魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

望むべくは擲弾兵

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 宿の外には――つい先ほど感じた音の分だけ車両が止まっていた。
 すぐそばの道路がどこからどこまで装甲で覆われた実戦的な車で埋まっている。
 それも世紀末でさんざん見た創意工夫を凝らされた車じゃない、戦前の信頼できるものを復元したものばかりだ。

 土煙色の装甲をまとう四駆が、馬鹿でかい機銃――いや機関砲を積んでいた。
 装輪装甲車のスケールを拡大して生み出したようなトラックが兵士を下ろしている。
 角ばったトレーラーが引っ張ってきた銃座が、四連装の五十口径でこっちを睨む。

 こんなに様々な駆動音が重なっているのは何時ぶりだろう?
 人食いカルトのボスがわざわざ会いに来てくれた時以来だ、あの時と似たような状況が目の前にある。

【――出ておいで、ストレンジャー。私と、少しだけでもいい。お話をしないか?】

 そんな威圧的な光景に反して、拡声器越しの声はひどく落ち着いていた。
 そこにいる誰かが俺を呼んでいる。まるで仲良くなれそうな人間に声をかけるような気の軽さだ。
 しかし車両からは次々と人が降りてる。良く見えないが、武装してるのは確かだ。

「おいおい……まさか"噂をすれば何とやら"か? ご指名されてるぞお前」

 オレクスが俺に声を向けて来た、でもその声は離れても分かるほど震えてる。

「ふん、見えない敵がようやく姿を見せに来たという感じだろう。で、どうする?」

 これでもやる気のノルベルトは相変わらずだが、声はいつもより硬い。
 そのせいで余計に感じてしまった。「これはまずい」というこの現実をだ。
 俺だけじゃない、周り全ての誰かがだ。"敵"とやらは今までのような可愛い賊どもじゃないってことが、良く証明されている。

『で、でもっ……どうしていちクンを呼んでるの……!?』
「誰かさんが言ってたな、ストレンジャーのせいだって。あれは冗談じゃなかったみたいだ」

 肩の短剣がしっかり固定されてるのを確認してから、窓の向こう側の姿をもう少し確かめよとする。

【もう一度言うぞ。出てきてくれ、ストレンジャー。君に用があるんだ】

 しかし向こうはそんな隙すら与えたくないみたいだ、機関砲の先端がこちらを向くのが見えた。
 俺は――全員に顔を見合わせた。

「……イチ様、本当にいくんすか? あんまりいい雰囲気じゃないっすよ」
「そこのメイドが言う通り、穏やかな連中には見えんがな。だがいきなり撃ってこない点からして、よほどお前に用があるんだろう」
「交渉する形でありながら、あれほどの武器を向ける連中のことだぞ。イチ、あの手の人間は信用しちゃだめだ」

 ロアベアはもうへらへらしていない、「いくな」という顔でこっちを見ている。
 クリューサやクラウディアも同じく「いくな」だ。まるで俺がひどい目にあうことを分かり切ってるようだ。
 自警団の連中は怯えている。残り少ない弾でどう切り抜けようかでいっぱいだ。

【出てこなければどうなるか分かってるだろう? 最後の警告だ、今すぐ出てこい。話をしようじゃないか】

 文字通り最後の警告が届く。外で無数の火器がこちらを向いていた。
 ミコを見た。柄に手をやると『待って』と声が漏れた。

「……ああ、ここにいちゃダメらしいな。これ以上ママに迷惑はかけたくない」
「ストレンジャーさん……店の心配なんていいのよ、自分の命を大事にしなさい」
「おにいちゃん、行っちゃうの……? おれ、やだよ」

 カウンターの方に顔を向ければ、心配そうにする親子がいた。
 そうだな、行くのは間違いかもしれないが、ここに残るのも大きな間違いだ。
 あんなので撃たれたらどうなる? 店が吹っ飛ぶ、全員死ぬ、ノルベルトはまあ生き残るかもしれないが、ダメだ。

