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世紀末世界のストレンジャー
ストレンジャーはまた狙われる
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これ、本当に俺たちがやったんだろうか?
宿の前に次々と積み重ね上げられて生まれた死体の山を見て、そう思った。
「一体なんなんだ、この数は……」
その疑問を真っ先に代弁してくれたのがクリューサだった。
俺たちは休む暇も挟まず、宿にぶちまけられた"敵だったもの"を片付けていた。
すさまじい数だ。もしこれが本当に客だったらさぞ繁盛したことだろう。
「まさかここまでやってくるとはな。これだけ来られると俺様もさすがに予想外だ」
呆気に取られているとノルベルトが死体を放り投げてきた、また山が高くなったようだ。
また一段と積み重ねると、店の奥からメイド姿が首なし仲間を軽々と持ち運んできた。
見た目以上に力持ちだ。少なくとも俺よかパワフルだろう。
「でもあんまり大したことなかったっすねえ。この方たち連携もできてなくてバラバラだったっす。アヒヒー」
ロアベアがいい感じに死体を飾ったせいで、段々と店の前が悪趣味になってきた。
そこにビーンがお客様二人分を担いでのしのし歩いてきて。
「にかいのかたづけ、おわったよ」
手際よく丁重に重ねられて山がまた高くなった、
おかげで誰が見ても恐怖の対象にしか見えない死の山脈が生まれている。
現に騒ぎを聞きつけた住民たちがざわざわ鑑賞しに来てるぐらいだ。
弔う感じじゃない積み上げられ方に、朝から嫌なものを目の当たりにして顔色を悪くしているところだ。
「ごめんよママ、店滅茶苦茶にしちゃって」
俺は宿の中へ一言詫びた。
中は別の意味ですさまじい。お客様からの戦利品でいっぱいだ。
ママがダークエルフと一緒に、武器やらチップやらで高い高い山を積んでいて。
「まあ、いいのよ。その代わり分け前はもらえるね?」
「ママ、良かったな。店の修理費は十分にまかなえるぞ」
「それは安心したわ。じゃあクラウディア、申し訳ないんだけどあとで食材を買ってきてくれるかい?」
「任せろママ、食材調達は私の得意分野だぞ」
宿の経営よりもよっぽど上等な収入にご満悦のようだった。
逞しい人だ。この人が本当のママだったらさぞ俺もカッコよくなっただろうに。
「で、お前たちは何をやってるんだ?」
宿の外回りも片付いてきたところで、死体を調べていたクリューサが尋ねてきた。
「見りゃ分かるだろ、邪魔だからどかしてる」
何を、と言われても片づけてるとしか言えない。
一人一人ご丁重に弔うつもりなんて頭の片隅にもないし、とりあえず宿の邪魔になるからどかしてるだけだ
発案者はロアベアだ。ゴミを一か所にまとめておくのが掃除のコツとかいうのでその通りにした。
頭おかしい? 倫理的にアレだ? ふざけんなこちとら一睡もしてないんだぞクソレイダーども。
「一応聞こうか。この馬鹿どもの処理はどうするつもりだ」
「あそこで死体処分のやり方なんて教わったと思うか?」
「今朝の活躍ぶりからして死体を作る方法しか教わってないだろうな」
「そりゃそうだ。それともなんだ、お前がやってくれるのかクリューサ」
「誰がそんな面倒なことをするか馬鹿者、自分のやったことは自分で片をつけろ。まったく、お前のせいで眠れなかった上に面倒ごとに巻き込まれるとは」
眠そうにも眠れなくなった様子のクリューサはずっと死体の相手をしていた。
死体を調べては次へ、調べては――と、はたから見ればサボってるんじゃないかと思える挙動だ。
実際俺は「何サボってんだ」と思った部類で。
『あの、クリューサさん……? さっきから何をしてるんですか?』
死体の山に触れては考え込む医者へ、ミコが代わりに尋ねてくれたみたいだ。
物言う短剣の声に、白髪と不健康そうな顔の薄気味悪い組み合わせが返ってきて。
