魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

クビだ、メイド

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「いやぁ、助かりましたっす。もしかしたらあのまま芸術品として一生を終えるとこだったっす、あひひひ……♪」
「女性の生首展示するとかマジでいかれてるなあのジジイ、ちょっと戻って返金してもらうように働きかけてこようか? 物理的に」
「まあまあそういわずにー。あのおじいちゃんだって食べてくのに必死だったんすから今回は見逃してあげてくださいっス」
「あれは騙された我々が悪いのだ、よって今回はあの老人の勝ちとしよう。あのチップはくれてやろうではないか」
『……でも、女の子の頭を閉じ込めるなんてさすがにひどいと思うよ……』
「んもーしょうがないなぁ……いいよ。でも次だましたらぶちのめす」
『いちクン、少し穏やかになろう……?』

 無事にメイドさんを完成させた俺たちは屋敷へ戻っていた。
 完成品はなんというか、確かにかわいいがふしぶしにおかしさを感じるメイドだった。
 背はけっこうあるし、身体だってサンディほどじゃないがいろいろ豊かだ。
 けれども目はヤク中みたいに渦巻いて、にやつきが止まらない顔をしてる。人懐っこさはあるもののどことなく近寄りがたいというか……。

「あ、そういえば――」

 その道すがら、首ありメイドはふらっと振り返る。
 にやぁっとしていた顔が解けて、「お前そんな表情できたのか」といいたくなるように目を細めて笑んで。

「申し遅れましたっす。うちはデュラハンメイドのロアベアさんっすよ、いまはガレット様のお屋敷で働かせてもらってるっす」

 彼女――もといロアベアはスカートの裾を持ち上げて、足を引いて膝を曲げて、きれいにお辞儀をした。
 すげえ、メイドっぽい挨拶だ。口調や見てくれはともかく、丁重なご挨拶はそれなりに様になってる。
 しかし一瞬の儚い夢だったみたいだ、ただちにビジネスメイドから不審者スマイルに戻ってしまい。

「で、あんたら誰っすか? それにこの声、聞き覚えあるっすねえ」

 ぐるぐるした目で俺たちの姿を物色してくる。肩に着けた短剣にもしっかりと視線を配らせてるあたり、分かってるみたいだ。

『あの……っ! わたし、ミセリコルデっていうんですけど……!』

 そんな首ありメイドのロアベアに最初に答えたのはミコだった。
 その名前と声を耳にした彼女は、自分の首を掴んで持ち上げて「ん-?」とかしげてみせた。そこまでせんでも。
 そしてすぐに気づいたみたいだ、宙に浮いた顔がはっとした様子で、

「あっ知ってるっす! ミセリコルディアっていう有名なクランのマスターで、ふとももが太くてもちもちで紐パンはいてる精霊さんっす!」

 答えて……くれたけど……なんてひどい覚え方してやがる。

『まっ待って!? なんでわたしの下着の――じゃなくて!! わたし太ももの精霊なんかじゃなくて短剣の精霊だからね!?』
「え~……でも周りのヒロインからは太ももがえっちだとか定評があったんすよ。ミセリコルディアをいやらしく彩ってる感じがしたっす」

 リム様といいこいつといい、どうして誰もミコのこと太ももの化身みたいに扱うんだろう。
 そんなに太いんだろうか、なんて思ってたものの。

『太くないもん……』

 ついに短剣からいじけたような声がしてしまった――被害甚大だこれ。

「おい、ミコが落ち込んでるぞ! うちのヒーラーに何てこと言いやがる! 謝れッ!」
「えー、褒めたつもりなのに~」
『……太くないもん』
「侍女ロアベアよ、人の持つ個性をそのように当てはめるのは良からぬことだぞ。大事なのは殻などではなくその中身なのだからな」
「お~……なんすかこのでっかいお兄ちゃん」
『ノルベルト君、それフォローしてるのかな……?』

 好奇心旺盛で人懐っこいメイドはごらんのとおり場をかき乱している。
 このままだと話どころか本体すらどこか遠いところに行ってしまいそうなので、このバ……ロアベアを落ち着かせよう。