 さっきの話は本当なんだろう、その証拠がこれだ。
 だとしたら自分がすべきことはもう一つしかない。
 だが諦めるもんか、いつもみたいに足搔いてどうにかしてやる。

「悪い、行くしかないみたいだ。これ頼む」

 だから向こうの要求に従うことにした。
 肩の鞘を取り外して、そばにいたオレクスに投げ渡す。

『待って、いちクン! やめてよ! 行っちゃだめ、行ったら何されちゃうか分からないでしょ!?』

 さすがに言い留められたが仕方ない、そのまま宿の扉を開けようとすると巨体が邪魔してきて。

「言っておこう。もしお前が行くというのであればその選択、邪魔はしないぞ。だが」
「死ぬなら許さんってか? 大丈夫だ、誰が捨てるもんか。俺の命は俺のもんだぞ」

 きっと死ぬことは許さんとでもいうと思ったが、その通りだったらしい。
 だから目で頼んだ。何かあったら頼むってな。
 俺は「クゥン」と心配そうに見守る黒犬を良く撫でてから外に出た。

「動くな、ストレンジャー! 武器は全部捨てろ、足元にだ!」

 宿から出てすぐのところで、俺はとうとう「何か」の姿を目にする。
 統一の取れた武装集団。そうとしか受け取れない連中だ。

「余計なことはするなよ、武器およびそれに類するものは全て放棄しろ」
「少しでも妙な真似をすればお前の手足をぶち抜く。おとなしく従え」

 復元済みの軍用車両のそばで、ちゃんとしたボディアーマーに身を包んだ連中が構えている。
 その数、ざっと数十名ほどか。そこに銃座についた人間を含めればもっとだ。
 規律が取れてて装備の状態はかなり良い方だ。昼間見た自動小銃の姿すらある。

「おいお前ら、こいつも捨てた方がいいか?」

 言われたとおりに銃剣も、散弾銃も、クナイも全て落とした。
 ついでに腕のPDAもアピールしてみたがどうでもよさそうだ、隙を見せようともしない。
 次の指示はなんだ、服でも脱げか?
 そんな冗談すら出かけたが、この勤務態度からしてあいにく通用しないだろう。

「良く来てくれたな、擲弾兵」

 銃口の先で次を待っていると、急に違う声色が漂ってくる。
 この場に不釣り合いだとすら思える弾んだ調子だ。実際その通りで、軍用車両の一つからそいつは出てきた。

「久しぶりだな我が宿敵。いや初対面か、でも私は信じてるよ、一生に一度の我が宿敵だ」 

 そこに良く喋る男がいた。軍用を思わせる丈夫なコートを着て、よりにもよってその上におしゃれな帽子を乗せたやつだ。
 決して厳ついわけでもなく、決して弱々しいわけでもない、普通の男の姿だった。
 いきなり初めて会うやつに宿敵だとかいう点はまあいい、だが。

「お会いできて光栄だ。さ、私と話をしようか? なに本当に君とお話がしたかったんだ。なあ?」

 ユーモアがありそうな穏やかな顔で、そいつは親し気にすり寄って来た。
 一体こいつはなんなんだ?
 周りの空気なんて読んじゃいない、なんなら周囲の奴に怪訝に思われてるほどだ。
 近づく身体からは変な臭いもしない、触れてくる腕に特別な力も感じない、悪いがただの人間だ。

「おいおい、何かしこまってるんだ。今から友人になろう、そして二人で物語らないか。私と君の未来をだ」

 だからこそ気味が悪かった。
 態度の柔らかさはツーショットのそれに近いが、中身は真っ黒だ。
 読めない。思考から行動まで何から何まで予測できない。

「……随分なれなれしいな、まさか勧誘にでもきたのか?」
「勧誘? なんのだ? うちは変な宗教はやってないさ、安心しろよ」
「懐柔って言った方がいいか。悪いけど仲間になれとかそういうのはなしだ」

 こんなに親しげなのは「俺に仲間になれ」だとかのお誘いじゃ?
 そう思って、親しい友人みたいに横から抱き着いてくる男に「NO」を突き出すが、

「とんでもない。「我々の仲間になれ」じゃない、「お友達になろう」だ。さあ来てくれ、軽い飲み物でもどうだ。何か飲みたいものはないか? 下戸か? スナックもあるぞ?」
「お、おい……引っ張るな、何考えてるんだお前は!」