「触診みたいなものだ。こいつを見ろ」
死者との触診をしていたご本人は、中から腕をずずっと引っ張り上げた。
軽く閉じたままの手の形にさすがにミコも『ひっ!?』と怯えたが、本人の顔は怪訝なものだ。
こいつに何があるんだ? そう思ってじっくり見てみると。
「お前たちに分かりやすく説明する。人間は死後冷たくなるし、硬直するものだ。だがこれはどうだ?」
こっちに見せにきた手を握ってみせた。
ふにゃふにゃだ。まるでまだ生きてるみたいな自然な動きをしてる。
それだけじゃなく肌色だっていい、まだその手に力が籠ってるみたいに。
『……死後硬直が起きてない……?』
「その通りだ、ミコ。正確には遅れてるというべきだろうな。それに良く見てみろ、腕にひっかいたような跡があるな?」
言われるがままに手首から下の方へと目を向けると、血色の良い肌に引っ搔いたような跡がある。
皮膚をえぐるほどのものじゃない、痒いから強く掻いた程度のものだ。
ふと他の腕も調べてみると、どういうことだろう、確かに同じものがある。
「なんだこれ……他の奴にもあるぞ? どうなってんだクリューサ」
「強い発疹ができて搔きむしったんだろう。これは腕部に注射した薬物の影響で過敏症を発している証拠だ」
ミコと一緒に「なんだこれ」と眺めてると、本職の人間から何か知っているような答えがすぐ返ってきた。
本人は思い悩むような、呆れるようなどっちともつかない顔で。
『えっと……何か、薬物を使っていたってことでしょうか……?』
まさに「薬物を使っている」と言いかけるところにミコが挟まった。
「その通りだな。こいつらはある種の向精神薬を使ってる」
大当たりと言った様子だ。誰かの腕をぶらんと手放して、ぶっちゃけてくれた。
要するにおクスリをおキメになったお客様だったってことらしい。
それも一人二人だとかじゃなく、下手すりゃ全員がそうであるぐらいに。
「何か知ってるみたいだな、クリューサ」
「ああ、良く知っているからな。これは中枢神経を刺激する戦闘用ドラッグの副作用だ。筋肉への信号も強めて身体的パフォーマンスを向上させる効果もあるのだからこれは感覚と筋力を底上げして戦意も上げる複合型の――」
「ストップお医者さん、一言でまとめて」
「つまり強力な麻薬ということだ。それもこのあたりじゃ使われていない、東側の代物なんだが」
『麻薬……じゃあ、この人たちは……』
「そういうことだ、何人までがそうなのかは分からんがさぞキマってただろうな」
「……全員おクスリでお元気になって突っ込んできたってことかよ」
この肉の山と化したお客様どもはそんなものまでキメて襲い掛かってきたのか。
正常な判断が奪われたのか、結果として死体の山のパーツとなったわけだが。
「このお客様たちが中々お逃げにならなかったのも、たいそう興奮しておられたからかもしれないな。まあ運が良かったのか悪かったのか、ぎりぎり素面に戻ったようだが」
クリューサは一通り調べて満足したのか、死体から離れ始めた。
ついでに「早く処分しないとすぐ腐るぞ」と付け足して。
「これは戦前に生まれた試作品同然のドラッグだ。こんな古臭い薬を使うところは"ライヒランド"しかないわけだが――」
またあの単語が耳に突っ込んできた、ライヒランドだ。
まずいぞ、どんどん何かが組み立てられてきた。
最初はあの人食いカルトどもから、次はベーカー将軍の口から、しまいにはこの街で聞いて、とうとうクリューサからだ。
「お前はライヒランドは知っているか?」
「さんざん耳にしてきた名前だな。確か南東にあるデカい組織かなんかだったか?」
「それもお前とは仲良くできない部類のな。今時良質なたんぱく質の補給法が共食いしかないようなところだ」
『また人肉だよ……もうやだ……』
「先生のその言い方だと栄養学的にも好ましくなさそうだな」
「それもだが、俺にも何かと因縁がある憎たらしい連中でな」
