魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

世紀末男と魔法世界のデュラハンメイド【ダメイドの挿絵追加】

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 給水所の男が言うには、そいつはだいぶ前にやってきた新入りらしい。
 ところがある日、外出させたらご覧の通り首無しで帰ってきて今に至るという。
 しかしこんな有様でも仕事はこなせるのでとりあえずは見過ごしていたそうだ。

 こいつの雇い主は相当に変なやつかもしれないが、とにかく俺たちはいま緊急事態に見舞われている。
 ミコと同じ境遇のヒロインがここにいるのだ。
 これはなんとしても話を聞かなくては――ということで。

「……どうだニク、追跡できそうか?」
「ワンッ!」

 生首の行方を求めて、鼻の効く旅の仲間に探させていた。
 ニクはメイドの香りを辿ってぐいぐい進んで、街の南東側へと案内してくれた。

 そこは前に見たにぎやかな場所だ。
 店舗やカジノのある通りで、人通りの多さはこの街で一番だと思う。

「……まさかこいつ、こんな人の多い場所でなくしたのか?」

 そんな場所にたどり着いてから、一度振り向いた。
 見れば、後ろには首を失ったメイドがすたすたとついてきている。
 目どころか脳みそすらないはずだが、なぜだか彼女は割と普通に歩いていた。

『……あ、あの……頭がないんですけど、大丈夫、ですか……?』

 不気味な光景にミコが不安そうに尋ねるが、何も見えないはずのメイドは感じ取れているようで。

「――! ――! ――!」

 問いかけに対して、その場でちょこちょこ軽やかに踊り始めた。
 首無しメイドは大き目な胸をふるふる揺らしながら『いえーい』と表現している。
 かわいい。ただし――そこにしかるべき頭があればだが。

『……うん、間違いないよ。この人やっぱりヒロインかも』

 意外とお茶目なメイドさんを見ていると、肩から確信したような声が挟まってくる。

「一応聞いとく、なんでそうだと分かったんだ?」
『えっとね、わたしたちヒロインにはデフォルト衣装っていうのがあって……メイドさん系のヒロインだとこういう服を着てるの。前にも何度か見たことがあるからもしかして、と思ったんだけど』
「……じゃあこいつクビになって自殺したメイドの幽霊のヒロイン? 属性がニッチすぎるだろあのゲーム」
『違うよ!? そんな重い設定の子なんていないからね!?』

 頭をロストしたメイドさんも「違う違う」と手を横に振っている。
 しかも「分かってないなぁ」と肩をすくめられた、なんだか腹が立つ。
 とにかくこいつはヒロインで間違いなさそうだ。

「で、こいつはなんだ。元からこういう生物なのか?」
『デュラハンっていう種族だよ。剣技と魔法の両方が得意な魔物の女の子で、頭を取り外せるのが特徴なの。たぶんなくしちゃったんだと思うけど……』
「いやなんで頭外れるんだよ、不便すぎないかそれ」

 ミコが言うにはデュラハンという魔物らしい。
 当のご本人も困ったように「面倒っす」とジェスチャーで表している。

「むーん。デュラハンの女子よ、今は不便だろうがすぐにその首を見つけてやろう。それまでの辛抱だ、耐えるのだぞ」

 そんなメイドさんにノルベルトが優しさを見せてくれた。
 すると親指を立てて「頼むわー」と返す。けっこう余裕そうだ。

「……! ……!」

 それからジャンプスーツの布地をくいくい引っ張ってきた。
 なんだと思ったら突然しゃがんで、足元に指で何かを描き始めて。

【ロアベア】

 そんな文字をこの世に生み出したかと思えば、首のないメイドは自分のことを指で示した――なるほど。

「あー、まさかお前はロア……ベア、っていうのか?」

 確認すると、相手は大きな胸を突き出しながら「ふふん」と誇ってきた。
 ロアベアっていう名前らしい。覚えておこう。

「ウォンッ!」

 名前を教えてもらうと、ニクが急に強く吠え始めた。
 そうやって俺たちの注意を引くと、鼻をひくひくさせてゆっくり歩き始めていく。
 どうやら何か掴んだらしい。決定的な何かを。

「ニク、何か見つけたのか?」

 愛くるしいシェパード犬は尻尾を高く上げている。自信満々だ。
 頬を撫でてやると「ワゥンッ」と小さく鳴いて、この変わった顔ぶれをある場所へと導いてくれた。

 そこは――街中にある小さな駅だった。
 レンガの屋根でできた建物があって、そのそばで線路が遠くまで続いていた。
 駅の裏側では使われなくなった列車が放置され、もはやウェイストランドで線路を使う存在はいないのだと教えてくれている。

「……駅?」
『……駅だね』

 思わず肩の短剣と顔を合わせたが、どう見たって駅だ。
 黒い犬は俺たちの目の前で一仕事終えたように尻尾を振っている。
 だがすぐに分かった。駅の壁には廃材で作った粗末な看板が飾り付けてあって。