 この状況をひょろひょろと楽しむような姿の男は、その場の雰囲気など食らいつくす勢いで俺を引っ張った。
 反射的にその腕を払おうとしたが。

「こんなお堅い車両だが車内サービスは充実してるぞ、なんてったって私が」
「変な真似はするなと言っただろ!? 手足をぶち抜くと言ったのを忘れたか!」

 誰かがそんなやり取りそのものに嫌気がさしたのかもしれない。一人の男が俺たちの間に自動小銃をねじり込む。
 きびきびした動きで体がすくい取られる、おかげでどうにか引き剥がされたが。
 
「おい、お前」

 さっきまでにっこりしていた変人はまた声色を変えた。
 宿に残った連中のことも、周りの男たちのことも、まして俺そのものも気にせず、顔に怒りを作っている。
 急に別人に入れ替わったような姿の気味悪さに正直、引いた。

「は、はっ――何でしょうか」

 いや、俺たちの仲を引き裂いてくれた男も同じだ。萎縮している。
 この変な男の不機嫌さがどんどん近づいて、そいつは銃口と顔を合わせないようにどこかを見つめるが。

「私は確かに言ったはずなんだが。ストレンジャーを呼べ、おかしな真似をしたら動け、そうだよな?」
「その通りです。そいつを連れ出し、少しでも怪しい動きをした場合は容赦なく撃ち抜く、それが仕事です」
「そうだ、良くやってくれてる。いい仕事をしたな新入り。だがお前は――こう命令されたか? 「仲睦まじいところを邪魔をしろ」とでも誰かが言ったか?」
「そ、それは……そいつは危険だと思って、つい」

 一通りのことを尋ねると、急にそこへ何かが抜かれる。
 小さな自動拳銃だ。親しげだった男は、気に食わない一人にそれを突き出し。

*pam!*

 ……撃ちやがった。
 首に押し当てて何発か打ち込むと、変人は苦しもがく姿を押し倒す。

「このっ! 馬鹿がっ! 私がいまっ! 何をしてたかっ! 側で見てた分際で! 二人のっ! 邪魔をするなと――」

 物足りなさを補うように殴る蹴るの暴行も加え始める、やがて死体も道路も血だらけになると。

「ああもう死んだか、まあいい。きっと疲れてて我々が敵にでも見えたんだろう、シフトの調整が必要だな。労働条件を少し見直そうかな?」

 何事もなかったかのように、本当に記憶が飛んでるのかもしれない、返り血を浴びながらもまた抱き着いてきた。
 そのついでかは知らないが、ぢゅっと頬にキスもされた。マジで勘弁してくれ。

「じゃあ行こうか。行かなければ宿は穴だらけだ、まさか用事があっていけないとか言わないよな?」
「……分かった、行けばいいんだろ。その代わり宿には手を出すなよ」
「私は約束を守ろう。さあおいで、最後の擲弾兵ラストグレネーダー

 だが少なくとも、こいつはこの場で一番偉い奴らしい。
 この武装集団はひどい最期を迎えた仲間に緊張してるが、従うべき相手はちゃんとわきまえてる。
 一瞬だけ、宿屋の方を向いた。窓越しのオレクスに「頼むぞ」と目配りしたが。

「おっと。もう一人ゲストも来てもらおうか、君のその、なんだっけ? 喋る短剣だ、恐縮だが彼女も連れてきてくれないか?」
 
 ……くそ、とんでもない要求してきやがった。
 ミコのことを知ってる上に、そいつを連れてこいだって?
 途端に次の言葉が浮かばなくなるが、相手は目ざとく俺の方を見て。

「おいおい、彼女はどうした? 忘れ物か――。おーい! 擲弾兵が忘れ物をしてらっしゃるぞ、大事な短剣をお忘れのようだから誰か届けてやってくれ!」

 わざわざ置いてきたミコを持ってくるように仕向け始めた、しかも宿の方に。
 ロアベアよりも100倍タチの悪い、それでいながらも悪意が本当になさそうな笑顔だ。

「どういうことだよ! 待て、ミコは関係――」
「あるんだ、関係はある。心配するなよ、生まれつき女性に拷問はしない主義なんだ。さあ、おいでお嬢ちゃん! 一緒に物語ろうか!」