「で、そのライヒランドとやらは実はここに来るまで何度も絡んできたんだ」
「何度も? 何があった?」
「アルテリーの奴がそことお友達だったらしい。ガーデンにも絡んでた」
『あ、シド将軍さんも言ってたよね? 近頃動きが活発になってるから気をつけろって……』
「そういえばそうだったな。んで、ここに来たらいきなりライヒランドが攻め込むっていう噂が飛んできた」
もうここまで来たら偶然だとかそういうのじゃないだろう。
何かが始まろうとしていて、しかもタイミング悪く巻き込まれてるわけか。
ミコと一緒に今までのことを伝えると、相手は一際気難しそうにして。
「……つまりあいつらが本当に攻め込んでくる可能性が、五分五分から十分になったわけだ」
……というか、あきらめたようにため息をついた。
ついでにその中には「お前は厄介ごとを持ち込んだな」という視線すらある。
「あー、おい、俺がなんかしたような顔してるけど、ここは「俺なんかしました?」とでも言えばいいのか?」
「おそらくだが「なんかしました」だろうな」
『クリューサさん、それってどういうことですか……?』
クリューサは死体から離れて宿に近づいた。
それから指でくいくいしてきた、そこについていくと。
「まず、俺はこの前来たばかりなんだが、自警団の連中がおかしい。やつらが機能してないどころか、レイダーとしか見えない好ましくない連中が普通にいるからな」
玄関の前で立ち止まり、道路の方にゆっくり目を向けた。
真似しろとばかりの動きに合わせて見てみると……なるほどな。
そこには死体の山を見てドン引きする衆人の塊がいる、しかし。
「好ましくないっていうのは――あそこにいるああいうのか?」
ノルベルトが言ってた「もやもやする」やつが確かに混じってる。
一目でわかるガラの悪い連中が堂々といるものそうだが、もっと怪しい姿すらある。
ありきたりな住民の姿を装って明らかにこそこそしている不自然な奴らもいた。
俺たちの視線に気づいたんだろうか、こっちの様子を確かめるとそそくさ逃げた。
「まさに、な。最近は妙なことが起きてる。どこからか武器が運び込まれてきたり、街の有力者が襲われたりといった具合にな。なのに誰も止められず成すがままの有様だ」
「……そこに追加だ、ここに来るまでブラックガンズの作物を届けに来てたんだけど、ライヒランドがどうこう言ってたぞ」
「決まりだな。もうじきやつらがここに攻めてくるわけだ」
とんでもないことを告げられてしまった、つまりこの街が攻め込まれるだって?
肩の短剣と思わず顔を確かめてから、俺はもう一度道路の有象無象を見た。
さっきまでの怪しい連中はもういない、代わりに自警団の面々がこっちに注意を向けているところで。
「どうしてそういいきれるんだ?」
「既に何日も前から工作が行われてるとしか見えないからな。街では邪魔者が消されて自警団がサボタージュを受けて機能不全、そして――」
クリューサが俺に人差し指を向けて、いざ結論を述べようとした直後。
「イチ! 見ろこれを! 面白いものを見つけたぞ!」
宿で戦利品集めをしていたクラウディアが腕をぶんぶんしながらやって来た。
しかも俺をご指名だ。見れば細い手にぺらっぺらの一枚をつまんでいて。
「どうした? このタイミングで名指しってことはロクでもない知らせか?」
「まあこれを見るんだ、すごいぞ!」
無邪気なダークエルフに「まあ見るだけなら」と気持ちを軽くして、それを受け取ってみた。
どれどれ、内容はこうだ。
【ウェイストランドの自由を脅かす善人気取りのストレンジャー! こいつを殺害、および生け捕り、体の部位のどこかを持ち帰ったものは20000チップ!】
という感じで、ジャンプスーツを着た悪人顔の男がこっちをにらんでいる
「どうやらお前に懸賞金がかけられてるみたいだぞ。すごい金額だな!」
なるほどなるほど、つまり俺は指名手配されてるわけだ。
……ふっっっざけんな!!!! 何考えてんだこれ書いたバカは!?