「まあ分かった、ミコのことを知ってるんだな?」
「そりゃもう知ってるっすよ~? 有名なクランなんすからね、みんな濃いキャラだからよーく覚えてるっす」
『こ、濃いキャラ……?』
「スレンダーでエロいのがエルさんで、トカゲのしっぽがセクシーなのがフランさん、胸を犠牲にお尻がデカくなったのがセアリさんっすよね?」
『ねえ待って!? わたしたちってみんなにどう認識されてるの!?』
「人のことどこで覚えてるんだこの無礼メイド」
「このちょっとマゾで受けっぽいお兄さんはプレイヤーっすか?」
「次ふざけたことぬかしたらさっきの博物館に全身寄贈してやるぞ」
「そんな~」

 こんなクソメイド雇うなんて、雇用主は相当にアレな人間だと思う。
 とにかく、屋敷に送り届けつつも自己紹介することにした。

「俺はプレイヤーだ。名前はイチ、この犬は相棒のニク、後ろのでっかいのはオーガ十五歳だ」
「俺様はオーガのノルベルトだぞ、二人と共に旅をしているところだ」
「お~でっかい。プレイヤーでもヒロインじゃなさそうっすね、このおっきいの」
「プレイヤー? ヒロイン? この侍女はなにをいってるのだ?」
「同郷のみぞ知る合言葉だ、気にするな」

 こいつの言動や風貌はもう置いておくとして、まさかミコ以外のヒロインがこの世界にいたなんて。
 ということはだ、もしかしたら三人六人十二人とこの世界にヒロインが連れてこられてしまった可能性もあるわけだ。
 あんまり良いニュースじゃないだろうな、今のところは。

「いや~、プレイヤーさんにヒロインっすか。まさかこんなところでお会いできるなんて、うちびっくりっす。あひひひ……♪」

 それにすごくやかましい。物理的にも視覚的にも。
 もしかして剣と魔法の世界はこんなのばっかなんだろうかと考えると、余計に心配事が増えてくる。

『えっと、ロアベアさん? わたしたち、この世界に迷い込んじゃったみたいで……MGOの世界に帰ろうとしてるんだけど……』

 そんな転移犠牲者二号にミコが切り込んでくれたみたいだ。
 でも「帰る手段がある」と聞いたメイドは驚いた様子とかもなく、他人事みたいににやっとしており。

「じゃあこれが異世界転移ってやつだったんすねえ、うちはこっちの世界の方が刺激的で過ごしやすいんすけど~」
『し、刺激的って……帰れるんだよ……?』
「ちなみにどうやって帰るんすか?」
「北のデイビッド・ダムっていうところに行けば帰れるらしいんだ。詳しいことは分からないけどな、それっぽいやつがそういってたから間違いはなさそうだ」
『それであっちの世界に帰るために、みんなで旅をしてるんだけど……』
「俺様もこの世界に誘われたのだが、こうして故郷のフランメリアに帰ろうとしているところでな。ロアベアよ、お前もついてこないか?」

 みんなで「帰れるんだぞ」と一言加えたが、ロアベアは「ん~」と悩ましそうに考え込んでしまった。
 この反応はまったくの予想外だ。帰りたくなさそうにしている。
 まさかどこぞのオークみたいにこの世界に残るとか言わないよなとか思ったが。

「どうした? まさか帰りたくないとか言っちゃうパターン?」

 念のため尋ねるが、ご本人は腕を組んでへらっとしていた顔を難しそうにしたままだ。
 思わずミコに目を向けて「どうする?」と見合わせたものの。

「うち、まだガレット様から今月の分のお給料いただいてないっす。しかも給料日当分先なんすよね……」

 ロアベアの口から出たのはよりにもよって給料の心配だった。
 そうかお給料大事だからな、そのままメイドの努め果たしてろ――という訳にもいかない。

「……よし選べ、こっちでメイドとして全うするか元の世界に帰るか、どっちかだ」
「このままだとエナジードリンク買うお小遣いがなくなっちゃうんすけど、どうにかしてほしいっす……」
『……それは自分でどうにかしてください……』
「むーん、しかしせっかく帰れる機会が巡ってきたのだぞ? 給金のことなど気にしている場合ではないだろう?」
「ただ働きはいやっす!!」
「そもそもお前、雇い主の悩みの種になってるんだぞ。帰ったら職務怠慢で本当にクビかもな」
「じゃあイチ様が雇ってほしいっす! エナジードリンク手当も付けてくれればなんでもするっすよ? いひひ……♡」
「嫌だよこんなんチェンジで」
「そんなー」
『だからなんてこというのいちクン!?』

 あっちの世界がこんなのであふれてないことを願おう。
 そう思いながら、騒がしいメイドを屋敷へと連れて行った。
 当然、道中で「今まで何があったか」をお互いに語り合いながらだが。