 クソ、頼む、連れてこないでくれ。
 バカげた物言いが届いて、その通りにしないことを願った――それなのに。

「……連れて来たぞ、これでよいな」

 宿の連中が本当に思い悩んだように時間が過ぎた後、ノルベルトが来た。
 最悪だ。よりにもよってあのオーガが、小さな短剣を持っている。

「お――お前!? ノルベルト、お前一体何考えて……!」
『……ごめんね。わたしが、みんなにお願いしたの』
「お前らどういうつもりだよ!? 馬鹿正直に連れてくるか普通!?」
『……本当にごめんね。でも、少しでもみんなが助かってほしいし、もういちクンを一人にしたくないの。だから――』

 馬鹿正直に連れてこられたミコが変人の前に突き出された。
 見ればノルベルトの表情はこの状況通りのものだった。悔しがってる。
 少し気を緩ませれば「約束を破れば殺すぞ」と出かけないほどにだ。

『約束、ちゃんと守ってくれますか? 私もついていきますから、みんなに手を出さないでください』

 そんな状態で短剣は物言うのだ。
 イカれた男は目の前で発せられるその言葉に、短剣の姿に手を伸ばして。

「素晴らしい」

 ただそれだけ発して刀身を掴んだ。「肯定」という意味なんだろうか。
 けれども分捕ろうともしない。それどころか柄を俺に向けてきて。

「そういう訳だ、今夜は三人でにぎやかに行こう。お前は良いパートナーに恵まれてるじゃないか、その子に感謝しておけよ?」

 イカれた男はトラックみたいな六輪の装甲車に俺を招いてきた。
 ただし、その手には人間一人を捕まえるのに十分な手錠があったが。



 謎の男に連れてこられた装甲車の中はまさに閉鎖空間だった。
 ハッチの先は窓一つない金属製の牢屋で、本当に実戦向けな作りなのが身に沁みる。
 幸いなのはそんな本気の作りなのに、搭乗スペースの一部がテーブルと冷蔵庫になってるふざけたとこだ。

「乗り心地はどうだ? 意外と悪くないだろ? コーラを飲んでもこぼれないんだ」

 おそらくそんな無茶な改造を要求したであろう謎の男はくつろいでいた。
 ここには擲弾兵を苦しめる拷問道具だとか、いかつい男だとかは存在しない。
 展開されたテーブルに重なる飲食物と、そこに横たわる物言う短剣ぐらいだ。

「初めて乗るけど悪くないな。こいつがなかったらもっと快適になるぞ」

 どこかに向けて走り続ける装甲車の中、俺は重たい手錠を見せた。
 一瞬、外してくれそうな素振りも見せたが――「ダメだ」と冷蔵庫をあさって。

「悪く思わないでくれ、こんなところで暴れられたら困るんだ。君相手じゃ私はたぶん負けるだろうし、冷蔵庫の中身もぐちゃぐちゃになるだろ?」

 まるで人のことを敵だと思ってないような態度で瓶を持ってきた。
 ジンジャーエールだ。「飲むよな?」と栓を抜いて差し出してくるので、

「そうだろうな。とりあえずぶちのめすぐらいならできそうだ」

 手錠をはめられたままの腕でキャッチ、一口飲む。
 辛みが鈍るぐらい良く冷えててうまい。こんな状況じゃなかったらもっとうまいはずだ。

「だろう? 君は恐ろしいんだ、ライヒランドが明確に恐れるほどの存在だ。いや素晴らしい」
「ついさっきそんな話をしたばっかりだ。ストレンジャーのせいで困ってるってな」
「ストレンジャー? いいや違う、擲弾兵グレネーダーだ。君の内側なかにあるそれが怖いんだ、君のどこかにいるかつての英雄が、だ」
「なんか見えるみたいだな。お前らみんな病院にいったほうがいいぞ、眼科じゃなくて脳の方だ」
「目でも頭でもない、魂か、DNAで感じてるのさ。まだ病院の世話になるほどじゃないだろ?」
「だったら病院で遺伝子でも見てもらえよ、悪くなる前にな」