【ヴォイド・ヴァナルの不思議な博物館】

 ……と書いてある。文字のデザインは汚くて怪文書めいてる。
 しかしそれ以外はどう見たってただの駅だ、戦前のままというか。

「ほう、博物館とあるな。もしやこちらの世界の芸術品などが飾られているのか? もしそうであれば実に興味深いぞ」

 純粋に好奇心をそそられているのは残念ながらノルベルトぐらいだ。
 芸術はさっぱりだが、見た目的にも状況的にもロクなものじゃない気がする。

「うっわ……うさんくせー」
『ヴォイド……ヴァナルの不思議な博物館? ……まさか、ここなのかな?』
「名前に「不思議な」って付ければ変なもん見せびらかしても許してくれそうと思ってそうだな、これ」

 この自称博物館の胡散臭さは言うまでもないが、首無しメイドは「ここだ」と身振り手振りで語る。

「……ロアベア。もしかしてだけどお前の生首、こんな場所にあるとかいわない?」 

 念のため質問するとロアベアはささっと入口の横に待機、そして「いってらっしゃい」と手を振ってきた。

「ああわかったよ、いけばいいんだろ」
『ほ、ほんとに入っちゃうの? ちょっと怪しいよ、ここ……』
「いざという時は派手にやるさ。くそっ、俺こういうとこ大嫌い」

 納得のゆかない場所だが、このかわいそうなメイドさんの生首のために入ることにした。
 さて、古びた駅の入り口にぞろぞろ踏み込むと。

「おやおや! やあやあ! ようこそいらっしゃい! 我が名はヴォイド虚無なる・ヴァナル、君たちは死したウェイストランドの大地から掘り出した*アーティファクト*に興味はないかね?」

 ものすご~く胡散臭い爺さんが待ち構えていた。
 髭を汚く生やして、背は高いが猫背で、ぼろぼろのローブはまるであの世に行き損ねた亡者みたいというか。
 しかもこちらを見るなり最初はノルベルトの姿に押されていたものの、すぐに「良いカモ」を見たような目になるのを感じた。

「アーティ……ファクトってなんだ? 説明してくれ」

 ぶん殴って押し入ったほうがいい気がしたが、あえて話を聞くことにした。
 ヴォイド・ヴァナルを名乗る爺さんは胡散臭く笑うと、

「遺物だ! 不思議な力を持ったり、この世の理から外れた工芸品のことさ! この世ならざるもの、あり得ぬもの、我はそういった品々をこの博物館に集めているのだ!」

 無駄にデカくて芝居のかかりすぎた声で親切に教えてくれた。
 胡散臭い老人の背中には奥へ続く扉があった。
 ただしその付近には『入場料は100チップ』と表示されている。 

「おお、まさかアーティファクトがこの世界にあるのか! どのようなものを集めているのだ、ご老人?」

 一人だけ反応が違う男、それがノルベルトだった。
 そんなオーガの食いつきにヴォイド……ヴァなんとかは一瞬、面食らったような様子になった気がするが。

「そうだ、よ! あの呪われし橋の向こうから手に入れた本物の*アーティファクト*が山ほどあるぞ! 特別に100チップで我がアーティファクト・コレクションをお見せしようではないか!」
「よろしい、では見せてもらおうか。二人で200チップでよろしいかな?」
「おっと、そこのアタック・ドッグの分もな!」
『わんこの分もとるんだ……』
「犬からとるなよ」


 ……結局ノルベルトは二人と一匹分、あわせて300チップを支払ってくれた。
 完全に騙されてるぞこれ。まあいざとなれば物理的に解決してやろう。

「では刮目せよ! 我がアーティファクト・コレクションを――ああっと! あんまり触らないように! 撮影も禁止だからな!」

 さあ、これで博物館とやらの扉は空いたものの。

「……えーと、どいつがアーティファクトだって?」

 ヴォイ……ヴァナ……とか言うやつに案内された先は、人間とオーガと犬が入ればすぐに窮屈になるような四角い部屋だった。
 中央には丸形テーブルの上に箱が置かれ、あとは周りの壁や机にガラクタを適当に乗っけただけである。

 たとえば【ショーシャ】と名付けられた自動小銃が机の上に飾られている。
 ……よく見ると半月状のマガジンの裏に紙が貼ってある。
 内容は【こいつはゴミだ。だから気にするな】だそうだ。

 たとえば【T.E】というゲームのパッケージが丁重に壁掛けされていた。
 状態はいいが表面には黒文字で「クソゲー」と殴り書きがあった。

 たとえば【DOGMAN】と文字が浮かぶ黒いシャツが……もういいだろ?
 シャツに描かれた柴犬が流し目でこちらを見ながら「ワオ」だってさ。

「むーん……? 特に特別な力は感じられないのだが、これのどこがアーティファクトなのだ?」
「何を言うんだ! これはれっきとしたアーティファクトさ! まあ、こんなに古いんだから特別な力が消えてしまってるかもしれないだろう?」

