく。
 
「ストレンジャー、あっちに走れ! 絶対に止まるな!」

 いきなり起きた乱戦の中、付き添いの軍曹がそういったのを確かに耳にした。

『一体どうなってるの……!?』
「分からないけど、今日は生き延びれそうだな……!」

 これだけは確かだ、俺を助けに来てくれた。
 だったら死ぬわけにはいかないな。しぶとく生き残って、あとでお礼を言おう。

 手錠をかけられ、腹は刺されて、全身はボロボロ、なのに俺はまだ生きてる。
 今までいいことをしてきたから? 運がすごくいいから? 違うな、誰かがこういってるんだ、もう少し頑張れって。
 どうしてだろうか、喉の奥から「ははっ」と変な笑いが出た。

『いちクン……?』

 言われた通りの道を走っていると、ミコがそんな俺を心配しに来た。
 どうせ『大丈夫かどうか』だ、俺は腹の短剣を抑える。

「やっぱり、世の中捨てたもんじゃないな」

 いいだろう、この世界が俺に『もっと痛みに耐えろ』って望むならそうしてやる。
 その代わり相応のものをもらってやる、とびきりデカいやつをだ。

『あそこにいるぞ! 逃がすなァ!』
『ひゃひゃひゃっ! 突っ込め! あいつをひき殺せェ!』

 どこからどこまで痛む身体を動かすと、今度は後ろから光が走った。
 つい振り返る。錆びた軍用車がヘッドライトを向けて、目もくらむ眩しさのまま向かってくるところだ。

「俺もすっかり、有名人だな……!」
『いちクン……傷が、傷が開いちゃうよ……!』

 無茶を承知で走る。腹にまたひどい痛みが漏れるが、よたよた進む。
 内臓がダメになってようが、血を流し過ぎてようが、どうでもいい。
 俺は生きるんだ。あるのはこの意志だけだ。

「この程度で、死ぬかよ……! 見てろミコ、俺は生きてやる! 絶対にだ!」

 背中越しにスピードが強まるのを感じる、車内から乗り出した男の「殺せェ!」という言葉が良く聞こえる。
 急ごうとするが足にも、胸にも杭で抉られるような痛みが走って――転ぶ。
 どうにか起き上がる、車が迫ってくる、目の前に黒い影が挟まってきた。

「――【氷鏡の術!】」

 その場を制したのは、勢いのある言葉だった。
 聞き覚えのある調子のそれが何かを唱えると、急に空気が震える。
 青い光が募った――いきなり俺たちの目の前に出てきた、黒い誰かからだ。

 ぱききき。
 急に『氷にヒビが入るような音』がした。何もないアスファルトの中からだ。
 道路の一部が蒼く光ったその直後、俺たちの前にべきべきと硬い音を立てて何かが生まれる。
 氷だ。いくつにも折り重なった氷の塊がどこからともなく現れたのだ。

『な、なんだあの氷はァァッ!?』
『や、やべえ避けらん――!』

 地面を介して作られた分厚い氷の壁は仕事をこなしたみたいだ、突撃中の車が受け流されて民家へ突っ込んでいく。
 そうして事故らせると、アホみたいに唖然とする誰かの顔を映した氷は解けて。

「……やはり使い勝手がまだ分からんな」

 そんな事故現場を前に、褐色の肌が残る黒づくめの男が――おい、まさかこいつ!

「お前、アレク――」
『えっ……!? その声、まさかアレク君……!?』

 ミコも気づいたようだ、てことはやっぱりアレクか!?
 そのご本人はというとうっかり「そうだ」と肯定しかけたが……。

「違う、己れはシノビだ! 早く行け!」

 どうにか取り繕って一声残すと、暗闇の中へと消えて行ってしまった。
 良くわからないが、そういうことにしておいてやる!

「……今の、アーツだよな?」
『うん、間違いないよ……! ていうか、やっぱりアレク君だよね……!?』
「ははははっ……そうか、あいつやったんだな! ほんとにやったんだな!?」

 そうか、本当に忍術覚えたのかあいつ。
 なおさら死ねなくなったな、ちゃんと後で聞かないと。

*Phttttttttt!*

 先ほどの現場から段々と離れていくと、また消音器付きの連射音が聞こえた。
 ちょうど向かっていた先にあった民家の陰から二人ほどが倒れてくる、ミリティアの格好をしたやつだ。

「はーい動かないでねお兄さん、ちょっと探してる人がいるんだけど――」

 そんなことをしてくれた張本人もでてきた。
 青黒い戦闘服を着て、迷彩帽子をかぶった誰かがこっちに銃を向けてくる。

「――ちょうどダーリンだ!?」

 ……ウェイストランドの美男子。いや、ハヴォックだ!
 消音器付きの短機関銃を下ろして驚いている。どうしてこいつも?