『……ねえ、待って? いちクン、これ……』
「……クリューサ、さっきの話の続きはたぶんこれだな?」
思わず破り捨てようとしたそれを突き出すと、やっぱり「その通りだ」と頷かれる。
「悪人様御用達の指名手配書だな。つまりお前は善人で、良からぬ奴らから多額の賞金をかけられてるわけだ」
「ふざけんなよ!? つまりなんだ、俺はレイダーに金目当てで襲われたっていいたいのか!?」
「20000チップという破格のそれもあるだろうが、おそらく襲撃しに来た奴らは誰かしらの命令で見せしめによこされたんだろうな。すなわち今朝の攻撃は全部お前が招いたことになる」
「誰かって誰だよ!? 誰だ俺をこんなに買ってくれるバカは!?」
「この街に攻め込むにおいてお前が邪魔な奴だろうな。イチ、お前は恐らく派手に暴れすぎたんだろう」
最悪だ、もしクリューサの言う戯言が全てマジならかなりまずいことだぞ、これは。
つまり侵略が始まろうとしていて、その準備が行われていて、邪魔なストレンジャーを排除したいやつがいるってか。
この際今までしたことは認めるが、また大勢に命を狙われるハメになってるわけだ。
『い、イチ君……? どうするの、これ……?』
ミコから切羽詰まった問いかけが送られた。
ところが、その返答をいざ始める前に――向こう側にいた一団が動き出した。
ウェイストランドに向けた色の軍服を着た自警団の連中だ。
こちらの様子を伺って、実にいいタイミングを狙ったようにぞろぞろやってきて。
「……そこのお前、あのストレンジャーだな?」
隊列の中から短機関銃を持った男が飛び出てくる。
表情は硬いが緊張が混じっていて、むしろ「地獄に仏」みたいな安心を求めるものすら感じた。
つまり、それだけ助け舟を探してるってことだ。
「ちょうどストレンジャーだ、この様子だとお互い困ったって感じだな」
俺は貰ったばかりの紙をちらちらさせた。
相手はそれを一目見るなり、周囲を気にしつつ静かにため息をついて。
「なら話は早い。困った者同士助け合わないか? 俺たちはこの街の自警団だ、お互いのため、スティングの明日のため、ぜひ同行願おうか」
革手袋に覆われた手で握手を求めて来た。
困った者同士応じた。どうやら今日からとんでもないことになりそうだ。
◇
宿の前に次々と積み重ね上げられて生まれた死体の山を見て、そう思った。
「一体なんなんだ、この数は……」
その疑問を真っ先に代弁してくれたのがクリューサだった。
俺たちは休む暇も挟まず、宿にぶちまけられた"敵だったもの"を片付けていた。
すさまじい数だ。もしこれが本当に客だったらさぞ繁盛したことだろう。
「まさかここまでやってくるとはな。これだけ来られると俺様もさすがに予想外だ」
呆気に取られているとノルベルトが死体を放り投げてきた、また山が高くなったようだ。
また一段と積み重ねると、店の奥からメイド姿が首なし仲間を軽々と持ち運んできた。
見た目以上に力持ちだ。少なくとも俺よかパワフルだろう。
「でもあんまり大したことなかったっすねえ。この方たち連携もできてなくてバラバラだったっす。アヒヒー」
ロアベアがいい感じに死体を飾ったせいで、段々と店の前が悪趣味になってきた。
そこにビーンがお客様二人分を担いでのしのし歩いてきて。
「にかいのかたづけ、おわったよ」
手際よく丁重に重ねられて山がまた高くなった、
おかげで誰が見ても恐怖の対象にしか見えない死の山脈が生まれている。
現に騒ぎを聞きつけた住民たちがざわざわ鑑賞しに来てるぐらいだ。
弔う感じじゃない積み上げられ方に、朝から嫌なものを目の当たりにして顔色を悪くしているところだ。
「ごめんよママ、店滅茶苦茶にしちゃって」
俺は宿の中へ一言詫びた。
中は別の意味ですさまじい。お客様からの戦利品でいっぱいだ。
ママがダークエルフと一緒に、武器やらチップやらで高い高い山を積んでいて。
「まあ、いいのよ。その代わり分け前はもらえるね?」
「ママ、良かったな。店の修理費は十分にまかなえるぞ」
「それは安心したわ。じゃあクラウディア、申し訳ないんだけどあとで食材を買ってきてくれるかい?」
