魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

旅路から見える悪い繋がり

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 俺たちは自警団の詰所に急かすように連れてこられた。
 全員だ。宿の二人以外すべてが招集された。
 ママたちのことが気がかりだが、一応宿に何人か団員を残してくれた。信用しきれないがないよりマシだ。

 もちろんその道中が穏やかなわけもない。
 道を歩けばその手の人間から強く当たるような視線が飛んできて、不審な人間からは挙動の一つ一つを物色される。
 ただ歩くだけでこれほど不愉快なのは初めてだ。
 昨日のスティングはもう存在しない、ここはもう敵の本拠地か何かだ。

 そんな街中を全員で逃げるように進んで、いざたどり着いたのがごく普通のモーテルだった。
 戦前から残る線路に沿った場所にある、それもこじんまりとした建物だ。
 この見た目の安っぽさがそのまま自警団の質に直結してないことを願おう。

「ようこそ、我ら自警団のホームへ」

 そして一室に案内されれば、案の定薄汚い部屋が待っていた。
 壁はぶち抜かれ、家具は取っ払われ、それらしい机と椅子が並んでるだけだ。
 多分誰もがこういうだろう、「ここが?」と。

「ずいぶんと……その、ミニマリストなんだな。まさか秘密の地下室でもあったりする?」

 そう思いつつ、俺は何一つためらわずにぶっちゃけた。
 さすがのミコもフォローできないレベルみたいだ。というか、予想以上にショボくてみんな言葉に迷ってる。

「汚いっすねここ、ちゃんと掃除してるんすか~?」

 しかもロアベアがそういうぐらいだ。今日この日まで手入れをサボってればこうなると思う。
 更に付け足すとすれば人数だ、自警団とやらはこの場に数人しかいない。
 一体どういうことなのか、その疑問は――

「かなり深い事情があると言ったら聞いてくれるか?」

 ひどくお疲れの様子の自警団の方が詳しく聞いてほしがっている。
 腰かけるだけでも難儀しそうなその男は、目の下が黒く染まるほどご苦労してらっしゃるようだ。

「そちらのご様子を見るに、ここ最近いい知らせが何一つもなかったみたいだな。顔色の悪さが全てを物語ってるぞ」

 健康状態的にもアウトなんだろう、クリューサが声をかけた。

「だとしたら説明する手間が省けるな。まあ、たぶんこれを知ったらお前らも同じ気持ちになるさ」

 団員の一人は「お前には言われたくない」と言わんばかりに何かを取り出した。
 紙だ。さっきの20000チップ案件よりかはだいぶ質はいい。
 そこには威圧感たっぷりの赤文字でながったるく、非常に冗長に攻撃的な怪文書が書き込まれてる。
 目につくのは「布告」「攻撃」「死」「降伏」あたりだ。
 ざっとまとめるとこうか。

【スティングの市民に告ぐ。抵抗はするな。先の戦いのようには行かないぞ】
 
 要するに「邪魔したら殺す、さっさと街を明け渡せ」ってことだ。
 問題はこのクソ構文通りにやってくれる信用性が感じられないところだが。

「むーん、戦争の手前で良くやる謀略の一つだろうな。大方はこのような文章をばら撒いて戦意を削ぐといったところだろうが」

 ノルベルトがぺらっと紙を持ち上げるが、自警団の男は「おいミューティ」と一声入れて。

「戦争? そんなことにはならないぞ。なんたって立ち向かう力がないからな、せいぜいお邪魔しにきた当日か、良くて翌日にでもこの街はおしまいだ。ゲームオーバーだよ」

 良く教えてくれた。つまりこれからスティングが攻め込まれるのは確実だってことをな。
 その状況を表すのが「ゲームオーバー」か、ひどい冗談だ。

「なあ、一体何が起きてるんだ? 自警団とやらはこんな有様、俺は20000チップの価値をつけられレイダーに朝這いされる、しかも仕上げは敵が攻め込んでくるだって? どうなってんだこの街は」

 俺はさっきのクソ素晴らしいチラシを机にばしっと叩きつけた。
 果たしてそこまでの価値があるか怪しい人相がさらされると。

「率直に言おうか、ここの市長がその敵とやらに加担してる可能性がある。その上で自警団の殆どが寝返ったかもしれないと言ったらお前はどうする?」

 とうとう本題を話してくれた。
 そうか、自警団は職務放棄&離反の疑い、街のボスは裏切者、じきに敵がやってくる、そして運悪くそこに挟まったのが俺ってことか。
 …………つまりこの街は終わりだ、ゲームオーバーだ!