 俺たちが聞いた話はこうだった。

 数か月前のある晴れた日のこと、街に住んでおられる魔女様のもと働かせてもらったメイドさんがいましたとさ。
 彼女は時々職務怠慢を挟みながらも、メイドらしい労働はもちろん荒事の対処まで勤めておりました。
 しかし雇い主である魔女様はこう声をかけます。
『ロアベアよ、どうせ役に立たないのなら他の仕事をしろ。魔術の触媒に使う薬草でも拾ってこい』
 と、職務態度に表情筋をびきびきさせながらのご命令でした。
 命令を受けた一人のメイドはふらふらと森へ洞窟へ足を運びますが、お昼ご飯を食べているとあら不思議。
 気づけば見知らぬ荒野が広がり、晴れて自由の身となりましたとさ。
 ウェイストランドにやってきた彼女は自由闊達じゆうかったつに世紀末世界を楽しくわたり、やがてスティングの有力者に雇われ順風満帆じゅんぷうまんぱんに過ご――せませんでした。
 エナジードリンク代を増やそうとカジノにいったところ、荒っぽい連中の起こす騒動に巻き込まれて首を落としてしまいました。
 しかも数々のサボりも発覚してしまいました、もしかしたら職の方もクビかもしれません、めでたくない。

「いやあ、サボったバチがあたったんすかねえ? イヒヒ……♪」
「なあミコ、お前らヒロインってこういうの多いの? 違うと言ってくれ頼む」
『さすがに違うよ』
「侍女ロアベアよ、職務は忠実に全うするべきだぞ。仕える主人の信頼を損ねるのは俺様どうかと思うのだが……」

 数か月前に巻き込まれたけど程よく楽しんでいること、この駄目なメイドは本当に駄目だったということが分かった。
 俺の気持ちが分かるだろうか? 二人目のヒロインに会えたと思ったら、元が人工知能とは思えない問題児だったこの心境を。
 みんなの反応もなんだかこう、全体的に呆れてる。ミコは声がガチだし、ノルベルトは諌めてるぐらいだ。

「でもでも~、うちって結構すごいんすよ?」
「首が取れる以外にか?」
「そうっす。だからガレット様も雇ってくれたわけで~……」

 肝心のデュラハンメイドはのんきにニクの尻尾を追いかけてた、「クゥン」とすごく困ってる。
 こいつの何がすごいかはともかく、一応は平穏に過ごしていたのは安心した。一応は。

『……ロアベアさん? 良かったらだけど、私たちと一緒に帰ろう? MGOの世界はわたしたちの帰るべき場所なんだし……それに、友達とかも心配してると思うよ?』

 屋敷が近づいてくると、とうとうミコがそう口にした。
 気遣うようなおっとりとした声は、さすがのロアベアも判断を迷わせたみたいだ。
 やっぱり給料が気になるのか、最初は「ぐぬぬ」と名残があったが。

「分かったっす、前の職場の先輩とかに心配かけてるかもしれないっすから。でもうちのお給料だけは、お給料だけは……!」

 ……ものすごく釈然としない点が今まさにあるが、まあ承諾したらしい。
 旅の仲間が増えるわけだ、こんなやべーメイドがな!

『お給料のことはもうあきらめよう……!?』
「ちぇー。ていうか、あれからメールもメッセージも送れなくて全然連絡がつかないんすよね……」
『あ、そっちも送れなかったの?』
「ミコ様もうちと同じなんすか?」
『うん、っていってもいちクンに頼んでやってもらったんだけど……』

 まあ、でも、ヒロイン同士ミコのいい話し相手にはなってくれそうだ。
 ともあれ、そうこうしてるうちに何事もなく屋敷にたどり着いた。
 例の給水所が見えてくると、さっきの男が待ちわびてたようにこっちに目を配り。

「ガレットさん、噂をすればなんとやらの形になりましたが……」

 呆れが隠しきれてない視線をこっちに送ってきた、特にメイドの方へ。
 給水所にはもう一人知らない顔が立っており、そいつはいかにもな姿と態度で俺たちの帰りを待ちわびてたところだった。

「――ロアベア! お前というやつは!」

 元首無しメイドが戻ってくると、そいつは考えてた通りに怒鳴ってしまう。
 「どんなやつなのか」が一目で分かる姿だ。綺麗なスーツとネクタイでびしっと着飾った、黒髪オールバックの男だった。
 顔の造形は穏やかそうで、しかし神経質な気もある難しい顔をしてる。これこそが『ガレット』っていう奴だろう。
 もっとも、このご様子からして「お前を追放する」パターンのようだが。