「任せろママ、食材調達は私の得意分野だぞ」
宿の経営よりもよっぽど上等な収入にご満悦のようだった。
逞しい人だ。この人が本当のママだったらさぞ俺もカッコよくなっただろうに。
「で、お前たちは何をやってるんだ?」
宿の外回りも片付いてきたところで、死体を調べていたクリューサが尋ねてきた。
「見りゃ分かるだろ、邪魔だからどかしてる」
何を、と言われても片づけてるとしか言えない。
一人一人ご丁重に弔うつもりなんて頭の片隅にもないし、とりあえず宿の邪魔になるからどかしてるだけだ
発案者はロアベアだ。ゴミを一か所にまとめておくのが掃除のコツとかいうのでその通りにした。
頭おかしい? 倫理的にアレだ? ふざけんなこちとら一睡もしてないんだぞクソレイダーども。
「一応聞こうか。この馬鹿どもの処理はどうするつもりだ」
「あそこで死体処分のやり方なんて教わったと思うか?」
「今朝の活躍ぶりからして死体を作る方法しか教わってないだろうな」
「そりゃそうだ。それともなんだ、お前がやってくれるのかクリューサ」
「誰がそんな面倒なことをするか馬鹿者、自分のやったことは自分で片をつけろ。まったく、お前のせいで眠れなかった上に面倒ごとに巻き込まれるとは」
眠そうにも眠れなくなった様子のクリューサはずっと死体の相手をしていた。
死体を調べては次へ、調べては――と、はたから見ればサボってるんじゃないかと思える挙動だ。
実際俺は「何サボってんだ」と思った部類で。
『あの、クリューサさん……? さっきから何をしてるんですか?』
死体の山に触れては考え込む医者へ、ミコが代わりに尋ねてくれたみたいだ。
物言う短剣の声に、白髪と不健康そうな顔の薄気味悪い組み合わせが返ってきて。
「触診みたいなものだ。こいつを見ろ」
死者との触診をしていたご本人は、中から腕をずずっと引っ張り上げた。
軽く閉じたままの手の形にさすがにミコも『ひっ!?』と怯えたが、本人の顔は怪訝なものだ。
こいつに何があるんだ? そう思ってじっくり見てみると。
「お前たちに分かりやすく説明する。人間は死後冷たくなるし、硬直するものだ。だがこれはどうだ?」
こっちに見せにきた手を握ってみせた。
ふにゃふにゃだ。まるでまだ生きてるみたいな自然な動きをしてる。
それだけじゃなく肌色だっていい、まだその手に力が籠ってるみたいに。
『……死後硬直が起きてない……?』
「その通りだ、ミコ。正確には遅れてるというべきだろうな。それに良く見てみろ、腕にひっかいたような跡があるな?」
言われるがままに手首から下の方へと目を向けると、血色の良い肌に引っ搔いたような跡がある。
皮膚をえぐるほどのものじゃない、痒いから強く掻いた程度のものだ。
ふと他の腕も調べてみると、どういうことだろう、確かに同じものがある。
「なんだこれ……他の奴にもあるぞ? どうなってんだクリューサ」
「強い発疹ができて搔きむしったんだろう。これは腕部に注射した薬物の影響で過敏症を発している証拠だ」
ミコと一緒に「なんだこれ」と眺めてると、本職の人間から何か知っているような答えがすぐ返ってきた。
本人は思い悩むような、呆れるようなどっちともつかない顔で。
『えっと……何か、薬物を使っていたってことでしょうか……?』
まさに「薬物を使っている」と言いかけるところにミコが挟まった。
「その通りだな。こいつらはある種の向精神薬を使ってる」
大当たりと言った様子だ。誰かの腕をぶらんと手放して、ぶっちゃけてくれた。
要するにおクスリをおキメになったお客様だったってことらしい。
それも一人二人だとかじゃなく、下手すりゃ全員がそうであるぐらいに。
「何か知ってるみたいだな、クリューサ」
「ああ、良く知っているからな。これは中枢神経を刺激する戦闘用ドラッグの副作用だ。筋肉への信号も強めて身体的パフォーマンスを向上させる効果もあるのだからこれは感覚と筋力を底上げして戦意も上げる複合型の――」
「ストップお医者さん、一言でまとめて」
「つまり強力な麻薬ということだ。それもこのあたりじゃ使われていない、東側の代物なんだが」