「ああうん、ゲームオーバーだな。じゃねえよどうなってんだマジで!?」
『て、敵の手に落ちちゃってる、ってことですか……!?』
「ということは既に敵地ど真ん中に放り込まれてしまったというわけだな。よもやこのような事態に巻き込まれているとは……」
「だから最近荒事が多かったんすね~、アヒヒ……♡」
「私は前々から胡散臭さは感じていたぞ。だがまさかここまで手遅れだとはな」
「だとすれば様々な点がようやく繋がるわけだ。くそっ、最悪の人生だ!」
「ワゥン」

 さすがのクセの強い俺たちも困惑した。
 まさかやって来た街そのものがここまでヤバイところだったとは誰も思わないだろう。

「よりにもよって今頃になって、お前たちのおかげでこうして決定的な証拠が幾つも出たわけだ」

 自警団の奴はそういって、仲間に何かを運ばせてきた。
 今朝の朝這いレイダーたちの忘れ物だ。
 使っていた武器に、ボディバッグ入りのご遺体に、ペン型の注入器。
 そのうち二つはクリューサのおかげで良くわかる。あの薬物か。

「その件についてなら良く知っているぞ。そちらのお客様はライヒランド謹製のお古いお薬を使っていたからな」

 我らが頼れるお医者様は机の上に置かれたそれを手のひらで持ち上げる。

「詳しいようだが、お前は医者かなんかか?」
「クリューサはすごい医者だぞ! 薬のことは何でも知っているからな!」
「……そこの色黒エルフの言う通りだ、すごいとまでは言わんがこういうのには詳しいものでな。そいつらがこれを使っていたとなれば、邪魔者を消したい誰かがいるということは間違いないだろう」

 疲れた男は「話が早くて助かる」と、今度は武器に手を付ける。

「こいつもだ。ライヒランドで普及している武器を、一体どうしてレイダーごときが使ってるって話だが」

 なぜかドヤ顔のクラウディアとそれを押し退けるクリューサの前に、今朝の自動小銃が置かれた。
 大き目のマガジンが差し込まれた自動火器だ。
 元の世界だと映画だとかゲームでも十分見知った形だ、確かなんていったか、エーケーだかヨンジュウナナだとか。

「なんかどっかで見たことあるぞ、確か……エーケーだったか?」

 俺はなんとなくそれを手に取ってみた。
 銃床は木製、ボルトとセーフティは銃の右側面、薬室を確かめるに308口径弾だ。

「AKだ。もっともこいつはアメリカ仕様の308口径弾モデルで原型からかけ離れたものだが、戦前の奴をそのまま生産してるんだろうな、とにかくあいつらが配ったことは間違いない」

 ならず者には上等すぎるそれに、ノルベルトが興味ありありな様子で手を伸ばす。
 オーガの手に比べるとかわいく見えるが、俺たち人間からすれば驚異の武器だ。

「武器と共に敵をこれだけ忍ばせるとはな。敵とやらも本気のようだ」

 まあ、ご本人は「かかってこい」な表情だが。

「既に奴さんの御一行様もこの街に潜んでるからな。よほどこの街を迅速にかつ無傷で手に入れたいのが良くわかるさ」

 一通り物的証拠を見せびらかすと、唯一まともそうな自警団の一人はこっちを見て。

「――さて、ストレンジャー。簡潔でいい、今まで何があったか話してくれないか? 手放しでお前のことを信用してやってもいいんだが、俺個人としてはそれに足る人間かどうか知りたいもんでな」

 はっきりとそう口にした。
 諦めに似た感情こそはあれど、まだ心は折れちゃいないって感じか。
 いいだろう、ストレンジャーたる話をしてやるさ。



 今まで踏みしめて来た旅路を話すと、残念なつながりが知らされた。
 目にしてその身で感じた出来事は何から何までライヒランドが絡んでいたからだ。

 それはなぜか。その説明の前に、この街が西のコミュニティを連絡を取っていたことを頭に入れておく。
 あの哨戒任務に出た日から起きたことは全て、街から街へと繋がっていた。
 サーチ、キッド、ガーデン、クリン、そういった道行く先で起こした俺たちの行動は奇しくも街同士をつなぐきっかけになったらしい。