「ただいま戻りましたっす、ガレット様。無事に見つかったっす、うちの首」
「見つかったっす、ではなくてだな。ちょうどいまお前のその天性の才能に死ぬほど呆れてたところだ。サボり魔としてのな!」

 ……説教が始まってしまった。
 給水所の男に「どうしたらいい?」と顔を向けるも、「お手上げだ」と表情も仕草も返された。

「雇っていざ蓋を開けてみれば仕事はサボる、つまみ食いはする、夜な夜な勝手に街へ出ていく、挙句の果てに紛失した生首をなんの断りもなく探しにいってただって? まったくもって最悪のメイドだ、この役立たず」

 ものすごくまくし立ててるが、全て事実ならかなりの問題児だぞこれ。
 いや、嘘なんていってないんだろう、このおっさんはよほどストレスが溜まってたのか顔にもう限界が来てる。

「でもでも~、うちのこと腕が立つからって雇ってくれたじゃないっすか」
「確かにお前の腕は誰よりも認めるつもりだが、それにしたってメイドの本分すらわきまえられないような奴を側に置くつもりはないぞ。悪いがお前に給金を払うわけにはいかんな。クビだ、メイド」
「そんな~」
「さっさと荷物を片付けて出ていけ、これでお前は名実共にクビだ」

 一通り喋って解雇宣告を叩き込むと、こうしてロアベアはクビになった。
 しょんぼりしてるがまあ仕方ない、むしろウェイストランドで口頭注意だけで済むなんていい方だ。
 そんな様子をガードの男と一緒に眺めていると。

「お前、まあ払ってやれよ、などと思ってないよな」

 硬い男の意識が今度はこっちに流れてきてしまった。
 別に「自業自得だねご愁傷様」ぐらい言ってもいいが、ロアベアが助けを訴える捨て犬さながらにガン見してくるので。

「その言葉の通りに喋った方がいいか?」

 少しぐらいは交渉できればぐらいの気持ちで返した。
 最初は隠す気もなく「なんだこいつ」と嫌な顔をされたが、しばらくこっちを見た後。

「そんなことはどうでもいい。聞くが、お前はウェイストランドで噂になってるあの擲弾兵か?」

 一段と硬い表情を見せてきた、それも何かしらの覚悟をくくったものだ。
 まるで親しい人間の仇うちでもお願いしそうな迫力で、厄介ごとをおしつけてきそうでもある。

「その通り、あれこれ言われてる擲弾兵だ。或いはストレンジャーだ」
「よし……ならばビジネスの話としよう。私はガレット、この立派な屋敷の主なわけだが助けが必要でな」

 いつものように返したが、突き出されたのは案の定『お仕事』だったわけだ。

「ビジネス?」
「ちょうど頼みがあったんだ、それをこなしてくれたら彼女の給料も払うしここの水は一生汲み放題にしてやる」
「俺じゃないとどうしてもダメな仕事か?」
「そうさ、内密にしたいものでね。ちょうど外部の人間が必要だったんだ」
「それで実にちょうど良く外から俺が来たってことか?」
「そういうことだ、まあ来てくれ。男同士二人で腹を割って話そう」

 ガレットと名乗った男は急かすように屋敷の玄関の方へと招いてきた。
 その雰囲気と表情はただならぬものを感じる――相当に厄介な仕事を抱えてそうだ。
 しかし「男同士で」か、そんな風に釘を差してくるということは「レイダーぶっ殺せ」案件じゃないのか?

「悪いノルベルト、ちょっと話を聞いてくるから預かってくれ」
「うむ、任せろ」

 少し悩んで、俺は話だけでも聞いてみようと思った。肩の短剣をノルベルトに預けた。

「何をしているんだ、擲弾兵」
「男同士の間に女性を挟みたくないんだろ?」
『こ、こんにちは……』

 訝しんだそいつの耳にミコの女性の声が挟まると、さすがに「えっ」という感じで驚いたが。

「……今度は喋る短剣か、まあいい、早く来い」

 さほど気も留めてない様子だ。肝が据わってるというか。
 そんな男が俺に頼む"何か"とはいったい――

「いってらっしゃいっすー、うちのために頑張ってくださいっす。あひひひ……♪」

 ……なんでこいつの給料の為みたいになってるんだろう。


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