『麻薬……じゃあ、この人たちは……』
「そういうことだ、何人までがそうなのかは分からんがさぞキマってただろうな」
「……全員おクスリでお元気になって突っ込んできたってことかよ」
この肉の山と化したお客様どもはそんなものまでキメて襲い掛かってきたのか。
正常な判断が奪われたのか、結果として死体の山のパーツとなったわけだが。
「このお客様たちが中々お逃げにならなかったのも、たいそう興奮しておられたからかもしれないな。まあ運が良かったのか悪かったのか、ぎりぎり素面に戻ったようだが」
クリューサは一通り調べて満足したのか、死体から離れ始めた。
ついでに「早く処分しないとすぐ腐るぞ」と付け足して。
「これは戦前に生まれた試作品同然のドラッグだ。こんな古臭い薬を使うところは"ライヒランド"しかないわけだが――」
またあの単語が耳に突っ込んできた、ライヒランドだ。
まずいぞ、どんどん何かが組み立てられてきた。
最初はあの人食いカルトどもから、次はベーカー将軍の口から、しまいにはこの街で聞いて、とうとうクリューサからだ。
「お前はライヒランドは知っているか?」
「さんざん耳にしてきた名前だな。確か南東にあるデカい組織かなんかだったか?」
「それもお前とは仲良くできない部類のな。今時良質なたんぱく質の補給法が共食いしかないようなところだ」
『また人肉だよ……もうやだ……』
「先生のその言い方だと栄養学的にも好ましくなさそうだな」
「それもだが、俺にも何かと因縁がある憎たらしい連中でな」
「で、そのライヒランドとやらは実はここに来るまで何度も絡んできたんだ」
「何度も? 何があった?」
「アルテリーの奴がそことお友達だったらしい。ガーデンにも絡んでた」
『あ、シド将軍さんも言ってたよね? 近頃動きが活発になってるから気をつけろって……』
「そういえばそうだったな。んで、ここに来たらいきなりライヒランドが攻め込むっていう噂が飛んできた」
もうここまで来たら偶然だとかそういうのじゃないだろう。
何かが始まろうとしていて、しかもタイミング悪く巻き込まれてるわけか。
ミコと一緒に今までのことを伝えると、相手は一際気難しそうにして。
「……つまりあいつらが本当に攻め込んでくる可能性が、五分五分から十分になったわけだ」
……というか、あきらめたようにため息をついた。
ついでにその中には「お前は厄介ごとを持ち込んだな」という視線すらある。
「あー、おい、俺がなんかしたような顔してるけど、ここは「俺なんかしました?」とでも言えばいいのか?」
「おそらくだが「なんかしました」だろうな」
『クリューサさん、それってどういうことですか……?』
クリューサは死体から離れて宿に近づいた。
それから指でくいくいしてきた、そこについていくと。
「まず、俺はこの前来たばかりなんだが、自警団の連中がおかしい。やつらが機能してないどころか、レイダーとしか見えない好ましくない連中が普通にいるからな」
玄関の前で立ち止まり、道路の方にゆっくり目を向けた。
真似しろとばかりの動きに合わせて見てみると……なるほどな。
そこには死体の山を見てドン引きする衆人の塊がいる、しかし。
「好ましくないっていうのは――あそこにいるああいうのか?」
ノルベルトが言ってた「もやもやする」やつが確かに混じってる。
一目でわかるガラの悪い連中が堂々といるものそうだが、もっと怪しい姿すらある。
ありきたりな住民の姿を装って明らかにこそこそしている不自然な奴らもいた。
俺たちの視線に気づいたんだろうか、こっちの様子を確かめるとそそくさ逃げた。
「まさに、な。最近は妙なことが起きてる。どこからか武器が運び込まれてきたり、街の有力者が襲われたりといった具合にな。なのに誰も止められず成すがままの有様だ」
「……そこに追加だ、ここに来るまでブラックガンズの作物を届けに来てたんだけど、ライヒランドがどうこう言ってたぞ」
「決まりだな。もうじきやつらがここに攻めてくるわけだ」
とんでもないことを告げられてしまった、つまりこの街が攻め込まれるだって?