 一番その色が強く出ているのがあのガーデンだったそうだ。
 ベーカー将軍やチャールトン少佐が動いてくれたようで、ライヒランドの装備を持った連中について周辺に協議を持ちかけた。
 しまいには調停役として、あるいは誰かさんの保護者として、ニルソンの連中までもが出て来たらしい。

 数々の襲撃の共通点は何か、誰がどんな目的を持っているのか、次は何をしようとしているのか。
 そんなことを話し合って浮かび上がるのが、まさにこのライヒランドだ。
 すべてに絡みすぎてしまっている。ミリティアと仲良しという点も疑われるに十分すぎた。

 やがて疑問同士をぶつけ合うパーティーはこう至る。
 何かしらの理由で尖兵をけしかけ、西側をかき乱し、スティングを孤立させようとしたのでは?

 どこの誰のせいでそこまで思い至ったかは分からないが、その路線は固まった。
 もともとライヒランドという組織そのものがこの世界に良からぬ印象を持たせていたのもあるだろう、全員の意思は一つとなった。
 こうして「もしかしたらあそこが怪しい」案件にまとまった数々は連携した。

 エンフォーサーも、ホームガードも、シドレンジャーズも、そしてプレッパーズも一つとなって、「世界を一つに」を謳う連中を警戒したわけだ。
 なんだったら有事の際には全員駆けつけるぐらいの話まで登って来たらしい。

 そして実にいいタイミングで「レイダーやミリティア相手に暴れ回ったやべーやつ」のうわさがここに届く。
 もしかしたら数々の街を救ったいい奴かもしれないし、数々のトラブルを運んできた問題児かもしれない。
 何より――街を欲しがる奴にとって不都合だ。蛇蝎のごとく嫌われてるかもな。



「改めてご挨拶だ、ようこそスティングへ。名はオレクス、自警団生活二年目のしがない団員だ」

 一通り話を交わしたところで改めて握手を求められた。今度は手袋なしだ。
 手のひらは銃をよく使ってる証拠を物語ってる。素人じゃないってことか。

「俺はイチ、もしくはストレンジャーだ。こっちの犬が相棒のニク」
『私はミセリコルデです』
「オーガのノルベルトだ、そちらも大変なようだな」
「うちはメイドのロアベアっす。この前お屋敷をクビになったっす」
「クラウディアだ。クリューサと一緒に旅をしてる」
「苦労の多い医者のクリューサだ。お前とは気が合いそうだな」

 一通りの挨拶が終わると、この場にいる数少ない団員とやらも少しは緊張がほぐれたみたいだ。
 オレクスはさっきより良くなった顔色でこっちを見て来た。

「この街はいまとてもヤバいんだ。聞いた話だとレイダーがホバースキーと武装したトレーラーで襲ってきて、それを誰かさんが皆殺しにしたそうだが」
「ああ、みんなで片づけといたぞ」
「あれも今回の件に深くかかわってる。誰かが奴らをすんなり通して、武器まで運ばせて、堂々と街中にいたからな。おそらく補給を断とうとしたんだろうが」
「そして俺様たちのせいで出鼻をくじかれたということだな、フハハ」
「そういうことだミューティ。はお前たちのせいで二度も失敗している。一度は食糧の件、二度は宿の襲撃、この調子で三度四度もあるだろうさ」

 自警団の男は俺とノルベルトを見比べて「お前らならどうにかなりそうだな」とでもいいたそうな目をしてきた。
 しかし、雰囲気はあんまりだ。
 希望を感じる空気じゃない。葬式真っ最中、それもここにいる全員がこれから棺桶にぶち込まれるようなムードだ。

「ちなみに俺たちは自警団の中で伊達と酔狂でやってる軽口が大好きな少数派なんだが、お前らの味方と思ってほしい。何せ市長に嫌われてるもんでな」
「その市長とやらがこの街を明け渡すつもり満々だったらしいな」
「ああ、不審な点がいっぱいあったもんだ。確かにあいつのおかげで街は潤っちゃいるが、段々と妙になってきた。最初はどのを威圧するなとか言ってきてな」