 とりあえずこの爺さん腹パンして気絶させるか――なんて考えていると。

「……おい、この箱はなんだ?」

 俺は部屋の中央にあった怪しい箱が気になってしまった。
 寄せ木細工の木箱だ。ちょうど人間の頭がすんなり入る大きさだと思う。
 というかこれしかないだろ。

「――待て! それは目玉しょうひ……いや、呪われし魔女の生首が収められた箱だ! 慎重に開けないと箱に詰まった呪いが世に解き放たれてしまうぞ!」

 恐らくメイドの生首が入ってるだろう箱に手をつけると、ヴォイ……ヴァナ……という爺さんは必死に止めに来たが。

「開けオラッ!」

 面倒くさいので強引にフタをばきばき剥がした。
 「なんてことを!」とか制止されるが無視すると、呪われし箱から生首が姿を現した。
 医療用の包帯でぐるぐる巻きにされた女性の頭だ。
 隙間からあふれた緑髪が底に向かって流れていて、触れるとまるで今も生きているような感じがする。

「おっ、お前はなんということを! 封印を解いてしまったらこの世界は」
「これほんとに魔女の生首なのか? おいロアベア、お前なのか?」

 ヴァナル(ヴォイド抜き)のいうことを無視して生首を持ち上げると、人間の頭一つ分の重さを感じた。ちょっと温かい。
 包帯をするするほどけば白くて柔らかそうな肌が出てきた。
 次に危ないお薬でもキメていそうな、ぐるぐる渦を巻く紫色の目も見えた。
 ニタリと吊り上がる口は、ちょうど俺に向けて不気味で怖くてかわいい笑みを作って。

「あ~、生首ごっこ疲れたっす。ともあれこんにちはっす、フヒヒヒ……♪」

 イってしまった目で親しくこっちを見つめながら、耳にいつまでも残るようなまどろんだ声でご挨拶してきた。

 だが正直に言おう、こんなメイドさん嫌だ。
 でも、もしかしたらあのボディと互換性がないやつかもしれないので、二つほど質問してみることにした。

「ロアベア!? おまえ、ロアベアなのか!?」
「そうっすよー? アンタが助けてくれたメイドさんっすよー?」
「なんかイってるけどまさかお薬でもキメておられる?」
「キメるならクスリよりカフェインっすね、アヒヒヒ……♪」
「うわっなんかヤバいぞこいつ。閉じとこ……」
「えー、うちはヤバくなんて」

 ちょっと怖いので元の場所へがばっと戻した。
 箱の中から「そんな~」と聞こえてきた。

『って戻しちゃだめだよいちクン!? 何してるの!?』
「すいません、チェンジで」
『チェンジ!?』

 呪われた生首を封印しなおそうと考えたが、もう手遅れだった。
 気づけば部屋の中にメイド本体がずかず入り込んできて、両手で自分の生首を取り戻し。



「いやあ、ウチを探してくれてどうもっす。アンタには恩ができちゃったっすねぇ? フヒヒヒ……♥」

 きゅっと生首を胴体に合わせて力を込めて接着完了。
 こうしてグルグル目でにやけたメイドさんが生まれると、彼女――ロアベアは俺たちに向かって人懐っこく笑った。

「さぁさぁ皆さん、ここから出るっすよ。お屋敷に帰らないとクビにされるっす」
「……俺の知ってるメイドさんと違う」
「こういうメイドさんもいるんすよー、お認めになったほうがいいっすよー」
『あっ、あの! わたしと同じ、ヒロインの方ですか!?』
「おおー? この声は……やっぱり聞き覚えがあるっすよ。あひひひ……♪」
「むーん、なんだ……ただの詐欺ではないか。まあ騙された俺様が悪いのだ、このデュラハンの侍女が助かっただけよしとしようか」
「おー、なんかデッカいのがいるっすねえ。オーガってやつっすか?」
「ワンッ」
「わんこもいるんスねー。おお、よしよし……いひひひ♪」

 さらに妙な集まりになってしまったが、とにかくこれでメイドは元通りだ。

「なんてむごいことをしてくれたんだ、お前たち……! これじゃせっかくの商売が全部台無しだ! これからどうやって食っていけばいいと思ってるんだ!?」

 すると目玉商品を失ってしまったヴァナルのヴォイド抜きが立ちふさがってきた。お怒りの様子だ。

「知るかバーカ! これでお前はもうヴォイド・ヴァナルじゃなくてただのアナル尻穴だな! ハッハァー!」
「もう変な商売しちゃダメっすよー、ただのアナルさん。ウェヒヒヒ……♪」
『なっなんて呼び方してるの二人とも!? 失礼だよ!?』

 しかし二癖も強くなってしまったこの面々を止められるやつはもういない。
 胡散臭い爺さんにお別れの挨拶を向けたあと、俺たちは屋敷へと戻っていった。
 
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