肩の短剣と思わず顔を確かめてから、俺はもう一度道路の有象無象を見た。
さっきまでの怪しい連中はもういない、代わりに自警団の面々がこっちに注意を向けているところで。
「どうしてそういいきれるんだ?」
「既に何日も前から工作が行われてるとしか見えないからな。街では邪魔者が消されて自警団がサボタージュを受けて機能不全、そして――」
クリューサが俺に人差し指を向けて、いざ結論を述べようとした直後。
「イチ! 見ろこれを! 面白いものを見つけたぞ!」
宿で戦利品集めをしていたクラウディアが腕をぶんぶんしながらやって来た。
しかも俺をご指名だ。見れば細い手にぺらっぺらの一枚をつまんでいて。
「どうした? このタイミングで名指しってことはロクでもない知らせか?」
「まあこれを見るんだ、すごいぞ!」
無邪気なダークエルフに「まあ見るだけなら」と気持ちを軽くして、それを受け取ってみた。
どれどれ、内容はこうだ。
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という感じで、ジャンプスーツを着た悪人顔の男がこっちをにらんでいる
「どうやらお前に懸賞金がかけられてるみたいだぞ。すごい金額だな!」
なるほどなるほど、つまり俺は指名手配されてるわけだ。
……ふっっっざけんな!!!! 何考えてんだこれ書いたバカは!?
『……ねえ、待って? いちクン、これ……』
「……クリューサ、さっきの話の続きはたぶんこれだな?」
思わず破り捨てようとしたそれを突き出すと、やっぱり「その通りだ」と頷かれる。
「悪人様御用達の指名手配書だな。つまりお前は善人で、良からぬ奴らから多額の賞金をかけられてるわけだ」
「ふざけんなよ!? つまりなんだ、俺はレイダーに金目当てで襲われたっていいたいのか!?」
「20000チップという破格のそれもあるだろうが、おそらく襲撃しに来た奴らは誰かしらの命令で見せしめによこされたんだろうな。すなわち今朝の攻撃は全部お前が招いたことになる」
「誰かって誰だよ!? 誰だ俺をこんなに買ってくれるバカは!?」
「この街に攻め込むにおいてお前が邪魔な奴だろうな。イチ、お前は恐らく派手に暴れすぎたんだろう」
最悪だ、もしクリューサの言う戯言が全てマジならかなりまずいことだぞ、これは。
つまり侵略が始まろうとしていて、その準備が行われていて、邪魔なストレンジャーを排除したいやつがいるってか。
この際今までしたことは認めるが、また大勢に命を狙われるハメになってるわけだ。
『い、イチ君……? どうするの、これ……?』
ミコから切羽詰まった問いかけが送られた。
ところが、その返答をいざ始める前に――向こう側にいた一団が動き出した。
ウェイストランドに向けた色の軍服を着た自警団の連中だ。
こちらの様子を伺って、実にいいタイミングを狙ったようにぞろぞろやってきて。
「……そこのお前、あのストレンジャーだな?」
隊列の中から短機関銃を持った男が飛び出てくる。
表情は硬いが緊張が混じっていて、むしろ「地獄に仏」みたいな安心を求めるものすら感じた。
つまり、それだけ助け舟を探してるってことだ。
「ちょうどストレンジャーだ、この様子だとお互い困ったって感じだな」
俺は貰ったばかりの紙をちらちらさせた。
相手はそれを一目見るなり、周囲を気にしつつ静かにため息をついて。
「なら話は早い。困った者同士助け合わないか? 俺たちはこの街の自警団だ、お互いのため、スティングの明日のため、ぜひ同行願おうか」
革手袋に覆われた手で握手を求めて来た。
困った者同士応じた。どうやら今日からとんでもないことになりそうだ。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
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