 すると相手は面白がって缶詰も開けた。BBQビーフと書かれた解した牛肉の山だ。
 スプーンですくってきたが食べる気にはならなかった。忘れるもんか、こいつはカニバリズム系人間だ。

「おいおい心配するな、人肉じゃない。それとも150年前の人類は缶詰に人間を使ってたのか? いや待て、面白いな、人の缶詰……考えたことがなかった」

 しかし相手はまだ楽し気だ。いいさ、食ってやるよ。
 ミコが食べてほしくなさそうに息をするが、口にしてみると意外とうまい。普通に甘辛い牛肉だ。

『……わたしたちを連れて一体どうするつもりなんですか、あなたは』

 二口目がすすめられたところで物言う短剣が放った。
 そんな質問はたぶん待ち焦がれてたに違いない、人の口の中にスプーンを突っ込んだ後。

「もしもだ、もし私がこういったらどうする? 『ウェイストランドを一つにぃ? 馬鹿みたいな話はよせよぉ、できるわけがないだろぉ?』って感じでな」

 流暢な語りでそう言ってきた。
 待て、どういうことだ?
 こいつはライヒランドの人間なのは確実だ、そしてそんなクソみたいな場所が「ウェイストランドを一つに」を唱えてるのも知ってる。

 でもこいつはなんて言った?
 まるで世間話でもするように、今この場ではっきりとを否定しやがった。
 どういうことだ、一体何を考えてるんだ?

『それ、あなたたちが良く唱えている言葉ですよね? どうしてそんなこと――』
「どうして? だってそんなのどうでもいいからに決まってるだろ?」

 俺と同じ疑問を持ったミコにも、そいつははっきりと言ってしまった。
 ライヒランドなんてどうでもいいと。自らの口でそう否定してるじゃないか。

『ど、どうでもいいって……あなたはライヒランドの人じゃないんですか? そんなこと言ったら……』
「確かに君たちの言う通りの人間だ。人も食ったことはあるし、人もたくさん殺した、だがそれとこれとは別だろう? 私はそんな「全て等しく共有せよ」だなんて思想は大嫌いだ」
『じゃあ、あなたはわたしたちの敵じゃないんですか? それなら――』
「まさかこうか? 「いまから君たちの味方だ」とでも? 冗談はやめてくれよお嬢ちゃん。私は敵だ、残念だが覆せない事実だ」
『……さっきから一体なんなんですか!? もう訳わかんない……!』

 もし他の誰かが一緒にいたとしても、こいつはたぶん同じことを言ってたと思う。
 その証拠にこいつは今とても嬉しそうに笑っている。混乱するミコに、そして思考が留まってる俺にもだ。

「そうだ、名乗ってなかったな。私はエゴールだ、君たちは?」

 そこで思い出したかのように名乗って来た、だけど返す気はならない。
 二人分の沈黙の返答にエゴールはさぞ残念そうにするだけだったが。

「まあいい。で、君たちは擲弾兵の伝説を知ってるか?」

 そうしてるうちに、男は冷蔵庫からジンジャーエールを取り出した。
 一口飲んだ。慣れてないのか辛そうに顔をひきつらせたまま。

「彼らはすごいんだ。かつて我々から離反した時はほんのわずかしかいなかった、にも関わらず数的不利を覆すほど逞しく、強かった」

 唐突に語り始めた。俺に与えられた役割である擲弾兵についてだ。

「すさまじい奴らだよ。我々の刺客を全て退け、道を阻むレイダーたちを情け容赦なく屠った化け物だ。かつてこの街に大攻勢が訪れるその寸前まで、人類の光だったんだ」
「……なんだよお前、いきなり早口になりやがって」
「だってそうだろ? 本物のヒーローだ、お伽噺の勇敢な騎士様が絵本から飛びでたようなものさ。な、子供心をくすぐるだろ? だがもういない。私がその魅力に気づいた頃には、この世から姿を消してしまってたんだ」