 まあ、それでもだいぶ打ち解けて来たのは確かだ。
 さっきまであった緊張のご対面と言った空気もない、絶望的な状況を知ってしまったけど僅かな希望はここにある。
 そう思って、窓からスティングの姿を見た――遠い向こう、道路で何か走ってる。

「もし『ママ』のことが心配なら気にするな。あそこはちゃんと納税してるからな、大事に扱ってるお得意さんだ」
「そりゃよかった、てことはあんたらは信頼してもいい連中だな」
「まあな、あそこには世話になったもんだよ。かくいう俺もガキの頃は本物の親みたいに扱ってもらったからな」

 そうか、こいつもママに世話になった類の人間なのか。
 少なくとも街で見た職務放棄型の団員よりは確実に信用できるな。
 懐かしげに笑う男を見てなんだか安心した――それにしても外がぶんぶんうるさい。

「――とにかくだ。まともなヤツはこれしか残ってないのさ、しかも俺たちの武器庫まで抑えられてるときた」
って……本当に他にいないのか?」
「そうだな、自警団は大体80人ほどの集団と思ってくれ。俺たちはその一割ほどだ」

 問題は、こいつが言うように確実に大丈夫だと分かるのが……たったの8人?
 球技すら出来なさそうなレベルの規模しかいないのか、そりゃここまで絶望するわな。
 つまり信用できるのは俺たち含めて20人にもおよばないってわけだ。

「あんたらが残り70人ほどを覆す少数精鋭だと願いたいな」
「残念だがそんじょそこらにいる一般自警団だ、だからあんたらが頼りだ」
「で、助け合うって具体的にどうすんだ? まさか俺たちで街にいる怪しい奴を全員ぶちのめして、攻め込んでくる奴を全軍追い払えとか言わないよな」

 いくらでも口は軽くできるが、目の前の事実が重いことは変わらないようだ。

「できるのならお願いしたがな、まずあの市長をどうにかするべきだと思ってる」

 オレクスはまだ諦めきれない姿勢のまま、俺と同じく窓に顔を向ける。
 ちょうど、道路の向こうで車が爆走してるのが見えてきた。

「なんでだ? まさか個人的に気に食わないからとか言わないよな」
「それも当然ある、これみよがしに派手な車乗り回すいけ好かない奴だからな。だが元はと言えばあいつがここまで招いたんだ、諸悪の根源さ」

 二人で窓の外を見てると、話しに上がったような派手な車が見えてきた。
 黒塗りでつやつやしていて、タイヤもマッシブでご立派な乗用車だ。
 誰かがそこで必死にハンドルを回していて、慌てて街の外へ逃げようとしてるようにも見える。

「……なあ、そのいけ好かない奴ってああいう車乗ってない?」
「ああ、そうだな。あんなウェイストランド向きじゃないやつだ。とにかく、とっ捕まえていろいろとお尋ねになりたいところなんだが――」

 まさかな、と思ったがオレクスは何事もないように――いやすぐに気を取り直して表情を変えた。

「いや待て、あいつだ! あれが市長だ! クソッ!!」

 なんてこった、噂をすればなんとやらの究極系が来やがった!
 話題の市長が逃げ出そうとしてやがった。自警団の男は慌てて立てかけていた短機関銃を掴んで駆け出す。

「おいおいおい逃げ出してるぞその市長とやら!?」
「ちっ、逃がすかッ! いいか、生け捕りにして事情聴取といこうか、まずはそこからスタートだ!」
「上等だ! お前ら行くぞ! スティング助けのお仕事だ!」

 黒塗りのお高い車はとうとう目の前を通り過ぎ始めた、死に物狂いな様子でふらふらと逃げている!
 逃がすか! 俺も三連散弾銃を抜いて――

*Zzbooooooooooom!*

 ……その瞬間に車が爆ぜた。
 爆炎と黒い煙、そして部品をまき散らしながらぎゃりぎゃりと道路を滑っていく。
 あんまりにもいきなりすぎる爆発に、俺たちは難しく顔を見合わせた。

「……諸悪の根源吹っ飛んでない?」
「…………諸君、聞いてくれ。たった今その必要がなくなった」

 長くも感じる沈黙の後、道路からころころと持ち主を失ったタイヤが転がってくるのが見えた。

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