「ハヴォック!? お前まさか、ハヴォックか!?」
『ハヴォックさん! 助けにきてくれたの!?』
「ダーリン! 僕だよ、また会えたね! ご覧の通り助っ人登場だよ?」

 本人はものすごく嬉しそうだ。俺だってすごく嬉しい。
 そうか、こいつがいるってことはエンフォーサーの連中もいるのか?
 どさくさに紛れて胸を触ろうとしたが『いちクン』と言われて諦めた。

「今日は懐かしい顔ぶればっかだな。どうしてここに?」
「話は後だよ。もう大丈夫、痛かったでしょ?」

 久々のっぱい……じゃなくて友達は肩を貸してくれた。
 そこに再び静音化した銃声が挟まる、どうやら他に仲間もいるらしい。
 腹の状態を見て「うわっ」という顔をされたが、すぐ注射器スティムを出してくれた。

「久しぶりだな、こりゃ死ねないな」
「うんそうだよ。みんな助けに来てくれてるからさ、もう少し頑張ってね?」

 ジャンプスーツ越しにかちっと打たれた。スティムが効いて痛みが和らぐのを感じる。
 ついでに頭をよしよしされた。決めた、あとで胸触らせてもらおう。

「ハヴォック! 救出対象は!?」
「隊長ー! この人お腹刺されてまーす!」
「全然無事じゃないじゃないか!? 早く連れていけ、俺たちが牽制する!」

 民家の方からオチキスの声もした、なるほど、救出対象ね。
 今までとは違う騒がしさを帯びてきたスティングを一緒に進んでいると。

「ダーリン、バンザイして!」
「なんだって?」
「いいから! はいバンザイ!」

 立ち止まって、こっちにライトを向けて「両手を上げろ」と促される。
 意味が分からないが助けられた身だ、大人しく言われたとおりに両腕を上げるが。

 ばきん。
 両腕の間からすさまじい衝撃が走った。足がもたつくほど強烈で、振動が腹にも伝わってずきっと痛んだ。
 だがすぐ分かった、さっきまで自由を奪っていた手枷が千切れている。
 遅れて銃声が届く。つまり、遠くの誰かさんが撃ってくれたみたいだ。

「おー、お見事。こんなに離れてるのによくやるねえ』
『ひゃっ!? な、なに、今の!?』
「……親切な誰かが自由にしてくれたらしい。くそ、傷に来た」

 「誰だろうな」と、ミコに切れた手錠を見せた。
 こんな真似ができるのはきっと――

「いたぞぉぉぉぉッ! 待ちやがれストレンジャー!!」
「擲弾兵はこっちだ! 逃がすな早くしろォ!」
「報酬ならいくらでもくれてやる、あいつだけでも確実に仕留めろ!」

 少しだけ軽くなった身体でまた進むと、俺たちの目の前に武装した集団が慌ただしく立ちふさがる。
 その数、十数名。よりにもよって全員銃持ちだ。
 ハヴォックが機敏に銃を構えるが、そこにまた別の走行音が近づいてきて。

「ダーリン、伏せて!」

 背中を抱かれたまま一緒に転ばされた。
 その場に膝を折るような形で崩れて、少しマシになってきた腹が悲鳴を上げるが、

*Brtatatatatatatatatatatatata!*

 背後から急ブレーキの音、同時に頭上を盛大な銃声と飛翔音が掠めていく。
 すぐ後ろに車が割り込んできたのも、誰かがそこで銃でもぶっ放してるのも分かる。
 身を低くしたまま目を向けると、そこにはピックアップトラックが停車しており。

*tatatatatatatatatatatatatatatatam!*

 荷台に立ったエプロン姿の誰かが機関銃をぶっ放しているところだった。
 ハンドルを掴んで腰だめに構えたそれを撃ちまくる。歯も攻撃性もむき出しにした表情のまま薙ぎ払う。
 一度も休みを挟まないトリガの動きに、"悪い群れ"は片づけられてしまい。

「早く乗れ、ガキども」

 荷台の男は弾切れした得物を放り投げながら、ぶっきらぼうに招いてくる。
 ハーヴェスターだ。やっぱり思った通りだ、機関銃が似合うぞこいつ。

『ハーヴェスターさんも!? 助けにきてくれたんですか!?』
「説明してる暇は後でいくらでもくれてやる」
「……ありがとう、やっぱあんた機関銃が似合うな」
「そこまで余計なこと思えるなら大丈夫だな。おい、お客さんが来たぞ」

 俺はハヴォックに支えられながら派手なお迎えに近づいた。
 荷台に乗る前に運転席の方を確認しようとしたが、その必要はなかったようだ。
 なぜなら、見覚えのある軽い顔立ちの男が窓からこっちを見に来て。

「よう、お客さん。道中ヤバそうだが安全運転でいくか?」

 とても良く知っている男がいつものように声をかけてきてくれたからだ。
 ツーショットだ、こんな状況なのにひどく楽しそうに笑んでる。

「いや、飛ばしてくれ。最短距離でな」
『……ツーショットさん! 来てくれたんですね……!』

 俺だって嬉しいさ。いつもみたいに返して、握った拳を突き出した。

「そうこなくちゃ! 元気だったかいお二人さん、また会えて嬉しいぜ!」

 拳同士をぶつけて交わした。そうか、一人じゃなかったもんな。

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