 誰かが発した訳が分からない、という言葉を真似したくなってきた。
 ここには、あこがれのヒーローに巡り会えたような子供がいる。

「お嬢ちゃんもそう思うだろ? 君も心惹かれないか? この勇敢な擲弾兵に夢を見せてもらいたくないか?」

 そしてこの世で最も最悪なことに、そいつの興味が完全に俺にあった。
 なんとなくわかった。このエゴールというのは確かにライヒランドの奴だし、確実に手引きする側の人間だ。

『……何を、言ってるんですか? あなたはいちクンに何をするつもりなんですか!?』

 だが、決定的な何かがおかしい。

「何って。シンプルなお話だよ、憧れというものがある。お伽噺じゃない、本物の擲弾兵の生きざまをそばで見届けたいんだ」

 そいつは物言う短剣をそっと握った。
 ようやくエゴールを掴めた気がする。こいつはきっと憧れがあったに違いない、それもひどい形で。
 こいつが望んでいるのはスティングじゃない、自分がずっとずっと思い浮かべていた――

「これからスティングは地獄に変わる。だから君にお願いだ、また私に見せてほしいんだ、ずっと夢憧れていた擲弾兵たる活躍をな……ッ!」

 自然と、まるで親しい家族にそうするように肩に手が置かれた……まずい!
 あまりにも敵意がなく、化け物じみた自然な動きのそれに。
 あまりにも突拍子で、狂人としか言いようのないそれに。
 間に合わなかった。そいつが手にしたミセリコルデを突き出す姿に、完全に意識が遅れた――!

「しまっ――くそッ!?」

 手錠に固められた腕でどうにかしようにも、間に合うはずがなかった。
 無防備にさせてしまった腹に鋭い十字架が突き立てられる。
 冷たいのか熱いのか、それすら分からない鈍い激痛が腹の奥までねじり込まれる。

「さあ、お楽しみは今からだ! 生きて戦え擲弾兵! 英雄の物語を紡げ!」
『いっ……いやあああああああああぁぁぁ……っ!?』

 相棒の悲鳴が腹の奥で爆ぜる。
 振動が痛みとなって広がる、胃が硬く縮んで声が出ない、くそ、刺された――!

「ご、あ゛っ……はっ、あっ……ぐおぉぉ……!?」

 息が止まる、胸が痛い、ああ、くそ……。
 どうにか動こうとした、エゴールを振り払おうとしたが当たらない。
 痛みで重みが積まれた身体で振り向くと、そいつは後部のハッチを開いていた。

「楽しみにしてるよ! 君がこの地で擲弾兵として目覚めてくれることになァ!」

 暗くなりつつある外の世界の前で男は笑った。
 最高にイカれていた。この世にまた一つとしかないオモチャを見つけたような笑顔だ。
 そしてまた手が近づく――物言う短剣を、引き抜かれる!

「ごが……ッああああああああッ……!?」

 エゴールの腕がまた突き出される、ガード、できない。
 また懐にざくりと硬いものが刺さる、さっきとは違うところに、また。

「あ、あ……ッ! ふざけ、やがっ……がぁぁ……!?」
『いや、いやぁぁぁ……!? いちクン……っ、もうやめてええぇぇ……っ!!』

 狂ったように喚く短剣が刺さったまま、外に向かって蹴飛ばされる。
 乗客が一人減った装甲車の中であいつが笑ってるのが、やけにはっきり見えた。

「健闘を祈るよ、愛しい擲弾兵。二人仲良く力の限り……いっぱい、いっぱい抗ってくれ」

 やがてその姿は駆動音と共にどこかに消えていくものの、間が悪いことに周りから足音が聞こえてくる始末だ。
 どうにか立ち上がろうとする、だけど、起き上がれない。

「いたぜ、ストレンジャーだ!」
「見つけたぞストレンジャー! こっちだ! こっちにいるぞ!」

 憶えのある下衆な笑みすら聞こえて来た。
 横向きになった世界に性の悪い集団がぞろぞろ迫ってくる光景もあった。

『っ……いちクン、いちクン! 立って! 立ってよぉっ……! お願い、しっかりして……!』

 ここで死んでたまるか、ここで意識を失ってたまるか……!
 俺は最後にもなりえる力を振り絞って、最悪の状況でどうにか起きた。

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